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「認識」「判断」の辞書的定義は以下の通りです。

認識:物事を見分け、本質を理解し、正しく判断する事。

判断:物事を理解して、考えを決める事。論理・基準などに従って、判定を下す事。

つまり、「認識」も「判断」も共に「正確」でなければならないと言う事ですよね。正確でなければそれは、認識でも判断でも有り得ない、と言う事。それが辞書が定めるところですよね。

しかし、よく他人の会話を聞いていると「君の判断は間違っていた」「そう認識していたがそれは間違いだった」等と言う発言をよく聞きます。これは日本語としては矛盾が有りませんか?上記の辞書の定義に依ればこれらの文章は日本語的にはおかしいと思うのですが。それとも私が間違っているのでしょうか?御指南宜しくお願い致します。

A 回答 (5件)

あぁ, そういうことね. だとしたら #1 の指摘が適切かな.


つまり, どちらも「主観」であるということ.
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ん?


少なくとも「判断」の方に「正確に」という意味があるようにはとれないんですが....
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この回答へのお礼

物事を「理解」して、「考え」を決める。論理・基準に「従って」判定を下す。
これらには「正確さ」が必然的に伴うと思います。

お礼日時:2008/03/12 20:37

言葉での表現や文章による表現には、限界があります。

貴方には、間違いはないと確信します。例えば、法廷でのやり取りを見ると。「認識」、「判断」に限らずどちらにでも取れるような言葉の表現によって検察官と弁護人がやり取りしているケースがあります。例えば、「証言に思った・・・と言う表現がありましたねっ!?思ったということは・・勘違いの可能性もある・・・故に、明らかな証拠とはならない」、検察と弁護人のドンパチが開始されますから。

曖昧な表現と日本語を使う人が多い昨今です。
「現代人の言葉」に関しては、要見直しと私も確信しています。
貴方の問題意識に私も賛同します。

以前、「一般意味論」という学問があり同様の問題を扱っていました。
参考にして下さい。
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この回答へのお礼

有難うございます。
意味論では駄目でしょうか?

お礼日時:2008/03/12 20:34

すみません。

誤字がありました。

認識
物と語の
 ↓
認識
物事の

と訂正させてください。
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こんばんは。



お持ちの辞書における「認識」の説明は、まずいですね。
「認識」という言葉には、必ずしも、「判断する」や「正しく」という意味は含まれません。
(「その人にとって正しく」という意味で書かれているのかもしれませんが、誤解を招きますね。)


著作権侵害にならない程度に、私の手元の辞書から引用・編集しますと、

認識
物と語の本質を理解し、その物とほかのものとをはっきり見分けること(あるいは、見分ける心の働き)。

判断
(事情を総合して、)物事の是非などを決める(あるいは、確かにそうであろうと考える、あるいは、たぶんそうであろうと推測する)こと。

つまり、
「正しい認識」、「誤った認識」、「正しい判断」、「誤った判断」、
これらは、日本語として間違っていません。
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この回答へのお礼

有難うございます。

お礼日時:2008/03/12 20:33

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