自分のお店を開く時の心構えとは? >>

私は、S23年生まれの団塊世代。来年やっと60歳を迎えます。
会社も退職となって・・・これからは、すべてから開放された自由な生活をしたいと考えています。
けれども・・・今の世の中を見つめると、異常気象だの、ワーキングプアだの、家族間での殺人事件だの・・・またTVをつけても軽薄な番組ばかりで、目をそむけたくなります。

そこで、皆さんに「昔の日本はよかったなぁ!」という話を聞かせていただいて、この際どっぷりと昔の日本にひたりたいのです。

話の内容は何でもかまいません。楽しかった昔の思い出話をお聞かせください。

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A 回答 (10件)

男子。

61歳。質問に対する「反論」でマナー違反を承知の上、日頃鬱積した思いですので、書かせてください。

「昔はよかった。」と言う言葉は昔から聞きます。小生はこの言葉に疑問を抱きながら生きてきています。本当に昔はよかったのだろうか?

もしみんなが「昔はよかった」のなら、世界はいつも悪くなっていることになってしまいます。

昔という時点と現在という時点を客観的・絶対的に比較することは実際上不可能ではないかと思います。「昔はよかった」と感じるのは、老齢化した人間の生理的な感傷癖ではないかというのがひとつの仮定です。人間は心・技・体が弱ってくると、つらつらと元気だった頃の自分とその環境を思い出し、「あの頃に戻りたい、でも戻れない。諦めよう。ああ、あの頃(昔)はよかったな~。」

小生に関して言えば、昔もよかったし、今もいいという心境です。或いは、20~30代の若気の至りを恥じる気持の方が少し強いくらいです。

そして、まだ若いと思っていますので、「昔はよかった」という心境にはなりませんし、またそれを感じられない生理的年齢なのかなとも思います。

今の心境は; 「老人にも未来はある。」
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>「昔の日本はよかったなぁ!」



いつも思うのですが、昭和20年代~30年代は大人達が一生懸命に生きて、子供達も人の痛みがわかっていた気がします。

今は自戒の念も込めて、大人達が一生懸命生きてない人が多くなった様に思います。

30年以上前になりますが「エアーシャワー」を浴びなければ入れなかった(コンピュータールームにあった)あのドでかいコンピューターが、パソコンとして家庭で使える様になるとその頃誰が想像したでしょう。

PCは便利な反面、情報過多で大人も子供も考える「力」が少し足りなくなってきてる様な…。
その点、昔は情報が無かったから自分で考えざるを得なく「素敵な大人」や「輝く瞳を持つ子供」がいた様に思います。

あっ、そうそう、手塚治虫の描いた立体高速道路のマンガが現実になったのにはびっくりしています。

なんと言っても昔の日本には「人情」があったと思いますよ。
七転八起 昔は転んだ時の「起き上がりかた」を知らず知らずいろんな人に教えてもらっていた気がします。

今は、腹の中で考えてる事をWEB上で公開し、イジメができるまでになってしまいました。
昔の日本を美化するつもりはないですが、今よりはるかにモラルや優しさがありましたね。
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何処が良かったのか、わたしにはピンときません。



私は昭和の7年。1932年です。75歳になります。まだ現役で稼いでます。年金だけじゃ心もとないからです。

良かったなんて、これまで無い。

これからも安楽に暮らせない。

お前の心がけが良くないからだと、言われますが、失敗の連続でしたね・・・・・・・・・・・・・・・
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同じく団塊の世代S.24生まれです。


昔・・・・
働き始めた頃でしょうか
今より絶対経済は貧しかった、しかし夢があった。
明日は今日より確実によくなるという希望があった。
そして経済が貧しい分、心が豊だった。
たとえば出かけた先でお菓子を貰っても、全部自分では食べなかった。お菓子など少なかったから全部食べたかったけど、兄弟のためにぎゅっと握り締めて持ち帰った。
今の子供にこんな事がわかるでしょうか?
今は携帯電話があり、いつでも思い立った時に電話を掛ける事が出来ます。
でもその昔、電話などどの家にもなく、遠く離れた恋しい人への連絡も手紙が中心でした。会うこともままならなかった・・・・
しかし、その分想いは今より深くなったような気がします。
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せっかくなので、「昔はよかった」と「子供時代はよかった」は分けるべきではないかと。

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 ずっと若い世代ですが。



家の周りに野原があり、よく遊びました。犬の散歩なんかは、鎖をはずしたまま。
 夏は甲虫をとりに山へ。。

 駄菓子屋で、怪しい食品をよく買いました。
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団塊世代より一昔前?の人間ですが


・山に緑があり、海岸は白砂で水は綺麗、空気も綺麗
・道には車が少なく子供の遊び場、車が人を避けて通っていた
・兄弟喧嘩は絶えなかったが、他人の痛みを自然に知っていた
・向う三軒・両隣 親戚以上のお付き合い 隣家で昼食食べたっけ
・学校から帰るとカバンを玄関に投げ、日が暮れるまでトンボ取り
・父ちゃん会社で母ちゃん育児 家には何時も母ちゃんが居た
・貧しい食卓でも家族全員で楽しい食事(競争もあったが^^)
・のんびりとした時の流れ
 エトセトラ、エトセトラ
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昭和41年生まれ、今年41歳の女性です。

父は69歳なので、団塊の世代よりは上です。

PCが人間の単純だけど心休まる仕事(誰にでもできる事務職とか、経理等の反復仕事とか。派遣・契約社員等もPCの普及によるものだと、自営業の知人の社長が言っております。税理士さん、建築の設計等etcの業務もPCの扱いができない人は、やっていけなくなりました)。

私が「一番良かったなあ~」と思うのは、私が小さかった頃は、自宅に誰かしらが、在宅していたことです(田舎なら近所の畑かもしれませんが・・・)。誰かしら、ちょっと暇のある人があちこちにいて、子供の他愛のない話を聞いてくれました。「うちのチャボが卵産んだよ」とか。

日中、お風呂でおもちゃで遊んでいて、頭から風呂桶に落下しそうになった時は、同居していたおじいちゃんが「間一髪!」で抱きとめてくれました。自分では、お風呂に落ちるほど小さい子供だとは思ってはいなかったので、命の恩人です。

あと、白黒で足のあるTVも覚えています。父に「おみやげ」を頼むと、果物を買って来てくれました。いつも自宅に果物があるほど、豊かではなかったのです。お肉も「こま切れ」を醤油で焼いたものが「月に1回」。
こう言うものが、食卓を「ハレの日」にしてくれました。
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同じく団塊です。


そうですね。いま考えてみましたが、とくに見つかりませんでした。世の中は一見悪くなっているようで、やっぱりよくなっているんだと思います。ただ、バブルの頃は世の中景気良かったですねえ。あの頃が異常だったとのかもしれませんが・・・
いま無理矢理昔がよかったことを思いつきました。
団塊がまだ高校生だった頃はアメリカとの経済レベルがもうめちゃくちゃな差がありまして、私の一年上のある生徒がAFSの留学生としてアメリカに一年行き、戻ってきて同じクラスになったのでいろいろ話を聞いたのですが、まあ夢のような話で「いつかはぼくもアメリカに行こう」と夢見たものです。あの頃は貧しくても海の向こうにアメリカという夢のような豊かな国があっていつかは行くという希望がありましたが、日本がアメリカと同じくらい豊かになってそれ自体は結構なことでありますが、希望がなくなってしまったのはなんだか淋しいです・・・
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34年生まれ。

「ウルトラマン世代」です。

子供の頃の「アニメ・特撮もの」は、「こんなものがあったらいいなあ」という「夢が描かれていて、とても楽しかったです。」

やがて、大人になって「携帯や、パソコン」ができて、それが「現実」となり、「それらを使って、楽をする生活に慣れてしまった」ら、「日常の不満ばかりが描かれるようになってしまいました。」

悲しいです。

「ジャイアント馬場は、世界一強い。」というのを、純粋に信じていました。
家族揃って、興奮したものです。
今「プロレスは、ただの見世物」になってしまいました・・・。

というわけで、昔は「一家団欒」の材料が「今より少ないはずなのに、いっぱいあって」、その時間が楽しかったですね。

「記憶力を競わせるだけの教育」が、「ロボット人間」をたくさん作っているようで、さびしいかぎりです。

「昔のほうが人間らしく、夢がいっぱいあった気がします。」
となりのおばちゃんが、仕事で親の帰りが遅い私のことを、気にかけてくれたりとかありましたもん・・・。
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