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明治天皇の時代、神聖性天皇のイメージを確立しようとしていましたが、このイメージ形成を助長するような、天皇崇拝賛成的な書物はこの時代にあったかどうか、どなたかわかりますか?

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A 回答 (5件)

明治期における天皇神格化の思想的土台は、江戸時代の国学と水戸学です。

尊皇思想の源流といってよいでしょう。
国学では古事記・日本書紀が重視されます。
記紀神話を元に天皇を神格化した水戸学では会沢正志斎の「新論」がありました。
また、明治政府が重宝したのが北畠親房の「神皇正統記」で、学校でも南朝が正統と教えるほどでしたが、明治天皇が北朝系である事実は、うやむやにされたようです。
書物を読む習慣が国民に広まっていなかったので、明治期に創作された天皇崇拝的な書物としては、「国定教科書」が、もっとも影響力が強かったでしょう。書物を読む習慣のあるインテリ層の間では、日本書紀の誤りを指摘する動きの方が強いくらいでしたから。
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この回答へのお礼

a-koshinoさん、すごく為になりました!!
こう見ると結構参考になりそうな書物がありますね。
実際に読んでみたいと思っています。ありがとうございました☆

お礼日時:2007/12/14 18:05

江戸初期の朱子学者・山崎闇斉の垂下神道がベースではないでしょうか。


思想面では水戸学もこの流れを汲んでおります。
大日本史を編纂にも闇斉の直弟子が多数参加しています。
尊王思想の源流でもあり、幕末の志士も多分にこの影響を受けています。

真木和泉守もこの影響を受けている人の一人ですし、吉田松陰も崎学派の高山彦九郎の影響を受けており、長州藩に大きな影響を与えています。
また西郷隆盛に関しては、歴史書では見たことはまだないのですが、津本陽著の巨眼の男では闇斉の名も出てきており、何らかの影響を受けていたのかもしれません。
維新では東軍の中核をなした会津藩もまた影響を受けた藩の1つ、むしろ一番影響を受けていた藩ともいえます。
会津藩の藩祖保科正之公は朱子学を闇斉より直に学び、会津藩に招き藩内で闇斉の教えを広めています。
このため幕末の藩主容保公も尊王の意識が最も強く、大君よりも最も信頼されておりました。

これらのことよりも、水戸学の各書物(大日本史等)や、垂下神道の書物などではないでしょうか。
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この回答へのお礼

みなさんたくさんの情報をどうもありがとうございました☆

お礼日時:2007/12/18 17:39

現代でなら徳富蘇峰の「近世日本国民史」があると思います。


大部ですが現代の歴史、思想家として有名な人です。
ただ後年昭和天皇批判も行っていますので質問の趣旨からすると注意が必要でしょう。

書物といえるか疑問ですが明治帝国憲法やその制定、起案に関する書物は政府側の思想を端的に表現して神性天皇思想を表しています。
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この回答へのお礼

みなさん貴重な情報をありがとうごさいました☆

お礼日時:2007/12/17 01:00

具体的な書名までは分からないけど…



皇室崇拝 ≒ 伊勢神宮を頂点とした神道の再構築(復古神道)を提唱した
幕末の国学者「平田篤胤」の思想を利用したとも言えるのでは?

http://homepage2.nifty.com/kumando/mj/mj060726.h …
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水戸学でいくなら


徳川光圀以来
水戸藩が心血を注いだと言われる「大日本史」は外せないでしょう。
私自身は実際に読んだことは勿論ないのですが。。。
伝聞や歴史書などの記述を読む限り
南朝が正統であることを含めて
近代天皇制の思想の根底の一部にあると考えていいと思います。
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