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日本は拡張主義をやめ自由貿易によって繁栄していくべきであるとするこの考え方は、現代において非常に高く評価されていると思います。
僕も戦後日本の繁栄からこの考え方は非常に魅力的なものであると考えていました。
しかし当時の国際情勢や日本の経済力を鑑みると少々非現実的ではないかとも思われます。
僕は経済のことには疎いので自分ではなかなか結論を出すことが出来ません。
そこでお聞きしたいのですが、当時の日本が拡張主義をやめ自由貿易によって国を富ませていくことは可能だったのでしょうか?
それともやはり大陸への進出は不可欠だったのでしょうか?

経済カテゴリーで聞くべきかどうか迷ったのですがここで質問させていただきます。
糧違いでしたらすぐに締め切らせていただきます。

宜しくお願いします。

A 回答 (2件)

私も以前、質問者さんと似たような疑問を懐いたので


ここで質問しました。よければ参考にしてください。

石橋湛山の小日本主義でも日貨排斥にあったらアウトでは?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2808272.html

戦前でもかなりの可能性があったようです。
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この回答へのお礼

お礼が遅れてしまい申し訳ありません。
大変参考になりました。
有難うございました。

お礼日時:2008/05/07 00:09

私も経済のことはまったくわかりませんが、戦前まで日本が所有していた土地がなくても現在日本は繁栄しています。



と、いうことは理論上は石橋湛山の考えはあっているともいえますが、当時の白人列強国のブロック経済化から考えると、現実的には難しいのではないかと思います。

白人列強国の経済のブロック化により、高率の関税がかけられ、また後々もどれくらいまで関税が引き上げられるかもわからず、日本が自給自足を考えるのは普通のなりゆきだと思われます。

したがって資源を持たない日本にとっては、独自の経済圏の構想を練る必要があり、大陸進出もやむえなかったのではないかと考えられます。
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この回答へのお礼

お礼が遅れてしまい申し訳ありません。
確かに僕もそのあたりが疑問です。
各国は満州事変以前から日本の輸出攻勢に対して神経を尖らせていましたから・・・

有難うございました

お礼日時:2008/05/07 00:11

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Q石橋湛山の小日本主義でも日貨排斥にあったらアウトでは?

仮に日本が石橋湛山の小日本主義を取ったとしても、中国で日貨排斥に遭えば、貿易立国は放棄せざるを得ず、どの道中国を軍事侵略しなければいけなかったように思えるのですが、どうでしょうか?
高まる中国のナショナリズムを前にして、当時の日本に小日本主義でやっていける成算は本当にあったのでしょうか?

Aベストアンサー

>仮に小日本主義で行って、日貨排斥をこの形でクリアしたとしても、1929年の世界恐慌とその後の世界経済の後退とブロック化の中で貿易立国で日本がやっていけたのか心許ないものがあります。

日本が、朝鮮&台湾といった植民地や満州での利権を得たのは、大恐慌の前からですから、「それがなかったら大恐慌の時、何が起きていたのか」というのは、厳密な議論としてはわからないわけですが、現実には、日本と日本の勢力圏である東北アジアとの貿易は、大恐慌期には、他の国と大体同じように落ち込み、恐慌から立ち直る過程では大体同じように回復しています。全体の貿易量に対する割合はたいして変わっていません。(↓)日本経済の「ブロック化」が進むのは、むしろ、1937年の日中戦争(日華事変)以降です。
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~takeda/gyoseki/GAKU00-12.htm

経済の実態面からすれば、『大恐慌→ブロック化→それを乗り切るための対外膨張』ではなく、対外膨張の結果として、ブロック化が起きた、と言うべきです。
言い換えれば、(それ程役に立たない、小さなブロック経済つきの)『貿易立国』だけで、結果的には日本は、大恐慌を、(少なくとも経済面だけで言えば)乗り切った、というのは『歴史上の事実』です。

尚、↓はかなり大きなpdfファイルですが、上のWebの内容をもっと細かく説明しています。
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~takeda/kyouzai/2004LEC/2004MJEH13.pdf

そこに書いてあるように、朝鮮、台湾、満州といった地域の資源が、日本経済に一定の役割を果たしたのは事実ですが、そもそも、日本は自国勢力圏に対しては製品輸出>資源輸入の「輸出超過状態」にあり、かつ、主要資源はもっぱら自国勢力圏外に依存していた訳ですから、英国ほどの勢力圏を作るつもりならともかく、日本が考えた程度の膨張では、たいして役に立ちません。
だからこそ、後に禁輸措置を受けると日本は『南方進出』をせざるをえなくなった訳です。

>仮に小日本主義で行って、日貨排斥をこの形でクリアしたとしても、1929年の世界恐慌とその後の世界経済の後退とブロック化の中で貿易立国で日本がやっていけたのか心許ないものがあります。

日本が、朝鮮&台湾といった植民地や満州での利権を得たのは、大恐慌の前からですから、「それがなかったら大恐慌の時、何が起きていたのか」というのは、厳密な議論としてはわからないわけですが、現実には、日本と日本の勢力圏である東北アジアとの貿易は、大恐慌期には、他の国と大体同じように落ち込み、恐慌から立...続きを読む


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