【復活求む!】惜しくも解散してしまったバンド|J-ROCK編

戦時中ではありますが
士官学校卒の新米少尉が戦線連勝で戦う度に武勲を上げ
二十代半ばで准将になる物語を読んだのですが
こんな事はあるのでしょうか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (6件)

No1です。


失礼しました、30歳前で将官になった人物がいると書きましたが、これはNo5の方の仰るアドルフ・ガランドの事で、30歳の間違いでした。
前回の回答がやや大掴みに過ぎた感がありましたので、再度回答致します。
武勲を立てれば自動的に昇進できるのは、やはり兵力拡張期で指揮官適任者の絶対数が不足している特殊な条件の組織での事に限定されます。階級を上げれば相応のポストを与えなければなりません。部隊の指揮官と同階級の部下がいてはいけませんし、編制上の部隊定数が決まっている中で、殊勲者の為に一々部隊を新設、再編する事も不可能だからです。野戦任官は、直属の上官が戦死した場合に、指揮下の最上級(最先任)者から適任の者が指揮権を引き継ぎ、それに伴い任に見合った階級を与えられるものであり、基本的に同一指揮系統での命令系統混乱を防ぐ為の制度ですので、そう簡単に幾つもの階級をごぼう抜きにするような事は本来あり得ません。
ですから、基本的に戦場で手柄を立てた者には、昇進の変わりに勲章が与えられるのです。正規の手続きでの昇進に際して、戦功(勲章の有無)が推薦基準になる事はありますが、戦功そのものが昇進の理由になる事は、普通の軍隊ではありません。
やはり、第二次大戦期のドイツ空軍のような特殊な条件でなければ、戦功が階級の上昇に直結する事は無いでしょう。
    • good
    • 0

武勲を挙げれば昇進します。

それは確か。
しかし、よほどの国でもなければ「武勲だけで二十代の将軍」は無理でしょう。

多分最も速い昇進が、WW2でのドイツ空軍パイロット、アドルフ・ガランドでしょう。彼は1912年3月生まれ、1934年に少尉任官、39年9月に大尉へ昇進、40年7月中佐、41年12月大佐、少将に昇進したのが1942年5月。30歳で将軍になっています。44年11月には中将に昇進し、「撃墜スコアを挙げた数少ない将軍」の一人です。
彼がドイツ軍では「最年少の将軍」で、国王の近親者などと言った特別な理由の無い場合では最年少の将軍なのではないかと思います。

ですから、20代半ばで准将と言うのは「純粋に軍歴だけではあり得ない」と言えるでしょう。将軍の仕事は「軍を率いること」です。いかに武勲に優れるとはいえ、二十代半ばの「小僧」に指揮されるベテラン兵などいません。
もし仮に「それほどの才能を持つ人物」が実在したとして、そこまで昇進する前に「後ろから撃たれる」事でしょうね。理由?判るでしょ。
    • good
    • 0

物語的にも可笑しいし、現実には全くありえないですね。


というのは、時間が合わないからです。
士官学校卒ということは、その時点で21歳以上の年齢があります。
20代半ばということは、
あと三年未満で7階級も上がって
准将までということになってしまうのでそれは無理。
逆立ちしても無理です。
皇族でもそんなに早く昇進してません。

日本だと幹部養成のために陸軍大学校がありますが、
これを卒業するのに2~3年かかる。
この時点でもう二十代半ばに達しているはずです。

前線勤務だと、そもそも優秀な前線指揮官を隊が手放さないし、
陸軍では降格人事が基本的にないので
空きポストがないうえに、制度上、年功序列が優先される。
若輩が先輩を追い越すのは、よっぽど軍上層部とコネがないと起こらないが、
前線にいてはそのコネを使えないし、
前線では戦友意識が生まれるので
仲間を見捨てて他の隊に移ることを本人が嫌うことが多い。

将官にまで昇進するには、少なくても15~20年はかかるといっていいだろう。
    • good
    • 1

物語ではありえますが、実際はありえません。


作戦行動は、個人で行うものではありませんし、作戦が大きくなればなるほど同時に動く作戦部隊や兵站組織も多くなります。
一度位は武功で昇進はあるかもしれませんが、そのようなことが続くようなら、軍隊として、指揮組織の無能を示すものです。
特殊な例として、第二次世界大戦中のドイツ空軍はあります。
パイロットは撃墜数次第で昇任できたようですから。
また、それだけ損耗も多かったと言うこともあります。
    • good
    • 0

 米軍は、少将以上の任官については議会の承認を必要とするが、准将までの昇進は各軍で決定できると聞いています。



 これを踏まえると、特に戦時中のことですから、大きな功績を重ねることにより、現場の裁量で准将に昇進させた可能性が全く無いとはいえないと思います。
 大きな功績に対しては、飛び昇進もさせたようですから。 
 
    • good
    • 0

組織自体が急激に膨張している過程の軍隊ならば有り得ます。

代表的な例はナチ時代のドイツ軍です。正規の士官教育過程での人材供給が組織の拡張に追いつかない状態で、年功による昇進だけでは高級将校の数が間に合わない為、実戦での戦歴評価によってどんどん若年者を昇進させました。実際に30歳前で将軍になった人物が存在します。
戦時の損耗で著しく人材不足に陥っている場合にも「野戦任官」と言って、特例として昇進する事はありますが、概ね戦死で消耗するのは尉官級の初級将校(最前線に出るレベルの階級)ですので、新米少尉がこの制度で将官クラスまで昇進する事はまずありません。
平時の軍隊や、組織規模の安定している軍隊では、昇進ではなく勲章で功績に報いるのが通例です。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q戦地昇進と野戦任官の違い

戦地昇進と野戦任官は、具体的にどう違うのでしょうか?

例えば元の階級が伍長で、野戦任官で少尉に昇進した際には「実際の階級は伍長だけれども扱いは少尉」と言う事ですが、戦死や退役する際には少尉として補償等を受けるのでしょうか?
戦地昇進の場合は、実際にも階級が上がるのでしょうか?だとすると通常の昇進との違いは?

Aベストアンサー

欧米の軍隊の場合は特にポストに階級がついているという面がありましたから、戦地で指揮官として抜擢するばあいもそれにふさわしい階級を与えるというのが通例でした。
ただ、正式に下士官から士官になるにはそれなりの手続きや教育が必要でしたが、戦場では緊急を要しますからそんなひまはなく、戦時任官の制度がありました。
野戦任官の場合は、戦争が終われば原則としてもとの階級に戻ります。ただ、実際的にはその地位にふさわしい業績を上げていれば追認されることも多かったようです。
アメリカ軍の場合は第二次世界大戦中将官クラスへの野戦任官(大佐が准将とぃった程度ですが)もありましたが、戦後ポストをへらすためにもとの階級へもどすことになったために、もとへ戻されないうちに退役すれば階級としては准将で退役できるというのでもとの階級にもどされないうちに退役したという話は聞いたことがあります。
戦地昇進のほうは下士官兵クラスの昇進については指揮官が権限をもっていたので、モラールアップのために戦功などによって昇進させることが出来ました。

Q太平洋戦争 日本軍の階級について

太平洋戦争が始まって、
男子は戦場に駆り出されるわけですが、
宣戦布告で開始された戦争で
どうやって日本軍の階級はわけているのですか?

二等兵・一等兵・上等兵・少佐・大佐など
同時に始まった戦争で
戦争未経験者がほとんどの中
どのように階級分けされるのでしょうか

戦争中に成績残すと昇格や降格などもあるのでしょうか?

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

徴兵制が無い今は別ですが
昔は徴兵制度がありました
階級は元々定まっていました
赤紙が来た人は一平卒として参加します。

上の階級にあがれるのは余程運の良い生き残った人です。

要するに上官が死んだら進級です。

直属の上官が生きていても、戦場が別れれば部隊も別れます。
一平卒が次の戦場では部隊をまかされる事もあります。

それでも軍事系の学校とかがあったので、あの頃も学歴社会だったとも言えます
結局階級があがってもそれだけ上官が死ぬ戦場って事なのであまり意味が無い時代でした。
「お前今から軍曹、で、あの戦場に、10人つれて行って来て、あでもあそこ死ぬほど危険だから」

みたいな感じです。
それで生き残ったらまた上に行くかもしれませんし、変わらないかもしれないしって事です

Q終戦後の、旧日本軍の軍人

旧日本軍の軍人

志願して採用され、職業軍人となった人
令状で召集され、(強制的に)軍人にされた人

大きく分けて、この二種類でOKですか?

また、太平洋戦争以前からの職業軍人の人達は、ずっと軍からの給料で生計を立てていたと思いますが、終戦後の処遇はどうなったのでしょうか?

Aベストアンサー

ズサンすぎると思います。質問者ならびに他の回答者の認識が。

まず質問者が、軍人とは「志願して採用され、職業軍人となった人」「令状で召集され、(強制的に)軍人にされた人」に二分してOKかとの問いに、誰も訂正をしていない。ひどいもんです。旧日本軍の場合、一般社会から軍人になるのは「志願・徴集・召集」です。多くの人が漠然と考えている徴兵制とは「生まれてからずっと軍隊とはまったく無縁に暮らしていたら、ある日突然“アカガミ”によって“召集”されて兵隊になって戦地まで行ってしまう」とでもいうものでしょうかね。それって、ちょっと問題があります。

軍隊のことをウンヌンする場合には、たとえ戦争中の話題であっても、まず戦争のない平時の仕組みから知っておかないと大抵は結果として大きな間違いになる、と私は断言します。古今東西、どこの軍隊も基本は平時です。その基本のうえに戦時・有事という応用が問われるのです。これから長々と書いていきます。

“徴兵検査”ぐらいは聞いたことがあるでしょう。原則として前年12月1日から当年11月30日までに満20歳になる男子が、春から夏にかけての時期に身体検査(簡単な知能の検査もあるらしいが、この点は私もまだ不勉強)により甲乙丙などと判定されるわけです。その判定とさらにクジで順番が決められて、それによって“現役”、“補充兵役”などに分けられ、“現役”の者が数ヶ月後に予定どおり(強制的といえるでしょう)軍隊に入ります。これを“徴集”といいます。これが兵隊の基本中の基本なんです。“召集”じゃありません。この“徴集”はアカガミなんか一切関係ありません。明治時代に徴兵制が始まってから昭和20(1945)年に軍隊が無くなるまで、平時も戦時もこの“徴集”はありました(末期には年齢が19歳に下がり、身体検査の時期も変わることがありました)。

少し前の文で“現役”と書きました。この“現役”というのは非常に重要なキーワードです。軍隊について無知な人(つまり現代日本人の大多数、あなたも私も)が漠然とイメージする「軍人」とはこの“現役”の軍人だろうと思います。ところが“現役”でない者も結構いるんです。まず軍隊の下っ端である兵隊は何年も“現役”をやっていられません。上で書いた“徴集”で入った兵隊は何年かすれば除隊といって軍隊からシャバに出られます。そうして“予備役”になります。乱暴に今流の表現をすると「軍人OB」とでもいうようなもの。

志願で入った兵隊はふつう“現役”ですが、たとえ軍隊が好きで志願したとしても数年しか兵隊はできません。どうしても軍隊にいたいなら、“現役”下士官を志願して教育を受け採用されれば下士官になります。下士官からは「武官」で、本物の軍人はここからといって良いでしょう。

ところが日本軍の場合、下士官もいつまでも無条件で“現役”でいられるわけでもないのです。数年ごとに再志願というのをして、軍隊の予算とか本人の勤務評定などをクリアして受け入れられれば“現役”の下士官を続けていられます。下手すれば再志願が通らず「お疲れさん」で軍隊を出てシャバで仕事を探すことになります。“予備役”です。ですから「職業軍人」を考える場合に、日本軍の場合はやや不安定な立場の下士官を含めるかどうか議論の余地のあるところです。

将校の場合(軍医なども含めます)、陸軍士官学校などで学んだ“現役”将校なら、まさに
「職業軍人」です。ですが、将校においてさえ“現役”(すなわち「職業軍人」)であり続けることは今の我々が考えるほど容易ではなかっただろう、というのが私の見解です。昔の栄養・衛生事情は悪く、結核をはじめ身体を壊したりするリスクは現代よりはるかに高い、なのに軍隊が求める健康な身体は一般社会よりもレベルが上でしょう。それに将校だって勤務評定を受けます。エライ人に昇進する枠は少ないのです、のんべんだらりと低い階級のまま軍隊にいてもらっては困るのです。将校だっていつ「お疲れさん」と軍隊を出され“予備役”になるかわからない、ということです。“予備役”将校はもう「職業軍人」ではありません。

話は変わりますが“召集”というのは、有事に軍人の数を増やしたい場合やその他(教育のため等々)により“予備役”や、ときとして“補充兵役”の者を軍隊に入れる事です。本当は“現役”のほうが質が高いのだけれど、戦争などでは贅沢を言ってられませんから「臨時」に“予備役”などの人を使うのが“召集”です(あまりにも多くの人が“召集”をすでに述べた“徴集”と混同しています。それが腹立たしいので私はわざわざこんな長文を書いています)。それから既回答の中に「幹部候補生志願して、職業軍人となり・・」というのは、普通ありません。幹部候補生は”予備役”の将校・下士官コースですから「職業軍人」にはなりません(さらに教育を受け転役すれば“現役”ですが、極めて稀な事)。太平洋戦争のような大きな戦争では兵隊も多いし、下士官も増え、将校だって何千人にもなったでしょうが、実は「職業軍人」というのは思ったほど多くはないのです。このへんの事は私が執筆したWikipediaの『幹部候補生 (日本軍)』というのを読んでみてください。

ところで、軍人の定年というのは一般社会より早いものです。運良く健康でクビにならずにいても、エラい階級にならないかぎり早ければ40代から定年がやって来ます。

以上の事を総合すると、たとえ「職業軍人」といっても人生の中で第二、第三の商売をする覚悟を持っているのが普通であったでしょう。これが平時の基本の話です。それを十分に理解してから、初めて「戦争でどうだった」「終戦になってどうした」ということをウンヌンしなければおかしいということです。

最後の最後に質問に対する私の答えとして、「職業軍人」の終戦後の処遇は一般的にいって決して優遇はされなかっただろうと思います。「公職追放」というものもありました。ただ、戦争犯罪人でもなければ、投獄されたりするようなことはないので「職業軍人」ではなかった圧倒的多数の元兵隊や、予備役からの人と同じような普通の厳しい人生だったのではないでしょうか。

終戦からいくらか経ちますが自衛隊(最初は警察予備隊)ができてからは、「公職追放」が解除された元「職業軍人」の中には、適正もあったし、もともと嫌いな道ではなかったでしょうから自衛隊に入隊した人もかなりいます。初期の自衛隊のエライ人は大部分が陸軍士官学校、海軍兵学校など出身の元「職業軍人」といえます。もし本当に興味があったら、比留間弘さんという方の著作を探して読んでみると面白いですよ。もうお亡くなりになっているようですが、陸軍士官学校を出た現役将校でビルマ戦線で苦労したあと終戦になり、戦後はヤミ同然の商売から雑貨屋を始め、公職追放解除後に陸上自衛隊に入った人生を非常に楽しい文章で何冊かの著作にされています。検索すればamazonなどでもザクザク出てきますし、運が良ければ図書館にあります。

参考URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/幹部候補生_(日本軍)

ズサンすぎると思います。質問者ならびに他の回答者の認識が。

まず質問者が、軍人とは「志願して採用され、職業軍人となった人」「令状で召集され、(強制的に)軍人にされた人」に二分してOKかとの問いに、誰も訂正をしていない。ひどいもんです。旧日本軍の場合、一般社会から軍人になるのは「志願・徴集・召集」です。多くの人が漠然と考えている徴兵制とは「生まれてからずっと軍隊とはまったく無縁に暮らしていたら、ある日突然“アカガミ”によって“召集”されて兵隊になって戦地まで行ってしまう」とでも...続きを読む

Q昔の軍艦の艦内通信はどうなってたの?

第二次大戦戦記モノの映画なんか見ていると、よく、えーとなんて言うか知らないんですけど、あの先がラッパ管みたいに開いているやつがブリッジと各部署を繋いでいて、それで通信してますよね。あれって構造はただの管ですよね? たとえば戦艦大和みたいな巨大戦艦とか空母でも艦内の通信は全部アレでしていたんでしょうか。物理的に不可能な気がするんですが( ^ ^ ;) 伝令を走らせるにしても大和なんか半端な大きさじゃないですよね。一体どうやって戦闘の最中に艦橋からの指令を伝えていたんでしょうか。

Aベストアンサー

阿川弘之の「軍艦長門の生涯」にこの辺のことは詳しいです。戦前の海軍や軍艦の詳細を知るには最適の本と思います。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101110077/

大正時代に建造された戦艦長門の場合、従来からの「伝声管」に加え、No3の方の言われる「高声電話機」を併用していました。

伝声管は、No4さんの言われるように遠距離でも確実に声を伝えられる優れた機構ですが、「端から端までさえぎるもののないパイプ」ですから、損害時の浸水の経路、及び毒ガス攻撃を受けた時の被害経路になります。第一次大戦後、海軍戦闘への毒ガス使用が想定され、対処と訓練が為されていました。伝声管は、軍艦の防御上は問題が多いものと認識されていました。

そのため、長門の建造に際しては「高声電話機」を艦内各所に設置したのですが、No3さんの言われるとおり電話は当時の技術では実用性が乏しく、結局「伝声管」と人間を走らせる伝令で意思伝達を図っていたようです。

大和のように昭和10年代に建造された軍艦の場合、伝声管が残っていたかどうかは良く分かりません。

阿川弘之の「軍艦長門の生涯」にこの辺のことは詳しいです。戦前の海軍や軍艦の詳細を知るには最適の本と思います。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101110077/

大正時代に建造された戦艦長門の場合、従来からの「伝声管」に加え、No3の方の言われる「高声電話機」を併用していました。

伝声管は、No4さんの言われるように遠距離でも確実に声を伝えられる優れた機構ですが、「端から端までさえぎるもののないパイプ」ですから、損害時の浸水の経路、及び毒ガス攻撃を受けた時の被害経路になり...続きを読む

Q軍の昇進は一体どうなっているんでしょう?

大規模な作戦で成功させた場合と失敗した場合。
当然、成功させた場合将兵に対して何らかの武勲が必要ですが、失敗した場合も将兵の間に相当数のポストが空きます。
この場合、どうなるんでしょう?

部隊内に複数の将官がいると指揮系統に混乱が生じるのでは?
無論、先任や上級(あるいは高級)などのワンランク設ける方法もありますが、やはり限界があると思われます。
逆に作戦が失敗したのに昇進というのも変な話です(実際、大戦末期に日本・ドイツの間ではこの手の昇進がものすごくありましたが…)

例えばの話、艦隊司令など中将・少将クラスが多数いたとして、当然司令官は中将クラスが勤めますが、司令にもそれぞれ各方面作戦において得手・不得手があります。
通常、少将クラスは参謀や戦隊の司令など補佐を務める事になるかと思いますが、どうしても司令官に就任せねばならない場合どうなるんでしょう?
アメリカの場合、少将から大将に一気に引き上げた前例もあるので(といっても、アメリカの場合慣例で平時において中将クラス以上が第2次世界大戦時には置かれていなかった)、事前に昇格させるというのも考えられますが、その場合作戦終了とともにやはりもとの少将に降格させられるんでしょうか?
それとも何らかの武勲を立てた場合、褒賞としてそのままなのでしょうか?

また、少将・中将クラスが前線で華々しい武勲を立てた場合などの、その後の昇進も気になります(当然、将官クラスだけでなく佐官・尉官クラスもかなりの規模になると予想されます)
ドイツでは大将の上に上級大将が設けてあり、元帥は要塞攻略など華々しい武勲を立てぬ限り、元帥クラスの昇進はなかったと言われます。
(ただし、退役間近の名誉引退…老後の年金目当て?が多かったとか。:大戦末期は除く)
しかし、その一方でアメリカはバリバリ元帥が活躍してたりと、??(お国よって違うんでしょうけど;)。

どうなんでしょうね、ここら辺の指揮系統というか昇進ぐあいは…?
連戦・戦勝もありえないし、かといって都合よくポストが空くとも思えません…。

大規模な作戦で成功させた場合と失敗した場合。
当然、成功させた場合将兵に対して何らかの武勲が必要ですが、失敗した場合も将兵の間に相当数のポストが空きます。
この場合、どうなるんでしょう?

部隊内に複数の将官がいると指揮系統に混乱が生じるのでは?
無論、先任や上級(あるいは高級)などのワンランク設ける方法もありますが、やはり限界があると思われます。
逆に作戦が失敗したのに昇進というのも変な話です(実際、大戦末期に日本・ドイツの間ではこの手の昇進がものすごくありましたが…)
...続きを読む

Aベストアンサー

 指揮官に戦死がでた場合他所から指揮官を入れますが、これはわりと戦線が膠着状態のときです。

 なお通常作戦を考えるのは参謀の仕事、指揮官はその案のなかから選べば済むようになっています。よってよそから急に指揮官を突っ込んでも作戦立案にそう支障は生じませんが、士気の低下は問題となりうるでしょう。

 そうなると当然次席のものが作戦を代行しますが、そういう場合参謀が副官の役目をにない部隊を実務面で掌握することが多くなり、また参謀の手が足りなくなりますので、これはわりとすぐ補充されます。

 普段から作戦を考えるのは参謀ですし異動も激しい、後からやってきてでかい顔をするといったことが多いので、参謀は末端兵からは嫌われることが多いようです。

 もっとも指揮官に代わって非情な立案をするのも参謀の役目なので、当然といえば当然かもしれません。

 ただ長期的に指揮官が代行のままというのも、他舞台や同盟国との折衝等問題も生じますので、やはり一時的な措置です。

Q道路上の動物の死骸処理はどこにしらせればいいのですか?

よく道路上に動物の死骸を見かけます。動物の死骸処理は保健所に電話すればいいと思うのですが、保健所が終わってしまっている時間帯は電話がつながりません。
1.夜死骸を見つけることが多いので24時間処理に対応してくれるところはありますか?

2.いろんな場所で見つけることがあるので(県や市をまたぐので)出来ればどこの場所でも存在するセンターなどがいいのですが。

3.ちなみに警察はやってくれるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私有地で無く道路上であるなら、まず市役所に電話して下さい。
国道は県、県道市道は市、と言う区別なのですが、構いません市役所へ連絡して下さい。
担当課が分からなくても職員が専門の部課へ電話を繋いでくれます。
保健所に掛けても要領を得ません。
ご質問から。
1.時間対応について(夜間と日曜祝祭日含む)
日直が居ますので電話対応は出来ますが、深夜はご容赦願いたいと思います。住民から不審者と取られる場面や、交通量が多いところなら危険も伴ういます。また発見出来ない場面もあるでしょう。
ご質問者様が電話を下さるような場面が生じましたら、翌日、朝一に回収に伺うという事で、ご納得して頂きたいと思います。
稀に「今すぐ取りに来い」と怒鳴りつけられる事もあるそうですが、わざわざ電話を掛けて頂けるような方は、ご納得されるようです。
2.センターについて(深夜として)
国道はどうか分かりませんが、当市にはありません(24時間対応)。
言葉により矛盾に感じるかも知れませんが日中はあります。
担当職員が回収に伺います。
ようは、24時間対応動物死体回収のみの、専属のセンターは無いと言うことです(あくまで当市の現状ですが)。
3.警察について
道路を通行する際危険だと通報があれば、近所なら動くと思います。
ホント稀ですが、クリーンセンターに持ち込まれているのを見た事はありました。
もし、道路上で動物死骸を発見されたら、まずは当該市役所へ。
怪我なら保健所へ御願いします。

私有地で無く道路上であるなら、まず市役所に電話して下さい。
国道は県、県道市道は市、と言う区別なのですが、構いません市役所へ連絡して下さい。
担当課が分からなくても職員が専門の部課へ電話を繋いでくれます。
保健所に掛けても要領を得ません。
ご質問から。
1.時間対応について(夜間と日曜祝祭日含む)
日直が居ますので電話対応は出来ますが、深夜はご容赦願いたいと思います。住民から不審者と取られる場面や、交通量が多いところなら危険も伴ういます。また発見出来ない場面もあるでしょう。...続きを読む

Qアメリカ陸軍将校の少尉、中尉、大尉とは、エリートなのでしょうか?

アメリカ陸軍将校の少尉、中尉、大尉とは、エリートなのでしょうか?
そして、アメリカでは人気がある職業で
女性は、この職業の男性と結婚したがると聞いたのですが
そんなに、注目されている職業なのでしょうか?
詳しい方、回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

エリートと言えるんでしょうね。
一応、「幹部」ですから。

米軍将校になるためには、陸軍士官学校(ウエストポイント)を卒業して、少尉として任官する方法と、
特定の大学に設立されている、ROTC 予備役士官訓練部隊 (4年間の大学生の学業と同時に士官候補生としての訓練を受け、卒業単位と規定の訓練過程を修了すると少尉に任官します)の方法があります。

ウエストポイントに入学するためには、米国籍が必要です。
また、米国 上院議員又は下院議員の推薦状も必要
と、いうことは、アメリカ国籍を持ち、上院・下院議員の信用のおける筋の推薦を得られる人物 と言うことになります。
身元は保証付きと言うことですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E6%9F%B4%E6%99%BA%E4%BA%AE
この人は、ROTC出身です。
私が会ったときは中尉でしたが。

少尉中尉だと約30名程度の小隊と呼ばれる単位の指揮官になります。
大尉になると、中隊指揮官として100名ぐらいの部隊指揮官又はもっと大きな部隊の幕僚として勤務します。

普通の会社だと課長ぐらいになるのかな。25から30歳までで。
普通の会社じゃそのようなのはエリートにならないのかな。

エリートと言えるんでしょうね。
一応、「幹部」ですから。

米軍将校になるためには、陸軍士官学校(ウエストポイント)を卒業して、少尉として任官する方法と、
特定の大学に設立されている、ROTC 予備役士官訓練部隊 (4年間の大学生の学業と同時に士官候補生としての訓練を受け、卒業単位と規定の訓練過程を修了すると少尉に任官します)の方法があります。

ウエストポイントに入学するためには、米国籍が必要です。
また、米国 上院議員又は下院議員の推薦状も必要
と、いうことは、アメリカ国籍を...続きを読む

Q陸軍士官学校出の少尉と幹部候補生の少尉の違い

陸軍士官学校出の少尉と幹部候補生の少尉の違いがよくわかりません。
どうちがうのか教えてください。
幹部候補生の少尉が予科士官学校に入ったという記事を見て
疑問がわきました。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 一部補足修正します。回答文中、「現役は、陸軍予備士官学校を経て陸軍士官学校、陸軍航空士官学校を卒業した者。」としましたが、

 現役は、陸軍予科士官学校を経て~ 

 と修正します。

 また、回答No.2に関して、

> 幹部候補生というのは、兵からの叩上げの軍人を指します。
   
> 幹部候補生の少尉というのは、2等兵から始まって成績優秀な為選抜され、下士官を経て少尉に任官した軍人の事。

 とありますが、幹部候補生は叩き上げではなく、高学歴者を対象とした制度で、二等兵として入営後、三ヶ月で選抜され甲種合格者は将校(士官)として、乙種合格者は下士官として教育を受ける制度でした。

 叩き上げというのならば、学歴のない者が現役で二等兵から一階級ずつ累進して下士官まで達した後、少尉候補者として選抜され陸軍士官学校に己種学生として一年間教育を受けた後、現役陸軍少尉に任官する事を指します。(少尉候補者制度)


人気Q&Aランキング

価格.com 格安SIM 料金比較