マンガでよめる痔のこと・薬のこと

昨日 映画「マリー・アントワネット」を見ました。

ふと疑問に思ったのですが あの時代フランス人は歯磨きをする習慣があったのでしょうか。
映画の中ではお風呂に薄物を着て入っているシーン や 朝着替える時に小さいボールで手を洗うような(?)シーンが出てきたのですが 歯磨きのシーンはありませんでした。

昔 昔 NHKの大河ドラマで 織田信長が塩で歯磨きをするシーンを見たことがあり 日本人はあの時代にはすでに歯磨きをしていたのだと思うのですが フランスではどうだったのでしょうか。

思えばアメリカ人ほどフランス人は「歯を白くする」ことに拘っていないように見えます。
特にフランス映画を見ると「真っ白 白」の歯の俳優さんは少なく 特に古い時代を描いた映画などを見ると 歯をワザと汚くしていることも多いような気がします。

マリー・アントワネットは歯磨きをしていたのでしょうか。

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A 回答 (6件)

petitchat さん こんにちは



幾度か御目文字はあります 
語りかけは初めてでしょうか

最初にこの画像(陶器製の歯ブラシ入れ)を是非ご覧下さい
http://www.bium.univ-paris5.fr/sfhad/vol6/articl …
歯ブラシが大変貴重なもので、“objet de luxe" であった証
そして、あのナポレオンは銀メッキを施された柄のブラシとか
その毛は現在のナイロンではなく、猪とか穴熊の獣毛です

次に何で磨いたかです 一番有名なのはルイ15世の主治医が
作り上げた“バルサム精霊水”です これはルネサンス時代に
流行したエルキシール水をより改良して(この頃やっと衛生の
概念が確立し始める)、丁子、肉桂の皮、ミント、安息香等の
植物のエキスに、アルコールを加え、香りと消毒を兼ねてます

では、磨いたか... 磨いたと思います と言いますのは
ルネサンスの頃に、口臭を気にしたり、頬の窪みを回避で
女性のお方は、愛らしくも特に-麝香で出来た木の玉-を
口に含める習慣がありましたから その流れでそれに変え
歯ブラシと歯磨き水がより一層身近になれば、資力のある
一部の階級では、活用されたと考えられます

日に三度歯磨きをする人からの は-な-し です。。。

この回答への補足

申し訳ございません。
お礼の欄に書くのを忘れておりました。

>頬の窪みを回避で

ここのところは「ほほのくぼみをかいひで」と読むのでしょうか。
恥ずかしながら どういう意味なのかわかりません。

またお暇なときにでも御説明いただけますと嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

補足日時:2007/12/18 21:53
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

いつもフランス語に関するご回答を拝読させていただき たいへん勉強になっております。

ご提示くださいましたURLに行ってみました。

な なんと お金持ちというか 貴族というものはこういうところにまでお金をかけるのですね。素晴らしい!!と思う反面貧困に喘ぐ人々がいるというのに・・・と複雑な心境です。

>バルサム精霊水

これはどこかで聞いた覚えがあります。今のマウスウォッシュのようなものでしょうか。
「木の玉」のこともそういえばなんだか記憶にあります。
この頃のことだったのですね。
マリーさんはルイ16世と結婚しているのですから 当然使っていたことと思います。
まあ でも お菓子をいっぱい食べていました。映画の中では。
お菓子の塔(?多分そうだと思います)が朝からテーブルの上に鎮座ましましておりましたもの。
仰天です。

私はあの残ったお菓子は次の日に持ち越すのかしら それとも 召使達が食べて毎日作り変えているのかしら と映画を見ながらヘンなことばかり考えておりました。

因みに 私は小さい頃は朝しかしなかった歯磨きを 今では日に四度しております。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2007/12/18 19:09

petitchat さん こんにちは



補足にお答え致します 言葉足らずでした(ペコリ)

読みはその通りです
頬(ほほ)がクボンデいますと、やつれて貧相に
見えます 麝香の木を丸めて球として口に含み
そうして、ホホをふっくらとさせ、且つ口臭を
麝香の香りにしていった 愛くるしい努力です

無論、コレだけでなく、口を漱ぐことで、口臭を
予防しておりました 特に酸味を含んだ特別な
ぶどう酒や、草のオオバコのエキス、とかです

更に歯を白くする為には、ある特別の材料を利用です
それは真珠です コレを磨り潰し磨り潰して微細にし
それに、先ほどと同じ麝香と龍涎香の粉末を一緒にし
それで磨いき磨いて、白く白くしたと記述があります

このような事柄は、王族や貴族の薬剤師への支払書の
明細に、処方した薬と共に記載があり、判明してます

最後に、人の歯は売れました 入れ歯を最初はなんと
象さんの象牙やカバの角などを材料にして作りました
欠点がありました もろかったことと独特の匂いがあり
廃れてゆき、最終的には陶磁器製になり、その完成が
あの年、1789年ですから ハ、ハ、ハと微笑みます

未だ未だ、色々とありますが、本稿はこの辺に致します
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この回答へのお礼

補足質問にお答えくださいまして ありがとうございます。

そういうことだったのですか。
確かに頬が窪むと貧相ではありますが あんなにお菓子を食べていたのでは窪むどころかボテボテになりそうです。

そういえばあの頃の肖像画を見ますと 女性はみな よく言えばふっくら優しげ 悪く言えば下膨れの顔をしていますね。
日本の「見返り美人」でもそうですが おかめ顔で現代ではちっとも美人ではありません。「美人」の定義も変わるのですね。

真珠にはそんな力があるのですか。
初めて知りました。

>入れ歯を最初はなんと
象さんの象牙やカバの角などを材料にして作りました

これもスゴイ話ですね。流行り言葉で言えば 「どんだけぇ~!!」です。(@O@)!!

いろいろ教えていただきありがとうございました。

お礼日時:2007/12/20 00:23

ANo.3です。



クイズの答え。正解です。

ルードビッヒII世の若い頃は痩せていてとてもハンサムでした。いとこもあの美しいスィースィー(オーストリア妃のエリザベート)です。森鴎外が「舞姫」のなかで彼の死を書いています。戦争をしなかった王様は彼だけです。もっと後の時代に生まれていたら幸せだったでしょうに。

私の知っている限りではヨーロッパでのよるのは磨きはここ30年くらいです。TVの普及とTVを見ながらお菓子やビールのおつまみが影響しているのだと思います。また、歯ブラシや歯磨き粉などのTVコマーシャルの影響も大きいと思います。

ヨーロッパでは歯ブラシの前は楊枝や指などを使っていたようです。

レ・ミゼラブルのコゼットの母親はブルジョアの家庭出身だったと思います。親に認められない若者の子供(コゼット)を宿して家を出たのか若者を追ったのか記憶が定かではありません。確かにフランスは革命中ですので、甘いお菓子は無かったのかも知れません。
1789年にマリー・アントワネットが処刑された前後、ベルサイユ宮中の料理人や菓子職人がパリの街で店を開くようになったことで、パリがグルメの街になったと言う話を聞いたことがあります。
また、その後も多くの貴族が処刑されたのですが、蝋人形で有名なマダム・タッソーは蝋人形を作れた(処刑者の頭を蝋で作る)ことで処刑を逃れたようです。
その当時、差し歯用に歯は売れたようです。また、カツラ用にブロンドの髪も高値で売れたようです。大草原の小さな家だったと思いますが、カツラと差し歯を売る馬車を見たことがあります。彼女も歯を売った後にブロンドの髪を切って売ります。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございます。

>戦争をしなかった王様は彼だけです。

そうなのですか。悪口を書いてしまった。。。
ごめんなさい ルードビッヒ様 m(__)m

>私の知っている限りではヨーロッパでのよるのは磨きはここ30年くらいです。

やはりそうなのですね。
話は変わりますが 私の子供の時には歯槽膿漏は聞いたことがあったのですが歯周病という言葉は聞いたことがなかったです。「現代人は歯が命」状態になっていますね。これも寿命が延びたせいかもしれませんね。しかし 白すぎる歯も妙な感じがします。

>その当時、差し歯用に歯は売れたようです。

差し歯用だったのですか。
どうやって固定したのでしょうねぇ。他人の歯を・・・
接着剤でもあったのでしょうか。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2007/12/19 01:28

フランスには1700年頃から馬の毛からできた歯ブラシが有ったようです。

おそらく、塩や灰をつけて磨いていたのではないでしょうか。
昔話には時々、ブラシ売りが出てきますね。

http://www.tk-logo.de/mach-mit/wissensquiz-05/qu …
3.歯の手入れの特権
フランスの医師、ドクター ピエール・フィシャールは近代歯科の父として認められるが、1728年に教科書の中で、柔らかすぎる馬毛の歯ブラシは効果がないし、歯ブラシは高すぎると書いた。当時、歯を磨かなかったのは誰でしょう。

貴族
農民
知識人

という問題が出ています。
マリー・アントワネットがオーストリアからフランスに嫁いだのは1768年でしたっけ? おそらく、健康管理やしつけに厳しかったマリア・テレージアに育てられた娘なので、歯は磨いていたと思います。

また、ヨーロッパの教会前の広場に立つ季節ごとの市場には必ずといっていいほどブラシの店が出ています。ドイツではビュルステビンダー(ブラシ職人)が居て、昔は市壁の中に住むことは出来ませんでした。また、ジプシーもブラシを売っていました。

朝は歯磨きしたかも知れませんが、寝る前に歯磨きをするという習慣はここ50年くらいのことではないでしょうか。

約百年後、ドイツのノイシュヴァンシュタインを建てたルードヴィッヒII世(1845-1886)は死ぬ前は虫歯だらけで歯も抜け落ちていたようです。

そういえば、レ・ミゼラブル(1815~1832)のコゼットの母親が娘の養育費を稼ぐために歯を売るシーンが小説の中ではありますね。
彼女はきっとよく歯を磨いていたのでしょう。

この回答への補足

失礼致しました。

漢字を間違えておりました。

>下の回答と照らし合わせて

「下の解答と照らし合わせて」ですね。

訂正させていただきます。

あな ハズカシや。。。(*_ _*).....

補足日時:2007/12/19 01:07
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

そうなのですか。私は無知です。(_ _;) 昔話を読んでいませんね。。。きっと 小さい頃。
「因幡の白兎」の挿絵だけしか覚えていないのです。

URLに行ってみましたが ドイツ語で読めません が しかし クイズ好きの私 下の回答と照らし合わせて 正解は「農民」と思いましたが 合っていますでしょうか。

マリア・テレージアさんは映画では ミック・ジャガーの元恋人(だったと思うのですが)懐かしのマリアンヌ・フェイスフルが演じていました。娘にプレッシャーをかけるなかなか厳しいおばさんでした。

>朝は歯磨きしたかも知れませんが、寝る前に歯磨きをするという習慣はここ50年くらいのことではないでしょうか。

そうなのです。考えてみれば 私の小さい頃朝は歯磨きしていましたが 夜寝る前に歯磨きするという習慣はなかったです。全世界的にそうなのでしょうか。

>約百年後、ドイツのノイシュヴァンシュタインを建てたルードヴィッヒII世(1845-1886)は死ぬ前は虫歯だらけで歯も抜け落ちていたようです。

これは美味しいものの食べすぎですね きっと。
でも 計算してみれば40歳そこそこで死んでいますね。あらら。。。
やっぱり庶民のことを考えずに美食をした罰が当たったのでしょうか。
でも すごく近くの国の太った独裁者は 庶民が飢えに苦しんでいるのに結構きれいな歯をしているような・・・そこにまでお金をかけているのですね。

>そういえば、レ・ミゼラブル(1815~1832)のコゼットの母親が娘の養育費を稼ぐために歯を売るシーンが小説の中ではありますね。
彼女はきっとよく歯を磨いていたのでしょう。

レ・ミゼラブルは読んだのですが そこのところは一向に記憶にありません。そうなのですか。歯磨きもきちんとしていたのかもしれませんが 貧しいので甘いものを食べることもなくかえって歯が丈夫だったのかもしれませんね。でも 歯を売る ってそれで商売になったのでしょうか。ちょっと何に使うのかわかりません。
もし お暇がおありでしたら教えていただけると嬉しいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/12/18 14:07

歯磨き粉は、古代エジプトの時代からあり、非常に古いです。


歯ブラシが発明される前から存在しました。
一方、現代のような形の歯ブラシは、中国人によって発明され、
16世紀半ばに中国からヨーロッパに伝わりました。
ちょうどマリー・アントワネットが生きた17世紀後半頃から、
ヨーロッパの上流社会では歯ブラシブームがおきたんで
マリー・アントワネットは持っていたと思われますが、
一般人には歯磨きの習慣はなく、ヨーロッパ人の大半は
19世紀後半まで虫歯に悩まされることになります。
デンタルケアはお粗末だったんで、
甘いもの好きのマリー・アントワネットは虫歯はかなりあったはずです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

歯磨き粉はそんな昔からあるのですか。
ちょっと驚きです。
それにしても 中国人はスゴイですね。
常日頃使っていて気にもしていないものでも 最初に考え出した人が必ずいるわけで そういう人達って本当にスゴイなぁ といつも思います。

>甘いもの好きのマリー・アントワネットは虫歯はかなりあったはずです。

そうなのです。映画ではお菓子をいっぱい食べていました。食事のシーンよりお菓子を食べているシーンの方が多かったです。
さぞ 虫歯が多かっただろうと思うのですが 歯の質もありますからね。
一生懸命歯磨きしても虫歯になる人もいれば ほったらかしの人でも虫歯にならない人っていますでしょう。

フランス人はワインを飲むのでステインがかなりついて 虫歯が少ない人でも歯は汚かったのではないかと想像します。
故に歯周病も多くかなり臭かったのではないかと思ったりしていますが。。。

そう考えるとベルサイユ宮殿は色々な臭いが入り混じってかなりの(今で言う)悪臭が漂っていたのではないかと想像しています。

貴重なご回答どうもありがとうございました。

お礼日時:2007/12/18 02:19

 マリー・アントワネットはオーストリアの生まれですから、フランスの習慣とはかなりかけ離れていたと思います。



 歯磨きに関しては知りませんが、彼女は仏王室に入ってからも、マメに入浴をし(当時のフランス人を茶化す言葉に「彼らが風呂に入るのは生まれた時と、結婚式だけだ!!」なんてのが有りました。)、そのお陰で、体臭を消すことだけが目的だった香水が、花の香りなどの現代日本人も好むような香りに発展しました。

 こんな話が残っているくらいですから、同じ悪臭である口臭も気にしていたのではないかと思います。

 直接の回答には成りませんが、2代前のルイ14世は、「虫歯になるのは歯が有るせいだ!!」と全ての歯をやっとこで引き抜いて、真っ赤に焼けた鉄の棒を歯茎に押し当て消毒したそうです。←当時のフランス人の考え方の一例を示しているのでは?

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A41 …
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この回答へのお礼

興味深いご回答ありがとうございました。

>彼女は仏王室に入ってからも、マメに入浴をし

それでお風呂のシーンがあったのですね。

>体臭を消すことだけが目的だった香水が、花の香りなどの現代日本人も好むような香りに発展しました。

そうだったのですか。香水は消臭剤だったのですね。
私達が今香水を楽しんでいられるのはマリーさんのおかげかもしれませんね。

>2代前のルイ14世は、「虫歯になるのは歯が有るせいだ!!」と全ての歯をやっとこで引き抜いて、真っ赤に焼けた鉄の棒を歯茎に押し当て消毒したそうです

えぇー!!!虫歯だけではなく全部ですか!!
聞くだに痛い です。(ー・ー;)
御添付くださったURLに行ってみましたが やはり硬いものは食べられなかったのですね。
それに 手術を12回も受けて抜いたのですね。
まあ根性があるというかなんというか・・・

どうもありがとうございました。

お礼日時:2007/12/18 02:04

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石器時代の人や縄文人や弥生人はどんな食事をしていたのでしょうか。
また食べた後は歯を磨いていなかったのでしょうか。歯磨き粉に似たものがあったのでしょうか。口の中の公衆衛生はどうしていたのでしょうか。古代人も虫歯があったのでしょうか。また日本歴史の中でそのたあとから江戸時代まで歯磨きと歯磨き粉はどうやって作っていたのでしょうか。

Aベストアンサー

歯磨き・爪楊枝に関する研究を永年続けておられる稲葉修氏に直接お話を伺ったことがあります。
これから書くことは、その時に稲葉氏から教えていただいた知識のほんの一部です。


ネアンデルタール人の歯の化石に縦の筋が見られ、これは堅い楊枝で歯をこすった跡だと推測されているそうです。
木の枝で歯を磨くチンパンジーがいるということも報告されています。

仏教では、僧侶が常に身につけておくべきその第一に楊枝が出てきます。
釈迦(仏陀)は、体臭や口臭は心身が穢れていると説き、弟子たちに歯を磨くことを日々のお勤めとして行わせました。
そのための道具は釈迦が瞑想にふけった菩提樹の小枝を切って作られたので「歯木」と呼ばれ、サンスクリット語では「デンタカーシュッタ」と呼ばれました。
仏陀の教えはやがてシルクロードを通じてヨーロッパに伝えられ、発展して異教徒である西洋で歯科学が生まれました。歯科が「デンタル」と呼ばれる語源は釈迦が悟りを開いた木の名前に由来しています。

歯木は現在でも多くの国で使われています。歯木に使われる木は、ニームやクルミなど場所によってさまざまですが、この樹液の中に含まれるフッ素やタンニンの抽出液を使った練歯磨きも作られています。

日本でも、明治の初めまで、歯木を房楊枝と呼び、使われていました。
江戸時代に使われていたものは、一方が毛筆のように房状になっている房楊枝で、もう一方の先は尖っている爪楊枝になっており、さらに柄の部分がカーブしていてその部分で舌掃除をするようになっています。
日本で庶民に伝わったのは平安末期頃と考えられています。


大阪・河内長野にある「つまようじ資料室」には世界各国から集められた様々な楊枝や歯木、歯磨きペースト、写真や浮世絵、古い文献など貴重な資料が展示されています。もしも機会がありましたら立ち寄られるとよいと思います。

参考URL
つまようじ資料室
http://www.cleardent.co.jp/youji/index.htm

参考URL:http://www.cleardent.co.jp/youji/index.htm

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 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
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>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
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(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
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Q18世紀後半~19世紀前半にかけての寿命について

 18世紀後半から19世紀前半のヨーロッパ人と日本人の寿命は、どちらのほうが長かったのでしょうか。その理由なども分かれば幸いです。

Aベストアンサー

 
これについては、このサイトの以前の質問の参考URLにあるように、この時代の日本は、欧米列強の勢力がようやく日本にも目立って影響を及ぼして来たということと、江戸幕府体制が破綻して来たこと、しかし、町民文化は栄え、庶民の経済力や生活の豊かさや、教養水準も向上したということを述べました。

しかし、他方、冷害による不作からくる飢饉などもあり、江戸幕府の施政もこれによって揺るいできたという事実もあります。

とはいえ、全体的には、この時代の日本は平和であり、貨幣経済が進展し、庶民・農民も豊かになり生活にも余裕ができた時代と言えます。戦争も起こらず、不作による飢饉の死者や、あいかわらず高かっただろう乳幼児死亡率、また、豊かであるとはいえ、なお、酷使されていた貧しい庶民の子弟は、若年で栄養失調などで死亡したという報告もあります。

西欧の同じ時代は、社会は豊かになり、人口は増大し、商工業も発展し、貨幣経済も成立し、海外植民地からの収入も莫大なものがあって、西欧はかなりに潤っていたとも言えます。しかし、この時期は、フランス革命の時代であり、ナポレオン戦争の時代であり、多数の戦死者や、戦争による巻き添え死亡者が出た時代とも言えます。

また、そもそもフランスに革命が起こったのは、18世紀の貧農のあまりな生活水準、教育水準の低さや、社会的地位による、生活格差の大きさが一つの原因としてもあるのです。裕福な大商人や貴族や、都市の富裕市民たちの平均寿命は高かったでしょう。しかし、地方に行けば、相変わらず、貧しさが極度にあり、平均寿命は低かったとも言えます。

日本と西欧と、乳幼児死亡率はあまり変わりなかったのではないかと思えます。むしろ、日本の方が低かった可能性もあります。更に、西欧には、都市スラムができ、多くの貧しい人が生活していましたが、日本には、大都市として、江戸、京都、大坂がありましたが、確かに貧しい人の住む地域もあったとはいえ、西欧の都市スラムのようなものではなかったということがあります。

もう1,2世紀古い時代だと、西欧の都市は不潔で、疫病が大量に発生したという事実があります。当然、都市住民の平均寿命は低かったでしょう。

ここで、以下のURL1の記述では、日本の18世紀末の平均寿命は、20歳未満であったと記されています。他方、URL2の資料では、1700年に西欧の平均寿命は、25歳乃至それ以上、1800年では、35歳乃至それ以上と出ています(「average life」で検索すると出てきます)。

日本の平均寿命20歳未満とは何を根拠にこういう数字が出ているのかよく分かりません。別のページを調べると、URL3では、江戸時代では「宗門改帳」を造ったので、平均寿命の計算ができるようになったという根拠が示され、1600年で、30歳程度であったとしています。

しかし、2歳児のその後の余命では、享保11(1726)年から安永4(1775)年で、男女の中間で、43歳になっており、20歳未満というのは、些か信じがたい数字です。結局、乳幼児の死亡率をどの程度で見積もるかで、数字が違って来ます。

しかし、江戸時代においては、途中、飢饉などがあり人口減少要因は散発的にあったとはいえ、徐々に平均寿命は延びてきていることは間違いなく、江戸初期で30歳程度、18世紀で、2歳児の余命が43歳であるとすると、これは、西欧の平均寿命を大きく上回ることになります。

届け出がなく死亡したままの乳幼児の数が推計でしか分からないのは、西欧も同様だと思えます。西欧の場合、恐らく教会か、行政区の地方役所が誕生や死亡の年齢を記録しているのでしょうが、この場合も、届け出以前で、死亡した乳幼児は、計算に入りません。日本で、2歳からというのは、これは数えとすると、満1歳のことで、数字的に比較可能だと思います。

同じ基準での比較表が見つからないので、分かりませんが、一般的な文化状態から考えても、参考URLの数字から言っても、日本の方が多くて10歳ほど高かった可能性が高いです。

>URL1:地域社会と霞ヶ浦の望ましい関係
>http://www.pref.ibaraki.jp/forum/forum01/1-3.htm

>URL2:UNF Core I: Section 25: Life in Early Modern Europe
>http://www.unf.edu/classes/freshmancore/halsall/core1-25.htm

>URL3:老化の科学入門
>http://www.taishitsu.or.jp/aging/aging6.html

>No.271316 質問:「文化年間」について
>http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=271316
 

 
これについては、このサイトの以前の質問の参考URLにあるように、この時代の日本は、欧米列強の勢力がようやく日本にも目立って影響を及ぼして来たということと、江戸幕府体制が破綻して来たこと、しかし、町民文化は栄え、庶民の経済力や生活の豊かさや、教養水準も向上したということを述べました。

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Q19世紀フランス

この時代、フランスの歴史上ではどんなことがあったのでしょうか?うまく調べられませんでした。色々おしえてください!!

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そして時代は19世紀を迎えます。19世紀フランス最初の事件は、ナポレオンの台頭です。ヨーロッパ中の国家と戦争を繰り広げた革命後の共和制フランスは、優秀な軍人が立身出世するのに最適な舞台でした。ナポレオンはイタリア、オーストリア相手の戦争で名を上げ、1799年、クーデターでフランスの頭領となり、1804年には皇帝に即位します。ここにフランスの第一共和制は崩壊し、フランス第一帝政が始まります。

最初こそナポレオンの対外戦争は順調に展開し、イギリスとロシア、スエーデンを除くほぼ全ヨーロッパを支配下に収めますが、その後ロシア遠征に失敗、フランス第一帝政は急速に瓦解します。一度退位させられたナポレオンは、その後パリに戻って皇帝復位を宣言しますが、再度の敗戦により囚われの身となり、大西洋の孤島に流刑となりヒ素により毒殺されます。

その後のフランスは、ルイ16世の弟であるルイ18世、およびシャルル10世による王政に戻りますが、そのシャルル10世は1830年の7月革命により王位を追われます。その後に王位についたルイ・フィリップも1848年の2月革命で王位を追われ、フランス第二共和制が成立し、その第二共和制の大統領に選ばれたルイ・ナポレオン(ナポレオン・ボナパルトの甥)がクーデターにより第二共和制に幕を引きナポレオン3世として皇帝に就任します(1852年、第二帝政)。

この頃には、フランスでもイギリスに遅れること数十年、産業革命により市民(ブルジョワジー)が急速に力を付け始めました。この市民達は復古主義貴族による王政復古や、下層労働者による急進的な共和制のどちらにも賛成せず、中庸なナポレオン3世による帝政を支持したため、ナポレオン3世による第二帝政は比較的長続きし、対外戦争にも順調に勝利を収めたフランスは、ヨーロッパの中で確固たる地位を築こうとしていました。

それが一転したのが普仏戦争です。1870年、プロイセンの鉄血宰相ビスマルクの策略により、プロイセンと開戦させられたナポレオン3世は、プロイセンの罠にはまり、セダンで大敗し捕虜となります。一国の皇帝が捕虜になるという最悪の事態に驚愕したフランス国民は、ナポレオン3世を皇帝位から追放、第三共和制を樹立します。第三共和制フランスはプロイセンに降伏しますが、その際、混乱のパリで労働者が放棄し、史上初めての労働者による政府「パリ・コミューン」が成立します(ただし直ちに瓦解)。

普仏戦争後、フランスは共和国として存命を許されますが、その代償として、新生のドイツ帝国(旧プロイセン王国、バイエルン王国などが連合国家である帝国を樹立したもの)に対し、その国境沿いの地域にあるアルザス・ロレーヌ地方を割譲することとなります。また、ドイツ帝国の鉄血宰相ビスマルクによるヨーロッパ外交により孤立化を余儀なくされたフランス共和国は一度は弱体化しますが、普仏戦争による傷も癒える頃、度重なるパリ万博など産業の振興により再び強国への道を歩み始め、20世紀最初の大事件である第一次世界大戦に突入することとなります。

19世紀に時代が変わる直前の18世紀末、フランスでは革命があり、それまで王としてフランスを統治していたルイ16世、王妃のマリー・アントワネットが処刑されるという大事件がありました。この頃、ヨーロッパ各国の王家はそれぞれ縁戚関係にあり、互いに戦争をすることはあっても、王族同士は互いを国家の統治者として認め合っていました。その王族(しかもルイ16世はブルボン家、マリー・アントワネットはハプスブルグ家という、ヨーロッパの中でも名家中の名家の出身でした)が市民によって断頭台に送られたとい...続きを読む

Qカトリック教会の階級

カトリック教会の中で、地位の順序っていうか、階級の上からっていうか、地位ある順からそれを教えてください。

教皇
枢機卿
大司教
司教
の順ですか?

Aベストアンサー

 教皇がトップ。

 枢機卿は、80歳未満の者は教皇の選挙(コンクラーベ)に参加する権利を持つ聖職者で、司教以下からも選ばれる可能性はある(が、現在では司教でないものはほぼいない、らしい)。内部に「司教枢機卿」「司祭枢機卿」「助祭枢機卿」という位階がある(これは枢機卿のもとの身分とは関係がない。司祭であっても、助祭枢機卿になる)。教皇が任命する。

 司教は例外はあるが、特定のブロック(司教区)のトップ。特に大きい司教区(大司教区)か、数司教区を束ねるトップは大司教となる。
以下、司祭(=神父)、助祭という聖職者位階がある。

 で、位階制度として叙階の秘跡を授けらるのは「司教」「司祭」「助祭」の3ランクだけ。これらは(秘跡でそのランクを受けるので)職を停止・引退しても残る階級。
 一方、例えば教皇ですら、職を辞めることは出来る(ここ500年ほど例は無いが。辞めた後の階級がどうなるかは不明)。

つまり
教皇>枢機卿>大司教>司教>司祭>助祭
ではあるが、司教以上は全員教義上の階級は司教であって、その職掌によってランク分けされているだけである、と考えれば司教以上は皆司教、
教皇≧枢機卿≧大司教≧司教>司祭>助祭
と考えられる。
また、形骸化しているが、枢機卿は必ずしも司教ではないばあいもある(ただし、司教と同じような礼遇を受ける特権が枢機卿位にはついてくる)。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF#.E8.81.96.E8.81.B7.E8.80.85.E3.81.A8.E7.B5.84

 教皇がトップ。

 枢機卿は、80歳未満の者は教皇の選挙(コンクラーベ)に参加する権利を持つ聖職者で、司教以下からも選ばれる可能性はある(が、現在では司教でないものはほぼいない、らしい)。内部に「司教枢機卿」「司祭枢機卿」「助祭枢機卿」という位階がある(これは枢機卿のもとの身分とは関係がない。司祭であっても、助祭枢機卿になる)。教皇が任命する。

 司教は例外はあるが、特定のブロック(司教区)のトップ。特に大きい司教区(大司教区)か、数司教区を束ねるトップは大司教となる...続きを読む

Qどうして日本人以外はみんな歯がきれいなの?

どうして,中国人,インド人,台湾人,韓国人,ヒスパニック,アメリカ人(黒人,白人),ヨーロッパ人とも歯がきれい(詰め物はしてない歯並び良好)なのでしょうか?
詰め物してるのは日本だけみたいに感じます。

長期留学でニューヨークに住んでおります。
ホステルにも1ヶ月位滞在しましたし、寮にも数ヶ月済んでます。
ホステルは特にヨーロッパ人は毎晩ナイトクラブに出かけ朝方ぐてんぐてんに酔っ払ってそのまま床につきます(全く歯磨きしてるとこ見かけたこと無し)。ホステルはだらしない人多いです。
アメリカ人は歯磨きを一生懸命すると聞いた事がありますが本当ですか?そんな風景見かけたこと有りません。
特に気がついたのは間食ばっかりしてます。授業中はチューインガムやチョコやキャンディーしゃぶってるし、,ベッドスナックもしてそのまま寝てます。
教授陣も研究室にお菓子を沢山置いている人多いです。
朝食も学食でサンドイッチとか食べながら教室に向かって特に歯磨きしに行ってる人見かけません。

ましてや、中国人は汚いとは聞いてましたがこれは噂どおりです。寮内で彼等は全くトイレ掃除なんぞしませんし、身だしなみもしません。兎に角だらしないです。
中国人のルームメイトは寮でも朝,30秒くらい歯磨きして大学に行ってます。でも皆,歯はきれいで今迄歯医者なんて行った事無いとかも言います。

以前,アメリカの会社では昼食後に歯磨きの行列ができるなんて噂で聞いた事がありますが今迄で大学のトイレで歯磨きなんぞしてる人見た事ありません。兎に角,甘い物好きで肥満の人も多いです。

インド人も皆,芸能人のように真っ白な歯してます。

もしかして間食ばかりしてるから虫歯になりにくいのでしょうか?
私は食事後は30分以内にでも歯磨きしないと何だか口の中が気持ち悪いです。間食もしません。
色々な歯間ブラシ等,様々な歯磨きグッズ使って10分くらい掛けてこれでもかというくらい丁寧に歯磨きしますが半年くらいすると虫歯が出来てしまいます。

虫歯って民族性なのでしょうか?日本人は歯が弱い?

それとどうして虫歯に対しては自然治癒力が無いのでしょうか?

どうして,中国人,インド人,台湾人,韓国人,ヒスパニック,アメリカ人(黒人,白人),ヨーロッパ人とも歯がきれい(詰め物はしてない歯並び良好)なのでしょうか?
詰め物してるのは日本だけみたいに感じます。

長期留学でニューヨークに住んでおります。
ホステルにも1ヶ月位滞在しましたし、寮にも数ヶ月済んでます。
ホステルは特にヨーロッパ人は毎晩ナイトクラブに出かけ朝方ぐてんぐてんに酔っ払ってそのまま床につきます(全く歯磨きしてるとこ見かけたこと無し)。ホステルはだらしない人多いです。
アメリカ...続きを読む

Aベストアンサー

民族性じゃないと思います
うちは親は、奥歯はぜんぶかぶせてあるような状態ですが
子どもたちはほとんど虫歯ありません
特に歯磨きに注意したとか大きくなっても定期チェックしてるとかもありません

知り合いにも歯磨きをあまりしてないけど、虫歯なしという人がいました
歯質と生活習慣も大きいのかもしれません
そもそも虫歯菌がいなければ虫歯にはならないですよね~

あと、初期虫歯(というか前虫歯状態)であれば修復能力はあります
唾液の出方が少ないと虫歯になりやすい(自浄力が少ないので)という話も聞きました

また、フッ素が水に含まれている地域だと虫歯が少ないらしいです
お茶類にもフッ素が含まれているので、飲茶習慣があると虫歯になりにくいかもしれません

イギリス人はわりと矯正しないらしくてきれいに並んでない俳優さんとかいますね

Q中世ヨーロッパの貴族の生活や庶民の暮らしについて

最近中世ヨーロッパに興味を持ち始めた者です。
いくつかわからないことがあるのですが、
・貴族は普段どのような仕事をしていたのでしょうか?
・庶民や商人などは貴族の地位にはなれなかったのでしょうか?
・貴族は再婚や離婚はできたのでしょうか?

・中世ヨーロッパの庶民の暮らしや、
 建築・裁縫(当時の原料が載っていると嬉しいです)が
 書かれているホームページや本がありましたら教えてください。
・もっと勉強したいので、お勧めのホームページや本も教えていただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>「ノートルダムの背むし男」は「ノートルダムの鐘」でしょうか?

「ノートルダムの背むし男」はアンソニー・クイーン、ジーナ・ロロブリッジ主演の50年以上前のハリウッド映画です。
ディズニーの漫画映画のタイトルは「ノートルダムの鐘」です。

その他にも「ロビンフッド」や「ジャンヌダルク」『The Name of the Rose』の映画も中世ヨーロッパが舞台です。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Name_of_the_Rose_%28film%29

また、ヨーロッパの中世が終わる1517年にはルターの宗教改革がはじまった年でそれから、グーテンベルクの印刷技術により聖書がドイツ語で出版されるなどヨーロッパの歴史上たいへん大きな出来事がありました。
それまでカトリック教会はたいへん多くの献金や巡礼者のもたらすものでたいへん富んでいましたが、ルターの宗教改革により収入はほとんどなくなります。
それまで、カトリック教会は巡礼者を呼ぶために、立派な教会を建て、有名な彫刻家や画家に作品を作らせますが、宗教改革以降、宗教画など
資金不足によりずっと数を減らします。

ドイツでは初夏~秋にかけてあちらこちらの城で中世の生活を体験できる催し物が行なわれます。

参考URL:http://www.ritterturnier.de/

>「ノートルダムの背むし男」は「ノートルダムの鐘」でしょうか?

「ノートルダムの背むし男」はアンソニー・クイーン、ジーナ・ロロブリッジ主演の50年以上前のハリウッド映画です。
ディズニーの漫画映画のタイトルは「ノートルダムの鐘」です。

その他にも「ロビンフッド」や「ジャンヌダルク」『The Name of the Rose』の映画も中世ヨーロッパが舞台です。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Name_of_the_Rose_%28film%29

また、ヨーロッパの中世が終わる1517年にはルターの宗教改革がはじ...続きを読む

Q15~18世紀ヨーロッパが舞台のおすすめ映画

暮らしと服装史の勉強のため色んな資料を集めてます。
実際に着て生活している様子が知りたいので映像で観たいと思ったのですが、
15~18世紀頃のヨーロッパ(地域は問いません)が舞台で、
貴族ではなく中流階級や平民の服装がわかる作品でおすすめはありますか?

マニアックなものでもいずれは探したいのでよいのですが…
できればレンタルなどで借りやすいものが希望です。

宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

《ルネサンス》あたりからのものをズラッと
並べました(フランス後半は19世紀にくいこんでいる
作品も含んでいますのでご注意を)が、
貴族と平民ごった煮の作品も
多いので以下適当に列挙します。
詳細は
http://www.allcinema.net/prog/index2.php
http://movie.goo.ne.jp/
でお調べください。

これ以外でも
【ヴィドック(2001)】◎
【レ・ミゼラブル】の
(2000)(1998)(1982)(1957) 版
【モンテ・クリスト伯】の
(1998)(2002)版
【ジェーン・エア】の(1983)
【ジェイン・エア】の(1996)
【真珠の耳飾りの少女(2003)】
【スカーレット・レター(1995)】
等々 様々なジャンルで素材でとりあげられていますので
あげればきりがありません。
また「15~18世紀頃のヨーロッパ(地域は問いません)」
と範囲がかなり広いですからね。
その意味で、記憶の許す限り「平民の衣装関連」
で特にお奨めのものには◎マークをつけておきますね。

《ルネサンス》
【デカメロン(1970/仏伊)】
【カンタベリー物語(1971/伊仏)】
【レオナルド・ダ・ビンチの生涯(1972/伊仏他)】
【華麗なる激情(1964/米・伊)】*ミケランジェロ
【ロミオとジュリエット(1968/米)】
【じゃじゃ馬ならし(1967/米伊)】

《大航海時代》
【1492・コロンブス (1992/米仏スペイン)】◎
【コロンブス(1992/米)】◎

《宗教改革》
【ジョン・ウィクリフ(1984/米)】*14世紀イギリス

【マルチン・ルター(1953/米、西独)】
【カルヴァン&ツヴィングリ (2001?)】*ドキュメンタリー
【キング・フォー・バーニング(1994/独)】◎

《三十年戦争(1618年~1648年)》
~~カトリック教国vs新教国~~
ドイツVSデンマーク、スウェーデン、仏等
【クリスチナ女王(1933/米)】*17世紀スウェーデン
(スウェーデン皇帝グスタフ・アドルフの娘)

《七年戦争(1756年~1763年)》
*オーストリア継承戦争(1740~1748)が原因
オーストリア・露・仏等VSドイツ・イギリス等
【バリー・リンドン(1975/英)】*18世紀イギリス
【アマデウス(1984/米)】*18世紀オーストリア
(神聖ローマ皇帝カール6世の娘)マリア・テレジア女帝の時代。

《16世紀~イギリス》
【ヘンリー八世の私生活(1933/英)】◎*英国国教会
【1000日のアン(1969/米)】
【キング・オブ・ファイヤー(2003/英)】◎
【わが命つきるとも(1966/英)】*トーマス・モアの半生
【レディ・ジェーン(1985/米)】*9日間の女王
 (【愛と運命のふたり~レディ・ジェーン(1985/米)】)
【レジェンド・オブ・サンダー(2004/英)】◎
【エリザベス(1998/米)】
【エリザベス R(1971/英BBC)】
【女王エリザベス(1939/米)】
【エリザベス女王(1912/仏)】
【恋におちたシェイクスピア(1998/米)】
【無敵艦隊(1937/英)】
【クロムウェル(1970/英)】*清教徒革命
【ロブ・ロイ ロマンに生きた男(1995/米)】◎
*アン女王がスコットランドを併合し大ブリテン帝国を
成立(1707年)した頃のスコットランドの実在の英雄“ロブ・ロイ
”を描く。
【英国万歳!(1994/英米)】*ジョージ三世
【ヴィクトリア女王(1937/英)】

《16世紀~フランス》
【ノストラダムス(1994/米英独)】◎*アンリ2世
【三銃士(1993/米)】
【王妃マルゴ(1994/仏)】シャルル9世の妹
*新教徒サン=バルテルミーの虐殺事件
【宮廷料理人ヴァテール(2000/英)】ルイ14世
【女優マルキーズ (1997/仏)】
【仮面の男 (1998/米)】
【危険な関係 (1988/米)】
【マリー・アントワネットの首飾り(2001/米)】
【愛、革命に生きて(1988/仏)】
【ベルサイユのばら (1979/仏日)】
【グレースと公爵(2001/仏)】
【ラ・マルセイエーズ(1938/仏)】◎
*1789年7月のパリ・バスチーユ監獄
【ダントン(1982/仏ポーランド)】◎
【ナポレオン(1926/仏)】
【キング・オブ・キングス(2002/仏他)】◎
【ワーテルロー(1969/仏ソ連)】
【炎の英雄 シャープ(1993/英)】*イギリス陸軍の英雄
【美女ありき(1940/英)】
【征服(1937/米)】
【王妃デジレ(1954/米)】
【戦争と平和(1956/米伊)】
【戦争と平和(1965~1967)】
【会議は踊る(1931/仏)】
【レ・ミゼラブル(1997/米)】
【残虐の掟~フランス革命海賊秘話(1967/伊)】

【デュエリスト(1977/英)】ルイ18世
*ブルボン王朝の復活

【ゾラの生涯(1937/米)】第三共和制期

《ルネサンス》あたりからのものをズラッと
並べました(フランス後半は19世紀にくいこんでいる
作品も含んでいますのでご注意を)が、
貴族と平民ごった煮の作品も
多いので以下適当に列挙します。
詳細は
http://www.allcinema.net/prog/index2.php
http://movie.goo.ne.jp/
でお調べください。

これ以外でも
【ヴィドック(2001)】◎
【レ・ミゼラブル】の
(2000)(1998)(1982)(1957) 版
【モンテ・クリスト伯】の
(1998)(2002)版
【ジェーン・エア】の(1983)
【ジェイン・エア】の(1996)
【真...続きを読む

Q「ベルサイユのばら」でロザリーはなぜ処刑されないのでしょうか?

「ベルサイユのばら」でロザリーはなぜ処刑されないのでしょうか?
ロザリーって、善良な娘ですが恐怖政治の時代には処刑されそうな要素がたくさんありますよね。
「ベルサイユのばら」の続編「エロイカ」ではけっこう長生きしているようですが。(未読です)
まず、育ちはともかく血筋でいうと生粋の貴族の娘です。
それも名門ヴァロワ家と、民衆に憎まれていたポリニャック伯夫人の間に生まれています。
恐怖政治の時代は、革命派だった貴族すら処刑をおそれて国外に逃亡しています。
しかも、彼女はジャルジェ家やポリニャック家にいる間は貴族の娘として生活しているし、
恐怖政治の時代には民衆の憎悪の対象になることもありえますよね。
おまけに王党派貴族ジャルジェ将軍とも親しい間柄で、王妃が投獄されてからは彼を王妃の牢獄に案内しています。
しかも、目的が王妃の逃亡計画の打合せです。
本来なら、これだけでギロチン行きになってもおかしくないと思います。
牢番のおかみさんたちが、のちに「王妃に親切にしすぎた」という文が出てきますが、
一番やさしく、親切にしていたのはロザリーのように思えます。
色々考えてみると、ロザリーは恐怖政治の犠牲者になった方が自然な気がするんです。

もちろん、可憐で善良なロザリーがギロチン送りになったら読者には耐えられないでしょうし、
物語のラストで主要人物が全員死んでしまったのでは、話にならないというのはわかるんです。
何より、実在したモデルの女性が長生きしているのだから、無理にロザリーを殺さなくてもいいでしょう。
でも、物語を読むと「何でロザリーだけ生き残ったんだろう?」という疑問がわいてきます。

考えられるのは、夫ベルナールに保護されたということぐらいなんですが、
何となくしっくりこないんですよね・・・・。
ベルナールは一体、どれだけの権限があったんだろう?というのも疑問ですし。
ロザリーに恐怖政治を生き抜くだけの逞しさがあったとも思えません。

ロザリーは、なぜ処刑されなかったのかが気になります。

「ベルサイユのばら」でロザリーはなぜ処刑されないのでしょうか?
ロザリーって、善良な娘ですが恐怖政治の時代には処刑されそうな要素がたくさんありますよね。
「ベルサイユのばら」の続編「エロイカ」ではけっこう長生きしているようですが。(未読です)
まず、育ちはともかく血筋でいうと生粋の貴族の娘です。
それも名門ヴァロワ家と、民衆に憎まれていたポリニャック伯夫人の間に生まれています。
恐怖政治の時代は、革命派だった貴族すら処刑をおそれて国外に逃亡しています。
しかも、彼女はジャルジェ家...続きを読む

Aベストアンサー

史実のロザリーことはとりあえず置いといて、そんなに表立って漫画のロザリーは動いていないせいだと思います。
パリ市民として暮らしていましたが、近所の人たちはロザリーは実は貴族で悪名高きポリニャック伯夫人の娘とは知りえません。
また貴族の娘としてもジャルジェ家時代はともかく、ポリニャック伯夫人は私生児のロザリーを表に出すことはありませんでした(すぐに結婚させようとしていたくらいですから)。堂々と社交界に出ていたシーンはなかったように思えます。
逃亡計画にしても外には漏れていません。もちろんバレていたらギロチン行きですが。
幸運に恵まれすぎて(漫画のご都合主義)生き残ったとも。

ベルナールの権限ですが、実はロザリーを王妃の世話係りに送り込ませるほど発言力はあります。
漫画では上手く描ききれなかったそうですが、ジャコバン派の指導者のひとりという設定だそうです。
ネタバレですが、「エロイカ」ではベルナールは殺されてしまうんですよね。。。
ですが、ロザリーは逞しくしぶとく生き残るんです。で、息子はスウェーデン王オスカルに仕えます。

Q「充分」と「十分」の使い分け教えてください

題名のとおりですが、どう使い分けるのか知りたいです。

たとえば、「私はじゅうぶん満足した」のときは、十分でいいんですよね???

どちらをどう使い分けるのか教えてください。

Aベストアンサー

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。
☆この二つの文字の違いは何か?
【十】:1・2・・・・・・と来て数が満ちる。
  原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。
     九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。
     更に9+1は十分大きい ⇒ 数が足りている状態。 
  ☆数詞、段階を踏むデジタルな思想です。
【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。
  原意:長い、高い から 成長した大人、肥満、肥大、振る舞う、 
     などを意味するようになり、現在に至っています ⇒ 充ちる(満ちる)。
  ☆基本は動詞、切れ目なく満ちる、満たす、果たす、アナログ的思想です。
【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。
  【十分】の発音はshi2fen1   【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。
  【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 

さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。
 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。
 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。
    としたいところです。
  
【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。
 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc)
ついでに、
  「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。

いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
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