向田邦子さんの作品から古き良き時代の日本の女性像また男性像がみられる。この視点からの向田さん作品に関する評論をもっと知りたい。

A 回答 (1件)

以下ご参考に…



a.「触れもせで」向田邦子との二十年:久世光彦(講談社文庫)
b.男性自信「木槿(むくげ)の花」:山口瞳(新潮文庫)

特にaは向田文学への必読書です。
既に読まれていればお許しください。
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Q向田邦子作品のタイトル

10年以上前か、子供の頃、テレビで観た向田邦子さんのドラマなんですが、ちょっと恐い雰囲気の話(犯罪の恐さでなく、人間の恐さみたいなテーマ?)だったと思うのですが、タイトルが思い出せません。

はっきり覚えてるのは、このエピソードです
大根を薄切りにする時に上手く切れずに半月型になってしまうことがある、それを両親のどちらか、もしくは夫?に見られるととがめられるのを恐れている…
という描写が強く出てきたと思います。

長年気になってるので質問させて頂きました。
どなたか思い当たる方、暇な時でも結構ですので教えてください!

Aベストアンサー

向田邦子さん原作の「大根の月」だと思います。

ドラマではヒロインを万田久子さん、その夫を辰巳琢郎さんが演じておられました。

http://www.tvdrama-db.com/

原作はURLの「思い出トランプ」に掲載されています。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/ntmukodakuniko.htm

Q向田邦子の海外エッセイ

向田邦子の作品が好きで、よく読んでいます。

彼女の特集を組んだ本に、1968年にタイ・カンボジアに
旅行に行ったと言う記述があり(しかも初海外!)、私もカンボジアが大好きなのであの年代によく行けたな・・・ととても驚きました。

エッセイにはよくタイ・アフリカのことは書いてますが、カンボジアを題材にした作品はまだ一度も読んだことはありません。
ご存知の方がいたら教えて下さい。

Aベストアンサー

まとめる前の急死ではないでしょうか。
フットワークは、軽かったようですので、取材は、終えていて・・・。と、いうことでは、ないでしょうか。
まさに、これから、花開くという時の死だったかと、思います。
先生は、需要に応じて、取材、執筆という形では、無かったように思います。
アンテナの示すまま、取材、売る先があれば、それもよし・・・。みたいな。

Q向田邦子さんの「あ」という作品

向田邦子さんの作品を探しています。

20年近く前に一度読んだきりで、内容はうろ覚えですが…。

電車かバスの中で、男の人が折りたたんだ新聞(だったと思います)を
読んでいて、読む面を変えようとしたら、「あ」と声がした。
子どもが反対側に載っている漫画(か何か)を読んでいるところだったのである…。

というような内容で、私の記憶では「あ」というタイトルだったと
思います。

すごく短い文章だったのですが、刊行されているいずれかの本に
載っているのかどうか、ご存じの方がおられましたら、
どうか教えて下さい。

Aベストアンサー

エッセイ集「眠る盃」(講談社文庫)にその話「あ」が載っています。「あ・うん」は小説ですから、ちょっと違いますね。

Q心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。 イギリス文学 心理学 イギリス文学を用いて心理学

心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。

イギリス文学 心理学

イギリス文学を用いて心理学の論文を書こうと思っています。
特にサスペンスやミステリーが好きなので、犯罪心理学の路線で行こうかなと考えていますが、未定です。
集団心理、思い込み(幻想、幻聴など)、多重人格でも何でも、何か心理学的なヒントが見つかりそうなイギリス文学作品があれば教えて頂きたいです。時代は問いません。
和訳されていない作品でも大丈夫です。英語で論文を書くので、むしろそっちがやりやすいかもしれないです。

どんどん挙げてくれたら嬉しいです!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

シャーロック・ホームズはコカイン中毒だったとのことですから、病理心理学はダメですか?
ルイス・キャロルは幼児性愛者だったそうですが、これも病理心理学として使える?

Q向田邦子さんの魅力について

最近、久世光彦氏の「向田邦子との二十年」と言う本を読み、亡き向田さんのスゴさを改めて思い出しました!


向田邦子さんの書くエッセーが大好きですべて揃えています。

温かくて、可笑しくて、そしてホロっとして、懐かしいの。


向田好きの皆様!あなたにとっての向田邦子さんの魅力を教えて下さい!


好きな作品でもOK!

Aベストアンサー

向田 邦子さん、お好きなんですね。
私も、向田さんの作品は好きで、良く読みました。
久世さんの「向田邦子との二十年}も読みましたが、
久世さんから眺めた、向田さんも楽しかったですね・・・。

私は、向田さんの作品のなかでは「父の詫び状」が好きです。
お母さんの、鉛筆を削る音・・弟さんの福助頭・・
向田さんは、懐かしい昭和を、文にして、見せてくれました。

向田さんの、講演のカセット(今はCDですね(笑))が、出ておりました。
向田さんの、飾り気のない人柄が出て、これも楽しいものです。

妹の和子さんが、何冊か、向田さんの事を書いてます。
閉店した「ままや」の、内緒話でも書いてくれると嬉しいのですが・・・・。

Q「やどかり」?が登場する平安時代の文学作品

「やどかり」か「かたつむり」か分からないのですが、そういった類の軟体動物が登場する平安文学の作品があると聞きました。

面白そうなので読んでみたいと思うのですが、どなたか心当たりのある方はいらっしゃいませんか?

Aベストアンサー

平安時代の古典・堤中納言物語ですね。
【堤中納言物語】の「虫めづる姫君」に出てきます。
花や蝶などを収集するのではなく、恐ろしそうな虫を収集する姫の話です。
蝸牛、カマキリなどは詩歌の題材にはちょうどいいと言って大声を上げて「かたつむりーお」などという詩吟を唸る大変な姫様ですね。
短い話ですので、ぜひお読み下さい。

参考URL:http://kan-chan.stbbs.net/otaku_ni_naritai/himegimi.html

Q向田邦子文学の魅力

向田邦子さんの作品から古き良き時代の日本の女性像また男性像がみられる。この視点からの向田さん作品に関する評論をもっと知りたい。

Aベストアンサー

以下ご参考に…

a.「触れもせで」向田邦子との二十年:久世光彦(講談社文庫)
b.男性自信「木槿(むくげ)の花」:山口瞳(新潮文庫)

特にaは向田文学への必読書です。
既に読まれていればお許しください。

Q日本の純文学作品内でしばしば言及される海外文学

日本の純文学作品内に高い頻度で登場する海外文学を教えてください。
たとえば太宰なら聖書やドストエフスキーの小説を引き合いに出すことが多かった気がするのですが、
他に頻繁に引き合いに出される作品には何があるのでしょうか。

Aベストアンサー

同じく、太宰はギリシア神話からも引いていますね。
例:走れメロス

順位から云えば、
1.中国文学(近現代では「中島敦」とか、江戸期以前の文学では当たり前)
2.佛教経典(芥川・・蜘蛛の糸なんか・・)
3.聖書(現代では、「森山周一郎」・・クリスチャンだった)
4.ギリシア神話(太宰、白樺派辺りでも引用が多い)
5.ドストエフスキー(近代で引用が多い)
6.シェークスピア(大正期文学では多い)

特に自然主義文学と呼ばれる作品群(大正期から昭和初期にかけて)は、西洋文学の引用が増えているような気がします。そして、新古典主義と呼ばれた、芥川らによって、佛教経典や日本古典から引用があり、その後の現代に続くようです。

では。

Q「言葉のおしゃれ」向田邦子著の本について

「言葉のおしゃれ」向田邦子著の本について

この本の出版社を教えてください。

Aベストアンサー

おたずねの作品は、エッセイ集『夜中の薔薇』に収録の一編「ことばのお洒落」でしょうか?
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_list.jsp?n=20&type=t&a=&t=&word=%96%E9%92%86%82%CC%E5K%E5N

そうであることを前提に回答すると、出版社は「講談社」です。


参考になればと思います。

Q文学部で現代日本文学作品だけを学ぶのは無理?

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を考えたことがありません。

しかし、その文学部について調べていて引っかかる点が少しありました。
他の大学もそうだと思うのですが、国文学は文学部の中でも「東洋文化系」という大きなくくりの中に属していますよね。
その東洋文化系の必修科目や専門科目は、
・中国・韓国語・サンスクリット語などの外国語
・中国古典文学・漢文・国語古典文学・インド古典文学
がほとんどという印象でした。
国語学や国文学もありますが、それ以上に外国語や他国の古典文学の授業がかなりを占めていると思います。
さらに国文学の授業でも、古典文学だけを扱うのが文学部の一般的常識だと聞きました。これは本当なのでしょうか。
教授の研究テーマを見ていても、現代日本文学を専門にしていらっしゃる方がいらっしゃいませんでした。
京大以外の国立大も軽く見てみましたが同じような印象を持ちました。

これは、大学の文学部に進学しても現代日本文学を本格的に学ぶことはあまりできず(卒論を除く)、他国のものを含む古典文学・外国語ばかりということになるのでしょうか?

古典文学も外国語も嫌いではありませんが、現代日本文学をあまり学べず、そちらにウェイトがかなり寄っているなら、他学部に進学して独学で文学を学ぶ方が幸せなのかなぁという気がして迷っています。
文学部で現代日本文学作品だけを、とまでは言いませんが、少なくともそれを専攻にしていると言えるようにはなりたいのです。
それが無理ならば、現代日本文学を学びたいという人が、古典文学や外国語をやる意味って何でしょうか?

文学部に在籍経験のある方や、その辺の事情に詳しい方の回答を頂けたらと思います。些細な情報でもかまいません。よろしくお願いします。

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学、政治学などの社会科学はもとより心理学や哲学といった思想系、時には人間が対象として観察している自然科学分野にまで及びます。そしてそうした全てをひっくるめた歴史にも脚を踏み入れねばならないことも普通です。
 「小説を読むのが好き」と仰る質問者からすれば、近代以前の作品は「小説」ではないのかもしれません。けれど『蜻蛉日記』や『更級日記』も解釈次第では「小説」でもあるとの事実を忘れてはならないでしょう。両者は共に「私小説」です。それは「私に降りかかった事象」を私の目線で見たこととして「自己対象化」の要件を完璧にクリアしていることによります。
 この要件を近代以後の作品に適用してみるならば、漱石、竜之介、そして公房や由紀夫、健三郎といった作家全てにあてはまることにもなります。
 こうしたことを考えてみると、最初の質問である「文学を学ぶ」とはどの様な意味を持ってくるといえるでしょう。そして具体的な内容はどの様な言葉として説明することになるでしょう。ここまで来た時、一先ずの定義を示すこともできます。少なくとも「文学なるもの」を研究対象とする時にしか、この言葉を使うことが出来なくなるとの話です。
 恐らく今後もノミネートされることはあっても村上春樹さんがノーベル賞を受賞することもないでしょう。それは文学が時空を越えて数多くの人と感動や認識を共有することで認められているからとの「文学の存在理由」との間でかなりの隔たりがあることも作用しています。
 『青が消える』が普遍の問題を扱っているといえるでしょうか。この作品をどの様な視点からターゲットとして観察することができるでしょうか。少なくとも僕には公房と類似するテーマを扱いながら彼の一連の作品を凌駕するとも考えられません。春樹が書いているのは「僕にとっては大切なもの」が他から見れば「さほどの意味はないもの」であるとの描写に留まっている点で、公房の足下にすら及ばない。だからどうしたの?で終わってしまうほどの作品ともいえます。
 質問者は「同時代の作家を対象とした」と肩に力を入れて力説していますが、戦後そして1945年以前の作家が同時代の空気を採り上げていないとの考えならば、それは大間違いともいえます。彼らは全員「自分の目線」とのフィルターを通じて社会そして世界を観察し、それを「言葉」として再び世界に放ち、読者(研究者も評論家も)に投げ返してきた、「社会とは…」「世界とは…」「私とは…」そして「これら私を取り巻くものと私の関係は…」との形で。
 少し厳しい言い方になりますが、質問者は「文学」を全く知らないといっても過言ではありません。公房が海外でF.カフカやS.ベケットさらにはA.カミュ、健三郎がG.グラスなどとの同時代の観察者として考察の対象になっていることをご存知でしょうか。またなぜ和歌や俳句に関する研究で外国の研究者の方がより本質的な部分にまで切り込むことができるのか考えたことがあるでしょうか。
 芭蕉の旅は西行の旅と重なる部分が数多くあります。清少納言や兼好の言葉には李・杜、白居易をはじめ多くの言葉がちりばめられてもいます。これはなぜでしょう。それを読む人からすれば、まさに現代の言葉でもあるからです。雪降る朝の光景が「香炉峰の雪」を想起させると清少納言が感じたから、それを言葉にしたのであり、そうした姿をペダンティックと評するのも一つの解釈です。けれどもそれは「清少納言という人物像に対する評価」であり「『枕草子』に対する評価」とは異質なものといえます。
 どうやら質問者は「大学で学ぶ」ことを勘違いしている可能性も多分にあります。専門の教員がいないから学ぶことができないとなれば、質問者の文学に対する姿勢は常に受け身といえ、そこから何を引っ張り出すかとの最も大切な作業を放棄することになります。このような生半可な姿勢では理論構築のない分野とはいえ、何を求めるかとの自らが立てた問いに対する答えを見つけることは到底叶わないともいえます。
 「京都大学の学風に惹かれる」とはあっても、文学部に学風は無関係です。京大文学で「学風」と呼ばれるのは歴史学での「内藤史学」や哲学での「西田哲学」といった「研究スタイル」や「アプローチ視角」での特色です。老婆心ながら誤解されませんように。
 なお「日本文学科」や「国文科」が対象領域として扱うのは必ずしも古典だけではありません。近代以後、「第三の新人」と呼ばれる作家までは対象範囲に含まれます。志望選択をする以前に少なくとも、近代文学史の概要程度は頭に叩き込んでおいていただきたいですね。それが常識ですよ。

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学...続きを読む


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