痔になりやすい生活習慣とは?

学校の公民のテストで、回答として ファシズム(絶対主義 帝国主義 独裁主義 絶対主義 ナショナリズム との違いを把握しておく事)
という文がありました
調べてみたのですが、いまいちはっきりとした違いがわからず、ここで質問させていただくことしました
それぞれの定義、特長と違いを教えてください
おねがいします

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A 回答 (1件)

ファシズム



イタリアの政治家ムッソリーニの思想であり、彼が指導したファシスト党による1922年から1942年までのイタリアの政治体制をさします。
その特徴は、共産主義、自由主義、民主主義、平和主義など徹底的に排除しようとします。その為、暴力的な独裁体制が築かれます。
また、対外的には攻撃的になり侵略主義的になっていきます。
転じて、似たような政治体制を「ファシズム的」と称することもあります。


絶対主義

政治的権力を集中させた、絶対的な政治体制を言います。
その意味ではファシズムや独裁主義も含みます。
ただ、歴史学では近世ヨーロッパで現れた封建体制崩壊後の「絶対王政」を指します。
封建制は、弱小勢力の寄せ集めであり、例え「王」といえども、それら「諸侯」の意見を無視することはできませんでした。
しかし、徐々に諸侯の力が弱まり、「王」に権力が集中し始めました。
そして、「王」というのは憲法や法律によって権力が制限されることは無いと考えます。
その根拠としては、「神からの権力の付与」という論理での権威付けされているのが特徴的です。
フランス王ルイ14世の「朕は国家なり」が有名ですね。
これの対立概念は「立憲君主制」で日本もこの体制ですね。


帝国主義 

主に19世紀中頃に現れた、積極的に海外殖民地を獲得していこうとする政策であり、またその時代を現す時代区分でもあります。
その特徴は、強大な軍事力を背景に、列強諸国が植民地経営や権益争いを行いつつ、世界の再分割を行っていった時代でもあります。


独裁主義

政治権力を一人または少数者に集中させ、国家を支配しようという政治思想や政体。


ナショナリズム

文脈によって多様な定義づけがされている。
アーネスト・ゲルナーは「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」と定義しています。
しばしば、郷土愛や愛国心を意味するパトリオティズムと混同されますが、厳密には違う概念です。(ただ、日本ではこちらの文脈で使われることも多い)


全体主義

個人個人の利益や自由を犠牲にしてでも、公共の利益・国家の利益を追求していこうとする思想。
日本では、世界大戦期の国力を総動員する時期に現れたが、この言葉を最初に使ったのはムッソリーニだとされている。
また、自由民主主義とは対立する概念でもある。


・・・と、大まかにはこんな感じですかね。
あとはWikiで調べてみてください。
http://ja.wikipedia.org/
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました
絶対主義がよくわからなかったので回答助かりました
ありがとうございました

お礼日時:2007/12/25 20:02

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Q北朝鮮は民主主義なんですか?

タイトルの通りです。
なぜ「朝鮮民主主義人民共和国」なのか疑問です。
初歩の初歩のような質問で申し訳ないのですが、宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

 まずDemocracyの訳語としての「民主主義」ですが、あくまでも体制概念(cracy)であって、主義(ism)ではありません。ですので「民主制」という方が的確であり、民主主義は誤訳とする考えもあります。
 つまり「君主制」「寡頭制」「貴族制」「共和制」など主権者がだれであるかという概念・制度です。ですから日本国を含めイギリス・ノルウェーなどの大半の君主国は自由主義であり「立憲君主制」であっても、厳密な意味では民主制ではないといえます。もちろん、その逆に形式上では民主制であっても、実質独裁ということもあります。
 つまり民主制であるなしと、国民の自由や権利・福祉が保証されているか否かは別問題であり、また自由主義や社会主義などの主義とも別物です。
 ただし、いわゆる“民主的”という言葉が、参政権や思想信条の自由などが保証されている状態を指すため、両者が混同されるのでしょう。

 それと、朝鮮民主主義人民共和国という呼称はあくまでも外国語です。なぜなら漢字を廃止しているからです。正式名称をカタカナ表記すると「チョソンミンジュジュイインミンコンファグク」です。

 つまり、彼らにとっての“民主主義”と、われわれの“民主主義”は別物だということですね。

 まずDemocracyの訳語としての「民主主義」ですが、あくまでも体制概念(cracy)であって、主義(ism)ではありません。ですので「民主制」という方が的確であり、民主主義は誤訳とする考えもあります。
 つまり「君主制」「寡頭制」「貴族制」「共和制」など主権者がだれであるかという概念・制度です。ですから日本国を含めイギリス・ノルウェーなどの大半の君主国は自由主義であり「立憲君主制」であっても、厳密な意味では民主制ではないといえます。もちろん、その逆に形式上では民主制であっても、実質独...続きを読む

Q絶対主義と帝国主義の違い

絶対主義と帝国主義の決定的な違いはなんでしょうか?

ウィキペディアに、「一つの国家が、(省略)新たな領土や天然資源などを
獲得するために、軍事力を背景に他の民族や国家を積極的に侵略し、
さらにそれを推し進めようとする思想や政策」とあります。

スペインが、フィリピン、グアムなどを獲得したのは、絶対主義時代ですが、
モロッコを獲得したのは、帝国主義国としてでしょうか?

今ひとつ言葉の違いが腑に落ちません。どなたかご教示頂けますでしょうか。

Aベストアンサー

絶対主義あるいは絶対王政主義というのは、権力の拠り所を神(キリスト教カトリック)に求める考え方を追求して出来た思想乃至体制です。
「絶対王政主義」というのは、王権というのは神から認められ与えられているのであって、人間がつくった法律なんかの縛りは一切受けないという考え方です。
別名というか、そうした思想を纏めたものに「王権神授説」という言葉があります。
この考え方に対置されるのはレーエン制(封建制と訳されますが日本の封建制度とは別)という考え方です。
こちらは、諸侯との契約の上で王権がなりたっているという考え方です。
それぞれメリット・デメリットがあって複雑な政治力学でもって揺れ動いていました。
それが、16世紀~17世紀にかけて王権有利な時代が続いたので、この時期を「絶対王政時代」「絶対主義時代」「絶対君主制」などと呼ばれます。

一方帝国主義というのは、産業革命をとおして確立された資本主義経済の元、市場の独占や余剰生産品輸出のための市場拡大を狙ってヨーロッパ各国が植民地獲得競争をしながら拡大していった時代に使われた言葉です。
「帝国主義(imperialism)」という言葉は、イギリスの保守党はディズレイリ内閣が大英国主義を唱え積極的に植民地獲得を目指した政策に対して、自由党グラッドストンが批判して用いたのが最初と言われています。
そのことから、19世紀末~第二次世界大戦後位までの時代を「帝国主義時代」などと言われたりします。

>スペインが、フィリピン、グアムなどを獲得したのは、絶対主義時代ですが、
モロッコを獲得したのは、帝国主義国としてでしょうか?

スペインがフィリピンなどを植民地化したのは1565年頃ですので、絶対主義時代にはいるかと思います。
このころは、同時に大航海時代とも言われ、スペイン・英国・オランダetcが積極的に海外に飛び出していく時代ですね。
一方、モロッコを巡っての争いは19世紀のアフリカ分割時代のことですので帝国主義時代になるでしょうか。

ではでは、参考になれば幸いです。

絶対主義あるいは絶対王政主義というのは、権力の拠り所を神(キリスト教カトリック)に求める考え方を追求して出来た思想乃至体制です。
「絶対王政主義」というのは、王権というのは神から認められ与えられているのであって、人間がつくった法律なんかの縛りは一切受けないという考え方です。
別名というか、そうした思想を纏めたものに「王権神授説」という言葉があります。
この考え方に対置されるのはレーエン制(封建制と訳されますが日本の封建制度とは別)という考え方です。
こちらは、諸侯との契約の上...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q専制主義と絶対主義、全体主義の違い

中華帝国を代表とする東洋的な専制国家と、近世ヨーロッパの絶対主義国家、
それと戦前の日本やドイツまた共産圏のような近現代の全体主義国家、
これらの違いはどういうところにあるのでしょうか?
一人または少数の権力者が国土と人民を全面的に支配している点では
同様に思えるのですが。

Aベストアンサー

専門家ではないので、学術的に完全に誤りがないかどうかは別にして、便宜的な理解だとこうなると思います。

>一人または少数の権力者が国土と人民を全面的に支配している点では同様に思えるのですが。

この点で共通点があるように見えますが、「人民」が政治に関わる度合いに相違点があると理解してよいのではないかと思います。

いわゆる古代・中世の専制国家・専制君主は、全人民を直接支配していたというよりは、間接支配に甘んじていました。地方の実力者が大きな力を握っていたため、彼らの地元支配を認める代わりに自分の君主としての立場を承認させていたというのが実態です。

絶対王政のころ(近世)になると、地方の実力者(ヨーロッパでは貴族)に対抗しうる勢力が出てきます。主に商売で財をなした有力市民(人民)です。彼らは、地方を今までどおり支配したがる地方実力者(貴族)の力を弱めて自分たちが自由に商売を行いたいと考えるようになりました。これが、地方実力者の力を弱めたいという君主の利害と一致し、君主を積極的に支持し、君主の権力の強大化を後押しします。日本でも、明治維新では豪商が志士を経済的に支援しています。形は違えど、江戸時代の地方分権から明治の中央集権の権力構造の変化に際して財力を持った市民の関与が見られました。

全体主義になると、先の回答でもあったように民主主義に対立する言葉として使われます。つまり、絶対主義のような一部の有力市民だけでなく、基本的にはほとんどの国民(男性だけだったり、高額納税者だけだったり、という制限はあるかもしれまんせんが、)が政治に参加できる状況下で起きる現象です。クーデターまがいの政権もありますが、政権樹立時には国民の相当部分から直接の支持がなければ成立しない、という点で専制や絶対主義とは異なっています。

専門家ではないので、学術的に完全に誤りがないかどうかは別にして、便宜的な理解だとこうなると思います。

>一人または少数の権力者が国土と人民を全面的に支配している点では同様に思えるのですが。

この点で共通点があるように見えますが、「人民」が政治に関わる度合いに相違点があると理解してよいのではないかと思います。

いわゆる古代・中世の専制国家・専制君主は、全人民を直接支配していたというよりは、間接支配に甘んじていました。地方の実力者が大きな力を握っていたため、彼らの地元支...続きを読む


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