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DNAは生物の設計図だということですが、設計図(遺伝情報)だけでは作品(生物)は完成しないと思います。

やはり設計図をもとに作品を制作する主体(意思?)が必要だと思うのですが、その生物自身や親の意思は勿論、それに当たらないと思いますし、物理や化学法則も、二次的に生命の材料や動力を提供はしているかもしれませんが、直接遺伝情報に反応しているとは思えないのですが…この遺伝情報執行の主体にあたるようなものは存在するのでしょうか?

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A 回答 (29件中1~10件)

私は広く言えば分子生物学を専攻しておりますので、


その視点から難しい専門用語はあまり使わずに
できるだけわかりやすく書かせていただきます。

DNAは生物の設計図です。そこには、なんと言いますか、
生物が作られたり、生きいくために必要なものを維持するための
物質(タンパク質なのですが)の作り方がすべて書いてあります。

おっしゃる通り、設計図だけでは生物は完成しません。
例えるならば、
飛行機の設計図があっても、工場がなければ飛行機はできません。
また、工場があっても作ろうとする人(意思をもった人)が
作ろうと思わなければ飛行機はできません。
おそらく質問者さんは「作ろうとする人(意思をもった人)」的な
のがいないと生物はできないということをおっしゃっている
と思うのですがいかがでしょうか?

生物の代謝の仕組み、卵から胎児への発生の仕組み、食べのもの消化
脳での情報の伝わり方、などなど。質問者さんが生物のどこまでを
知っていらっしゃるのか、生物を専攻されているのか全くわかりませんが、
飛行機の例えでいうならば、設計図と工場があれば
物理や化学法則だけで生物の体は出来上がります。
生命の材料や動力を提供してくれるだけで生物は出来上がります。
なぜ設計図と工場ができたのかは分かっていません、
原始地球でおこったことは予想はされていますが、
今のような生物になったのは偶然であると思います。

もし質問者さんが、それでも納得がいかないで
遺伝情報執行の主体(意思)があるはずどとおっしゃるならば
それはすでに生物の分野をこえています。
宗教(神の存在)や哲学、はたまた宇宙人のしわざなど
そちらの分野で考えることだと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>おそらく質問者さんは「作ろうとする人(意思をもった人)」的な
のがいないと生物はできないということをおっしゃっている
と思うのですがいかがでしょうか?

おっしゃる通りです。私の拙い質問の内容を大変的確に汲み取って頂いたように思います。

>飛行機の例えでいうならば、設計図と工場があれば
物理や化学法則だけで生物の体は出来上がります。
生命の材料や動力を提供してくれるだけで生物は出来上がります。

とのことですが、現実の飛行機は設計図と工場だけでは作られませんよね。
でも、物理や化学法則を利用して作られているということにおいては、生物も飛行機も同様かと思います。
飛行機製造に有って、生物製造に無いものは人間の意思に基づく行動だと思います。
この人間の意思というものは或いは哲学の領域に属するものかもしれません。
では、生物の(起源ということではなく、個体の)製造過程においては、人間の意思のようなブラックボックスみたいなものが無いのだろうか?というのがやはり疑問ではあります。

私は生物学は素人ですから、ここで詳しいご説明を頂いても理解は出来ないと思いますが、生物学を学べば、物理や化学法則が人間の意思のような働きをすることに納得を得られるのでしょうか?
だとすると、それはコンピュータのプログラムみたいなものでしょうか?つまりコンピュータ制御の無人工場みたいな…。
そうであれば、その不思議はやはり起源に帰結しますねえ…。

お礼日時:2008/01/20 00:40

>科学が完全否定できない「本質的な問い」がどこからなのか、生物学が現状でカバーできる具体的な境界を知りたかったのです。



このような問いを最初っから哲学のところで話したら良かったんじゃないですか?

専門の人が教えようとしたら、専門擁護ではダメで例えを出したら、言葉の意味の科学的に無駄なあげ足をとってはそれも有意義だといい、
本質を知るためには有意義ではないと専門家が言えば、一般人だから。

専門に近づこうと教えてもらおうと言う割に、専門家のほうから質問者さんのスタンス変えたらと言われると、素人だからといいわけ。

結局、専門家さんは書き損で終わり。
単に質問者さんが不幸を振りまいただけですよ。

哲学のところで話したらいいんじゃないですか?
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

お礼日時:2008/01/26 09:35

思いっきり横道にずれているというNo27さんの書き込みへの返答を読んでみると、質問者様のスタンスが再確認できました。


はっきり申し上げて、質問者様は科学を専門とする者との考え方がやはり、ずれているのです。どちらが正しいとかではなく。
認識違いをされているようなので、一応書き込みますが、専門家側は文章の構成がおかしいからわからないと質問者様の表現力のことを言っているのではないのです。

>自然科学に形而上的考えを持ち込むことは厳に慎むべきだと思いますが
いやいや、少なくともここでは持ち込みまくりです。だから専門家側はわからないと言っているんです。。。

>一般人が豊かな人生観を持つためには両方の素養が必須だと個人的には思っています。
大いに結構なことだと思います。

両方の素養。。。。少なくとも自然科学側の素養は、ここでの質問者様の対応からして身につくのはかなり難しいと思います。

>私は伸びる学生というのは素直な学生だ
言い得て妙だと思いました。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

お礼日時:2008/01/25 21:57

私としては、なんとなくですけど質問者さんの疑問がわからなくはないんですけどね。


科学というものとそれから派生するイメージそして科学的な物事の捉え方、これらがちょっとずれてるんではないでしょうか

これから書くことは私なりにこのトピックを呼んで思ったことなので思いっきり横道にずれてると思います。
あくまでも余談として聞いてください

科学というのはある意味では本質的な問いに答えきることができません(反論しようとした人ちょっと待ってください)
たとえば「なぜ昼と夜があるの?」という問いに対して科学は「太陽があるから」といいます
じゃあ何で太陽があるの?といわれれば「それは宇宙に水素とヘリウムがあってそれが核融合して…」と答えます
じゃあ何で宇宙に水素とヘリウムがあるの?「それは宇宙の始まりのときにクオークというものができてそれが集まって原子が形作られて…」
最新の科学でも、まだ最後までたどり着きません
ですがそれでいいんです
少なくともそこに一定の反証、実証余地があり論理的に矛盾がない範囲での答えなんですから

ところがある人は答えます
「神様が『光りあれ』と叫んだからだよ」
人によってはこの答えでたちどころに納得するのでしょう。
「あぁ『そうある』ものなのか」で終わりです

しかしこれは科学者からすれば思考停止ですし、まるで本質的な答えではありません
何でって?
だって、反証の可能性が微塵もないからです

質問者さんの問いが伝わりにくいのは比較的これに近い考え方をしているからかなと思います
まぁそれを哲学的というのもおかしな話ですが
個人的にはインテリジェントデザインの考えに近いのかなと思ったりします

『そうある』ものや「意思」というものを科学としてはなるべくそれを排除したいと考えています
なぜって?
そんなもの想定しだすとまるで説明ができないからです、というよりも科学じゃありません
「地球が太陽の周りを回ってるのは地球がそうしようと思ってるからだよ」では太古の人は納得できるのかもしれませんが、その先に思考の余地はありませんよね
「そこに何かの法則があるはずだ」と思うことから科学が生まれたのです

目の前にCという物があって科学者が調べるとAとBによってできていて、AとBを混ぜるとCができるということがわかりました
でも目の前のCは本当にAとBが混ざってできたものなのか
それはわかりません
科学者がいえるのはAとBを混ぜるとCができるということだけです

ところがある人がAとBをまぜるとCができると聞いて
「じゃあこの目の前のCは誰がAとBをまぜたんだ?混ぜる情報があったのか?」と言い出しました
この問いは「それはね神様がAとBをまぜてできたんだよ」という答えを期待してるように思えますよね
だけどそれでは科学から外れてしまいます

「まぁAとBが混ざったのかもしれないけど、A~Zまであるうちのたまたま近接してたAとBが混ざったんでしょう」
みんなこう思います
「意思」「主体」なんて考えもしません
「色水」の例えはこのことを言いたいのだと思います
科学者が探求する際の意思とその意思が対象とした事象因果をごっちゃにするなと

ところがこの色水の例えは生命に当てはめるのは上手くいきません(tatooさんごめんなさい)
この例えはあくまでもごっちゃにするなといいたいのであって生命起源を想定したものではないと思います
AをDNA、Bを細胞と想定してもいいかもしれませんが、いきなりDNAと細胞が同時発生し、それらが勝手に細胞を作り…そんなストーリーを描くには生命はあまりにも複雑すぎます

おそらくもっともっとシンプルなDNAによらない自己触媒的に増殖する「何か」が生命の源になったのではないかと考えられています
それが気の遠くなるような年月をかけて自己複製をする過程で「より安定に、効率よく増えるものほど数を伸ばす」という淘汰の働きでどんどんと効率化、複雑化し、最終的にDNAを自らの設計図に、タンパク質が織り成す細胞がその工場になっていったのだと考えられています(あくまで仮説です)
しかしその大元は何か、今の科学ではわかりません
>こうおっしゃる根拠をよろしければ教えて下さい。
の答えがこれです


最後にDNAを説明する際の話ですが、これはまぁ「(生命という複雑な)システムの一部」という言い方でもいいかなと私は思います
ですが単なる「現象」としてのシステムではなくあくまでも「自己増殖」するシステムです
ですから絶えず何かを作ってます(あくまで化学反応にのっとったオートマチックな生産ですよ)
そして何かを作るには必ずそれを記述する「設計図」が必要ですよね
それがDNAなんです
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

自分の表現力に自信を無くしていたので、救われる思いです。
もっとも、理解して頂いているというより、見透かされているというほうが近いかもしれませんが…。

>科学というのはある意味では本質的な問いに答えきることができません

私は自然科学のどの分野の専門知識も持ちませんが、このことは理解しています。

本音をいいますと、質問の意図もそれを踏まえてのものでありました。

そこに実際に「神様」を当てはめるかどうかは別にして、そうすることを科学が完全否定できない「本質的な問い」がどこからなのか、生物学が現状でカバーできる具体的な境界を知りたかったのです。

自然科学に形而上的考えを持ち込むことは厳に慎むべきだと思いますが、一般人が豊かな人生観を持つためには両方の素養が必須だと個人的には思っています。

お礼日時:2008/01/25 10:48

何もひどいことを書いたつもりはありませんが、誤解があったら申し訳ありません。

いかにも、他の言い方があるんだと言いたかったのかと読み取りまして。
あるなら聞いてみようと思っただけです。しかし、私の伝えたかったことは伝わっていると思われるので、もういいです。

質問者さん、私は伸びる学生というのは素直な学生だと経験上思っています。

言葉遊びではなく、生物学の話でならお付き合いすることもあると思います。では。
長々と失礼いたしました。
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この回答へのお礼

根気よくお付き合い頂き感謝しています。

ぜひまたよろしくお願いいたします。

お礼日時:2008/01/25 10:49

??


>しかし教育の場や、私みたいな素人が理解を深めるためには有意義である場合もあると思います。
>何故DNAは設計図に喩えられるのかを考えることは許されることだと思います。

質問者さんは生物学を分かっていないとおっしゃってます。では、質問者さんは「何をもとに」どうしてDNAは「設計図」と喩えられているかを考えるのでしょうか?

この回答への補足

私は研究者ではありませんから自己探求の術は持ちませんし、学生でもありませんから師も持ちません。

当座は自分の乏しい知識と、書籍、インターネット、このサイトも貴重な機会と考えています。

補足日時:2008/01/24 15:38
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生物学をかじったものとして、質問者さんとわれわれの大きなズレは以下にあると思います。



21の質問者さんの回答の中に
>しかし今回の質問のきっかけになった「設計図」という言葉ですが、これは用語ではなく、DNAについて素人向けに一般的に用いられている「喩え」だと思います。

とあります。専門家が専門知識をもとに、一般の人にわかる言葉で喩えた「設計図」という言葉です。専門知識をもとに性質本質をわきまえて喩えたものです。

>何故DNAは設計図に喩えられるのかを考えることは許されることだと思います。

質問者さんは生物学を分かっていないとおっしゃってます。では、質問者さんは「何をもとに」して、
どうしてDNAは「設計図」と喩えられているかを考えるのでしょうか?

これまでは「設計図」という言葉の意味から、DNAは「設計図」と名付けられたものだから、「設計図」は見る主体が必要・・・
と質問者さんご自身の「国語辞典」で検索されているように思えて、
私は「その国語辞典どうにかしないと、話ができないよ・・・」と思いました。
この質問者さんのその行為が本質から逸脱していく元凶だと思うのですが・・・。

13の回答で
>しかし教育の場や、私みたいな素人が理解を深めるためには有意義である場合もあると思います。

その逸脱すると思われる行為をまだ、有意義だとしているままでは本質をつかむことは難しいのではないでしょうか?

並立されている教育の場の話ですが、教育の場では、「設計図」と喩えられたDNAを、それから受ける授業で物事の本質を学び
「なるほど、だから設計図と喩えられるのか」と進んでいきます。
本質を学んで「設計図」という言葉に再到着するのです。

質問者さんのように「設計図」という言葉の意味から、、言葉の意味から「主体」を想像するという、言葉の意味から出発では本質からずれていくばかりだと思うのです。
質問者さんは生物学の話をしたいのですよね?

もう一度、質問させてください。
>何故DNAは設計図に喩えられるのかを考えることは許されることだと思います。

質問者さんは生物学を分かっていないとおっしゃってます。では、質問者さんは「何をもとに」どうしてDNAは「設計図」と喩えられているかを考えるのでしょうか?

失礼申し訳ありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

回答者さんのおっしゃりたいこと、苛立ちは理解できるつもりです。

私が私自身の国語辞典を持ち出しましたことについては、No.21の補足欄で弁解及び真意の説明を致しました。
しかし、回答者さんには理解頂けていないみたいですし、tatooさんも「よくわからない」とおっしゃっていますので、私の文章力の無さが原因だと思います。

この件につきましては今後に活かすべく努力するということでご了承頂きたいと思います。

お礼日時:2008/01/24 11:32

生物学の学術論でない、あまりに哲学的な言い回しが多いため詳細はよくわかりませんが、最終的に「設計図のようなもの」で納得いったということですね。



ということで、もともとの私の回答、
DNAは生物の設計図のようなものだということです。
設計図(遺伝情報)のようなものだけで作品(生物)は完成します。
「主体」にあたるようなものは、そもそも存在しない。
は伝わったのですね。

それとは別にひとつ気になったのですが、

>先生が教室でDNAのことを、その場その場での説明に即して「~のようなもの」と表現する、その頻度が最も高いのが「設計図のようなもの」なんでしょう。
その場その場の話の流れで、本質の理解に最も供することのできる言葉が、(そのときの)最適の言葉だと思います。

では、DNAのことを「設計図のようなもの」の他に、「ある場」においての説明では、
「何」と表現できると質問者さんは思われますか?
また、あるとしたらその理由は何でしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

そうですか。
弁解の部分は生物学の学術論でないことは承知していますが、哲学的な言い回しも一切していないつもりなのですが…やはり文章力不足ですね。

>DNAは生物の設計図のようなものだということです。

DNAは設計図のようなものだと思います。
しかし設計図という喩えで必要十分かどうかは私には分かりません。

>設計図(遺伝情報)のようなものだけで作品(生物)は完成します。

定義にもよると思いますし、必ずしもそうでないような記述も見たように思うので現時点では留保させて下さい。

>「主体」にあたるようなものは、そもそも存在しない。

主体は存在しないと思います。
本質問の趣旨であり、これに反するご回答は一件も無く、私も受け入れております。

現状、私の理解はこんな感じです。

>では、DNAのことを「設計図のようなもの」の他に、「ある場」においての説明では、
「何」と表現できると質問者さんは思われますか?
また、あるとしたらその理由は何でしょうか?

ひどいですよ~。
私が「システムの一部」と言ってさんざん非難されたの知ってて、また別の喩え言わせるんですか?

私の表現でなければ、その構造面から「らせん階段」や「鎖(状)」、複製の仕方を「ネガポジ」というのもよく聞くDNAの一表現だと思います。
機能面ではやはり「設計図」が王道でしょうが、派生して微妙なニュアンスの違いを表現するために「手引書」「作業指示書」「料理のレシピ」、アンチテーゼとしてむしろ「工場」だとする表現、RNAなんかとの関連で「遺伝情報の担体」、「情報蓄積装置」、異端っぽかったですが「自分自身を増やそうとする行動のプログラム」とかが検索できました。

お礼日時:2008/01/24 11:26

雪の結晶を作るのに情報は要りません。

物理法則と化学反応(というには語弊がありますが)によってあの複雑で綺麗なパターンは形成されるんですね。
でも、人を形作るタンパク質は遥かに複雑です。雪のように水と結晶の核だけでは作られているようには見えません。
そこで科学者は調べました。
するとタンパク質はアミノ酸が繋がってできていること、そしてその配列はなんとゲノムDNAの塩基配列と対応しているということが分かってきました。
あぁ、なるほどゲノムDNAにはタンパク質の配列情報が記載されているのか、タンパク質は生命を形作る元でそれを記載しているのがゲノムDNAなのか。そしてDNAはどうも親から子へと遺伝するらしいぞ。なるほど遺伝子の本質はDNAでゲノムDNAが生命の個体を特徴付ける元のようだ。
こうしてDNAは生命の設計図と呼ばれるようになりました。
その設計図は誰が読み解くのか?
さぁ?少なくともここでの設計図と言う言葉にはそれが意思を持った主体によって読み解かれるべきものであるとは想定されていません。
あくまでも上記のような背景を基にして生まれた例えです。

Q,じゃあ何で雪の結晶を作るのに不要な情報が生命を作るのには情報であるDNAが必要なの?
そもそも生命の本質は自己増殖することです。
増殖するということは同じ個体を作るということです。そのためには自分を構成する情報が存在しそれを次の個体へと伝える必要があります。その本質こそがDNAなのです。
しかし混同してはいけないのはDNAがあるから生命があるのではなく、何故だかよくわからないがこの世界には自己増殖する能力を持つ生命というものが存在し、その遺伝子伝達物質としてDNAがあるのです。そして遺伝子にはタンパク質を作るための情報が載っています。
「氷が溶けて~」のくだりにはこの部分が欠けている様に思えます。

Q,じゃあ何がゲノムDNAの遺伝情報を読み解くの?
調べていくとゲノムDNAは一度mRNAに転写されRibosomeとtRNAによってタンパク質へと翻訳されていることがわかってきました。
ですがその駆動力となっているのはあくまでも物理法則、化学反応です。物が高いところから低いところへと落ちるのと同じことですよ。

Q,じゃあ逆に言えばある配列を持ったDNAをRibosomeやtRNA(その他もろもろ)の入った溶液に投入すればそのDNAの情報は読み取られ勝手にタンパク質が合成されるってこと?
はい
実際そのような実験はとうの昔になされています。
ですからDNAの塩基配列は遺伝子としてタンパク質を構成するための情報を持っていますが、それを読み解く駆動力はあくまでも化学的な反応です。そこに意思や主体は存在しません。
そしてこの系をより複雑化すればもしかしたら生命のように自己増殖するものができるのかもしれません。

Q, そもそもなんでDNAは遺伝子なの?何で自己増殖するようになったの?…
それに関してはまだ分かっていません。
生命の起源に触る問題は謎ばかりです。

生命のシステムは複雑すぎていきなりこのようなシステムが出来たとは考えにくいのですが、しかしあくまでも生命の始まりを含めてこのシステムを形作っていったのは物理法則と化学反応です。
少なくとも科学者はそのような立場に立って生命の謎に挑んでいます。


横から長文失礼しました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど自己増殖という言葉で、よく分かりました(と思います)。

色氷が融けて色水になるのにDNAは不要だけど、それを何度も再現するためには色水のDNAが必要だということですね。

ひとつ十分理解できない部分があります。

>しかし混同してはいけないのはDNAがあるから生命があるのではなく、何故だかよくわからないがこの世界には自己増殖する能力を持つ生命というものが存在し、その遺伝子伝達物質としてDNAがあるのです。

こうおっしゃる根拠をよろしければ教えて下さい。
起源は不明なんでしょうが、DNAと細胞が同時発生だとすればどちらの表現も間違いではないと思うんですが…。

お礼日時:2008/01/24 11:10

私は質問者さんの考える世界を変えようとかは思ってませんし、哲学的な議論を戦わせようとも思っていません。


ただ、私が書きこんだことで誤解を生じさせたとこだけ伝えればいいと思っていますので・・。

質問に特別な意図があったわけではありません、ただ、どうお考えなのかと思っただけです。No18さんのようなことを期待していたわけでもありません。

ただ、生物学用語では説明できそうもないので、質問者さんの世界観の中で使われる言葉で誤解なく書き込めればと思っているだけです。

まず確認ですが、私の質問123中にある現象(例えば氷は溶ける)には、「主体(意思)」は存在しませんよね?
質問者さんはそうおっしゃっていましたよね?

>氷というものは、条件が整えば融けるようにできているから
まさか、ここにある「条件」という言葉の中に「主体(意思)」は含まれていませんよね?
No6への返答で氷が融けるのに「主体」はないとおっしゃっていたんでそこは覆らないと思いますが。
また、、「物質とは移ろうもの、氷が未来永劫、氷であり続けることはあり得ないから」これにも「主体」は存在しませんよね。

その前提のもとに、生物学の考えでは質問者さんの言葉を借りると、こう表せると思います。

「DNAというものは、条件が整えば生物の構成物(部品)、生物を作る工場のようなもの、生物を作るシステムなどを作るようにできている」

です。そしてDNAがどうやってできたのか、

「物質とは移ろうもの、ある物質が未来永劫、その物質であり続けることはあり得ないから」、物質がうつろう過程でいろいろな物質ができ、いろいろな物質が消えていく過程の中、いつしか地球上でDNAという物質の塊ができた。

ということです。ここまではよろしいでしょうか?以下にも私の考えを書き込みますが、それらとはごっちゃにせずここまでのことで何か納得いかないことがあるでしょうか?

生物学に携わる者は「DNAというものは、条件が整えば生物の構成物(部品)、生物を作る工場のようなもの、生物を作るシステムなどを作るようにできている」、このDNAのことを「設計図」と言って異議は唱える人は、まぁいません。
質問者さんはどのような言葉が最適と思われるでしょうか?その言葉が何であっても生物学ではどうでもいいことです。本質を理解できていれば。

質問者さんのNo12の回答で
>ときには複数の比喩対象を持ち出し、どちらの比喩がより適切か、という流れでの検討も有意義だと思うのですが…。

生物学では有意義ではありません。やりたければ言葉遊びのコーナーか、擬人化した比喩を用いて神の存在を語ったりする宗教や、解釈をさまざまする哲学のコーナーでお会いしましょう。そちらでは有意義かもしれません。
生物学では(いや科学ではでしょうか)、本質を知った人々が、その現象や物質について「こういう言葉で表す」と決めちゃう(定義する)んです。それは名前と同じで「Aと言えば、あぁそのことね」って簡単に話せるように。その名称に質問者さんみたいに「深く哲学的な」意味は名称を付ける時に意図していないんです。あくまで本質を表す記号のようなものです。

No13の回答で>教育の場や、私みたいな素人が理解を深めるためには有意義である場合もあると思います。

私が何度も書き込みをさせていただいているのは、生物に携わる者として間違った世界観を与えてはいかんと思ったからです。
質問者さんにおいては、悲しいかな理解を深めるほうには働いておりません。そもそも本質を表すだけの言葉に、言葉の意味から考え出すことで本質から大きく逸脱してしまっています。私はそれを「私の拙い言葉」から逸脱されるのは忍びないと思ったのです。

長々と失礼しました。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。
字数の都合もあり、補足欄で失礼します。

>それらとはごっちゃにせずここまでのことで何か納得いかないことがあるでしょうか?

ありません。主体の存在は考えていません。

いくつかのお礼欄で言葉の想起するイメージについて書きました。
そして何よりNo.8で、(「主体の不在」と「設計図」の並立には違和感はあります)と書きました。
そのことが、専門家の方達に、「素人が勝手な解釈でDNAを曲解している」という印象を与えてしまったのかと思います。それは、そうなのかもしれませんが、一連の言葉の真意についてはもう一度弁解させて下さい。

>生物学では(いや科学ではでしょうか)、本質を知った人々が、その現象や物質について「こういう言葉で表す」と決めちゃう(定義する)んです。それは名前と同じで「Aと言えば、あぁそのことね」って簡単に話せるように。その名称に質問者さんみたいに「深く哲学的な」意味は名称を付ける時に意図していないんです。あくまで本質を表す記号のようなものです。

そのことは理解しているつもりなんです。

しかし今回の質問のきっかけになった「設計図」という言葉ですが、これは用語ではなく、DNAについて素人向けに一般的に用いられている「喩え」だと思います。

だから、何故DNAは設計図に喩えられるのかを考えることは許されることだと思います。この質問がまさにそれです。

No.8で、(主体の有無を問題にしたような場合には、「主体の不在」と「設計図」の並立には違和感はあります)と書きましたが、これは違和感はありますか?という問いに対して、あくまで私の感覚的なものとして条件付で「あります」と答えただけで、一般的になされる設計図の喩えが不適であると主張したわけではありません。
また、その違和感は(生物学と関係ない範疇からのものなので)解消したいのではなく、違和感は違和感として放置して、DNAへの理解を深めたいという意図の文章でありました。(そういう意味で書く必要の無い文章であったとは今は思っています。)

私がDNAをシステムの一部ではないかと思った理由は以下によります。

1.生物(個体)はDNAがなければ製造されない。
2.DNAも構造物である以上、「製造」の対象である。
3.そうであればDNAを製造し、利用することも生物製造の一環ではないか。

それに対して、皆さんが否定されるご意見を私なりに理解に努め、No.15お礼欄に書きました。よろしければ一読下さい。

>質問者さんはどのような言葉が最適と思われるでしょうか?その言葉が何であっても生物学ではどうでもいいことです。本質を理解できていれば。

そうですね。
先生が教室でDNAのことを、その場その場での説明に即して「~のようなもの」と表現する、その頻度が最も高いのが「設計図のようなもの」なんでしょう。
その場その場の話の流れで、本質の理解に最も供することのできる言葉が、(そのときの)最適の言葉だと思います。

補足日時:2008/01/23 11:57
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