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魏志倭人伝には、邪馬台国の戸数は「七万戸」と書いてありますが、七万戸を人口に直すと「何人」になるのでしょうか。

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A 回答 (2件)

魏志倭人伝には次のように載っています。


 
対海国       千戸余
一大国(一支国) 三千許
末盧国       四千余戸
伊都国       千余戸 ?
奴国        二万余戸
不弥国       千余戸
投馬国       五万余戸
邪馬壹国★    七万余戸

この頃の家族構成が、一戸当たり何人であったのかわかりません。
現在の少子高齢化、核家族化とは対極にある家族構成であったと思います。多産早死であったはずです。

A.多く見積もる学者は1戸当たり15人という人も居ますので、そうすると 
  15X7万=105万人 ちょっと大きすぎると思います。

B.少なく見積もる学者は1戸当たり5人、そうすると
   5人X7万=35万人

35万人でも結構大きい数字ですね。

私は縄文時代から現在までの人口推移については、下の資料をいつも参考にすることにしています。
歴史人口学の専門家鬼頭宏上智大学教授の数字で、現在のベストエスティメイトだと思っています。
それによりますと弥生時代は59万人ということで、その後急速に人口が増大しているようです。

さて、邪馬台国の人口ですが、ANo.1さんもおっしゃっているように、7万戸自体も正しいかどうかわかりません。
ま、20~30万人いた可能性はありますね。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1150.html 
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました

お礼日時:2008/05/23 12:28

実際に何人になるかはだれもわかりません。


推定としては当時の竪穴住居1棟に住める人数として1戸あたり4~5人程度と見積もれば、
28~35万人ぐらいになります。

また、七万戸という数が実数であるかどうかも、誰もわかりません。
ただし、相対値として1000戸と書かれている国よりもはるかにでかいだろうと考えるのはごく自然です。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました

お礼日時:2008/05/23 12:28

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