ちくのう症(蓄膿症)は「菌」が原因!?

いろいろ言われていますがソ連は具体的にどのような要因で崩壊したのでしょうか。
イデオロギーや精神論ではなく財政など経済的な要因を知りたいのですが
参考になるサイトや本があれば教えてもらえませんか?

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A 回答 (3件)

あ、失礼。

本ですね。

コンピュータと社会主義  V・グルシコフ、V・モーイエフ
1974年オーガス計画を構想するが実現出来ず(のちのコンビニやインターネットのことです)グルシコフさんは1971年日本を訪問した。
歴史の中のソ連社会主義  渓内 謙
歴史としての社会主義   和田春樹

過去ログもある
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1577491.html
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ちょっとだけ理論的な話。



『戦争の経済学』ポール・ポースト著、山形浩生訳
http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81 …

この本の特に 3.6 辺りが経済理論から言って非常に分かりやすいのですが、端的に言うと、

1)アメリカとソ連が覇権をかけて争っていた
2)アメリカの経済は伸びたが、ソ連はそれほど伸びなかった
3)アメリカは経済が伸びた分だけの軍拡を行ったが、ソ連は伸びないにも関わらず軍拡を行った

という順になります。この本に書かれているのは3)の理論的な部分です。この後、この本にはあまり書かれていませんが、

4)結果としてソ連の内需が不足し、クーデター

となりました。
それではなぜソ連で経済がそれほど伸びなかったのか? という問題ですが、結局のところ努力してもしなくても同じだけの給料だったら努力しないよね、という点に尽きます。
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いくつか理由が考えられるでしょう。


資本主義側にはレーガンやサッチャーという保守的だが人物見抜く目がある人がいた。ゴルバチョフという人が政治局員になったのを見て「こいつはトロイ」「使える」(利用出来る)と瞬時に判断します。
呼び寄せては歓迎し国内で優秀な共産主義者を追放するのを助けます。アフガン戦争でもソ連が勝たないようタリバンを支援し、ソ連に勝つことない程度に軍事援助した。ソ連は消耗戦(ベトナムの米軍状態です)

また米国内では小麦は余っていたが補助金付けて作らせソ連に輸出します(ブレジネフ時代から)。ソ連に小麦がなかったわけではない。ウクライナなど作ったが出荷せず腐らせるほどだった。交通網流通網整備すればよかったが鉄道や道路作らずその金を米国に払った。モスクワほか大都市で食料不足もない、、と喜ぶお粗末さです。住民が米国産小麦になじんだころ難くせつけて農産物輸出禁止(^^) ソ連国内の不満は高まる。

ブレジネフの時代(-1982年)が長期に続いたあと西側の事情に明るかったアントロポフ、惰性のチェルネンコ、愚かなゴルバチョフ(1985-)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%93% …

1986年 チェルノブイリ事故、アフガン撤退表明
1987年 レーガンゴルバチョフ会談。米国「StarWars計画」ソ連は対抗し軍備に莫大な資金つぎ込み失敗(米国は吹っかけただけでさほどの実害なし)
1989年 東ドイツ崩壊、中国天安門事件
資本主義国の労働者階級は社会主義目指さないことが明らかになった(資本主義内の闘争が利益と判断)。社会主義国の中にも資本主義目指す勢力が生まれた。
中国共産党は党内闘争の末、部分的資本主義化策に転換した(流行を追う若者、お化粧に余念のない若い女性では共産主義への道は遠いと自覚)
1991年 保守派のクーデタ失敗(ゴルバチョフを別荘に監禁)、ゴルバチョフは共産党を解散した。ソ連解体、多くの独立国に分かれた。

これ以後日本社会党は右傾化、1995年には自民党と野合し連立政権作って軍事容認路線に転換し没落した。
北朝鮮、キューバ、ベトナム、コンゴなどは社会主義堅持しベネズエラも非白人先住民の大統領就任で社会主義目指す。ウクライナ共産党は社会主義復帰実現寸前、ネパール共産党毛沢東派も国土の8割解放した(21世紀に唯一残る絶対王政だったが議会内政党各派も王制廃止に合意)
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