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儒教の言葉ですが読み方がわかりません。
意味はわかったのですが・・・

仁 (誰それと隔たりなくいつくしむ心)
義 (義理人情を尽くす心)
礼 (礼儀を重んじ感謝する心)
智 (善悪を見分ける心)
忠 (まごころで仕える心)
信 (信じる心)
孝 (先祖を大切にする心)
梯 (仲良くする心)

胆 (動じない心)
勇 (やり遂げんとする心)

ひらがなで教えてください。

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A 回答 (3件)

単純に音読みで・・・



仁 じん
義 ぎ
礼 れい
智 ち
忠 ちゅう
信 しん
孝 こう
梯 てい

胆 たん
勇 ゆう
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この回答へのお礼

有難う御座いました。

お礼日時:2008/01/30 17:43

補足


正しくはきへんの「梯」ではなく、りっしんべんの「悌」ですね。

ただし、胆・勇は八犬伝には出ません。
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仁義礼智忠信孝梯(じん、ぎ、れい、ち、ちゅう、しん、こう、てい)は、南総里見八犬伝、新八犬伝に出てきます。


八犬士それぞれの持つ珠に浮き出る文字です。
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この回答へのお礼

有難う御座いました。

お礼日時:2008/01/30 17:42

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Q仁義礼智信・・・なぜ「笑」が付かないのでしょうか?

宗教、哲学書を素人ながら、たまに読むのですが、仁義礼智信に関係する記述はありますが、個人的に人生で大切な「笑」が含まれている書物を見かけることがありません。

何故なのでしょうか? それとも大部分の哲学、宗教家達は、「笑」の力を過小評価しているのでしょうか?

素人なので、できれば専門用語を使わずにご回答いただけると助かります。 

以上です、ご教示ねがいます。

Aベストアンサー

御返事拝見していて、思い出した話がありましたので少し追加させていただきます。
お釈迦様にまつわるエピソードで、禅宗方面で、よく話されることらしいのですが
「世尊拈華破顔微笑」「拈華微笑」(ねんげみしょう)というコトバがあります。
お釈迦様が霊鷲山(りょうじゅせん)にて説法されたおりに「悟りとはどういうものか」と聴衆に問われて、たまたま、その時に或る人から捧げられた花を一本、御手にとり黙ったまま、ちょいと、ひねってごらんになった。
見ていた人々には意味が分からずキョトンとしていたが、そこにいた御弟子の一人である摩訶迦葉(まかかしょう)だけが、お釈迦様のその、稚気すら感じさせるしぐさに思わずニッコリ微笑したそうです。
そこで、お釈迦様は「私が持っている真理は、たった今、迦葉に託した」と、彼にだけ仏教の真理を授けたということです。
禅宗で、コトバや文字に頼らない以心伝心で法を体得する妙を示すときの語なのだそうです。
私自身も初めて、この小話を知ったとき、なんとも微笑ましい気持ちになって、思わずフッと笑ってしまいました。

>「笑い」は不真面目な印象があるから哲学者達の間で行われなかった

と考えるよりも、なにしろ真剣だったろうと思うのです。
穴にはまるのも気づかぬくらいに夢中になる、苦しいくらい真剣になるわけですから、それは或る意味ゆとりがない笑ってるどころではない、しかし、やがてのことに、そこを突き抜けて笑う、一つ前の段階なのでしょう。「ただ今、考え中」ってやつですよ、きっと(笑)

道元さんが仰ったという「自分を見つける事とは、自分を忘るる事なり」というのも、自分を忘るる前には自分を見つけようと必死であがく段階があるのだろうと思います。そのあがきを、パンクしちゃうからと避けない、避けずにズンズン突き進めるところに、脳みそと根性の常人離れしたスケールがうかがえます。。。
そしていつしか「自分を見つけようとすれば即ち自分を忘れることに如かず」とかなんとかいうところにたどり着くんじゃないのでしょうか??私には分かりませんが。。。(とほほ)

>哲学、宗教家は、慣習や人の目とは無関係に生きている御方々が多く

そうかもしれませんね、しかし人生一般について、これほど真剣に考える人種もまたいないはずで、その意味からも本来決して人の世と無関係なところで生きているはずもないと思うのです。

ですから何が真のユーモアたり得るか、単なる悪ふざけやギャグの類ではないなら、笑いといっても、苦しさから逃げたり、ごまかしたりするためのものではなく、真剣に突き詰めていった果てに或いは、その道々において何かしらストンと胸に落ちた、そこに至ったひとが、たどり着く笑いなのではないかと思います。

珍しい視点からの御質問で、私も楽しませていただきました^▽^

御返事拝見していて、思い出した話がありましたので少し追加させていただきます。
お釈迦様にまつわるエピソードで、禅宗方面で、よく話されることらしいのですが
「世尊拈華破顔微笑」「拈華微笑」(ねんげみしょう)というコトバがあります。
お釈迦様が霊鷲山(りょうじゅせん)にて説法されたおりに「悟りとはどういうものか」と聴衆に問われて、たまたま、その時に或る人から捧げられた花を一本、御手にとり黙ったまま、ちょいと、ひねってごらんになった。
見ていた人々には意味が分からずキョトンとして...続きを読む


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