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三十年戦争にはどんな意味合いがある戦争だったんですか?

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A 回答 (5件)

三十年戦争は、ヨーロッパにおける最も重要な事件のひとつでした。


経緯などは、ご自分でお調べになれば分かると思います。

三十年戦争の結果、ヨーロッパの中世は、完全に終結し、近代へと移ります。
それまで国民と領主とは、ほとんど別の世界に生活しており、お互いに生活面では無関係でした。
戦争も領主や国王などのスポーツ的な面が強く、相手を殺さないのがルールでした。
しかし三十年戦争では、国家というものが全面に出て戦ったため、人民は国民になり、傭兵は常備軍となり、社会情勢は一変します。
それまで終わりつつあった中世は、完全に終結し、始まりつつあった近世へと完全に移行します。
それは戦場となったドイツばかりでなく、参戦しなかった国も含めた西ヨーロッパに波及します。(イタリアは例外ですが)
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全ての戦争はただ悲惨であり無意味なものですが、あえて言うなら、



1.最後で最大の宗教戦争であること
 (最後は旧教国フランスが新教側に立って参戦したために
  宗教対立ではなく国家間の勢力争いになってしまったが)
2.神聖ローマ帝国が事実上解体されたこと

以上の2点に尽きるのではないでしょうか。
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30年間も戦争していたことだと思います。

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発端はオーストリアハプスブルグ家(カトリック、いまのドイツ)が領地内の新教徒貴族(プロテスタント、いまのオーストリアのチェコ人)迫害したことです。


周辺国(ドイツ(神聖ローマ帝国)やスペイン中欧東欧北欧まで全欧州60か国! イングランドは不参加)もそれぞれの思惑で参戦した。ドイツにはスエーデン(新教)デンマーク(新教)やフランスの1部(カトリック)が付く、宗教だけでなく領土拡大の野望です。裏切りと連合繰り返す。
当時の兵士は傭兵です。雇われる間はどこの国にも参加し、失職中は徒党組んで農村荒らす。農民にとっては戦争中は領主に、戦間期は傭兵にむごい目にあう。人口が半減したのは傭兵による虐殺の結果です(ペストのせいにする説もある)
イギリスとフランスが中央集権強めるとき(絶対主義の確立)、ドイツは農村と産業が停滞し小国分裂続けた。のちに後進国ドイツとなるきっかけです。スペインが没落しフランスが強国になる。

Wikipediaの説明はちょっと信頼できないが(^^)
ネットで検索すれば解説はいくつもあります。人によって意見は違うが流れはつかめるでしょう。
http://www.geocities.jp/timeway/kougi-65.html
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BD%BD%C7%AF …
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宗教対立と民族対立、権力闘争が複雑に絡み合い、断続的に続いた戦争です。


詳しくは↓をどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81% …
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