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先日、『日本の失敗と成功』という本を読みました。
その中で、先の大戦での真珠湾攻撃を失敗とし、山本五十六を批判する内容の文がありました。

真珠湾攻撃をせずにハル・ノートを世界に公表しアメリカが悪いという形で戦争を始めるべきだったという内容です。
そうすれば長期化せず早めに戦争は終わってたということです。

歴史に『もしも』はありませんが、仮に真珠湾を攻撃せずに上記のとおり戦争をしていれば、早めに講和ができていたのでしょうか?
なにか釈然としないところがあり質問させていただきました。
皆さんのご意見を聞かせていただければ幸いです。

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A 回答 (17件中1~10件)

>また、真珠湾攻撃もしなければ、硫黄島あたりでアメリカ兵が2万人死傷者をだしたとき講和ができた。

ということのようです。
真珠湾攻撃をしていないドイツですが、アルデンヌ攻勢においてアメリカ軍は死傷者行方不明合わせ約7万人の犠牲を出しましたが、講和できませんでしたよね。
他にも死傷者数万人の戦いはありますが、やっぱり講和できませんでしたよね。
ドイツはアメリカ国民の気質とやらを理解できていなかったからでしょうか?
それとも、ドイツは「講和なぞ臆病者のすることだ」と思っていたのでしょうか?

また、損害をそれなりにだせば講和に応じてくれるというならであれば沖縄戦が挙げられるでしょう。
沖縄戦においてアメリカ軍は10万人近い死傷者を出していますね。
劣勢な戦力で相応の戦果を挙げたというなら硫黄島と同じですね。
その本の著者は、真珠湾をしていなければ硫黄島の戦果で講和できるけど、沖縄戦では講和はもう手遅れと考えているのでしょうか?


なんていうか、第二次世界大戦において「もし~~していれば勝てたor講和できた」の話はファンタジーの一種と思ったほうがよろしいかと思います。
きっとアメリカ国民なら世論云々で・・・・というのはぶっちゃけ実態が無いので余計幻想を抱きやすいものでしょうね。
「もし~~だったらもっとよくなっていた」というのは人の常ですから、そういう夢を見たいという気持ちだけは理解できますが。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

講和ということに関して、日本とアメリカの戦争観には相当なズレがあったのかもしれませんね。
アメリカとしてはどんな理由があったとしても、当初からとことんやるつもりだったのかもしれませんし。

>「もし~~していれば勝てたor講和できた」の話はファンタジーの一種と思ったほうがよろしいかと思います。

私もそのとおりだと思います。
そのため、この本には釈然としないところも多いのですが、ある意味議論できるだけの内容であったため、今回題材として質問させていただき、たくさんの人にご意見をいただきました。

まことにありがとうございました。

お礼日時:2008/06/30 00:05

アメリカ国民は、


日本が真珠湾攻撃を行った→日本をやっつけよう
ではなく、
日本が真珠湾攻撃を行った→日本とイタリアとドイツとその他枢軸みんなまとめてやっつけよう
と考えることのできる柔軟さを持っています。

真珠湾攻撃にイタリアやドイツは関わっちゃいませんが、それでもイタリアやドイツと戦うのにアメリカ国民は戦争に特別反対しちゃいませんね。
ユダヤ人開放や商船被害を理由にしたかったらもっと早くでもよく、何も真珠湾攻撃まで待つ必要はありません。
また、日本の国際的な評判は満州事変以降ちょっとヤバイくらいに落ちています。
ハル・ノートの内容を見てアメリカが悪いと言ってくれるのは、よほどの親日家か、かなりのアメリカ政府嫌いのどちらかの人くらいでしょう。


フィリピンやグアムが攻撃された→米国民「リメンバーナントカ。卑劣な日本をやっつけよう」
マレー半島や蘭印が攻撃された→米国民「禁輸政策や日本の資産凍結したのにまだ懲りてないとは。調子こき過ぎている日本を懲らしめるか」

真珠湾攻撃やハルノート云々があろうがなかろうが、アメリカ国民は全く問題無いと思われてなりません。
我々はアメリカ国民に幻想を抱いているだけではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>ハル・ノートの内容を見てアメリカが悪いと言ってくれるのは、よほどの親日家か、かなりのアメリカ政府嫌いのどちらかの人くらいでしょう。

そうですね。公表することにそれほど効果はないかもしれません。
ただ、ハル・ノートをアメリカ国民に公表し、仮に数パーセントの人しか、日本の立場を理解してくれないとしても、しないよりはしたほうが良いということなのでしょうか。

また、真珠湾攻撃もしなければ、硫黄島あたりでアメリカ兵が2万人死傷者をだしたとき講和ができた。ということのようです。

しかし当時、アメリカ国民の気質がわかっていなければ、それはできないことであり、また日米の戦争に対する価値観や考え方が根本的に違っていれば、講和などは最初からありえないのかもしれません。

お礼日時:2008/06/29 22:01

>ただ、軍令部をはじめ周りの反対を押し切り、リスクを背負ってやった


>わりには、結果的にはアメリカ国民の怒りをかっただけということを、
>私の読んだ本では批判しているのだろうと思います。

戦前の「対米戦」について論じた軍事書籍を読むと「米国の工業力は日本の10倍以上」「対米戦では日本に勝算は薄い」と合理的な根拠に基づき対米戦に悲観的な見通しを述べている書籍も少なくありませんが、それらの書籍でも「日本が先制攻撃すれば米国の世論が高揚する」という点について論じているものはほとんどありません。
つまり「日本からの先制攻撃による米国世論の戦意高揚」はいわば、戦前の日本の盲点だったのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>つまり「日本からの先制攻撃による米国世論の戦意高揚」はいわば、戦前の日本の盲点だったのです。

そうですね。私もそうとしか考えられません。
我々は結末など、歴史を知っていますので、当然いろいろな批判も可能ですが、当時の人にとっては盲点になることもあったのでしょうね。

まことにありがとうございました。

お礼日時:2008/06/29 19:05

とりあえず、これだけ。



真珠湾攻撃に関してはNo13さんの言っているように、港湾設備や工業地帯は定期的に攻撃しなければ効果は非常に少ないものです。
一回くらいの攻撃ではすぐに復旧されます。

「ハワイ沖に長期滞在することによる南雲機動部隊がアメリカ艦艇及び航空機から攻撃を受けるリスク」
「第二次攻撃隊の損害を見てわかるようにもう奇襲は成り立っておらず、第三次攻撃隊は完全な強襲になり損害はより酷いものになる」(実際、二次に渡る攻撃で日本機は未帰還・損傷機を合わせると約100機にのぼります)
「しかもアメリカに与える損害は少ない」(例え燃料タンクが全滅してもタンカーを使えば基地として機能します)
以上の理由で南雲機動部隊は帰還したのです。
別に講和の為でもなければ、南雲忠一が臆病風に吹かれたわけでもなく、ごく常識的な行動なのです。
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この回答へのお礼

たくさんの回答まことにありがとうございます。

真珠湾攻撃自体は海軍中央で決まった以上は仕方がなく、空母の討ちもらしや軍港施設を攻撃していないと言う事は別にしても、確かにそれほど批判されることはなく、想定内での攻撃なのかもしれません。

ただ、軍令部をはじめ周りの反対を押し切り、リスクを背負ってやったわりには、結果的にはアメリカ国民の怒りをかっただけということを、私の読んだ本では批判しているのだろうと思います。

私は山本五十六司令長官は聡明な人間であり、先見な目をもった人物だと思っているゆえ、確かにそういわれれば真珠湾攻撃はどうであったか、などと考えさせられ、質問をさせていただいた次第です。

お礼日時:2008/06/29 09:30

「真珠湾攻撃時に港湾設備を徹底的に破壊していれば」


というのはいわゆる「仮想戦記」でよく取り上げられる話ですが、実際には実効性は殆ど期待出来ません。
例えば地中海のマルタ島は熾烈な空爆を長期間に渡って受け、一度ならずほぼ無力化に近い状況まで追い込まれましたが、空襲が途切れると短期間で基地機能は回復しています。
またシェルブールやアントワープのような重要な港湾の場合、陥落前にドイツ軍の工兵部隊が徹底的に港湾設備を破壊しましたが、それでも精々一ヶ月で港湾としての機能を復活させています。
このように港湾設備とは簡単に無力化できるのものではなく、一時的な打撃を与えても復旧は難しくないのです。
真珠湾攻撃時に少々爆撃を行ったところで、そんなものは巨大な真珠湾の基地設備全体から見ればかすり傷に過ぎず、戦局に影響を与える事はまずあり得ません。
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山本五十六や昭和天皇は、「アメリカと総力戦になれば絶対に勝てない」とか「戦争は避けるべきであるが、やると決めた以上は、徹底してやりぬかなくてはならない」と考えていました。

つまり、客観的な国際情勢を分かっていながら、陸軍主導の内閣に引っ張られて戦争に加担するようになったという背景があり、山本五十六を批判するのは酷だと思います。

戦争の勝敗について言えば、最初から風船爆弾に生物兵器をのせ、大量に飛ばしまくれば、圧勝だったでしょう。
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ハルノートの内容をアメリカ国民に対しアメリカ政府が対日過剰要求であることを理解させることによってアメリカ政府の リメンバーパールハーバーキャンペーンを起こさないようにする。


上記の命題は可能性があるか?
検証ポイント
1:ハルノートの内容をアメリカ国民がどう思うかを想定する
2:アメリカ政府=悪 というキャンペーンをアメリカで成功させる
3:その結果として日本が真珠湾攻撃など本土攻撃をすることがアメリカ国民にとって容認できる、怒りを生み出さない事を目的にする。
と言う具合に、私なりに質問を解釈すると、結論的には日本の失敗と成功の主張は成り立たないとなる。

1:の検証
ハルノートの内容は大きく分けて
A ある時点までの日本の中国および東南アジアへの権益の放棄
B Aを保証する政治体制の確立
これらは、アメリカ国民にとってみれば「当たり前じゃん!」と受け止められる可能性が高い。民族自決を第一次世界大戦当時提唱したのは、アメリカのウィルソンです。自国にとってのネガティブポイント植民地フィリピンは1944年に独立することがアメリカ国会で議決されていました。たとえ同盟国であろうと、民族自決の大義を盾に他国の権益を否定するのがアメリカです。例:スエズ動乱における対イギリス・フランス政策。
2:の検証
中国・東南アジアの特殊権益を日本が持つことにアメリカ国民が理解できるとして。アメリカ本土で実働する組織があったか?中国における宋美齢のような優秀なロビーストがいたかというと、いない。
3:の検証
隠れた有能な日本のロビーストがいたとして、アメリカ本土とアメリカ人が認識している真珠湾を攻撃されて、お説ごもっともと納得するような国民ではアメリカ人はない。
米西戦争で戦艦が一隻沈没しただけで リメンバー メイン号 と戦争を開始し、ベトナム戦争でも二隻魚雷で沈没して本格介入を始めています。米西戦争のメイン号事件も真相不明でベトナムのトンキン湾事件は、米国の罠であることが判明しています。真相が事件当時不明であったメイン号事件でもトンキン湾事件でも、アメリカ国民は開戦にGOです。それに対して明確に日の丸をつけた爆撃隊がアメリカ戦艦を沈没させたのですから、アメリカ人が黙っているわけがない。
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宣戦布告が遅れたのは大失態でしたが、終わっちゃったことだし、仕方がないです。

ただ、ナチスドイツなんか独ソ不可侵条約を締結しながら突然ロシアに襲いかかかったんですから日本より遥かにひどいです。日本の場合はそんな条約はなかったし、関係も最悪でいつ戦争が始まるか秒読みという状態であったのですから・・・ 
わたしの友人のブラジル人が映画「パールハーバー」を見て言ってたんですが、「日本軍は強かったんだねえ! あのアメリカに戦争を挑んであれだけ戦えたんだから」と感心していました。そういえばアメリカってあそこまで他国からやられたことはないよね。
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 当時の国際的には拙劣。

国内的には、権力にいる個人はなにかしなければ、こういうことをしなければ、身が立たなかった。立場の維持。
 そして国際的には、そうしていくように、仕組まれていった。
 運ばれていった。無論欧米列強の当事者が意識的であったかどうかは別ですが。
 間違いであったか、むしろ手違いがいろいろあった。
 その結果として、間違いとなってしまった。
 無論武器の使用や、戦端ということは間違いであるのは言うまでもないが。
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真珠湾攻撃したのは間違いです。

何故ならもっと日本が有利となる戦い方があったからです。

当時のアメリカ議会は80%が対日戦に反対していました。つまり日本がアメリカにちょっかいを出さなければ戦争をしてきません。と、なると答えは…

米国を無視して英蘭豪と戦争すればいいのです。そして当初の計画通り、マラヤ・ビルマ・インドネシアを独立させれば米国もフィリピンを独立させねばなりません。米国はフィリピンの独立を約束していたのですから…フィリピンが独立したら日本に亡命しているホセ・リサール派を帰国させて反米政権樹立を画策すればOKです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

真珠湾攻撃を失敗とする理由としては、真珠湾攻撃さえなければ、アメリカは孤立主義であるため、議会と世論の反対で日本との戦いを(早めに)断念していた。

私の質問の立て方が悪かったと思うのですが、ハル・ノートを世界に公表するというよりも、アメリカ国民に公表するという事のようです。

つまり、この本ではアメリカを動かしているのは世論であるということを指摘しているようで、回答者様のご意見と大体において似たような考え方だと思われます。

鋭いご意見参考になります。

お礼日時:2008/06/28 08:25

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Q真珠湾攻撃で空母を大破していたら?

真珠湾攻撃の日に空母3隻は湾にはおらず打ち漏らした事は良く聞きますが、この3隻を大破していたら歴史は変わったのでしょうか? 3年8ヶ月の太平洋戦争が4年になったのでしょうか?? 大勢には影響しなかったと思いますが、実際はどうでしょうか? 歴史にたら、ればで論じても仕方のないことですが、こうなった事には変わりないくらいのコメントでも頂けると参考になります。

Aベストアンサー

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられますが)、それと空母に所属する飛行隊も壊滅したと仮定しますが・・・
まず、最初の日本軍の真珠湾攻撃において空母を大破させたなら、日本軍は史実では行われなかった第二撃を行う可能性もあるかと。第二次攻撃を行わなかった理由の一つが敵空母の所在不明です。それが真珠湾で大破し、ましてや史実での戦果予測ではハワイの敵航空部隊も壊滅に追い込んでいる状況です。特に日本側の水平爆撃隊は損失機0でもありました。第二次攻撃を行いさらなる戦果を得たかもしれません。
それはともかく、当然、米国としては空母を大西洋から回すと考えます。

当時、大西洋には就役したばかりで訓練中のホーネット(1942年2月より任務開始)、レンジャー、ワスプ、ヨークタウンの4隻の大型空母がいました。
ただし、レンジャーは防御に問題のある艦であり、史実でも太平洋での戦闘は無理だと判断され主に大西洋で輸送、護衛、訓練、上陸支援などの任務につきました。1942年10月の南太平洋海戦で米国は無傷の大型空母が0隻となる「アメリカ史上最悪の海軍記念日」と米国側が言うほどの最悪の状況だったにも関わらず、レンジャーが太平洋に投入される事はなかった事から、真珠湾で空母3隻が大破してもレンジャーだけは大西洋で任務につくかと考えます。
なお、ワスプは史実では1942年に太平洋艦隊に編入されるまでは、マルタ島への戦闘機輸送任務を数回従事するなどしており、日本との開戦後、すぐに太平洋に投入するとすれば、その分、マルタ島の航空戦力が低下し、地中海を通る北アフリカ戦線のドイツ軍への補給路への攻撃がその分、和らぎ、ドイツ軍に多少有利な状況になるかもしれません。

そんなわけで、おそらくワスプ、ホーネット、ヨークタウンが太平洋に回されると考えます。
そして、ミッドウェー海戦までは史実と同じような展開になるのではないかと考えます。
そして珊瑚海海戦でも史実と同じように米国空母1隻が撃沈され、1隻が中破となり、ミッドウェー海戦になるかと思いますが、ここで仮定の上に推測でしかありませんが、真珠湾で大破した空母が修理を完了し戦線復帰。
米国は無傷の空母1隻に復帰した3隻の計4隻の空母で日本艦隊を迎え撃ちますが、問題は空母の航空部隊です。
史実では、ミッドウェー海戦での米空母部隊は訓練が完了していないパイロットまで作戦に参加させるほど切迫した状況でした。
今回はハワイ攻撃時に3隻の空母の航空部隊は打撃を受けているので、なおさら酷い状況かと思います。空母は戦線復帰しても技量の未熟なパイロットを多数使う事になり、この点において、日本側は非常に有利になるかと思います。

ただし戦争に絶対はありませんから、日本が史実通りミッドウェーで敗北する可能性も充分あります。
その場合は、やはり史実通りの展開となり敗戦の道を辿っていくかもしれません。

しかし、ミッドウェー海戦で勝利した場合は戦局が大きく動くかもしれません。
まず、ミッドウェーで米国側がパイロットの低い技量が災いして敗北し、空母が全滅したとして、日本軍が次に狙うのはハワイです。
これは史実でもミッドウェー海戦前に、9月以降を目処にしてハワイ攻略戦の準備命令が陸軍では既に出されています。
ですが、その前にインド洋が焦点になります。
史実では6月に北アフリカ要衝のトブルク要塞を陥落させたドイツ軍が勢いに乗っており、ドイツとイタリアからインド洋での通商破壊強化と有力な艦隊派遣の要請が来ていました。
この状況に日本もインド洋で潜水艦隊や水上艦部隊を派遣する命令を出し準備していましたが、ガダルカナルの戦いが生じ、インド洋での作戦は極少数の部隊に任される事になりました。
しかし、ミッドウェーで勝利すれば米国はハワイの防備強化と航空部隊、艦隊再建に忙しく、ガダルカナルへの反攻は行わないでしょうから、日本は史実で予定されていた通りか、それ以上の戦力をインド洋に投入して通商破壊戦を行うかと思います。

インド洋は連合軍にとって、北アフリカ戦線、ソ連へのレンドリース(ソ連への軍事援助で全体の約3割がインド洋を通りました)、ビルマ戦線、中国戦線への補給路であるばかりか、インドからイギリスへ戦略物資を運ぶ海上交通路でもありました。
もし、この海上交通路が阻害されれば、各戦線は崩れるかもしれませんし、イギリスは戦争遂行に大きく響くでしょう。
特にイギリスは1942年にはドイツのUボートの通商破壊戦により、穀物などの輸入量が低下し消費量が輸入量を上回り備蓄で何とか凌いでいました。また貯蔵していた商船の燃料も3ヶ月分を切っている危険な状況でした。これにインド洋でさらに大きな被害を被ればイギリスは持ち堪える事ができないかもしれません。
元々日本には政府上層部の言う「通商破壊戦により英国の死命を制し米国の態度を変える」「英米連合軍の弱点は英国にあると考えられる。海上交通を断ち英国を餓死せしめて英国を屈服せしむること最も捷径なり」「英国の屈服に際し之と直ちに講和する事なく英国をして米国を誘導せしめる」という、まず英国を叩き、それにより米国との講和へ持ち込もうと言う戦略がありました。これが実際に成功するかどうかはともかく、英国の死命は海上交通路にあり、もしインド洋を日本が制すれば、前述した各戦線に致命的であり、英国にも大打撃だった事でしょう。

また、日本の潜水艦隊は開戦時に南方とハワイ方面に大きく二分され作戦しており、ミッドウェーで勝利した場合も当然、インド洋だけでなくハワイ~米本土、オーストラリア~米本土間で通商破壊戦に全力をあげる事になるかと思います。
史実では大戦初期は日本の潜水艦も遠く米本土沿岸で暴れ周りましたが、戦局の推移とともにそれもできなくなりました。しかし、ミッドウェーで勝利し米国の大型戦闘艦艇も多くを沈めたとなれば太平洋で通商破壊戦に力を入れる事も可能になるかと思います。
そうなれば、米軍も大西洋にばかり護衛艦を投入するわけにもいかず、その分、大西洋のUボートが楽になり戦果を拡大し英国を一層苦しめる事になるかもしれません。

そして、太平洋ではハワイ攻略戦となりますが、日本の潜水艦の通商破壊戦がうまくいけば、ハワイの防備も思うようには進まないかもしれません。
攻略自体は制海権、制空権をとれれば可能かと思います。あまり陸軍の大兵力を投入できないでしょうが制海権、制空権を握れば圧倒的有利になります。フィリピン攻略戦やマレー攻略戦、ジャワ攻略戦でも日本軍は連合軍より兵力が少ないにも関わらず勝利したのは、そうした要素において勝っていたからです。

ハワイの失陥は米国にとり大きな衝撃となるでしょう。
そもそも開戦前の米国の新聞には「日本は我々を攻撃する事はできない。軍事的にも不可能な事だ。ハワイの基地にしろ日本艦隊の有効攻撃圏の外にある」と載っていたくらいです。
おそらく、ここで活気付くのが米国内の黒人などの有色人種です。
開戦時、米国は一つに纏まっていたかのように言われますが、実はそうでもありません。
第一次世界大戦で黒人は待遇改善、地位向上を目指し、戦争に積極的に協力しましたが終わってみれば何も実りはなく失望だけが残りました。その経験から第二次世界大戦に米国が参戦した時も、有色人種の間では冷ややかに戦争を見ている部分がありました。
また、大戦を勝ち抜くため軍の増強と軍需産業での人員確保に黒人も組み込まれますが、黒人のこれまでの不満を和らげ、また人手不足を解消するために、これまで働けなかった職場や地位に黒人が就きました。
それに反発したのが白人労働者で職場放棄や暴動を起こしています。黒人側も歴史的に差別されている事から当然不満と反発がありました。1943年だけでも全米47都市で100以上もの人種暴動が発生しています。これにより、軍需産業の生産にも影響が出ています。デトロイトの暴動では黒人が軍の武器庫に突入しようとしました。軍内部でも黒人対白人の暴動が発生しています。
暴動で逮捕された黒人指導者の中には「黒人は米国内の日本軍だ」「東条首相に日本の勝利を祈る」と言い放った人もいました。
日本の勝利がこうした米国内の不満分子である有色人種を刺激し、より一層、反政府運動を大きくするかもしれません。
もしそれが広がれば米国内は酷い紛争状態となり兵器や物資の生産は遅れ、生活用品の流通にも影響を及ぼし、市民の不満を更に募らせるかもしれません。ただでさえ戦争で食肉やバター、ガソリンや暖房用燃料等色々な物が配給で不足気味なのです。それが更に悪化したら・・・
そうなれば、米国は日本と戦うより先に国内問題を解決しなければならず、日本に有利な状況で講和という事になるかもしれません。

史実では、前述した1942年10月の「アメリカ史上最悪の海軍記念日」の後に、米国では上下両院議員選挙が行われましたがルーズベルトの民主党は51議席も減らしました。ミッドウェーで負け、ハワイも攻略されたら民主党はもっと大敗し、ルーズベルト政権ももたないかもしれません。

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられます...続きを読む

Qもしも、真珠湾攻撃をしなかったら・・・

太平洋戦争の発端は真珠湾攻撃と聞いています。
それでは、日本が真珠湾攻撃をしなかったら、日本はどのようになったのでしようか。
何が理由で、大国と戦争をしたのですか。

Aベストアンサー

 大東亜戦争(国際法上に於ける正式名称・East Asia War)の発端は真珠湾攻撃ではありません。ワシントンDC及びロンドンで米英蘭に対して日本が宣戦布告したのが発端です。
 この宣戦布告に基づいて真珠湾・フィリピン・マレーシアに同時攻撃を行いました。続いてインドネシアへの攻撃が行われます。
 もし真珠湾攻撃をしなかったらですが、米国太平洋艦隊が無傷だっただけのことです。米国国民が対日戦に賛同するかは微妙です。フィリピンを巡る戦いのために米国国民が2年も3年も戦争を支持するとは思えません。

> 何が理由で、大国と戦争をしたのですか
中国との戦争を止めるためです。米英が国民党政府をバックアップしていたのが判っていましたのでその供給元を戦争に引きずり出して彼らのアジアに対する影響力を排除しない限り安定がないと思ったから戦争したのです。

Qなぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

僕は死ぬほど歴史が苦手で、ろくに勉強してこなかったことを後悔しています。

最近知ったのですが、真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットの原田要(はらだかなめ)氏(97)は、真珠湾に米軍空母はいなかったと証言しています。

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?偶然にしては出来すぎではありませんか?

Aベストアンサー

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました。

エンタープライズは、ウェーク島に飛行機を運んでいた帰りに母港の真珠湾が襲われたので、日本艦隊を1隻で探していましたが空振りであります。6隻もいる空母機動部隊に一隻で立ち向かうのですから、温存どころか無謀に近い勇気があるものだと感心します。

航空母艦は英語でCarrier 単なるキャリアーです。文字通り飛行機運びをしていたわけですね。で、戦艦は大事に要塞地帯である真珠湾に温存されていました。

空母が温存、どころか、飛行機運びと修理していただけでです。運んでいただけですから攻撃能力もありません。

空母しか残らなかったので、空母でしか初期の戦争行動ができなかったのが真相で、珊瑚海ではレキシントンまで沈められてしまうし、ミッドウェイでは1隻が半分こわれた状態で使われています。

情勢はガダルカナルが終わるまでアメリカにとって決して楽ではありません。

陰謀とか空母を温存しておいたというウソがこの時代になっても大手をふって出てくるということこそ、歴史を学ぶ上でひっかかってはいけないホラ、都市伝説でしかないことを、見抜けるようになってください。

その証拠に、陰謀を言い立てる人は、証拠を出すことができません。ネタとしても、もう賞味期限切れでしょう。

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました...続きを読む

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Q日本が太平洋戦争で犯した最大の失策

みなさん、日本が太平洋戦争で犯した最大の失策はなんだったと思いますか?

また、アメリカとの国力差をみると負けるのは当然としても、もう少し善戦できなかったのかと考えてしまいます。



どうすれば、より善戦できたか。
また、善戦できなかった最大の理由はどこか、を教えてください。

Aベストアンサー

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋戦争が始まった時も黒人達は、対外戦争での勝利と、国内での人権向上の権利を得る戦いに勝つ、二つの勝利を目指す「2つのV」というスローガンを掲げていたぐらいです。
政府としては国内を平穏にしておくためと、不足する労働力を得る必要性から黒人への権利拡大に動きます。
その結果、それまで白人しか働けなかった職場に黒人が配置されたり、黒人がそれまで就けなかった地位に就くようになりました。
しかし、これに反発したのが白人労働者で「黒人と一緒に働くくらいならヒットラーやヒロヒトが勝ったほうがましだ!」とストライキや暴動を起こしています。軍需工場によっては白人労働者の9割が職場を放棄したり、2万人の労働者が職場放棄した造船所もありました。
1942年8月のライフには緊迫する軍需産業都市デトロイト(軍需物資の3割以上を生産していた都市)について「デトロイトでは人種対立が激化し、ヒットラーと戦う前に互いに憎しみをつのらせている。モラルの低下は国内でも最悪の状況で、デトロイトはヒットラーを粉砕する前にアメリカを吹き飛ばしてしまう危険がある」という記事を載せています。
実際、翌年にはデトロイトでは大規模な黒人対白人の人種暴動が発生し34人が死亡し1000人が負傷し、軍が動員され暴動が鎮圧されています。
こうした暴動はデトロイトだけでなく全米各地で発生しており47都市で100を超える人種暴動が発生しており、軍需生産にもかなりの影響を与えています。メキシコ系住民と白人との間にも暴動は発生しています。
人種対立は軍需産業における労働者だけではありません。
アメリカ軍内部でも発生しています。白人兵による黒人兵への差別、暴力は多く、それが暴動にまで発生した事件もありました。ルイジアナで起きた黒人兵の暴動では28人の黒人兵が射殺され3000人が逮捕されています。3000人といえば丸々1個連隊に相当する人数です。それが戦争に行く前に内部対立で失われているのです。
だから当時の黒人兵が回想で「我々が戦うべき相手はドイツ兵なのかアメリカの白人兵なのか」というような事を証言しています。
日本は白人と黒人、メキシコ系などの有色人種の対立を加熱させ利用するべきでした。
アメリカの国力は日本の10倍です。しかし、その巨大な工業力も人がいなければ動きません。
工作員を多数確保し白人側には黒人の社会進出の不満を煽り、黒人などの有色人種には白人支配の不満を爆発させるようにして、白人側、有色人種の側、双方から煽り対立を激化させアメリカ国内を紛争状態にし、その工業力を発揮させないようにするのです。有色人種が武器を持ち立ち上がり内乱状態にもっていければ最高です。
日本はスペイン人を利用して戦時中にアメリカ国内にスパイ組織を確保していますが、このように第三国を利用して工作員を多数確保するのもありでしょう。できれば戦前から工作員を確保しておくべきです。
日露戦争の時に明石元二郎大佐がロシア国内の反政府勢力を援助してロシア軍の大部隊を国内に釘付けにさせる事に成功していますが、そのような成果を狙えれば、なお良いでしょう。もしアメリカ最大の石油生産地帯である南部で大きな反乱が起こり、石油の流通に滞りがでればさらに良いでしょう。
日本も戦前からアメリカの弱点の一つとして黒人社会と接触していますが、その工作は規模が小さすぎ大きな力とはなっていないように見えます。これは完全な日本軍の手落ちでしょう。
なお、前述したデトロイトの暴動は日本人工作員によって発生したらしいという話しもありますが、確実な証拠に乏しく詳しい事は判明していません。

アメリカの国力は大きいですが、それが軍需産業としてフル活動するには時間がかかります。だから1942年10月には太平洋で無傷の大型空母は0隻になるという状況も発生しています。エセックス空母の1番艦が実戦に出て来たのは1943年からですし、アメリカ軍の戦力が大きく増強されるのは1943年以降です。
それまでの間にアメリカ国内で人種対立を激化させ内乱状態にまで持っていければ、アメリカは国内問題を先に解決しなければならず、日本に有利な態勢で講和という事もありえるかもしれません。
要は敵の内部を撹乱するのは兵法の常道でもあるにも関わらず、それを怠った大本営の作戦ミスです。

後はミッドウェー作戦での空母戦力の分散でしょう。
アリューシャン作戦を行い空母を分散させました。連合艦隊内部にもアリューシャン作戦は中止し、その空母を南雲機動部隊に合流させるべきだの意見がありましたが、採用されませんでした。
戦後、ニミッツ元帥もこの兵力分散を批判し、兵力を集中していれば日本が勝利していた可能性がある事を指摘しています。
ミッドウェー海戦では日本の暗号が解読されていた事を敗因に挙げる人もいますが、暗号を解読していたにもかかわらず空母ホーネットの爆撃隊は日本の空母を発見できず、20隻近いアメリカ潜水艦も空母を第1目標にするよう命令されていながら1隻も戦果を上げれなかった事からわかるように、必ずしも絶対的な要因ではありません。
もし、日本がミッドウェー作戦で空母を集中投入していれば勝利していた可能性はかなりあるかと思います。
そして、ミッドウェー海戦で勝利していれば、その後の展望も大きく違ってくるかと思います。

さらに日本潜水艦隊による通商破壊戦を全力で行う事でしょう。
アメリカは開戦時、Uボートの活躍で石油不足に陥っていますし、イギリスもUボートの活躍で海上交通路を攻撃され危機的状況にありました。これに日本の潜水艦による通商破壊戦の戦果が加われば、両国は一層苦しめられた筈です。
しかし、日本は潜水艦を全力で通商破壊戦に投入する事はしませんでした。潜水艦部隊から通商破壊戦実施の要望が出されてはいましたが採用されませんでした。

つまり・・・
(1)アメリカ本土での人種対立を激化させ国力を発揮させなくする。
(2)ミッドウェー作戦では空母を集中投入する。
(3)潜水艦による通商破壊作戦を全力で行う。
この三点だけでも成功すれば戦局は大きく動くでしょうし、日本の勝利の可能性もあるかと思います。

細かい事を言えば、まだまだありますが、多くの皆さんが言うように、日本の勝利が不可能だとは、少なくとも私は思っていません。善戦どころか勝利する可能性もあったのに、日本の軍部の作戦ミスで敗北したと私は判断しています。

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
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