個人的見解ですが、
作家が自殺するというケースが多いような気がします。
もしこの見解がある程度正しいとすると、
作家を自殺に導くような要因というのが何かあるのでしょうか?
批判的なご意見は遠慮していただけるとありがたいです。

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A 回答 (9件)

「多い」という印象はありますが、考えてみると三島・川端以降はあまり聞きませんね。

むしろ山田花子やねこぢる(いずれもマンガ家)の例が思い起こされます。
自殺の原因にもいろいろありますが、さまざまな意味で不安定な精神状態によるものがこの場合は問題だと思います。そういう悩みを抱えた人間が、一つの逃れ道として小説(やマンガ)で自己表現し、それでも解消しきれなかった場合に自殺という結果が生じるのではないか。
小説家などに自殺が多いのではなく、自殺を考えるようなメンタリティーの持ち主が文学に手を染める場合が多いのではないか、という解釈はどうでしょう。
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 「作家が自殺するというケースが多いような気がする」というのは、確かに言葉足らずの短絡的な質問だと思いますが、その姿勢に批判ばかりしても前へ進まないのでとりあえず実例を。



 新人物往来社の「日本<死>人名事典 作家篇」に載っている70人の作家の内、自殺者は6人です。目次より、火野葦平(服毒)・原民喜(轢死)・有島武郎(縊死)・太宰治(溺死)・芥川龍之介(服毒)・三島由紀夫(切腹および斬首)となっています(有島と太宰は心中)。これを多いと見るか少ないと見るかはお任せします。この本には新聞の死亡記事や医師の見解、追悼文、追想文、遺書などことこまかに載っているので、この6人の作家については自殺に至った経緯(らしきもの)を知る手掛かりになるのではないでしょうか。

 探したけどなかったので記憶に頼りますが、三島が確か「本当の文学というものは人を断崖絶壁につれていってそこに一人残していくようなもの」と書いていました。こういうものと常に対峙している作家の内、絶壁からダイブしてしまう人もいるでしょう(別に作家じゃなくても)。作家だからこういう要因で死ぬというものでもないでしょう。作家である前に人間なのですから。

 もう一つ、作品社「孤蝶の夢」渥美饒兒著には北村透谷の自殺に至るまでの25年の生涯が書かれており、たいへん興味深いです。北村透谷の死についても「結婚したせいだ」と述べる友人もいましたので、何を読んでも解釈は様々です。

 作家によっては毎作「遺書のつもりで書いた」という人もいます。「作家が自殺する」という大きなくくりで捕らえず、「自殺をした作家」というピンポイントで要因を探ってはいかがでしょうか。
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いろいろと意見があるようですね。


僕としては、自殺と作家の関係について考えるのは興味があります。
僕の立場は、作家の書いたテクストと作家自身を混同させないというものです。
作家の仕事を全て読み通したとしても、作家の自殺の要因が解るとは言いかねます。
作家には自分のイメージを利用して小説を書き上げる場合も多々あります。
例えば、私小説の内容とその作者・作家をダブらせて、作者・作家の人間像を構築するのは避けるべきです。
文学はそれ程底の浅いものではありません。

不確かではありますが、安部公房氏は、作家は作品を書き終えた後に無力感におそわれるというような内容をどこかで発言されていました。
そのことから類推すれば、ひとつの作品を創作するということが作家にとっては命を削る程の大仕事であることは簡単に予測できるでしょう。
僕は、書く内容云々よりも、もっと創作行為そのものと自殺の関連を考慮されることをお勧めします。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
ご意見参考にします。

お礼日時:2001/02/21 19:23

自ら死を選んだ作家を一人選んで処女作から遺作までどうぞ熟読してください。


これは批判的な意見ではないでしょう?あなたの考えることはあなたの勝手だから、せっかく疑問をもったことを興味本位で終わらせずに昇華してみてくださいね。
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「思うのは自由」とあなたはおっしゃる。


まさにそのとおり。

ただ、このような公開の場で人々に質問を投げ掛けるのであれば、
あなたの意見を誰も受け入れてくれないという可能性すら、
あなたは受け入れなければならない。

そのような意味において、
「批判的なご意見は遠慮していただけるとありがたいです。」
というような発言自体がすでにこの場に発言する場合において、
乱暴かつ、自分勝手であることを知らなければならない。
また、あなたが興味を持った対象である、「作家」達は、
snowairさんの言われる通り、「彼らは個々の人間です。」
それを十把ひとからげにするあなたの行為は、
その「作家」達の人間性をもひとからげにする行為であって、
その「作家」館に非常に失礼な発想であることも、
よくよく考えてみるべきでしょう。

あなたが、「批判的なご意見は遠慮していただけるとありがたいです。」
と書いているにも関わらず、ほとんどが批判的な意見である事実は、
「作家」達に興味を持っている人々に対しても、この質問が、
あまり快いものではないということをも示しています。

よくよく、考えてみてください。では。
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一般人より「生と死」について突き詰めて考える・向き合う機会が多い作家が多い(多かった)し、その思考過程が作品に垣間見られることが有るので、多いという印象を持たれるのも無理はないと思いますが、本当に一般人より作家と呼ばれる人の方が「自殺」する率が高いのでしょうか?



現在の日本で1年間に死ぬ人は大体150万人で、この内、交通事故による死亡(即死だけ?)は、約1万人です。
では、自殺する人はどのくらい居るのでしょうか? ある統計では、3万人となっていて、実に全死亡者の2%に上ります。(この統計の数字が正しいかどうかは、私にはわかりません。)

世の中で作家と呼ばれる人が何人いるのか知りませんが、最近のニュースで聞く作家の死亡原因(?)では、自殺はあまり有りませんね。過去の有名な作家に限ると、多いという印象は正しいような気がしますが...。

以上。

この回答への補足

そうですか。
どうもそうでもないみたいですねー。
ただ思う分には私のかってだということを良く理解してほしいですね。

補足日時:2001/02/15 16:20
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統計とかあるわけじゃないから、「多いような気がします」とか言われても...


ただ、目立つポジションにいる人が自殺すると記憶に残るだけじゃないすかね?

批判的な意見は遠慮して頂けるとってのも乱暴ですね。

死ぬ要因?
いろいろ考える機会が多いと人生が嫌になることが多いってだけじゃないでしょうか?
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いや、単純に作家以外の人のほうが自殺者は多いでしょう。


作家の自殺事件が目立つのは、川端康成、三島由紀夫、芥川龍之介、太宰治しかり、作品テーマ←→自殺の関係が、後世の文学研究者の文学研究、作家研究の中で論じられるからだと思います。それだけのことであり、ひとくくりに作家=自殺衝動を抱えるケースが多いという見解を正しいと思うのは安直です。
例えば芥川の場合、彼は二人の母を持ち、生みの母は精神障害をわずらっていたという環境が彼の精神、作風ともに影響し、文学においては後期の暗い作風に現れ、人生においては自殺という幕引きを迎えるに至ったわけです。作家という立場にある人は一般的にそれ以外の職業の人よりも感受性に優れていますので、悩み、苦しみが複雑で深いものにはなりやすいのかもしれませんが、それが自殺した作家全体の自殺の原因であるわけがなく(不安を感じながらも生を手放さない宮本輝、柳美里然り)、太宰然り、他の作家然り、生い立ちから死までには(あたりまえのことですが)それぞれのバックボーンがあるわけで、「作家の自殺が多い」というわけではないと思います。彼らは個々の人間です。

私は文学研究の立場から意見しています。心理学、精神学の見地からはまた別の意見があるかと思います。
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批判じゃないですけど意味不明ですよ。


他の質問のつづきかなにかでしょうか?

なにと比べて多いのでしょうか?読者??
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Qこの絵の作家がわかりません(画像あり)

http://photos.yahoo.co.jp/ph/wonder222win/lst?.dir=/af39&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/
 この絵の作者がわかる方いましたら教えてください。

 知人が都内ギャラリー10万円くらいで購入したらしいので、たぶん有名ではないと思いますが…。その人も憶えていないそうです。
裏面のサインもアップしました。またこういった場合に調べる方法があればそちらも教えていただければうれしいです。
裏面のメッセージから日本人であることは間違いないと思います。あと絵の右下にサインと「Chipping compden」と書いてあり、それがイギリスの村であることがわかっています。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。
内田新哉 さんではないでしょうか。

トレードマークのように自転車をよく描かれてますので。
ポストカードやカレンダーも販売されてますし、
人気のある画家さんだと思います。
http://www.ifn.co.jp/sakka/art/cal_data/28_uchida_t.html

内田新哉さんが書かれた記事がありました。
記事内容は関係なくて、
2つ目の【筆者紹介】のイラストが証拠となると思います。
http://www.uchida-shinya.net/message/20060721b.html
http://www.uchida-shinya.net/message/20060721c.html

*この記事は「内田新哉公式サイト・小さな幸せ」の中の
(のほほ~ん掲示板)の中でみつけたモノです。
http://uchida-shinya.net/index.html

右下のサインの横の「Chipping compden」は絵の題名だと思います。
プロフィールによると旅をされていたそうなので、
旅先での風景なのかもしれませんね。
参考になりましたら幸いです。

こんにちは。
内田新哉 さんではないでしょうか。

トレードマークのように自転車をよく描かれてますので。
ポストカードやカレンダーも販売されてますし、
人気のある画家さんだと思います。
http://www.ifn.co.jp/sakka/art/cal_data/28_uchida_t.html

内田新哉さんが書かれた記事がありました。
記事内容は関係なくて、
2つ目の【筆者紹介】のイラストが証拠となると思います。
http://www.uchida-shinya.net/message/20060721b.html
http://www.uchida-shinya.net/message/20060721c.html

*...続きを読む

Q作家 あるいは芸術家の自殺について・・・

芥川龍之介、太宰治、川端康成、ヘミングウェイ等は自殺したと言うことですが、彼らの作品の流れと、例えば、病気等で亡くなった夏目漱石らの作品の流れについての大きな相違点というのはあるのでしょうか?

私個人としては、自殺した人の傾向は一つのことにとらわれ過ぎている傾向がある←いい、悪いということでなく。自殺してない人は多角的な面から物事を捉え、客観的な物事の捉え方をすると感じてます。

Aベストアンサー

 
「自殺」ということを考えるとき、とりわけ文学者や芸術家の場合、自殺の起源が、かなり若い頃、幼い頃からあるということが言えます。それは、「自我の脆弱性」とも言えるもので、繊細さとも言えますが、「自我の強さ」に欠けるところがあるのです。

これは、三島やヘミングウェイなどを考えると、奇妙にも思えるのです。ヘミングウェイは、高名な作家であると同時に、冒険家、狩猟家で、ある意味、「男のなかの男」でもあったのです。「パパ・ヘミングウェイ」という言い方があるのですが、「偉大な父」というか、尊敬に値する「偉大な男」という像がヘミングウェイにはあるのです。

しかし、ヘミングウエィは、その自我に「脆弱さ」を持っていたのです。

>彼らの作品の流れと、例えば、病気等で亡くなった夏目漱石らの作品の流れについての大きな相違点というのはあるのでしょうか?

自殺というのは、精神疾患、例えば、鬱病の自殺などを除くと、非常に実存的なもので、個々人の生きるありかたに関わっており、自殺した人の文学や芸術に何か共通性があるかと言えば、恐らくないのです。

ただし、自我の脆弱性と、自殺へと傾く実存の姿を作品に描こうとした場合は、ある共通性があるかも知れません。

ヘミングウェイの若いときの作品には、生きる喜びと活気に満ちた作品があります。芥川は、作品の線が非常に細く微妙ですが、彼でも、今昔物語に題材を取った初期の作品では、生きることの充実というか、生の躍動のようなものがあるのです。

太宰も三島もそうでしょう。川端などもそうなのです。川端などは、死んでも死なないようなしぶとい、恐ろしい人間だったともいえ、誰か友人が、晩年の川端の生き方を見て、「鬼」だと評しています。

>私個人としては、自殺した人の傾向は一つのことにとらわれ過ぎている傾向がある

それは、自殺を実際既遂してしまったので、そこから作品を見てしまうので、錯覚が起こるのだと思います。

時代や社会や文化や価値観や、様々なものが変化してゆく中で、作家や芸術家の生きている現実においても、矛盾や葛藤や、あれかこれか、というような選択や、プレッシャー、重圧がかかってきます。

自殺した作家は、自己を支えきれなかったのだとも言えます。

ヘミングウェイの場合だと、どうしても満たされない空虚感、自我の自信の欠如というものに悩まされたのだと言えます。

>自殺してない人は多角的な面から物事を捉え、客観的な物事の捉え方をすると感じてます。

多角的な物事の捉え方ができず、客観的でないが故に、自我の脆弱さが露呈されず、自殺しなかった人が多数いるでしょう。「健全な自我」は、ユーモアのある自我で、ユーモアは、自己の客観視と多面的な価値観で物事を見ることができてはじめて可能だとされます。

自我に余裕がないとユーモアにはならないのです。自殺した作家であれば、三島は若い頃からユーモアがありませんが、それでも、生命の躍動があった時期があります。芥川や川端や太宰などは、それなりにユーモアを持って、自己を客観視できた時期があったのです。

しかし、自殺した人の自我は、脆弱性があったことは間違いありません。しかし、誰が自殺するかは、その作風からは分からないのであり、自我の脆弱さと生きている複雑な状況が絡み合って、その結果、自殺する人はしてしまうのです。

自殺の代償として書いた作品には、自殺した作家の作品だという特性があるかも知れませんが、そういう作品ばかりとは限りません。だから、一般論でくくるのは無理があります。

作家に限らず、自殺する人は、それぞれに違った実存なのです。夏目漱石や森鴎外のような、ある意味、健全な大作家と比較するのは無理があるでしょうし、自殺していない作家の作風や生き方を比べると、その多様性に驚かされるでしょう。

作家は自我や実存の問題で苦悩するのであり、鴎外は、乃木希典の自殺に深刻な衝撃を受け、この苦悩のなかから作品を創造したのですし、夏目も、同じような事情があります。三島や川端や芥川もそうでしょう。

ただ、自殺した作家の作品を後から眺めると、自殺へと向かった心の葛藤と、それに敗北した自我の脆弱さが見える場合があるのです。鴎外や漱石も、自殺した可能性はあります。ヘミングウェイのような「強い男」が自殺する訳などないと思われていたでしょう。

しかし、自殺を既遂してみると、後から辿ると、その作品や人生が、自殺へと向かう必然があったようにも見えるのです。

ユーモアがあり、自己を客観視できる人は、それだけ自我に柔軟性があり、強さがあると言えます。しかし、そのような人でも、状況次第で決まる要因というものがあるのです。

個々の作家または人間について考えねばならない問題になって来て、共通性というのは、自我に何かの脆弱さがあったということです。ただ、その脆弱さがどこまで露呈したか、どこまで耐え得たかで、自殺した人としなかった人の境ができているのでしょう。

鴎外も漱石も自殺の危機があったが、それを乗り越えたということだとも言えます。川端は、晩年の鬼の苦悩に苦しむ前に、アルベール・カミュのように、ノーベル賞を取った直後に、交通事故ででも死んでいれば、違った評価や見え方になったでしょう。他の自殺した作家についてもそういうことは言えます。

(ヘミングウェイは、初老の入り口で、事故死していれば、違った評価になるとか、太宰は、自殺か事故死か、現在でもはっきりしません。彼の場合、演技自殺症状があり、演技のつもりが失敗したのだとも言われます)。
 

 
「自殺」ということを考えるとき、とりわけ文学者や芸術家の場合、自殺の起源が、かなり若い頃、幼い頃からあるということが言えます。それは、「自我の脆弱性」とも言えるもので、繊細さとも言えますが、「自我の強さ」に欠けるところがあるのです。

これは、三島やヘミングウェイなどを考えると、奇妙にも思えるのです。ヘミングウェイは、高名な作家であると同時に、冒険家、狩猟家で、ある意味、「男のなかの男」でもあったのです。「パパ・ヘミングウェイ」という言い方があるのですが、「偉大な父」...続きを読む

Qホテルオークラ東京ベイの客層

来週、月曜日に現在、付き合っている彼女とディズニーランドに行き、ホテルオークラ東京ベイの泊まります。

彼女は20歳で大学2年生で自分は22歳の大学生で4月から社会人です。

泊まるホテルなんですが、ディズニーのオークラは一流ホテルで学生には程遠い、ホテルなのでしょうか?
虎ノ門のオークラは著名人が泊まる一流ホテルなので、ディズニーはどうなのでしょうか?

また、ホテルオークラ東京ベイはカップルが多いのか、ファミリーが多いのか年齢層なども教えていただけたら幸いです。

Aベストアンサー

ホテルオークラ東京ベイ、私もオフイシャルホテルの中で一番好きなホテルです。

オークラですが、場所柄「リゾートの利用者」が多数なのでそんなに堅苦しく考えなくても良いと思いますよ
私など毎度Gパン・スニーカー・Tシャツとかいういかにもこれから遊びに行くぞ!ってな軽装でチェックイン・アウトしてますから(苦笑)

カップルが多いのか、ファミリーが多いのか年齢層なども教えて>>
これは時期にもよるのではないでしょうか?
でもサンルートなんかに比べるとずっと子連れは少ないと思います

Q作家と自殺

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったのですが、私はまだ作家で自殺する人が多いと思ってしまいます。
それが不思議なんです。
そのことをつい先日、文学部に通ってる友達に話したところ、その友達はこう言ってました。
「その作家たちは、こうあるべきだと自分の中で思い描いてる世界(?)があって、その世界と現実とのギャップに悩んで、どうしようもなくなって死ぬんじゃないか」と。
なるほど!とまた思ったのですが、じゃあその作家が思い描く世界って?とも思ってしまうのです。
その作家が理想とする世界とはどのようなものなのでしょう?
それとも死にたくなる理由が他にあるのでしょうか?
それ以前に、やはり私の、作家で自殺する人が多いという考えは間違っているのでしょうか?
批判的な意見でもなんでも構いませんので、みなさんが作家と自殺との関係で思うことがあったら教えてくれませんか?

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったので...続きを読む

Aベストアンサー

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわらず芥川とか川端の自殺とおなじ範疇でくくられる。「作家だから(芸術上の悩みで)自殺した」という人と、「作家がたまたま(生活上の悩みで)自殺した」という人がごちゃごちゃになりすぎているような気もします。
 きちんとした統計をとったら、絶対に自殺しなかった文学者のほうが圧倒的に多くなると思いますよ。日本にかぎっても、大伴家持、紀貫之、藤原定価、紫式部、清少納言、式子内親王、世阿弥、井原西鶴、近松門左衛門、芭蕉、一茶、蕪村、太田南畝(蜀山人)、為永春水、十返舎一九、馬琴、幸田露伴、尾崎紅葉、正岡子規、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、志賀直哉、みんなふつうの死にかたです。ただ、明治以降になると急に自殺する人が増えますよね。これはたしかに注目に値すると思う。
 明治の気風として「理想と現実がズレたらそれをなおさなければならない」という理想主義的な部分があるように思います(たとえば維新もそうだけど)。江戸時代のような「本音と建前ちがってていいじゃない」という気軽な生きかたが廃れてしまったことが、作家にかぎらず、明治の人々を追いつめた原因ではないでしょうか。

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわら...続きを読む

Qこの作品の作家がわかる方、ご教授下さい。

20年位前に横浜で初めて購入した版画なんですが作家名がわからず困っております。
購入時に作家名が書かれた作品証明書が添付されていたのですが、紛失してしまいました。
日本人の作家なのは間違いなかったように記憶してます。
すごく気に入っており、出来たらまたこの作家の作品を探したいなと思っているのですが・・・

購入した作品のシートと、作家のサインの画像をヤフーフォトに載せたのですが、
質問を入れた後に画像を入れる事が出来る事を知り、再度登録しました。
画像は2枚登録するつもりなのですが、2枚とも登録できるかどうかわかりません。
1枚目は作家のサインで、2枚目はシートです。

ご覧頂いた方でご存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けますようお願い致します。

Aベストアンサー

平野 琳人(ひらの よしと)さんという作家でしょうか。
それらしいサインの入った作品がありましたので出します。
あんまりはっきりしたのは見つかってないですが、検索ではたくさん出でますので、氏名だけでもわかればと思いまして、ご参考に。
違ってましたらあしからず。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%CC%EE%CE%D6%BF%CD

http://3016.jp/seibido/item.cgi?up_item5=08060318382800

Q世界的に有名な日本文学作家

生きている人でも死んだ人でも構いません。

各文学作家が具体的にどれくらい有名ということは知らないのですが、比較対象としてフランツ・カフカやナボコフを挙げます。彼らと同じくらい、もしくは彼ら以上に有名な日本文学作家と言えば誰でしょうか?存在しないのであれば日本で最も有名な文学作家でも構いません。
また、そういったものがまとめられているサイトや本が存在するのであれば、教えていただきたいです。

Aベストアンサー

 先ずは安部公房です。フランツ・カフカと安部公房そしてサミュエル・ベケットは78年に刊行された『疎外の構図』で比較対照されています。
 続いては芥川龍之介と井伏鱒二。共に作品の最後を書き換えていることで知られています。その改編が何故なされたのかに関する議論もあります。芥川なら『羅生門』と『地獄変』井伏なら『山椒魚』
 短編小説なら川端康成の『反橋』『しぐれ』『住吉』『隅田川』中編から長編にかけてなら野上弥生子の『秀吉と利休』や志賀直哉の『城の崎にて』などもあります。
 有名作家の定義ですが人それぞれによって異なることも大いにありそれが文学の持つ豊かさでもあり可能性のひとつでもあるので、お気に召さねば読み流して下さっていただければ幸甚です。
 海外の文芸評論で採り上げられる作家は西行や芭蕉といった歌人とその作品そして『源氏物語』も未だに健在です。不条理とのことであれば平安時代の『蜻蛉日記』が象徴的な存在かもしれません。

Q京都の宿泊ホテルで、オークラかブライトンか迷っています。

年末に京都に1泊旅行します。
宿泊ホテルをオークラかブライトンか迷っています。
ブライトンは地下鉄駅が遠いそうですね。でも評判がいいので一度宿泊してみたいと思いますが、一方、オークラも評判がいいので迷っています。
どちらがオススメでしょうか。
車はないので、地下鉄駅が近そうなオークラもいいのですが、ブライトンも一度宿泊してみたいと思いますので本当に迷います。

Aベストアンサー

オークラの方が評判が良いようです。
次を参照ください。
http://web.travel.rakuten.co.jp/portal/my/toukou.iken?f_hotel_no=1754&f_kaiin_no=&f_tel=

http://web.travel.rakuten.co.jp/portal/my/toukou.iken?f_hotel_no=685&f_kaiin_no=&f_tel=

予算・お部屋の使用用途が分かりませんが、大局的には京都ホテルオークラに分があります。

Q芥川龍之介のように凝った文体の作家

芥川龍之介、中島敦のように凝った文体の作家は他にいますか?
いたら作家名と代表作を教えてください。
できれば現代作家がよいのですが、古い作家でも構いません。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.1です。
>一字一句に意味があって省略できないような作品
となるとほとんどの明治・大正の作家が該当すると思いますが、例えば森鴎外、尾崎紅葉、志賀直哉。
比較的新しいところでは、言葉遣いに凝っているなら三島由紀夫。「山月記」「名人伝」「杜子春」など中国物がお好きなら(初期の)宮城谷昌光。

Qホテルオークラ東京ベイの朝食

3月の試験休みに2泊舞浜に泊まる予定です。ホテルは、前回泊まって良かったシェラトンか、泊まっていないオークラかで迷っています。

ブログなどでは、オークラの朝食ブッフェはとても混んで並んだと書いてあるのを時々見ます。
他のホテルでも時間帯によって並ぶ経験はありますが、うんざりするほど並んだ経験はありません。
隣接する他のホテルよりはこじんまりとしているらしいオークラですが、朝食ブッフェのレストランも、小さめなんでしょうか?

おいしいと評判のフレンチトーストも食べてみたいし、どうせなら泊まっていないホテルで過ごしてみたいので、ほぼオークラに決めているのですが。

最近、オークラで朝食ブッフェに行かれた方、どうでしたか?
混雑度の他に、品数やお味、雰囲気なども聞かせていただけると助かります。

Aベストアンサー

ほぼオークラに決まってるのにあまり余計な事を言わないほうがいいのかな?w
なんて思いますが・・・
去年はオークラに2度目の宿泊してきました。
シェラトンには10泊以上してます。

規模はシェラトン802室、オークラ427室。
半分以下だと思ってたけどオークラ客室けっこうありますね。

レストランはシェラトンのグランカフェ320席
オークラのフォンタナ106席
と、ここは3分の1ですね。
でも、オークラはカフェレストランテラスでも同じ洋食が食べられるようですので、
合わせれば210席くらいになります。

雰囲気はグランカフェって広く明るく開放的ですよね。
オークラはリゾートホテルというよりシティーホテルって感じですので
レストランも落ち着いた感じです。

フレンチトースト評判いいですね~
でも、それほどビックリするようなことはないと思いますけど?
あまり期待しすぎるのもどうでしょうか・・・
どんなに美味しくてもフレンチトーストですからねw

うちは9月の日曜日7時頃フォンタナに行きましたけど
待たずに入れましたよ。

以上のようにタイプの異なるホテルだと思って
一度は体験されたらどうでしょう。
スタッフの対応もとても良くていいホテルだな~と思いましたよ。
ちなみに初めて泊まったのは20年前です。

ほぼオークラに決まってるのにあまり余計な事を言わないほうがいいのかな?w
なんて思いますが・・・
去年はオークラに2度目の宿泊してきました。
シェラトンには10泊以上してます。

規模はシェラトン802室、オークラ427室。
半分以下だと思ってたけどオークラ客室けっこうありますね。

レストランはシェラトンのグランカフェ320席
オークラのフォンタナ106席
と、ここは3分の1ですね。
でも、オークラはカフェレストランテラスでも同じ洋食が食べられるようですので、
合わせれば210席くらいになります。

雰...続きを読む

Q多和田葉子のような文章を書く作家

多和田葉子さんの作品の文体や雰囲気が好きす。彼女の作品は独特だと思うのですが、もし彼女のような雰囲気の作品を書く他の作家さんをご存知でしたら、教えて頂きたく、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私も多和田葉子さんの作品は大好きです。ちょっと他の人には真似のできない雰囲気と文体で、これまでずばり似ている作家とはお目にかかったことがないですが、柴崎友香さんの一部の短編小説はちょっと近いかなと感じたことがあります。

似ていると思った小説は「私のいなかった街で」「ビリジアン」「週末カミング」あたりです。

似ているところは、「自分自身の意識の流れを延々と記述する。」「現実の描写と空想の風景が時として混然一体となっていく。」あたり。違うところは、多和田さんの方がやや哲学的(その割に下ネタも結構好き)なのに対し、柴崎さんの方がやや形而下的(結構ミーハー)&アナーキーなところか。


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