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和気清麻呂が孝謙天皇の勅を奉じて宇佐神宮に使いをしたのは有名です。
どうして伊勢神宮ではなく、はるかに遠い宇佐神宮だったのでしょうか?
伊勢神宮ほど皇室と縁の有る神社はないので不思議です。
宇佐神宮と皇室にどのような関係があるのでしょうか。

よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

 道鏡の弟で大宰帥の弓削浄人と大宰主神の習宣阿曾麻呂(すげのあそまろ)が「道鏡を皇位に付ければ天下は太平になる」という内容の「宇佐八幡宮の神託」を奏上したので、その神託の再確認の為に宇佐神宮へ向かったわけです。

(伊勢神宮を無視した訳ではないのです)

 まあ、政治の中心から遠いため、権力が失いつつあった宇佐神宮側の権力回復の為の、道鏡側に対しての接触が原因でおきた事件ではないかという説もあります。

 ちなみに、宇佐神宮は「応神天皇」「比売大神」「神功皇后」をこの並びで祭っているのですが、存在がほぼ確認されている最古の天皇である応神天皇より、格上の女神(通常は中心に祭られる神が一番格上)と言う事で、「比売大神」を天照大神 or 卑弥呼ではないかとの説があります。(宇佐神宮こそが卑弥呼の墓所であるという説まで…。)

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BD%90% …
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これはトンデモ説のひとつですが、


この時代はまだ伊勢神宮がそれほど重要視されていなかったからではないでしょうか。
古代の儀式(?)か何かから類推すると天皇家の至高神は「タカミムスビ」であって、
アマテラスはその他の一神に数えられていたと考える説があります。
伊勢神宮が重要な地位を示すようになったのは天武天皇の支持基盤が
伊勢地方の豪族(?)で、壬申の乱で功績があったからと考えています。
奈良時代はまだ天武天皇の影響範囲の時代ですから、真に天皇家の祖先を
考えた時、より古く、天皇家の始祖として確実だっ応神天皇になった
ということではないでしょうか。この時代以降も天皇の即位時には
宇佐神宮にお伺いを立てることになって行ったようですし。
以上、話半分でお読みください。
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