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「帝都防衛軍」に該当する当時実在した日本の国防組織(陸軍部隊)の正式名と所在地等なんでも結構なので教えて下さい。

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A 回答 (2件)

>東京防衛軍所属の渡辺直隆少佐について



 ということですが、私は、一般人で専門家ではありませんし、とくに東京防衛軍について調査している者でもありません。同防衛軍は戦争末期に編成された組織のため、ほとんど資料が存在しません。したがって、膨大な数の陸軍将校のうちの一人についてお尋ねになられてもちょっと答えようがありません。(例えば横浜の特設警備第54大隊長、佐々木武雄大尉のように大宅壮一の『日本の一番長い日』に採り上げられた程の人物なら別ですが)
 どのような事情がおありか判りませんが、個人情報については厚労省の援護局あて、問い合わせられては如何でしょうか。

 私が知りうる狭い情報では、同少佐は福島県出身で陸軍士官学校第44期卒業。北海道稚内駐屯の第42師団司令部の参謀部付き将校として勤務後、時日不明ですが警備旅団司令部へ転属となられたようです。

 今、手元の資料を見たら、警備旅団はそれぞれ指揮下に特設部隊を編入していた、とあります。参考までに列挙しておきます。左から部隊名・通称号・所在地。


 警備第1旅団指揮下  特設警備第62大隊 (東部第7877部隊) 東京、江戸川
                特設警備第64大隊 (東部第13308部隊) 東京、足立
                特設警備第67大隊 (東部第13311部隊) 東京、本所
                特設警備第69大隊 (東部第13313部隊) 千葉、市川
                第26特設警備工兵隊 (東部第13331部隊) 東京、立川

 警備第2旅団指揮下  特設警備第59大隊 (東部第7874部隊) 東京、豊島
                特設警備第61大隊 (東部第7876隊) 東京、品川
                特設警備第65大隊 (東部第13309部隊) 東京、世田谷
                特設警備第66大隊 (東部第13310部隊) 東京
                特設警備第68大隊 (東部第13312部隊) 同上
                第3特設警備工兵隊 (東部第2163部隊) 東京、王子
                第4特設警備工兵隊 (東部第2164部隊) 東京、品川
                第6特設警備工兵隊 (東部第2166部隊) 東京、中野

 警備第3旅団指揮下  特設警備第51大隊 (東部第7887部隊) 神奈川、川崎
                特設警備第52大隊 (東部第7888部隊)  同上
                特設警備第53大隊 (東部第7889部隊) 神奈川、横浜
                特設警備第54大隊 (東部第7890部隊) 同上
                第7特設警備工兵隊 (東部第2167部隊) 神奈川、川崎
                第8特設警備工兵隊 (東部第2168部隊) 神奈川、横浜
  
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この回答へのお礼

またまた早々としたご回答、重ね重ね御礼申し上げます。陸士44期卒、貴重な情報です。確かに渡辺少佐は福島県の三春町ご出身です。厚労省援護局、打診の機会を伺おうと思います。あとは直接ご親族にお話を伺う機会を、私事ですが皆無でもなさそうなので、気長に待とうと思います。
しかしここまで詳細に情報を教示頂けると、一般人で専門家ではないとのお話ですが、なかなかどうして貴方様の知識量に感服いたしました。
--本当にありがとうございました。--敬具

平成20年4月13日

yatiyochan様

謹んでお礼まで
howaldt拝

お礼日時:2008/04/13 23:38

 「帝都防衛軍」に該当する軍隊(司令部)は、たとえば大正期の「東京警備司令部」や支那事変当時の「東部軍」、太平洋戦争末期の「東京防衛軍」などです。

このうち「東京防衛軍」がイメージに最も近いか、と思います。
 
 「ウィキペディア」にこれ等に関する概略があります。(この程度でよければ)参考にされてはいかがでしょうか。

 「東京警備司令部」にかんして、
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC% …

 「東部軍(東部防衛司令部)」にかんして、
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%A8% …
 
 「東京防衛軍」にかんして、
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC% …

 
 「東京防衛軍」について補足しておきますと、太平洋戦争末期の1945年(昭20)年4月8日、大本営は、それまでの「内地防衛軍」から本土決戦すなわち「本土二侵寇スル敵軍ヲ撃滅シテ其ノ非望ヲ破摧スル」ために「第1・第2総軍・航空総軍」へ編制を改正し、「根こそぎ動員」と呼ばれたほどに大量の部隊を編成して備える準備(決号作戦準備)に入りました。その後、同年6月19日第1総軍司令官に対してとくに「帝都要域の作戦につき準拠すべき要綱」により、決号生起の場合に宮城(皇居)奉護を主眼とする作戦のための統帥組織と作戦要領を示しました。それに基づき「東京防衛軍」が編成され、戦闘序列が令されました。(大陸命第1355号)

 防衛軍といっても、司令部は司令官と参謀長以下四名、司令部通信や管理部がなく、兵力も警備旅団(3)、独立工兵大隊(2)のみで、直属砲兵がなく、機動力もありませんでした。

 「ウィキ‥」には司令部参謀の名がありませんので、列挙しておきます。林 勝三中佐(陸士40期)、秋根正人少佐(陸士43期)、堀江 純少佐(陸士52期)。

 東京防衛軍の兵団文字府は「幡」で通称号はありませんでした。司令部は東京。
 
 警備旅団は旅団司令部、警備歩兵大隊(6)、旅団通信隊からなりました。以下は各部隊の所在地。
 警備第1旅団の司令部(幡第2122部隊)と旅団通信隊は東京北区西ヶ原。警備歩兵第1大隊・第5大隊は足立区千住。警備歩兵第2大隊は墨田区横川橋。警備歩兵第3大隊は葛飾区金町。警備歩兵第4大隊は豊島区池袋。警備歩兵第6大隊は江戸川区小岩。
 警備第2旅団の司令部(幡第2118部隊)と旅団通信隊は目黒区駒場。警備歩兵第7大隊は府中。警備歩兵第8大隊は中野区宮前通。警備歩兵第9大隊は立川市錦町。警備歩兵第10大隊は世田谷羽根木。警備歩兵第11大隊は大田区馬込。警備歩兵第12大隊は目黒区鷹番。
 警備第3旅団の司令部(幡第14234部隊)と旅団通信隊は渋谷区谷戸。警備歩兵第13大隊は神奈川県川崎市下平間。警備歩兵第14大隊は横浜市神奈川区下子安。警備歩兵第15大隊は横浜市西区。警備歩兵第16大隊は港北区。警備歩兵第17大隊と旅団通信隊は川崎市鶴見。警備歩兵第18大隊は東京北区。
 独立工兵第83大隊(鉾第27404部隊)は東京北区。独立工兵第116大隊(中部第28374部隊)は広島にて編成中に原子爆弾被爆のため出発できず。

 となっていました。
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この回答へのお礼

こんなに早く回答があるとは、さすが「教えて」です。ご教示頂いた内容がまさに求める回答だと思います。心より御礼申し上げます。ところで、東京防衛軍所属の渡辺直隆少佐についてはご存知ないでしょうか。あらためまして、よろしくお願いいたします。

お礼日時:2008/04/12 20:59

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太平洋戦争で、第一段作戦終了後、進行した師団(G、2、5、38、48等)を現地復員し、内地よりの補充を加えて、第10~18の独立守備隊が、編成されました(第10のみ新編)
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 先の大戦中の南方戦域における独立守備隊は、

1)1942年2月軍令陸甲第12号により臨時編成された

 第10独立守備隊:留守第3師団にて編成。独守第31~35大隊。補充担任:第43師団。


2)同年9月軍令陸甲第71号により現地において復帰(復員)した第10野戦補充隊、独立混成第4連隊、第5兵站地区隊、第43兵站地区隊、第78兵站地区隊、第47兵站地区隊本部、第47兵站勤務中隊、第48兵站地区隊本部、第48兵站勤務中隊、第14野戦勤務隊本部、第15野戦勤務隊本部、陸上勤務第77中隊、陸上勤務第78中隊、陸上勤務第108中隊の人員及び内地からの補充員を以て臨時編成された

 第11独立守備隊:独守第36~39大隊。補充担任:第46師団。

 第12独立守備隊:独守第43~47大隊。補充担任:第42師団。

 第13独立守備隊;独守第48~51大隊。補充担任:第65旅団。

 第14独立守備隊:独守第52~55大隊。補充担任:第47師団。

 第15独立守備隊:独守第56~59大隊。補充担任:第64独立歩兵団

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 独立守備歩兵第41大隊:補充担任:第42師団

 独立守備歩兵第42大隊:補充担任:第42師団

 ※独守第40・41大隊は、ボルネオ島において独立混成第4連隊(岡山歩兵第154連隊補充隊にて臨時編成)の復帰人員を基幹として編成されたのち1944年11月~1945年2月にかけ独立歩兵第432大隊、独立歩兵第554大隊へ改編改称した。

 ※独立守備歩兵第42大隊は、初めビルマ南部のちマレー、第94師団編成要員となる。

3)1942年12月軍令陸甲第111号下令により、

 第17独立守備隊:独守第62~65大隊。補充担任:第46師団。

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 第18独立守備隊:独守第66~69大隊。補充担任:第42師団 

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