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何冊か日韓併合時の本を読んでいますが、日本の朝鮮の文化財略奪については殆ど触れられておらず、恥ずかしながら全くといっていいほど理解できておりません。
インターネットで調べても、調べ方が悪いのか、あまり詳しく書かれているものは見当たりませんでした。
詳しい方、教えて頂ければと思います。

ネットでは略奪ではなく保存のため日本に移した・・・などと書かれていましたが、確かに当時朝鮮は日本だったわけですから、「略奪」という言葉が適切かどうかは疑問です。しかし、なぜ朝鮮では保存が厳しいと考えたのでしょう? 当時日本でも厳しいのは同じではないかと思うのですが・・・。(修復し、復活させたと書かれていたものもありました。)

戦後日本に渡った朝鮮の貴重な文化財達は、現在はどうなっているのでしょうか? ネットの中の韓国人の主張を見てみると、日本から韓国への文化財の返還は全体の約30%程でしかなく、残りはまだ日本にあるとか? それが本当だとしたら、何故日本は返さないのでしょうか? 文化財を移した理由が修復や保存のためだったとしても、返さない理由がわかりません。韓国人達の怒りは納得できます。


1.韓国人はあくまでも文化財が「略奪、没収、焼却」されたと主張しているようです。それが本当なのか?

2.そして、何の為に?

3.戦後、正確にはどれだけの文化財が朝鮮半島に返還されたのか(割合だと)?

4.すべて返還されたのでなければ、残りは何故返還されないのか?


この辺のことが知りたいです。もちろん分かる範囲で結構です。
私はパソコンを持っていない為、インターネットカフェを利用しております。その為回答を頂いてもお礼のお返事が少々遅くなるかと思われますが、ご存知の方、いらっしゃいましたら宜しくお願い致します。

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A 回答 (12件中1~10件)

ご質問のようなことについては、1965年に結ばれた日韓基本条約に付属する両国の協定(正式には「日韓基本条約の関係諸協定,日韓請求権並びに経済協力協定」)で解決済です。



東京大学のサイトから協定の原文を参照できます。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents …

「日韓基本条約の関係諸協定,日韓請求権並びに経済協力協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)
[場所] 東京
[年月日] 1965年6月22日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),584-586頁.外務省条約局「条約集・昭和40年(二国間条約)」.
 日本国及び大韓民国は,
 両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決することを希望し,
 両国間の経済協力を増進することを希望して,
 次のとおり協定した。
第一条(略)
第二条
1 両締約国は,両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が,千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
(後略)」

ですので、日本と韓国の間では、
「韓国人はあくまでも文化財が「略奪、没収、焼却」されたと主張しているようです。それが本当なのか?」
「戦後、正確にはどれだけの文化財が朝鮮半島に返還されたのか?残りは何故返還されないのか?」
などと検討する必要はありません。全て、上記の協定で解決済みだからです。

質問者様が個人のレベルで「日本は朝鮮から文化財を略奪したのではないか?返さなくてはいけないのではないか?」と考え、私財を投じて日本に所在する朝鮮半島由来の文化財を買い取って韓国に「返還」すること、あるいはそのような行動のために同志を募るのは自由です。
ただし、日本国の公金はそれについて一円も使われるべきではありません。全て、「質問者様自身と、質問者様に賛同する同志のお金」でやって下さい。

なお、最近ご質問に関連するテーマの質問がありました。
「戦争や植民地統治下での略奪品の返還義務は?」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3823506.html
この質問のNo2で私が回答していますのでご参照下さい。
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この回答へのお礼

この回答を読ませて頂いて、インターネットで検索してみると沢山出てきましたね。
「日韓基本条約の関係諸協定,日韓請求権並びに経済協力協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)」 略して日韓協定。

文化財のことも日韓協定で解決済みだったのですか。。。

勿論、私財を投じるつもりも、(返還する為の)同士を募るつもりもありません。
≪日本国の公金はそれについて一円も使われるべきではありません。≫・・・もっともでございます。

大変参考になりました。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/13 21:23

補足


>自国の文化を破壊する・・・その心理がわかりません。なぜそこまでしたのでしょうか?

それだけ中国に隷属していたと言うことです。
史実として、中国に対して、王妃を含めた女性多数を奴隷として差し出した事実があるそうです。
日本が普及を図るまで、ハングルが普及しなかったわけも、中国諸王朝に遠慮して、漢字を主に使い続けたからだそうです。
ハングルは下賎な文字として、冷遇されていたそうです。
ちょっと違いますが、明治時代、日本で舶来品が珍重され、そのため逆に旧来の浮世絵や書画・骨董品等が海外に流出していった、そういうことだと思います。
日本の場合、憧れが原因ですが、朝鮮半島の場合、陸続きでもあり、機嫌を損ねれば攻撃される可能性もあったので、過剰なほどに中国を敬い、自国文化を卑下したのでしょう。
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この回答へのお礼

補足回答ありがとうございます。

日本では独自の文化もたくさん生まれましたから、単純ですけど島国で良かったです。

大変参考になりました。
ありがとうございました。

お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。

お礼日時:2008/03/16 21:53

参考URLにある書籍が参考になると思います。



参考URL:http://www.shinyusha.co.jp/~kenkanryu2/
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この回答へのお礼

少し前にネット上で騒がれていたので、本屋さんで立ち読みしようと思ったんですが、絵が駄目でした。絵が下手すぎて読むのが辛かったです。すぐに断念してしまい.....

でも内容は参考になるとのことで・・・ちゃんと読めば面白そうですね。
せっかく教えて頂いたので今度またチャンレンジしてみます。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/13 21:59

 御質問本来の内容については専門でもありませんので申し訳ありませんけれど回答のしようもありません。



 ただ、韓国の人間が略奪品だ、と言っている美術品の大半は購入や人的交流の中で日本にもたらされたものであり言い掛かり、というケースが少なくありません。
 昨今、対馬の寺院が所蔵する大般若経、加古川の鶴林寺が所蔵する仏画など朝鮮由来の文化財が盗難され韓国内で発見される、というケースが相次いでいます。
 そこでも捕まった犯人は略奪文化財だから奪還した、と供述しているようですけれど、実態は韓国政府も認めているように略奪などではないもののようです。
 参考URLの2005年1月10日項を御参照下さい。

参考URL:http://www.bunkaken.net/index.files/topics/tonan …
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この回答へのお礼

盗まれたそれら文化財のその後がどうなったのか気になります。日本の元あった場所に戻されるといいのですが…。

他の回答者の方々と同様、やはり略奪などではないというお考えですね。

大変参考になりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/14 20:39

 多くの回答者が指摘されている通り、文化財の略奪など、事実無根です。

戦時・戦前の中国大陸でも、他の国とは違って、信じられないほどの潔癖さで文化財の略取など一切していません。質問者はどこからそんな情報を入手されたのでしょうか?
 不正確な外国人(日本人オルグ?)の流言をそのまま鵜呑みにして、日本を悪く言い、荒探しのような挙に出る「自虐性」は羞じねばなりません。 
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この回答へのお礼

やはり自虐でしょうか・・・。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/12 21:06

1.韓国人はあくまでも文化財が「略奪、没収、焼却」されたと主張しているようです。

それが本当なのか?
a オオウソですよ。一例を挙げれば、ハングルを広めたのは日本人ですし、学校を作り、教育制度を整えたのも日本です。

2.そして、何の為に?
a 反日政策の賜物ですね。

3.戦後、正確にはどれだけの文化財が朝鮮半島に返還されたのか(割合だと)?
a というか、「文化財なんてあったの?」というところです。
 朝鮮半島は、日本が独立させるまで、中国大陸の諸王朝に隷属していて、独自の文化は育っていませんでした。
 戦後と違い、独自の文化は卑下され、蔑みの対象ですらあったそうです。

4.すべて返還されたのでなければ、残りは何故返還されないのか?
a 返還されないというより、反日政策のおかげで、朝鮮半島の文化財は日本にあるというようになっていますが、「創氏改名」のように、また以前の中国隷属時代のように、自分達で破棄・破壊したのではないでしょうか?
現在韓国に残っている文化財は、朝鮮総督府が保護したものも多いはずです。
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この回答へのお礼

≪独自の文化は卑下され、蔑みの対象ですらあった・・・≫・・・だからこそハングルも広まらなかったんでしょうね。

自国の文化を破壊する・・・その心理がわかりません。なぜそこまでしたのでしょうか? そう考えると日本は凄い国なんですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/12 20:05

韓国の文化財にどのような物があったか知りませんが、他国のことを考える前にわが国のことを考えると、江戸時代の文化財である浮世絵は我が国に保存されているより欧米に流出している物の方が多いそうです。


彼等はどのようにして手にいれたのか明らかにしていませんが、我々も
流出の過程には興味がないので、現在では買い戻すのにはいかほどの金が掛かるかの議論になるようである。日本が開国の時外人が珍しい物を買いあさっただろうと誰でもそのように考える、当時の日本人にそれが文化財で価値のあるものと考えていなかったはずだ。恐らく韓国でも日本人がやってきて珍しい物品を買いあさった者がいたかも知れない。それらの所有権は個人に属していて国で保存したいなら資金を準備して買い戻す方法をとるしかないだろう。韓国にかぎらず日本でも外国に多く
の文化財が流出しているが、当時それほどの価値が無い物でも現在では
高価になっているものもあるだろう、現在の所有者に渡った過程を詮索
しても解明不可能であるから返還を求めるなら金銭交渉しか方法はないはずである。もともと韓国にあったものだから過去に買い入れたものでも返すべきとは世界の常識に通用しないだろう。
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この回答へのお礼

多くの物が売買によって朝鮮から日本に流出したのでは、とお考えですね。

≪当時それほどの価値が無い物でも、現在では高価になっている物もあるだろう。≫・・・そうですよね、彼等の言っている文化財というのは、そもそも当時から文化財と呼べるほど全てが貴重なものだったと断言できるのでしょうか?

≪もともと韓国にあったものだから、過去に買い入れたものでも返すべきとは世界の常識に通用しないだろう。≫・・・彼等は買い入れたものでも全ていっしょくたに考えているのでしょうか?

おっしゃる通りだと思いました。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/12 00:14

こんばんは。



回答にあたって、補足を御願い致します。
「貴重な文化財達」とは具体的にどういったモノですか?
詳細までは判らなくても、対象物の年代や製作者は判りますか?
質問者様がお読みになっている書籍や調べられた情報ソースはどういったものですか?

あまりこういうことは言いたくありませんが、歴史認識に関してあの国の言い分は『言い掛かり』や『当たり屋』に類する部分が強いです。
明らかな『デマ』や『こじつけた捏造』で『日本の文化』を侵害してる国です。
近年は中国の文化も侵害して強い反感を買っている国です。
情報源が韓国、もしくは韓国に傾倒している人間によるものであるなら、質問者様の疑問が根底から覆されることもあります。
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この回答へのお礼

申し訳ありません。本当に知識がなく漠然とした状態で質問をさせて頂きました。唯一知っていたのは、東京大学が所有していた歴史書の「朝鮮王朝実録」です。朝鮮王朝実録は既に東京大学がソウル大学に‘寄贈’という形で返還されたとのことですが・・・これもネット上の知識で・・・。この程度のことしか知りません。補足になってなくてすみません。

私は歴史に関して全くの素人ですが、確かにあの国は素人の私でも、「根拠は?(証拠は?)」、「一方的すぎないか?」など、こじつけや言い掛かりに類するような主張が多いと思います。韓国民は何故疑問に思わないのか非常に不思議ですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/11 15:57

1 当時日本が修復や保存等良いことをする目的で日本に文化財を移したとしても、朝鮮半島の人たち(北朝鮮人、韓国人)にしてみれば、そのようなことを望んでいないのですから、「略奪、没収、焼却」したと主張するのは当然だと思います。

まして、返却できなかったものもあるというのではしかたないでしょうね。
2 当時の資料を紐解かなければわからないでしょうね。それも、国家、個人まで細かくしなければわからないでしょう。
3 それは、日本人も朝鮮半島の人々も誰もわからないでしょう。朝鮮半島の人々にしてはできるだけ多く数えようとします。日本人にしてはたぶん全体像を知る資料は存在しないでしょう。国家、学者等が個々に調査していたと思います。昔の文化財などは同じ日本人であっても所有者に戻らなかった例がかなりあったと聞いています。そこに戦争の影響も考えないといけません。早く言えば戦争により焼かれてしまったものや紛失したものもかなりの数になっていると思います。これは対日本人の場合でも同じだと思います。
※金属の供出という言葉を聴いたことはありませんか。
 刀や槍などを政府によって供出されました。そのような金属は溶かされ武器に直されました。朝鮮半島の人々のいう文化財の中にはそういう供出されたものもあるのかもしれません。
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この回答へのお礼

「供出」なども含まれていたとしたら、自ら進んで出された物もあるのでしょうが、韓国側からするば「没収」ということになるのでしょうかね。確かにこれは返還できませんね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/11 15:10

あと何十年かしたら、「南大門に火をつけたのは日本人」とか言い出すでしょう。



比喩的ですが、これがすべての答えになると思います。
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この回答へのお礼

『有り得ないだろ!!!!!!!』と、普通はつっこむんでしょうね。

ちょっと納得してしまったのは何故だろう...

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/11 14:42

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Q竹島(獨島)について (私は韓国人です)

皆さんこんばんわ。

私は竹島(獨島)の問題について皆さんの意見が聞きたいためこうやって質問します。
皆さんももう知た通り、日韓両國は竹島をお互い自分の土だと主張しています。また、各々の国民もそんな風に教えられて育てきました。

私がnaver(韓国の検索サイト)で竹島(獨島)を検索すると、百なら百全部竹島は韓国の土だと主張しますしまたgoo(日本の検索サイト)でも同じ質問をすれば上と逆な答えが出ます。

真理は一つなのに何故こんなようになるんでしょう。。

私は韓国も日本も大好きなのでこんな風に喧嘩になるのは嫌ですけど、両國の主張を整理すると竹島(獨島)はやっばり韓国の土じゃないかな?な思いがでます。

でも、韓国も問題が、まず韓国のwebで獨島じゃなくて竹島だと書くと"お前は売国奴だ"と呼ばれる雰囲気がなり、まじめな意見を聞くことが難しいです。

それで、私は日本の皆さんのご意見が聞きたいです。皆さんはどんな考えでしょうか?

韓国のnetizenの考えはこうなります。(私は翻訳だけしました。)(http://kin.naver.com/qna/detail.nhn?d1id=6&dirId=611&docId=123237446&qb=64+F64+E&enc=utf8&section=kin&rank=1&search_sort=0&spq=1より)

1.竹島(獨島)は新羅(신라)時代に鬱陵島(울릉도)と一緒に于山国(우산국)を形成したし、于山国は新羅(신라)智證王(지증왕)13年 (512年)新羅に帰順して来た. その後ずっと高麗と朝鮮を経って現在までも韓国の管理の下にある。

2.朝鮮の公道政策は日本の侵奪によった明らかな '政策'だったので実效支配を諦めたのではない。

3.図解兔許は外国地に越境して漁撈活動をしても良いという許可書なので日本自ら竹島(獨島)が外国の地というのを認めたこと載せる。

4.韓国の領土である鬱陵島から竹島(獨島)までの距離は 48海里なのに, 日本銀器もではこの距
離(通り)の約 2倍である 82海里だ。したがって地政学的に近くの韓国に含まれなければならない。

5.ポツダム宣言の"カイロ宣言"を見れば暴力と強要によって取得したすべての領土を返すという句節があり、日本はポツダム宣言を通じてカイロ宣言を全面的に収容するということを宣言したので、暴力と強要によって奪われた竹島(獨島)を日本は諦めなければならない。

6.歴史的に韓国は 6世紀以来独島の存在を認識して来まった。しかし日本が独島を認識し始めたことは 17世紀以後です.また自国の領土ではないことを認める日本の史料や、古地図が多数確認されています。


皆さんはどうでしょうか。是非ご意見お願いします。


追加>>
私は2月27日にTokyoへ旅行に行きます~もしお勧め場所や食べ物があれば是非教えて下さい!! >_<

追加2>>
もし誤た所があるなら教えて下さい。

ごきげにょう

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私がnaver(韓国の検索サイト)で竹島(獨島)を検索すると、百なら百全部竹島は韓国の土だと主張しますしまたgoo(日本の検索サイト)でも同じ質問をすれば上と逆な答えが出ます。

真理は一つなのに何故こんなようになるんでしょう。。

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Aベストアンサー

まずは質問者様の卓見・学識と、日韓の領土問題に対し、日韓で考える場を提供なさったこと等に、敬意を表します。

私は正直に申しまして、貴国に対する感情は半々です。
外交姿勢等では非常に毅然としており、それらには敬意も有るし、尊敬する人も沢山居ます。
日本と同様、勤勉で非常に優秀な国民性であり、貴国と日本は、アジア人の優秀さを世界に示す、良きパートナー,真のパートナーにならねばならないと思っています。

一方では、貴国民は自国に対する思い入れが強過ぎるせいか、他国に対し自国優位性等を主張し過ぎる傾向を感じています。
それらが貴国にとってプラスになる部分より、マイナス影響の方が大きいのではないかと、残念に思うと共に、その様な部分に対しては、貴国における反日感情と同種の感情を持ってしまいます。

これは教育などの影響が大と考えています。
歴史は各国固有の文化の一つであり、必ずしも共有化が好ましいとは思いません。
しかし質問者様の様に、日韓の国民が相互にもっと行き来して、自国の教育のみでは無く、お互いの歴史観や文化を個人的に学び・知り、自国の歴史観や教育にも、もっと疑問を持たねばならないと思っています。

本題の竹島(独島、以下、申し訳ないですが、日本人の立場から竹島とします。)の領土問題に関しても、そもそも自国文化である歴史観など、両国で別個の観念で解決しようとする限り、永久に平行線かと思います。
共有化可能な認識に基づかないと、解決出来ません。

また、そもそも領土問題を歴史に関連付けて考えようと言う試み自体にやや困難があります。
歴史に関連付けると、最終的に「どちらが古いか?」となりますが、例えばご質問文の中でも「6世紀」などと書かれていますが、千年以上遡る歴史を持ち出すと事実かどうかの検証しようが有りませんし、当時の朝鮮半島における当事国は、貴国(大韓民国)では有りません。
極論ですが、その様な歴史的な言い合いになれば、「紀元前の日本は中国(当時は漢)であった」などとされてしまいます。
歴史的な言い合いには、余り有意性は有りません。

竹島問題に関して共有可能な認識は、2つの観点と考えます。
先に結論を申せば、この2つの観点で竹島は韓国領です。

一つは、現在、誰が支配しているか?と言う点で、それは言うまでも無く貴国です。
領土とは「過去、誰のものであったか?」と言う歴史認識には、余り意味が無い上、解決策になり得ない点は、既に申し述べた通りです。

そもそも領土は、話し合いで獲得するものでは無いのです。
領有権を主張する国家が、血を流すことなども含めた努力の末に獲得するものです。
日本は韓国が竹島を実効支配した時点で、奪回する努力を怠った点は、挽回しようがない日本側の失点です。

もう一つは、司法的な解決です。
これについては、日本が韓国に国際司法裁判所での問題解決を複数回提案していますし、第三国(アメリカ)も韓国に提案していますが、韓国側がこれを拒否しています。
道義的には、正々堂々と司法決着に応じない韓国側に非がある様にも感じられます。
しかし現在の国際司法裁判のルールでは、当事国の一方でもが応じなければ、国際審判は得られません。
これがルールであり、韓国側に法的な瑕疵は有りません。

そもそも領土問題は話し合いで解決し得るものでは無い上、特に竹島問題については、歴史認識の差等からも困難で、その上、司法的な解決も現在のルールでは、韓国が応じない限り不能です。
従い、韓国が竹島の実効支配を続ける限り、竹島は韓国領土であり、日本は自国領土と主張しているだけの存在です。

日韓で武力衝突など全く望む意図は有りません。
しかし日本が竹島を自国領とするためには、最終的には武力侵攻を辞さない覚悟が必要であり、それ以外に奪還 又は 韓国を国際司法裁判の場に引っ張り出すコトは出来ません。
でも武力侵攻を辞さない覚悟をする上では、日本は憲法改正等、国内の法整備を行わねばなりません。

言い換えますと、まず日本が憲法改正等に着手しない限り、竹島は韓国の実効支配下の領土です。

まずは質問者様の卓見・学識と、日韓の領土問題に対し、日韓で考える場を提供なさったこと等に、敬意を表します。

私は正直に申しまして、貴国に対する感情は半々です。
外交姿勢等では非常に毅然としており、それらには敬意も有るし、尊敬する人も沢山居ます。
日本と同様、勤勉で非常に優秀な国民性であり、貴国と日本は、アジア人の優秀さを世界に示す、良きパートナー,真のパートナーにならねばならないと思っています。

一方では、貴国民は自国に対する思い入れが強過ぎるせいか、他国に対し自国優位性等...続きを読む

Q竹島が韓国の領土であるという証拠を教えて下さい。

あくまでも、事実に基づいた客観的な事実のみでお願いします。
感情的なもの、神話や伝説の類を持ち出すのは止めて下さい。
どんなに探しても韓国が竹島を領有するに値する事実が何一つ見つかりませんので。

Aベストアンサー

「事実に基づいた」客観的な「事実」・・・

質問者様の感想は正しいと思います。
韓国側の主張は↓の通りです。

【独島に関する大韓民国政府の公式的な見解】
http://japanese.korea.net/Government/Current-Affairs/Others/view?affairId=83&subId=233&articleId=1016

これに対して、日本側から↓のような反論をしています。(動画も参照)
どちらを 【事実に基づいた客観的な事実】とするかはおまかせします。


A:大韓民国政府は独島が韓国の管轄にあると確信している。この事実は地理的にも歴史的にも国際法に照らしても議論の余地がない。

反論A:根拠を示さず、確信とか、余地が無い とかいう言葉を使っても、無意味。


B:世宗実録地理志(1432)の記録には(ウサンド・独島)と武陵島(ムルンド・鬱陵島)はよく晴れた日には互いに肉眼で観察できたと書かれている。鬱陵島の住民は昔から独島が鬱陵島に属すると信じてきた。これは根拠ある事実である。

反論B:その「世宗実録地理志」には、于山島という表現だけで、独島という記述はありません。資料に勝手な注釈をつけて、誤認させようとす行為は、悪質ですね。
なので、于山島=竹島(韓国では独島)という証拠にはなりません。
朝鮮人は、信じれば事実になるとでも思っているのでしょうか


C:世宗 実録地理志(1432)は鬱陵島と独島を武陵島と于山島として記録しており、『高麗史』(1451)、『新増東国輿地勝覧』(1530)、『東国文献備 考』(1770)、『万機要覧』(1808)、その他多数の文書により于山島が独島の昔の名前であったことが証明される。これにより20世紀初めまでの数 世紀間、于山島が現在の独島を指していたことがわかる。

反論C:韓国の古文書では、于山島という名前の島は出てくるが、その位置が明確に示された資料はありません。
また、独島と呼んでいる島が、日本が認識している「竹島」だという根拠もありません。

実は、韓国の地図や文書で、于山島や日本の竹島の位置を明確に示したものは存在しません。


D:この問題は徳川幕府政権が1696年すべての日本人の鬱陵島渡海禁止令を命ずることにより一段落ついた。

反論D:これは、鬱陵島を朝鮮領として認めるということであって、竹島とは無関係です。
それに、安龍福はただの一般人で、李朝の特使を騙って日本へと行ったが、途中で偽者とばれて国外追放されています。


E:日本の明治政府(1868-1912)の国家最高機関である太政官は日本の内務省の島根県の領土整理に関する質問に対して1877年「鬱陵島と独島は日本と関係がない」と指示した。

反論E:これは少々ややこしいので、わかりづらい事情があります。
実は、これ以前の1870年に、日本が自国の領土を調査しています。
それを纏めた「朝鮮国交際始末内探書」の中で、「竹島」と「松島」は張朝鮮領であるという記述があります。

しかし、実はこの竹島や松島が「今の日本の竹島」か?という問題があります。
当時は、航海技術や測量の技術が未熟で、島の位置関係はもちろん、存在しない島も地図に書かれているようなことがありました。そして、朝鮮の技術は非常に低かったのです。

竹島に関しては、その記述内容から明らかに鬱陵島のことだとわかります。
なので、問題は、この 松島=竹島(独島) かということですが、
当時の朝鮮の地図には、鬱陵島と並列してアルゴノート島(実在しない)が書かれており、これを松島(日本の竹島)とした可能性があります。
当時の日本は、竹島を松島とも呼んでいました。
(名前の由来は、竹が生えていたからではありません。日本の、等級を現す 松竹梅 からきています。)

また、鬱陵島には、傍らに竹嶼(島)という小島が存在しています。
(シーボルトの持っていた地図では、鬱陵島が松島、アルゴノート島が竹島になっています。)
だとすると、松島は鬱陵島の傍らに実在する竹嶼(島)という可能性があります。
このように、当時は島名の混乱が激しく、竹島・松島がどの島を指すのか、朝鮮政府にしても日本政府にしても、それだけ島々の把握が十分ではない状態でした。

それでも、サンフランシスコ平和条約をまともに読めば日本領であることは明白なのですが・・・

問題の1877年の文書とは「竹島外一島の件は本邦と関係なしと心得るべし」とした太政官指令文書のことだとおもいます。(画像が不鮮明なので、判断できませんが)
これそして、までの事から、この竹島=鬱陵島です。
問題は「外一島」ですが、これもこれまでの事から、存在しないアルゴノート島であると思われます。

日本が「外一島」含めた理由ですが、これを外すと日本国内で失業した武士等が、入植させろ!と騒ぎかねず、当時の政府としては、内政で手一杯な時に外国と問題を起したくないと思っていたからです。

以上から、この文書は、
「鬱陵島と、朝鮮が言っている、【どこにあるかも判らない島】は、朝鮮のものでかまわない
と言っているに過ぎません。

それ以前に、本当にその外一島が日本の竹島だとしても、
それは日本の領有を放棄=朝鮮の領土 となるわけではありません。

F:大韓帝国は勅令 41号を発表して当時石島(ソクト、現在の独島)を鬱島(ウルド)郡(現鬱陵島)に帰属させた。

反論F:この勅令によって韓国領とされたのは「石島」です。
勅令の内容ですが、
鬱陵島を鬱島と改称し、島監を郡守に改正するの件
第一条:鬱陵島を鬱島と改称し、江原道に所属させ、島監を郡守に改正し、官制に編入し郡等級は5等にすること
第二条:郡守は台霞洞に置き、区域は鬱陵全島と竹島(鬱陵島の北東に位置する竹嶼)、石島を管轄すること

となっています。しかし、石島に該当する島は未だに発見されておらず、存在自体が疑問視されています。
韓国は、この文章の石島=竹島(独島)と主張していますが、その根拠は、
全羅道や慶尚道の方言では石も独も「トク」と呼んでいた。
と言うことだそうですが、根拠としては非常に弱いと思います。

それに、1899年に大韓帝国学部が作成した「大韓全図」にも竹島は記載されていません。
1900年に、なって発見されたというのなら、それ以前の于山島=竹島(韓国では独島)は誤りとなります。

また、その本の中で、「鬱島郡の行政地域は東経130度35分から45分までである」としています。
(竹島はその行政区の外、131度55分にあります。)
ということで、石島=竹島とするには無理があります。


G:議政府指令 3号
1906年、大韓帝国最高意思決定機関である議政府は指令3号を発表して日本の独島併合に対する不当性を指摘し、この問題に対する再調査を指示した。

反論G:調査の成果が示されていません。


H:日本は島根県領40号を通じて独島を併合する。これは明らかな国際法上不法行為であり、どのような場合にも正当化されない。昔から大韓帝国に至るまで韓国が管轄してきた領土を侵略した明白な主権侵害だからである。

反論H:A~Fの主張が正しいと証明されない限り、この主張は意味がありません。


I:1943年アメリカ・イギリス・中国はカイロ宣言を採択して日本が武力で奪ったすべての領土を返還することを要求する。1945年韓国の独立と共に独 島は 韓国の領土として返還された。これは1951年サンフランシスコ条約で改めて確認された。独島は韓国独立後、今日に至るまで終始韓国の管轄下にあった。

反論I:内容に誤りがある。
カイロ宣言(というか会談)は、サンフランシスコ条約の非公式なプロトタイプに過ぎず、国際法上の効力は全く無い。
効力があるのは、調印されたサンフランシスコ条約のみである。
その条約で、連合国は、竹島は武力で奪ったものではなく、日本が無主物として、合法的に取得した領土と認めているので、返還(というか、この時点で韓国の領土だったという主張)は認められない

以上から、Iは、たちの悪い捏造に過ぎません。

J:韓国政府は独島が終始韓国の領土だったという立場に変わりがない。韓国政府は独島問題を外交的交渉や法的決定の対象として見做さず、独島の韓国支配を否定するどのような主張にも強く対応する。

反論J:それを言うのは勝手です。
そして、日本にも同じ事を言う自由があります。


日本の領有の正当性ですが、
1905年:日本は竹島を無主物として判断し、領土宣言をし、世界も認めています。
江戸時代から、竹島の位置を把握して、領土と認識していたのですが、明治政府が世界に公式に宣言する必要を感じた為国境を明確にする為に宣言しました。
これに対して、当時の大韓帝国からは、異議が出ていません。
竹島を領土と認識していたなら、これは不自然です。
これについては、韓国は日本に外交権を奪われたからだと言っていますが、
韓国の外交権が日本に移ったのは1095年11月です。
竹島の編入は同年2月22日なので、抗議はできるはずです。
(実際、韓国は、日英同盟における韓国の地位の件で1905年10月17日に抗議をしています。)

前述しましたが、サンフランシスコ条約でも、竹島は放棄する領土には含まれていません。

http://www.youtube.com/watch?v=bW7BxpUkCoM

「事実に基づいた」客観的な「事実」・・・

質問者様の感想は正しいと思います。
韓国側の主張は↓の通りです。

【独島に関する大韓民国政府の公式的な見解】
http://japanese.korea.net/Government/Current-Affairs/Others/view?affairId=83&subId=233&articleId=1016

これに対して、日本側から↓のような反論をしています。(動画も参照)
どちらを 【事実に基づいた客観的な事実】とするかはおまかせします。


A:大韓民国政府は独島が韓国の管轄にあると確信している。この事実は地理的にも歴史的にも国際...続きを読む


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