八紘一宇という言葉について、戦前の日本が侵略の正当化に使った、という説明がある一方で、人種差別撤廃やユダヤ人救出につながっていった主張だった、という肯定的・積極的評価もあります。語源や、われわれにとってどのような意味を持つのか勉強したいので詳しい方、よろしくお願いします。

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A 回答 (9件)

ユダヤ人を助けたのは杉原千畝が有名ですが、実は初めてユダヤ人を助けたのは樋口季一郎だったようです。


更に小林よしのり氏によると、今ではあまり評判の良くない東条英機や松岡洋右も八紘一宇に従って国の方針としてユダヤ人を助けたそうです。まぁ私が下手な説明をするより読んで判断してみたほうが良いでしょう。
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八紘一宇は、世界平和や正義と同じで、どのようにも考えられて利用できる言葉なので、当時の個人の考え方やとらえ方によると思います。




古い考えでは、天皇が世界支配するとも考えられますが、天皇の意思を伝えるという間接的な考えや、世界は一つという考えもあり、全部の日本人が他国を侵略して天皇による世界の支配とだけとは考えられず、国策の推進にも、人種差別の否定にも利用されて、白か黒かで判断はできないと思います。

ユダヤ人の保護については五相会議により決定されて、ドイツとの関係を考えれば否定もできた状況でした。
日独防共協定が締結されてからも、樋口季一郎はユダヤ人差別の否定をする活動をしてドイツから抗議がありましたが、東條英機は擁護して、東條英機は数千人のユダヤ人の保護を許可しました。

太平洋戦争中も、ユダヤ人の殺害と強制労働をドイツが希望しましたが、日本は拒否しています。

八紘一宇によるアジア解放も、ユダヤ人保護も、日本や戦争を推進するためにも、人種差別の否定にも利用されたと思います。
日中戦争でも、八紘一宇の考えにより侵略をしたというより、防衛という現実的な問題から戦争が開始されたため、アジア解放と同じく、戦争推進のために、あとから理由づけのために八紘一宇という言葉を当てはめて使用して聖戦とした面があります。

世界平和や正義と同じく広い考えを持つ言葉で利用しやすい言葉だと思います。
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語源:


日本書紀 巻第三
---------
然後、兼六合以開都、掩八紘而為宇、不亦可乎。
[然りして後に、六合(くにのうち)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)にせむこと、亦可(よ)からずや。]
---------
さらにこれらの用語は中国の文献からの引用と考えられます。(「日本書紀(一)」岩波文庫、P239註一四、一五)

「掩八紘而為宇」が「八紘一為」あるいは「八紘一宇」という四文字熟語にされたものです。
もともと武力による国内統一を主題とした脈略ですが、世界的規模で解釈すれば世界の武力征服の思想に結びつきます。
幕末(1820年代)の佐藤信淵「宇内混同大論」には、すでに日本書紀をもとにした対外膨張思想がみられます。
「宇内混同秘策」 佐藤信淵 文政六年(1823年)著 大同館書店 鴇田恵吉校註 昭和一二年七月一日発行 
---------
P47:
皇大御國(すめらおほみくに)は、大地の最初に成れる國にして、世界萬國の根本なり。
故に能く其根本を経緯するときは、則全世界悉く[ことごとく]群縣と為すべく、萬國の君長皆臣僕と為すべし。
謹て神世の古典を稽(かんがふ)るに、「所知青海原潮之八百重也」とは、皇祖伊邪那岐(いざなぎ)ノ大神の速須佐之男(はやすさのを)ノ命に事依(ことよ)さし賜ふ所なり。
然れば則ち産霊の神教を明らかにして、以て世界萬國の蒼生(*1)を案ずるは、最初より皇國に主たる者の要務たることを知る。

(*1) 蒼生は、「あをひとくさ」と訓じ、人民のこと。

P55-56:
凡そ他邦を経略するの法は、弱くして取り易き処より始るを道とす。
今に當て世界萬國の中に於て、皇国よりして攻取り易き土地は、支那國の満州より取り易きはなし。
何となれば、満州の地、我日本の山陰及び北陸・奥羽・松前等の地と海水を隔て相対するもの凡八百余里、其勢ひ固より擾(みだ)れ易きことを知るべきなり。
---------

「宇内混同秘策」の解説で鴇田恵吉はこう述べています。
---------
信淵は..<一部略>..大和民族の民族性たる生々発展主義と、日本建國の理想たる八紘を掩[お]ふて一宇となすの精神に基き、これを五代に亘たつて陶煉せる家学によって組織化し、以て宇内混同の大論を草したのである。
前掲書 P28
---------

以上のように、「八紘一宇」は民族には直接関係ありませんが、近代日本では大概膨張、すなわち侵略と密接な関係がある言葉であることは否めません。
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この回答へのお礼

 丁寧な引用・解説、ほんとうに有難うございます。かゆいところに手が届くような解説でした。

 近現代史は、ほんとうに奥が深いのですね。

 勉強したい!という気持ちは強いのですが、毎日の仕事が忙しくて、なかなか勉強できません。それで、安直に新聞やTVの解説を鵜呑みにして、わかったような気になっていました。

 時間が無くて、勉強がなかなかできないのは仕方ないにしろ、自分の気に入ったマスコミの論調を鵜呑みにすればいいというような、簡単な問題ではないということを痛感しました。

お礼日時:2001/02/19 14:36

 東京書籍の日本史教科書と西尾幹二の国民の歴史を両方。

世界とサピオを両方。朝日ジャ-ナルと週刊ポストを両方。ロイタ-電ニュ-スとCNNを両方。宇野正美氏のユダヤ解説本。等々 あとさいとうたかお氏が書いてる大宰相という劇画は、とてもリアルに戦後政界史 が描かれてます。小林よしのり氏の台湾論や戦争論は、読むとそれなりに読者個人なりのメンタリティ-を刺激します。すべからく読んで鵜呑みにしないという事を前提にすると興味深いものばかりですよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。右も左も満遍なく読んでみようと思います。自分と考えが違う論調だと、腹立って読まないことがありますが、それが一番損ですね。とても参考になりました。

お礼日時:2001/02/17 12:59

帝國が未だ米国と戦端を開いていない1935年以降、日本は、国策として明らかにユダヤ人の亡命をワ-ルドワイドに助けていました。

それは、三国同盟を盾にリッペントロップ外相から強いクレ-ムがついても近衛内閣の外交方針として存在したようです。もちろんそれは人道的見地のものではなく、緊張しつつある日米関係の外交カ-ドとして存在したようです。その時に八紘一宇というスロ-ガンの元に日猷協会なるものまで設立し、せっせと亡命をヘルプしたのです。有名な石原完而あたりは、満州国の一部を提供してのユダヤ国家を本気で起こそうと画策していたとされています。実際ヨ-ロッパからシベリア鉄道を乗り継ぎ浦塩・上海・大連あたりには、相当数の亡命ユダヤ人がいたと祖父からきいております。まあ、国益がらみのはかない期間ではあったけど、結構本気でやってたみたいですよ。このことがご質問の趣旨につながってると思います。
 
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この回答へのお礼

ありがとうございました。冷静な歴史分析、お見事です。戦前の日本を糾弾するでもなく、偏愛するでもない、kichijiさんの物の見方、すごく参考になりました。物事はそうやって多面的に見たほうがいいんですね。何か読むべき参考文献(八紘一宇問題に限らず、歴史の見方についても。)があれば是非教えてください

お礼日時:2001/02/14 22:15

まず八紘一宇を知るには皇国史観を知らなければいけません。

これは、近代日本史学史上の一潮流で日本の歴史を国体の発展としてとらえる歴史観で、1930年半ばごろから確立されました。その内容は(1)日本は神国であり、皇祖天照大神の神勅を奉じ、三種の神器を受け継いできた万世一系の天皇が統治してきたとする、天皇の神性とその統治の正当性、永遠性の主張。(2)日本国民は臣民として、古来より忠孝の美徳をもって天皇に仕え、国運の発展に努めてきた、とする主張。(3)こうした国柄の精華は、日本だけにとどめておくのではなく、全世界にあまねく及ばされなければならない。というものです。(3)のことがいわゆる八紘一宇の主張です。この八紘一宇は太平洋戦争の東亜新秩序建設の精神的支柱なスローガンとなり、「国体の本義」や「臣民の道」を通して国民教化がおこなわれました。八紘一宇が直接的に人種差別撤廃やユダヤ人を助けたという事実はありません。当時、外交官であった杉原千畝は確かに日独同盟に反し、ナチスの迫害を受けたユダヤ人を多く助けましたが、彼の行為は八紘一宇とはまったく関係ない彼の勇気と良心からであると思われます。それから確かにヨーロッパの国々から東南アジアの国々を解放したのは事実でありますが、その後の日本の行動があまり良くありませんでした。それまでのヨーロッパ諸国の統治と同じようなことをしたのです。八紘一宇という主張は結局、戦争における国民の高揚の為だけに使われたというのが事実であるでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。杉原さんの名前はよく出てきますね。TVで見たことがありますが、どういう人だったのでしょうか。研究本も出ているとのことで、是非読んでみたいです。

お礼日時:2001/02/14 22:09

 「戦中用語集」三國一郎著(岩波新書)に記述があります。

いい本です。原典は「日本書紀」(巻の三)でしょうか。六合を兼ねて以って都を開き、八紘を掩いて而して宇と為す」が出発点。田中智学という人の造語と出ています。これは三國氏が述べるとおり天下を我がものにしたいという意味でしかありません。当時は「五族共栄」とか「大東亜共栄圏」という言葉と合わせて、民族解放的なニュアンスを帯びましたけれども、世界を一つにして支配するというのが、この言葉の意味でしょう。
 ですから、言葉の意味としては、人種差別撤廃とかユダヤ解放とは無関係です。事実関係ですが、挑戦と台湾は異民族にかかわらず日本政府は最後まで解放・独立を訴えなかったし、訴える人を弾圧しました。植民地解放については、動き始めたのは敗色の濃くなった1943年の大東亜会議が事実的に最初です。
 1931年の満州事変から10年以上経って負けそうになって、米英からの壁を作るために反植民地主義を利用したと言うのが妥当です。だいたいマレーシアやシンガポールで華僑の虐殺をしてますから。八紘一宇でも五族共栄ではありません。そのときにインドネシアなどで、いちぶ反植民地運動があるていど成功を収めていますが、それは住民の反植民地運動があったからです。ないところで積極的に独立を進めたのではないことは、大東亜会議の開催までの事実関係と政府と軍の動向を調べるとわかるでしょう。
 杉原千畝については、個人の英断です。全体としてみれば、ユダヤ人の亡命と八紘一宇は無関係です。もし、八紘一宇が決定的に亡命に寄与していたなら、もっとたくさんのユダヤ人がいろいろなところから大っぴらに日本政府を通じて亡命していたでしょう。その結果、日独の関係は今日我々が知るよりも仲の悪いものになっていたでしょう。
 思想や言葉と歴史の関係をみるときには、評論や歴史書の歴史観ではなく、年表や資料といった史実を追いかけたほうが、最終的に納得できるものになりますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。日本書紀をひもといてみたいと思います。田中智学というのはどういう人なんでしょうか。調べてみたら仏教者、とありましたが。仏教者と八紘一宇って、どういう関係にあるんでしょう??またまた興味が湧いてきます。

お礼日時:2001/02/14 22:05

 では語源を。


 「八紘」は「すべての方向」「世界全体」を意味します。「一宇」は「一つの屋根」ということで、言い換えれば「一つの家」。で、「八紘一宇」は「世界全体を一つの家の下にまとめる」という意味内容を持ったスローガンになります。ここで「一つの家」は「天皇家」を指す、と言えばどういう趣旨かはお分かりになるでしょう。
 「ユダヤ人救出」というのは杉原千畝の話でしょうか? だったら、あまり「八紘一宇」とは関係ないように思います。「人種差別の撤廃」…たしかにそういう理念ではあったかもしれません。が、「現実」は…。どうか、そのあたりを学んでいかれますように。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。ユダヤ人救出には、杉原さんのほかに、もっと関わった人はいるのでしょうか。戦前のそういう美談をもっと知りたいです。

お礼日時:2001/02/14 22:01

第2次世界大戦前のアジア・アフリカは人種差別に根ざした植民地政策を推進してきた欧米先進諸国にやりたい放題やられていました。

(日本は名誉白人的立場にありました。)これを排除すべく大義名分として打ち出されたのが八紘一宇。つまり列強国をアジア・アフリカから追い出しを世界を天皇の下に統治しようというものであったそうです。本当に正義のためと信じて戦争に挑んでいた人も中にはいたのでしょうが、朝鮮を併呑したり満州国を建国したり、資源をもとめてアジアへ侵攻し、欧米がやってきた事をそのまま真似てしまった形となり、逆に世界を敵に回してしまいました。結果日本がどうなったかは、歴史が如実に物語っています。
もし本当に世界の解放者として、アジア・アフリカのために尽くしていたら、今ごろはアメリカのような立場になっていたかもしれませんね。

参考URL:http://www.jcp.or.jp/Day-akahat/9911/991111_faq. …
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この回答へのお礼

ありがとうございました。歴史に「もし、ああしていたら・・・・」はあり得ないのでしょうが、いろいろと考えてしまいます。

お礼日時:2001/02/14 21:58

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Q八紘一宇はなぜ八という数字を使うの?

八紘一宇はなぜ「八」という字を使うのでしょう?

Aベストアンサー

 「八紘」とは、「東西南北」+ 北東・南東・南西・北西の八つの方角で、それで世界全体のことを意味していると考えていいと思います。

 まず、「はてなキーワード > 八紘一宇」を見ますと、
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%AC%B9%C9%B0%EC%B1%A7


> 宇は屋根のことで、八紘*1とは四方と四隅を併せたものでつまりは世界の果てまでを意味し、全世界の意である*2。

> 出典は日本書紀の「兼六合以開都、掩八紘而為宇、不亦可乎」*3

> *1:淮南子が出典


とあります。

『古事類苑』(こじるいえん、昔の百科事典みたいなもの。)には、

http://base1.nijl.ac.jp/~kojiruien/frame/f000015.html


> 方角トハ四方四角ノ稱ニシテ、四方ハ東、西、南、北ヲ云ヒ、四角ハ艮、巽、坤、乾ヲ云フ


との記述があり、


> 〔書言字考節用集 一乾坤〕 方角ハウガク〈四方四隅之謂〉


を引用しています。それぞれ、

 「方角とは、四方四隅の名前であって、四方とは東西南北をのことをいい、四角は、艮(ゴン・うしとら・北東)、巽(ソン・たつみ・南東)、坤(コン・ひつじさる・南西)、乾(ケン・いぬい・北西)をいう」
 「方角とは四方詩隅のこと。」

ぐらいの意味ですから、四角=四隅と考えていいでしょう。

※古事類苑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BA%8B%E9%A1%9E%E8%8B%91


 次に、Wikipedia で『淮南子(えなんじ)』を見ますと、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%AE%E5%8D%97%E5%AD%90

「巻七 精神訓」の部分の記載として、


> 八紘一宇の由来。『日本書紀』神武天皇のことば「掩八紘而爲宇」に「九州外有八澤 方千里 八澤之外 有八紘 亦方千里 蓋八索也 一六合而光宅者 并有天下而一家也」が引用された。


とあります。

 そこで、さらに、googole で「八紘一宇 淮南子」で検索して見つけた、
「淮南子地形訓 九州図解」
http://homepage3.nifty.com/kyousen/china/list/enanji_9syu.html
を御覧いただくと、「八紘」は、「東西南北」+ 北東・南東・南西・北西の八つの方角の土地を意味しているようです。
 これは、ちょっと私の理解を超える範囲です。

 「八紘」とは、「東西南北」+ 北東・南東・南西・北西の八つの方角で、それで世界全体のことを意味していると考えていいと思います。

 まず、「はてなキーワード > 八紘一宇」を見ますと、
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%AC%B9%C9%B0%EC%B1%A7


> 宇は屋根のことで、八紘*1とは四方と四隅を併せたものでつまりは世界の果てまでを意味し、全世界の意である*2。

> 出典は日本書紀の「兼六合以開都、掩八紘而為宇、不亦可乎」*3

> *1:淮南子が出典


とあります。

『古事類苑』(こじ...続きを読む

Qパリ講和会議での人種差別撤廃案について

 パリ講和会議で、日本が発議した「人種差別撤廃案」は、アメリカ・イギリス・フランスなどの反対で成立しませんでしたが、もし、成立していたら、日本は植民地である台湾への政策で、何か変更しなくてはならないことがあったのでしょうか?
 
 『人種差別』と『植民地政策』のからみが、よくわかりません。このふたつは全くリンクしていないのでしょうか?質問内容が絞れていなくてすみませんが、関連することでも良いので教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは
>何か変更しなくてはならないことがあったのでしょうか
もともとこの「幻の15条」は、
「人種あるいは国籍如何(いかん)により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約す」でしたが、米英などの根強い反対により、日本は、
「国家平等の原則と国民の公正な処遇を約す」と妥協・修正します。(これも、議長ウィルソンの突然の「全会一致」という原則変更によって葬り去られますが)

この条項は、アフリカ大陸、アジアにおいて白人(コーカソイド)帝国主義国家による植民地支配(白人優位の世界)への対抗・牽制として後発帝国主義国家日本が打ち出したものですね。
(日本が想定した)主要対象は米英でしょうが、仮に成立していたとしたら、日本もこの条項の「縛り」を受けるわけです。したがって、朝鮮や台湾の統治に際しては「 国民の公正な処遇」を履行することが、当然求められたでしょう。
事実、日本のこの提案に対しては、「日本も朝鮮では抑圧的・差別的な統治を行っているではないか」という内容の非難が浴びせられます。

「公正な処遇」とは何か、という問題もありますが、私見では雇用・労働条件、居住・社会生活等における不当な差別をしないことがあるでしょうし、最終的には「参政権」という政治的権利に行き着くと思います。黒人問題をかかえるアメリカ、インド支配を行っているイギリスも、この「政治的権利」に行き着かざるを得ない点を、最も警戒(嫌悪)したのではないかと思います。
日本の場合も、「法的な処遇」において改善が必要になったであろうと予想されます(具体的には、申し訳ありませんが現時点では私もよくわかりません)。しかしパリ講和会議の席上においては、朝鮮・台湾の問題は小事にすぎず、欧米白人列強と如何に対抗するか、が大事(優先事項)であったのではないでしょうか。

余談ですが、日本の「人種差別撤廃案」は、当時としては画期的・先進的なものとして一定の評価できます。しかし、のちの太平洋戦争or大東亜戦争を「欧米白人列強に対するアジア黄色人種解放の闘い」として「人種間闘争」のように捉え位置づけることは、事の本質を矮小化する皮相な見方である、と考えます。

ご質問の趣旨から離れてしまったかもしれません、ご参考までに。

こんばんは
>何か変更しなくてはならないことがあったのでしょうか
もともとこの「幻の15条」は、
「人種あるいは国籍如何(いかん)により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約す」でしたが、米英などの根強い反対により、日本は、
「国家平等の原則と国民の公正な処遇を約す」と妥協・修正します。(これも、議長ウィルソンの突然の「全会一致」という原則変更によって葬り去られますが)

この条項は、アフリカ大陸、アジアにおいて白人(コーカソイド)帝国主義国家による植民地支配(白...続きを読む

Qhakkoichiu八紘一宇の感じ方について

2002年からここでお世話になっているhakkoichiuと申します。

この名前について笑われたのですが、頭が悪くてよく理解出来ません。  笑われるような名乗り方でしょうか。

ヨーロッパ(EU)、北アメリカに対して対等に接するためにアジアの国々が一致団結して初めは政治的には難しくてもせめて経済的にでも共同市場のようなものが創れると信じて命名したのが私の真意なのです。

因みに戦前、日本陸軍が「世界(八紘)を一つのかさ(一宇)の下に。」のスローガンのもとにアジア諸国の植民地の解放を錦の御旗に戦争を広げていったことは承知しています。

私はどちらかと言えば右にも左にも傾かず、古い「為になる」ことも大事にし、新しい役に立つことも取り入れる柔軟な考えの持ち主と自負しています。

長くなりましたが、hakkoichiu(私のここでの名前)からどんな感じがするか率直なご意見を賜りますれば幸甚に存じます。

Aベストアンサー

 宮崎市に平和台公園に「八紘一宇」と書かれた平和の塔があります。
 子供の頃から見慣れていますし、昔は、フラワーフェスティバルなどの催し物が開催されていました。
 近頃は、あまり注目されていないので、忘れられた存在という感じです。

参考URL:http://www.gurunet-miyazaki.com/kankouti/kenou/heiwadai/heiwadai.htm

Q【ユダヤ人】ユダヤ人が共産主義を作り、ユダヤ人が資本主義を作り出した。どういうことですか?ユ

【ユダヤ人】ユダヤ人が共産主義を作り、ユダヤ人が資本主義を作り出した。

どういうことですか?

ユダヤ人が共産主義を作り、失敗したと思って資本主義を作ったのではなく、共産主義と同時に資本主義も存在していましたよね?

資本主義の方が歴史が古くて共産主義の方が日が浅い。

ということは、ユダヤ人が資本主義を作り、次の人類の進化として共産主義を考え出したが、ユダヤ人が作った資本主義で成功を収めていた資本家がユダヤ人が新たに作ろうとした資本主義の次のステップのはずだった共産主義を潰し、もう2度と資本主義ではない次の主義を生み出さないためにユダヤ人を虐殺した。

というのが資本主義と共産主義の関係性という認識で合ってますか?

もうユダヤ人はまた虐殺されたくないので資本主義の次のステージを人類に提示するということは止めてしまったのでしょうか?

その割にアメリカのユダヤ人はイスラムの中東に必要に関心があるようでアラブ諸国をどのようにユダヤ人は使おうとしているのでしょう?

ユダヤ人が世界の石油を牛耳りたい?

でももう石油の時代は終わりを迎えようとしています。

サウジアラビアも石油が暴落して毎年10兆円の財政赤字に転じています。

アメリカのユダヤ人たちは次に何をしようとしているのでしょう?

【ユダヤ人】ユダヤ人が共産主義を作り、ユダヤ人が資本主義を作り出した。

どういうことですか?

ユダヤ人が共産主義を作り、失敗したと思って資本主義を作ったのではなく、共産主義と同時に資本主義も存在していましたよね?

資本主義の方が歴史が古くて共産主義の方が日が浅い。

ということは、ユダヤ人が資本主義を作り、次の人類の進化として共産主義を考え出したが、ユダヤ人が作った資本主義で成功を収めていた資本家がユダヤ人が新たに作ろうとした資本主義の次のステップのはずだった共産主...続きを読む

Aベストアンサー

「ユダヤ人が共産主義を作り、ユダヤ人が資本主義を作り出した
 どういうことですか?」

 それは、ワシが聞きたい。
 質問の前提となってる上記の文言は誰がどこで言ってるのかね?

Q意味を研究する事って

こんばんは。
今、授業で「認知意味論」を学んでいます。私は「意味を研究する事に意味があるか」という質問に答える事になったのですが、意味が無いと言ってしまうと授業が成り立たないので意味があると答えるべきだと思いました。
しかし、その根拠となる事柄がなかなか思いつきません。「どんな語にも意味があり、言語活動は意味を伝達する事であるから」ということだけでは、意味を研究する意味の根拠としては乏しいと思うのです(語の持つ意味が重要だとしても、言語によって意味は違い、その全てを網羅するのは不可能に近く、また、ある一つの言語に限っても、類似した意味の区別をつけることは困難、つまり意味というものは曖昧なものだから。)
そのような訳で、意味を研究する事の意味はどこにあるのか、皆様の考えをお聞かせ願いたく、質問しました。
また、私は専門家ではないので難しいことは分かりません。もし上の私の考え方でおかしなところがあれば訂正頂ければ助かります。

Aベストアンサー

意味論というのは定義が難しくて定義も様々ですが、共通して確認できる前提としては、意味というものは社会的な性質を持っているということです。要するに、言葉の意味とは事物の中に隠れているものが発見され命名されるのではなく、人間がその言語を通して事物に意味を与えていくものだということです。

将棋をさす時にある駒が足りなければ、そこらの石でも牛乳瓶のふたでも、何でも代用することができますが、これは駒そのものが重要なのでなく、将棋というゲーム全体の関係性の中においてその駒に与えられた意味が重要だからです。逆にいえば、ある駒を見つめていてもその駒の持つ意味というものは決して理解できません。

これと同様に、意味というものは全体の関係性の中で言葉に付与されるものですから、孤立した単語を眺めていても決して浮かびあがってくるものではありません。言葉の持つ意味とは、他の単語との関係の中に捉えられる、ある体系内の価値である、という風に認識できるでしょう。言語とは網のようなもので、意味とはその中の流動的なひとつのマスに過ぎません。これが意味論の根本的なスタンスと言って良いでしょう。
そう考えると、ご質問にある「言葉の意味を考える」ことは、すなわち社会制度としての言語の意味のネットワークを考える、ということに直結するわけですから、文化・社会・歴史全般にわたる広がりを持つという意義もわかるでしょう。裾野が大変に広いわけです。

言葉がご指摘のように曖昧な意味を担っていて、周辺のぼやけというかある幅を有することも事実ですが、先の意味から考えればこれは逆に、意味が他律的に周囲との関係の中で定まるものであるがゆえに、意味の中心が存在せず、せいぜい最大公約数的なものしか認識できない、という風に言えるでしょう。

要するに、明快な意味が定義できないから駄目なのでなく、そこをスタートとして、それなのに曲がりなりにも意味が通じ合うのはどういうことなのか、という風に意味の意義を求めてみてはどうでしょうか。
「言葉はモノの名称リストではなく、我々の世界認識の結果である」というのが、現在の言語観の基本です。

また、意味というものは意外と動的なもので、単純なものではありません。意味論の初歩でデノテーションとコノテーションを学ばれることと思いますが、例えば『ユダヤ人は所詮ユダヤ人さ』というせいりふの意味を考えてみると、最初のユダヤ人は「ユダヤ民族に属する人」という外示的意味(デノテーション)を指すのに対し、あとの方のユダヤ人とは「狡猾でずるいやつ」という共示的意味(コノテーション)を担っています。

これはひとつの些細な例にすぎないのですが、コノテーションを深く知れば、表現を通じて人間の意識というものを知ることにもつながります。言葉の意味は一定しないもので、常に既成の意味体系に限定されていく人間の意識が、言語の表現作用を通じて解放されていく様がコノテーションには見られるからです。
意味というのは世界の分節化であり限定性を本質的にもつものですが、それに抗って新しい意味生産を行うこと、つまり、言語の網の目の改変、という点で言葉の意味をたどることは人間の意識や思考方法そのものを見つめることに直結します。無意識のレベルで言葉の音と意味がどのように関わりひとつの語として紡がれるのか、というプロセスを研究する人達もいます。

さらに、認知意味論というのは特に人間が意味を認識する過程を問題にするわけですから、意味を考えること、ひいてはどうやってその意味が認識されているのか、ということは人工知能や認知哲学など広い分野に活用されるべき知識です。
例えば、海に浮いているメッセージボトルを見たとき、我々はすぐにそこに何らかの意味があることがわかるのですが、これはなかなか容易なことではありません。内部情報(中の紙に書かれている意味)を理解する以前に、外部情報(例えば「この文章が日本語で書かれている」といったこと)、さらにフレーム情報(つまり「このボトルの中には意味のある情報が入っている」ということ)が適確に理解されなければなりません。
「これは意味のあるモノである」という情報それ自体もメタ情報として意味を担っているわけで、実は語やモノの意味を理解することはそれ以前に多くの意味の解釈を必要としているのです。我々にとっては無意識の作業ですが、そういった事柄が我々の頭の中でどのように認識し処理されているのか、大変興味深い研究テーマだと思います。その困難さは、人工知能にこれらの行為を代替させようとした時にどれほどの困難が伴うことかを想像してみればわかることでしょう。

※少しご質問の内容とはずれがあるかもしれませんが、あまり意味論を理解していない回答が多いようなので、敢えて考え方のヒントとして書いてみました。ご参考までに。

意味論というのは定義が難しくて定義も様々ですが、共通して確認できる前提としては、意味というものは社会的な性質を持っているということです。要するに、言葉の意味とは事物の中に隠れているものが発見され命名されるのではなく、人間がその言語を通して事物に意味を与えていくものだということです。

将棋をさす時にある駒が足りなければ、そこらの石でも牛乳瓶のふたでも、何でも代用することができますが、これは駒そのものが重要なのでなく、将棋というゲーム全体の関係性の中においてその駒に与えられ...続きを読む

Q日本は戦前から人種差別と戦っていましたが、、、

戦前から日本は人種差別と戦っていたのに戦前から日本は人種差別と戦っていました。

世界では白色人種による有色人種に対する差別、搾取が当然のように行われていたのです。

それなのに朝鮮やシナの指導者は既得権を守りたいが為に日本を敵に回し欧米やロシアと手を組んで日本を倭寇と蔑んでいました。

でも、満州帝国は漢族の移民がとても多かったですし、重税を課し残虐な処刑をする中共はシナ人からもおそれられていました。むしろ民衆は日本の統治を望んでいたと思います。

日本としては当然朝鮮やシナから協力・理解を得られるものと思っていたのではないでしょうか?いっしょに白人の支配からアジアを開放しようと期待していたのではないでしょうか?
サッカーアジアカップで黄色人種でありながらおなじ黄色人種を猿と侮蔑した韓国人選手に象徴されるように中国韓国は日本人を人種差別しているのではないでしょうか?

中国や韓国はこの点をどう考えているのでしょうか?
彼らは視野が狭すぎるのではないでしょうか?

http://www.youtube.com/watch?v=7DKoeizzGnc&feature=BFa&list=FL_EGKGOvs1K4&index=4

戦前から日本は人種差別と戦っていたのに戦前から日本は人種差別と戦っていました。

世界では白色人種による有色人種に対する差別、搾取が当然のように行われていたのです。

それなのに朝鮮やシナの指導者は既得権を守りたいが為に日本を敵に回し欧米やロシアと手を組んで日本を倭寇と蔑んでいました。

でも、満州帝国は漢族の移民がとても多かったですし、重税を課し残虐な処刑をする中共はシナ人からもおそれられていました。むしろ民衆は日本の統治を望んでいたと思います。

日本としては当然朝鮮やシナか...続きを読む

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日本が国際連盟に発案した人種差別撤廃提案のことをおっしゃられているのですか?

あれは当時としては画期的な提案でしたね。ただし、これは中国にはあてはまりません。

なぜなら、中国人は中華思想の持ち主ですので、基本的に漢人以外の全ての民族を差別しております。第二次世界大戦の際も夷である米英と日本を戦わせて弱体化させるのが目的でしたからね。夷である米英の力を利用して同じく夷である日本を追い出したと言う構図ですね。

また、質問者様が八紘一宇のことについて考えておられるならば、これは政治色が見えますので字面通りに捉えるのはちょっと微妙かなとも思えます。

ちなみに朝鮮に関しては、戦前と戦後ですっかり彼らの思想は変わってしまいました。戦前、戦中には日本人として共に戦う戦友でしたが、実はこれはまやかしで、他の質問でも言いましたが彼らは自分達の利益の為には簡単にイデオロギーを変える人たちです。戦前、戦中は中国人を侮蔑していたようですが、今はその逆で、日本人に敵対感情をむき出しにしています。その方が彼らの利益になるからだと思われます。親日になった方が利益になるということになれば、彼らはいつでも即親日になりますのであまり深く考える必要はないと思われます。

余談ですが、歴代の首相も、韓国併合後の歴史認識に触れるときには、過去の過ちを反省し、、などのお決まり文句ではなく、過去の辛い歴史を乗り越えて、共に戦った同胞として、、、的な発言をしてみれば面白いなと私は思っております。

日本が国際連盟に発案した人種差別撤廃提案のことをおっしゃられているのですか?

あれは当時としては画期的な提案でしたね。ただし、これは中国にはあてはまりません。

なぜなら、中国人は中華思想の持ち主ですので、基本的に漢人以外の全ての民族を差別しております。第二次世界大戦の際も夷である米英と日本を戦わせて弱体化させるのが目的でしたからね。夷である米英の力を利用して同じく夷である日本を追い出したと言う構図ですね。

また、質問者様が八紘一宇のことについて考えておられるならば、これは...続きを読む

Q中国人がチャオチー、チャオチーと言っていました。 チャオチーって中国語でどういう意味ですか?

中国人がチャオチー、チャオチーと言っていました。

チャオチーって中国語でどういう意味ですか?

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ハオチーじゃないの。
おいしいって意味だったと思う。

Q旧軍や自衛隊は戦友の救出に積極的か?

去年の今頃のことですが、愛知長久手の立てこもり事件で、犯人に撃たれた警官が、5時間も倒れたままで放っておかれるということがありました。
倒れた部下を救出もせずに、放っておくという警察指揮官の【神経】がどうなっているのか理解に苦しみました。
こんなことでは、危険なところへ出て行く警官がいなくなると思いました。

米軍は、朝鮮やベトナムで、適地に取り残された兵隊をヘリコプターなどを使って、二次的犠牲をかえりみずに、積極的に救出しました。
映画のプライベートライアンほどではないでしょうが、それに近いようなこともあったと思います。

昔の日本軍はどうだったのですか。
それと今の自衛隊はどうなんですか。

愛知長久手の立てこもり事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E7%9F%A5%E9%95%B7%E4%B9%85%E6%89%8B%E7%94%BA%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%81%93%E3%82%82%E3%82%8A%E7%99%BA%E7%A0%B2%E4%BA%8B%E4%BB%B6

去年の今頃のことですが、愛知長久手の立てこもり事件で、犯人に撃たれた警官が、5時間も倒れたままで放っておかれるということがありました。
倒れた部下を救出もせずに、放っておくという警察指揮官の【神経】がどうなっているのか理解に苦しみました。
こんなことでは、危険なところへ出て行く警官がいなくなると思いました。

米軍は、朝鮮やベトナムで、適地に取り残された兵隊をヘリコプターなどを使って、二次的犠牲をかえりみずに、積極的に救出しました。
映画のプライベートライアンほどではないで...続きを読む

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昭和18年5月の「アッツ島玉砕」が悪しき前例となっって、その後は救出したくても出来くなったため、「玉砕」を賛美し、これを強いる結果となったようです。 アッツ島玉砕前の ガタルカナル撤収(S18・1月)や、直後の「キスカ島撤退(S18・6月)」は、相当の危険を犯して「救出」しています。したがって、全く救出しなかったのではなく、出来なかった、と考えるべきでしょう。
 中国大陸での局地戦の少人数救出も、劣勢を挽回するための増援部隊派出はやっても、救出部隊が危険に指さされる恐れのある場合は、回避することが多かったようです。結果として、やむを得ず「名誉の戦死」が喧伝され、「玉砕」が美化されたのです。こんな場合、当時の心ある上級指揮官は相当苦しんだようです。何も好んで無駄死にを強要したのではないようです。{日露戦争時の「ここはお国を何百里・・・(戦友)に歌われているような 情 もありました」}。
 しかしながら、無謀な無防備輸送船出撃での戦う前に撃沈されて犬死した数多くの悲劇的実例やサイパンや沖縄戦での民間人を含む無残な殺され方を見る限り、どう考えても日本軍が救出に熱心だったとは言いがたいでしょう。
 自衛隊については、まだそんな場面が実際となっていないので、過去形では論じられませんが、太平洋戦争での悲劇の反省のもとに人命尊重が最優先されるはずです。
 

昭和18年5月の「アッツ島玉砕」が悪しき前例となっって、その後は救出したくても出来くなったため、「玉砕」を賛美し、これを強いる結果となったようです。 アッツ島玉砕前の ガタルカナル撤収(S18・1月)や、直後の「キスカ島撤退(S18・6月)」は、相当の危険を犯して「救出」しています。したがって、全く救出しなかったのではなく、出来なかった、と考えるべきでしょう。
 中国大陸での局地戦の少人数救出も、劣勢を挽回するための増援部隊派出はやっても、救出部隊が危険に指さされる恐れのある場...続きを読む

Q悪い意味からいい意味へ、またその逆。

こだわる、という言葉は本来「そんなことにこだわるな」というようにネガティブな意味だったものが「味にこだわる」というようにポジティブな意味でも使われるようになってしまいました。「すごい」や、最近では「やばい」も本来悪い意味がいい意味でも使われるようになったと思います。悪い意味からいい意味、いい意味から悪い意味に変化した言葉を他にあれば教えてください。またこういう変化のことを専門用語では何といいますか。(意味の昇華?意味の降下?)

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「素晴しい」(すばらしい)現在ではほとんどの場合いい意味で、「大変優れている」「程度がはなはだしい」時に使いますが、古くは良くないことに対して、「ひどい」「とんでもない」の意味で使いました。辞書には「この女ゆゑにやア素晴しい苦労をして」という例文が載っています。また大正時代の新聞の関東大震災の写真の説明に「素晴しい被害」という表現を見つけて驚きました。

Qユダヤ人とユダヤ教の金を生み出す才覚の相関性について

一般的に、ユダヤ人はお金を生み出すことに長けていると言われています。それは被迫害者ゆえの団結によってでしょうか。ゲットーやジプシーなど、貧しいユダヤ人の存在を鑑みれば、在日朝鮮人の方たちと同じで一部のユダヤ人が金持ちにすぎない、という構図ですね。

個人的には、理由はユダヤ教と密接な関係があるように思うのですが、ユダヤ人が金持ちになるのは、彼らのどのような才覚なのでしょうか?みなさまのお考えをお聞かせ下さい。

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最初に指摘させて頂きますが、
ジプシー(ロマ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9E
とユダヤ人は全く関係ありません。

また、「ゲットー」というのは「近代以前の多くの都市で、ユダヤ人が特定の区域に居住することを強制されていたもの。ゲットーはごく狭い地域であるため密集居住の弊害が出た。通風、採光、排水の不備など。産業革命期のイギリスやアメリカで、貧しい労働者や移民が都市のスラム街に密集居住し、同じ問題に苦しんだのと同じ」ですから、「貧しいユダヤ人の存在」とは別の話です。

さて、「一般的に、ユダヤ人はお金を生み出すことに長けていると言われています」ということを前提にお話されていますが、「現代のアメリカに住んでいるユダヤ人」(全世界のユダヤ人のうち、アメリカ在住者が一番多い)について考えますと、「ユダヤ人はお金を生み出すことに長けている」というより「ユダヤ人は高学歴で高収入の人が多い」と言うべきです。

これはアメリカの日系人も同じことを言われますが、「自分の衣食を削っても子供に教育を」と言う意識が、19世紀や20世紀前半に欧州などからアメリカに渡ってきたユダヤ人には強かったようです。アメリカでは、「大学生レベル以上を対象にした各種の奨学金制度」が日本より充実していますので、「『親が頑張って大学入学レベルまで育てた』学力とやる気のあるユダヤ人学生」は、奨学金を各種活用して、親のカネに頼らずに大学の学部、大学院、プロフェッショナルスクール(ロースクール、メディカルスクール、ビジネススクールなど)に進み、学歴と高収入を手にすることができたでしょう。

その結果、アメリカでエリートの代表とされる医師とロイヤー(法律家)は、ユダヤ人の占める割合が人口比より明らかに高いと言われています。彼らは普通の人よりずっと高収入ですから、「ユダヤ人は金持ちが多い」というイメージを生むでしょうが、これは「ユダヤ人はお金を生み出すことに長けている」のではなく「しかるべき教育を受けて高収入の職業についている」結果ですよね。

質問者様は「ユダヤ人が金融界で力を持っている」というイメージをお持ちなのでしょうが、それについては良く分かりません。ただ、金融界やビジネスの世界で(一部の)成功者が大金持ちになり脚光を浴びるのは、日本の「ホリエモン」や「ヒルズ族」に見るように普通のことですよね。日本の堀江氏も村上氏もユダヤ人ではありません。

私の印象としては、アメリカのユダヤ人は子供に対して「カネを稼げるプロフェッショナルになれ」と教育するのが常であると思います。それが成功すれば、その子供たちが大人になって「金持ち」になるのはある意味当たり前でしょう。

なお、黒人の場合はユダヤ人とは反対で「自分の衣食を削っても子供に教育を」という意識を持つ者が極めて少ないとされています。黒人の大多数がいつまで経っても貧しいのはそれが主因と言えます。その一例として、アメリカで黒人の医師や弁護士に会うことは極めて稀なことです。

最初に指摘させて頂きますが、
ジプシー(ロマ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9E
とユダヤ人は全く関係ありません。

また、「ゲットー」というのは「近代以前の多くの都市で、ユダヤ人が特定の区域に居住することを強制されていたもの。ゲットーはごく狭い地域であるため密集居住の弊害が出た。通風、採光、排水の不備など。産業革命期のイギリスやアメリカで、貧しい労働者や移民が都市のスラム街に密集居住し、同じ問題に苦しんだのと同じ」ですから、「貧しいユダヤ人の存在」とは別の話...続きを読む


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