三四郎には、「死」の場面が唐突に三回出てくる。
それが、この作品に暗い影をなげかけている、という話を聞いたことがあります。
読み返してみたのですが、
○野々宮さんの家で留守番をしているときに、中央線で自殺がある。
○みね子(ひらがなですみません)といるときに、野辺送りを見る。
の2回しかわかりません。
私の聞いたのがまちがいだったのでしょうか。
どなたか、この説を知っている方、もしくは、もう一箇所の死の場面を教えてくださるかたは、いらっしゃいませんか。

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A 回答 (1件)

その話は聞いたことがありませんが、


「三四郎」にはもう一つ、子供の葬式の場面があります。
三四郎が病気の広田先生を見舞ったあと、
原口の家に行く途中のことです。
やはり唐突にでてきます。

第10章。角川文庫クラシックスではP247ですが、
他の版ではわかりません。
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この回答へのお礼

ありましたねえ。
しかも、一番「死」について、言及してますね。
どうして見逃したんだろう。
ありがとうございます。
もうちょっと、詳しく読んでみることにします。

お礼日時:2001/02/12 12:36

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Q夏目漱石 三四郎 (角川文庫クラシックス)

タイトルの作品で理解できない部分があります。
p216『野々宮さん。ね、ね」「野々宮さん……」「わかったでしょう」美禰子の意味は、大波のくずれるごとく一度に三四郎の胸を浸した。「野々宮さんを愚弄したのですか」「なんで?」』
丹青会の会場で美禰子が三四郎の耳元で何か囁くが、三四郎の耳には届かなかったので、三四郎が後から聞き返した場面です。
ここの一連の意味が分かりません。

なぜ美禰子が三四郎にそう囁いたことが、野々宮さんを愚弄することになるのでしょうか。
また、この時の三四郎と美禰子の心情はどのようなものでしょうか。


p244『広田先生が茶の袴をはいた大きな男に組み敷かれている。先生はうつ伏しの顔をきわどく畳から上げて、三四郎を見たが、にやりと笑いながら、「やあ、おいで」と言った。(中略)「あの流れでいくとむりに逆らったら、腕を折る恐れがあるから、危険です」三四郎はこの問答で、はじめて、この両人の今何をしていたかを悟った。』

ここで二人は一体なにをしているのでしょうか。


以上の2つの場面の解説おねがいします!
一つ目の方は大事な場面でしょうから、理解できなく困っています。
自分の読解力のなさに蒼ざめてしまいます。
どうか助けてください。

タイトルの作品で理解できない部分があります。
p216『野々宮さん。ね、ね」「野々宮さん……」「わかったでしょう」美禰子の意味は、大波のくずれるごとく一度に三四郎の胸を浸した。「野々宮さんを愚弄したのですか」「なんで?」』
丹青会の会場で美禰子が三四郎の耳元で何か囁くが、三四郎の耳には届かなかったので、三四郎が後から聞き返した場面です。
ここの一連の意味が分かりません。

なぜ美禰子が三四郎にそう囁いたことが、野々宮さんを愚弄することになるのでしょうか。
また、この時の三四郎と...続きを読む

Aベストアンサー

 一つ目は、野々宮が原口の後ろに隠れるようにして入ってきた場面からの続き。
 美禰子は新しい時代の都会の女として青春を謳歌していた(明治なので今とはすいぶん違うが)。気軽に男と遊びに出かけるし(明治だから今とはずいぶん違うが)、親しく話もする。
 野々宮はそんな美禰子に魅かれているし、美禰子もそれを知っている。当然三四郎の気を引くような言動もするし、事実三四郎のことを気になっているが、三四郎は戸惑うばかりのキャラしか与えられてないので、二人の中は発展しない。野々宮の知らない男と婚約した自分(美禰子)に、まともに目をあわさないで原口の後ろに隠れるようにして入ってくる。失恋したのだから。その態度がおかしくて
「野々宮さん。ね、ね(野々宮さんの顔ったら、私を本気で好きだったらしいいわよ)」
と言ったのです。

Qイプセン人形の家に於いてリンデ(リンネ)夫人がクログスタットと結婚する場面が何だか唐突すぎてよくわからないです。

イプセン人形の家に於いてリンデ(リンネ)夫人がクログスタットと結婚する場面が何だか唐突すぎてよくわからないです。かつて恋人同士であったとはいえ、、、。劇中の夫人の言葉をそのまま受け止めて良いのでしょうか??ノラを救う為の手段なのかなと思って読んでしまっているのですが。。。

Aベストアンサー

こんばんは。

全くの私見ですが、
リンネ夫人は、かつて恋愛関係にありながら、やむなく別れた
クログスタットが、今、窮地に追い込まれていると知って、
手を差しのべますね。そのおかげで、彼は、幸せを得て真人間になり、
気持ちを変えて、醜い脅迫をやめ借用証書(?)を
返しますが、暴露の手紙は届いてしまいます。
でも、それは、ノラを女性として解放し、男性の人形として生きる
束縛から放たれることを目覚めさせるために、リンネ夫人が
故意にし向けたことのような気がします。
(手紙は返してもらわなくていい、と主張しますよね)
そういう意味では、質問者さまの解釈「ノラを救う為の手段」
でもあったかもしれませんね。


参考までに書いてみました。

Q三四郎2007の使い勝手は?

先日JustSuiteを購入しました。その中に表計算ソフト三四郎2007が含まれています。MicrosoftのOfficeは高価で最新版にもなかなか更新できないので、JustSuiteから三四郎を使ってみようかという気になったのですが、手持ちのExcelファイルを読み込んでみても数式のコンバートができない、ファイル自体が読み込めない、という事態が頻発している状態です。周囲はExcelの利用者が多く、ファイルの受け渡しの機会も多いため、三四郎を使い続けるべきか否か若干迷っています。
そこで三四郎2007や前バージョンを利用されている方にお聞きしたいのですが、Excelに比べてここが優れている、とか、ここが使いやすい、と感じたことはどのようなところでしょうか。また、Excelとの互換性を極力保つために、何か工夫されている点や、小技などありましたらぜひ聞かせていただけると嬉しいです。
 また、もしも三四郎を使っていく際に致命的に不便な点や、絶対に意識しなくてはいけないようなことがあれば、それも聞かせてください。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私は、エクセルと三四郎2007を使っています。
エクセルは2000です。

エクセルと互換性が良いソフトは、Oooでもなく、三四郎でもなく実はKingSoftから販売されているKingSoftOffice2007らしいです。

操作性もエクセルと一緒。(VBAは搭載されていません)

三四郎の致命的な部分は、やり直しが一回だけしかできない。

その代わり、自分の好きなように右クリックメニューを変えたり、ツールバーの中身を変えたりできます。

あと、操作性でわからなければツール→サンプル文章から覗いてみてください。

会社では、エクセルを使い、家では三四郎を使っている状態です。

ツール→オプション→’@’で数式入力するにチェックすると便利です。

エクセルの次にシェアを誇る三四郎らしいです。

Q高校生ってどのくらい勉強するんですか?よければ、高1○時間、高2○時間、高3○時間のように勉強時間を

高校生ってどのくらい勉強するんですか?よければ、高1○時間、高2○時間、高3○時間のように勉強時間を教えてほしいです。お願いいたします。

Aベストアンサー

人それぞれでっしゃろ。

世の中の基本で言うならば

バカは人の2倍
大バカは 3倍
アホは  4倍

それ以下だと思えば寝るとき以外やることですよ。

人と同じで、平均点
が普通の人。

人と同じで、頑張って、上位に食い込むのは
頭のいい人

人と同じ以下で、頑張って平均点の人は
バカ

人と同じ以下で、頑張って平均点以上は普通

人と平均点以下で、頑張って上位に食い込むのは
頭のいい人


みんな、勉強しなきゃ
わからないのは、当たり前。
スタートは一緒。

だから、
勉強というのは、
ただ、頭がいい。

と言うわけではない(天才、秀才は別)

勉強頑張るのでさえ、
継続の力、努力の力、

それも、頑張れないのに
部活だ、なんだ、
何があってもやめません!がんばります!

なんて、
馬鹿げてると思いますよ。


なんで、質問の答えとして

高校① 4時間
高校② 5時間
高校③ 6時間


まぁ、ここまで書いといて
あれですけど、

ぶっちゃけ5分でも
いいと思います。

わかっちゃえば。

この解るまでの時間が、
人によって違うだけのことですから。

塾とかでも

さまざまな解き方を教えてるだけで、

あなたの頭を鍛えてるわけではないです。

10✖1=?

これが、とけるか、とけないか、
です。

意味がわかってるからこそ、
ふざけてんのか?

って、言うかもしれませんが、
小学生に言ってわかります?

もし、独学で努力してるならわかりますね。
そういう人が、上に行けるだけです。

努力しても、わからない人がいるのも確かですが、

わからない

だけですから。
解けないわけでは、ないですよね。



高校の問題でもなんでも、

頭がいい人は、そう思ってますよ。

人それぞれでっしゃろ。

世の中の基本で言うならば

バカは人の2倍
大バカは 3倍
アホは  4倍

それ以下だと思えば寝るとき以外やることですよ。

人と同じで、平均点
が普通の人。

人と同じで、頑張って、上位に食い込むのは
頭のいい人

人と同じ以下で、頑張って平均点の人は
バカ

人と同じ以下で、頑張って平均点以上は普通

人と平均点以下で、頑張って上位に食い込むのは
頭のいい人


みんな、勉強しなきゃ
わからないのは、当たり前。
スタートは一緒。

だから、
勉強というのは、
ただ、頭がい...続きを読む

Q表計算ソフト三四郎で漢字が打てません

表計算ソフト三四郎バージョン8/R.2で
半角英数しか受け付けてもらえません^^;
漢字を打つ時は別のソフトからコピーペースト
しなければいけないのですが
三四郎は漢字は打てないのでしょうか?
三年間ずっとです助けてください

Aベストアンサー

>ところでATOKとMS-IMEってどういった違いがあるのでしょうか^^;
やはり、製造メーカーの違いと、ソフトによってはATOKのみで使える場合の違いがあると思います。
同じ文字入力ソフトですが、MS-IMEはマイクロソフト社製で、ATOKはジャストシステム社製です。
そして、キーの操作方法も違いがあります。
ほぼ共通性はあるのですが、漢字変換のキーの役割が違ったりします。
その場合には、操作方法の設定を変えることで、
ATOKでMS-IMEのキーの操作方法に設定を変えたり、
MS-IMEでATOKのキーの操作方法に設定を変えることは可能です。

今回の場合、三四郎8という古いタイプ(確か一太郎8か一太郎10の時代かと思いますが)のソフトですから、
ATOKには対応していても、MS-IMEには対応してない可能性は高いです。
ちなみに、現在販売されているジャストシステムの表計算ソフトは、三四郎2005だと記憶してます。

一般には、表計算ソフトといえば、マイクロソフト社のExcelが普及しているので、ロータス1-2-3や三四郎はバージョンの更新が少ないです。

>ところでATOKとMS-IMEってどういった違いがあるのでしょうか^^;
やはり、製造メーカーの違いと、ソフトによってはATOKのみで使える場合の違いがあると思います。
同じ文字入力ソフトですが、MS-IMEはマイクロソフト社製で、ATOKはジャストシステム社製です。
そして、キーの操作方法も違いがあります。
ほぼ共通性はあるのですが、漢字変換のキーの役割が違ったりします。
その場合には、操作方法の設定を変えることで、
ATOKでMS-IMEのキーの操作方法に設定を変えたり、
MS-IMEでATOKのキーの操作方...続きを読む

Q「三四郎」に頻出する stray sheep とは

「三四郎」に頻出する stray sheep とは、その直接意味するところはわかるのですが、なぜミエコが脈絡もなくその語を口走るのか、理解できません。菊人形を見に行ったとき、またそのあとで、また教会をでてきたあとでも言います。

Aベストアンサー

 #1です。ずいぶんお褒めにあずかりまして恐縮しています。それにしても、はたして正解がお答えできるものやら。

 その前に、美禰子という名前の読み方ですが、昭和2年に春陽堂から発行された明治大正文学全集の夏目漱石編の中に掲載された「三四郎」では「みねこ」とルビが振られています。漱石は中国四国地方にことに親しみを持っていたといいますから、山口県の美禰市からその美しい文字と響きがヒロインにふさわしいものとのイメージを抱いたのではないでしょうか。

 さて本論.....ですが、最後に読んだのはもうずいぶん前のことですので表現が正しいか、あるいは考え方や理解の仕方がそれでいいのか、ちょっと自信がありません。でも、わりによく覚えている方だと思っていますので、わたくしなりの解釈で答えさせていただきます。できればどなたか、正しいご解説をいただけたらなあと思います。

 物慣れているというのではない、しかし、古くからの知人のように自然.......、それが三四郎が初めて野々宮の妹よし子の病室で出会ったときの美禰子の印象でした。そして、廣田が借りた新居での掃除のシーン、美禰子はウブな三四郎にさも意味ありげに振舞います。こうして、三四郎は廣田の住まいの「訪問理由の第三は大分矛盾している、自分は美禰子に苦しんでいる、美禰子のそばに野々宮さんを置くとなお苦しんでくる」と思い始めます。そんな三四郎が、ある日美禰子にお金を借りに行きます。女は知らぬ顔をして、向こうへ回って鏡を背に、三四郎の正面に腰を下ろして言います、「とうとう入らしった」。こうして三四郎は美禰子が張り巡らせた蜘蛛の巣に見事に絡め取られてしまいます。

 美禰子は会堂(チャーチ)の中に居ます。かつて美禰子と一緒に秋の空を見たことがあった。ところは廣田先生の二階であった。田端の小川の縁に座ったこともあった。その時も一人ではなかった。迷羊(ストレイシープ)、迷羊(ストレイシープ)、雲が羊の形をしている........、三四郎は賛美歌の合唱の中に美禰子の声を認めます。

 突然会堂の戸が開いた。寒いと見えて、背をすくめて、両手を前で重ねて、できるだけ外界との交渉を少なくしている。この光景はまさにその時の美禰子の心象そのもの......なのでしょう、己が罪の重さ。

 女はハンカチを三四郎の前で振ります。以前、三四郎がなにも知らぬまま適当に手にして美禰子に勧め、「それにしましょう」とすぐ美禰子がきめたヘリオトロープの香り。「結婚なさるそうですね」、女はややしばらく三四郎をながめたあと、聞き兼ねるほどのため息をかすかに漏らしてから、聞き取れないぐらいの声で言います、「われは我が咎を知る。わが罪は常に我が前にあり」。

 終始三四郎の心をもてあそんだ美禰子だったのか、それとも美禰子は本当に三四郎を愛していたのでしょうか。野々宮の存在、フィアンセの存在、結婚がきまっていて、それでもなお、若い男の前で思わせ振りにハンカチを振る女、いえそうじゃない、あれは彼女なりの決別の振舞いだったのかも.......、答えはどこにも書いてありません。でも、美禰子自身よく分っていたようです。それはまさに「われは我が咎を知る。わが罪は常に我が前にあり」。

 前にも書いたように、明治という時代にあって、当時は当然のこととされていた、女性は一歩控えて男性に従属する....などという習慣にはこだわらず、知的な男性たちと互角に渡り合って、伸び伸びと自由奔放に生きる美禰子。

 それなのに、「ここ鍵を置いて行きます、あとのことは女中が心得ていますわ」(ヨーロッパでは主婦の鍵という習慣があって、夫から渡された鍵を持っているかぎり、妻は夫と同等の権利を保証されていたのです、それすらも放棄して)と家庭を後にして自分に忠実な人生を選んだ「人形の家」のノラのようなところまでは到底踏み出すことが出来ない旧弊な明治時代に生きる女美禰子。結果的にすべて「かりそめの恋」程度に終始してしまって、自分でも自身の心や行動に満足していない。こんなに、どんな面にでも優れた自分なのに、そんなはずはない.....と思う、だからこそ美禰子はストレイシープ。
 
 彼女のことですから、ストレイシープという言葉や、その意味や出典は早くから知っていたことでしょう。廣田から教えられたことかも知れず、会堂(チャーチ)での説話に出てきたのかもしれない。
 また、ご質問にお書きのようにクリスチャンであるフィアンセからということもたしかに考えられます。でも、三四郎と美禰子のはかない恋のキーワードが一貫してこのストレイシープという言葉。漱石はこのストレイシープという言葉を先に思いついていて、美禰子のラヴプレイのキーワードにしたのではないでしょうか。そう考えると、美禰子が将来の夫の影響を受けていたというのはすこし矛盾するように思いますが。

 そして、美禰子がふと漏らすストレイシープという言葉、自分の心の苦しさをふと漏らしてなのか、それとも、まだまだ三四郎に思わせ振りにと.....、これも分りません、受け止め方はどちらでも成り立ちますから。それでもなお、美禰子がストレイシープであったことだけは彼女自身も知っていたのです。

 ドキッとさせられるのは、原口の絵「森の女」が展示された展覧会に、美禰子は、なんと.....夫に連れられて....やって来ます。そんな美禰子が結局は、もう迷うことのない、一番安定した美禰子.....だったのでしょうか。

 残念ながらこれ以上は分りません。この「三四郎」、「草枕」などもそうですが、子供の頃から何度も読んで、その度に違ったものを読み取ってきたものでした。今度もう一度読み直したら、もっとはっきり理解できるかもしれませんけれど。

 #1です。ずいぶんお褒めにあずかりまして恐縮しています。それにしても、はたして正解がお答えできるものやら。

 その前に、美禰子という名前の読み方ですが、昭和2年に春陽堂から発行された明治大正文学全集の夏目漱石編の中に掲載された「三四郎」では「みねこ」とルビが振られています。漱石は中国四国地方にことに親しみを持っていたといいますから、山口県の美禰市からその美しい文字と響きがヒロインにふさわしいものとのイメージを抱いたのではないでしょうか。

 さて本論.....ですが、最後に...続きを読む

Qさとう珠緒と相田翔子、彼女にするならどちらですか?

私は相田翔子です。
さとう珠緒は誰にでも愛嬌をふりまくので、
彼女にしたら気の休まる暇がなさそうです。
その点相田翔子はもう少し節度がありそうです。

Aベストアンサー

私も相田翔子さんですね。しっかり者のイメージがあるし、何かすごく恋人に対し気配りができそう。さとう玉緒さんは、子供がそのまま大きくなったという感じが否めないし、alfa146tiさんと同じで、何か疲れそうな感じがします。

Q三四郎(夏目漱石)について

こんばんは。

三四郎を読み終わりました。私は美禰子はきっと野々宮を好いている
のだろうと思っていました。が、ネットでいろいろ見ると、美禰子が
好いていたのは三四郎だと思う、という意見が圧倒的でした。

・・・どっからそんな風に思えるのでしょうか?

すいません、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 美禰子が「好いていた」という表現でいいのかどうか......、美禰子は野々宮にも三四郎にも「興味を抱いていた」のではないかと思うからです。
 美禰子は、周りの男性には誰にでも自分をアピールしています。野々宮にも三四郎にも、いえ、廣田にも與次郎にさえ。

 美禰子は当時の時代の大半の女性とは大きく違います。裕福な家庭に育った娘であり、美貌であり、知的であり、実際に当時ではエリート層と見なされていた帝大の学生にも伍して余りあるほどの教養を身につけています。「Man is akin to love」と綺麗な発音で口ずさむぐらいの......。ですから、つまり自分に自信があります。

 そんな 美禰子ですから、男性が自分に対して憧れの念を抱くことを期待します。相手がそこのところに気がつかないなら、進んで視線を自分に振り向けようとします。「これは椎」などと。

 野々宮は学究、つまり知的レベルが高い科学者(野々宮=あの寺田寅彦なんですけれどね)ですから、美禰子もそれなりの態度で接しますし、モデルとして絵に描き移す画家の原口には計算された女の面を見せようとします。そんな美禰子ですが、こと三四郎に対しては一段高いところから、姉のような態度で接しています。「これ、全部お使いなさい」と貯金通帳を手渡すなどもそのひとつでしょう。

 あの時代にあって、こんな美禰子ですから、今で言えばスッ飛んだ女性....、廣田に言わせれば「乱暴な女」ということになってしまうけれど、一歩控えて男性に従属することなく、互角に渡り合って、羽根を精一杯広げて、伸び伸びと自由奔放に生きる新時代の女性像、それが美禰子............

 .......と言いたいのだけれど、実はそんな美禰子もやはりある面では旧弊で保守的なものを持つ女性。好ましい男性たちに囲まれ、知性を誇り、ウブな三四郎には媚びを見せてまでして心を引寄せ、何人もの男性たちの憧れの視線の中心に生きていながら、それでいて、誰ひとり、一歩進み出て心のままに芯から好意を寄せることができない。

 イプセンの戯曲「人形の家」のノラをはじめヨーロッパの文学の中に登場する女性たちのように、自由奔放に自分の人生を見つめ、思うままに愛を育む......そこまでは出来得ない美禰子、そして結局は平凡な生活を求めてごく平凡な銀行家との結婚を決意してしまう。

 美禰子はいったい誰が一番好きだったのか......、それは美禰子にも分らなかったのではないでしょうか。だからこそ美禰子自身がある時ふとつぶやいたように「ストレイシープ(迷える仔羊)」だったのでは......。

 「三四郎」は何度か読みましたが、今ここにこの一冊があるわけでもないので、細かいところで正確かどうかは自信がありません。
 しかし、こんな、女性なら誰もが持っている驕慢さを見事に掘り出しながら、それでいて、明治という時代の中で奔放さと保守性のそのはざまで揺れる女性の心理も.....と、こうしてひとりの新しくて旧弊な日本女性の像を浮き彫りにした....男性の....漱石、その点では諸外国の文学を上回るシチュエーションの奥行きを感じさせてくれる「三四郎」、名作だと思います。

 美禰子が「好いていた」という表現でいいのかどうか......、美禰子は野々宮にも三四郎にも「興味を抱いていた」のではないかと思うからです。
 美禰子は、周りの男性には誰にでも自分をアピールしています。野々宮にも三四郎にも、いえ、廣田にも與次郎にさえ。

 美禰子は当時の時代の大半の女性とは大きく違います。裕福な家庭に育った娘であり、美貌であり、知的であり、実際に当時ではエリート層と見なされていた帝大の学生にも伍して余りあるほどの教養を身につけています。「Man is akin to love」と...続きを読む

Q『三四郎』についての本

解説、評論、研究、あるいはエッセイ、雑文の類でもかまいません。
夏目漱石『三四郎』について書かれた本で、お薦めのものがあったら教えてください。

夏目漱石全般についての本は多々あると思いますが、それらは漱石を一通り読んでからにしたいと思います。(いつになることやら)
『三四郎』だけで一冊というのは少ないかもしれませんが、『三四郎』で一章を成しているとありがたいです。

難易、軽重は問いません。
心当たりのある方、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

あまり現物を見ずに本を買った経験がないので、コメントするのがむずかしいな、と思いつつ何点か補足を。

・翰林書房「漱石研究」について

所属の図書館で定期購読しているので、バックナンバーを探してみたのですが、当該の号はちょっと見あたりませんでした。
いい雑誌だと思います。
それでも、雑誌というのは、どうしても本に較べて分量は限られます。一号の、それもひとつの論文だけ取り出して、読んでおもしろい、あるいは、なんらかの参考になる、というものではないのではないかという気がするのです。
こうした雑誌は、定期購読しながら、連載を読んだり、あるいは適当におもしろそうなところを拾い読みしながら、ああ、この人はこんなことを考えているのか、それではこの人の本を読んでみよう、という性格のものだと思うんです。おそらくこの雑誌の中だけで完結した論考はないでしょう。
そういうことを考えると、この雑誌一冊に\2,400払うのはちょっともったいないかなー、と思います。
むしろ、それくらいなら発行人である小森さんの評論を読んだ方がいいかな、と思います。ちくま新書から出ている『漱石を読みなおす』あたりはいかがでしょうか。個別『三四郎』からは離れるのですが。

・その他の評論に関して

漱石の評論はそれこそ山のようにあって、たとえばアマゾンで検索しても、ずいぶん出てきます。
で、ですねぇ。
やっぱり質問者さんには、お忙しいかと思いますが、本屋にいらっしゃって、現物をお手にとって、ご自身に馴染まれるものを探していただきたいと思うのです。やっぱり、本を読むというのは、そこから始まっているかな、と。

たとえば漱石評論の有名どころでは、柄谷行人を上げていませんし、比較的最近出た丸谷才一も上げていません(理由を書き出すと大変長くなるので省略)。
けれども『闊歩する漱石』がおもしろそうだ、と思われたら、ぜひお読みくださればいいんです。

なんというか、本はアタリもあればハズレもあります。ハズレを何回も引くうちに、初めて自分の好み、みたいなものがわかってくるのだと思うんです。たぶん、本を読むということは、知らなかった自分に出会うことでもあると思うので、どうか、本を読むのがおきらいでなければ、ハズレ覚悟でいろいろな本に手を出してみてください。

・内田百閒について(「閒」辞書登録させていただきました。ありがとうございました)

講談社の全集で百閒を読んだのは、実家にいた時期なので、かれこれ十年以上前のことになります。したがって多くはそのタイトルと内容が一致しません。手元にある数冊は、古本屋をめぐって集めた旺文社文庫が中心ですが、いまは筑摩から再刊されているんですね。

これは純粋に私の感想なのですが、百閒という人は、内側に地獄を抱えた人だったと思います。
ひょうひょうとした側面、あるいは、元祖「テツ」(笑)、おからにはワインと断言する趣味人、といったの側面が今日ではむしろ強調されていますが、それだけではない、内面の深い闇をうかがわせる作品がいくつもあります。百閒の作品の中には、モダンホラーとしかいいようのないような一連の作品群がありますが、それらはそうした闇の部分から生まれたものであると私は思っています。中でも自殺直前の芥川と過ごしたことを描いた『河童忌』などは、読んでいて鬼気迫るものがある。

漱石の『坊っちゃん』をユーモア小説とはどうやっても読めないように、百閒を“ユーモラスな味わいをもった作家”とする評価にはどうしても馴染めないのです。
その作品を折に触れ読み返しつつも、百閒は、私にとっては大変に怖ろしい作家でもあります。
なお私が持っている河出のアンソロジーには、『漱石遺毛』『漱石先生臨終期』ほか、『漱石先生の書き潰し原稿』『漱石山房の元旦』『寺田寅彦博士』など三十編の随筆が編まれています。

・もうひとつ追加

『三四郎』とはどんどん逸れていって申し訳ないのですが、『坊っちゃんとその時代』というマンガがおもしろかったのを思い出しました。
マンガなので、フィクションの部分もかなりあります。ドイツから鴎外を追ってきたエリスと二葉亭四迷が話をする場面など、そりゃないだろう、と思ってしまうのですが、一方、漱石山房の雰囲気など、確かにああしたものであったのかもしれない、と思わせるような説得力があります。こんななかから「三四郎」のイメージが生まれてきたのかなぁ、と思った記憶があります。
あと、この人の描き出した啄木像は秀逸。もし興味がおありでしたら。
原作者の関川夏央はこのあと『二葉亭四迷の明治四十二年』という本を上梓していて、これまた大変おもしろい。って言い出したら、坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』も上げたくなっちゃうんだけど、まぁここらへんは漱石を生み出した明治という時代に興味をお持ちになったら、ということで。

あまり現物を見ずに本を買った経験がないので、コメントするのがむずかしいな、と思いつつ何点か補足を。

・翰林書房「漱石研究」について

所属の図書館で定期購読しているので、バックナンバーを探してみたのですが、当該の号はちょっと見あたりませんでした。
いい雑誌だと思います。
それでも、雑誌というのは、どうしても本に較べて分量は限られます。一号の、それもひとつの論文だけ取り出して、読んでおもしろい、あるいは、なんらかの参考になる、というものではないのではないかという気がするの...続きを読む

Q三四郎の?な文

三四郎の一にこういう文章があります。
――――――――――――――
すると男が、こう言った。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだ」
 この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った。
――――――――――――――――――――
でお尋ねしたいのが
(1)なぜ
  日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだ
  なのですか?
(2)なぜ 
 三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした
 のか?
(3)なぜ
 自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った
 のか?
ぜんぜん判りません。
40年間考えつづけていますが未だに?です。

どなたか,考えをお聞かせください。

Aベストアンサー

こんにちは。
全くの私見ですが、

> (1)なぜ日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだなのですか?

日清、日露と勝ち進んでいる日本を、三四郎は
「今後益々発展する」と言っていますが、男は
「亡びるね」と言っています。
男は、富士山以外に自慢するもののないこの国を
愛国心にかられて弁護しても(贔屓しても)
この先、発展するとは限らない、冷静に将来を見据えなければならない
と、当時、がむしゃらに軍国主義へと突き進んでいく日本を
憂いての発言だと思います。そしてそれは先見の明があったと
言えましょう。

> (2)なぜ三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがしたのか?

熊本には、このような大胆な発言をする者はいなかった。
こんな事を言ったら、なぐられるか、国賊扱いさえされかねない、
三四郎は、まさに、狭い田舎を出て、思いも寄らないこうした意見の聞ける、
広い世界に出てきてことを実感したのではないでしょうか。

> 3)なぜ自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟ったのか?

三四郎は、熊本においては、おそらく非常に卓越した頭脳の持ち主で、
自信もあり、それ故、大志を抱いて、東京に勉学に来る訳ですが、
すでにその途上で、このように熊本では得られない、
想定外の思想と出会い、見聞を深める体験をする。
いかに自分は、熊本では少ない知識と狭い了見で世渡りしてきたものか、
それではフェアじゃない(卑怯な態度)だったと、
自ら悟った、ということではないでしょうか。

参考までに書いてみました。

こんにちは。
全くの私見ですが、

> (1)なぜ日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだなのですか?

日清、日露と勝ち進んでいる日本を、三四郎は
「今後益々発展する」と言っていますが、男は
「亡びるね」と言っています。
男は、富士山以外に自慢するもののないこの国を
愛国心にかられて弁護しても(贔屓しても)
この先、発展するとは限らない、冷静に将来を見据えなければならない
と、当時、がむしゃらに軍国主義へと突き進んでいく日本を
憂いての発言だと思います。そ...続きを読む


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