こんにちわ

今日父が自分は「こういう絵がとても好きだ」
といって
「空気を感じる絵」という絵を紹介してくれました。
ですが肝心の絵が見つからず父ももどかしいようで
自分も早く見たいです。

詳細は
・室内の絵である
・ヨーロッパの人の絵である
・空気(感)を感じる?絵である
・名画らしい
・美術の教科書にも良く載っている(自分のは載ってませんでした)

位です。
知ってる方が居れば、絵の名前、画家の名前、
考えられる物を全て挙げてください。
是非ともお願いします。

A 回答 (9件)

こんばんは。



・室内の絵である
・ヨーロッパの人の絵である
・空気(感)を感じる?絵である
・名画らしい
・美術の教科書にも良く載っている(自分のは載ってませんでした)

この条件で「空気を感じる」・・・。

私はプラド美術館で「そよ風の漂う空気」でなく「重々しいながらも
独特の感覚の空気感」を肌で感じ身震いした記憶があります。
構図も素晴らしく、ピカソのゲルニカ同様プラドの一押しです。

『ラス・メニーナス』parヴェラスケス

恐らく全然見当外れでしょうけれど実物は最高に素晴らしいです。
ピカソも習作しているくらいですからね。

あとはオルセーあたりに展示してある
ゴッホの人物像とか?
あの辺は空気というより迫力を感じすぎちゃいますかね^^

参考URL:http://pinkchiffon.web.infoseek.co.jp/Margarita9 …
    • good
    • 0

こんにちは


美術の教科書にでてきそうな画家をほかにあげるならば、
ベラスケス(肖像)、シャルダン(静物)
マグリットもありますがこれは室内はあまり見ません。
    • good
    • 0

No.5の方がおっしゃるように、描かれているものがもう少しわかると良いと思うのですが。



女性が描かれているとか、
人物の入っていない静物画だとか。
    • good
    • 0

こんにちは。



わたしも「空気を感じる絵」、好きです。
ddihcさんのお父さんがどのような意味で「空気を感じる」とおっしゃったのかはわかりませんが、よく私は予備校時代に先生から「もっとここの空気感をだしなよ~」って言われました。(あ、私は油画科です。)
よく写真で、みせたいものにピントが合って、他がぼけてるものがありますよね。たったそれだけで、私たちはなぜか空間を感じてしまうわけなんですが、その他にもその場の光、色、ものの形などが微妙なバランスをとっている、しかもそれが絶妙だと「空気感がある」、「空気を感じる」わけです。決して風が吹いて空気の流れで「空気があるなぁ」ってわかる、そういったものではないんです。

直接質問の答えにはなってませんが、ちょっと単語が気になったので書き込んでしまいました;;
    • good
    • 0
この回答へのお礼

いえいえ。探す参考になりますよ。

絵って難しいですよね・・

ありがとうございました。

お礼日時:2008/05/26 15:31

私もみなさんがおっしゃていた通り、


フェルメールやレンブラントかと思いましたが。。。
お父様がおっしゃているその名画の人物は何人くらい描かれて
いるのでしょうか?もしくは人物はいないのでしょうか?
構図というか室内の雰囲気を覚えていらっしゃれば
もっと回答が増えるかと思いますのでぜひ教えて下さい!
教科書に載ってる有名な画家っていうと
ルノワール
モネ
ドガ
マネ
シャガール
とか思い出します☆
    • good
    • 0

レンブラント・ファン・レイン


http://www.salvastyle.com/menu_baroque/rembrandt …

他、多くの絵画が掲載されています。他の絵も楽しみながら探してください。
http://www.salvastyle.com/collect/collect.html

この映画を見ると出てくるかも知れません
http://www.cetera.co.jp/library/holland.html
http://www.icnet.ne.jp/~take/vermeerhollandsligh …
DVDも出ています。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83 …
    • good
    • 0

アメリカの画家ですが、


アンドリュー・ワイエスの「海からの風」
というのがあります。
室内の窓から見える風景でレースのカーテンが吹き込む風にゆれています。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

き・・キレイな絵ですね・・すごい・・

なんか聞いたら
空気って見えないものじゃないですか。
でもその空気を描いた・・っていうか空気が見えるような
錯覚を覚えるほどの絵?みたいな感じらしいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2008/05/25 11:57

名画と言われる写実的な作品はほぼ全てある種の空気感があると思うのですが…



最高峰の室内画と絶賛されているといえば
ヨハネス・フェルメール
http://www.salvastyle.com/menu_baroque/vermeer.h …
なんかどうでしょう
多分この当りの室内画では教科書に取り上げられていることも多いのではないですかね、私は個人的には「レンブラント」が好きなんですが…、

あと室内の絵画の有名どころでは
ヤン・ファン・エイク(アルノルフィーニ夫婦)
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/eyck_ …
なんかは緻密な室内描写(鏡の映りこみの描写)なんかで教科書に取り上げられていたような気がしますが…

まぁ人の好みはそれぞれでしょうが、一般的に綺麗な室内画として人気があるのは、やっぱり「フェルメール」かな……??

以外や以外、日本人代表で
黒田清輝(読書)
http://www.salvastyle.com/menu_japanese/kuroda_r …
っていう線もあるかも、これも日本の近代絵画なんかで、教科書にのっている確率は高いから…。

室内、名画、教科書の参考作品で思いつくのを挙げてみました。参考までにどうぞ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。

画家はヨーロッパっていってました。
また聞いてみます。

お礼日時:2008/05/25 11:54

「空気を感じる絵」→室内に差し込む光が印象的な画家ですが・・・



ヨハネス・フェルメールの『牛乳を注ぐ女』や『レースを編む女』が思いついたけど?
http://www.salvastyle.com/menu_baroque/vermeer.h …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ヨハネス・フェルメールではないようです。
すいません。

お礼日時:2008/05/24 20:15

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q映画と精神分析との共通するところ

お世話になっています。


映画と精神分析が共通しているところがあるのが、
共通するところがあるとしたら、どこにあるのか、
というより、精神分析と映画とは、同じものではないのか、
という疑問にどなたかお答えください。


下記のようなページをみつけたのですが、
「映画と精神分析は同級生」http://www.akuzawa.net/?p=2031
誕生した時期が同じとの指摘があるばかりです。

ベラ・バラージュの「視覚的人間」(岩波文庫)を読んだときに、
カメラの視線とは、そのまま精神分析による第三者の視点である、
ということが書いてあったかと記憶しています。


私がお聞きしたいのは、
「精神分析を扱った映画」でもなく、
「映画を精神分析で批評する」ことでもなく、
同じ時代に生まれた両者の共通する土俵というか、
思想史的に共通する幹のようなものを教えていただきたいのです。

よろしくおねがいいたします。


Aベストアンサー

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変えてしまったものだったといえるでしょう。

それを知るためには、そもそも映画というのはどのようなものなのか、ほかの、たとえば小説や、写真や、絵画とどのようにちがっているのかを、もう一度考えてみることが必要かもしれません。

たとえばベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』のなかで、

「人間の歩行について、大まかにではあれ誰でも説明できるのが、通例だとしても、足を踏み出す何分の一秒かの瞬間の動きについては、ひとはたしかに何も知らない。ライターや匙をつかむおなじみの動作について、ぼくらは大まかには承知しているものの、そのさい手と金属とのあいだに本来どういうことが生じているのかは、ほとんど知らない。まして、ぼくらの心理状態の差異に応じてその点が堂微妙に変化するかなど、分かってはいない。こういうところにカメラは、そのすべての補助手段――パン・アップやパン・ダウン、カット・バックやフラッシュ・バック、高速度撮影や低速度撮影、アップやロング――をともなって、介入してゆく。精神分析によって無意識の衝動を知るように、ぼくらはカメラによって初めて無意識の視覚を体験する」(p.176-177 野村修訳「複製技術時代の芸術作品」 多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』所収)

と、映画による映像というものがどういうものであるか、精神分析とパラレルな関係にあるものと位置づけて、読み解いていきます。

では、どうして映画はこのように

> 精神分析による第三者の視点

として語られるのでしょうか。

このご質問には、以下の文章が参考になるのではないかと思います。

「映画を見るときに、われわれは映画館の闇のなかに座る。すると、われわれの背後から一筋の光が投げかけられて、それが前方のスクリーンに実物大の、いや、それ以上の大きなイマージュを投影する。そして、そのイマージュは、運動するリアルなイマージュであるのだが、しかし現実にはけっしてありえない仕方で断片化されており、その断片がモンタージュされているのである。

 こうしたイマージュの投影の一切は、実は夢に似通っている。つまり、夢が、闇のなかでわれわれの無意識という背後の光源が投影するモンタージュされたイマージュの連なりであるのと同じ構造を映画は備えている。映画とともに人間ははじめて、夢というみずからの無意識の秩序と共延長的なメディアを確立したのだとも言えるのだ。(…略…)

映画を見るとき、われわれは、あたかも無名の誰かの夢を、無名であるがゆえにまたわたしの夢ともなりうるような夢として見るのだ。そこには、夢の分有という無名のコミュニケーション、ほとんど神話の生誕にも比すべき、無名の共同性の出現がある。すなわち、映画が夢であるとしても、その夢は、現代の社会におけるある種の共同性に裏打ちされた神話性の誕生としての夢なのである。」(p.118-119 小林康夫「映画」『哲学の木』所収)

以上、何らかの参考になれば幸いです。

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変え...続きを読む

Q【絵画の幸福感】絵を見て幸せを感じたことがないです。絵に幸せを感じたことがないです。幸せを感

【絵画の幸福感】絵を見て幸せを感じたことがないです。

絵に幸せを感じたことがないです。

幸せを感じる絵ってありますか?

どれを見ても筆者の孤独さ、寂しさを感じてしまいます。

絵を飾っても豊かさを感じません。作者の寂しさしか伝わってこないです。

自然の絵を見ても人物の絵を見ても幸せに見えないのはなぜでしょう。

絵を見て幸せを感じる、見える絵ってありますか?

Aベストアンサー

有能なアーティストやクリエイターなんて、みんな孤独なものです。誰も共有出来ないその人の「内」にしか無い「世界」をずっと追い求め続けているのですから。
「孤独」で「現実に居場所が無い」故に、強い「夢」「幻想」を抱くのです。彼等にとってこの「夢」「幻想」は、誰にも犯されない完璧な(嘘ではない)世界です。

ですから、誰かがその作品を見た時に、余計その「作品の中の世界」が輝いて見えたり、幸せな世界に見えたりするんです。
もし誰かが「孤独や寂しさ」やあるいは「恐怖」を感じたのだとしたら、それも「作者の中の世界」として真実です。
作品を作ってそれに誰かが触れて何かをそこから感じて、そこで初めてほんのちょっぴりその「誰か」と「自分の中の世界」を共有出来るんです。そう考えれば、「自分の中の世界」を誰かに感じて貰えただけでも、作者にとって幸せなことだと自分は思います。

 >幸せに見えないのはなぜでしょう
作者の「孤独や寂しさ」の部分だけに強く反応している・・・つまり、ナナミさん自身がその作家と似たような孤独や寂しさを今感じているということではないでしょうか。ナナミさんが豊かで満ち足りた世界にいるなら、きっとその作品も「豊かで満ち足りた世界」に映るのでしょう。

有能なアーティストやクリエイターなんて、みんな孤独なものです。誰も共有出来ないその人の「内」にしか無い「世界」をずっと追い求め続けているのですから。
「孤独」で「現実に居場所が無い」故に、強い「夢」「幻想」を抱くのです。彼等にとってこの「夢」「幻想」は、誰にも犯されない完璧な(嘘ではない)世界です。

ですから、誰かがその作品を見た時に、余計その「作品の中の世界」が輝いて見えたり、幸せな世界に見えたりするんです。
もし誰かが「孤独や寂しさ」やあるいは「恐怖」を感じたのだとした...続きを読む

Q精神分析医と精神科医の違い

こんばんは!
ふと気になったので質問します。
精神科医と精神分析医の違いは何ですか?
精神科医はpsychiatrist といい、精神分析医は analystと言いますよね。よく、洋画などで見るカウンセリングを受けているシーンは分析医なんでしょうか?
「アナライズ・ミー」(ロバート・デ・ニーロとビリー・クリスタルが出演)はビリー・クリスタルは精神分析医ですよね?
「グッド・ウィルハンティング」のロビン・ウィリアムズは精神科医ですよね?
「Mr.and Mrs.Smith」のは精神分析医ですよね?

日本では、精神分析医とあまり聞かないのですが、これは精神科医ということなのでしょうか?日本には精神分析医はいないのでしょうか?

この二つの職業、どう違うんでしょうか?

Aベストアンサー

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec07/ch098/ch098d.html

Q西洋の名画の絵はがきを売ってるお店

 東京あたりで、西洋の名画(レンブラント、ターナー、レアリスム、モネ、マグリット等)の絵はがき(高い版画のではなくて、安い印刷の《笑》)がたくさん置いてあるお店(ネット内の店ではなくて、リアルな店《笑》)をご存じの方教えて下さい。

Aベストアンサー

上野の国立西洋美術館のミュージアムショップです。
六本木の国立薪美術館の地下のミュージアムショップにもあります。 上野は都立美術館のミュージアムショップもありました。
八重洲のブリヂストン美術館のミュージアムショップもねらい目です。
ミュージアムショップは、 入館料 ・ 観覧料を払わないと入っていけないところもあります。
西洋美術館 ・ 都立美術館は館のロビーのようなところにあり、入場料は払わなくとも行けます。 ブリヂストン美術館も大丈夫だったと思います。
渋谷東急百貨店本店の Bunkamura のギャラリーも絵葉書はいろいろおいてますが、 ここは企画展の会期中に入場料を払って入らないと、 ショップまで行けません。

Q精神分析はどう役立つか

精神分析を受けたことがありますか?

受けてみてどうでしたか?

困っていたことは何ですか?
それがどんな風に改善されていきましたか?

精神分析はどんな悩みに効果がありますか?

悪意回答、ご遠慮ください。

Aベストアンサー

日本では精神科はハードルが高いですね。
欧米、特にアメリカでは内科と精神科のホームドクターを決めているのが一般的ですが、日本ではまだそこまでは行っていませんね。
 我が家は、個人的な付き合いもあり内科と精神科のホームドクターが決めてあり、気軽に相談できます。親や子供に欝が疑われるときなどは何度か訪問しました。精神分析と言っても他の診療科と異なり道具はありませんから、なんとも心もとないですね。でも、質問の手順などはお医者さんそれぞれの流儀があるようで、何気ないような会話を繰り返していって診断して行きます。・・・それが診察????・・・・てな感じです。
 精神分析は本人がその病気の原因を理解して改善させることを目的としていますが、現在は精神分析だけが単独で使われることはほとんどありません。あくまで薬物治療の補助的な位置になっているようです。
 精神の病は、・・・症と言われる軽いものから、・・・病という病気まで色々ありますが、家族なり自身で早く気がついて診察を受けるのが良いでしょう。私の場合はいずれも、薬で治療がされ「寛解」にいたりました。

Qレトロな感じやかすれた感じに絵を描くには?

ちょっとあいまいなのですが、
昔な感じに絵を描きたいなーと思うのですが、普通に紙に描くとして味の有る風合いが出る描き方、画材などありましたら、教えて下さい。

Aベストアンサー

発色を抑えた、セピア色がかった雰囲気であれば。

まず、洋紙にしても和紙(※ドーサ引き済みの方が滲まず描き易い)にしても漂泊していないもの(やや黄色がかった紙)を選んだ方が良いと思います。

水彩絵具の茶系色を水で薄めた液を刷毛にたっぷり含ませて紙全体に伸ばします。この時(いわさきちひろさんの様に)わざと色ムラを起こさせて水特有の効果を楽しむのも良いかもしれません。絵具でなくインスタントコーヒーを好みの濃さにして使う人もいます。

その上に何か描く時は、鉛筆だとベースの茶色に負けてしまうことがあるので黒のチャコールペンシルや木炭、パステル、セピア色のインク(Gペン・万年筆)等で描くと良いと思います。

その後はいつもと同じように彩色しても、発色を抑えた落ち着いた感じになります。どうしても鮮やかにしたいところは水彩絵具の白をやや濃いめに塗って乾かしたり、水をたっぷり含ませた筆でベースの茶色を洗うと発色しやすくなります。
色を重ねると画面で混ざり滲むこともありますが、それも味だと思います。

ご希望に沿うか分かりませんが、御参考まで。

発色を抑えた、セピア色がかった雰囲気であれば。

まず、洋紙にしても和紙(※ドーサ引き済みの方が滲まず描き易い)にしても漂泊していないもの(やや黄色がかった紙)を選んだ方が良いと思います。

水彩絵具の茶系色を水で薄めた液を刷毛にたっぷり含ませて紙全体に伸ばします。この時(いわさきちひろさんの様に)わざと色ムラを起こさせて水特有の効果を楽しむのも良いかもしれません。絵具でなくインスタントコーヒーを好みの濃さにして使う人もいます。

その上に何か描く時は、鉛筆だとベースの茶色...続きを読む

Q精神分析療法の「治療」のメカニズム

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないのですが、精神分析療法では、心の病の原因を、主に幼児期の親子関係に求めます。これは、「今となっては」どうしようもないことなのではないでしょうか。原因が判ってもそれが「どうしようもないこと」であれば意味はないのではないでしょうか。

そもそも、精神分析の治療の根幹は「問題の解決」ではなく「問題の原因の自覚」にあるのでしょう。繰り返しになりますが、これが何故「治療」につながるのかが判らないのです。

なお、精神分析療法はエセ科学として批判が厳しく、現在の日本の臨床では殆ど行われていないことは存じています。しかし、それはそれとして、「精神分析の立場からは」無意識の意識化が治療に結びつくメカニズムをどう仮定しているのか、ということを知りたいのです

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないので...続きを読む

Aベストアンサー

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在の問題に焦点を当て、そこを集中的に改善しようとする療法もあります。
どちらかというと今はこれらの方が主流と言えるのかもしれません。
また、それだけの価値は大いにありますし、私も共感するところは大です。
これらはすべて神経症の治療法なわけですが、神経症というのは、無意識に抑圧された記憶が歪んだ形で心身に影響を及ぼすことだと思います。
無意識に抑圧されるからには抑圧されるだけの(本人にとっては深刻な)理由があります。

抑圧というのは自我の防衛機制の典型ですが、たとえば、幼時に母親からの愛情を十分に受けられなかった男児が、成長した後も母親の愛情を求めたいという心理になるのは自然ですが、これは現実的には奨励されないことなのでその感情は抑圧されます。
抑圧された感情は、たとえば彼の恋人に対して向けられることも多いでしょう。
多かれ少なかれこういうことはありますが、過剰になり、母親役を要求されすぎた彼女が耐えられなくなるほどだとやはり困ります。

彼女に甘えすぎないでもっと大事にしなければいけない、という現実的思考によって脱することも可能でしょうが、彼女に母親を投影してるのだ、ということが納得できれば、甘えすぎないようするということは、母親と彼女の区別をはっきりつけることだ、ということに気づきます。
はっきり区別できないことが錯綜で、錯綜はコンプレックスとも訳されることがあり、ここからマザコンなる言葉も俗語として出てきたりします。

特に信奉者ではありませんが、フロイトの最大の功績は無意識の概念だと思います。
ある女性のヒステリー研究が発端となって精神分析は誕生したわけですが、この女性は父親の看病中にヒステリー症状を呈しました。
彼女の無意識には父親に対する愛情が抑圧されていることがわかったわけです。
この場合の抑圧された感情が性的なものであったため、フロイトはその後も不必要な局面でも性的抑圧に固執するようになり、顰蹙をかう原因になっていることは確かでしょう。
しかし、私に言わせればそれは些細なことです。
性的欲望と生的欲望を完全に区別することは難しいのであって、昨今のフロイト批判に対しては、険しい山を切り開いて作った先達の曲がりくねった道を見て、舗装道路のほうが歩きやすいと言っているかのような印象を受けます。

ただ、精神分析はフロイトの専売特許ではなく、様々に枝分かれしながら幅の広い解釈がなされるようになっています。
日本で似非と解釈されているすれば、それを使いこなせる専門家が育っていない、ということなのかもしれません。

精神分析療法が似非かどうかは素人なのでわかりませんが、その本質は、
(無意識に)隠れているからといって無いものとせず、それを白日の下にさらけだすことによって、自らの意志によって制御できる対象としてまな板に乗せることなのかな、というように捉えています。
精神分析によってこうした本質的原因を了解しつつ、認知行動療法などの現実的対症療法を組み合わせていくことが効果的なのではないか、などということは考えます。
 

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在...続きを読む

Q絵を描く友達と私の絵を比べて とても悔しい気持ちです。 中学二年生で友達と私どちらも女です。 私は

絵を描く友達と私の絵を比べて
とても悔しい気持ちです。
中学二年生で友達と私どちらも女です。

私は小さい頃から絵を描くのが
好きで自分で言ってしまいますが小学校の時では普通の人よりは絵がうまかったと思います。ですが中学にあがってほかの小学校から来た子に私よりも断然画力のある子がいてとても悔しい気持ちです。

私も友達もアニメが好きで同じアニメを好きになったりしていました。初めて一緒に絵を描いた時はとても悔しい気持ちになってそのとき友達のことをすぐに大嫌いになってしまいました。とても自分勝手なことで嫌いになってしまいましたがどうしても好きになれませんでした。

そして中学2年にあがったころ
その友達はもうペンタブまで所持していて一ヶ月後にはほぼ使い慣れていました。1枚だけ描いた絵を見せてくれましたが、中2にしてはとてもうますぎる絵でした。中1の頃よりも上手くなっているのも分かりました。

クラスの代表で行事のパンフレットの表紙の絵を描く人を決める時もクラスの全員がその友達を推薦しました。

私は今では絵を描くことすら嫌だと思ってしまいます。でも絵を描くことをやめたくはありません。私には才能がないんじゃないか、このまま描き続けても本当に絵は上手くなるんだろうか、と
思ってしまいます。今では怒りと嫉妬に任せて絵を描いています。

私と同じような経験をされた方は
どのようにして事をのりこえましたか。とてもめちゃくちゃな質問ですが回答していただけると
とてもありがたいです。

絵を描く友達と私の絵を比べて
とても悔しい気持ちです。
中学二年生で友達と私どちらも女です。

私は小さい頃から絵を描くのが
好きで自分で言ってしまいますが小学校の時では普通の人よりは絵がうまかったと思います。ですが中学にあがってほかの小学校から来た子に私よりも断然画力のある子がいてとても悔しい気持ちです。

私も友達もアニメが好きで同じアニメを好きになったりしていました。初めて一緒に絵を描いた時はとても悔しい気持ちになってそのとき友達のことをすぐに大嫌いになってしまいました。と...続きを読む

Aベストアンサー

わたしとちょっとにてるかも( ^ω^ )
現在、都心の広告代理店でデザイナー、個人でイラストレーターをやってるアラサー♀です


小学生5、6年の頃、わたしも絵を描くのが大好きで、同じような友人と3人で交換日記をしていました。
ほかの2人は画力に合わせて「おもしろい発想力」をもっていました。普通の落書きも面白おかしく、可愛く、かっこ良く描いてましたよ。

ある日1人に「◯◯(私)は手の描き方から学んだほうがいいよねw」て嘲笑気味に言われたことで、わたしの闘志に火がつきました。


もちろん自分より進んだ(と思ってるだけかも)技術や発想をもった人に追いつく、もしくは追い越すことは、難しいことかもしれないですけど
他人の絵を見て「だめだ私より上手いから私なんて。。。」って思うのではなく、
中学、高校、大学。。。と、どんどんすごい人に出会っていくはずですから

「こんな人もいるのか!すごいけど私のほうがここがすごいな」とか考え方を変えてみたらいいと思いますよ。

イラストは画力だけじゃないです

※ペンタブについては、ペンタブなんてなくたってマウスで、ものすごいイラストを描ける人だっています。
自慢じゃないすけど、ペンタブでもマウスでもわたしは同じクオリティのイラストを描けますよ。
ペンタブはただの道具です。使えるからといって画力とは関係ないです。
正直、今の人はペンタブや便利なイラストソフトなどで上手く描けているように見える人が多いです。
実際のところぱっと見で上手く見えるだけの人なんてゴロゴロ(笑)

既存のアニメの模写が上手いとか、それは単なる真似であって、最初に述べたように「発想力」が重要だと思うんです。

例えば、オリジナルのイラストで、こんな構図は誰も描かないだろうってものを考えてみたり、「独自のテイスト」を考えてみたり。

もっと極端に例えてみると、(一般同人誌を除く)
ワンピースの尾田さんが、ブリーチのイラストを描いても、「尾田さんの描いたイラストだ!」
ドラゴンボールの鳥山さんが、黒子のバスケのイラストを描いても、「鳥山さんの描いたイラストだ!」

って、わかりますよね。それって、その人独自の画風やテイストをもっているからなんです。
もちろんそれに加えて画力が必要かもしれませんが、画力がなくても、人気な絵描きさんだってたくさんいます。

一目見て「あ!◯◯さんのイラストだ!」って思われることってすごいことだと思います。
それが「認めてもらう」ってことですよね。
上手い下手も重要かもしれないですけど、それなら、嫉妬してる相手の数倍努力すればいいです。



話は逸れましたが、わたしは小6のときに芸大入学を決めました。徹底的にやってやろうと。
イラストレーターになりたかったのです。

中学、高校と思いは変わらず、絵は描き続けてました。もちろん、部活もやってましたよ!吹奏楽部!いろんなことに興味もってました。
でも、きちんと勉強もしてました。アナログ、デジタルに色彩や構成やデッサンの勉強も。
いろんなものに興味はありましたが、私が思いを曲げなかったのは

「絵を描くのが大好きで、絶対にイラストレーターになりたかったからでです」

交換日記の友人とは1人疎遠になてしまいましたが、もう一人は同じ大学に入りました。
もちろん芸大です。
その友人の描くイラストは独自性があって魅力的で画力もすごかったです。
ずーーーっとその友人を目指して追い抜くつもりで努力しました

でも不思議と、大学時代に友人の作品を見たときが「あれ?こんな感じだったっけ?」て印象でした。
わたしの実力が上がっていたのか、考え方や見方が変わっていたのか。わかりませんが。

友人は目指すところがぶれぶれだったんですよね(笑)
漫画家、イラストレーター、雑貨アーティスト
いろんなものになりたくてフラフラしていました。
夢がいっぱいあるのが悪いことじゃないけど、私はまっすぐ見続けて、小学生から大学入学して、やっと「追いつけたかな?」と思えました。

わたしの夢は小学校の頃から変わらず、芸大にも入って必死で勉強して、イラストだけじゃなくて、デザインが大好きになりました。

わたしは誰とも比べません。「自分のイラスト」を描いています。
デザイナーにもなれたし、イラストレーターにもなれました。


才能はみんな持っているものです
開花させるか、させないか、なんですって


人と比べず、我が道を進んでください。
夢があるならそれに向かって猪突猛進してください。

長くなりましたがそんな感じで( ^ω^ )

わたしとちょっとにてるかも( ^ω^ )
現在、都心の広告代理店でデザイナー、個人でイラストレーターをやってるアラサー♀です


小学生5、6年の頃、わたしも絵を描くのが大好きで、同じような友人と3人で交換日記をしていました。
ほかの2人は画力に合わせて「おもしろい発想力」をもっていました。普通の落書きも面白おかしく、可愛く、かっこ良く描いてましたよ。

ある日1人に「◯◯(私)は手の描き方から学んだほうがいいよねw」て嘲笑気味に言われたことで、わたしの闘志に火がつきました。


もちろん自分より進...続きを読む

Q精神分析(学)

なぜ慶應義塾大学には「精神分析(学)」があり東大には無いのですか?

Aベストアンサー

精神分析学というのは、比較的新しい研究分野です。ヒステリーの研究者、シャルコーに学んだフロイトから発展したと言っていいと思いますが、いわゆる精神分析とわれわれが言っているものは、エリクソンなくして語れません。1903年生まれのエリクソンなどの業績を、いちはやく理解し、日本に学問として取り入れたのが小此木啓吾氏であり、彼は慶応大学教授だったため、慶応大学には精神分析学があるわけです。でも、なぜ東大にないかと言われても、ないものを証明することは困難で、私には答えられません。

以上、ご参考になればと思います。

Q感性重視の絵VS技術重視の絵、どちらが好きですか?

油絵を趣味で描いています。
今度、公募展に出品してみようと思っています。
(因みに僕の絵は感性重視だと思っております。)

そこで皆さんに質問ですが、
絵を評価する基準は人それぞれだと思います。
大まかに言ってどちらの絵が好きですか?
・感性重視の絵→自分が思いつくままの色や構図を使い、人にはない独自の絵。→感性重視
・計算尽くされた絵→写実主義で陰影や明暗など写真と見間違うほどの絵。→技術重視

また公募展の審査員はどちらの絵を評価するのでしょうか?
やはり
日展系→技術重視
仁科系→感性重視
で認識はあっていますでしょうか?

Aベストアンサー

好みとは違うのですが、「感受性重視」は見る人に選りきりなので、一歩間違えると「何これ?」で終わってしまうかもしれませんね。その分誰にでも認めてもらえるという事はよほど描き手のレベルが高いという事の証明でしょうけれど。

その点「技術重視」だと、何を表現したいか判ってもらうように重点をおいて描くので、一応、いろんな人には理解してもらえるような絵にはなると思います。納得してくれるかは別として。
ただ、自分もCG描きなんで、それで投稿してみたのですが、技術や技法が良くても、あまり評価対象にはならないようです。技術技法がそれほどでもなくても、見た目の印象の方が重視されているようです。あとはCGでは別の事で評価が高い場合もあります。これはちょっと言えませんが。まあ単純にくだらない事なんですがねw

>また公募展の審査員はどちらの絵を評価するのでしょうか?

この点に関しては自分にも判りません。真に絵を理解している人が審査員ならどちらもしっかり見てもらえると思いますが、そうでない人では保証の限りではないと思います。

まあ自分から言えば、絵を評価する事自体間違ってると思いますけれどね。。。
評価によってむしろその人の個性を潰す事にもなりかねないし、それがその人の感性かもしれないし独特の技術かもしれないですからね。そういう自分はどうなんだ?って気もしますしw
まあこんな事言ってもしょうがないですがねw
何より自信持って全力で気持ちをぶつけて描くのが一番ですよ。

好みとは違うのですが、「感受性重視」は見る人に選りきりなので、一歩間違えると「何これ?」で終わってしまうかもしれませんね。その分誰にでも認めてもらえるという事はよほど描き手のレベルが高いという事の証明でしょうけれど。

その点「技術重視」だと、何を表現したいか判ってもらうように重点をおいて描くので、一応、いろんな人には理解してもらえるような絵にはなると思います。納得してくれるかは別として。
ただ、自分もCG描きなんで、それで投稿してみたのですが、技術や技法が良くても、あまり評価...続きを読む


人気Q&Aランキング