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回答お願いします。

今回、光市事件で死刑判決が出た訳ですが判決文を読んでみますと、死刑を回避する為には遺族で有る本村氏から(生きて償って欲しい)との発言がない限り不可能だったと思います。

何故なら、死刑判決を出すのは決定していた。
すべてはそこから始まっていますので、弁護団の合理的な証拠を含めすべて事実関係を無理やり却下しています。検察側の主張ではどうにも説明出来ないことも含めすべて採用(ドラえもんの話以上に不合理なことですら) 私も驚いたのでが、弁護団の驚きは相当なものだったと思います。

確かに、遺族の感情は大切かと思います、しかし今回の事件ではすべてに優先した、勿論証拠よりも優先。

(1)これは、日本の司法の崩壊と見て良いのでしょうか?
何故なら、今回の事件では弁護士では無理かと思います
(2)今後は事実関係は一切争わず法廷に僧侶、神父等が弁護士の変わりに現れ被告と一緒に謝罪する時代になるのでしょうか?
(3)最高裁が示した特段の事情とは、本村氏から(生きて償って欲しい)
との言葉でしょうか?

以上3点回答お願いします。

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A 回答 (9件)

>> ご自身の評価に基づくものとなっているからです。


> 自信の評価を合理的に覆す材料がこの事件一つもありません、ok2007様からも具体的事例を示されていないように、恐ろしいことにすべてがこの雰囲気で進行中です。

「自信(「自身」のタイプミスでありましょう)の評価を合理的に覆す材料がこの事件一つもありません」という部分が、正にこの事件の事実関係に対するita888さんの評価であり、その域を出ないのです。

前回投稿を繰り返せば、「『死刑判決を出すのは決定していた』とのことですが、決定していたことを直接に示す客観的証拠は無いはずです」という内容に対して、ita888さんご自身が積極的に『決定していたことを直接に示す客観的証拠』を何ら挙げず、ご自身の推論を「合理的に覆す材料がこの事件一つもありません」となさっている時点で、独自評価の域を出ないのです。

参考までに、私は、「死刑判決を出すのは決定していたかどうかは分からない」と考えております。なぜなら、未だ「決定していたことを直接に示す客観的証拠」を見聞きしていないからです。


>> 事実に対する評価です。
> 証拠が最優先されるべきではないでしょうか?

「証拠が最優先」とは、裁判における事実関係の把握の際には証拠を最優先とすべきだ、とおっしゃりたいのでしょうか。そうだとして、この点に対しては、証拠と評価とをきちんと峻別しておく必要がある、という答えになります。

証拠は、事実を基礎付けるものです。そのため、裁判においては、事実関係を把握する際には、証拠の有無を重視します。言い換えると、裁判所は、「証拠が最優先にされる」べきことを当然の前提としています。

ただし、証拠は、信用に値するものと、そうでないものとがあります。証拠が信用に値するためには、証拠が合理的である必要があります。そして、証拠が合理的といえるかどうかは、裁判官が判断し評価することによりなされるものです。そのため、合理的でないと裁判官が判断し評価された証拠は、信用に値しないものとして、裁判で採用されません。

今回のケースでも、裁判所は、被告人側の証拠の多くを「合理的でない」と評価したために却下したのであり、「合理的でない」証拠を採用すべきいわれはありません。すなわち裁判所は、「証拠が最優先される」べきことを当然の前提としつつ、被告人側の証拠を合理的だとは評価しなかったのです。

したがって、「証拠が最優先されるべきではないでしょうか」とのご指摘は、正にそのとおりであり、裁判所もそれを当然の前提として今回の事件を判断しています。判決文中の「本件記録によれば」という箇所は、その表れです。「本件記録」に、検察側・被告人側双方の証拠が記載されているからです。

すなわち、ita888さんと裁判所とは、「証拠が最優先される」べき点で一致しています。ita888さんと裁判所とが異なるのは、被告人側の証拠の多くを「合理的」と評価するか「合理的でない」と評価するか、という点です。

言い換えると、裁判所の「合理的でない」との評価に対して、「いや、被告人側が出したこの証拠は合理的だ」と評価することは、可能です。しかしながら、ある証拠に対する「合理的」か「合理的でない」かの判断そのものは、証拠ではなく評価です。

証拠とそれに対する評価とは区別して考えなければならないという点や、異なる評価もありうるという点を見落とすと、単なる独善に終始してしまいます。


> 2)についてですが、真摯に反省していた態度を貫いています、その証拠に事実関係は一切争ってません、前担当弁護士が散々やっています。
> 検察側から、最高裁に上告する為友人に充てた手紙が出てきた時期は1審2審の後です。そこで、前弁護士がこのままでは死刑回避が不可能と判断し、安田弁護士に泣きついた事実が有ります。

この点については、申し訳ありません、何をおっしゃりたいのか今ひとつ把握できません。

前回投稿のほぼ繰り返しになってしまいますが、事実関係を争わず、情状に訴えることは、古くから多くの弁護士がおこなっているものです。それが奏功しているケースも多々あります。もちろん、奏功しなかったケースもあります。すなわち、古くから今まで、情状への訴えが奏功したケース、奏功しなかったケースいずれもあるということです。

それを、今回の事件について情状への訴えが奏功しなかったかのように見えるからといって、これを一般化してすべての事件で弁護士のおこなう情状への訴えが意味をなさなくなったというのは、論理飛躍のし過ぎです。

なお、今回の事件では、被告人側は、単に情状へ訴えるのみならず、事実関係そのものも最高裁まで争っています。これを証拠付けるのが、最高裁判所の判決文中の「弁護人安田好弘,同足立修一は,当審弁論及びこれを補充する書面において,原判決が維持した第1審判決が認定する各殺人,強姦致死の事実について,重大な事実誤認がある旨を指摘する」という箇所です。

判決文を、きちんと読んで欲しいところです。


> (3)についててですが、
> 以上のことから、特段の事情とは反省、更正、未成熟等これまでの一般的な刑事裁判で判断することが該当しないとするのが合理的ではないでしょう?

この点については、申し訳ないのですが、まったくもって不合理です。

ひとつの事件について、下級裁判所は、最高裁判所の判断に拘束されます。そして、その事件における最高裁判所の判断は、判決文に書かれることになっており、書いてあることがすべてです。下級裁判所は、行間を読む必要はなく、裁判官の独立性を保つため、行間を読むべきでもありません。

したがって、今回の事件についても、判決文に書いてあることがすべてです。

そして、判決文を読めば、「特段の事情とは反省、更正(更生のタイプミスと考えられます)、未成熟等これまでの一般的な刑事裁判で判断することが該当しない」と書いてある箇所がひとつもありません。

むしろ、No.8のtyr134さんお書きのとおり、「改善更生の可能性」を「しん酌するに値する事情」すなわち特段の事情として考慮すべきとしており、事実関係をさらに深く調べて更生可能性の有無を再検討せよ、としています。

この点についても、判決文をきちんと読んで欲しいところです。

また、他の方への補足にお書きの、
> 何故自判しなかったか?
については、最高裁判所は法律審であり、今回のように事実関係をさらに争わせる必要がある場合には下級裁判所へ差し戻さねばならない、と法律で定められています(刑事訴訟法413条)。

裁判所の判断構造の仕組みを勉強し直してみてもいいものと思います。仮に、今まで勉強なさったことが無いのであれば、勉強なさってはいかがでしょうか。


最後に、念のため述べておきたいのですが、議論なさりたいのであれば、あるいはそのおつもりのようだと感じた場合には、この掲示板の規約に照らして、これ以上付き合うことはいたしません。また、意見をお求めになる部分があれば、その点についてはアンケートカテゴリーでおこなうべきと考えます。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。
>決定していたことを直接に示す客観的証拠は無いはずです
私は(2)の事例で挙げてます
無期懲役を不服とし、検察側からあのような手紙(証拠)が出ててくることは特例中の特例で通常絶対に有りえません、又マスコミの過熱ぶり等を鑑みれば、死刑判決を出せとの世論が司法へ強烈な圧力となったと通常考えられませんか?司法が屈する可能性が有る=死刑判決の公算が非常に大きい=想像の域と言い切られても・・・・
>証拠ではなく評価です
ok2007様は民事訴訟の心証と混同されてるように思います。
今回の重要な基礎は、(殺意)です。弁護側鑑定人の完全な証拠を証明したのに対し検察側のイシズ鑑定人は法廷で証拠の曖昧さを露呈しています。しかし、イジズ鑑定人の証拠が基礎とされています。
これを不合意と言わず何と言うのでしょうか?民事の心証としての証拠としてもお粗末としか言いようが有りません。
>ひとつの事件について、下級裁判所は・・・・・・・
判決は、批判も多いのですが内容を非常に分かり難く判決文を書く裁判官が多いのも事実です、つまり直接的には表現しない。解釈を複数取れることを念頭に置き書く。つまり文法解釈で判決を読むのはほとんどの場合不可能です。
>書いてあることがすべてです。
以上のことから、それを言ったらお終いです。
>最高裁判所は法律審であり
死刑判決は一概にはそうとも言い切れないのご存知ですか?
ok2007様の解釈をそのまま当て嵌め、弁護士が逆手に取れば死刑判決は永久に裁判所は出せませんよ。
最高裁が弁明を許す場合、原判決を破棄する場合、新判例を出す場合
慣例で死刑に関わることに置いてはその結果の如可に関わらずすべての弁明を許します。
※ここの慣例が今非常に危険な状態です
これが何を意味してるのかはご自分で勉強して下さい。

法律は非常に難解です、判決=正しいことでは有りません。
判決がそうなってるのだから・・・では思考の停止です。
インターネットの知識だけで解釈するのは非常に危険かつ、無謀です。

お礼日時:2008/05/07 13:50

先日、BPOが異例とも言える意見を表明しましたね。


光市母子殺害事件については、明らかに偏向報道がなされ「集団的過剰同調」状態で報道されたとまで言っています。
http://www.bpo.gr.jp/kensyo/kettei/k004.pdf

私の記憶の断片による印象ですが、最初は他の凶悪事件(例を出して良いかは分りませんが、神戸で起こった当時14才の少年が犯した凶悪事件や、バスジャック事件など)と同じような報道の仕方だったように思います。
唯一違うとすれば、被害者の遺族である方が顔と実名でもってメディアに登場し訴えていたこと位です。
ただ、被害者遺族として当然の「感情」を述べているのに過ぎず、先の死刑判決が出た折には、「妻と子供と被告、三人の命の重みを持って生きていく」とまで述べました。
恐らく、そうした彼の姿勢に多くの人が同調したと思われます。(マスコミも)

そうした中で、大衆迎合的な傾向が出て一定方向に論調がすり替えられたと思います。
元々、凶悪事件の弁護人というのは批判や批難の対象となります。
そんな中で「過去二件しか例の無い“犯行当時未成年の被告に対する死刑”が確定するかもしれない」事件だったために、「死刑廃止運動」と同一の土俵に持ち上がったことです。
もちろん、同一の土俵に乗せたのは誰かは知りません(一般には弁護団ってことになってますが、私個人は分らないとしか言えません)

そんな中で、2審判決で「無期懲役」が出たあと、検察が「上告」しました。
そのあとに、安田弁護士が就任したようです。
この安田弁護士という人は、どうやら大のマスコミ嫌いで有名なようです。
その一方で、死刑に関わる重大事件の弁護を多数引き受けているようです。
通常、死刑が出る可能性のある裁判はマスコミの関心が高く、負けると経歴に傷が付き、また弁護報酬も大して期待できないので嫌われるようです。(まぁ、こんな状況なら死刑廃止運動者でも無ければ勤まりませんね。)
とまぁ、どうやらマスコミ側にはそれなりに安田弁護士を叩く理由があったようですね。

安田弁護士は即刻、「上告」したようなので、まだ事件は結審していませんね。
今後は、マスコミ側にも自重を求めたいですね。

さて、前置きがずいぶんながくなりましたが、質問への私なりの私見を。

>(1)これは、日本の司法の崩壊と見て良いのでしょうか?

別に、これで崩壊したとは思いません。
ただ、飲酒運転をはじめ、世論がかなり「厳罰化」を求める方向にありますので、今後はますます「弁護側に不利」な社会となっていく可能性はありますね。
厳罰化では、犯罪を防げないと個人的には思うのですが、社会の流れでは仕方ありませんね。
※厳罰化では無理と思う根拠は、飲酒運転ですね。
厳罰化された当初は減ったのに、数年たったら厳罰化されるより件数が伸びたらしいですから。

>(2)今後は事実関係は一切争わず法廷に僧侶、神父等が弁護士の変わりに現れ被告と一緒に謝罪する時代になるのでしょうか?

これも、ノーですね。
事実関係を争い、その上で被告側の態度もみて判決を出すというのは、今まで通りでしょう。
ただ、日本の裁判制度が、事実認定についてある程度裁判官の主観に委ねている以上、事実認定にマスコミ報道などの外部の雑音が入ることはあるでしょうね。

>(3)最高裁が示した特段の事情とは、本村氏から(生きて償って欲しい)

最高裁の差し戻し審の判決文を見ると、

「結局のところ,本件において,しん酌するに値する事情といえるの
は,被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり,その可塑性から,改善更生の可能性が否定されていないということに帰着するものと思われる。そして,少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)は,犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており,その趣旨に徴すれば,被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは,死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが,死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず,本件犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮すべき一事情にとどまるというべきである。」
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2006062016365 …

と述べていますので、差し戻し審では「改善更生の可能性」が争われたモノと思われます。
ここには、別に「遺族が許せば死刑を免れる」とまでは言ってませんね。
つまり、本村氏の思い如何に関わらず、被告の「改善更正の可能性」があるかないかが、死刑判決を避ける唯一の方法だったんでしょう。


最後に蛇足ですが、私は別に弁護団の味方でも被害者よりでもありません。
正直に言えば、私はこの事件に対しては無関心な方でした。
なんで、上記は最近調べなおした少ない情報と記憶の断片からの印象なので、間違いがある可能性もありますが、その点がはご容赦ください。
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ANo.5です。



>実際のところ、被告は1審から、被害者の感情を逆なでするようなことを、繰り返し言い続けてきました。
>本当でしょうか?
>私はこの事件を熟知しているつもりです、そのような事実はなかったと思います。あるのなら事例を出して下さい。

そもそもこの裁判が、世間の注目を集めたのは、加害者が友人に宛てた手紙の中で
「私を裁けるものはこの世におらず」
「7年そこそこで地表にひょっこり芽を出すからよろしく」
などと書いていて、反省の色が全く見えなかったことですね。

弁護士も、そうした被告を自制させるどころか、
●強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた
●(幼児を)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ
●被告を極悪非道の殺人者に仕立て上げ、死刑にしようとしている
などと、あたかも被害者の遺族や検察を挑発するかのような主張をしています。

あげくの果てには、ドラエモンです。
質問者は、これでも、「私は事件を熟知していて、(被告や弁護士は)被害者の感情を逆なでするようなことを」言っていない、と言い切れますか。

世間一般は、残念ながら、そうは見ていないようです。
最高裁も、これでは無期懲役にしようがありません。
無期懲役で済むものも、死刑になってしまいます。

弁護人は、記者会見でも、常識はずれで高圧的な発言を繰り返していて、それが執拗にTVで全国に放映されました。
弁護士などをやっていると、「強気に出れば相手が引っ込む」的な発想になってしまうのですかね。
もっとも、主任弁護人も、別件で自分自身が罰金50万円の前科者になってしまい、もう弁護活動もできないでしょう。

もし、弁護士たちが最初から被告を自制させて、最大限の反省を示させ、自分たちも慎重な弁護を徹底すれば、このような結果にはならなかったでしょう。
被害者の遺族も記者会見でこれほど激しい言葉を投げつけることはできなかったと思います。

また、差し戻しの時点で最高裁の判断は出ていますから、形式的に口頭弁論を開いても、「一応、被告の言い分は聞く」という程度のことで、年内にも死刑は確定します。
いくら質問者の方が容認できなくても、日本の裁判制度がそうなっていますから、仕方がありません。

また、冤罪の可能性のない事件については再審請求はできませんし、永山事件で法務省が示した通り、犯行時の年齢に関係なく、死刑は数年のうちに執行されます。

世の中はそんなに甘くないということです。
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最高裁判所は高等裁判所が判決した無期懲役判決について特段の事情がない限り死刑判決にすべきだとして差し戻したのが始まりです。


特段の事情とは「犯行時に犯人が未成年者であった」ことを何処まで考慮の範疇に入れるか、「犯人は犯行を反省悔恨」しているか、「被害者に何らかの落ち度」があったか、などです。差し戻し法廷において二審になかった幼児殺害をドラエモンが助けに来てくれる、の弁解や、死体姦淫が死者蘇生の行為であったなど、世間の常識から乖離した弁解と弁護に終始したから、判事から悉皆退けられたのです。質問者が指摘する日本の司法の崩壊ではなく健全な司法判断が確立されました。今後とも法廷では事実関係は弁護人が大いに正当か不当かを審理したうえで犯人は犯した罪は真摯に悔恨したうえで量刑を求刑すべきは論をまたないです。今回の差し戻し審理は最高裁判所が「自判」して、差し戻しをしなければ開廷する必要がなかったものです。

この回答への補足

回答有難うございます。
>今回の差し戻し審理は最高裁判所が「自判」して、差し戻しをしなければ開廷する必要がなかったものです。
それはそうでしょう、最高裁判所ですから上に持って行きようが有りませんよ。

では、何故自判しなかったか?判例になることを避けたのではないでしょうか?
上告では判例違反も弁護側は追求すると思います。

補足日時:2008/04/29 00:08
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根本的な部分で、質問者の方に事実誤認があります。


「死刑回避の為特段の事情」とは、被告が「真摯に反省していて、更生の可能性がある」ということです。
逆に言うと、裁判所は、「被告が反省しておらず、更生の可能性がない」と判断したことを意味します。
日本の裁判制度は、裁判官が自分の主観を判決に反映させることを認めています。

実際のところ、被告は1審から、被害者の感情を逆なでするようなことを、繰り返し言い続けてきました。
弁護士も、抑制させるどころか、被告と先を争うように、被害者の遺族の気持ちを傷つけるようなことを、言い続けてきました。
これでは、最高裁も、無期懲役に落しようがありません。
今回の判決の際には、被告は多少謙虚なそぶりが見えたようですが、「もう遅い」ということでしょう。

本村氏の、「弁護士は、被告の弁護をしているのではなく、死刑廃止運動をしている」という指摘は、極めて説得力がありました。
そうした意味で、弁護士たちの責任は、極めて重大です。
もし、弁護士は被告を指導して余分な発言をさせず、1審から最大限の反省の態度を示させたら、結果はかなり違ったものになったでしょう。
この裁判は、判例になり、これから徹底的に研究されます。
色々な指摘がされるでしょうが、弁護士が、寄ってたかって、被告を死刑に追い詰めた、という結論は動かないでしょう。

従って、1と2は、前提が間違いです。
3は、最初に書いた通りです。

この回答への補足

回答有難うございます。
>実際のところ、被告は1審から、被害者の感情を逆なでするようなことを、繰り返し言い続けてきました。

本当でしょうか?
私はこの事件を熟知しているつもりです、そのような事実はなかったと思います。あるのなら事例を出して下さい。

補足日時:2008/04/29 00:03
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(1)について


弁護士では、裁判所の判断を変えることはもはや不可能、ということでしょうか。

そういう趣旨であれば、それは誤った考えといえます。なぜなら、お書きの内容の判断材料のすべてが、ita888さんご自身の評価に基づくものとなっているからです。

例えば、「死刑判決を出すのは決定していた」とのことですが、決定していたことを直接に示す客観的証拠は無いはずです。すなわちこれは、様々な事実から、ita888さんご自身が「死刑判決を出すのは決定していたに違いない」と評価したものであり、それに留まります。

あるいは、「弁護団の合理的な証拠を含めすべて事実関係を無理やり却下」とのことですが、「合理的」であるかどうか、「無理やり」なのかどうか、これも事実に対する評価です。

このような個人的評価に基づいて「日本の司法の崩壊と見て良いのでしょうか」と問いかけられても、その前提となる個人的評価の是非を検討しないまま結論を求めるのは不毛だ、としかいえません。言い換えると、「死刑判決を出すのは決定していた」のかどうか、「合理的」な証拠があったのかどうか・それはどの証拠か、「無理やり」却下したといえるのかどうかを、先に検討しておくべきでしょう。

(2)について
現在の裁判制度の構築された明治時代から、刑事訴訟は、事実関係を争うものもあれば、事実関係を争わずに被告人が謝罪するなどで情状を求めるものもあったようです。したがって、「事実関係は一切争わず法廷に僧侶、神父等が弁護士の変わりに現れ被告と一緒に謝罪する時代」とおっしゃられても、そんなことは既に弁護士がやっている、という答えになります。

(3)について
本村さんの言葉を特段の事情として判決に取り入れるとも、本村さんの言葉が判決に影響するとも、最高裁は述べていません。「最高裁はこう言いたいに違いない」という頭を捨てて、バイアスのかかっていない状態で判決文(特に特段の事情について述べた部分)をもう一度お読みになってはいかがでしょうか。

この回答への補足

回答有難うございます。
(1)についてですが、
>ご自身の評価に基づくものとなっているからです。
自信の評価を合理的に覆す材料がこの事件一つもありません、ok2007様からも具体的事例を示されていないように、恐ろしいことにすべてがこの雰囲気で進行中です。
>事実に対する評価です。
証拠が最優先されるべきではないでしょうか?
2)についてですが、真摯に反省していた態度を貫いています、その証拠に事実関係は一切争ってません、前担当弁護士が散々やっています。
検察側から、最高裁に上告する為友人に充てた手紙が出てきた時期は1審2審の後です。そこで、前弁護士がこのままでは死刑回避が不可能と判断し、安田弁護士に泣きついた事実が有ります。
(3)についててですが、
以上のことから、特段の事情とは反省、更正、未成熟等これまでの一般的な刑事裁判で判断することが該当しないとするのが合理的ではないでしょう?

補足日時:2008/04/28 23:55
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詳しくは知りませんが。



(1)司法のあり方に一石を投じた。と思いました。
今の弁護士というのは、ハゲタカやカラスのようだと常々感じていました。

(2)回答なし(根本的に質問者さんの見解に疑問を感じるので。)
(3)限定した何かを指したものではないと思います。
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(3)


遺族感情は多少は配慮されますが、本村氏の言葉一つで左右されると考えてはいけません。
殺人に至る過程で、新たな情状酌量にあたる事実があったかどうかです。

この回答への補足

回答有難うございます。
>殺人に至る過程で、新たな情状酌量にあたる事実があったかどうかです。
被告人の未成熟はまったく考慮されていませんがいかがでしょうか?
※弁護側の専門家は12歳程度の精神年齢と評価してますが、却下されています。

補足日時:2008/04/28 23:34
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1:違います。

弁護団が無能だっただけです。
2:なりません。
3:違います。よく読んで下さい。
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