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小泉総理を中心として、キャリアパスから見た総理になる条件を勉強しているのですが、小泉を含め小泉以降の総理は主要大臣や党三役を経験していないのですが…なぜ経験なく総理大臣になれたと思いますか? もしかして何か違うものが条件として出たのでしょうか? また、違うものが条件となった場合、それが台頭してきた理由は何でしょうか?詳しい方お答えお願いします。

A 回答 (3件)

>もしかして何か違うものが条件として出たのでしょうか?




自民党の賞味期限が切れてきたのです。
小泉総理誕生の時のライバルは橋本元総理です。
当時、最大派閥のトップで橋本氏が最有力と各マスコミは見ていました。これまで通り数の論理です。
しかし、自民党議員の選挙の前に行われた、
党員選挙で圧倒的な票数を得たのは小泉氏でした。
派閥にいながら派閥に縛られない身軽さ、子分を持たざずクリーンな人柄など、これまでにないタイプで、自民党を変える熱意があったのです。

今までの派閥の数の論理による選挙が崩れたのです。
また、小泉以後は「選挙に勝てる顔」が総理の条件の一番にきています。
安倍総理、福田総理がそうです。
変化は自民党が国民の信頼を失い弱体化したためです。
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小泉総理以前の総理の場合は、


自民党の各派閥による話し合いにより総理大臣を選出していたのですが
 小泉は史上初の派閥ではなく、初の国民選出の総理大臣といってもいいでしょう。
 小泉政権誕生時、国会議員の多くは反対しましたが、世論の多くは小泉を指示していたため、全国の自民党員を含めて勝利しました。
 本来なら、小泉を潰すため最大派閥である平成研究会(橋本派)を含め多くの派閥が抵抗しましたが
 小泉は非常に高い支持率により、選挙に異常に強い首相でもあったのです。
 選挙に強い、それ故に党内人事は、小泉の手腕によって自由に左右されるようになりました。
 今までの党の人事はある程度 年功序列制度や、敵対する派閥にもある程度人事を渡していたのですが、それを小泉がぶち壊したのです。
 それ以降、人事に関しては戦乱になったようですね
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米国の後ろ盾があったからです


小泉氏が総理になれたのは日本遺族会と米国の強い
バックアップがあったからです
以前同じパターンとしては細川護熙がいます
細川は自民党ですらありませんから究極のウルトラCです
当然自民党を凌駕する組織がなければ有り得ない話です
小泉氏なら郵政民営化を強行して郵政資金を貢ぐであろう
という米政府の塩飽から急遽白羽の矢が立てられたのです
基本的に戦後の総理大臣は全て米国が選出しているのです

電通とメディアを使って政治を行っていたのは米政府で
彼は在任中アメリカの言うとおりに改革者を演じて口を
パクパクさせてだだけなのです 
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