●キリスト教にはカトリックとプロテスタントがあり、カトリックはマリアも崇拝しているようですが、プロテスタントではマリアを崇拝してはいけないのですか。(マリアが描かれている絵画は結構多いと思いますが)

●またプロテスタントでは、十字架にキリストの像を入れないのですか。

わかる方がおられたら教えてください。

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A 回答 (4件)

>カトリックはマリアも崇拝しているようですが



これは誤りです。
カトリックでも聖母マリアを崇拝する事は禁止されています。
トリエントの公会議にて、
「神には崇拝を、三位一体(キリストの事)には礼拝を、聖人には崇敬を聖母マリアには超崇敬を行う」と規定しています。
つまり、聖母マリアは、特別な敬意の対象であって、崇拝の対象ではないのです。
カトリックでは、聖母マリアを敬意の対象として祈るのにたいし、プロテスタントの多くは、神への崇拝をカトリックよりも重視するために、質問者のような誤解を生じるのです。

聖母マリアを全く崇敬の対象としないのは、ネストリウス派(アッシリア教会)です。
ほとんど対象としてみない教派には、単性派教会(コプト教、アルメニア教会、エチオピア教会、ヤコブ派教会)があります。

>十字架にキリストの像を入れないのですか。

信仰の対象としてのキリスト像は、カトリック・プロテスタント共に禁止です。
キリスト教において、十字架は、信仰の対象ではなく、神のいる方向を示す目印にしかすぎません。
神は、世界に普遍的に存在していますが、キリストが十字架に掛けられて神の下に行かれたため、キリストの昇天した十字架を神の下へ通じる道であるとして、十字架の方向に向かって神に拝むのです。
十字架は、神のいる方向を単に示すだけのものですから、そこにキリストの像が有るほうが良いのか、必要ないのかは、各教会や司祭などの考え方によります。
礼拝・信仰の対象外のアクセサリーとしてならば、ほとんどの教会で問題にならないはずです。

ただし、十字架の方向に向かって拝む、ましてそこにキリストの像が有る場合、外からは、あたかも偶像崇拝に見えてしまう事は否定できません。
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この回答へのお礼

詳細な回答、ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/15 19:19

聖書の言葉からイエスを信じてますね。

だから十字架とか像は見ないです。ただ聖霊というのがマリア様に見えてるのかもしれない。
崇拝してはいけないというより必要はないという感じ、僕達は聖書を中心にして物事を解釈しますが、カトリックの方は神秘主義というのかな
。プトテスタントから見ればなぞです。
まあ最終的にイエスを信じればそれでいいのでは?と思う
どちらが間違い、正しいと言うより救われた事を感謝するなら批判している気持ちはないですね

それぞれ救われ方とそして持ち場があり、本当に相手を尊敬しあった時に神様はもっと強くなれるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/15 19:23

プロテスタントは、もともとカトリック派(ローマ教皇庁)に反発して分裂していった結果、個々に成立していきました。



現在のキリスト教は三つの大きな流れがあると思ってください。

・1つが、日本でキリスト教と言って一番イメージされるのが、バチカン(ローマ教皇庁)を中心に纏まっているカトリック派。
こちらは、ローマ教皇がペテロの後継者であり、全ての教会の頂点に立つという主張をしています。

・2つ目が、正教会派です。この派は、初期の段階でカトリック派(ローマ教会)と主導権争い(ローマ教会が頂点ではなく、全ての教会は平等と主張など)をしていましたが、1054年の「大シスマ」によってお互いを「破門し合う」という所にまで対立が深まりました。
その後も東西教会という形で、統合を目指したり対立を深めたりを繰り返し現在にいたります。
(東が正教会、西がカトリックを指します)
ギリシア正教会・ロシア正教会など、地域的に細かな差がありますが、大枠では一定の教義・原則に従っています。

・3つ目が、プロテスタント派です。こちらは、近世においてカトリックに反発した「宗教改革」で生まれたと、日本では一般的な認識ですね。
個人的には「宗教改革」というのは語弊があり、「宗教分裂」と言うべきだと思ってます。(まぁ、改革意識があったのは事実でしょうが)
つまり、「プロテスタント」というのは、一つの纏まりを持った教派・教団では無いんです。
言ってしまえば、16世紀移行にカトリックに反発して分離した教団・宗派と、その後に再分裂した教団・教派に対する(カトリック・正教会と差別するための)呼称と言って良いかと思います。
つまり、教団・宗派ごとに教義があり、一括りに「プロテスタント派」とする事は出来ません。
(まぁ、カトリック派や正教会派に対抗する時には、ゆるい連合をする事もありますが、普段は個々別々に活動しています。もちろん、お互いに争うこともあります)

>●キリスト教にはカトリックとプロテスタントがあり、カトリックはマリアも崇拝しているようですが、プロテスタントではマリアを崇拝してはいけないのですか。(マリアが描かれている絵画は結構多いと思いますが)

上記で、プロテスタントに大枠な教義・典礼は無いと書きましたが、それでも一定の特徴みたいなモノは存在します。
その一つが、「聖書主義」とも言える立場です。
聖書を重視した考え方ですので、当然、偶像崇拝を禁止したり否定的になります。
また、聖書を通して神・救い主としてのイエス・キリストを信仰する事に重きを置きます。
よって、多くのプロテスタント派では「聖母マリアは、イエスの母としては重要であるが、信仰の対象としては重要でない」という立場が多くなります。
絵画に聖母マリアが描かれる理由ですが、「聖書の物語の再現」という意味合いが強いと思います。

>●またプロテスタントでは、十字架にキリストの像を入れないのですか。

これも、上記と同じ理由(偶像崇拝の禁止・否定)の現れとして、多くの宗派ではキリストの像を飾ったり身につけたりはしません。
また、同じ理由で教会の外観もシンプルでスッキリしたモノが多いです。
まぁ、日本の教会で外見に十字架やマリア像などが飾ってあればカトリック派の教会、教会の看板だけで建物や庭がシンプルならプロテスタント派の教会という場合が多いです。
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この回答へのお礼

詳細な回答、ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/15 19:21

神以外を崇拝してはならないという掟がありますので、マリアを崇拝することは禁止されています。


が、神を生んだ人間としては敬われています。

何故マリアを信仰してはいけないのかというと女神崇拝になってしまうから。
キリスト教は布教の際に各地にあった女神崇拝を悪魔崇拝だと塗り替える戦略をしました。
だから女神崇拝を復活させるようなマリア崇拝は断じて許さなかったわけです。


プロテスタントはカトリックが十字架に死体を乗せたものを拝んでいることを偶像崇拝であると厳しく批判しました。
偶像崇拝はプロテスタントではしません。
十戒でも禁止絶対禁止になっています。

しかし、カトリック側は十字架を偶像として拝んでいないと主張しています。

プロテスタントは十字も切らないようです。

でも教会には十字架がある。
あくまでシンボルであり、それを偶像として拝んでいるのではないそうです。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/15 19:22

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こんにちは。

先日、アメリカのmixiのようなサイトを見ていた時、わからない点がありました。

プロフィール欄で10個くらいある宗教の選択肢の中に、キリスト教・カトリック・プロテスタントという選択肢があったのです。

私はキリスト教が大まかにカトリックとプロテスタントの2つに分かれていると思っていたのですが、そのサイトの解釈だと、キリスト教はカトリックとプロテスタントとは別物のようでした。

3つの宗教の違いを教えていただけないでしょうか?
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・お酒・たばこは禁止
・恋人はいても婚前交渉は禁止(避妊も禁止)
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・婚前交渉OK(避妊もOK)
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 こんにちは。カトリック信者ですので良かったら参考にして下さい。
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 質問者様の印象では、カトリックは非常に厳しいように見受けられますが、多分知人の影響じゃないでしょうか?カトリックは代々信仰している人が多く、あまり熱心にというか声高に自分がカトリックだと主張しない人が多い傾向にあります。傾向にあるというだけで、中には非常に熱心で視野の狭い人もいますが、大体がおおらかというかあまり他宗教を排斥しない傾向にあります。神父(司祭)がいるというのはまあ当てはまりますが、ミサは毎週参加する人もいますし、しない人もいます。しないからといって咎められませんし、クリスマス&復活祭だけに来る人もいます。来るもの拒まず去る者追わずの印象です。お酒タバコや全然咎められませんよ。司祭の方でヘビースモーカーの方いらっしゃいますし、お酒大好きな人もいます。ビアガーデンにいったりとか、普段でも飲酒をたしなむ人はいます。ただ今は四旬節ですので節制した生活を送りますのであまり酩酊するほど飲まないと思いますが。婚前交渉はまあその考え方ですが、あまりガチガチの人っていないんじゃないでしょうか。夕食のお祈りは私はしません。むしろカトリック信者はロザリオの祈りを熱心にすると思いますよ。つねにポケットにいれて祈っている人は割と多いです。
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Aベストアンサー

5番、7番です。

福音主義と福音派は、全く別です。
「過去の慣習にとらわれず、聖書の教えのみを信仰する」のが、福音主義で、「聖書に書かれている事は全て事実であり、それにしたがわなければならない」とするのが、福音派です。

一方、聖書と慣習を共に重要視するのがカトリックです。

具体例では、カトリックは、マリア信仰を認めてきましたが、マリア信仰は、聖書に無いということで、プロテスタントは、重視しません。
これが福音主義で、「聖書に書かれた天地創造は事実であり、進化論は誤りだ」とするのが、福音派です。

福音主義は、聖書の教えを、信仰面にのみ限定しているのに対し、実生活までも、聖書どうりに行おうとするのが福音派です。

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「過去の慣習にとらわれず、聖書の教えのみを信仰する」のが、福音主義で、「聖書に書かれている事は全て事実であり、それにしたがわなければならない」とするのが、福音派です。

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Aベストアンサー

経験者というか、プロテスタントのクリスチャンですが、
私の勉強がてら本を引っ張り出してみました。(新教出版「キリスト教の歴史」)
プロテスタントの意味は、カトリックをProtest(抗議)する人ということです。
もとは、1517年10月31日にドイツのマルティン・ルターがヴイッテンベルク城教会の扉に貼り付けた「95カ条の提題」によって起こった宗教改革から始まります。
当時のローマ教皇庁の腐敗にローマカトリック教会に対する疑いを強くしました。これを買えば罪から開放されるという「免罪符」を売って教会を建てようとしていたりしてたのです。
ルターは、「人間はただ神の恵みに信頼する信仰によってのみ救われることができる」という福音の根本的な真理を見いだしたのです。
ルターはそれまでカトリックの修道士だったのですが、破門されてしまいます。
しかし、国民の間で支持する人が多くなっていました。
ルターは、カトリック教会にのこって改革をしようとしたのですが、それは無理だったので、福音主義的な教会を新たにつくることになりました。
ミサの廃止、礼典の簡素化、修道院の閉鎖、修道士・修道女の結婚の世話をしました。
これは今でも、カトリックとプロテスタントの大きな違いになると思います。
プロテスタントと呼ばれるようになったのは、1529年にルター派に対する弾圧を行う決議が出されたため、この決議に抗議する文書「プロテスタチオン」が出され、その福音主義に同意する人々をプロテスタントと呼ぶようになったことによります。
現在でも、カトリックがわかれて、東方教会/西方教会となり、その西方教会はローマカトリックとプロテスタントに分裂しました。
違いで言えば、カトリックは教会が派手、マリア様の像などいろいろな像がある。ミサをする。神父がいる。懺悔室がある。修道院があって、結婚できない。
プロテスタントは、会堂は比較的じみ、像などはあまりなく、十字架ぐらい。礼拝をする。牧師がいる。懺悔室、修道院はない。牧師も結婚できる。
といったことでしょうか?お役に立てましたか?
私も勉強になりました!ありがとうございました。

経験者というか、プロテスタントのクリスチャンですが、
私の勉強がてら本を引っ張り出してみました。(新教出版「キリスト教の歴史」)
プロテスタントの意味は、カトリックをProtest(抗議)する人ということです。
もとは、1517年10月31日にドイツのマルティン・ルターがヴイッテンベルク城教会の扉に貼り付けた「95カ条の提題」によって起こった宗教改革から始まります。
当時のローマ教皇庁の腐敗にローマカトリック教会に対する疑いを強くしました。これを買えば罪から開放されるという「免罪符」を売って...続きを読む

Qカトリックとプロテスタントの亡霊に対する考え方の相違について

カトリックとプロテスタントの亡霊に対する考え方について教えて下さい。
17世紀の劇作家であるシェイクスピアの『ハムレット』の中に主人公ハムレットの前に、父王の亡霊が出て、自分を殺した弟への復習をに依頼する場面があります。
私が聞いた情報では、ハムレットはプロテスタントだったので、亡霊が本当に父親が死んで化けたものであるかどうか疑いを持った可能性もある。なぜならば、プロテスタントではGhost(亡霊)は悪魔が化けて
出てきたもので、死人が生前の姿で現れるイメージではないと言っていたように思いますが、宗派によって
そのような考え方の相違はあるのでしょうか?
大変分かりづらい質問だと思いますが、ご存知の方いらっしゃいましたら、教えて下さい!

Aベストアンサー

キリスト教には、「亡霊」という概念は有りません。
カトリックであろうと、プロテスタントであろうと。

亡霊とか、雑霊は、キリスト教が入る前の民間信仰が、キリスト教が入ってきた後も、生き残ったものです。

このような信仰は、イギリス・アイルランド・北欧に多く残りました。

悪魔に関しては別で、主にカナーン神話やバビロニア神話の神が、悪魔とされています。
ただし、これら悪魔に関しても、キリスト教で直接認めたものではなく、中世ヨーロッパで、「悪魔学」として、一部の人がまとめたものでしかありません。

Q仏教、キリスト教、イスラム教の教理の核は?

仏教、キリスト教の教理の核は「悟」、「愛」だと思ってはいけませんか。違っていれば訂正して下さいませ。
イスラム教の教理の核を一口に述べる事は可能ですか。それはどう表現されますか。漢字一字に限りません。教理の核であって実態との乖離は問わないことにします。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

●仏教:古代実存主義

西洋系哲学のバックグラウンドがある人物であれば、原始仏教の本質を、このように捉えることがあってもおかしくありません。事実、この指摘を読んだことがあります(誰のなんという本だったか、忘れてしまいました)。仏教は本質的には輪廻からの離脱(涅槃)を目的とし、なぜ人間には苦しみというものがつきまとうのであろうかというテーマを追い続け、正しい生き方をすれば苦しみはなくなるはずだという発想をもっています。

また、仏教の無我論も極めて西洋の実存主義的な思考態度に近いものです。ただし、私は仏教のほうが、通常の実存主義よりすぐれていると考えます。実存主義には歪んだ自意識過剰が見られる傾向があり、これは、今まで信じてきた神が信頼できなくなってしまったことにより、自分たちのよって立つ場所が見つからず、自意識過剰になるのだと思います。サルトルが好きな人には申し訳ないのですが、弁証法家である私には、サルトルの本音など、この程度のレベルのものとしか思えません「オレは不幸者だ。だから頭がいいんだ。どうせお前みたいな幸福な馬鹿にはわからんだろう」。

仏陀に一番近い西欧哲学者はキルケゴールであるような気がします。この人は実存主義者の中では珍しい弁証法の系譜に入る人物で、この人の立場をまとめると、こうなります。「きみは今、幸せ者かもしれない。でもどんな幸せ者でも、不幸者に転落してしまうことがある。自分がそのプロセスを示して見せよう」。仏教が弁証法的であることはしばしば指摘されることです。

仏教の本質を「悟」とすることは、結果だけを見れば正しいことです。しかし、結果そのものよりも、その結果にいたるまでのプロセスを重視する傾向が仏教にはあることも、見逃さないほうが良いと思います。

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ユダヤ教、イスラム教と同様、キリスト教もまた一神教にして、神と人間の対話をいう要素を持っています。ただし、この対話のスタイルが、それぞれ異なるのです。もっとも原始的なのがユダヤ教、もっともストレートなのがイスラム教です。

キリスト教のポジショニングは、神と人間の対話を、具体的かつ有機的に語るという特徴にあります。神と人間ではあまりに差がありすぎるので、ある程度の有機的関連性を組み込まないと、神と人間の間には、コミュニケーションが成立しにくいのです。キリスト教はこの有機的対話チャンネルの構築という特性により、人間にとってもっとも神を理解し易い一神教となっているわけです。

キリスト教は神と人間の対話を媒介する存在として、聖職者がざんげを聞くという習慣を持っているほか、天使や聖人の概念を使いこなします。また、三位一体論は、ユダヤ教やイスラムでは見ることのできない原理です。さらに、キリスト教においては偶像崇拝の禁止は事実上廃棄されており、これは本が普及する以前の時代に、偶像を通して神と対話するという態度をとっています。東方正教会においてはこの傾向が特に強く、信者がありがたがって絵を触りまわすうちに絵が破損してしまうため、キリストやマリアの顔の部分を除いて、そのほかは金属で覆ってしまうというスタイルのものすら見られます。

偶像崇拝を否定的に見る必要はないと思います。敬虔な東方正教会の信者は、別に神社に行く日本人のように現世利益を求めているわけではなく、ただ心の安静を求め、恭順の気持ちを伝えているだけですから。

キリスト教の本質が「悟」であると思うか否かですが、悟という語が仏教的な通常世界からの解脱と急激な覚醒を意味することはありません。しかし、悟という漢字を、ヨーロッパ人の使う理性の概念と同等のものであると解釈すれば、キリスト教は理性の宗教であり、悟という漢字も不自然ではないということになるでしょう。

●イスラム:社会倫理

イスラム教は最も純粋な一神教ですが、他方で、生活スタイルの細かいところにまで入り込み、人々の日常生活における行為のあり方まで規定してしまうという傾向があります。これは、肯定的側面をとらえれば社会倫理であり、否定的側面をとらえれば教条主義となります。

イスラムにおいては、礼拝、断食月、飲酒の禁止、食のタブー、ドレスコード、喜捨などの要素が、日常生活に組み込まれることとなります。聖地巡礼を果たした人は、地元に帰ると尊敬されます。現在では否定的なイメージで語られ、イスラムの保守性を示すものとされている、いわゆる「4人妻」の習慣にしても、もともとは、戦争で男が減ってしまい、生活が立ち行かなくなっている女性がいることを背景として、富裕層はひとりで複数の女性を扶養しなければならないとする福祉政策だったものです。

ただし、このようなイスラムの特性は、当初の理念が失われるにつれ、教条主義化していくケースもあります。端的にそれをあらわしているのが、アフガニスタンを以前支配していたタリバーンで、タリバーンが実効権力を握っていた間には、異様な事象が多数みられました。たとえば、ボクサーは肌の露出度が高いという理由で、ボクシング禁止令が出てしまいましたし、なぜだか理由は想像もつきませんが、たこあげ禁止などという決まりも出来ましたし、なんといってもあのバーミヤンの貴重な仏教遺跡を破壊したのは許しがたい行為です。

イスラムは本来、経典の民(ユダヤ教、キリスト教、イスラム)としか結婚してはならないとする教義をもつものの、基本的には宗教的寛容を説くものであるという原点をタリバーンは忘れています。イスラム国家の中には、ヨーロッパで迫害されたユダヤ人を多数受け入れてきたケースもありますし、インドのようにカースト制度から逃れようという発想でイスラムに改宗した人もいるという事情を、タリバーンは全く分かっていないようです。

さらに、多くのイスラム国家で、税金さえ払えば異教徒であっても信仰の自由が保証されるという制度がとられ、イスラムに乗り換えたほうが税金が安くなるという理由で異教徒が多数移住してくるというケースがあることも見逃すべきではないでしょう。この政策で政治的成功をおさめた典型例はオスマントルコで、キリスト教徒による軍隊を作ったりしているわけです。もともとはキリスト教国だったアルバニアは、トルコの支配下に入った際、家にいる女性はキリスト教徒、社会生活のある男性はなんちゃってイスラムという変則パターンで、トルコ人のお気に入りとなった国です。トルコ料理の本には、よくアルバニアレバーというレシピが出ていますし、オスマンが勢力を失っていく中でエジプトが独立をしてしまうのですが、その時のエジプトのリーダーもアルバニア人です。

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