僕は世界遺産など古代の建造物などに結構興味があります。そこでこれはすごかったとか、あれは見とかなあかんでっていうようなものがあれば教えてください

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A 回答 (8件)

日本にも世界遺産がありますが、個人的には奈良ですね。


ポピュラーなのでいったことあるかもしれませんが。
東大寺、南大門を見たときは素直に感動しました。

http://japanheritage.web.fc2.com/nara.htm

参考URL:http://japanheritage.web.fc2.com/nara.htm
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世界遺産の写真と歴史を紹介しているサイトがありますよ。


http://worldheritageps.client.jp/

ヤフートラベルの世界遺産特集で使われている多くの写真がこのサイトの写真のようですから、かなりの数の写真が掲載されているので、参考になると思います。
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世界遺産ログ 878件世界遺産の紹介があります。


http://www.worldheritagelog.com/
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flickerなどのサイトに沢山の写真がありますので、ネットで見てみてはいかがでしょうか?



参考URL:http://unesco-worldheritage.com/
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夜の姫路城ライトアップされていて白い光の城みたいな感じになってて幻想的(^^v 


家の近所でとってもきれいに見えるところがあります 城から2kmぐらい離れてるところで山をけづった城見台って言う住宅地があるんですけどそこが最高の場所ですね 
海外のもいいけど日本のものも結構いいですよ(^^b
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世界遺産はそれこそ本やHPが一杯あるし、中にはカ●遺跡とかエ●ミナ城塞など


「何でこんなんが世界遺産なんだよ~金返せ~」みたいなのがあるので(笑)あえて
世界遺産に指定されていないけど絶対見たほうがいいのをあげてみますと、
- イランのバム -
知ってる人は知っている有名な’死者の街’ことバムです。400年前(?)から時間
が止まったまま遺跡化したあの街の光景は必見物だと思います。バム見て良くなかっ
たという人は居ないと思います。「世界の半分」といわれているイスファハンより
よいかも(笑)
- タンザニアのキルワマソコ -
行くのが大変なのでよっぽど好きでないと行かないでしょうが、おかげで遺跡気分
が満喫できるので御勧め。ほったらかしなのでそのうち土に還えるかも~。
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世界遺産かどうかは判りませんが、(おそらくそのくらいの価値はある)バルセロナの


サクラダファミリアですね。
建造するのにものすごい年月が掛けられていて、今後いつ完成するかもまだわからないくらい
スケールの大きな建物です。
バルセロナの市内には他にもガウディの建築物がたくさんあります。
それからこちらは確か世界遺産だったと思うのですが、
日本の東北?の農村で藁葺き屋根の集落に私個人行ってみたいと思います。
テレビや写真で時々見るのですがとてもいい感じです。
場所や名前がよくわからないんですが。
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この回答へのお礼

僕もサクラダファミリアはすごいと思います。噂ではあれは巨大なオルガンだったそうですよ。あれはいったい何時完成するんでしょうかねぇ??なんか昔のものって気のせいか見てると安心しません??
回答してくれてありがとうございます。

お礼日時:2001/02/19 13:59

わたしも世界遺産などがとても好きです。

(詳しいことはわからないんですけど、ただただ好きなのです。)
わたしがいちばん感動したのは、エジプトのギザにあるピラミッドです。
あと、ギリシャのパルテノン神殿などもとてもよかったです。
どこか、旅行に行かれるんですか?
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この回答へのお礼

回答してくれてありがとうございます。別に将来行きたいだけで知識としていろいろ知りたかったんです。個人的に最初に見たいのはペルーのマチュピチュに行きたいですね。黄金都市だったそうです。

お礼日時:2001/02/19 14:31

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Qイタリア・ローマ フォルトゥナ・ウィリリス神殿の画像を探しています

レポート作成のために、
イタリア・ローマ フォルトゥナ・ウィリリス神殿の画像を探しています。
別名・ポルトゥヌス神殿とも言うそうです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

自力でつづりをみつけました。
 フォルトゥナ・ウィリリス=Fortuna Virilis
 ポルトゥヌス=Portunus
ですね?

Googleで「portunus rome fortuna」で検索してみたところ200件以上のヒットがありました。
参考URLから検索結果を見ることが出来ます。

取り敢えず、上位にヒットしたものをあげておきます。

Vitruvio.ch - Temple of Fortuna Virilis (Rome)
http://www.vitruvio.ch/arc/roman/templefortunavirilis.htm

Images of Temple of Fortuna Virilis (Temple of Portunus), c ...
http://www.bluffton.edu/~sullivanm/romanvirilis/virilis.html

Temple of Fortuna Virilis (or Portunus)
http://wings.buffalo.edu/AandL/Maecenas/rome/t_fortuna_vir/section_contents.html

参考URL:http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&safe=off&q=portunus+rome+fortuna&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&lr=

自力でつづりをみつけました。
 フォルトゥナ・ウィリリス=Fortuna Virilis
 ポルトゥヌス=Portunus
ですね?

Googleで「portunus rome fortuna」で検索してみたところ200件以上のヒットがありました。
参考URLから検索結果を見ることが出来ます。

取り敢えず、上位にヒットしたものをあげておきます。

Vitruvio.ch - Temple of Fortuna Virilis (Rome)
http://www.vitruvio.ch/arc/roman/templefortunavirilis.htm

Images of Temple of Fortuna Virilis (Temple of Portunus), c ...
http...続きを読む

Qふと思いました、日本はすごいなあ と

なぜか、大国 ロシア、中国(当時は清)、アメリカと
戦争したことがあるのですよね。
勝ち負けは別として、度胸あり、信念あり。
侍魂はたいしたもんだと思いました。
小国でありながら、こんな国他に無いですよね。

Aベストアンサー

日本は狭い国土で資源も少ないので当時はどうしても外国に進出しなければいけませんでした。中国、ロシア、アメリカと戦争したのは、資源を求める目的があったからです。

日清戦争では勝ちましたが、日露戦争では戦いには勝ったけれども資源が底をついてジリ貧状態になり結局はアメリカの仲介で和睦しましたよね。

太平洋戦争時はABCD包囲網で二進も三進もいかなくなってしまい、一発逆転の賭けに出たのです。かの有名な山本五十六も昭和天皇に「半年は暴れて見せます」と言ったそうです。戦争に勝つのではなく短期間にアメリカに打撃を与えて、和睦などの好条件を引き出したかったのでしょうね。

日本は小国なのに故人はスケールの大きいことをしたなと思いますね。国のために戦って死んでいったのですから、敬意を払うべきだと思います。

Q日本に神殿はありましたか。

古代文明と聞けば「神殿」を思い浮かべるのですが、
古墳時代以前のわが国に「神殿」はあったのですか。
池上曽根遺跡で巨大な建物跡が見つかって、神殿ではないかと言われましたが、結局神殿ではなかったのですか。

また、紀元前のころ、中国や朝鮮に神殿はあったのですか。
弥生時代に中国大陸や朝鮮半島から日本列島に大勢の人びとがやってきましたから、もし大陸に神殿があったのなら、渡来人が神殿らしきものを作ったのではないかと、想像しています。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 池上曽根遺跡は、まだ確定はしていないと記憶しています。

 当初は(質問者さんの定義するところの神殿とはいかなるものを言うのかわかりませんが)「神殿か」みたいなことが言われていましたが、「どうも違うみたい」という声も大きくなってきた、という段階ではないでしょうか。

 中国朝鮮に限らず、地域のボスの権力はもっと大きなボスから認められることで維持できたわけですが、じゃあ大ボスの権力はどこから認められたのかと言えば、神以外にありえません。

 「俺が王様なのは、俺が一番強いからだ」なんて言ったら、もっと強い人が出ればその人に王の地位を譲るのが正しいことになるのですから、ずっと王様でいるには神によって権威づけるしかない。

 であれば、どこかに神を祀る場所があったはずです。質問者さんのいう「神殿」の定義に当てはまるかどうか不明ですが。

 で、人間はアフリカから拡大したのですから、全人類はアフリカ人の末裔。

 日本にも、何百回、何万回と渡来したわけですから、やってきたばかりの渡来人が神殿を作った可能性は大いにあります。

 もっとも、その元にある神様は、それ以前に形成されていた八百万の神々思想(当時はその原型)に吸収されて、ワンノブゼム化してしまいましたが。

 余談ですが、アフリカからやってきた過程で、各地でいろんな習慣を拾ってきたらしく、例えば、日本人が御輿を担ぐ方式(棒の上に御輿を置いて肩に担ぐ、その前に禊ぎをする、神社の神官の着る服の飾り・・・ などはユダヤ教の風習とそっくりだそうです。

 また、「省」の名前を忘れたのですが、中国の山奥の少数部族の集落入り口には、日本の「鳥居」そっくりの門があって、横棒の上には見事に「鳥」の彫刻が数個(数羽か)載せられているモノクロ古写真を見たことがあります。
 

 池上曽根遺跡は、まだ確定はしていないと記憶しています。

 当初は(質問者さんの定義するところの神殿とはいかなるものを言うのかわかりませんが)「神殿か」みたいなことが言われていましたが、「どうも違うみたい」という声も大きくなってきた、という段階ではないでしょうか。

 中国朝鮮に限らず、地域のボスの権力はもっと大きなボスから認められることで維持できたわけですが、じゃあ大ボスの権力はどこから認められたのかと言えば、神以外にありえません。

 「俺が王様なのは、俺が一番強いからだ...続きを読む

Q古代ギリシアと古代ギリシア文明について

「古代ギリシア」と「古代ギリシア文明」って同じ意味ととらえてよいのでしょうか?調べると「古代ギリシア」が多くでてきて、違いがよくわかりません。違うのでしたら「古代ギリシア文明」について詳しく教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

古代ギリシャと古代ギリシャ文明とは、厳密に言いますと別物です。
古代ギリシャは、アテネやスパルタなどといった都市国家の時代を指します。
一方古代ギリシャ文明と言った場合、主に先古代キリシャの時代を指します。
具体的には、ミノア文明(クレタ文明)やミケーネ文明といった青銅器文明の時代を指します。
ただし、古代ギリシャ文明に、古代ギリシャ時代(鉄器文明時代)を含める場合もあります。

古代ギリシャと言った場合、基本的にヘレニズム文明以前を主に指しますが、マケドニアがローマに滅ぼされるまでの間も古代ギリシャに含める場合もあります。

古代ギリシャに対し、あまり言いませんが、中世ギリシャとか現代ギリシャという言い方もあります。
中世ギリシャとは、ビザンツ帝国時代を指します。
ビザンツ帝国は、本来東ローマ帝国なのですが、完全にギリシャ化した国家です。
その中心は、現在トルコ領のイスタンブール(当時はコンスタンティノープル)です。

Qマグダラのマリア・神殿娼婦

マグダラのマリアのことを本で読んでるときに『神殿娼婦』という言葉を目にしました。
最初は、神殿なのになぜ娼婦?と思ってしまったのですが、こちらのサイト内の回答などを読んで、娼婦=売春婦ではなく、神官に住んでいる当時の神官・巫女という考え方を初めて知って興味を持ちました。

マグダラのマリアも神殿娼婦という説がありますが、当時の神殿娼婦の女性たちは、どのように集められたのでしょうか??

なんとなく、日本でいう大奥(女の園的な感じ)のようなイメージを持ってしまいますが、神殿以外の庶民には秘儀だったようで、無理やり(大奥のように?)神様?王様?に仕えるため、神殿に連れてこられてしまったのでしょうか??
それとも、神殿娼婦に選ばれた女性は地上の体現者という役割で、神に近い特別な存在ってことで本人や家族は喜んでいたのでしょうか??

神殿に住む女神の体現者である巫女と性交をすることにより、女神の恵みを得るとされていた・・・と読みましたが、昔、外国ではそんな考え方もあったのだな~、と興味深かったです。

以前に、イスラエル・エジプトに行った時には映画の『パッション』を見て、広く浅いキリスト教の本しか読まなかったので、これらのもう少し深い部分も知っていたら違った旅行になったのでは!と思い、質問させていただきました。

ご回答、お願いいたします。

マグダラのマリアのことを本で読んでるときに『神殿娼婦』という言葉を目にしました。
最初は、神殿なのになぜ娼婦?と思ってしまったのですが、こちらのサイト内の回答などを読んで、娼婦=売春婦ではなく、神官に住んでいる当時の神官・巫女という考え方を初めて知って興味を持ちました。

マグダラのマリアも神殿娼婦という説がありますが、当時の神殿娼婦の女性たちは、どのように集められたのでしょうか??

なんとなく、日本でいう大奥(女の園的な感じ)のようなイメージを持ってしまいますが、神殿以...続きを読む

Aベストアンサー

isis  エジプトの女神の方じゃなくこっち。

http://es.isis.ne.jp/index_main.html

聖書作家たちはこの学校で訓練を受けたのでしょうか?
といいますもの、聖書の内容は、他の民族の神話なんですね。
祖先は同じだとすれば、伝承されて、それが時代・世代によって編集しなおされていって、聖書となる物語が作られていったことになり、聖書の内容が<偶然>他の民族の神話と同じになったのではなく、<必然>の結果だってことになる。


さて、、私は編集力が無い。
頭の中でまとめられていないので、いまいち説得力に欠くと思うことを、最初にお詫びしておきます。

まず <今は父権社会だが、古代においては母権社会の時期があった。>というのを念頭においてください。


例えば、古代エジプトは、女性に相続権があり、力をもった母権社会の女性は、自分が選んだ男に民を支配する権限を与えていた。
選ばれれば、富と名声が与えられた。

で、選ぶ側の女性は女神の地上の体現者みたいに考えられていて、神官の役割を果たしていた。
直接政治に関わることな無いが、女神からのご神託を受けて、それを仲介者が理解できるものに解釈し、王にご神託として与えていたらしいです。

他の役割として女神から生まれた子供を選んだ男に与えていた。
というのも、神官であるその女性は豊穣の女神の地上の体現者だとされたので、その人と結婚して子供を授かれば、神の子を授かったと同じことになった。

で、その一族の女に選ばれたってことは、同じ女神を信仰していることになり、同じ女神から生まれたとなり、兄妹という扱い。

古代のエジプトでは兄と妹が結婚していたとされ、近親相姦だとされますが、同じ神から生まれた(同じ神を信仰している)って意味だと思えるんですね。

アブラハムの妻はサライ。
エジプトの王にサライを妹だと紹介しているが、実際アブラハムの妹でもある。
異母兄妹ってことになっていますが。
同じ神の元から生まれたっので兄妹ってなるのはわかりますが、何故異母兄妹となったのかは、わかりません。

まっ、ともかくアブラハムは大きな母権集団から嫁をもらい、権力と財産を分け与えられたってことですね。

聖書はこのように、何度も母権社会から嫁をもらうことで、自分の集団を大きくしていく男たちが登場する。


これはエジプトやパレスチナ地方だけのことではなかった。
新石器時代から、紀元前3500年頃までが母権社会が勢力を持っていて、だんだん父権社会になっていった。
レビレート婚などを見てもわかるとおり、母権社会から嫁をもらって、一族は選ばれたことで裕福になったが、夫が死ぬと妻は母権社会に持ってきた財産を持って帰らないようにとレビレート婚というもので、返さなくてすむように制度を作った。


そうすることで、勢力が衰えないようにしたため、父権社会集団が力をもっていったと思える。


ところがそうはいっても、男は子供を産めない。
古代は子供は神から授けられた自分の分身だと考えていた。
神から子供を授けられた=神の祝福 と捉えたようなんです。
聖書に神が祝福をしたという下りが何度も出てきますが、必ず子沢山にするという契約になっています。
神を信仰している限りにおいては なので契約違反をした段階で契約解除になる。


勢力を持った母権一族の巫女 あるいは神官に花婿として選ばれるってことは、そりゃあ いろいろすごいお得なことだったわけです。

巫女さんは神に仕える身でもあり、政治がマズーな男から権力を奪うこともでき、別の男を選んで祝福を与えたりできた。
地上が不作になると、民は不満を持ち、男の精力が衰えたとして、男に責任を取らせるようにもなった。
これが贖罪の概念の誕生だと思えるんですね。

紫の衣を剥ぎ取り、 つまり地位を奪い、不作を起こした罰として鞭を打ち、王が涙を流せば、翌年豊作になる とかなんとか。 こわーーっ
王がそのように地上の豊作を願い殺されることになるとわかると、神殿の巫女は号泣したそうです。
その声を聞いた異民族は、アレルヤと聞こえたらしい。

アレルヤ(ハレルヤ)。今では「万歳」みたいなときに使われますが、王が不作の責任を背負い贖罪してくれることで、また地上に緑が復活するから万歳でもあるが、巫女にしてみれば、自分たちが選んだ王がその任務を遂行するため殺されるので、それはまるで自分が産んだ子供を殺すようなものなので、複雑な思いで胸が張り裂けそうになり、神殿で雄たけびをあげていたようなんです。


で、ギリシャ方面でも父権社会になったのですが、紀元数世紀はまだ女神崇拝が残っていたようです。
ネロの治世の時代に月の神殿があって、ローマの大火の時消失したらしいです。
月の神殿は女神に仕える巫女たちが住んでいた。
そう聞くと、ああ ネロの言ったことは正しかったのかも と思ったりします。


エルサレム神殿には3つの塔があったそうです。
マグダラは高い塔という意味らしいです。
イエスの磔刑の時いたのは3人のマリア。
編集者 うまい!

この3という概念。
いろいろある。
池坊のいけ方の基本は3つの柱を設置すること。
で、先生にどうしてなのか聞いたところ、この世の最小単位は3だから だそうです。
3次元、確かにそう。

で、女神は三相一体という概念があった。
過去、現在、未来。 産む、養育する、殺す。 少女、婦人、老婆。
これが女神の概念。

この女神は、聖書ではマリアという名前として登場します。
インド方面の宗教だとだとマーヤ。
他にはマリ、マリーナ、マリハム、などなど。


で、聖母マリアの伝承に、こんなのがある。
マリアは3歳の頃、エルサレム神殿に捧げられ、そこで機を織っていた。
生命の糸をつむいでいた。


ドラマ LOSTにペネロペという女性が登場する。
ペネロペとは女神の名前で、彼女が運命の糸(だったか生命の糸)を断ち切らない限り、生存できるというもの。
LOSTのペネロペはデズモンドの糸を断ち切らなかったので、生き延びたという話になっている。
他の神話をうまく取り入れている。

ギリシャ方面の神話を使って、マリアが神殿で機を織っていたと言う物語ができたってことですね。
で、神殿で生命の機を織る巫女、選んだ男に命を与える巫女、選んだ男に性の秘儀を与える巫女。
これが神殿娼婦の実体だったのではないか と。

神殿に閉じ込められて囲われていたわけじゃなく、例えば聖書でマリアだと思うが、髪を束ねない女がイエスたちがいる家にズカズカはいってきて、髪でイエスの足を撫でた とか香油を塗ったという記述ありますよね。

その当時、女性は髪は布で覆っていなければならなかったし、女性が一人で外をふらつくことはできなかった。
なのに、この女性はそんなご法度をしていながら、誰からも途中で止められず、勝手にひとんち入ってきたのに、弟子たちはそのことに一切触れていない。
「女、髪をスカーフで隠せ、一人でほっつき歩くな」など一切言われていない。

言われない身分だからですよね。
髪をスカーフで束ねなくてよく、自由に一人で歩きまわれる身分だからですよね。
外見ですぐその身分であると誰でもがわかり、ちょっかいだすと とんでもないことになると、誰も彼女の行為を妨げる権限が無かったから、スタスタマリアたちは歩き回っていたわけですよね。

この物語のマリアたちの正体は神官という設定なのではないか と。

彼女らは選んだ男に油を注ぎ(聖別)していた。
足はペニスの比喩。 香油を塗る行為をするマリア、聖別を表現しているわけです。

もともとインド方面では聖別された男のペニスに油が塗られていたんです。
ヘブライ人にその風習が入ったとき、頭(亀頭?)になった。
選ばれた男の精力がおおせいだと、大地が豊穣になるという迷信の名残ですね。



どうやって神殿娼婦は集められたか?
家系かな?
ラハブ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%96
母権社会の権威者だったんじゃないかと。
イエスの祖先だって設定かな?
だから神から生まれた子って設定?

イエスの母マリアも、神殿に入る権限があったってことで、その系統の出身者って設定じゃないかと。
だって、従姉妹のエリザベトは大祭司の家系って設定になっていますから。


マグダラのマリアは、3相一体の女神の少女の相としてこの物語に登場しているんじゃないかと。


他には、、、教皇ユリウス2世はローマ教皇印によって「神聖」売春宿を作ったそうです。
後継者レオ10世教皇とクレメンス7世のもとで繁盛したらしい。
この売春宿の儲けが神聖マグダラのマリア団と修道士たちを支えた。
その当時は修道女とmagdalenes(売春婦)が同一だってことですね。
教皇はその売春宿の女 つまり修道女と結婚すれば天国に行けば特別に讃えられると公言した。

修道女がどうやって集められたか? ボランティア(志願者)なのかどうなのか??? わかりません。
もしかしたら、聖職者はイエスの子孫が生きているということを信じて、その方面の女性たちに尼僧院に入るように薦めたのかもしれないですね。

イエスの子孫と性交できるなんて そりゃ聖職者にしてみれば天国にいった気分になれるでしょうし。



日本にも聖娼はありましたよ。
非人とされる女性たち。
神と人間の間に座すものなので、人間を超越しているので非人とされた。
彼女らは帝の敷地内で暮らしてはいたが、誰にも支配されない者だったので、帝に断りなしに、関所もノーパスポートで通過し、各地の物産を運んで稼げた。

彼女らの役割は帝に神託を授けることと、性の秘儀を与えることだった。
帝の妻だったりもした。


http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E4%B8%96%E3%81%AE%E9%9D%9E%E4%BA%BA%E3%81%A8%E9%81%8A%E5%A5%B3-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%B6%B2%E9%87%8E-%E5%96%84%E5%BD%A6/dp/4061596942
日本はもともと性に関しておおらかな民族だったわけです。
ところが中国から律令制が入ってきたあたりから、彼女らの地位が落とされたわけです。

ところが、彼女たちはネットワークがあったので、帝の敷地に入れなくなっても、宿を営んでそこで特技の性を売ったり、金を貸して儲けたりして、びくともしなかったわけです。

各地でそうやって平気で暮らしていることに難色を示した人がいて、彼女らを一角に集めた。
それが吉原の原型。

ところが女性の中には、元はそういう身分だったと偽り、自分に付加価値をつけて体を売っていた女性もいてその人達も集められだした。
しまいには、親に売られて来る少女まで出る始末。

権力者に守られた地域ではあったのですが、、、
だんだんそれがずさんになり、健康管理もされなくなり、体を酷使させられる少女続出となり、、、今に伝わる悲惨な吉原の歴史になっていったらしいです。

この遊女の原型の家系、、、どの家系なのかまだ調べていません。

isis  エジプトの女神の方じゃなくこっち。

http://es.isis.ne.jp/index_main.html

聖書作家たちはこの学校で訓練を受けたのでしょうか?
といいますもの、聖書の内容は、他の民族の神話なんですね。
祖先は同じだとすれば、伝承されて、それが時代・世代によって編集しなおされていって、聖書となる物語が作られていったことになり、聖書の内容が<偶然>他の民族の神話と同じになったのではなく、<必然>の結果だってことになる。


さて、、私は編集力が無い。
頭の中でまとめられていないので...続きを読む

Q古代朝鮮の地名の読み、又は古代朝鮮語に詳しい方を。

武光誠著「日本と朝鮮はなぜ一つの国にならなかったのか」という本を音声訳しています。その中に収録されている古地図の中にヨミの分からないものがいくつかあります。4~7世紀ころの慶尚北道から南道に位置していた「沙伐、召文、甘文、碧珍、達句伐、押督、三支(=師子伎)、乞(ニスイに食)居悉山、蚊火良(=勿慧)、上奇物(=上コモン)、居昌」です。(同著p24、p87、p89)
ハングル文字読みでなく、漢字読みでよいと思います(高句麗はコクリョでなくコウクリ、百済はペクチェでなくクダラ)。推測で漢音か呉音で読むのもあたってないと思われ、困っています。
古地名のヨミ、又は古地名のヨミが記載されている本、あるいは詳しい専門家、又は研究室をご存知のかた、お教えください。

Aベストアンサー

 『日本書紀』に百済や新羅の地名がいろいろ出て来ます。一部はもしかしたら現代日本語訳の本に標準的読みが載ってる地名があるかもしれません。ないかもしれませんが。

 漢字で伝わっている古地名の読み方は、韓国朝鮮でもわかっていませんので、漢字を漢和辞典式に音読みなさるのが最も妥当なのではないかと思われます。
 「高句麗」「百済」などはおっしゃる通り、歴史的固有名詞の一般的な読みである「こうくり」「くだら」が誰にでもわかって適切でしょう。


 古地名の読み方は、資料がなくて韓国朝鮮でもわかっていません。
 例えば「高句麗(こうくり)」。今の韓国では、韓国語の今の音読み式に「コグリョ」と読みますが、古代の朝鮮半島の人々が高句麗を何と言っていたかはわかっていません。
 漢字の「高句麗」を何と音読みしていたか。音読みは朝鮮でも時代と共に変化していますが、どのように変化してきたのかは、わかっていません。

 朝鮮半島では王朝(国)が倒されると、勝ったほうの王朝(国)が負けたほうの王朝の文書や宝物、王城、建物を徹底的に破壊しましたので、古い資料が残っていません。ですので高句麗、百済、新羅、これら古代三国が書いた本はただの一冊も高麗以降に受け継がれませんでした。(仏典を除く)
 古墳に埋葬者と共に埋めて破壊を免れ、さらに後の世の墓泥棒の盗掘にもあわなかった運の良い遺物が少しはありますが、極めて少ないです。日本や中国で残っている古い文物(遺物)の数に比べると、ほんとに少ないです。
 さらにハングル文字が考案されたのが15世紀という、中国周辺諸国の中では最も遅い時期だったため、古い言語についてはほとんどわかっていません。
 高句麗語についてわずか150個程度の単語が推察される程度だそうです。
 日本語は、古い上代日本語についても、単語も相当、文法にいたるまである程度わかっていますが、朝鮮半島の古いことばに関してはだめです。

 また、高句麗人は漢字で「高句麗」と書いて、音読みとはかなり違う独特な読みをしていたかもしれませんが、それがどういう音だったのかもわかっていません。日本語では「大和朝廷」と書いて、「やまとちょうてい」ですね。「だいわちょうてい」ではないです。「大和の国」は、「やまとのくに」。「だいわのくに」ではありません。こういう、音読みとは全く別の独特の読み方があっただろうと思われますが、わかっていません。

 古代中国語の音を研究している中国人研究者と韓国の高句麗学会会員の学者が、「高句麗」は古代の中国で「コグリ」と読んでいたと発表したことがあります。しかし一つの説です。
 「コグリ」だったら、「こうくり」と似てますね。もしかしたら、日本で伝えられて来た呼び方は古代の古い音をそのまま伝えているのやもしれません。

 また、今の韓国語式の読み方というのも問題があります。今の韓国では「高句麗」は先記のように「コグリョ」ですが、最近の若い韓国人は「カタカナで書くなら ゴグリョ だ。」という人も多くいます。人によってカタカナ(外国の文字での)表記の方法が違います。
 実際の発音は「コグリョ」ですが、ハングル文字の表記を基準にして「ゴグリョ」と主張します。
 「百済(くだら)」も同様で、実際の発音はカタカナで書くと「ペクチェ」ですが、ハングル文字での表記を基準にして「ベグジェ」だと言う人もいます。これについては「いや、ベクジェだ。」「いや、ベクチェだ。」といろいろなカタカナ表記を主張する人がいます。
 韓国語の発音をカタカナでどう書くかは人によって違います。「冬ソナ」のあのヨン様こと、ペ・ヨンジュン。彼は自分をカタカナで ペ(日本語式アルファベットで書くと Pe )としていますが、全く同じ漢字でハングル文字の表記も全く同じ姓の人が、自分は ベ(日本語式アルファベットで書くと Be )だと言うことがよくあります。プロゴルファーで昨年石川選手と優勝を争った ベ・ヨンサム という選手などがそれです。
 同じ姓なのにある人は自分を ペ(Pe) だと言い、ある人は自分を ベ(Be) だと言う。外国語の文字で表記をどうするか、表記が違います。

 また、今の韓国と北朝鮮では漢字の音読みが違います。韓国では正しい読み方が北朝鮮では間違った読み方、またその逆になる漢字がいろいろあります。
 韓国の今風の現地読みカタカナにしたら、北朝鮮系の研究者から「その読みは違う。」と言われかねません。
 今の地名、固有名詞について、特に歴史に関することで「現地式読み」というのは考え物だと思います。

 『日本書紀』に百済や新羅の地名がいろいろ出て来ます。一部はもしかしたら現代日本語訳の本に標準的読みが載ってる地名があるかもしれません。ないかもしれませんが。

 漢字で伝わっている古地名の読み方は、韓国朝鮮でもわかっていませんので、漢字を漢和辞典式に音読みなさるのが最も妥当なのではないかと思われます。
 「高句麗」「百済」などはおっしゃる通り、歴史的固有名詞の一般的な読みである「こうくり」「くだら」が誰にでもわかって適切でしょう。


 古地名の読み方は、資料がなくて韓国朝鮮...続きを読む

Qゼルダの伝説「大地の汽笛」の海の神殿の3階の、壁に魚の彫像が二つはりつ

ゼルダの伝説「大地の汽笛」の海の神殿の3階の、壁に魚の彫像が二つはりついてる所なんですが、
左の口にくわえてる剣を引っ張り出したあと、どうしていいのかわからず、先に進めません。
どなたかご存知の方、教えてください。
画像を添付しますので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

左まで進むと、また壁に魚の石像があります。
今回は2体あり、片方はこちらに口を向け続けてきます。
取っ手がある方から剣を引っこ抜き、右側へ突き刺しましょう。
すると左に宝箱、通路にムチで伝っていく木が出てきます。
宝箱から"小さなカギ"を入手。

左上のカギがかかった扉を開き、4Fへ。


どうでしょ??

Q時代の区切り(古代中世など)

世界史をやってると模試のテスト範囲に古代や中世、前近代、現近代など時代を分ける
ワードが出てきますが、いまいちそれがいつのことなのか分かりません。
古代は先史~ローマ帝国分裂まで??
中世はゲルマン人大移動~ルネサンス??
うーん、区切りを高校で習った気もするんですが、すっかり忘れてしまいました。
だいたいの年代もしくは世紀、その区切りにある出来事など教えてください。(ついでにその頃の日本も教えて下さると助かります)
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

古代、中世・・・といった時代区分は、本来、ヨーロッパ史の時代を区切るものなので、区切りとなる事件なり事象は、ヨーロッパまたはその周辺のものになります。おおむね、下記のとおりでよいかと思います。

古代・・・古代エジプトや古代メソポタミア文明の時代(紀元前8000年くらい)からゲルマン民族の大移動(375年)まで。日本では縄文時代から古墳時代。

中世・・・ゲルマン民族の大移動(375年)からルネサンスの時代(15世紀)まで。日本では古墳時代から室町時代。


近世・・・ルネサンスの時代(15世紀)から絶対王制の時代を経てフランス革命のころ(18世紀末)まで。日本では室町時代から江戸時代中期。

近代・・・フランス革命のころ(18世紀末)から第一次大戦(1914-1918)まで。日本では江戸時代中期から大正時代。

現代・・・第一次大戦(1914-1918)から現在。日本では大正時代から現代。

Qメイプルストーリーポケット時間の神殿

先日配信されたメイプルストーリーポケットのメインストーリーをキノコの城まで進めたところ
キノコの城のモンスターが凶悪過ぎてレベリングどころがやられてしまいます
そこで時間の神殿に戻ろうとしたところ
時間の神殿への道が見当たらず運営に質問したところ返信は来ず
誰か時間の神殿への徒歩での行き方を教えて下さい!

Aベストアンサー

右上に地図のアイコンがあってクリックしてでてきた地図の左にあるタブのワールド開いて行きたいとこクリックする…

Q古代に描かれている壁画などの絵の内容ですが

古代に描かれている壁画などの絵には
宇宙服
ヘリコプター
ロケット
菊の紋章(腕時計のようにしている)
鷲の国章
太陽系の惑星の数
など、
未来を予測するえが描かれていますが
石油産業を臭わせる壁画の絵などあるのでしょうか? 

Aベストアンサー

壁画は分かりませんが 古代メソポタミアの粘土板の文字に
地の底から…掘り出す…濁った物…それにより革命的な進歩が…というような記述がありまして
これは石油の事ではないかと言われています

まぁ文字列がすべて解読されていないのでなんとも言えませんが…


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