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最近よく「最後の晩餐は焼き肉がいい」とか「卵かけごはんがいい」とかの
発言を目にして違和感を感じるのですが、
そもそもキリスト教でいう「最後の晩餐」は
メニューを選べるような類いのものなのでしょうか?

(同宗教については門外漢なので、もし質問に無礼がありましたらお詫びします。)

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A 回答 (4件)

こんにちは。

キリスト教では、「最後の晩餐」というのは、イエス・キリストが十字架に磔にされる前、十二弟子と共に取った最後の食事のことで、メニューを選ぶような類のものではありません。(このとき、イエス・キリストの弟子の一人、イエス・キリストを裏切って引き渡したユダも一緒でした。イエス・キリストはユダの裏切りをご存知でした。)

その食事は「過ぎ越しの祭り」(イスラエル人の先祖がエジプトの奴隷状態から救出されたことを忘れないよう記念し、感謝するための祭りです。エジプトのすべての初子が殺されたとき、イスラエルの家は過ぎ越され(通過され、)子供たちは難を逃れたことにちなみます。)を祝うためのもので、酵母菌を使わずに作られたパンなど、食べ物も決まっています。それぞれ象徴的な意味があります。

その食事を取っているとき、イエス・キリストが聖餐を制定されました。イエス・キリストの体を象徴するパンと、血を象徴するぶどう液を取ることにより、イエス・キリストに従う人たちが、イエス・キリストの購いを記念し、イエス・キリストに従う決意を新たにするためです。それで、今も正統なキリスト教会ではどこでも、聖餐の儀式を行い、キリスト教徒はパンと水(あるいはぶどう酒)を取っています。

ですから、ただ「この地上での最後の夕食」とは全く違うのです。わたしも、「最後の晩餐」という、意味の深い、神聖でさえある言葉が、他の意味に取って代わられ、軽々しく使われていることに違和感そして不快感を感じます。

「この世での最後の夕食」あるいは、No.1さんがおっしゃるように「人生最後の晩御飯」というふうに言ってほしいものです。

ご理解のお役に立てば幸いです。
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございます。
門外漢にも子細が正確に理解出来るようにご説明いただいたことに感謝いたします。
この事跡についてはダ・ヴィンチ作の壁画の印象しかありませんでしたが
あの壁画に描かれている一つひとつにこのような意味があるのだと判り、
多くの方が信仰されているキリスト教の奥深さに、ほんの少し触れられたような気がします。

私は特定の教えに帰する者ではありませんが、
自分が信じているものごとを軽々しく扱っているのを見聞きするのは
決していい気分ではありませんし、
自身の言動によって不快になる人がいることに想像が及ばない人には失望もします。
回答者様のお気持ちを理解し、もしこの言葉に触れる機会がある場合は
信者さん達がご気分を害さないようにしたいと思います。

お礼日時:2008/06/21 21:44

>最近よく「最後の晩餐は焼き肉がいい」とか「卵かけごはんがいい」とかの


>発言を目にして違和感を感じるのですが、

こっちの意味の「最後の晩餐」は、キリスト教は直接は関係ありません。
TV番組『ニュースステーション』の人気対談企画のタイトルでは?

『最後の晩餐―久米宏対話集』
http://www.amazon.co.jp/dp/4087743861
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。
同テレビプログラムは私も視聴したことがあります。
テレビの影響力は多大ですよね。
このプログラムの題名になったおかげで
誰も訊いていないのに質問のような発言を自らする人が増えたことは明らかだと思っておりました。

お礼日時:2008/06/21 21:57

>そもそもキリスト教でいう「最後の晩餐」は


>メニューを選べるような類いのものなのでしょうか?
 イエスがパンと葡萄酒をそれぞれ「自分の体」「自分の血」として弟子たちに与え、「これをわたしの記念として行え」と命じたとされますから、選択の余地は無かったのでは…。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C% …
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。
リンク先、拝見しました。
空腹を満たすための食事ではなく、弟子達に教えを伝えるための出来事だった
と理解しました。
メニューはその教えを伝えるために必然的に選択されたもので
選択の幅があるものではなかった、とも理解しました。

お礼日時:2008/06/21 02:30

単に、人生最後の晩御飯って意味でつかっているのではないですか?



裏切り者がいるわけではないでしょうし。
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この回答へのお礼

早速のアドバイスありがとうございます。
質問文が簡単すぎたかもしれません。
人生最後の晩御飯のメニューを自分で選ぶことができる、という
楽観的な感覚と死への無自覚さに違和感があり
専門的に見た場合、どういう出来事だったのかと思い
質問させていただきました。

お礼日時:2008/06/20 00:56

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Qイエスキリストはどうして処刑されたのですか?

イエスがなにか変なことをしたがために処刑されたのでしょうか?

Aベストアンサー

一応、主流となっている説です。

まず、イエスはユダヤ教徒であったことを理解してください。
また、ユダヤ人はローマの支配下にあった事も頭に入れておいてください。

当時のユダヤ教は主に2つの派に別れていました。
議会派(サドカイ派)と民衆派(ファリサイ派)です。
議会派の人々は、その権力の基盤がローマに服従することによっていたので、ローマ人の顔色ばかりうかがっていました。(この意味ではユダヤの王ヘロデも同じ)
そんな彼らを、批判していたのは民衆派ですが、彼らは彼らで「戒律主義」に走っていました。

そんな中に現れたのは、洗礼者ヨハネ(十二使徒のヨハネとは別人)とその教団でした。
彼らは、そんな議会派や民衆派の事を激しく批判していました。
そこに現れたのがイエスでした。
彼は、洗礼者ヨハネの主流2派の批判には納得していました。
しかし、完全には洗礼者ヨハネの言うことに納得は出来ませんでした。
そして、修行をするウチに「救世主(キリスト)」として目覚めていきました。(ただし、イエスは自分では「私は救世主だ」とは言ってません)
そして、ユダヤの各地を遊歴して弟子を得ていきました。

やがて、イエスの主導する勢力はだんだんと大きくなり、その影響力は洗礼者ヨハネをも超えていきました。
また、洗礼者ヨハネはヘロデ王も批判していたので彼に捕まり処刑されてしまいました。

ここに来て、主流2派にとってはイエス派の勢力を無視出来なくなってきました。
特に、議会派の人々はイエス派の人々が反乱を企てローマが怒るのを恐れました。
また、付き従っていた人々の中にもイエスが「救い=ローマからのユダヤの解放」をしてくれないので不満が募ってきました。
そこで、紆余曲折を経てイエスをとらえました。
しかし、イエスを裁判で罪にしても死刑にする権限はユダヤの議会にはありませんでした。
そこで、ピラトの元に行き
「イエスはユダヤの王を名乗り、ローマへの反乱を企てた。死刑にすべきだ」
と言いました。
ピラトはイエスの事を調べましたが、嫌疑不十分であるとして「ユダヤの事はユダヤで決めよ」と言い、ヘロデ王に任せました。(ヘロデ王は、イエスの故郷ガリラヤの支配者でした。)
ヘロデ王もイエスを取り調べましたが、やはり「罪」は無いと言い、ピラトに送り返しました。

ピラトは、「罪が無い」と言っているにもかかわらず、ユダヤの人々は「死刑にせよ」と要求します。
このままでは反乱になると恐れたピラトは、人々に取引をもちかけました。
当時とらえられていた「殺人犯」と「イエス」どちらかを「死刑」とし、どちらかを解放しようと。
「どちらを解放するか?」
とのピラトの問いに、人々は「イエスを十字架に」と叫びました。
この結果、「殺人犯」は解放され、イエスは十字架に架けられることになりました。

と、以上が大まかなイエス処刑の経緯です。
つまり、議会派の人々はローマを恐れる余り、民衆はイエスが「神の国」と言ってるわりには「ユダヤをローマから解放」してくれない事への不満のため、イエスは十字架に架けられることになったのです。
しかし、イエスは一言も「ユダヤをローマから解放する」とも「私は救世主です」とも言っていません。(救世主については、弟子には言わせてましたが、、、。)
そして、イエスのいう「神の国」はあの世の事だったのですが、民衆は理解しませんでした。
結論としては、議会派の人々による「冤罪(ローマに反乱を企て、ユダヤの王を僭称した罪)」に、民衆がイエスを「誤解」していたために議会派の人々の提案(扇動)にのった結果、イエスは十字架上で死んだのです。

余談2・イエスが言った一番良い言葉なのに、キリスト教ではあまり実戦されてない言葉に「皇帝のモノは皇帝に、神のモノは神に」があります。
このことからも、イエスはローマへの反乱の意志はなかったと推測できます。

一応、主流となっている説です。

まず、イエスはユダヤ教徒であったことを理解してください。
また、ユダヤ人はローマの支配下にあった事も頭に入れておいてください。

当時のユダヤ教は主に2つの派に別れていました。
議会派(サドカイ派)と民衆派(ファリサイ派)です。
議会派の人々は、その権力の基盤がローマに服従することによっていたので、ローマ人の顔色ばかりうかがっていました。(この意味ではユダヤの王ヘロデも同じ)
そんな彼らを、批判していたのは民衆派ですが、彼らは彼らで「戒律...続きを読む

Qダビンチの「最後の晩餐」。ナイフを握った手は誰の手?

http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/davinci_cena.html
http://www.danbrown.com/secrets/davinci_code/last_supper.html


上記サイトにダビンチの「最後の晩餐」の説明があります。

ナイフを握った手は誰の手だと思いますか?
またそう考える理由を教えて下さい。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ANo.2です。

>ペトロはパンをきるためにナイフを持っているのでしょうか。
>後ろの人がナイフに驚いて手を上げているようにも見えますね。

ダビンチの最後の晩餐の絵は
「ヨハネによる福音書13章21節より、12弟子の中の一人が私を裏切る、とキリストが予言した時の情景である。」と、されていますが、
左から3番目のアンデレが両手を胸のあたりに上げ、驚きのポーズを示しているのは、ドイツ語のWikipediaの説明からは、「(いいえ、裏切り者は、)私ではありません。」と、両手を上げているのだそうです。

また、同じWikipediaのペトロの説明のところには「誰が裏切り者なのか知りたくてウズウズしている。」と書かれてあります。おそらく、自分がパンを切っている途中で話に夢中になり、自分がナイフを持っていることも忘れていることを描いているのではないでしょうか。

ダビンチのこの絵に関するメモのところには、
In einer Notiz beschreibt Leonardo die unterschiedliche Haltung der Juenger:
「メモにレオナルドは弟子達の異なる配置を説明している:
ひとりは、丁度飲もうとしていて、しかし杯はテーブルに置かれたままで、顔は話し相手に向けられている。
他のひとりは、彼の手を組み、その額にしわを寄せ、隣の者に向いている。
他のひとりは、驚きのあまり、両手を広げ、手のひらを見せ、耳の高さまで両肩を上げ、唖然と口を開けている。
他のひとりは、隣人の耳元で何か言っているて、そして彼は、一生懸命相手の話を聞こうと相手の顔に耳を近づけいる。片手にはナイフ、もう一方にはそのナイフで切り分けられたパンを持つ。
他のひとりは、片手にナイフをもち、振り向いた表紙にそのナイフを持った手でテーブルの上の杯を倒す。 
他のひとりは、両手をテーブルの上に置き、じっと何かを見ている。
他のひとりは、彼のパンに息を吹きかける。
他のひとりは、前に乗り出し、手で、彼の目を覆う。
他のひとりは、後方にまわり、身を乗り出し、壁の前で身を乗り出して話をするイエズスを見る。」
と、実際の絵とは違っているところが多々あり、参考にはならないかもしれませんが、こんな内容です。

私もダビンチコード夢中で読みんで、映画も見ました。
お楽しみに!

ANo.2です。

>ペトロはパンをきるためにナイフを持っているのでしょうか。
>後ろの人がナイフに驚いて手を上げているようにも見えますね。

ダビンチの最後の晩餐の絵は
「ヨハネによる福音書13章21節より、12弟子の中の一人が私を裏切る、とキリストが予言した時の情景である。」と、されていますが、
左から3番目のアンデレが両手を胸のあたりに上げ、驚きのポーズを示しているのは、ドイツ語のWikipediaの説明からは、「(いいえ、裏切り者は、)私ではありません。」と、両手を上げているのだ...続きを読む

Q大さじ一杯 小さじ一杯って・・・

それぞれ何グラムぐらいなんですか?困っています教えてください。私はさじを持っていないので測れないのです

Aベストアンサー

重さは量るものによって違いますが、
大さじ一杯=15cc
こさじ一杯=5cc
です。

Q人間の3大欲とはなに?

この質問は このジャンルでふさわしいのかどうかちょっと迷ったのですが・・・。

人間の 3大欲といわれるものがありましたよね。
あれは 食欲と 後はなんでしたでしょう?

また その「人間の3大欲」という言葉は
誰が 言い出したのでしょうか?

Aベストアンサー

人間の三大欲望は
食欲 睡眠欲 性欲 です。
食欲は,物を食べ,エネルギーにする事。
睡眠欲は,睡眠をとり,脳を休ませること。
性欲は,トイレで用をたしたり,エッチをしたり,する事
この3つはある程度は我慢が出来ますが,人間が生きていくためには必ず必要なことです。欲望というより,必要不可欠なことです。
でも、このことを言った人はわかりません。昔からの言い伝えではないでしょうか?

似たような語で,「衣・食・住」これは、生活の上のことです。

Q書類送検と逮捕の違い?

書類送検と逮捕とはどう違うのでしょうか?
書類送検の方が、拘束されないだけ罪が軽いような気がします。
書類送検でも前科となるのですか。
どういう場合に書類送検となるのでしょうか?
どうも分かりません。

Aベストアンサー

既に適切な回答があるので蛇足かもしれませんが、刑事手続きがどうなっているのかを知ればその違いが自ずと分かるので刑事手続きの概要を必要最小限(のつもり)説明しておきます。長いですので覚悟してください。

刑事手続きの大雑把な流れは、
捜査->起訴(公訴提起)->公判->判決->刑の執行
というところ。全部話をするわけにもいきませんしその必要もないので質問に関するところ(主に捜査)だけ説明します。

犯罪が犯罪として処罰の対象になるためには、まず裁判に先立って、その犯罪の存在を捜査機関が知り、必要な証拠を集め、被疑者(=容疑者)の身柄の確保をしないとなりません。これを捜査と言います。
被疑者の身柄の確保というのは、「後で裁判になった時に被疑者の出廷が必要」なので逃げられては裁判ができなくて困るというのが第一点。それと「自由にさせておくと証拠を隠滅するかもしれない」というのが第二点。
ですから逆に言えば、「逃げも隠れもしない、証拠隠滅のおそれも無い」のであれば身柄を確保する必要はありません(一定の軽微な犯罪につき、更に例外あり)。入院しているような人間なら逮捕しないことはよくあります。この身柄の確保のための手続きが、「逮捕」であり「勾留(起訴前勾留)」です(起訴前と言っているのは起訴後というのがあるからですがここでは関係ないので説明しません)。
「逮捕」というのは、被疑者の身柄を確保する手続きの内、「短時間のもの」。具体的には、身柄を拘束し最大48時間拘束し続けることです。この制限時間が過ぎると釈放しなければなりません。
しかし、それでは困る場合には、引き続いて身柄を拘束することができます。これが「勾留」です。勾留は最大10日間身柄を拘束できます。なお、勾留は1回に限り最大10日間延長することができますから、都合20日間まで勾留できることになります(例外として25日可能な場合もあります)。

ところで勾留の申請ができるのは検察官だけです。ですから警察官が逮捕した場合には、検察官に勾留申請をしてもらうかどうか決めてもらう必要があります。そこで48時間の逮捕の制限時間内に検察官に証拠物、捜査書類と一緒に身柄を送致しなければなりません(刑事訴訟法203条1項)。これを「検察官送致、略して送検」と言います。無論、警察限りで釈放する場合は必要ありません。
検察官送致を受けると検察官は24時間以内に釈放するか勾留請求をするかしなければなりません。ですから、警察官が逮捕した場合の身柄拘束は48時間+24時間の最大72時間に及ぶ可能性があることになります。このような身体を拘束した被疑者を送検することを「身柄付送検」と言う場合があります。これはなぜかと言えば、質問にある「書類送検」と明確に区別するためです。ただ、一般には単に「送検」と言えば「身柄付送検」を意味します。

さて、では「書類送検」とはなんぞや?ということになりますが、まず前提として犯罪捜査は常に被疑者の身柄を拘束するわけではないということを知っておかなければなりません。全犯罪件数から見れば、身柄を拘束しない事件の方が多いです。身柄を拘束していない場合には、先に述べたように「(203条1項による)検察官送致」をする必要がありません。と言うか、身柄を拘束していないのでできません。たとえ逮捕した場合でも、警察限りで釈放すればやはり検察官送致の必要はありません。
しかし、それとは別に、警察は犯罪の捜査をしたら原則として必ず検察官にその捜査についての資料、証拠などを送らなければなりません(刑事訴訟法246条本文)。これを「書類送検」と呼んでいます。書類(証拠物、捜査資料、捜査報告書などなど)を検察官に送致するということです。正確には送致しているのは「事件」なのですが、実際に何を送るのかと言えば「書類」であるということです。
つまり、「(身柄付)送検」と「書類送検」は同じ送検でも別の条文に基づく別の手続きです。と言っても、(身柄付)送検をすればそのとき書類も一緒に送っているので、重ねて書類送検を行う必要はないので、(身柄付)送検は書類送検を実際には兼ねていますが(と言っても、身柄付送検をすれば書類送検をしなくていいのはあくまでも246条本文に「この法律に特別の定のある場合を除いては」と書いてあり、身柄付送検が「特別の定」だから)。

というわけで、「逮捕」と「送検」というのは次元の違う話であることがわかると思います。
まとめれば、
1.「逮捕」とは、捜査において被疑者の身柄を確保すること。
2.警察が「逮捕」した場合は、刑事訴訟法203条1項により、釈放しない限り48時間以内に被疑者の身柄を検察官に送致しなければならず、これを「(身柄付)送検」と呼ぶ。
3.「書類送検」とは、警察が捜査した事件について刑事訴訟法246条本文に基づきその証拠、捜査資料を検察官に送致すること。
4.「(身柄付)送検」は「書類送検」を兼ねている。
5.警察が「逮捕」した場合でも、釈放すれば「(身柄付)送検」はできないので、その場合は「書類送検」を行わねばならない。
ということです。

そして、「書類送検」するということは「身柄付送検」をしていないということですからつまりは「身柄を拘束していない」ということになります。身柄を拘束していない場合というのは大概は相対的に軽微な犯罪であることが多いのでその意味では、逮捕した事件(これを身柄事件と言う場合があります)に比べれば罪が軽いことが多いのは確かです。しかし、それはあくまで結果論であって、書類送検だから、逮捕したから、と言うわけではありません。既に述べたように逮捕しても身柄付送検せずに釈放すれば書類送検ということになりますし。

なお、先に述べたとおり、「捜査した事件はすべて検察官に送致する」のが原則(全件送致の原則)ですが、例外として検察官送致にしないものが幾つかあります。例えば、検察官が指定した事件について、月報でまとめて報告するだけの微罪処分ですとか、あるいは報告すらしない始末書処分などがあります。ちなみに、交通反則通告制度については、微罪処分の一種とする文献もあるにはありますが、多少なり疑問のあるところではあります。
そういうわけで、どういう場合に書類送検となるかと言えば、「刑事訴訟法246条前段に当たる場合」ということになります。もう少し具体的に言えば、「微罪処分等で済ませることのできない事件で、かつ、身柄付送検等もしなかった事件」ということになります。

ところで、前科というのが何かと言えば、これは法律用語ではないということになっているのですが、法律的に見れば「有罪の判決を受けたこと」を言うと思ってください。ですから、前科が付くためには、「裁判を経て有罪判決が出なければならない」ことになります。しかし、最初に述べたとおり「検察官送致」というのは単なる捜査手続きの一部でしかなく、この後で検察官が起訴するかどうかを決め、起訴して初めて裁判になるのですから、検察官送致だけではまだ前科は付きません。その後どうなるかはその後の話です。無論、逮捕だけでも前科は付きません。逮捕=有罪ではありません(そう勘違いしているとしか思えない報道が多いのは事実ですが、有罪判決が出ない限りは被疑者、被告人はあくまでも「無罪」です)。
ちなみに、捜査したが起訴しなかった犯罪事実について「前歴」と呼ぶことがあります。

既に適切な回答があるので蛇足かもしれませんが、刑事手続きがどうなっているのかを知ればその違いが自ずと分かるので刑事手続きの概要を必要最小限(のつもり)説明しておきます。長いですので覚悟してください。

刑事手続きの大雑把な流れは、
捜査->起訴(公訴提起)->公判->判決->刑の執行
というところ。全部話をするわけにもいきませんしその必要もないので質問に関するところ(主に捜査)だけ説明します。

犯罪が犯罪として処罰の対象になるためには、まず裁判に先立って、その犯罪の存在を捜査機...続きを読む

Q最後の晩餐のユダ

最後の晩餐でキリストを裏切ったのはユダですか?
なぜ、彼はキリストを裏切ったのですか?
ユダとはどういう人物なのでしょうか?

Aベストアンサー

裏切り者のユダ というあだ名がついていますが、実際はどうだったのか。

新約聖書が編纂される前までは、福音書は何百だったかしら?
とにかく4つじゃなかったんですね。

エイレナイオスらが新約聖書を作ったわけですが、エイレナイオスはヨハネの福音書が一番真実を語っていると思ったわけです。
彼のお好みはヨハネの福音書だった。
信者も一番好きなのは奇跡のオンパレードのヨハネ書が好きってひとがかなり多いみたいです。


新約聖書ができた背景は、他のいくつもの解釈があり、ある意味エイレナイオスらは、自分達の理解のみを唯一の真実だと信者に押し付けたくて、新約聖書を作って、エイレナイオスらかどうかわかりませんが、4つ以外を燃やすように命令したんです。

だから沢山福音書はあったにもかからわず 4つしかない。

ところが、神のことについて書かれている書物は、たとえ偽物と思えるものであっても 絶対に燃やしてはならない というユダヤ教においての掟があったんですね。

それで実際は命令を受けたふりをして隠した。

それが20世紀になって、出てきたわけです。
ナグ・ハマディーと呼ばれる文書など。

そして先ごろ発見されたのが<ユダの福音書>。
裏切りものどころか、

http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/topics/n20060407_2.shtml


新約聖書の最古の写本は紀元4世紀頃のもの。
ギリシャ語でかかれているそうです。

では、福音書となった文章は元々ギリシャ語だったのか?
イエスは弟子達にギリシャ語で解説していたのか。
日常生活はイスラエルの地においてギリシャ語で、ユダヤ教の祈祷はギリシャ語で行われていたのか?


「イエスはギリシャ人でエルサレムでギリシャ語で説教をしていた、ユダヤ教徒である」って考えにくいです。

4つの福音書はそれぞれ成立した地域が違うという見解があるようなんですね。

何故かというとユダヤ人は前からディアスポラしていて、ペトロが信仰開始で、いろいろな地域の名前を挙げ、別の言語を喋っているのに、同じ事をしゃべっているのがわかる、と言ったあの地域、あそこ全部に母国ユダよりはるかに多いユダヤ人がいたんです。


そのディアスポラしたユダヤ人のために書かれたのが福音書。
特にヨハネの福音書は、ヘレニズム色のとても強い地域で成立した可能性がある。
だから、プラトンの思想が強く出ている物語になっていると思える。


で、ユダの福音書はイエスが完成するためにユダに協力を依頼したことになっている。
唯一のイエスの理解者はユダだけだった となっている。


もう一つ。。。。
「裏切るものがいる」という箇所。
その単語には別な意味があり、、、、なんだったかしら?
逆の意味とか 良い意味だったとか そのようなことをどこかで読んだ記憶があります。

「裏切るものがいる」としたら、使徒は大慌てして誰か言及するはずなのに、騒いでいない。

誰が弟子の中で一番か 議論しているところで起こっている。


そしてユダがお金を返したことになっていますが、その投げ返した地域がまた問題だと聞いたことがある。

それはユダヤ教においての教義の中にあり、、、、うわぁ 忘れた。
良い意味で そうでなければ話が成り立たないくらい 重要な意味があることになるらしいです。


イスカリオテのユダ。
どうしてそう呼ばれていたのか、も説として読んだことがあります。

ユダはもしかしたら イエスの師匠だった時期があったのかもしれない。


12使徒たちは漁師とかそういう一般人だったのか?
全員 族長だったかもしれない。
12使徒+1。
イスラエルの子らは12支族です。 その12支族に対してユダヤ教を与えているのが、土地を持たない1族。
彼らのみが祭祀ができた。

後に混乱が起こったようですが、基準は土地を持つイスラエルの子ら12と独占的に祭祀職をやる1。


でもイエスはダビデの子孫であって、それなら祭祀職はできないはず。

いや それよりも族長たちは祭祀職ができないはず。
彼らはあくまで地上の長。


イスカリオテのユダ。
どうしてそう呼ばれていたのか不明です。
イスカリオテ出身のユダ(ユダ国のユダと同じ)

イスカリオテの子 ユダ なのか。
じゃあイスカリオテって誰だろう???
って調べたのですが、どういうシンボルなのかわからない。


イエスたちがクムラン宗団に属していたとしたら、その教団はプラス1族が率いており、信者もそこで住み込んで集団生活ができた。

共同金庫の番人がユダであったら、そこではかなりの地位を持っていたことになる。

クムランの教団は油を使わず、沐浴を重要視した。
油は穢れを付着させ離さないので、塗ることを嫌っていた。

でも地上では油をイエスにぺたぺた塗って清めていた。
それを見たユダは「なんて無駄なことをやっているのだ」と言うのもうなずける。

マリアはクムラン教団の信者でなかったとすれば、ユダが言った意味がわからなかった。
信者であれば、まず油を塗るなんてことはしなかったはず。


と ぶつぶつ考えていくと、ユダってかなりの高位の祭祀だったんじゃないかと。

で、使途たちはイスラエルの子らではなく、それぞれのイスラエルの子らに宗教的なものを与えていたレビ人だったとすれば。。。。

で、ユダの担当がユダ族だったとすれば、、、、


妄想炸裂ですが、全くありえないともいえないし、ユダの人物像が少し明らかになるような気もします。

私独自の推理であって、誰もそんなこと信じないでしょうけど。

裏切り者のユダ というあだ名がついていますが、実際はどうだったのか。

新約聖書が編纂される前までは、福音書は何百だったかしら?
とにかく4つじゃなかったんですね。

エイレナイオスらが新約聖書を作ったわけですが、エイレナイオスはヨハネの福音書が一番真実を語っていると思ったわけです。
彼のお好みはヨハネの福音書だった。
信者も一番好きなのは奇跡のオンパレードのヨハネ書が好きってひとがかなり多いみたいです。


新約聖書ができた背景は、他のいくつもの解釈があり、ある意味エイ...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134

Q「ビバ」とはどういう意味か?。

 「ビバ」
 という言葉がありますが、どういう意味でしょうか?。
 
 用例
 ビバ!埼玉
 ビバ!兄弟

 などなど・・・。

Aベストアンサー

イタリア語でバンザイですね。「viva」

Q「目からうろこ」ってどういう意味

よくテレビを見ていると、(バライテー系の情報番組)アナンサー諸氏が「これが本当の”目からうろこ”ですね。」
と、コメントしている場面をみかけます。この
「目からうろこ」とは、どんな意味ですか?

Aベストアンサー

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてくるのですが、この9章は、イエス・キリストが死んでまもなくの、キリスト教がキリスト教としての歩みを始めた極めて初期の時代のことが記されています

アナニヤがサウロの上に手を置き、「イエス・キリストが、あなたのところに私をおつかわしになった」ということを告げたとたん、サウロの目が見えるようになったのです。このとき聖書は、「サウロの目から鱗のようなものが落ちて、再び見えるようになった。」といっています。そしてここに、「目から鱗が落ちる。」という言葉の語源があるのです。

 サウロという人は、当時のユダヤ教の学者の中では一級の人物ガマリエルと言う人の弟子でした。そういった意味ではエリートと呼ばれるような立場にあり、自分の力と才覚でいろんなことを考え実行できる人であったと言えるでしょう。そのサウロが、人生の一大転機の時に視力が奪われ、人に手をひいてもらい、自分の力ではなく他人に頼らなければ何事もできないということを経験するのです。まさしく、人間の能力や力の限界といったものを経験したのです。

それは、厳格なユダヤ教徒からキリスト教徒になるという、信じる内容の変化だけでなく、自分の力と才覚によりすがって生きていく生き方から、自分の力と才覚の限界をしって、ただ神によりすがって生きていく生き方へと目が開かれていく転換でした。その境目に「目から鱗のようなものが落ちた」のです。
 そういった意味では、「目から鱗が落ちる」ということの本当の意味は、人間が自分の力や才覚を誇り生きていくような生き方ではなく、自分の限界や無力さを知り、神に頼るということに気がつくということなのかもしれません。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/mitaka-christchurch/scales.html

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてく...続きを読む


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