「ソクラテスの死」という絵についての質問です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%AF% …

この絵の中でソクラテスは何故上を指差しているのですか?
また、左に座っている老人はプラトンだと推測されるそうですが、これは何故ですか?

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A 回答 (3件)

該当の絵を観てきました。


これを制作したのは、18世紀フランスの画家ジャック=ルイ・ダヴィッドですね。
「ソクラテスの死」以外にも「ホラテウス兄弟の誓い」や「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト(ナポレオン)」なんかが有名な画家ですね。

彼は、フランス革命に深く関わっていた事で知られています。
「ソクラテスの死」は1787年と、まさにフランス革命(1789年)直前に制作されています。
フランス革命で大きく変ったのは、「王が支配する」時代から「法が支配する」時代への転換です。
ソクラテスは、「悪法も法なり。」と言って、弟子が脱獄をすすめるのにも拘わらず(当時のアテネは、賄賂さえ渡せば簡単に脱獄できて、他のポリスで安穏と暮らしていられた)、頑なに拒み、死を受け入れました。
正に、「法の支配」に服したのです。
そして、これは「法治国家」には重要な思想です。
なんせ、「王」といえども、その国の国民である以上、「法」に服さなければならないのですから。

ソクラテスのこの思想と、「フランス革命前夜」という時代。
つまり、天を指さすソクラテスは、やがて「法が支配する時代がくる」と予言していると捉えることが出来ます。

毅然とした態度で死に臨むソクラテス。
悲嘆にくれる友との対比で、その堂々たる雰囲気がいっそう際だっています。
その死は英雄的で印象深く、また新しい時代の幕開けの為に命をかけようという作者の覚悟さえ伝わってきます。

そして、左に座った老人。
プラトンとされる人物ですが、一人だけ背を向けています。
今ひとつ、その意味するところは捉え切れていませんが、悲嘆にくれる友人達の中にあって、一人落ち着いているような気がします。
もしかしたら、彼はソクラテスの死の意味をいち早く理解し、すでに受け入れていたのかもしれませんね。

私見による勝手な解釈ですが、参考になりましたら幸いです。
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シンボルとしては、上を指し示す指を持つものは、「道を開く者」であるという意味。



いくつかの絵画に同じシンボルが使われています。
例えば聖書関連の絵画だと、その手の形をして描かれている人物は、洗礼者ヨハネ。


>また、左に座っている老人はプラトンだと推測されるそうですが、これは何故ですか?

ソクラテスは、「間違えている法律でも、多数者が決めたことなら、それに従うべきであり、間違えているからと従わないことは、多数決を支持したソクラテス自身は口では主張できるが、実践できたい人になってしまう。」として、プラトンの進める脱獄を拒否したと言われています。
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こんばんは、natto21さん。




絵、みてきました。


ところで、
natto21さんは、上を指差した
あの絵をみて何を思いました?
ちょっと、きいてみたいなぁー。
おっと、好奇心 (^^ゞ

で、
私は何を思ったか…
おんや?
こりゃ『四分休符?』
だとすりゃ…
『沈黙』を示唆してるのかなぁ???
芸術とくりゃ、
『美』

~美サイレント~

“ あ.な.た が 〇〇〇の です ”
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こんにちわ。早速ですが質問させていただきます。

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確かアリストテレスは貴族の末裔でしたから、苗字はあったと思うのですが、見つかりません。
もし、ないとすれば、古代ギリシャにおいて苗字というシステムが始まったのはいつごろになるのでしょうか。
また、あったとすればその苗字は平民にも与えられたのでしょうか。(奴隷や娼婦の方など、一般的に卑しいとされていた人たち含む)

以上3点よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

そもそも古代ギリシア特にアテネは民主制が完成した都市国家だったので法律上市民は平等でした。あらゆる貴族の特権は廃止されています。
古代ギリシア人の名前については次のサイトに明確に書かれています。ギリシア人は本来たった一つの名前があるだけだったが紀元前402/3年から公式の文書においてはデモス名を添えなければならなくなったそうです。
http://ancienthistory.about.com/od/nameetymologies/p/AncientNames.htm
ここでいうデモス(demos)とは「人民」という意味ではなく地区名です。東京で言えば「足立区」のような感じです。デモスについては次のサイトの民主制のところをお読みください。
ソクラテスについてはアローペケー区の出身と言うことが伝わっています。
http://www.maat.it/livello2-i/socrate-i.htm
ヨーロッパ文学最古のものと言えばホメロスのイーリアスとオデュッセイアですが、この叙事詩に出てくる英雄たちもたった一つの名前だけで(アキレウス、ヘクトル、メネラオス等)、ときおり父親の名前が添えられます。たとえば、「ペーレウスの子アキレウス」とか。王様でも貴族でも名前はひとつです。

そもそも古代ギリシア特にアテネは民主制が完成した都市国家だったので法律上市民は平等でした。あらゆる貴族の特権は廃止されています。
古代ギリシア人の名前については次のサイトに明確に書かれています。ギリシア人は本来たった一つの名前があるだけだったが紀元前402/3年から公式の文書においてはデモス名を添えなければならなくなったそうです。
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Qブッダとソクラテス(実はプラトン?)の思想の異同は?

中央公論、田中美知太郎責任編集 「プラトンI」から池田美恵訳 『パイドン』の10章(ステファヌス索引65b)
「さあ、それでは、知恵の獲得そのものについてはどうだろう?肉体は妨げになるのかならないのか、もしその探求に当たって人がこれと協力するとすれば。
つまり、こういう意味だ。視覚や聴覚は人間になんらかの真実を教えるのか、それとも、その点についてなら詩人でさえ、いつもくりかえし語ってくれているのではないか、われわれの見聞きすることは何一つ厳密ではないと。しかも、肉体のもつこの二つの感覚が厳密でも確実でもないとすると、ほかのものは言うまでもない。いずれも、この二つよりは劣っているのだから。そうは思わないか」

さて、質問です。
ここからは自ずと「五蘊皆空」を連想します。主人公ソクラテスは、即ち著者のプラトンはブッダが説く「五蘊皆空」と同じ認識にあるやに読めます。ブッダは此処から「色即是空」を導き、プラトンは最終的に「イデア」を導きました(?)。言わば同じ認識から一方は「無」を、他方は「有」を導いたことになります。
また、ほとんど同時代を生きた二人が一方は解脱し輪廻から外れることを確信したことによって、他方は肉体は滅んでも魂の不死不滅を確信したことによって、共に従容として死に就いたことにも関心をもちます。
ブッダとソクラテス(実はプラトン?)が正反対といってもよい結論に到達した理由は何ですか。このことが東西の後の二千数百年間に及ぼした影響も多少は視野に入れて回答して下さると一層、有り難いです。
よろしくお願いします。

中央公論、田中美知太郎責任編集 「プラトンI」から池田美恵訳 『パイドン』の10章(ステファヌス索引65b)
「さあ、それでは、知恵の獲得そのものについてはどうだろう?肉体は妨げになるのかならないのか、もしその探求に当たって人がこれと協力するとすれば。
つまり、こういう意味だ。視覚や聴覚は人間になんらかの真実を教えるのか、それとも、その点についてなら詩人でさえ、いつもくりかえし語ってくれているのではないか、われわれの見聞きすることは何一つ厳密ではないと。しかも、肉体のもつこの二つの...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
僕なりに書いてみたいと思います。

ブッダは
「諸行無常」
起こるもの(「行<サンカーラ>」関係を持って条件が整ってなりたっている)は永遠や実体といえるものでなく瞬間瞬間変化生滅し続けている。

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上記の二人が師弟関係だったことは周知の事実ですぅが、
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Aベストアンサー

質問者さん、すこしは自分で調べようよ。
ソクラテス、プラトンでググろうよ。

初心者向けのいいサイトを紹介するので、
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ソクラテス
http://www.geocities.jp/studia_patristica/philosophia7.htm

プラトン
http://www.geocities.jp/studia_patristica/philosophia8.htm

Qプラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンの国家、ソクラテスの弁明を読んで、ソクラテスの史実の姿に興味を持ちました。

国家やソクラテスの弁明に描かれるソクラテスの姿は、大体、史実、ありのままと考えていいのでしょうか。
それとも、プラトンが描くソクラテスというものは、大部分が、史実とはかけ離れた空想の産物なのでしょうか。

Aベストアンサー

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかというと「奇跡をつづるといった側面が強いと思います。少なくとも「記述するにふさわしい数奇な内容」のはずです。

この時代に書かれた書籍は
基本的には、「伝説的読み物」といったほうがいいと思います。

トゥキディデス=史実重視の見方・政治的意図で書かれた文章=プログラムは、例外中の例外です。

比較の対象として「クセノフォン」のソクラテス伝をよんでみるのもよいのかもしれませんが、「思想」としては、プラトンのほうが優れています。人から人へ伝えていくといった視点からも明らかに勝っています。

また、「弁明」のほうは、史実に比較的近いということも出来ます。ソクラテスの弟子=プラトンが書いたことですから、内容(こんな感じだったんだろうなというイメージ)だけ
持っていけば
いいと思いますが、

でも、全てが夢物語ではありません。

「聖書のでたらめ」を信じている人たちが、党派的に「哲学全般に対して批判・弾圧を繰り返してきた」という歴史的事実にも着目してください。肩の力を抜いて取り組んでください。

プラトンは、自分に対して「辛口」になることが出来る思想のヒトツです。キリスト教はその逆。

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかとい...続きを読む

Qプラトンの視点から見て、ソクラテスにとっての『勇気』とはどのようなものだったか?

こんばんわ。
今『ラケス』を読んでるんですが、そこだけがどうしてもわかりません。
みなさんはどうおもいますか?
できれば長文でお願いします。(そのほうが自分としては解釈しやすいんです。)


プラトンの視点から見て、ソクラテスにとっての『勇気』とはどのようなものだったか?

Aベストアンサー

長文は得意なのですが、今回に限っては。。。

プラトンは<「自分は知らない」ということを人々は知らない>ということを指摘した人でしたよね。

知識のある人に対して、低姿勢で「教えてください」といいつつ、実は、相手に「自分は知ったつもりでいて、実は何もわかってはいなかった」ということを自覚させるために、問答をした人でしたよね。


このラケルもそう。

ラケルは勇気が何なのか知っているという。

ところが、問答をしていくうち、勇気について説明しているのに、勇気じゃないことを説明していたことをラケルは気づかされる。


ラケルは勇気について無知であった。
にもかかわらず、知っていると思い込んでいた。


ということで、プラトンの「実は勇気がなんなのか知らないのに、勇気とは何かを知っていると誤解している愚者であることを自覚させる」あるいは「暴く」といういつも通りのやり方。


>プラトンの視点から見て、ソクラテスにとっての『勇気』とはどのようなものだったか?

ソクラテスも知らなかった。
というのが正解じゃないかと。



ヘブライ語はものの本質を直接表す珍しい言語だそうです。
対してギリシャ語は、抽象に満ちた言語で、それだけでも永久に問い続けることが可能な言語だそうです。
だから 詭弁も成り立つ。

ヘブライ語のクラスにギリシャ語の生徒が入ると、ギリシャ語は嘘つきですらなく、明らかに愚者 になってしまうのだとか。

そのギリシャ語でかかれている新約聖書は、どこまででも永久に研究できる終わりの無い無限の書になる。
何故なら、ギリシャ語に翻訳され「正義」となったものは、ヘブライ語では「救い」のこと。

救いをギリシャ語では正義だとなり、正義とはって永遠にイエスの言葉を理解しようとするが、決して終わりは無い。
だって、正義についてイエスは語ってなどいないから。

あさっての方角にイエスの言葉の意味を探しているので、永久にイエスの言葉の意味を理解できないわけです。

ヘブライ語はヘブライ文字一字一句たりともこの世が終わるまで変えてはならないとされた意味。
ましてや他の言語に置き換えて改造してしまってはならないとした理由。
本来の意味を直接あらわず言語以外に変えてしまうと、本質を表さなくなるので、読み手は永久に理解できない ってことで。


で、抽象概念にみちみちた言語であるギリシャ語を使用していたソクラテスも「勇気とはなんぞや」と結局わからないまま処刑された。
わたしから見ると頑固すぎ。

長文は得意なのですが、今回に限っては。。。

プラトンは<「自分は知らない」ということを人々は知らない>ということを指摘した人でしたよね。

知識のある人に対して、低姿勢で「教えてください」といいつつ、実は、相手に「自分は知ったつもりでいて、実は何もわかってはいなかった」ということを自覚させるために、問答をした人でしたよね。


このラケルもそう。

ラケルは勇気が何なのか知っているという。

ところが、問答をしていくうち、勇気について説明しているのに、勇気じゃないことを...続きを読む


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