歯ブラシ選びの大事なポイントとは?

今夜のテレビの番組を見て疑問がわいたので質問させてください。

NHKTV、「その時歴史が動いた」ですが、今夜は加藤清正でした。
番組自体は面白く、興味をもって見させていただいたのですが、話が豊臣秀吉の「文禄・慶長の役」に及んだとき、松平アナの口からは、わが国ではこの戦争の一般的な呼称である「文禄・慶長の役」や「朝鮮出兵」という言葉は一言も出ず、ひたすら「朝鮮侵略」と何度も連呼していました。
しかし、歴史を学んだ日本人なら誰でも知っていると思いますが、秀吉の目的はあくまで明国であり、日本が明を攻撃するため日本軍の通行許可を求めたことを朝鮮が断ったための出兵です。それでも朝鮮側にしてみれば日本の一方的な要求ですから朝鮮側が「侵略」と呼ぶのは間違ってはいないとは重々承知しています。
しかし日本の歴史用語ではやはりこれは「文禄・慶長の役」であり、「朝鮮出兵」のはずです。(ちなみに韓国の教科書では「壬辰倭乱」です。)

現在、韓国が日本に対し、日本の教科書が「朝鮮出兵」と書くのは「侵略」を「出兵」と記述して一方的な侵略事実を隠蔽するものであると抗議しているのも存じておりますが、その韓国の教科書が、それこそ元と朝鮮(高麗)軍の一方的な日本侵略である「元寇の役」を、「倭(日本)征伐」と書いている以上、訂正するまでもないのではないでしょうか。

それを日本の公共放送を自認するNHKは、なぜ歴史的事実に対し、定着した用語を使わず、わざわざ「朝鮮侵略」と呼ぶのでしょうか?
かなり前に在日韓国人の名前の漢字を日本語読みにして訴えられたことに懲りての自主規制でしょうか?
それともすでにわが国の歴史用語はいつのまにか「朝鮮出兵」から「朝鮮侵略」に変更されているのでしょうか?
できればNHK関係者のお答えを聞きたいのですが、それ以外の方でも結構ですので、ご教示いただけましたら幸いです。

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A 回答 (8件)

NHKは、受信料で成り立つ公共的な報道機関ではありますが、朝日新聞や共同通信と似通ったスタンスの、「左翼的な体質」を持っていることが知られています。


※ そもそも「公共的な報道機関」というものが存在すること自体変な話なのですが。

ですので、NHKが制作する番組、NHKの子会社の日本放送出版協会が発行する書籍には左翼的な色彩を帯びているものが多くあります。今回、質問者様がご覧になった番組もその一つに過ぎません。

例:
幻の外務省報告書 中国人強制連行の記録 NHKスペシャル
NHK取材班/著
日本放送出版協会
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=19313205

題名のとおり、NHKスペシャルの内容を本にしたものですが、「強制連行されて日本で虐待された」と主張する中国人からの聴取内容を「何の批判検討もせずに」事実だろうとして採録した、レベルの低い本です。

番組では「証言」として字幕つきで放映され、見た人は「本当だろう」と信じたことでしょう。しかし、歴史事実として認定するには、私が本を読んだ限りでは「検証不十分」と感じられました。この本を読んで、私のNHKへの信頼度は大きく下がりましたね。(笑)

NHKはそういう怪しげな番組を平気で放映し、その番組内容を平気で出版する組織ですので、質問者様がご覧になった番組で、台本どおりにアナウンサーが
「ひたすら『朝鮮侵略』と何度も連呼」
していたとしても全く違和感は感じません。

また、全く史実に基づかない、「99.9%は私の想像」と製作者が自ら語っている「歴史ドラマ」の「チャングムの誓い」を実写版とアニメ版で繰り返し放映し、韓国への日本の親近感を煽るプロバガンダをやっているのもNHKです。
これもNHKが中心になっていた訳の分からない「冬ソナブーム」もご記憶ですよね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
民間放送とことなり、国民から半ば強制的に徴収する受信料で成り立つ「公共放送」が、特定の政治的傾向を持った放送をおこなっていいものでしょうか?

> 訳の分からない「冬ソナブーム」もご記憶ですよね。

はい、すっかりはまって、冬ソナ、オールイン、チャングム、楽しませていただきました。今は、BSフジの「チュモン」にはまってます。韓国ドラマは娯楽としては結構面白いですよ。(笑)

お礼日時:2008/02/21 21:57

私は韓国(ソウル)駐在時代(25年以上前)に地元のテレビで連続ドラマ「壬辰倭乱」を見てきて、朝鮮各地を蹂躙してきたことは明白な事実ですが、質問者の「侵略」の用語はおかしいとの指摘には同感です。


 「朝鮮出兵」朝鮮自体を植民地化しようとの目的ではなく、「侵略」という用語は不適当と思います。むしろ、「朝鮮征伐」と呼ぶほうが正しいでしょう。「出兵」の目的は「征伐」であったと(私の認識では、今でも「朝鮮征伐」は一般的な呼び方では?)。
 ここからは単なる推論ですが、NHKは、昔から「不適切用語」とか云って独自に「メクラ」「イザリ」などを差別用語とかで、ほかの変な用語に言い換え、それを全国的に定着させてしまった実績があり、「朝鮮出兵」も韓国へのへつらいからか、同じ発想から言い換えることにしたのではないでしょうか。
 私も、歴史上の出来事を後世の価値観や倫理観で言い換えてしまうこと名には反対です。変に言い換ええてしまうと、その時々の正確な事実を反映しなくなってしまう恐れがあります。「支那事変→日中戦争」「大東亜戦争→太平洋戦争」などがこれにあたるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>「支那事変→日中戦争」「大東亜戦争→太平洋戦争」などがこれにあたるのではないでしょうか

そうですね。日中「戦争」と言うからには、近代であれば宣戦布告がなければいけません。それが無いから「事変」なのに意味が違いますね。(こう言うと、事変だって戦争となんら変わらないじゃないかという情緒的な攻撃がきそうですが、すくなくとも歴史用語としては明確に分けて考えたいと思いますね。)

>「朝鮮征伐」は一般的な呼び方では?

いえいえ、日露戦争に勝利し朝鮮を併合した日本は、同胞となった朝鮮人を慮って少なくとも国定教科書では「朝鮮出兵」にしました。おなじ日本人を攻めた坂上田村麻呂の「蝦夷征伐」は「征伐」のままだったんですけどね。怒れ、東北人(笑)

お礼日時:2008/02/27 21:46

歴史用語は、ある歴史事象のどの部分をその本質と考えるか、何を念頭に置くかによって変わるものです。



時間軸を念頭に置けば「慶長/文禄の役」、(政治的な)両国の立場からすれば、「朝鮮出兵」「倭乱」は両方も“正しい”用語ということができると思います。

その意味で、「侵略行為であった」ことを念頭に置いた場合、「朝鮮侵略」は決して違和感のあるものではないでしょう。要は、ある歴史事象をどのように位置づけるかが問題なのであって、歴史用語というものは「玉虫色」なのです(それゆえ、政治・世相の影響を受けやすい)。

以上のことをふまえた上で、「朝鮮出兵/侵略」の問題に関して私の知っていることを記しますが、「朝鮮侵略」という用語自体は新しいものではありません。

戦前、「朝鮮出兵」は豊臣秀吉が朝鮮を「征伐した」(こらしめた)英雄行為であり、朝鮮に対する日本の優位性、神国日本……など、国民を戦争へと導くための教育に利用されたことはご存じだと思います。戦後、その反動(反省)から、「朝鮮出兵」という用語を使うのはやめよう、という潮流が学会にありました。そうこうして「朝鮮侵略」が使われ始めたわけです。要は研究者の間では、「朝鮮侵略」はかなり前から使用されているのです。

いま手元の『日本史B』(山川出版社、2001年版)を見ると、「朝鮮侵略」になってますね。教科書などの記述を「定着した用語」とみなすのであれば、「朝鮮侵略」は立派な「定着した用語」であると言えるのではないでしょうか。(おそらくこの議論は「定着した用語」の考え方によります)

最後に付け加えてますと、歴史用語は「生きた」ものですから、変化するのは珍しいことではありません。長生きしている用語がより本質を表すわけではありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
教科書を手に入れられなかったので、本屋で高校日本史の参考書を何冊か立ち読みしてきました。

同じ山川出版なのに、著者により項目名が「朝鮮出兵」となっている本や「朝鮮侵略」となっているものもありました。
学研は1冊しかありませんでしたが「朝鮮侵略」という項目名でしたね。

ということは、今の教科書ではどっちもありなんでしょうね。
多分これも近隣諸国条項の産物でしょうか。
わたしの知識が古かったようです。

ありがとうございました。

それから「朝鮮征伐」は、日韓併合前の言い方で、併合後は当時の国定教科書では「朝鮮出兵」だったはずで、戦後も多分近隣諸国条項なるものができるまでは変わってなかったはずです。

お礼日時:2008/02/25 15:38

秀吉が思い描いたものはアジアへ野望、そしてターゲットとしては、巨大な中国を端から叩き中央へ攻めるつもりだったと思いますので、私は質問者さんの意図は理解しているつもりです。



ただ、アジアの歴史を読んでいてよく思うのは、漢字圏でのできごとは、その漢字でできた単語の裏にはけっこう幅広い意味があって(特に日本語は)、それを当たると「そういう意味か」と思うことがあるものです。

侵略は、他国に武力で進入し、土地や政治や財物を奪うだけではなく、「他国の主権を侵害すること」という意味があるようです。
秀吉は、朝鮮には元寇のときの尖兵のように、片棒をかつがせたかっただけかもしれませんが、相手は「一緒に戦って明をやっつけよう」と合意してもいません。こちらから攻めて降伏勧告も行っていたようなので、相手の主権を侵害した行為という意味で、侵略もつかえると読めました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
たしかに侵略もつかえるのはわかりますが、「朝鮮侵略」が、歴史用語として定着したのかどうかの質問でした。

お礼日時:2008/02/25 15:41

>派兵の事実(出兵)と目的と行為(侵略)は別問題です。


この2点を混ぜて論議する姿勢には「既に」問題があります。

逆に言えば、日朝戦争とは記載「出来ない」

これが真実です。

最初に朝鮮出兵と説明し、その後の行動を朝鮮侵略と言うのは常識の範疇です。
これを出兵と「綺麗にいい続けろ」と言うのは困難な事です。

では日中戦争を中国侵略と書いて正解なのか?
言ってみろ!!

この質問に対しては、

「自分で良く考え」
「自分で結論を見出す」

これ以外に手立てはありません。

人に聞く事ではありません。

イージスを良く見なさい。
嘘と虚構の世界です。

漁民は弱者です。
しかし、嘘は絶対に言いません。

玉虫色の発言。日本の政治家特有です。
聞こえは良いですが、右とでも左とも取れる適当な答え。
(逃げ口上)

日本人の癖なのかもしれませんね。
言葉を変えてごまかす。

それでよい。

アメリカではイエス、ノーの世界です。
詭弁はノーです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
でもおっしゃる意味がよく理解できませんでした。

お礼日時:2008/02/25 15:43

力では無いです。


朝鮮出兵とありますが、

日本が派兵した正当な理由はどこにあるのでしょう?
朝鮮に、戦闘行為に及ぶ程の「非」があったのでしょうか?

無ければ「完璧な」侵略行為じゃないですか?

派兵の事実(出兵)と目的と行為(侵略)は別問題です。
この2点を混ぜて論議する姿勢には「既に」問題があります。

「敗走ニアラズ。我、転進ス。」
事実を綺麗な言葉で歪曲するのが正しい歴史とは言いがたいと思いますが?
「侵略にアラズ。我出兵セリ。」

歴史に学ぶ事も重要です。
大本営のような馬鹿を台頭させるのも、弾き出すのも日本国民です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
わたしが「朝鮮出兵」が侵略行為ではないと言っているのではないことがご理解いただけていないようですね。

そもそも侵略じゃない対外戦争なんてほとんどないのでは?
それを侵略行為だから朝鮮侵略に言い直さなくてはならないなら学生時代に覚えた歴史用語はほとんど言い換えなければなりません。

わたしの質問は、前の方にも書きましたが、たとえば学校の試験で、「1592年から1598年にかけて行われた豊臣秀吉が主導する遠征軍と朝鮮および明の軍との間で朝鮮半島を戦場にして戦われた戦闘をなんと呼ぶか?」という問題が出た場合、「朝鮮侵略」で正解になりますか?
それとも、わたしの認識が古いだけですでにわが国の歴史用語はいつのまにか「朝鮮出兵」から「朝鮮侵略」に変更されているのでしょうか?
ということです。
edw-19さんが学ばれた教科書には何と書いてありました?

お礼日時:2008/02/21 23:54

「侵略」という言葉に、反省とか責任が伴うというような


考え方自体が、戦後にできた政治解釈なわけで、
字義から外れたものです。
出兵ではなく侵略という言葉を使ったからけしからんという
論調そのものが馬鹿げてますね。
侵略されたほうじゃなくて、したほうなわけで、
インベーダーっでいいじゃないか。

あと、NHK関係者に聞きたいなら、こんなところに書き込んでも無駄です。
NHKのコールセンターに電話するか、NHKのホームページで「ご意見・お問い合わせ」に書き込むか、
投書するか、したほうが、まともです。
NHK職員にここの投稿に反応する義務はないし、匿名サイトだからね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

> 出兵ではなく侵略という言葉を使ったからけしからんという
> 論調そのものが馬鹿げてますね。

誤解を招いたかもしれませんが、わたしはこのサイトで自分の主義主張をしたり論争をしようと思っているのではありません。
公共放送を自認するNHKが、「その時歴史が動いた」という高名な歴史番組のなかで、あえて定着した歴史用語を一言も使わず、わざわざ「朝鮮侵略」何度も呼ぶのがとても不思議で、そこにどんな力が働いているのか疑問だったので質問しているのです。

> NHKのホームページで「ご意見・お問い合わせ」に書き込むか、
> 投書するか、したほうが、まともです。

まともでない質問と思われたのなら残念ですが、たしかに直接NHKに聞いた方がいいのかもしれませんね。
有難うございました。

お礼日時:2008/02/21 15:47

>わが国の歴史用語はいつのまにか「朝鮮出兵」から「朝鮮侵略」に変更されているのでしょうか?



Wikipediaからの引用ですが・・・

 >豊臣政権時から江戸時代後期に至るまでは…唐入り・唐御陣…
 >幕末から明治初期にかけては朝鮮征伐、征韓など…
 >日韓併合以後は…文禄・慶長の役という呼称が定着…
 >(他にも朝鮮出兵や朝鮮役という呼び方もある)
 >戦後反省の必要性を込めて…朝鮮侵略と呼ぶ場合もある

なので、歴史上不変の用語という訳でもないのでは?

  

参考URL:http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%CA%B8%CF% …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>戦後反省の必要性を込めて…朝鮮侵略と呼ぶ場合もある

ご教示のURLを拝見しましたが、「朝鮮側が受けた被害に関心をもつ立場の研究者北島万次 『豊臣政権の対外認識と朝鮮侵略』(1990)/校倉書房を中心に朝鮮侵略と呼ぶ場合もある。 」とのご説ですね。

では、学校の試験で、「1592年から1598年にかけて行われた日本の豊臣秀吉が主導する遠征軍と李氏朝鮮および明の軍との間で朝鮮半島を戦場にして戦われた戦闘をなんと呼ぶか?」という問題が出た場合、「朝鮮侵略」で正解になりますか?
歴史上不変の用語ではないでしょうが少なくとも100年ほどまえから現在にいたるまでは定着している歴史用語ではないでしょうか?

お礼日時:2008/02/21 15:38

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Aベストアンサー

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島々での戦闘があったから薩摩から沖縄本島への到着は20日以上かかりましたが、航海日数だけで言えば必ずしも長くありません。これを長期航海と呼べるのか・・・私は疑問に思います。
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つまり琉球軍は情報と兵力の集中に誤りがあったための敗北です。
なお、沖縄本島の戦いでも薩摩の鉄砲に痛手を受けたようなので、薩摩の鉄砲にしてやられたという部分もあるかと思います。

薩摩が琉球を侵略できたのは、琉球軍の作戦が悪かったからです。

その前にまず・・・

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