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大昔から現代に至るまで我が国の天皇家には姓とか家名というものがありません。
臣下である公家や武家にはあります。
これは何故なのでしょうか?
一応我が国では姓とは天皇(大王)が臣下に授けるものなので、授ける側の天皇家には無い、
ということになるのかなと思いますが、しかし源平藤橘のような姓ならそうだと思いますが、
大和朝廷初期の豪族である、葛城氏とか物部氏とか蘇我氏とかは与えられたのではなく、
拠点となっている地域の名前等から独自に名乗っている姓なわけで、それと同様に天皇家(大王家)の
豪族としての姓というのもありそうなものですが。
あるいは最初の頃は天皇家にも姓はあったけど、上記のような理由で名乗らなくなったのでしょうか?
それではその天皇家の本来の家名は何だったのでしょうか?

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A 回答 (5件)

 現在でいうところの姓(苗字)と若干混乱されていないでしょうか。

天皇に現在でいうところの姓がないのは、古代の氏姓制度に理由があります。
氏→先祖を同じくする同族集団 首長である氏上に率いられていた
姓→大和政権内での地位を示すもの 臣や連など

 氏は5世紀ごろに成立し、姓は氏成立以前にはあった尊称を氏成立後、それを秩序づける為に作り変えられたものらしいです。氏姓制度は、氏を基本に姓で序列化を図った政治制度なので、氏も姓も大王が授けるものですから、大王にはないわけです。
 豪族は地域の名称が氏であるとは限りません。葛城や蘇我などその地域を氏名にしたものと、物部や大伴など職制による負名氏(なおいのうじ)と呼ばれる氏を持ったものとがあります。たとえば物部は軍事警察を司っていた集団です。それを考えると何となくでもイメージがわかないでしょうか。平たく言えば、葛城にいた同族集団に葛城氏と便宜上呼ばせ、軍事警察を司る同族集団に物部氏と呼ばせたという感じだと思われます。
 姓の方は、臣であれば地域を氏名にした蘇我や葛城が臣で、その中でも力を持っていた蘇我氏などが大臣に任じられ、連は特定の職務を請け負った大伴や物部が連で、同様に力をもった集団が大連です。簡潔に言えば語弊があるやもしれませんが、あえて簡単に言うと、氏を種別ごとに分けたのが姓です。
 氏姓制度成立以前は、そういう仕組みそのものがないわけですから、みんなないわけです。簡単にいえば、もともと「ない」ところで力を握った大王家というグループが、周りにつけていって「ある」状態になっていったわけなのです。そんな風に考えられているみたいです。
 高校の日本史Bの教科書とか、もしくは日本辞典を図書館などで借りてみてみると、わたしの説明よりもよく分かると思いますよ。
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 家名、苗字、そして氏姓とは意味・内容ががそれぞれにちがうのですね。

源由も。
 宮さまも、皇族を離れる(天統譜を離れる)と戸籍を持ち苗字というか氏姓をもちますよね。
 閑院の宮もそうですね、閑院さんとなったと存じます。
 皇族を離れ、臣の籍に入るということなのでしょうか。

 天皇家という、朝廷ができる前の(となる前の)、豪族はなんと言う名前で、どこの何が出自かということとも関連しますでしょうか。
 初期、名乗ったかどうかはわかりませんが、大和という豪族はいなかったでしょうか。あるいは特定の豪族ではなく、複数の豪族の連合的設置だったのかしら。だから、氏姓はない、豪族名はない。
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何故天皇に姓がないのか、資料がないから、本当のところ、不明です。



不明であればこそ、ああだろうか、こうだろうか、と推理するのは
楽しいものです。
特に確たる史料がなければ、なおのこと史料に縛られず夢を膨らま
せれます。

私は次のように勝手に思っています。
個人そのものでなく、個人の属する血筋や、家柄をあらわす呼び方が、
氏・姓・名字・苗字、なんであれ、他の血筋や家柄と識別する必要の
つど、作られてきたものでしょう。

必要のつどとは、帰化し臣属をあらわす、手柄を顕彰し後代に伝える、
出身地を明らかにする、等いろいろですが、ハツクニスメラミコトが
「おおきみ」の立場になったとき、ご自身のそんなものをつくる必要がなかった
ので創らなかった。
そのことが、その後伝統として今日まで続いているだけでないでしょうか。

古代のことを論じるとき、支那の古代書籍にこう書いてあるからどうだ、
という論が登場しますが、書籍に書いてあることと事実は、別だと思います。
今でも、都合の悪いことは記録しないとか、虚偽を発表することが
あるではないですか。
古代の支那の各王朝の青史も同じだと思います。

特に、日本に関することは、文字を持たない文化であるので、字の仮借
用法で蔑む様な文字を当ててすませます。

たとえば、卑弥呼にしても、日本人は、太陽神との意思疎通者の意味
で「日の巫女」の意味で「ヒミコ」と呼んでいる指導者に対し、
「卑しくますます叫ぶ」との意味の字を当てるわけです。

珍とか、讃とか、日本にも王に姓が存在しいる支那の文化を前提に
勝手に、記録しているに過ぎないのではないでしょうか。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E5%88%A9% …

「俀王姓阿毎字多利思北孤 號阿輩雞彌」とあり、姓は阿毎、字は多利思北孤、号は阿輩雞彌という

姓は阿毎
でないですか
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以下のURLを参考にしてみてください。



  http://gtm.cool.ne.jp/tennounokoseki.htm
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