京都大原三千院の秘仏薬師如来立像の御開帳を拝観してきました。
 1200年ぶりの御開帳とのことですので、平安時代の前期かな、と思うのですが、実際の仏像を見ると、鎌倉時代の仏像の様式にとても良く似ているなあと思いました。
この仏像は一体、何時代のものでしょうか。彩色もとてもよく残っていました。これも、当初からの彩色でしょうか。
 いろいろ本やインターネットで調べてみましたが、わかりません。
 何とか知りたいのですが、詳しい方、教えていただけないでしょうか。ご自身でご覧になったなった推理でも結構です。
 よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

 私も3日程前にお参りしてきました。



 確かに何とも判断の難しいところですね。
 彫刻自体の様式(特に衣紋のリアルさetc.)は鎌倉時代の作を想像させます。お顔にしても、平安としても初期ならかえって有り得るかな、とも思えなくはないものの、いわゆる平安仏とはかなり異なっているように思われ、これまた鎌倉期、あるいは院政期の方が納得いくように見えます。
 ただ、眼に玉眼(水晶による瞳)が入れられていないことからみると、鎌倉よりは古いものであるとは言えそうです。これは鎌倉以降の技法ですので。もちろん、これも敢えて復古調の作風で作ったと言えなくはないかもしれませんけれど。
 色彩については絶対秘仏であればかなり残存状態良く残るものです。とは言え、1200年経ってここまではっきりと残るものかどうか、他の比較対象がないので判りません。二月堂の御本尊でもご開帳になれば別でしょうが。
 しかも、あの色彩は平安初期、というよりも江戸時代の嗜好に合ったもの、という気が個人的にはします。

 総合的にみると、記録はないものの、何らかの理由により後世(平安末期頃)に制作され、それが記録されなかったこともあり且つ最澄自作の仏に関する伝承が残っていて、それが混淆されて今に至っているのでは、と思います。さらに記録は無くても何回か開帳され、一部修復も受けたのではないか、と。

 何分、専門家では全く無い人間の意見ですので、鵜呑みにはなさらないよう、あくまでも私見、の一つと言うことで‥‥。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。大変参考になりました。玉眼でない点、確かにそうでした。

お礼日時:2002/09/29 00:42

秘仏の本尊薬師如来像は、最澄(七六七-八二二)の作と伝えられ、開創以来一度も公開された記録が残っていないそうです。



参考URL:http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2002sep/08/K …
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この回答へのお礼

さっそくご教示ありがとうございます。
ホームページも参考にさせていただきます。

お礼日時:2002/09/23 22:54

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