親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

PCの世界で、「記録装置」のことを、生物の記憶の世界になぞらえたような感じで「記憶装置」と呼んでいますが、曖昧さとは縁遠いと思われる機械の世界で何故、こんな曖昧な言葉の使い方がまかり通っているのでしょか?

人間の五感の中で 視覚と聴覚とが、電子信号としても記録できる技術を人間が獲得したということであるわけですが、 その視覚の映像や文字の世界にしても、人間は生き物として「見ている」のに、PCではその映像記録が生物並みに いやそれ以上の部分をもちながらすごい勢いで動いている(送受信されている)だけです。 聴覚もPCでは「聞いてる」のではなくて、音の振動をデジタル的に信号で記録しているだけです。

なぜ、記録と言わないで記憶という言葉がまかり通ってしまっているのでしょうか?

「メモリ」という英語は、ニュアンスとしてそのへん両方の意味はありそうですが、正確にはどうなのでしょう? やはり日本語では「記憶」と訳すしかないもののようにも思えますし、すくなくともPC以前は「記憶」というニュアンスの強いものだったのではないでしょうか?

そのへんも含め、

そのへんの語源について、くわしい方はおられますか?

また、この言葉は、今後もづっと用いられ続けてゆく言葉なのでしょうか?

それで、なにか問題は無いものなのですか?

みなさんのご意見を聞いてみたくなり、質問させていただきました。

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A 回答 (7件)

これはまた丁重なご挨拶をありがとうございます。


フランス語などという,かたよった情報源からの回答でしたが,
ていねいに読んでくださり,まちがいのない理解をしてくださったことに
むしろこちらからお礼を申し上げます。



ついでながら,余談を。以下はお暇な時にお読みください。

フランスという国は宗教を打破して理性を打ち立てた(いわゆるフランス革命の)国として,
現代でも「哲学」を重視し,「高校卒業試験=大学入学試験(バカロレア国家試験)」では
文系・社会系・理系・技術系を問わず,3時間以上の論述筆記試験を必修とする,
哲学王国です。いかに浮世離れした知識であれ,世の中の役に立つということを,
高校卒業の時点で他分野の連中に説明できなければ,無能の烙印を捺されてしまいます。
この制度は,かのナポレオンが創始して現在にいたるものです。

辞書の語義解釈も非常に徹底していて,どの単語がどんな語義でいつどの文章で初登場したか,
をきっちり記述するように努力しています。
(この伝統はナポレオンより古く,デカルトやパスカルが子供だった時代に発します。)
日本語の辞書は,漢和辞典や古語辞典ではいちおう満足できるレベルですが,
現代語(最新の流行語ではなく常用の語彙)の初出や語義・用法の変遷に関しては
弱いと言わざるを得ません。
フランスの辞書に比べると,広辞苑など根拠不明な豆知識の寄せ集めです。




(以下は酒でも飲みながらの蘊蓄とご諒解ください。)

フランスの辞書を覗くと,これだけで一晩中,盛り上がれそうなネタが満載されています。
たとえば,
「記憶」memoire メモワール
の項目を見ますと,まず

 一般的な意味――
 様々な思い出が,身近なものにせよ縁遠いものにせよ,
 記録され,保存され,結果的に生じる,
 精神的領野に対応する(精神的)機能

とあります。まぁ,たしかにそうなのだろう,じつに「哲学的」な解説というか,当たり前で,
言われてみればそうなのかと,よくわかる気がします。
しかし,「結果的に生じる」というのが新鮮です。
たしかに,記憶から記憶が生じることがあります。
思い出から生じた何らかの概念,連想,理解,その他も記憶になる,こういうことはあります。
(コンピュータのメモリにそんなことがあるのかどうか。あったらエラーだろう。)

別の項目を見てみます。

 心理学用語――
 脳による様々な事実の記録

これは明解です。そのとおりでしょう。心理学という学問ではそう定義するでしょう。
そして他のさまざまな心理現象(思考・信念・雑念など)には別の用語を当てるのでしょう。
でなければ,心理などという不可解なものは研究できない。
個々の用語はなるべく狭く解釈しなければ緻密な理論は立てられない。
(これはコンピュータのメモリの概念と両立します。)

 哲学用語――
 重要な精神的機能。
 自己意識と不可分な,
 想像力と分離できない。
 自我の同一性を保証し,
 ある主題に関してそれはこのようであったという再認識の性格とともに
 過去の意識状態の再現にともなう。

この解釈は非常に重要です。「記憶」と「記録」の違い,
それは「自己意識」,「想像力」,「自己の同一性」と切り離せない,
ということを言っています。
「記憶」とは何よりもまず,「私の記憶」だということです。
他人の記憶は,記録なのです。
そして,「それはこのようであったという再認識」。
これは事実に接したという現実感です。
また聞きの情報も記憶されはしますが,それは記録と同じです。
自分が(自分だけが)その事実に接した,とすれば
その体験は記録ではなく記憶になります。
(コンピュータに人格はあるのでしょうか。)
(これは大問題で,そもそも人間にその固有の人格はあるのかどうかということになります。)
(でもまぁ,答えは決まっていて「人間に人格はある」んですが,説明が困難なだけです。)
(そしてコンピュータに人格があるかどうかは人間次第ということです。)

私は46ですが,お相手が60でも何でも記憶をなくすほど語り合いたくなることがあります。
それが記録として忘れ去られるか,記憶として残るか,
それすらどうでもいいことのように思えます。
人間であることの不思議よ,喜びよ。
これを結語といたします。

駄弁をお許しください。
ご返信は無用です。またどこかでお会いしましょう。
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この回答へのお礼

私は肉体労働者ですが、 フランス人の あのティファニー社長のコラスさんの別荘の庭の明かりの電線を引くための 穴掘りを手伝ったことで、面識があります。  「こんにちは」とニコニコと声をかけてもらっただけですが。 ‥。 コラスさんは、ただの穴掘り人だろうと偉い設計の人だろうと同じに気さくに声をかけてくれました。 理性で人を判断する(判断しない)国なのですね。  

日本人は、ひょうめんから あるいは本の文面から判断できないはずのその人その人の裏の人生まで、 n これはこんなもんだろうとかってに判断してしまいます。  神と比較して、人間のちっぽけな頭脳なんて、人を判断するのにどれだけちっぽけなものかよく知ってるのでしょう。

その別荘は 雨戸があり 行灯があり、灯篭があり 宍戸があり、竹の垣根があり、温まる大きな風呂があります。  そして、コラスさんは、日本人の雨や風の音を聞く繊細な心をすばらしいと言ってくれています。

どの民族がどうのこうのではなくて、人のいいところをすばらしいといえるときに、やはり一番 その可能性が自分にも開かれてるということでしょう。

おそらく世界にもっと謙虚な眼を向けるならば、 ほんとにそのぶん私たちは豊かになれるのでしょう。

再度のご回答、 memoireに刻むだけでなく、これはコピーして印刷してとっておきます。

なんども読ませていただきます。  ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/03 13:23

goo 辞書


http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B5%AD …
> きろく【記録】
> (1)のちのちまで残すために物事を書きしるすこと。また、その書きしるしたもの。

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B5%AD …
> きおく【記憶】
> (1)経験した物事を心の中にとどめ、忘れずに覚えていること。また、覚えている事柄。
> (2)〔心〕 経験したことを覚えこんで保持しておき、のちに過去の経験として再生する
>   働き、また、その内容。
> (3)コンピューターの記憶装置に必要な情報を一定期間保存しておくこと。


質問者さんは,動画や音声の保存を想定なさっていると思います.そういう用途
に限れば,確かに「記憶」よりも「記録」という方がふさわしいと思います.

しかし,コンピュータ用語としての「記憶装置」は,本来そのような目的を想定
していたわけではありません.それどころか,コンピュータ開発の黎明期に,
コンピュータで映像や音声を扱おうと考えた人はごく一部の (非常に先見性のある)
人だけでした.(そもそも,当時の記憶容量では写真1枚すら到底保存できません.)

コンピュータはその名のとおり,元々は (数値) 計算を自動的に行う機械として
考え出されたものです.「入力装置」から入力データを読み取り,「中央処理装置
(CPU)」で計算をし,「出力装置」から計算結果を書き出します.

(本来の意味の)「記憶装置」は,計算の進行状況や途中結果などを一時的に記憶
しておくためのもので,計算が進むにつれどんどん書き換えられ,計算が終わると
消去されます.これは (上記の国語辞書的定義に照らしても) 記録とは到底呼べません.
(なおここでいう「記憶装置」は主記憶装置 (いわゆる「メモリ」) であって,
 二次記憶装置 (ハードディスク,CD,DVD,USB メモリ) などのことではありません.)

ハードウエア~外部装置~二次記憶装置
http://www.forest-japan.net/PC/hardware/storage. …

二次記憶媒体の中で書き換え不可能なものに限れば「記録」でもいいかもしれませんが,
それ以外では頻繁に書き換えられるものも,二度と変更されないものも含まれているので,
包括的に「記録」と呼ぶのは (国語辞書的な意味でも) 不適当だと思います.

また歴史的には,コンピュータは人間の頭脳の模倣・代替物としても扱われてきました.
したがって,むしろ積極的に「記憶」という単語を採用したのかもしれません.
そうでないとしても,新しい物や概念が発明されたとき,それを表すために既存の
語彙から最も意味の似たものを流用するのはごく普通に行われていることだと思います.
それがダメだというなら,聞いたこともない新語を発明しなければならず,新しい事柄
の理解が困難になるでしょう.

この回答への補足

すでに 他の御回答者様がたの回答にて、 「記憶」という言葉が使われていても、現代人の中には生物のそれとの「立て分け」のようなものが意識の中にはっきりしていて、それは時代とともにより明確となっていくものとの認識を得ていますので、 そのへんの問題意識は無くなっているのですが、

今現在 わたしは、いろいろ時間的にきつい状態で、せっかく丁寧な御回答を方へのお礼の意味のコメントを書かないわけにもいかない気持ちともなり、
こうして ここまで締め切る前に進んできてしまいました。

「> どんな人:専門家 」というのは、コンピューターの専門の技術者ということですよね。

わたしは、哲学のブログ(自分が考えてきた哲学ということですが)を最近立ち上げたにもかかわらず、 子供の時からの機械音痴とかのトラウマに泣かされる形の さまざまなトラブルに見舞われ、  これはもう逃げてられないなと、ようやく重い腰をあげてPCの勉強を始めたばかりの60歳の幼稚園入学前夜の者です。

専門家のご回答までいただけてありがたいところです。

くわしく、機械の構造に立ち入っての解説であるため、ふたたび私の頭が混乱したのかもしれませんが、 すこし疑問がまた出てきてしまいました。

単なる映像や 音の振動の記録ではなくて、言語という複雑な意味内容のある映像もその意味を「理解し判断し(これも生物とは立て分けられているわけですね)」そのように「分類制御スイッチが働き(これこそ言い方が不正確でしょうが)」そんなのがすごいスピードで入出力を繰り返して情報が伝達されてもいる世界を、記録と呼ぶのは不適当、

まして、ハードウェアのように長い間その情報状態を保存している形ではなく、メモリの場所は、どんどん役割を終えると消去されつつ、生まれつづけている情報の存在する場所ですから、その役割の総称を「記録」と呼ぶのは(国語辞書的な意味でも)不適当 ということですよね。

でも、私たちの指令で 巨大な図書館の記録が まるで生き物みたいに、ものすごい勢いで創造され動いているからといって、それを動かす制御信号とかも、その動かされる映像や文字の内容がいかに深くても、そのPCを構成する機械がいかに精巧なものであっても、 そのどれも「見る機能」も「聞く機能」も無く、  そう考えれば、記憶がものすごいスピードで動いてるのではなくて あくまで正確には記録がものすごいスピードで記憶のように、しかも人間の記憶量をはるかに超えた形で動いてるということなのですから、

ん? これは もしかしたら、専門的な世界では 新語が発明されたほううが良かったのではと思えてしまったのです。

ハードウェア→長期記録装置、 メモリ→必要時記録展開装置 あるいはこの意味をもっと適切に発展させた動的な意味合いの専門家からのさらに適切な新語がです。

歴史資料では、コンピューターは頭脳の模倣・代替物として意識されてきた資料が満載なのかもしれませんが、 実際には 脳のうちの視覚機能と聴覚機能の中の映像や文字や音の振動の記録の部分を 脳だけで記録無しに考える世界から解放し、さらには動く記録の世界を獲得してきた歴史であるわけです。

幸せを感じる体全体での総合的な感覚とか、そこから生まれる価値、知恵の世界は コンピューターには、最大その知恵を記録して有効に動かし伝える役割があるだけ、 あくまでその記録のすばらしい進化した世界だと思います。

もちろん、司令塔である私たち人間がこの新しい動く記録の世界に慣れてくればくるほど、そのへんの分別、分類の意識は、言葉がどうであれ、より明確に意識されてくると思います。

ですから 確かに そのへん問題は無いんです。

ですが、専門家からは、私たちのそのへの心理や意識にあわせて、そろそろそのへんの明確化を教えてくれるようなニュースがあってもいいのではと思えたのですが、

逆に コンピューターの専門家の世界は、 視覚や聴覚に限っても、 生物の感覚の世界との対比の世界はまだそんなに進んでいないのでしょうか?

ものすごい量の総合的な制御とまたその解明の世界ですよね。 それは人間の感覚を考える上でも それがいかに総合的なものであるかを考える力とはなる世界に思えてならないのですが、 やはり それはまだ 別な世界なのでしょうか?

ビルゲイツは 日本での公演の時に「人工頭脳の面では、極端に遅れている」と語っていましたが、 それはもしかしたら、そのへんの比較の面が遅れてることを意味していた言葉だったのでしょうか?  その頃わたしはなんと「パソコン」という言葉の意味も知らない肉体労働者でしたが(笑)。

補足日時:2008/02/03 12:53
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もうひとつ訂正します。



L. de Broglie(ド・ブログリ)の
"dispositif de traitement d'information d'un calculateur electronique"
という講義録のタイトルは

「電子計算機の情報処理装置」

が正しいです。
たびたび申し訳ありません。
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失敬。

文字化けがありました。

cybernétique



cybernetique

に読み替えてください。
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コンピュータについてはど素人ですが,


言葉の問題としておもしろいですね。

フランス語ではRAMのことをmemoire vivante
(メモワール・ヴィヴァント 生きた記憶)と言い,
ROMのことをmemoire morte
(メモワール・モルト 死んだ記憶)と言っています。
初めて読んだ時は難解な詩か哲学かと思いました。

トレゾール辞典によると,
このようなmemoireという単語の「記憶装置」としての語義の初出は,
1951年,L. de Broglie(ド・ブログリ)の
"dispositif de traitement d'information d'un calculateur electronique"
「電子計算機の記憶の装置」と題した講義録だそうです。

ついでに思い立って「脳」を意味するcerveauという単語も調べてみました。
cerveau electronique「電子頭脳」の用例の初出は1954年でした。
さらに,次のような例文もありました。
"... la fabrication des cerveaux mecaniques, la cybernétique,
pose l'angoissante question des robots,
capables de surpasser l'homme dans ses mecanismes mentaux."
「機械頭脳の製造,サイバネティックは,
ロボットが精神のメカニスムにおいて人間を凌駕してしまうという
悩ましい問題を呈示する。」
この例文は1955年のものです。

(英米あるいはソ連ではどうだったのか,ちょっと手が回りません…。)

以下は想像ですが,
コンピュータというものの概念が
情報化社会と不可分になった現代とは違い,
どうも1950年代には「電子頭脳」という言葉に象徴されるような,
「ロボットの脳みそ」のメタファーに支配されていたように思われます。
人間とロボットやコンピュータを比喩的に捉えたところから
メモリー(記憶装置)の用語ができたのではないでしょうか。
想像なので間違っていたらごめんなさいよ。

それから,

>また、この言葉は、今後もづっと用いられ続けてゆく言葉なのでしょうか?
>それで、なにか問題は無いものなのですか?

この点はコンピュータの開発に関しては別に問題ないのではないか。
それよりも,コンピュータが発達した結果,
逆にコンピュータの構造や機能を元に人間の精神の把握をするように
ならないか(あるいはすでになっているのではないか)
ということのほうが問題だと思います。
とはいえこれも憂慮すべき問題というより,
人間の精神を捉えなおす契機と考えることができると思います。

この回答への補足

フランス語の世界に詳しい方なのですね。

OKウェーブの世界は、なんて豊かな世界なのかと思ってしまいます。

語学にうとい私ですが、あらためて新鮮な気持ちになります。

私は、CPの勉強は始めたばかりの60歳の人間です。

RAMは、記憶の入出力が両方とも可能で、ROMは、入力のみという感じのものですよね。

ROMが、私の生まれたばかりの頃から「死んだ記憶」(記録に近い意味ですね。)と呼ばれていて、 情報が脳の中のように飛び交う入出力可能状態のメモリを「メモワール・ヴィヴアント」「生きた記憶」と言う呼び方で、フランスでは「記憶」という言葉を使いつつ、立て分けられていたのですね。

コンピュウターの学習や開発には、どうやらまったく問題のない、新しい造語(同じ言葉でも 意識の中で立て分けられて造語)として、時代とともに時代が進むほどむしろ、何ら問題の無いものとなりそうな言葉の世界のようですが、

やはり語源のあたりは、おもしろそうですね。

oerveauxが頭脳ですか。meoniquesが機械ですね。 それをサイバネティクス(ANo5 すでにチェックしています。)と言うのですね。

この頃こそ、幻想的にロボットの「oerveaux meniques」が人間を凌駕してしまうと本気で悩ましいことと思っていたのかもしれませんね。

行き来する 入出力される情報量は、また記録量、あるいは「記憶」量は、人間の脳よりもはるかに神に近づいているところですが、 でも視覚情報である映像も言語も、あたりまえのことですが、PC自体は「見て」いるわけではないわけです。

扱えるのは 視覚と聴覚に対応して物理現象だけであって、その電子化ですし、 涙と幸せも そのような言葉をメモルことだけしか出来ないのがPCです。

時代が進むにつれて、まずそのへんが明確になってゆくと思います。

コンピューターの構造や機能自体が 直接人間の精神の把握に繋がるとは思えないのですが、 でも、コンピューターの書き込みの工夫の幅やその可能性(キャドやナビの進化のあたり)とか それをも含めた情報の入出力のスピードが、 工夫しだいでは、人間の精神を捉えなおす契機となる可能性はメチャクチャなほどあるのではないかとは思っています。

心理学は、私たちの五感自体が どこまでも深いのに、またその総合化が知恵となるのに、それをほっぽらかして無意識の世界を追いかけている世界である気がしてなりません。  だから、私たちの中に簡単にロボットの幻想化が起こってしまうのかもしれません。

心の学習がどうしても未熟となっている気がしています。

逆に 近未来にもPC内臓のロボットのほうが先に「私たちはロボットという機械なんですよ」ということを手取り足取り教えてくれる時代が来るのかもしれませんね(笑)。

PCや機械への希望的な見方には共感します。

ありがとうございました。

補足日時:2008/02/02 19:14
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この回答へのお礼

まさに、menoire vivanteが 早くもっと進化して、すぐれたロボットと生み出して欲しいですね。

鉄腕アトムが 「実は僕には心が無いんだよ。 それはね、 これこれこういう理由なんだ。」と教えてくれる日が来たら、 映画よりももっと愉快で楽しいだろうなと思います。

そんな鉄腕アトムが、語学の豊かさも この老人に教えてくれないかな(笑)。

ともかく 今 気持ちが豊かになっている気分です。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/02 20:25

>なぜ、記録と言わないで記憶という言葉がまかり通ってしまって


>いるのでしょうか?

コンピュータメモリに関して「記憶」ということばを使う
ことにだいぶ不快感をお持ちのようですが、私はこのことば
の使い方に疑問をもったことはありません。
英語のメモリ(memory)は日本語の「記憶」と一義的にイコー
ルではありません。本家の英語の邦訳であるからには、日本語
の感覚で比較するのは筋違いです。英語のmemoryをコンピュータ
の記録用語として使えるかという問題を論じるのが正当なこと
です。
それでいくと、まったく問題ありません。
英語のmmoryの原義のひとつは、呼び出すために保存された
事実や印象などを保持することを意味します。これは機械
においても当てはめることは可能です。
さらに、コンピュータの世界では明示的にこうした記録を保管し
た装置のことをan electronic memory deviceといい、この場合
もmemoryが使われます。
推察ですが、あなたのおっしゃっている方向性としてはコンピュ
ータでのstorageということばの方がより適当なのかもしれません。
しかし、これも記録を格納する装置ということで「記憶装置」と
いわれています。
あなたの論法だと、「形状記憶合金」は合金が人間でない以上、
「形状記録合金」というべきだというように受け取れます。
しかし、これはいかにもナンセンスなことです。

この回答への補足

ありがとうございます。

私は、PC初心者の60歳の者ですが、なんとパソコンという言葉を知る以前から、思い出してみるとメモリという言葉を聴いています。

長い歴史上、まさに問題なく使われてきて、生きて歩いてきた言葉、日本語訳の「記憶」という言葉も、すでに、同じ感じの過程をもって生まれ成長してきた言葉なのでしょう。

私がその訳とかに「不快感」を持ってるのかどうかは、自分ではよくわかりませんが、

これはたまたま、人間の記憶の世界にちょうど深く興味を持ってきた人間が PCの勉強を始めたために、えっ? 見えるわけでも聞こえるわけでもない機械が、なんで「記憶」なのだろう? と生物で使う「記憶」と
同じ言葉をつかってたため、 違和感のようなものを感じてしまったということです。

一言で言えば よけいな考えすぎの部類の質問でしたね。

愉快なことですが、 昔 近くの工場がその<形状記憶合金>を作っていましたもので、 ふと、なんとこれも あれ?なんでこれ形状記憶?なんだと一瞬思ってしまったことがあるのを思い出しました(笑)。

<英語のmemoryの原義のひとつは、呼び出すために保存された事実や印象などを‥。>のあたりの、 「印象」という言葉は、また、同じような感じでは引っかかりますが、

機械には「映像」は機械内に存在しても「印象」は存在しないという点でなのですが、

これも、「事実や印象」という文脈で考えれば私にも意味は通じるところです。

<さらに、コンピューターの世界では明示的にこうして記録を保管した装置のころan elecoronic memory deviceといい、この場合もmemoryが使われます。>

これが、私がPCを知る前から聞いたことのあるメモリという言葉の 歴史の世界だったのですね。

全面的にすっきりした感じがします。

ありがとうございました。

補足日時:2008/02/02 14:23
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この回答へのお礼

子供の頃、重い肺炎で何度も死の床を這いずった体験の者にとっては、おそらく生物とか生きてる人間とかという事自体をけっこう深く考えてくることになってしまったのだろうと思います。

一方 ちょうどその年代に 学校では分数とかを習う時期でしたので、数理関係はメチャクチャに苦手な人間との思い込みのようなものが私の中にはあり、その面の勉強をいつも後回しにしてきました。

この差が生んだ 違和感だったとお考えください。 ふつうはナンセンスな質問ですよね。

今の私には 新鮮な感覚で学べた御回答でした。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/02 14:37

技術者ですが、、、疑問に思ったことはありません。

5大装置の名称を日本語で決めた学者先生の感性ではないでしょうか。記憶だろうが記録だろうが、個人的には何も思いません。記憶装置で問題ないと思いますが。学術用語には日本語に訳されたことでよくわからなくなってしまった言葉が他にもあります。多くの人が疑問に持たなければ変わらないと思います。

個人的には、記録は"情報の保存が長い"イメージがあります。レジスタにデータを記録するって感じではないから、記憶の方が適切ではないか。感性の問題ではないでしょうか。

この回答への補足

私は PC初心者です。 

人間の記憶の世界には、すごく興味があり、そういう人間が いきなり60歳となって、PCの勉強を始めて見ると、 やはり機械に「記憶」という名称がついてることが気になります。

でも、専門的な技術者の方が、何ら少しも疑問に感じない言葉となっていることから、これはもう、新しい言葉がこの世界に定着した形となっていて、同じ言葉を使いながらも、別な意味を持ちつつ、別な定義を持ちつつ、生きて歩いてしまっている言葉、 というふうに解釈できそうですね。

人間の記憶は、「見える」という性格をともなった映像で、映像や言語を記憶し、海馬とか前頭葉とかを通過して何かがすごいスピードでデータのようなもののやり取りをしています。 「聞こえる」とう性格をともなった
音の振動で、なんらかのその記録をものすごいスピードでやはり入受信しています。

コンピューターは、「見えたり」「聞こえたり」はしませんが、映像や言語や数字、と音や声に関しては、同じようにCPUとか、メモリとかを通して、ものすごい量の情報を入受信、やりとりしてるんですよね。

「匂いや香り」と「味わい」と、「肌感覚や運動感覚」とかも、あるいはその5感や6感の総合的な 『感じる要素のある記憶の世界』との違いは、 

もちろん、深く考えるほどに、その事そのものの違いとして大きいのですが、指令をだすのは、その人間なのですから、

すくなくとも、今の子供達や、これからの子供達は、同じ言葉を使ってるからと言って、混同することはなくなってゆくのでしょう。

曖昧な 言葉の使いかたではなくて、二つの明確な同じ言葉を使った別の似た言葉として、 むしろ時代が進むほどに、明確に理解されてくるとことなのでしょう。

記録 外部記憶装置は、<長く保存>する場所でもあるあわけですから、そのへんは記録のイメージもあるわけですよね。  でも これもまさに
‘外部「記憶」装置’であってこそ、正確な表現であるところの言葉としてすでに生きているということですよね。

私が、 いきなり あれ?と思ったように、これからも初心者の感性によっては?マークも起こるのでしょうが、 このまま変わらずにも、どうやら問題はなさそうですね。

技術者からのご回答がいただけ、いきなりすっきりしてしまいました。

ありがとうございました。

補足日時:2008/02/02 12:56
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この回答へのお礼

にがてな分野の勉強はできるだけ後回しにしようと、数学の苦手な(その基礎が出来ていない)私は、 PCを使っていながら、そのへん逃げていました。

でも、あまりにも最近、いろいろ失敗つづきで、もう逃げていてはいけないと勉強を始めたばかりでした。

で、ふと強く感じたところを正直に書いてみたのですが、 そちらの文面はこういう状況の者に なんとも大きな励みとなります。

ほかに今は、上手く言えませんが、 ありがとうございました。

‥。  うまく言えないんですけど‥。 ‥。

お礼日時:2008/02/02 13:43

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