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近頃は人さらいという言葉はトンと聞きませんが、
昔は子供をおどかすのに「人さらいが来るぞ!」って言ったものだと思います。

先日この言葉をふと思い出して、人さらいの定義って何だろうと気になり始めました。
Yahoo!辞書の大辞林には「女性や子供をだまして連れ去ること。また、その者。」とあります。
現代でもある誘拐犯にも当てはまりそうですが、ちょっと違いそうな気がします。

当時の一般家庭の子供がたまたま人目につかないところにいるのを連れ去っていくような感じだったのでしょうか。
主目的は児童労働として使う、あるいは売り渡すことでしょうか。

変な質問ですがよろしくお願いします。

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A 回答 (9件)

テレビや新聞で子供の行方不明事件を誘拐として報道される以前は、まだ警察の捜査能力も地域の住民のネットワークも限られていました。

なので、古くは「神隠し」として片付けられていました。子供を亡くした(失くした?)親も、そういう解釈の方がいくぶん心が楽になったことでしょう。

で、「人さらい」としては以下の可能性がありました。江戸から昭和初期にかけての例として挙げます。

・がけ崩れや川に流される、山奥に迷い込んで行き倒れるなどしての事故死
・熊、犬、狼(当時はいました)、蛇等に襲われての死亡
・国内外への人身売買目的の日本人による「人狩り」
・同じく朝鮮人・中国人による「人狩り」(日本海沿岸では「唐の人買い」として言い伝わっています)
・子供を産めない女性が子供欲しさにさらう(これは今でも時々あります)
・被差別的階層の者が外界の遺伝子を求めて(多くは近親者で交配せざるを得ない為)、または外界への復習のためさらう
・性的目的での誘拐
・虐待(虐殺?)目的での誘拐
・身代金目的の誘拐(これはごく最近)

海外への売り先は、朝鮮・中国だけでなく、東南アジアなどもあります。船乗りや鉱山労働者、農奴、売春婦として需要がありました。一部はアメリカやオーストラリアで奴隷となっていたという話も聞いたことがあります。幼い頃に誘拐されて養育されれば、日本語を忘れて中国語や朝鮮語を話すでしょうから、「中国人」「朝鮮人」として売られるケースもあったようです。

外国人による人買いなんて、例の北朝鮮とそれほど変わらないセンスですね。
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この回答へのお礼

色んな事例をありがとうございます。
外国からさらいに来ていたケースもあったのですね。
何年か前、北朝鮮に拉致されたときの船中での記憶がテレビで紹介されてましたが、
日常からいきなり切り離され、どうなるか分からない恐ろしさ、身に凍みました。
こういうことはどのような子供にも大人にも起こって欲しくないです。

お礼日時:2008/04/13 23:16

現在でも、発展途上国では若い女性は「商品」です。



(例1) ネパールからは多数の少女がインドへ売春婦として売られています。売られる際に売主(親)に渡されるカネは日本円で数千円だそうです。10代前半から過酷な売春を強いられ、30を過ぎて娼婦としての商品価値を失うまで解放されることはないそうです。それまでに多くの娼婦がエイズ他の性病に感染します。
参考文献「少女売買 インドに売られたネパールの少女たち」
http://www.amazon.co.jp/dp/4334975291/

(例2) 一人っ子政策のために若い世代の男女比が崩れ(胎児が女の子と分かると適当に始末される)ている中国では、特に貧しい農村で嫁不足が深刻です。そのため、主に農村の貧しい女性、都会に非合法に出稼ぎに行っている農村女性が、騙されたり「さらわれたり」して、嫁(昼は農奴、夜は性の玩具)として農村に売られています。
中には、複数の男性に共有される「嫁」も存在するようです。
北朝鮮から飢餓を逃れて脱北し、中国に入国した女性も多くが「嫁」か「娼婦」として人身売買されます。北朝鮮女性は、中国の官憲に保護を求めることが出来ません。官憲自体信用できませんし、中国の官憲の手に落ちれば北朝鮮への強制送還が待っているからです。ですので、北朝鮮女性は「見張っていなくても決して逃亡せず、何でも言う事を聞く」最良の「嫁」「娼婦」となります。

高度成長期以前の日本も、今で言うところの発展途上国でした。売春防止法が成立して「遊郭」が消えた昭和40年代でも、貧困ゆえに芸者屋に身売りして売春を強制されていた女性がいたことが記録されています。
参考文献:閉じられた履歴書―新宿・性を売る女たちの30年 (朝日文庫)
http://www.amazon.co.jp/dp/4022606142

売春防止法が成立(昭和33年全面施行)する以前には、売春に係る法制度は戦前と同じですので、昭和30年代にも「前借金を背負って売春する『女郎』」が存在しました。昭和20年代には、夫や父を戦争で失った女性が女郎に売られることは珍しくなかったようです。この場合、誘拐された女性が売られることもごく普通でした。この場合に、女性を遊郭に売ってカネを受け取る人のことを「仮親」と言ったようです。この辺は、現在のネパールやカンボジアや中国なども同じでしょう。現代の中国では、北京や上海のような大都市でも、若い女性の人身売買目的の誘拐が決して珍しくないそうです。

なお、人身売買の対象としては女性の方が男性より価値が高くなります。男性の場合「マグロ船や鉱山や工事現場で奴隷として使役する」程度しか使い道がありませんので。

No7さんの経験談は非常に貴重ですね。まさか「人攫いに遭いかかった人」のお話を聞けるとは思っていませんでした。No7さんは「人攫いに捕まるとサーカスに売られるとお母さんに言われていた」ということで男性でしょうか?何とも恐ろしいことです。
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この回答へのお礼

海外などの詳しい事情をありがとうございます。
ある日突然連れ去られて過酷な日々、恐ろしいことです。
さらわれた人たちは、きっと長くは生きられないでしょうね。

お礼日時:2008/04/17 22:36

実際、さらわれそうになったことがあります。


昭和20年代前半、小学生低学年のころです。
日頃から、「人さらい」に気を付けるように母親から言われていましたから、
とっさの判断で逃げることができました。

今も、鮮やかに覚えています。
真昼間、学校からの帰り道で一人でした。
その道は、幅6mほどの川に沿っており、人家はまばらでした。
そして、川の反対側は、中学校の長い塀が続いていました。
その道端に電柱が一本立っており、私はその電柱と川との間の狭い部分を通り抜けようとしたとき、突然「ドンゴロス」を持った男が電柱のかげから現れて、「ドンゴロス」を私の頭から被せようとしました。
覚えているのはこれだけのことですが、「人さらい」は、大きな袋に子どもを押し込めて、かついで逃げるということを知っていましたから、大きな袋を被せられそうになった記憶はいつまでも消えませんでした。

母の話では、「人さらい」は子どもをさらって、サーカスに売り飛ばすのだそうです。
比較的大きな地方都市に住んでいましたが、もしかするとそのような事件があったから、母がこんこんと子どもの私に言い聞かせたのかも知れません。

また、「人さらい」ではないですが、当時子どもが多くて生活が大変な母子家庭が近所にありましたが、一人の子はサーカスに預けられたということです。
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この回答へのお礼

この質問でまさか経験者の方から回答をいただけるとは…感激です!
袋に押し込めて…サーカスに売り飛ばす…、人さらいという言葉には、まさにそのような胡散臭さが付きまといます。
現実には、残酷で悲惨な出来事だったのでしょう。
母子家庭の子のお話も含めて、興味深く読ませていただきました。

お礼日時:2008/04/13 23:10

>昔は子供をおどかすのに「人さらいが来るぞ!」って言ったものだと思います。



他のお答えのように、夕方5時以降に外で遊んでいると近所の大人が「人さらいが来るぞ!」と言っていました。
東京でも、夜10時になるとどの家でも消灯時間でした。

「人さらい」で思い出すことがもう一つ。
「義信ちゃん事件」という1963年(東京オリンピックの前年)の誘拐事件でその後、たて続き似たような幼児身代金誘拐事件が起こり、津川雅彦の娘も誘拐されました。誘拐された子供は殺されたり、犯人が捕まらないなど未解決事件が多かったように記憶しています。
その当時は、そのことも「人さらいが来るぞ!」に関係していると思います。
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この回答へのお礼

身に迫っていて恐ろしいですね。
現実味を帯びてきます。

子供の遊び時間や消灯時間もそのとおりでしたね。
こういう生活に戻ったほうがいいような気がします。

お礼日時:2008/04/13 23:04

貧困地帯ではよくある話だとか。


労働力(兵士含む)や嫁不足、さらには教養者が居ないからその補充。
合理的に考えれば攫ってくるのが一番。

古代ローマの奴隷もただの労働者だけではなく、教養者も含まれてましたからね。
奴隷のイメージはアメリカの家畜の奴隷が強いですが。

日本は機械化によりそれほど労働力は要らないので需要が少ない。
教養者も教育の平等化により需要は少ない。
かといって完全に需要が無いわけではないし、古代から人間社会で起こっていることなのでなくなる事は無いでしょう。

支配欲としての需要もあります。
監禁王子とかあったしね。
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この回答へのお礼

>嫁不足、さらには教養者が居ないからその補充。

これは思いつきませんでした。なるほどです。
いろいろ詳しくありがとうございます。

監禁王子…そんなに前のことでもないのに、もう「そんなことあったあった!」という感じです。
次から次へ変な事件が起こりますからね。

お礼日時:2008/04/13 22:59

日本では少ないですが現代でも人攫いはあります。


目的は売買もしくは紛争地域で兵士とするためです。
売却先は、養子をほしがる親と、性的目的、労働者としては(兵士以外)近年は少ないと思われます。

アメリカでの子供の失踪の多くは、養子斡旋業者に違法に売られるケースです。
2007年にはフランスNGOが、チャドの子供を誘拐しダルフールの孤児と偽って養子として売りさばこうとしたところを発見され、逮捕されました。

養子斡旋には時として数万ドルが動き、犯罪の温床となるケースがあるようです。

参考URL:http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents- …
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この回答へのお礼

つらいですよね、こういうことは。
「人さらい」という言葉には、物の怪的な雰囲気もあり、
現代人の勝手な感覚でしょうがノスタルジーさえ感じてしまうのですが、
現実には本当に残酷なことだと思います。

お礼日時:2008/04/13 22:55

大体、お答えが出てるようなので、詳しくは申し上げません。


「人さらい」と同じように死語となったものに「猫取り」がありますね。
かつては、三味線の皮にするために、「猫取り」屋さんが一杯いました。
今は三味線の需要が少ないので、「猫取り」屋さんは商売にならなくなりました。そのせいで野良猫が多くなりました。小笠原では捨て猫が野生化して、ひとに危害を与えているようです。もう少し三味線が普及して猫取りやさんが活躍してくれれが良いのですが、駄目猫には商品価値はありません。
最近の餓鬼は贅沢なのでさらっても働かない穀潰しなので、あまり商品価値はありません。「人さらい」屋さんも今では、商売にならないので居なくなっちゃったのでは・・・・

子どもの市場が活性化すれば、「人さらい」という語句が再注目されでしょう。
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この回答へのお礼

そうですね、「猫取り」なんかは「人さらい」以上に忘れられた言葉ですね。
以前、古い時代劇を見たら、使われている言葉で全然意味がわからないものがいろいろありました。
放映当時の人は理解できてたんだろうなーと思いました。

お礼日時:2008/04/13 22:50

面白いことを考えますね。


そうですね。この場合の「人さらい」は
現代の営利誘拐とは全く違いますね。
児童労働として使う、売り渡す、そんな「人さらい」も実際あったでしょう。

あともう一つ、「人さらい」が単純にその行為を指すのでは無く、行方不明の説明の一つになっていた場合もあると思います。
昔は今よりももっと子供が行方不明になる事が多かったと思います。
そんな時、「神隠し」にあったと説明すれば、神に連れて行かれた=神に認められた=きっと神様の下で幸せにしている、となります。
(実際の親の感情ではなく、無理矢理でも納得する手段として)
しかし、それが「人さらい」に連れて行かれたとなると180度意味が変わります。
人さらいにあった=その子供は殺されるか、売り飛ばされる、負のイメージになります。
つまり、よい子が行方不明=神隠し、悪い子が行方不明=人さらいにあった、と説明された部分があると思います。
「人さらい」は実際に人買いという行為ではなく、懲罰的な意味を込めた、「妖怪」のような不気味なイメージを持っていて悪い事をした子供にはたとえ家の中で寝ていようと、人さらいが進入してきてさらってしまう、そんな意味合いがあると思います。
親が悪いことをした子に、「人買いに売り飛ばすぞ」と言うのではなく「人さらいが来るぞ」というのは「鬼がやって来るぞ」と同じようなニュアンスを持つ為だと思います。

あまり上手く説明できてないかもしれないですが、私の意見の一つとしてお読みください。

この回答への補足

締め切ります。
ポイントは差し上げられないんですが、
親が子を戒める場合の「人さらいが来るぞ」のニュアンスを的確に考察してくださってありがとうございました。

補足日時:2008/04/22 23:23
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この回答へのお礼

興味深い考察をありがとうございます。
>実際に人買いという行為ではなく、懲罰的な意味を込めた、「妖怪」のような不気味なイメージを持っていて悪い事をした子供にはたとえ家の中で寝ていようと、人さらいが進入してきてさらってしまう、そんな意味合いがあると思います。

そうそう、そうなんですよ。
人さらいという言葉には、なんとも言えない不気味さ、胡散臭さが付きまといます。

お礼日時:2008/04/13 22:46

> 昔は子供をおどかすのに「人さらいが来るぞ!」



あなたは根本を勘違いしています。

子供をおどかす目的で「人さらいが来るぞ!」と言っているのではありません。
夕方や夜遅くまで遊んでるんじゃないよという注意の一つとして「人さらいが来て、どこかへ連れてかれちゃうぞ」があるのです。

 実際、現在でも児童誘拐強姦事件、身代金目的誘拐事件などが起きてますし、行方不明(家出後に連絡途絶も含む)になってしまっている事件も起きています。
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この回答へのお礼

言葉が足りずにすみません。

>夕方や夜遅くまで遊んでるんじゃないよという注意の一つとして「人さらいが来て、どこかへ連れてかれちゃうぞ」があるのです。

まさにこの意味で、躾のために怖がらせるという意味での“おどかす”です。
似たような言葉で「蒙古が来るぞ」なんかもありますね、そういえば。

お礼日時:2008/04/13 22:40

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Qたくさんの方に教えて頂きたいです!結局、部落差別って何なのでしょうか?

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Aベストアンサー

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
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しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
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多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
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Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
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Q四次元というのはどんな世界ですか?

そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?
三次元の世界とは縦横高さのある空間の世界だと思います。
これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?
我々の世界にも時間があるので、四次元といってもいいのでしょうか?
それとも四次元とは時間とは無関係の世界なのでしょうか?
あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタインでした。
 彼は、リーマンという数学者が作った、
曲がった空間の幾何学(現在リーマン
幾何学と呼ばれています)を使い、4次元の
空間が歪むという状態と、重力や光の運動を
あわせて説明したんです。これが相対性理論。

>これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?

 物理学的にはそうです。

 相対性理論の話に関連付けて説明するとこんな感じです。
例えば、下敷きの板のような平面的なもの(数学的には
これを2次元空間と言ったりします)を曲げると
いう動作を考えてみて下さい。下敷きに絵が書いて
あったとして、曲げながらそれを真上から見て
いると、絵は歪んで見えます。平面的に見て
いても下敷きという2次元空間が歪んでいる
ことが感じ取れます。
 2次元的(縦と横しかない)な存在である下敷きが
歪むには、それ以外の方向(この場合だと高さ方向
ですが)が必要です。

 19世紀に、電気や磁気の研究をしていた学者たちが、
今は小学校でもやる砂鉄の実験(紙の上に砂鉄をばら撒いて
下から磁石をあてると、砂鉄が模様を描くというやつです)
を電磁石でやっていたときに、これは空間の歪みが
原因ではないかと直感したんです。
 電磁石の強さを変えると、砂鉄の模様が変化します。
これを砂鉄が動いたと考えず、砂鉄が存在して
いる空間の歪みが変化したのでは?と考えたんです。

 3次元の空間がもう1つ別な方向に曲がる。
その方向とは時間という方向だということを
証明したのが、相対性理論だったんです。


>あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

 4つ目の方向である時間は、存在していても
その方向に、人間が自由には移動する方法は
現在ありません。時間方向を自由に動ける機械と
いうのは、タイムマシーンのことなんですが。

 日常生活を考えてみたとき、縦、横といった
方向は割りと自由に動けます。1時間ちょっと
歩けば4kmくらい楽に移動できますが、
道路の真中で、ここから高さ方向に
4km移動しろと言われたら、人力だけでは
まず無理でしょう。
 飛行機やロケットといった道具が必要と
なります。
 時間方向というのは、このように存在していても
現在のところ自由に移動できない方向なんです。

 例えば、人間がエレベーターの床のような
平面的な世界に生きているとしましょう。

 この場合、高さ方向を時間と考えて下さい。

 エレベーターは勝手に下降しているんです。
この状態が、人間の運動と関係なく、時間が
経過していく仕組みです。

 人間もほんの少し、ジャンプして高さ
方向の移動に変化をつけることができます。

 同様に時間もほんの少しなら変化をつける
ことができます。

 エレベーターの中で、ジャンプすると
ほんの少し下降を遅らせることができる
ように、時間もほんの少し遅らせることは
できるんです。




 

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタイン...続きを読む

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134

Q明治から昭和初期の住み込み使用人の一生

明治から昭和の敗戦までも、貴族や商家、豪農、あるいは官吏や高給取りの家には、住み込みで使用人が働いていました。
こうした人たちの多くは未婚や単身であるように想像するのですが、そうした人の一生のイメージが湧きません。 住み込み使用人といっても多種多様で地域や主家の事情でも異なるのだと思いますが、代表的なケース例ではどのような一生なのでしょう。
代表的と思える数ケースなどをお教えください。
 
1)中流以下の農家や都市部の下層民の家族の中で誕生し、15,16歳あるいは成人後何かの事情で住み込みで働くようになるのでしょうか。
2)どういった仲介などの方法があったのでしょうか。
3)住み込み使用人を求める側は、住み込み使用人が欲しいことをどのようにしてアピールし、実現させたのでしょうか。
4)住み込みで働くとき、藪入りのような形で里帰りするのだろうと思うのですが、例えば5人の住み込みを使用している主家では、全員がいなくなってしまうようなこともあったのでしょうか。日程をずらすのが普通でしょうか。ほとんど主家に住み込んだまま、時々休暇で私用をたすような人も多かったのでしょうか。
5)住み込みで働いていた人が100人いた場合、何人くらいが結婚したのでしょうか。住み込ん後ではもう結婚しないで一生を終えた人はどのくらいいたのでしょうか。 (感覚的な割合で結構です)
6)住み込みを辞めるということもあると思います。結婚してしまうから。通いに変更するから。単に使用人であることができなくなったから。死んでしまった。 住み込みの主家で一生を終えるというケースはどの程度あったのでしょうか。
7)住み込み使用人が事故、疾病、老齢などで死んでしまった場合、主家は葬儀や遺体にどの程度関与したのでしょう。【住み込み使用人に実家や身寄りで遺体引き取りをしそうな類縁がいないケースの場合で、どうだったのか】 主家はどう扱うことが多かったのか。 葬儀、埋葬や墓はどうしたのか。

明治から昭和の敗戦までも、貴族や商家、豪農、あるいは官吏や高給取りの家には、住み込みで使用人が働いていました。
こうした人たちの多くは未婚や単身であるように想像するのですが、そうした人の一生のイメージが湧きません。 住み込み使用人といっても多種多様で地域や主家の事情でも異なるのだと思いますが、代表的なケース例ではどのような一生なのでしょう。
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 家には女中と母の妹が同居していました。商家は別ですが、普通の家庭には男子住み込みの家事使用人はまず居なかったと思います。運転手を置くならともかく、かれらの仕事がありません。

 当時は地縁、血縁の結びつきが強固でした。女中は父親の郷里から嫁入りまでの約束でやってきて、礼儀作法、料理、裁縫、子育てに至る女子一般の知識を学ぶことになっていました。こうした知識を教えることは主婦の義務であったと考えられます。

 また身元がしっかりしていることが条件なので、あまり斡旋所(桂庵)などの利用はなかったと思います。

 大家族制で、未婚の弟妹が同居しているのが普通でした。女中が里帰りしていても、家事に差し支えることは少なかったのではないでしょうか。

 詳しいことは、たとえば小泉和子『女中のいた昭和』などがお役に立つと思います。末尾にある読者の書評も面白い。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309727921/chickensoupwi-22/

 回答者は昭和前期の生まれ、東京のごく普通のサラリーマン世帯で育ちました。

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 当時は地縁、血縁の結びつきが強固でした。女中は父親の郷里から嫁入りまでの約束でやってきて、礼儀作法、料理、裁縫、子育てに至る女子一般の知識を学ぶことになっていました。こうした知識を教えることは主婦の義務であったと考えられま...続きを読む

Q人間の3大欲とはなに?

この質問は このジャンルでふさわしいのかどうかちょっと迷ったのですが・・・。

人間の 3大欲といわれるものがありましたよね。
あれは 食欲と 後はなんでしたでしょう?

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誰が 言い出したのでしょうか?

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人間の三大欲望は
食欲 睡眠欲 性欲 です。
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睡眠欲は,睡眠をとり,脳を休ませること。
性欲は,トイレで用をたしたり,エッチをしたり,する事
この3つはある程度は我慢が出来ますが,人間が生きていくためには必ず必要なことです。欲望というより,必要不可欠なことです。
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Q通りゃんせの歌・・・帰りの何が怖い?

通りゃんせの歌で
「行きは良い良い 帰りは怖い 怖いながらも通りゃんせ 通りゃんせ」
と歌いますよね。

私はむかしこの歌について「7歳のお祝いに札を収めて成長をお祝いする」ために天神様へのお参りをするということで聞いたことがあるんですが、めでたい席の帰りでなぜ帰りが怖いんでしょうか?お払いとか受けた後のはずなのに。
むしろ細道の行きの方が感覚的に怖く感じます。子供の成長についても7歳までのほうが7歳からよりも危ないような気がしますし。

なにか魔物の伝承でもあるんでしょうか?

Aベストアンサー

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。
 
  散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。
 
  「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。
 
  諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。
 
  行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。
 

参考URL:http://homepage2.nifty.com/osiete/s683.htm

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ...続きを読む

Q山手線を一周の所要時間を教えてください。

友人からの何気ない問いでしたが、気になっております。お分かりになりましたら、ご回答の方を宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

山手線は
大崎駅~五反田駅=2分
五反田駅~目黒駅=2分
目黒駅~恵比寿駅=2分
恵比寿駅~渋谷駅=2分
渋谷駅~原宿駅=3分
原宿駅~代々木駅=2分
代々木駅~新宿駅=2分
新宿駅~新大久保駅=2分
新大久保駅~高田馬場駅3分
高田馬場駅~目白駅=2分
目白駅~池袋駅=2分
池袋駅~大塚駅=3分
大塚駅~巣鴨駅=2分
巣鴨駅~駒込駅=2分
駒込駅~田端駅=2分
田端駅~西日暮里駅=2分
西日暮里駅~日暮里駅=1分
日暮里駅~鴬谷駅=2分
鴬谷駅~上野駅=2分
上野駅~御徒町駅=2分
御徒町駅~秋葉原駅=3分
秋葉原駅~神田駅=2分
神田駅~東京駅=2分
東京駅~有楽町駅=2分
有楽町駅~新橋駅=2分
新橋駅~浜松町駅=2分
浜松町駅~田町駅=3分
田町駅~品川駅=3分
品川駅~大崎駅=3分
となり、一周するのに64分程かかります。また電車によって所要時間は若干変わって来るので、これは参考ということにしておいて下さい。

Q戦災孤児はどこへ消えましたか?

終戦直後あちこちの都市にいた戦災孤児。靴みがきや金属拾いなどでたくましく生きていた様子が当時の映像資料などで見ることができます。
しかし皇太子殿下御成婚や、東京オリンピックの頃には当然その姿は見かけないようです。
あれから彼らはどのような人生を歩んだのでしょう??
・アメリカ人の養子縁組などで海外に出た
・栄養失調、伝染病等のために一般人より寿命が短かった
・愚連隊、ヤクザ稼業を歩んだ
・仕事を持ち、一般人の社会に溶け込んだ

おそらく今でもご存命の方々はいらっしゃると思います。
体験をお聞かせ頂ければ幸いです。

Aベストアンサー

今年70になった私の叔父は、戦災孤児です。というと変な言い方ですが、実は私の父やもう一人の叔父(父の弟)とは血がつながっていないのです。私の祖母が、東京大空襲の翌日、飯田橋(不思議なことにその一角だけ焼け残ったそうです)という所で近所の子供が焼け出され、孤児になったのを不憫に思って家に連れてきたのだそうです。戦後、養子縁組だか何だかをして(終戦後のどさくさですから)、自分の子供として育てました。祖母は女手一つで3人の子供を育て、全員を大学まで出しました。実は、3人兄弟の中で、一番の出世頭は、その叔父です(笑)
私の父は生前、酔っぱらうと、「あいつは、血が違うからできが良いんだ」と叔父のことをほめて?いました。別に隠すこともなく、普通にそんな話をする兄弟だったようです。
祖母も父もとっくに亡くなっていますから、何でそんなことをしたのかは分かりません。ただ、その叔父は、今でも祖母(本人からすると義理の母)に深く感謝しています。

Q夫が部落出身である可能性が高いです

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセールスで度々来ていました。
母は時々物を買っていて、私と知り合う2年前から夫を知っていました。
その間、彼氏がいなかった私の写真を見せていたのは知っています。よく母から、「面白いお兄さんがいて○○(私)に会ってみたいと言っているけれど、どうする?」と言われており、その一年後に初めて3人で食事に行きました。
付き合いはそこからです。
付きあってから度々悩まされたのは、他人に対して暴言を吐いたり道路の真ん中で車を止めて怒ったりすることでした。
(先日も駐車場の枠外にとめていた車の人に暴力団のような言葉を吐いていたので知らない顔をして子どもと逃げました。)
私にも暴言や暴力(年に数回)があり、何度も別れようと思ってきました。
しかし、夫にも優しい所があり、初めての人でしたので夫がすべてだという気持ちがあり、結局結婚に至りました。
何かがおかしいと思ってきたのは結婚してからのことです。
毎週夫の実家に行くごとに義父母から親戚の職業を耳にしてきましたが所謂部落の方が多い職業についており、部落の方と結婚している人がとても多いのです。
また、義父は自営業をしていますが暴力と酒癖が悪く部屋中のものを壊したり、年に数回は義母の顔にあざができるほど殴るので本当に恐ろしいです。
本人たちの口から「部落」という言葉は結婚してからは何度となく聞いていますが、自分たちは違うというニュアンスで話してきます。
差別があるから夫のいとこは子供をつくらないし、結婚もしないとも聞かされてきました。
私が少し調べた結果は義父が部落出身のようです。
調べるきっかけとなったのは私の職場に夫がやくざまがいの電話をしてきたことでした。
それは、私の仕事用携帯に職場の男性のアドレスがあっただけのことでした。私的なメールは一切しておらず、上司から同僚まで全ての電話番号とアドレスが入っています。
夫はそれを浮気だと勘違いして、会社に怒鳴りこみの電話をしてきました。しかも妊娠初期の事でした。
その後出産の為辞めることとなりましたが、会社の上司から夫のことをかなり詳しく聞かれた上でそれとなく言われました。
本当にショックで血の気が引きました。
その後、義父母や夫がよく口にする地区をネットで検索してみると、全て部落に当てはまる地区で自分が住んでいる地区も昔はそうだったと知りました。
本当にショックでした。
冒頭に「悔しい」と書いたのは騙されたと感じるからです。
結婚前に夫の性格や暴力のことで母や親戚から反対されながらも結婚を選んだのは私です。
でも、墓場まで持って行こうとした夫が許せません。
私に話していたら結婚は迷ったかもしれない。
でもきっと結婚していたと思うんです。
それなのに純粋な気持ちでずっと夫を思ってきたのに隠し通そうとしている夫は裏切り者です。大嘘つきです。
夫を許せません。
結婚するまでは部落の人がいるのかどうかも知りませんでした。そして、部落が何かもよくわかりませんでした。
しかし、少しずつ勉強したり地区や周りの人間を見ていく中で分かったことがあります。それは差別する人間だけが悪いのではなく、差別される側にも問題があるということです。
義父や夫の親戚の会話は人間の血が通っていなくて、私にはとても理解ができません。酷い言い方かも知れませんが、気が狂いそうになるほど見ず知らずの他人を悪く言ったり暴言を吐きます。
私が言われることもあります。
今、人生にとても悩んでいます。こどもが小さいので母子家庭は厳しいかもしれませんが、穏やかな暮らしがしたいです。
夫とも義父母とも一切の縁を切ってこの土地からも逃れたい・・普通の考えをした人間と関わりあって生きたい。これが正直な気持ちです。
簡単にはいきませんが、何も考えずに生活しようとしても夫や義父が何か言動を起こす度にうんざりしている自分がいます。
まとまりの無い文章ですみません。
経験談やアドバイスなど、皆さんの考えをお聞かせ下さい。
どうぞ宜しくお願い致します。
最後まで読んで下さってありがとうございました。

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセ...続きを読む

Aベストアンサー

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませんしね。

この事案からまったくかけ離れた所で生活している物が
当事者に対して簡単に「差別はいけません」とは言い難いです。

関わった物の苦しみは関わった者しか分かりませんね。

輪の中に身を置くという事で、私は単なる個人の人格だけの
問題でもない気がします。

生活の環境と言う物は、個人の主観に大きく影響します。

周りを取り囲む人々が同じ価値観で接してくれば、少なからず
感化されますからね。

さて、問題は今後ですよね。
離婚されるなら身を隠す必要があると思いますよ。

今までの言動・行動を見ても旦那様自身がこの事をかさに
人を威圧する性格が見受けられます。
そういう境遇が持たしたら性格かもしれませんが、実際問題
多少危険である事は覚悟する必要があると思います。

出来れば御実家のご両親にもきちんと相談されて、考えうる
対応を模索しておく必要があると思います。

それでも先を考えれば、行動する価値は十二分にあると思います。
今は×1も珍しくありません。
心穏やかな生活が迎えられると良いですね。

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませ...続きを読む


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