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国風文化を具体例を挙げて説明するとしたら、何を重点に置いて説明したら良いのでしょうか?教えてください。

A 回答 (2件)

>国風文化を具体例を挙げて説明するとしたら、何を重点に置いて説明したら良いのでしょうか?教えてください。



国風文化を象徴するものは、かな文字の使用です。国風文化以前の平安時代初期の弘仁・貞観文化では漢文学が隆盛を極め、勅撰集も「凌雲集」を最初とする漢詩文集でした。(勅撰集自体の最初)
ところが、国風文化の時代に入ると、平仮名・片仮名のかな文字が発達します。それを象徴するのが最初の勅撰和歌集である大部分が仮名で書かれた「古今和歌集」です。延喜5年(905)に成立しています。この中で巻頭が紀貫之の書いた「仮名序」。巻末に紀淑望の書いた「真名序」となっており、文芸上とはいえ、中国風を象徴する真名(漢字のこと)から、国風を象徴する仮名へと地位が逆転しています。このことも国風文化の具体例だと思います。
なお、蛇足になりますが、仮名は仮の字であり、非公式なもの、女性の使うものとされ、真名は本物の字であり、公式なもの、男性が使うものとされ、男性の日記である「御堂関白日記」は和製漢文といえ、漢文で書かれ、女性の日記である「蜻蛉日記」は仮名で書かれるのです。(土佐日記のような例外はありますが。)

以上、参考までに。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/07/06 15:15

遣唐使の中止以来、積極的な対外交渉はなくなり、大陸の文化を受け入れてからこのころまでにかなり長い年月が経っているので、その間に大陸文化の消化融合が進み、日本独自の文化が生み出された。

そのため、この時代の貴族文化は国風文化と呼ばれるのである。貴族は国政を担当する資格を失い、ただ豊かな経済力に支えられて生活を送り美しい京都の自然に取り囲まれた狭い天地で暮らしていたので、彼らの生活形態とその趣味は優美・華麗で感覚的な文化を作りあげた。また同時に貴族の無気力と支配力の衰退は、思想的に深刻な不安の陰も宿していた。
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この回答へのお礼

せっかく、回答していただいたのお礼するのが遅れてすみませんでした。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/07/14 08:28

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