ウォーターサーバーとコーヒーマシンが一体化した画期的マシン >>

日本語教育における推量表現はどこまで捉えるべきでしょうか。モラリティ、文末表現、あるいは助動詞などいろいろなカテゴリができますが、「らしい」「ようだ」「みたいだ」と「だろう」は一つのカテゴリとして考察することができるんでしょうか。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

> 「聞くところによると」という情報源提示してあるから、「伝聞」と


> 考え込みやすいのでは。

確かに紛らわしいですね。
でも、理屈は天気予報の場合と同じです。

聞くところによると彼は野球選手らしい。

聞いた情報から判断して、彼は野球選手だと考える。(私はそう推量する)

こういうことです。
つまり、「彼は野球選手だそうだ」と単に聞き伝える(伝聞)のではなく、情報を自ら評価・判断した上で語る言葉が「らしい」なのです。
<例>
本人の説明によれば、彼は野球選手だそうだ(伝聞)。しかし、あのぎこちないプレーを見ると、どうもそれは嘘らしい(推量)。
    • good
    • 0

こんにちは ( ^^



「みたいだ」と「ようだ」は、共に例えや不確かな断定を表わします。
<例>
・盆のような(みたいな)月が‥ 例え
・台風は去ったようだ(みたいだ)‥ 断定

「らしい」、「だろう」は文句なしに推量でしょう。
ただ、「だろう」は何の根拠もない単なる憶測をも含みます。
<例>
・そのうち何とかなるだろう。

これに対して「らしい」は何等かの根拠がある(信憑性は別として)場合の表現です。
<例>
・天気予報を見た限りでは、明日は晴れるらしい。

waecnu さんが「伝聞」だと思われたのは、多分この辺ではないでしょうか。
ただこの例の場合、天気予報‥と言うか気象予報士から聞いた伝聞情報に基づくとは言え、結果として「晴れるらしい」と考えること自体は話し手自身の “推量” であり、伝聞ではありません。
伝聞は、次のように「そうだ」を使います。
<例>
・天気予報によれば、明日は晴れるそうだ。
(予報士が晴れると言っている)

この回答への補足

MockTurtleさん、回答ありがとうございます。
「推量」と「伝聞」の境目がよく分からないが・・・

天気予報の例やお医者さんの例は信頼性のある発言のほうで、「らしい」はMockTurtleの言うに確か一理があり、「伝聞」ではなく、「推量」であると考えられる。

しかし、下記の文の場合

聞くところによると彼は野球選手らしい。 

「聞くところによると」という情報源提示してあるから、「伝聞」と考え込みやすいのでは。

補足日時:2008/04/20 15:44
    • good
    • 0

例示された3言葉は、みんな助動詞ですから、その意味では同じカテゴリーといえなくもないと思います。

しかし、同じ助動詞でも、次のような違があります。
・らしい=「らし」の口語で、推量を表す接尾語。
・ようだ=「~のようだ」と比較・比喩を表す。
・みたいだ=「みたようだ」のつまったことばで、「ようだ」と同じ。
これに対し
・だろう=「であらう」の口語化したもので「で」は助詞、「あら」は動詞「ある」の未然形、「う」が助動詞です。この「う」は推量ではなく「予想」の助動詞です。
したがって「だろう」は同じカテゴリーとは言えないと思います。

この回答への補足

roku43さん、とても分かりやすい解説をしていただいて、ありがとうございます。日本人の感覚から見ると、

>>「らしい」 推量を表す接尾語。
>>「みたいだ」は「ようだ」と同じ。

というふうになっているといえるでしょうか。

roku43さんは国語教育の立場から解釈は通じますが、しかし外国人対象とする日本語教育の現場ではどういうふうに教えるべきか。私自身は基本的な意味をまず教えるべきだと、例えば「らしい」の「推量」を基本用法としない、「伝聞」の用法を基本用法にするべきではないかと考えいますが、どうでしょう。現行の日本語教育の教材を見ると、初級・中級の教材においては、「らしい」の「伝聞」の用法は明記されていないことは確かなことである。

補足日時:2008/04/20 11:10
    • good
    • 0

以下のURLでの考察を参考にしてみてください。



http://nels.nii.ac.jp/els/contents_disp.php?id=A …

私にはしっくりきましたが、どうですかね?

この回答への補足

jo-zenさん、リンクありがとうございます。残念ながら、教えていただいたURLをアクセスしてみたが、エラーが発生したので、見られませんでした。
確かにWaseda大には同じテーマの論文を拝読したことがあるが、3者の使い分けなど作者なりの意見が出てましたが、どうも現場教師の教え方が言及していなくて、私は現場の教師なら、どのように教えているかに興味ですね。

補足日時:2008/04/20 11:03
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q伝聞の「そうだ」と「らしい」 

いつもお世話になっております
伝聞の「そうだ」と「らしい」についてですが。
本とかいろいろ読んだりしてみたのですが。ニュアンスの違いがつかめなくて困っています
例:「明日雨が降るそうだ」と「明日雨が降るらしいだ」
「彼女結婚したそうだ」と「彼女結婚したらしいだ」
意味は同じなのでしょうか「らしい」の方が会話でよく使われているのですか?どうか教えてくださいお願いします

Aベストアンサー

 「らしい」は「伝聞」を表すわけではありません。

 たとえば『大辞泉』の「らしい」の項の「2」にあるように、

「2 伝聞や推量に基づく婉曲(えんきょく)な断定の意を表す。」
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%84&stype=1&dtype=0

といった用法で使われます。「伝聞」でなく「婉曲な断定」(1.3の用法もありますが)なのです。

 たまたま根拠になる事柄が人から聞いたことである場合もありますが、自分で判断したことに基づいて言う場合もあります。
 「明日雨が降るらしい」は、雲の動きから自分で判断した場合もいえます。
 「彼女結婚したらしい」も、今までしていなかった指輪をしているのに自分で気づいてそういうこともできます。

 これに対して「(伝聞のほうの)そうだ」は、人から聞いたことにしか使いません。
 「(様態のほうの)そうだ」なら、「らしい」同様に、自分で判断した場合にも、「雨が降りそうだ」と言えます。

 「らしい」は「伝聞」を表すわけではありません。

 たとえば『大辞泉』の「らしい」の項の「2」にあるように、

「2 伝聞や推量に基づく婉曲(えんきょく)な断定の意を表す。」
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%84&stype=1&dtype=0

といった用法で使われます。「伝聞」でなく「婉曲な断定」(1.3の用法もありますが)なのです。

 たまたま根拠になる事柄が人から聞いたことである場合もありますが、自分で判断したことに基づいて言う場合もあります。
...続きを読む

Q「たら」「れば」「なら」の使い方

わかりづらいタイトルですいません。
実は日本語を勉強中の中国人から「たら」「れば」「なら」の使い方がわからないとの質問を受けたのですが、私自身明確な回答がだせません。
〔例〕
・雨が降れば、洗濯物が干せません。
・雨が降ったら、洗濯物が干せません。
・雨が降るなら、洗濯物が干せません。
このようにニュアンスが多少違う程度で、どれも同じような内容になると思います。
外国人に対してこのような場合の「たら」「れば」「なら」の使い方を説明すればよろしいでしょうか?

Aベストアンサー

「たら」「れば」「なら」には、本来的には以下の(1)、(2)、(3)のような違いがあると思います。ただ、慣用的には、その違いが不明瞭になり、同じような意味で使われてしまっているというのが現状だと思います。ですから、例に挙げられたものについては、慣用的視点での意味の違いはあまりないでしょう。

(1)「れば」は、現在形の仮定です。この仮定は、普通の仮定です。
(例)気温が下がれば、寒くなる。

(2)「たら」は、過去形の仮定です。2つの用法があります。一つ目は、過去に起こったことに対する仮定です。すなわち、現実には起こらなかったことに対する仮定です。
(例)もし、彼が事故に合わなかったら...(実際には事故に合った)

もう一つの用法は、現在、または、未来に対する仮定です。この仮定は本来は、実際には起こる可能性が非常に低いこと(あるいは、感情として絶対起こって欲しくないこと)を仮定する場合に用います。
(例)もし、彼が死んだら、生きていけない。
(例)もし、空を飛べたらどんなに楽しいだろう。

(3)「なら」は、「動詞等終止形+(の)+なら」あるいは「名詞or名詞句」+「なら」として使います。意味的には、仮定というより、「~~の場合は」的な意味になります。
(例)赤なら止まれ、青なら渡れ。
(例)飲むなら乗るな、乗るなら飲むな。
(例)歩くなら良いが、走るならごめんだ。

以上の3つの違いを中国の方に説明する場合は、以下のような関係になると思います。

(1)「れば」=如果(ruguo)
(2)「たら」=万一(wanyi)
(3)「なら」=的時候(deshihou)

以上です。

「たら」「れば」「なら」には、本来的には以下の(1)、(2)、(3)のような違いがあると思います。ただ、慣用的には、その違いが不明瞭になり、同じような意味で使われてしまっているというのが現状だと思います。ですから、例に挙げられたものについては、慣用的視点での意味の違いはあまりないでしょう。

(1)「れば」は、現在形の仮定です。この仮定は、普通の仮定です。
(例)気温が下がれば、寒くなる。

(2)「たら」は、過去形の仮定です。2つの用法があります。一つ目は、過去に起こったことに対する仮...続きを読む

Q料、代、費の使い分けについて

料、代、費の使い分けについて
表題どおり、料・代・費はどう使い分けますか。いつも間違えて使っていますが、何かルールでもないんでしょうか。教えてもらえると嬉しいです。

Aベストアンサー

使い分は、慣用によるところが大きく、明確なルールがあるとは言えません。
大まかには次の使い方でいいと思います。


「代だい」
   何かと交換に支払う(または、受けとる)お金を表わす。商品(経済的に価値のあるもの)に対して支払う金額であることが多い。
   電話代、バス代、ガソリン代、部屋代、電気代、ガス代、お茶代、バイト代

「料りょう」
   何かの利益(サービスなど)を受けた(または、与えた)ことに対して支払う(または、受けとる)お金を表わす。あらかじめ決まった一定の値段である場合が多い。
   使用料、レンタル料、入場料、紹介料、授業料、送料、サービス料、延滞料

「費ひ」
  (自分または相手が)何かをするために必要なお金を表わす。支払わなければならない(または、用意しておかなければならない)お金という意味合いがある。
   医療費、教育費、交通費、学費、会費、生活費、食費、交際費

「賃ちん」
  労働や借りものに対して支払うお金を表わす。
    家賃、電車賃、手間賃、運賃、船賃 借賃

会社での使い分けはこれまでの慣用に従うしかありません。
  電話代でも電話料でもどちらがあっているということはありません
  今まで電話代であればこれからも電話代でいいと思います。

使い分は、慣用によるところが大きく、明確なルールがあるとは言えません。
大まかには次の使い方でいいと思います。


「代だい」
   何かと交換に支払う(または、受けとる)お金を表わす。商品(経済的に価値のあるもの)に対して支払う金額であることが多い。
   電話代、バス代、ガソリン代、部屋代、電気代、ガス代、お茶代、バイト代

「料りょう」
   何かの利益(サービスなど)を受けた(または、与えた)ことに対して支払う(または、受けとる)お金を表わす。あらかじめ決まった一定の値段で...続きを読む

Q物の状態を表す「ている」と「てある」の違い

 日本語を勉強中の中国人です。物の状態を表す「ている」と「てある」はどのように違うのでしょうか。以前も聞いたことがあるのですが、まだよく理解していないと思います。動作主をほのめかすのはどちらの言い方なのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えて頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>物の状態を表す「ている」と「てある」はどのように違うのでしょうか。
 :
それは具体的に、次の引用のテーマとマッチングするものでしょうか。

「窓が開いている。=自動詞「て」+いる=結果の状態
 窓が開けてある。=他動詞「て」+ある=対象の結果の状態。動作主を暗示する。

「~てある」の形でかならず問題になるのは、「窓が開いている」と「窓が開けてある」の異同如何というものである。簡単に言えば上のようになる。…日本語教育では翻訳をしない。なるべくしないようにしている。…よく似た文があると、このような練習をさせる一方、その違いは何あるかが、教師の間で問題になる。このようにして、「窓」の問題はつねに教師たちに関心の持たれる問題になった。」(吉川武時「日本語文法入門」(株)アルク 119-120頁)

もしそうであれば、次のように考えてはいかがでしょう。
自動詞「開く」に必須の格成分は「対象」「が」です。
他動詞「開ける」に必須の格成分は「動作主」「が」と「対象」「を」です。
そして、他動詞での「対象」を「が」格に上げることで、本体の「が」格に来るべき「動作主」をあえて省略させる表現方法があります。例題のように「開けてある」のように「対象の結果の状態」にスポットを当てたい時には、「動作主」が誰であるかは情報価値が相対的に低くなってくることから省略して煩雑を避ける方便になります。その結果は、ご質問のいわゆる「動作主をほのめかす」用法ともみなせるでしょう。

参考:「「~てある」の意味と動詞の種類との関係」(「吉川武時のホームページ」内)
http://w01.i-next.ne.jp/~g140179870/tearunoimi.html

>物の状態を表す「ている」と「てある」はどのように違うのでしょうか。
 :
それは具体的に、次の引用のテーマとマッチングするものでしょうか。

「窓が開いている。=自動詞「て」+いる=結果の状態
 窓が開けてある。=他動詞「て」+ある=対象の結果の状態。動作主を暗示する。

「~てある」の形でかならず問題になるのは、「窓が開いている」と「窓が開けてある」の異同如何というものである。簡単に言えば上のようになる。…日本語教育では翻訳をしない。なるべくしないようにしている。…よく似た文が...続きを読む

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q「きっと」、「おそらく」、「たぶん」

 日本語を勉強中の中国人です。

 「きっと」、「おそらく」、「たぶん」の違いは何でしょうか。あるいは質問の聞き方をちょっと変えさせていただいて、推量することに対して、話者はそれぞれどれぐらいの自信度を持っているのでしょうか。また、この三つの言葉の後ろは普通「だろう」と呼応する必要があるのでしょうか。

 質問文に不自然な日本語の表現がありましたら、それも教えていただければ有難いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<推量することに対して、話者はそれぞれどれぐらいの自信度を持っているのでしょうか。>

1.自身度・実現可能性度、の高さは

「きっと」→「おそらく」→「たぶん」

の順に高くなります。

2.例文

(1)「彼は、きっと、試験に合格するだろう」
合格する確率は90~100%

(2)「彼は、おそらく、試験に合格するだろう」
合格する確率は60~90%

(3)「彼は、たぶん、試験に合格するだろう」
合格する確率は50~70%

となります。

3.いずれも話し手の主観(subjective opinion)によります。


ご質問2:
<この三つの言葉の後ろは普通「だろう」と呼応する必要があるのでしょうか。>

必ずしも、ではありません。

1.推量の助動詞「う」が使われないこともあります。

2.その場合は、確信度が強まります。
例:
「彼はきっと試験に合格する」
確信度99~100%

「彼はきっと試験に合格するだろう」
確信度90~100%

3.また、推量の助動詞を使わないで、断定で言い切る用法は、話し手の「強い願望」が込められる場合があります。つまり、可能性はそれほどなくても、「そうであってhしい」「そうでなければならない」という強い願望が込められる場合です。
例:
「彼はきっと試験に合格する」
と言った場合、たとえ合格率は本当は少なくても(可能性がなくても)、合格して欲しい、という願望が強ければ、そのような言い方をすることはあります。

また、そう言い聞かせることも、心理的にやる気をアップさせ、可能性がなかったのに合格する、ということもあり得ます。一種のモチベーション作戦です。

4.他の「おそらく」「たぶん」も同様で、「だろう」を呼応させないで断定の「だ」だけで呼応させることも可能です。その場合、確信度・可能性が高まります。

5.「きっと」などの場合は、願いを強調するために、「~と信じている」「~するものと信じている」といった表現も使われます。
例:
「彼はきっと試験に合格すると信じている」


ご質問3:
確信度99~100%

「彼はきっと試験に合格するだろう」


ご質問2:
<質問文に不自然な日本語の表現がありましたら、それも教えていただければ有難いです。>

まったくありません。日本人かと思われるほど完璧な日本語です。

しいて言えば、「自信度」は「確信度」の方が適切ですが、間違いというわけでもありません。

awayuki_chさんはいつか「きっと」、完璧な日本語を話されます。(100%の断定(笑))

以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<推量することに対して、話者はそれぞれどれぐらいの自信度を持っているのでしょうか。>

1.自身度・実現可能性度、の高さは

「きっと」→「おそらく」→「たぶん」

の順に高くなります。

2.例文

(1)「彼は、きっと、試験に合格するだろう」
合格する確率は90~100%

(2)「彼は、おそらく、試験に合格するだろう」
合格する確率は60~90%

(3)「彼は、たぶん、試験に合格するだろう」
合格する確率は50~70%

となります。

3.いずれも...続きを読む

Qさせてあげる、させてもらうの区別は?

授受動詞「させてあげる」、「させてくれる」、「させてもらう」はいつも見つかれます、でも、この三つの区別は困っています。使う場合を詳細にご説明お願いします。
ありがとうございます。

Aベストアンサー

No.2の回答者です。お礼のお言葉をありがとうございました。

>>>
この質問について、再質問いたします。
これは2000年能力試験の過去問題です:
A:誰かポスターを書いてくれる人を知りませんか。来月、会社オーケストラのコンサートを開くんです。
B:ああ、それなら弟に書かせてやってくださいませんか。美術学校の学生なんです。
ここで「させてやる」と「くださる」がすべてありそうです。これはパターン1(させてやる)ですか、パターン2(させてくれる)ですか。
ちょっと分析していただけませんか。



「誰かポスターを書いてくれる人を知りませんか」
から
「ポスターを書いてくれる人」
の部分だけ取り出します。
これを、「人」を「鈴木さん」に取り替えて、「佐藤さんは」を主語とした文に書き換えると、
「鈴木さんはポスターを書いてくれる」(2のパターン)
となります。



まず、
・「~せてやって」は、「~せてあげて」と同じ意味・用法です。
・「くださいませんか」は「くれないか」の丁寧語です。

ですから、
「弟に(ポスターを)書かせてやってくださいませんか。」
  = 「弟に(ポスターを)書かせてあげてくれないか。」
となります。
肯定文にすれば、
「弟に(ポスターを)書かせてあげてくれる。」
です。

話す相手の名前が佐藤さんだとすれば、
「佐藤さんが弟にポスターを書かせてあげてくれる。」
となります。

ここで注意しなくてはいけないのが、
文末にある「くれる」は、「~せてくれる」の用法ではないということです。
「~せてくれる」の用法ならば、「書かせてあげさせてくれる」になります(かなり不自然な日本語ですが)。
(たぶん、このことについては、日本人でも、ちゃんと分析できる人は少ないと思います。)

書くことを許可する人は佐藤さんです。
書くことを許可される人は弟です。

そういうわけで、
「佐藤さんが弟にポスターを書かせてあげてくれる。」
から「くれる」を取り去って、
「佐藤さんが弟にポスターを書かせてあげる。」
という文として考えることができます。

ですから、
「弟に書かせてやってくださいませんか。」
は、1のパターンです。


なお、
>>>「~せてやって」は、「~せてあげて」と同じ意味・用法です。
と書きましたが、
「やる」は「あげる」よりもぞんざいな表現です。

「金はやるから、秘密はばらすな。」 ・・・ぞんざい
「お金はあげるから、秘密は守ってくれ。」 ・・・普通
「お金は差し上げますから、秘密は守ってください。」 ・・・丁寧

「今年は自由にやらせてやるから、来年はちゃんと勉強しろ。」 ・・・ぞんざい
「今年は自由にさせてあげるから、来年はちゃんと勉強してね。」 ・・・普通
「今年は自由にさせてあげますから、来年はちゃんと勉強してください。」 ・・・丁寧


以上、ご参考になりましたら。

No.2の回答者です。お礼のお言葉をありがとうございました。

>>>
この質問について、再質問いたします。
これは2000年能力試験の過去問題です:
A:誰かポスターを書いてくれる人を知りませんか。来月、会社オーケストラのコンサートを開くんです。
B:ああ、それなら弟に書かせてやってくださいませんか。美術学校の学生なんです。
ここで「させてやる」と「くださる」がすべてありそうです。これはパターン1(させてやる)ですか、パターン2(させてくれる)ですか。
ちょっと分析していただけ...続きを読む

Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝...続きを読む

Q「じゃない」と「んじゃない」の違いについて

こんにちは。 日本語に関する質問です。日本語の学習者に

Q「じゃない」と「んじゃない」の違いは?

と聞かれたら、どのように説明しますか。 ご回答・ご意見、お待ちしております。

Aベストアンサー

「じゃない」は助詞「では」の転化で、「ではない」そうじゃない=そうではない
いいじゃない=いいではない

「んじゃない」の 「ん」は「の」の転化

いいんじゃない=いいのではない するんじゃない≒するのではない

となります。

動詞には「んじゃない」で接続する方が多いとおもいますが

Aあのみちをまっすぐ行くじゃない。
Bあの道をまっすぐ行くんじゃない

では意味がちがいます。
Aはあのみちをまっすぐいくと
意志 推定の要素が強い

Bはあの道をまっすぐ行くのではないかしら
仮定 推量の要素がつよい。

兎に角例文を沢山作って類推する様にされたらいかがでしょうか。




例えば 笑うじゃない 笑うんじゃない

どちらも推量の意味のだとおもいますっが、んじゃないの方が柔らかい言い回しだと思います。


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング