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最近のマスコミ報道は、すべてゲストゲストの対話会話形式ばっかりで進んでいます。報道番組にしろ、バラエティーにろドキュメンタリーまでもその波をかぶってきました。こういう風潮に、たとえテレビをあまり観ないとしても、ラジオも新聞もそうです。FMは音楽よりも座談会になっているし、新聞もやたらQ&Aが多い。

そういうのは、「座談会」的な支離滅裂感にもつながりかねないし、なにより、視聴者がさっぱり自分の感性を言うものを働かせなくなる、麻痺させるという影響が大だと思います。ひとりで、物事に向かわなくなる、いつもあの人がどうだからという感覚を育てます。

KYという考えに関して、両刃の剣だと思います。一種の和と差別主義。捕らえ方賛否はさまざまですが、上に書いたようなメディアに、こういう風潮は負っているのでしょうか。あるいは、もともとKYの感覚がずっと日本人の間にあって、それがメディアの発展によって自動的に放出されつつあるということなんでしょうか?

A 回答 (1件)

そこまでの感覚は放送局には無いでしょう。


どちらかというと、お金のかからない番組づくりを
優先させているだけです。

VTRをダラダラ回して、ちょっと面白いところを切り張りして、
『ここ、笑うとこですよ』というスーパーとガヤを重ねる。
その方法で作れば、安く番組が『造れ』ます。
昔と違って、技術を潤沢に投入できるからです。
この作り方をするときに、出演者にある程度の『空気を読む』力が
要求されますが、それは二次的なものです。

同じ、ゲスト主体の番組でも『笑っていいとも』に代表される
生番組はお金がかかります。司会者の話術もいるし、
裏方の労力も大きい。何より、企画・構成が問われます
往年の『8時だよ全員集合』のような番組は、
予算もさることながら、それだけの構成を行える人材が乏しいので
現在では不可能でしょう。

いつの頃からか、放送局は、番組づくりを製作会社に丸投げして、
管理業務で利益を上げることが主になったように見えます。
放送局も視聴者をバカにしています。
『バカにはこの程度の番組でいいだろう』と
創ることを止め、造らせる会社になってしまったのですが…。
このあたりがテレビ離れの原因かも知れません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
主に政策側の労力費用の問題ということもあるのですね。その結果が作品というものから遠のく。生放送って、大変なのですね。そんなに2例が高度な番組だと思ったこともなかったです。それにさえ、今流行のが及ばないとは、絶句するしかない。
結局は、作る人もいなくなった、観る人もいなくなった、テレビは衰退、bsに一応高質なものは移っていくのでしょうが、それも時間の問題で、ゲストゲストのオンパレードに堕ちていくでしょうね。

お礼日時:2008/06/07 08:16

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