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日本語の質問です。「彼の気持ちが分かる」と「彼の気持ちを分かる」の違いは何でしょうか?この場合、助詞「が」と「を」で微妙にニュアンスが違ってくるような気がします。

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A 回答 (5件)

はじめまして。



ご質問1:
<「彼の気持ちを分かる」>

この語法は文法的に間違いです。

1.「分かる」は自動詞ですから、目的語をとりません。

2.従って、対象を伴う格助詞「を」と共に使われるのは本来は間違いなのです。

3.ただ、「分かる」を=「理解する」という意味で捉えた場合に、このような語法も見られます。

「理解する」は目的語を伴う他動詞なので、「~を理解する」として使われるため、=「~を分かる」という語法に転用されることがあるのです。


ご質問2:
<「彼の気持ちが分かる」と「彼の気持ちを分かる」の違いは何でしょうか?>

1.「分かる」の意味が違います。

(1)「が」の場「分かる」は合以下の意味になります。

1)はっきりせずにいたことにけじめがつき、明らかになる。
例:
「犯人がわかる」

2)それを受け入れて扱う能力が身に着いている。
例:
「英語がわかる」

3)価値や細かい区別や道理を見抜く十分な力がある。
例:
「音楽がわかる」「話のわかる人」

4)ご質問文の場合は、上記の3)の意味で使われています。

(2)「を」の場合本来は正しい語法ではありませんが、「分かる」は以下の意味で使われていることになります。

1)「~を理解する」の意味になります。
例:
「私のことをわかって欲しい」

2)「~を判別する」の意味になります。
例:
「何が正しいかを分からせた方がいい」


ご質問3:
<助詞「が」と「を」で微妙にニュアンスが違ってくるような気がします。>

おっしゃる通りです。

1.基本は「自動詞」と「他動詞」との違いがある、という点を考えると分かり易いでしょう。

2.つまり「が」の方は、こちらが働きかけなくても、主語である事柄が理解の中に入ってくる、という自動的な働きがあります。

3.「彼の気持ちがわかる」とは、彼の気持ちが自然に自分の理解・理屈の中に近づいてくる、入ってきてわかるようになる、という受動的な「状態=静」のイメージになります。

4.一方「を」の方は、対象に向かって働きかける積極的・能動的な様子を表しています。つまり、対象に向かってこちらから動作を他動的に働きかけるイメージです。

5.「彼の気持ちをわかる」とは、彼の気持ちに向かって、自分の理解を近づける、自分の理解の中に彼の気持ちを取り入れようとする、能動的な「動作=動」のイメージになります。

6.そこから、
「彼の気持ちをわかって欲しい」
などといった表現では、相手の「能動的・積極的な働きかけ」を期待しているため、「を」という助詞がふさわしいのです。


ご質問4:
<「人の気持ちを分かるためには、相手の立場に立って考える必要がある」や「人の気持ちを分かることは大切」といった一般論の場合は、どうでしょうか?この場合は「が」を使うとおかしくなりますか?>

「が」を使ってもおかしくはなりませんが、ここでは「を」の方が適切です。

1.理由は、これらの文では、「分かる」=「~を理解する」という対象に対する積極的・能動的な働きかけのニュアンスがあるからです。

2.こちらから相手を理解しようとする働きかけのニュアンスを出すために、相手に向かって行くイメージのある「を」が適切になるのです。

3.また、「が」にしても大丈夫ですが、その場合は、
「人の気持ちが分かるようになるためには~」
「人の気持ちが分かるようになることは大切」
と、「ようになる」を補足した方がいいでしょう。

理由は、ここでは「が」を使うことによって、気持ちが自然に自分に近づいてくる、といった「状態=静」のイメージになるので、状態を表す「ようになる」という補助動詞を入れた方が、文意が通じ易くなるのです。

以上ご参考までに。
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この回答へのお礼

Parismadamさん、一つ一つに詳しい説明をどうもありがとうございました!例文もつけていただき、とても分かりやすい解説だと思います!!言葉というのは、ここまで細かい分析ができるものなんだと改めて感じさせられました。お陰さまで、私のモヤモヤとした疑問が解決しました。どうもありがとうございました!!!

お礼日時:2008/05/28 16:28

ANo.3のjo-zenです。



>たとえば、「人の気持ちを分かるためには、相手の立場に立って考える必要がある」や「人の気持ちを分かることは大切」といった一般論の場合は、どうでしょうか?この場合は「が」を使うとおかしくなりますか?もしよろしかったら、どなたか教えてください。

⇒私の説明に、誤解を招くようなあいまいさがあったと思いますので、以下のように補足させていただきます。

>>「を」では「彼の気持ちはわかるが、それ以外の人の気持ちはわからない」というニュアンスがあるからだと思われます。

⇒「を」を使った場合、排他的な(限定の)用法となり、

 それ以外の人の気持ちはわからないが、彼の気持ちはわかる
もしくは
 それ以外の人の気持ちはわかるわからないを考慮しないが、彼の気持ちはわかる

というニュアンスです。

「人の気持ちを分かるためには、相手の立場に立って考える必要がある」や「人の気持ちを分かることは大切」といった一般論の場合は、「他の動物の気持ちはわからないが、人の気持ちを」ということですから、「を」を使うのです。ひとくくりにした「人の気持ち」が対象だからです。
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この回答へのお礼

補足していただいて、だいぶクリアになりました☆助詞ひとつ違うだけで、意味が変わってくるから、使い分けには気をつけなくてはいけませんね。どうもありがとうございました!!!

お礼日時:2008/05/26 18:01

通常では、主体・対象を表す格助詞「が」を使った「(私は)彼の気持ちが分かる」でないといけません。



「(私は)彼の気持ちを分かる」では変な日本語となってしまいます。なぜなのかというと、「を」では「彼の気持ちはわかるが、それ以外の人の気持ちはわからない」というニュアンスがあるからだと思われます。

従って、「彼の気持ちを分かることは難しい」という場合は「を」を使うのが正しくなります。この場合は、対象が”彼の気持ち”のみだからです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!「を」を使った場合は、特定の人の気持ちが分かるということでしょうか?今、勉強中で少し混乱しているのですが、たとえば、「人の気持ちを分かるためには、相手の立場に立って考える必要がある」や「人の気持ちを分かることは大切」といった一般論の場合は、どうでしょうか?この場合は「が」を使うとおかしくなりますか?もしよろしかったら、どなたか教えてください。

お礼日時:2008/05/26 16:30

別の言葉に置き換えてみます。


「分かる」を「理解」にしてみると
「彼の気持ちが分かる」→「彼の気持ちが理解できる」(同感・同意)
「彼の気持ちを分かる」→「彼の気持ちを理解しようとする」(察する)
といった微妙なニュアンスの違いがあると思うのですが・・・
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この回答へのお礼

なるほど!違った単語で考えてみるとイメージしやすいですね。ありがとうございました!!

お礼日時:2008/05/26 13:13

日本人はこのように使います


彼の気持ちが分からない
あなたの気持ちは分かります:この後に「しかし~です」などが付くことがあります
これらの気持ちは他人の気持ちを指します

私の気持ちを分かってください:相手に頼むときの使い方
私の気持ちが分からない(自分で自分のことが分からない)
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この回答へのお礼

「は」を使うと、また違った意味合いになりますね。助詞ひとつ違うだけで、文の意味が変ってくるから、意外と日本語って難しいですね。ありがとうございました!

お礼日時:2008/05/26 13:12

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Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
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Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

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Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q数字の「四」の読み方

数字の「四」について、「よん」と読むことのほうが圧倒的に多いと思いますが、
「四年」「四人」「四円」などの場合は「よ」ですよね?
何か規則性はあるのでしょうか。
「四年」yo-nen
「四人」yo-nin
「四円」yo-en
この3つだけを見た場合、「四」の後ろに「n」または母音が来たときに「よん」ではなく「よ」になるのかなぁ…という気もします。
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

『NHKことばのハンドブック』に、NHKの放送で使用する数字の発音・用例集が載っています。

凡例:()外 標準の読み方。
   ()内 場合によってその読み方を許容する。

【ヨ】
 重ね、言(コト)、時、時間、次元、時限、揃い、たび(度)、段(段位)、人、人前、年、柱、幕目、まわり、里(リ)、椀(ワン)

【ヨ(ヨン)】
色(イロ)、円、口(クチ)、けた(桁)、皿、字、次、畳(ジョー)、束(タバ)、玉(タマ)、通り、箱、鉢、部屋、

【ヨン(ヨ)】
株(カブ)、切れ、組(クミ)、帖、錠、粒、坪、度(回数)、度目、枚、幕、棟(ムネ)、名、輪(リン)、烈

【ヨン(シ)】
条、

【シ】
月(ガツ)

【ヨッカ】
日、日目

上記以外は【ヨン】となっています。
ただし後続の語が「ハ行音」の場合は、濁音化【ヨンb】と半濁音化【ヨンp】のケースがあります。

これらはあくまでNHKの基準ですが、一つの例ということで参考になるかと思います。

結論から言えば、普遍的なルールは無く、語によって違う(慣用による)ということですね。

『NHKことばのハンドブック』に、NHKの放送で使用する数字の発音・用例集が載っています。

凡例:()外 標準の読み方。
   ()内 場合によってその読み方を許容する。

【ヨ】
 重ね、言(コト)、時、時間、次元、時限、揃い、たび(度)、段(段位)、人、人前、年、柱、幕目、まわり、里(リ)、椀(ワン)

【ヨ(ヨン)】
色(イロ)、円、口(クチ)、けた(桁)、皿、字、次、畳(ジョー)、束(タバ)、玉(タマ)、通り、箱、鉢、部屋、

【ヨン(ヨ)】
株(カブ)、切れ、組(クミ)、帖、錠、粒、坪、度(回数...続きを読む

Q「~が知りたい」と「~を知りたい」の違いと使い分け

こんにちは

「が」と「を」の違いと使い分けについて調べています。
可能動詞が続く場合はネット上にたくさん例が挙がっていたのですが、次のような構造の文ではどうなるのかわかりません。

パソコンの使い方を知りたい
パソコンの使い方が知りたい

「を」の場合は、話者から欲求が一直線に「使い方」に向かっているイメージでしょうか。

それに対し、「が」の場合は、話者が「携帯の使い方」や「スマホの使い方」と並んで「パソコンの使い方」を一覧から選び取った印象を生み出すのでしょうか?ほかでもない、パソコンの使い方「が」知りたい、と。

文法的にどのような品詞に分類され、説明されるのかも教えてください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 まず、次の格助詞「が」についての引用分をご覧ください。

○現代語の場合の記事
格助詞「が」の用法の一つに、「可能・希望・好悪・巧拙などの対象を表す」があります。
住所がわからないので手紙<が>出せない。/金<が>ほしいな。/故郷の母<が>恋しい。/私は絵画<が>好きです。/頭<が>痛い。/あの人は字<が>上手だ。/わたしは人前で話すの<が>苦手です。

○古語の場合の記事
 希望・好悪・能力の対象を示す。琵琶には手と申して、めでたき事の候ぞかし。それ<が>うけたまはりたく候ひて[古今著聞集・六]/我ハ此様ナ口キゝ<ガ>ニクイゾ[史記抄]/コレ水<が>汲まれぬ、退かしやんせ[伎・今源氏六十帖] このような場合、中世初期には「御箏<の>承りたく候」[古今著聞集・六]のごとく、「の」助詞によることのほうが多く、「が」助詞によるものが多くなるのは中世末であるが、かかる用法の源流かと考えられるものが上代に見られる。
 例 二上山は……神柄やそこば貴き山柄や見<が(我)>欲しからむ[万葉・三九八五]/橘は花にも実にも見つれどもいや時じくになほし見<が(我)>欲し[万葉・四一一二]

 補説の一つ
希望・好悪・能力の対象を示す用法を、やはり主格用法とみる立場もあるが、「が」助詞のうける語とかかる語との関係は、いわゆる主語述語の関係とはやや異なるので、対象語格と名づけ、別のものとする説も多い。
 
 (以上、「日本文法大辞典」明治書院からの引用・ この項目の筆者は阪田雪子)

 ご覧のとおり、中世末より「が」によって「可能・希望・好悪・巧拙などの対象を表す」ことが発達してきたことがわかります。しかし、近代に入って、「を」がその一部を代用するようになったと考えられます。その理由は二つ考えられます。一つは、自我意識の発達とともに、希望などにおいて「要求」の意味が強くなったことです。賃金を上げて欲しいというスローガンの「賃上げを!」いうようになりました。しかし、巧拙の場合においては「字を下手だ」とは言いません。

 もうひとつは、語の結びつきです。「水」と「飲む」の結びつきはイメージの上でより直接的であって、「水」と「たい」のように離れた感じはありません。これは「語序」からも言えることです。必死の場合は「水!」であり、「水をくれ!」である訳です。「好悪」の場合も「好き」の対象は「を」になりやすい傾向はあるでしょう。客観的にみれば、「あいつはあの子が好きなんだな」と言っていられるでしょう。こうした事は「希望」「好悪」などの本能的な面で見られると思います。

パソコンの使い方を知りたい
パソコンの使い方が知りたい

文法上は「パソコン(名詞)/の(格助詞)/使い方(複合名詞)/を(格助詞)/知り(動詞)/たい(希望のの助動詞)
 で「を」が「が」に変わっても同じ「格助詞」

 まとめると、「が」が本来の言い方だったが、近代に入って「を」が増えてきた、ということです。「調べている」と言うことだったので、古語まで遡りましたが、無用だったかも知れません。

 まず、次の格助詞「が」についての引用分をご覧ください。

○現代語の場合の記事
格助詞「が」の用法の一つに、「可能・希望・好悪・巧拙などの対象を表す」があります。
住所がわからないので手紙<が>出せない。/金<が>ほしいな。/故郷の母<が>恋しい。/私は絵画<が>好きです。/頭<が>痛い。/あの人は字<が>上手だ。/わたしは人前で話すの<が>苦手です。

○古語の場合の記事
 希望・好悪・能力の対象を示す。琵琶には手と申して、めでたき事の候ぞかし。それ<が>うけたまはりたく候ひて[古...続きを読む


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