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高校3年になる者ですが、創世記について調べています。
創世記について分かりやすい解説や、読んだことがある方は、感想を頂けたら大変嬉しいです。。創世記の中の心に残る話や感心した話などについて、教えて頂きたいです。どうかお願いします。

A 回答 (4件)

私は失楽園の箇所が心に残りました。



作者はどのような気持ちで、この作品を作ったのか?

人は絶対を知ることはできない。
何をいつどのようにすればいいのか、わかることと、わからないことがある。

わかることなら事前に対処して、危険を回避すればいいし、また、そうなるとわかっていれば、それをやれば希望は実現するに決まっているので、困ることは無いわけです。

例えば、スクランブルエッグはどうすればできるか、目玉焼きはどうすればいいかわかるので、「今日は目玉焼きを食べよう」と計画すれば、やり方を知っているので、希望通りのものができ、望みは満たされる。

でも、わからないことも沢山ある。

自分で熟考えたすえやったことですら、悪い結果になることもある。

いっそ、何もかも上の人が決めて、下のものはその命令通りに動いていれば、上の人が言うことが絶対となり、上の人が考えればいいことで、自分は考えることを一切せず、言われるがままのことをしていた方がどれほど楽か。

どうすれば、考えることを放棄する世界に行けるのか?
絶対的な真理の君主がいさえすれば、その人が間違うわけないので、その人の言いなりになっていれば、幸福なはずだ。

創世記ができた時期は、バビロン捕囚以降だとされています。
栄華を誇っていたイスラエル王国は、北と南に分裂し、北はアッシリアに捕囚され、南はバビロニアに捕囚される という事件が起こった。

南のユダ王国は、イスラエル王国から独立してできた国です。
北が山を神として崇めているのに対して、神殿を作り、そこで宗教行事をしていた。
ソロモン王の出現で、栄華を極めていたのに、ソロモン以降、内乱が続き、あげくに内乱で統一思想ができずに、バビロニアに破れ、支配階級の人たちは、バビロニアに連れていかれ、そこでバビロニアの繁栄の力として徴用された。

バビロニアはエル、バアルなどを神として信仰していた。
彼らの我が主という意味で使っていたエルをユダヤ人も使うことになったわけです。
神のことをエルと彼らが呼ぶのは、バビロニアに住んでいた時期があったからだと思えます。

で、つれていかれた人々はバビロニアで、そこそこの地位に着いていたが、どうしても日本人がアメリカの議員になってアメリカのために尽くすような違和感があり、自分はアメリカ人なのか、日本人なのかと悩むように、悩んだと思えるんですね。

それで自分は何者か?と作者は悩み、自分はアメリカ人じゃなく、日本人であり、日本の国に貢献したいと考えるように、バビロニアにいながらも、心はイスラエル人だ となったのではないかと思います。


では、何故イスラエル人なのに、バビロニアに飛ばされたのか?
実は栄華を極めたソロモンはバビロニアの神々も崇拝していた。

このイスラエルの神は「妬み神」とされるんですね。
(聖書に 私は妬む神である と書いてあります)

それで、イスラエル人を選んだ神は、他の神を崇拝したイスラエル人に罰を与え、バビロンに捕囚させた という理屈ができたわけです。

キリスト教の原罪とは、「神のいいつけを守らなかったこと」です。
アダムとエヴァは、神の農場に住んでいたのですが、神は「どの食べ物も食べてはいいが、知恵の木の実だけは食べてはならない。」と言いつけたのですね。
「もし食べると死ぬことになる。」
二人は神を信じていたので、そのいいつけを守っていたんです。
つまりその言いつけをした神を信仰していたってことですね。


ところが、蛇がエヴァに「その実を食べたら目が開く」と諭したんです。
「神様はこれは危険な食べ物で、食べたら死んでしまうから、食べては駄目だといいました。」と返すのですが、「食べたからといって死ぬことはない。神のようにわかるようになる。」と答えた。

それで、この蛇の言うことを信じて(信仰して)食べたんです。
すると、いろいろなことが明らかになった。
今までわからなかったことが、わかるようになった。

アダムにも薦め、アダムも食べたところ、やはり目が開いた。
二人は身にまとっていない つまり 無知だったことを恥ずかしいことだという認識になった。

そこに神がやってきて、彼らが無知を恥ずかしいことだと知ったことを知ったわけです。

アダムとエヴァに自分は無知だ自覚させた蛇を神は呪い、自分ではなく蛇のことを信じたアダムを呪い、エヴァを呪った。

そして、彼らを神の農場に置いておけなくなり、追放した。

それ以降、アダムは必死になって食料を捜し求めなければならなくなり、エヴァは神と同等の生命を誕生させる者となった。
エヴァって生命という意味が語源。

それまではアダムは額に汗して働く必要がなく、エヴァは生命を誕生させることも無かった。

知恵の木を実を食べたために、労働の悦び、生命誕生の悦びを知る有識者となったわけです。

その有識者となった代償に楽園を追放されたわけで、バビロニアの神の力の増強に力を貸していたわけですが、所詮 別国に貢献しており、自分達を選んだ神は、バビロニアの神じゃないので、神の元に帰ろう 考え、アイデンティティーの目覚めとともに、ユダヤ教ができたのではないか と思えます。

それまでも宗教はあったのですが、ユダヤ教が形を形成しだしたのは、バビロニア捕囚以降だと思えます。

で、放蕩息子の帰還 などの作品ができてきて、外に出されたのには意味がある 神はそれを知らせるために、バビロニアに捕囚させたのだ とか そういういい方にいい方に考えたのではないかと思います。

逆境をも自分の成長のために必然だったという考えじゃないかと。
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創世記1:1「初めに神様が空と地を創造された」。

ヘブライ聖書には1:1が七つの単語で出来てあります。7という数字は完璧を表す数字でイスラエルに与えられた標的であり、異邦人を表す数字は10です。 ヘブライ語「トフ バボフ」は既に大きな災いが一回あったのであり、その後の状態が1:2の状態である事を表します。即ち、今の空と地の創造は1:2からなのです。神様は2:16~17で「園の全ての木から出る物を貴方は値無しに食べれるけれども、善と悪の知識の木から出たものは食べてはいけません。貴方がそこから出たものを食べる日には必ず死にます」。ここで、アダムは永遠の命を持っていた事が分かります。2:16~17の御言葉が3:2~4で「園の木々の実は食べれるけれども、園の中央にある木の実については神様から‘貴方達はそれを食べてもいけず、触ってもいけない。もしかしたら死ぬかも知れない’と言われました。」と変わってあります。{(1)値無しが削除された(2)食べてもいけないが付け加えられた(3)必ず死ぬが、もしかしたら死ぬかもしれないに変改された}(1)値無しに誰にも与えられるのが神様の賜物である永遠の命です。ここにある代価を求める人は狼です。「ほしい者は誰でも命の水を値なしに飲みなさい啓示録22:17」。御言葉を削除するのは旧約でも新約でも犯罪行為です。申命記4:2、啓示録22:19。(2)ヨセプスミスはモルモン経を、マホメットはコランを、カトリックは外経を、ユダヤ人はタルムドを、教皇は彼らの私的解釈を聖書に付け加えました(3)エホバの証人は地獄を墓に、カトリックは地獄を煉獄に、共同訳は地獄を陰部に、浸礼を霊的な生まれ変わりに、物質的パンとワインをキリストの霊的体に変改してしまいました。人間が犯した最初の罪は御言葉を削除、付け加え、変改した事でした。木の実が永遠の命をもたらすのか?エゼキエル47:12、啓示録22はそうだと言われます。創世記3章に出る木はオリブ、イチジク、葡萄、トケ、茨の木であります。この中に命の木も善と悪の知識の木もあります。詳しく説明するには長くなるので、ここで終わりにしたいと思います。
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>創世記の中の心に残る話



ベタな話に弱いので、
ヨセフという人の家族再会の物語ですね。
浄瑠璃とかでやったら、もう。
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>創世記について分かりやすい解説



「手塚治虫の旧約聖書物語 1話1/3 」
「Noah's Ark - The True Story 1/6 」
をお勧めします。
ユーチューブで検索してみてください。

個人的には「ノアの箱舟」の話が好きです。
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