このコーナーですが、
どーも、知りもしないのに回答する人が多いような気がします。
全く見当ちがいの思い込みで根拠なしなのに自信たっぷりに
書かれてたり、嘘800が書かれてたり、浅い知識で決めつけたり、
ただ、検索エンジンの検索結果だけが書かれてたり。
質問する側が、辞書引く手間を惜しんでるだけっていうような
質問も見受けられるので、そのへんの影響もあるんでしょうか。

ここって知識の有効利用をする場であるとともに、
いろいろな見解を見れる面白い場でもあるんですけど、
上記に列挙されたような知ったかぶりな人々はどうして、
無駄に意見を披露したがるんでしょう?

ここは公開の場なので、そういった人々の存在を認めなければ
ならないことは確かです。なので、これは非難のつもりで書い
ているわけではありません。

なぜ、そういった人々が発言をやたらにしたがるのか、
そのへんの意識の仕組みについて不思議を感じるので、
そのあたりの謎を解明できればなぁ~
という意味の質問です。

主旨を御理解頂いて、回答頂ければ、と思います。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (42件中11~20件)

ここはディスカッションの場ではないし、ディベートの場でもない、と言うような事が書いてあります。

が、しかし、それも今回だけはイイでしょ?このページが一番楽しかったし、笑ったものねぇ、みなさん。
結論めいた事を言うつもりは無論ありませんが、oni_ocさんが言ってる事の方が的を得てる気がする。具体的に書くべきでしょうがね、書きません。「カテゴリが違う」などとぬかしてるヤツもいるしなぁ。これも極めて狭儀的なボクの感覚に過ぎないのでしょうがね。
しかし、実際に回答者が「専門家に相談した方が良い」とか「弁護士に」とか「消費者センターに」などと言っている(書いている?)のを見ると
「バーカ!弁護士に相談する準備のあるやつがココで相談するか!!!」とものすごい怒りを感じてしまいます。
まぁ、利己的で、自尊心が強く、「安全」を確保された「危険」が大好きな現代人が多いのでしょうから、愚かな回答者が多いのはしかたのない事・・・でしょ。
ここには、馬鹿も利巧も、プロレタリアートも野良犬もサラブレットも一緒に存在しちゃうんだから。
それぞれの生活の中ではアナタはバカを相手にしていないでしょうからココでバカ相手に軽口たたくくらい余裕でしょう。こんなこと書くとみんなに怒られちゃうね。
でも、私もこれから質問に答える時はアナタの言うように「腹をすえて」応えます。そんな事アナタは言ってないか・・・アハハハハ。
あえて言うなら、「馬鹿な回答者」の心理なんかに興味を抱きなさんな!というところ。(興味を抱くのはイイ事なのかぁ、矛盾、矛盾、ムジュン大好き~)
ホントの事言うとアナタは回答者(ばか)の心理なんかに興味はないと見たね。批判を防ぐ本能のなせる技か、テクニックなのか、どちらにしてもアナタの方が、「真実」に近い!!と断言しちゃいます。
行過ぎた言葉使いをお許しください。

この回答への補足

>ここはディスカッションの場ではないし、ディベートの場でもない、
>と言うような事が書いてあります。が、しかし、それも今回だけはイイでしょ?
まぁ、ディスカッションやディベートが悪いとも思いませんし、
ダメって言う気もないんですが、果てしなく脱線することを求められると、
閉口します。ただ、僕の質問内容に不明瞭な要素が隠されているからこそ、
そのような脱線もでてくるのでしょうけれど。

>これも極めて狭儀的なボクの感覚に過ぎないのでしょうがね。
そうですね。僕も自分自身がいろいろな部分において狭義な仕切りを
内包しているような気がします。そういうことを把握しつつ生きていく
ことは、やはり重要なことでもあるとも思います。まさか、自分自身が
世界の真理を握っているなんて思えませんし、であるからこそ、ここで
質問するのですし、回答内容について考察することができるのかもしれません。

>実際に回答者が「専門家に相談した方が良い」とか
確かに、それだけしか回答してないのならともかく、自身の見解をさんざん
述べたうえで、そういうこと言われちゃうと、
「なら、自分の意見は何?なんで書くの?最初からそれだけ書けばいいじゃん」と思わざるを得ません。

>ホントの事言うとアナタは回答者(ばか)の心理なんかに興味はないと見たね。
まず一言。僕は「回答者(ばか)」とは思ってないです。
で、もうひとつ。この質問をしたことによって、僕には思いつかない、
さまざまな、「思考、発想、論理のテストケース」を得られたことは、
僕にとって大変有意義な思考材料を集められたことになり、そういう意味において、
非常に意味深いものとなっております。
ですから、「興味ない」なんてことはありませんよ。誤解なきように。

補足日時:2001/02/25 12:59
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よくわかんないけど、30件も回答が帰って来るのはすごいっすよ。


はじめて見ました(まだ1ヶ月弱しかやって無いけど)
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この回答へのお礼

そうですね。非常に有り難いことですね。
ただ、思うのは、この「教えて!goo」または「OK Web」においては、
質問内容がある程度抽象的であるほうが回答が返ってきやすいようなので、
こういう回答数になっているというようなこともあるように思います。
誤解をしやすい質問であればあるほど、回答が集まるような気もします。
そのへんは、結局自分自身に返ってくるところでもあるので、
真摯に受け止めねば....とこのところ思うわけでもるんですけど。

お礼日時:2001/02/25 12:59

???! 何故、怒っているのか分からないのですが、なんにせよ、『哲学』に生産(結果)を求めるのはらしくない事です。

考えること自体が大切です。又、『衝動の起源』を知りたいという気持ちは私にもあります。ですから、わたしが、この質問に対して『無益』だなんていうことはありません。

>人間関係とは、 感情が無意味に動き、ただの化学反応並みの関係しか築けないものとの結論に辿り着くのではないか?
そうではないことは、あなたもよく分かっているはずでしょう。
しかし、その化学反応を、私たちは熱望したり、拒絶したりする(化学反応)わけです(ここに衝動の起源の存在が考えられる)。『化学反応』が今の『私』たちにとって、かけがえのないものである事は間違いない。
又、よくあなたは、「『意味』がないといけない」と言うが、そんなことはない。

>心理学的、または哲学的考察によって・・・・
心理学と哲学は違うものです。

話は又始まりますが、
>そのへんの意識の仕組みについて不思議を感じるので、
そのあたりの謎を解明できればなぁ~
この、「なぁ~」もあなたの知りたい謎のパターンに入っているので、最初の意見を投稿したのです。

>あなたは、相関関係自体も否定することになる。
そうすると、この世の生きとし生けるもの感情は全て無意味となる。
だとすればあなたはなぜ、無意味な行動を繰り返すのでしょう?
なぜ、このような人間関係の問題に 口を挟まれるのでしょうか?哲学に興味を示されるのでしょうか?

生産的だとか、意味がないといけない、などの次元では『衝動の起源』を哲学的に考えるにあたっては話にならない。

相関関係のみが存在している状態だと、『自』の所在が明らかにならないので、その存在すらわからない。「相関関係」を認識しているということは、そこに『自』という相関関係に左右されないものの存在があるといえる。

口を挟むのは口を「挟まれ」たいから挟んだんです。

挟んだので回答を出すと、「遺伝子がそうさせる」のではないかと思います。殺人者の遺伝子というのもあるので、『知ったか』の遺伝子もあってもおかしくないと思います。ですが、この回答は哲学カテゴリにはふさわしくありません。哲学は悩みを解決するためにあるのではないのです。ですから、もっとピシッとした科学的回答が欲しいのなら、別のカテゴリに質問しなさい。心理学のカテゴリもありますし。。。

この回答への補足

生産でまずけりゃ、前進でも進歩でも、前向きでも構いません。

ただ、あなたの論法は無限連関し、前に進まないと言っているのです。

哲学に答えはないとおっしゃるが、答えがないことを肯定し、
答えがないことを答えとしたら、考えること自体が無意味ではないですか?
と言っているのです。
だとすれば、答える必要などないでしょう。
あくまで、その論法にこだわるのなら、それは御自分が御自分の
思考停止を肯定しているだけのことにすぎません。

あなたの論法は、
「自分にわからないものは存在しない」というものです。
だったら、あなたは原子力発電所の仕組みを知らないのだから、
この世に原子力発電所は存在しないことになる。

以上。

補足日時:2001/02/24 00:40
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何度もすみません。


>書くことが必要だと思われる理由、もしくは、それにより、
あなたが何を導きだそうとしているのかをお書き下さい。

理由はこうです。自身の行動を起こす「衝動の『起源』」を科学的機材を一切使わずに、究明できると、自信たっぷりに知ったかをしたがる人の『衝動の起源』を考えるにあたり役立つと思うからです。あなたの質問は、「何故、自信たっぷり・・・・したがるのか?」でしたので、「それをしたがるのは、こういう事の存在が根底に考えられるからだ」という風に答えるのがふさわしいと思ったからです。

その衝動がどこからきているのか?あなたの意見を参考にして、導き出す方よいと思うのです。

この回答への補足

要するに、caballeroさんは、僕が「もう書けない、勘弁して!」
って言うまで書けとおっしゃるわけですね。
で、あなたはそれを読みもしないでおそらく、こう仰りたいのでしょう。
「ほら、じゃぁ、その原因は?書けないでしょう?」

悪いですが予想通りです。
で、その論法は、この質問のためだけに僕の人生を使えといっている
ようなもので、無益このうえない。

で、こう書けばあなたはこう言うでしょう。
「そう、だからこの質問は無益なのですよ。」
違いますか?

では、お尋ねします。
そうやっていけば、この世のモノの全てに対して繋がっていくこととなる。
確かに世の中は全てのモノの存在の相関関係で成り立っている。
しかし、その論法でいくならば、何に対しての質問であっても、
答えは同じになります。
「全てに意味はない。気にするな。」
違いますか?

で、そういう答えが出ることを肯定するのならば、
あなたは、相関関係自体も否定することになる。
そうすると、この世の生きとし生けるもの感情は全て無意味となる。
だとすればあなたはなぜ、無意味な行動を繰り返すのでしょう?
そして、あなたの論法をエスカレートさせていけば、人間関係とは、
感情が無意味に動き、ただの化学反応並みの関係しか築けないものとの
結論に辿り着くのではないか?

もし、そこまで考えての発言ならば、なぜ、このような人間関係の問題に
口を挟まれるのでしょうか?哲学に興味を示されるのでしょうか?
全てを意味がないとするなら、これは無意味であるはず。

そこまでは考えてなかったと仰るのなら、考えて下さい。


ですから、僕はあなたの導き出す非生産的な論理には
おつき合いいたしかねます。

わざわざ、あなたの疑問に僕が答えるまでもなくこのぐらいのことは
推測がつくのですから、あなたの出したい結論をズバリと言って下さい。

補足日時:2001/02/22 18:03
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この回答へのお礼

補足の補足です。
なお、僕はNo.124409で
>心理学的、または哲学的考察によって、
>潜在意識とかまで探れば、「答えたいから答えた、理由はない」
>なんて言い切れなくなりませんか?ってことです。

と言っていることをよく御理解ください。
ですから、僕が仮にここで、何も答えなくとも、
僕の論理となんら矛盾するものではないことを御理解ください。

お礼日時:2001/02/22 21:56

>申し訳ないですが、caballeroさん、同様のことをお聞きします。


僕の質問した理由をなぜ知りたいと思ったのですか?
こだわられた理由をお聞かせ下さい。

あなたの理由が、写真(他の目的でも)に由来する事ではなく、ただ知りたいということであれば、「そうでしょう、回答者もただ答えたいだけという人もいる。その人にとっては、『回答すること』が至上目的であり、その場合、回答者にとっては、回答の真・偽は重要でない。」という風に、回答したかった訳です。これが理由です。

>僕は「やりたいから、やるんだ、理由はない」というような説明
(例えば「そこに山があるから登るんだ」とか)っていうのは、
僕の質問した理由と同じように、
ひとくちに理由を説明できないから、そんな風に言うのだと
思っているのですが。どうでしょうか?

「山があるから、『登る』ではなく、登りたいから『登る』んだ」ということを言いたいのです。確かに、一口では説明できてません。むしろ、「何故、登る?」ときかれた時に、「登りたいから」、これで一口です。「何故、登りたい?」と訊かれると、一口では無理です(「楽しいから」で一口の場合もある)。こっちの理由が知りたいのですね?衝動の起源というか。

あなたが写真をつくるのは、何故ですか?「つくりたいからだ」。では何故つくりたいのですか?「楽しいから、社会風刺?をしたいから、自慢できるから、・・・」色々あげれますが、何故、何故?していくと、あなたの写真の場合はどこまで答えれますか?経緯もよければ教えてください。(又も回答を出せずにすみません)

この回答への補足

>あなたの理由が、写真(他の目的でも)に由来する事ではなく、
>ただ知りたいということであれば、「そうでしょう、回答者もただ答えたいだけ
>という人もいる。その人にとっては、『回答すること』が至上目的であり、
>その場合、回答者にとっては、回答の真・偽は重要でない。」という風に、
>回答したかった訳です。これが理由です。
すいません、誤解があるようです。僕も最初から、
「回答の真・偽」など問題にしていないのですよ。
裏づけのない自信を持って尊大に発言をできるのが不思議だと
言っているだけです。
で、自信をもって強い発言をするくせに、裏づけが、
「そう聞いた」「そう思う」だったりするのが「?」
だと言っているんですよ。
質問の最初の方にある「全く見当ちがいの思い込みで根拠なしなのに自信たっぷりに
書かれてたり、嘘800が書かれてたり、浅い知識で決めつけたり、 」
というのはそれを指しています。

で、以降にある質問ですが、caballeroさんの質問意図がわかりません。
で、この状態で、僕が推測による回答を行うと、caballeroさんの最初の僕に対する
問いかけのときと同じように、誤解が誤解を産み、無駄な論議となり、
話がそれるだけで、前に進みません。
しかも、caballeroさんの僕に求めている答えは(僕の推論では)
本論に関係するとは思えません。しかも、書けば長大なものとなります。
ですから、書くことが必要だと思われる理由、もしくは、それにより、
あなたが何を導きだそうとしているのかをお書き下さい。
少なくとも、前回僕に投げ掛けた質問では何の話の進展も見られないのではないかと、
思われますし、であればこそ、ただ、質問されるのではなく、
質問に答えることによってなんの前進が得られるのかをお教え頂けなければ、
無駄に終わる可能性の高いと僕には思われる長大な文章を書く気にはなれません。
(ここで、「やっぱり書けないんだー」って言われるのなら、それは本末転倒です)

補足日時:2001/02/22 00:48
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私も案外、スカタンなことを回答したり、質問している者の一人かもしれません。

これもまた、なのかもしれませんが。

という前置きをして、「間違った回答」も大いに結構なのだと思いますよ。
この「教えてgoo」は、その名の通り、教えてほしいこと、つまり質問者があって初めて成り立つものだと思うのです。質問のないところに回答はありませんから。そして質問した側は、この「教えてgoo」を利用することによって、図書館に行って調べてみたり、専門書のようなものを読み切ったり、そのような労をへて解を求めるよりは、安易に回答を得られます。「安易」というところが、私自身、案外ミソなのだと思っています。

たとえば、aという質問をした場合、イ、ロ、ハ、ニ……、と回答が寄せられます。oni_ocさんが仰るように、玉石混淆、いろんな回答が寄せられます。ただしこれは、aという問いに対する正解を知っている人から見た場合にのみ、わかることですけれどもね。

aの質問をした人は、イ、ロ、ハ、ニ……、様々な回答のなかから自分が納得し、正解だと思うものを抜き出します。場合によっては、それを学校の宿題の答えとして書くかもしれません。あるいは、他人(ひと)にそのまま「これが正解なんだ」とばかりに言うかもしれません。そこでもし、君が正解だと思っているaの答えは違うのだよということを指摘されたとき、そのときは自分が赤っ恥をかけばいいのです。なぜなら「安易」に答えを求めたことのバチとして。

でも、少数の人はそれを素直にバチとして受け入れることができないのでしょうね。「“教えてgoo”で回答した、あのヤロー、間違った答えを書いてオレに恥をかかせやがった」というふうになって。しかしその人は、ここには間違ったことも回答として寄せられる場合もあるのだということを、間違いなく知ります。そういう意味では「間違った回答」も大いに結構なのだと思うのです。

また、「知ったかぶりの回答」も大いに結構だと思いますよ。なぜなら、どこまでが知ったかぶりなのか、その範囲がわかりませんからね。たとえば仏陀でも仏教のことでもいい、それについての質問が寄せられたとき、数多ある経典のすべてを読破し、理解したものでなければ答えてはならないのでしょうか? 般若心経だけを知り、そのなかから回答を寄せてもいいではありませんか。坐禅和讃だけを知り、そのなかから考えた回答を寄せてもいいではありませんか。結局、どの回答をよしと考えるのかは、質問した側なのですから。

ここでoni_ocさんの質問の本題に────。
「嘘八百や知ったかぶりの発言を、なぜにやたらとしたがるのか」ということですが、どうしてoni_ocさんは、その発言が嘘八百や知ったかぶりの回答だと決め付けたのかという不思議を、まず解明しなければならないのではないでしょうか。

たとえば「1+1は何ですか」という質問に対して(これは哲学的な意味合いではありません)、「3」という回答があったとします。正解は「2」ですから、これは間違った答えには違いありませんが、その回答を寄せた人が本当に「3」を正解だと思っていたとしたらどうなるのでしょうか。たとえ間違った答えであっても、もし「ああ、この人も解がなくて困っているんだな。私、それを知ってるよ」という思いから「3」という答えを寄せたとしたら、どうなるのでしょうか。決してその答えを、「やたらに」という言葉から感じられるような否定的な感情で捉えることはできないと思います。

たとえば「仏って何ですか」という質問に対して、「釈迦のことです」「テレビの刑事物でよく言われている死体のことです」「森羅万象あらゆるもののことです」「宇宙です」「奈良の大仏のことです」という回答があったとします。一体、何をもって正解、不正解の回答だと決め付けることができるのでしょうか。正解、不正解を断ずるのは、oni_ocさんではなくて質問した側のはずです。

「知ったかぶりの回答」については、どこからどこまでが知ったかぶりなのか、それを決め付けているのは、「あっ、これは知ったかぶりをしてやがる」と思ったその人自身なのですよね。その裏側には「オレは1から10まで知ってるけど、こいつは1から7までしか知らないのに偉そうに答えているぞ」という気持ちが働いているのかもしれません。そして、それを不愉快に感じたり、あるいはそれとの優位性を示そうと、さらなる回答を寄せてみたりする。ところが、自分はよくよく知り抜いていると思って回答してみると、違う人から「あっ、こいつは1から10までしか知らないくせに、偉そうに回答してるぞ。知ったかぶりしやがって」と思われてしまう。

あなたは何をもってその回答を嘘八百、あるいは知ったかぶりだと決め付けたのか。あなた自身がそう決め付けた意識の仕組みを解明すれば、あなたが寄せられた質問の答えとなるのではないでしょうか。

最後に一言。この「哲学」というエリアでは、私は知ったかぶりの回答などあり得ないと思っています。なぜなら、知ったかぶりでもいい、「私はそれをそう考えているのだ」ということが「哲学」だと思っていますから。そして、数多くの考え、言い換えれば、数多くの知ったかぶりを知り、それについて思考してみることが「哲学」だと思っていますから。

この回答への補足

申し訳ないです、tabioさん前半部分の大半は僕が
もう他の方に受けた指摘であり、それに対する僕の考え方の説明も
しているものなのです(言い回しは違えども、少なくとも僕には
そう受け取れます)ですから、書くことは同じ内容になってしまいます。
そこで、乱暴な話で申し訳ないんですが、下記にある参照箇所を
お読み頂きたいと思います。

>「間違った回答」も大いに結構なのだと思いますよ。
kaleenさんとのやりとり No.122787→No.124296、
myeyesonlyさんとのやりとり No.123067
を御参照ください。

>そこでもし、君が正解だと思っているaの答えは違うのだよ
>ということを指摘されたとき、そのときは自分が赤っ恥をかけばいいのです。
>なぜなら「安易」に答えを求めたことのバチとして。
myeyesonlyさんとのやりとり No.122341を御参照ください。

これをお読み頂いたと仮定した上で、続きを書きます。
どのような理由があれ、間違いを肯定することは、
回答する人間としてはマズイことなのではないのでしょうか?
>なぜなら「安易」に答えを求めたことのバチとして。
とお書きになっている御自身が、「安易」な回答を容認する、
これは回答する人間の姿勢を問われることとなりはしませんか?
つまり、大袈裟に言えば、御自身が「安易」となりかねない。
実際にあることは僕も否定しませんし、仕方ないことと思いますが
何も掩護する必要もない。そう思われませんか?

>どうしてoni_ocさんは、その発言が嘘八百や知ったかぶりの回答だと
>決め付けたのかという不思議を、まず解明しなければならないのではない
>でしょうか。
これは、僕に個々の事例を挙げて誹謗中傷をしなさいと、
おっしゃるも同然です。これにはお答え致しかねます。
そういう場面で、僕は分かるように個々の間違いについて、
正してきたつもりです。相手が納得するまで。
もし、それをここで際限しろとおっしゃるのなら、
できないことはありませんが、とてつもなく長大になります、そして、
それこそ「尊大」ですし、誹謗中傷そのものです。
知らないからと言って否定するのは簡単です。
しかし、それを「尊大」「知ったか」と言うのではないでしょうか?
ここで、僕が個々の事例を挙げないのが不満なら、どうぞお好きなだけ
僕の追跡調査でもしてください。その上で「決めつけ」と言われるのなら、
仕方がありませんが、そうせずに推理で「決めつけ」と「決めつけ」
られては話になりません。

>あなたは何をもってその回答を嘘八百、あるいは知ったかぶりだと決め付けたのか。
>あなた自身がそう決め付けた意識の仕組みを解明すれば、
>あなたが寄せられた質問の答えとなるのではないでしょうか。
当然のごとく、それは解明されています。多くの物証があります。
多くて書ききれないほどの。そして、それは「動機」であり、「答え」ではありません。
そして、人を批評したいのであれば、少なくともそのコーナーの文章を全てお読み頂く
程度の思考の過程を踏んだ上で、批評してください。

ではまず、あなたが「決めつけ」と「決めつけ」た理由からお伺いしたいものです。
それについては何一つお書き頂くことなく「決めつけ」られているようですから。

補足日時:2001/02/21 03:25
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3度目の登場のartist0です。


(今ごろようやく)補足読みました。
前回の書き込みをしたのは、

>しかし、まー「野菜スープでガンが治る」とかいうような思いっきり
>怪しいことを例えば自信たっぷりに語ってる人がいたらどう思います?
>これ科学的根拠も何もない話なので、科学的に否定の解説書いても
>しょーがないわけですよ。

という部分から、「否定的事実も伴わないのに、現代科学が解明できていないものを
はなから否定する」人かも?と思ってしまったからなのです。
うかつでした。
プラシーボ効果のお話まで出てきてますから、その心配は無用でしたね。

この回答への補足

僕の意図を読み取って頂けて幸いです。
僕は自分がおかしいと思うだけでは、やはりこういう場での否定材料とはしません。
大事なことを知らないからする誤解であるかもしれないからです。
しかし、プラシーボ効果ってすごいですよね。
その存在自体がある意味奇跡かも、と思います<非科学的発言

補足日時:2001/02/21 03:22
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>自覚できる意識としてはないかもしれません。

とくに、自分を知識人と誤認
している人には。ただ、心理学的、哲学的考察においては、無意識下の意識
に理由を求めることができます。

「無意識」の下の「意識」という意味が分からないのですが。心理学的にはどうかわかりませんが、哲学的考察というのは、意識下、理性で行われるものです。ですから、その意識下にある状態で、のに、そこに属さない無意識下を考察するというのは 矛盾する話だと思います。ある「知ったか行為」に意識下が大きく関与しているとしても、意識がない場所で、理性を働かすのはおよそ不可能な事です。

>この場合においては、人間の行動に理由がないということは考えにくい。
ですので、僕は理由があるかのように自覚的に書いたのですが。
むしろ、難しい=答えを知りたい!、の場合もありますし。

この『=』は『から』という意味で捕らえてよろしいでしょうか?それは、ある疑問に感じる魅力として、『難しい』ことが一つあげられるのであって、その場合、ピッツァマルゲリータの魅力に『トマトの栄養がたっぷりだ』というの数えるのとおんなしだと思います。。。その場合、『難し』ければ、「知ったかの人は、、、、」という疑問じゃなくても、知りたいという欲求は存在できます。他のトマト料理でも構わないわけです。私が言うのは、何故?「知ったかの人は、、、、」ということが知りたいのかということです。「この疑問」ではないといけないという場合もあるでしょう。「それは、何のためでもありません。」というようなです。(あなたが実際にどうかはわかりませんが、、、)

>人間の脳が考えるレベルのことなら、きっとどっかに理由があるんではないか
と僕は思うわけなんですが。どうでしょう?

そうですね。脳ミソであるかぎり、確かに理由がないのは考えにくいかもしれませんが、「ある音楽を聴いているとき、α波がでる。」といったような、臨床心理学のように生体反応を観て、理由づけすることは可能とをもいます。そういう意味で、前回は「生理的」な事をのけてはと書いたのです。もはや、臨床心理学は大脳生理学との違いをつけがたいようにおもいます。そういう脳ミソの科学的な意味の回答はすみませんが、私には回答する事はできません。。。どういった回答を欲しいのでしょうか?科学的なことでしょうか?哲学的なことでしょうか?それ以外でしょうか?

この回答への補足

>「無意識」の下の「意識」という意味が分からないのですが。
ぱっと単語が思いつかなかったので、この言葉を使いました。
考え無しに使ったことをお詫びします。潜在意識ってことです。

>哲学的考察というのは、意識下、理性で行われるものです。
もちろんそうです。すいません、言い回しのせいか、
誤解をされたみたいです。
心理学的、または哲学的考察によって、
潜在意識とかまで探れば、「答えたいから答えた、理由はない」
なんて言い切れなくなりませんか?ってことです。

>何故?「知ったかの人は、、、、」ということが知りたいのかということです。
なんどもお聞きになられるので、
話が大きく逸脱することを御承知頂いた上で、
理由について書いてみましょう。
僕は写真をやってます。人の写真も撮りますが、一番撮るのは、
都会の雑踏の中で人々が動いているところといった写真です。
で、長いことそういう写真を撮り続けてきて思うのは、
こういうやり方で写真を撮る際に、重要になってくるのは、
ここを歩いている人たちが数秒後にどのような動き、表情、
をするだろうか?ということをある程度予測することです。
ただ、予測をせずに、「今だ!」って思ってシャッターを押したって、
タイミングが少し遅れるので、いい写真が撮れる確率が低くなります。
確率を上げるためには、予測が必要になります。
予測するためには、人をよく知り、判断を正確にしなければなりません。
そのためには、心理学的な、哲学的な手法で、さまざまな人々を分析し、
把握しなければなりません。これは非難でも、批判でもありません。
単なる分析材料集めです。ですから、自分だけで考えても理解のしずらい
タイプであるところの、「尊大な人」について質問したのです。
長くなってすいません。お分かり頂けましたか?

申し訳ないですが、caballeroさん、同様のことをお聞きします。
僕の質問した理由をなぜ知りたいと思ったのですか?
こだわられた理由をお聞かせ下さい。

僕は「やりたいから、やるんだ、理由はない」というような説明
(例えば「そこに山があるから登るんだ」とか)っていうのは、
僕の質問した理由と同じように、
ひとくちに理由を説明できないから、そんな風に言うのだと
思っているのですが。どうでしょうか?

説明ができない、またはしないということは、
脳が考えることなのだから理由があるという主張もそのような
考えによる発想です。

ですから、別にいろいろな分野に答えを広げようとは思ってないです。
他の補足で何度も「心理の仕組み」という言葉を使っていますが、
その枠組みの中での答えを求めてます。
どうしても逸脱しないと解明できないと言うのなら、
逸脱も必要なんだとは思いますけれど。

補足日時:2001/02/20 19:42
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非常に難しいテーマだと思います。


本物の専門家が客観的な知識に基いて回答を書くケース、
頭のおかしい人が無茶苦茶に回答を書くケースをとりあえず除外して、
考察対象となるケースは、つまりところ、
素人が自分の経験談を一般化してしまうというケースなんでしょうね。

もちろん、「経験談」には、回答するために辞書を引いたり、
本を調べてみたりしてパッと掴んで得た「浅い知識」も含みます。
つまり、パッパと調べて「こういうことなんですよ!」というように
回答する人ですね。この場合は、辞書や物の本によって「権威付け」を
しているケースですから、「権威」に関する心理学の範疇に入るの
でしょうか。つまり、辞書や物の本という権威の代行として、
回答者となるわけですから、権威というものになりたい、あるいは
権威に対してコンプレックスがある人なのかもしれません。

一方で、自分の経験がさも一般知識であるといった回答をする人もいますよね。
もちろん、「これは経験談ですが~」と前置きする人は除いて。
その方は、もしかしたらこういった公式の場で自分の意見を述べることによって
快楽を得ているのかもしれません。
その快楽とは、たとえ一時的であっても回答者=権威者となることから
くるものなのかもしれませんね。おそらく、そういった方は自分の回答が
否定・反論されたりすることに対してとても嫌悪感を示すのではないでしょうか。
つまり、権威になりたいのにその権威を否定するものが現われることは気分が
悪いと。皇帝ネロのタイプなんだろうか・・・。
あるいは、そこまでいかなくても、社会参加をしたことで快楽を得ているのかも
しれませんね。社会参加というのは、自分の存在を確認する行為でもあると
思います。すると、自分の存在(感)に対してコンプレックスを抱いている人が
あてはまるのかも。もしかしたら、こういうタイプの人は、参加すればそれで
快楽が得られるので、否定・反論されたりしたら逆に快楽が増すのではないでしょうか?

う~ん、徒然なるままに書いてしまいました。
でも、銭湯でのオヤジたちの怪しい談義や、主婦の井戸端会議にも通じる
ものがありそうですね。

もし、こういうことに深い興味をお持ちでしたら是非、心理学を勉強して
みたらいかがですか?そして、いつの日か説得力のある答えを我々に披露
していただけら楽しいですね。
(ご承知だとは思いますが、「知識」そのものに対する哲学的?社会学的考察
は省略させて頂きました。「そもそも知識とは?」という問いかけからアプローチ
してみるのも楽しいかもしれませんね。)

で、私はどうして回答しているんだろう?という疑問が・・・。
論文執筆からの逃避なのかも~。
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この回答へのお礼

わかりやすいお話ありがとうございます。

>その快楽とは、たとえ一時的であっても回答者=権威者となることから
>くるものなのかもしれませんね。おそらく、そういった方は自分の回答が
>否定・反論されたりすることに対してとても嫌悪感を示すのではないでしょうか。
>つまり、権威になりたいのにその権威を否定するものが現われることは気分が
>悪いと。皇帝ネロのタイプなんだろうか・・・。

この下りは特にうなずきながら読ませて頂きました。
僕は回答するときは「いや、こういうのっておせっかいっていうんだよな~」
とか自嘲しながら回答しています<屈折
で、僕はこれかもしれないっていう気もします。
>参加すればそれで快楽が得られるので、否定・反論されたりしたら逆に快楽が増すのではないでしょうか?
自分が変態のような気がしてきた(笑)←ここはは使ってもいいでしょ。

ううん、学生のとき勉強しなかったのが祟ってるような気もしてきたな、
返事書いてて。いい年こいて悩むことかぁ~~?って。

お礼日時:2001/02/20 17:28

補足ありがとうございます。


話が広がっているようですが、それはさておき、当初のご質問に沿って書かせていただきます。

>間違うことに罪はないのですが、間違いを信じてしまう人が
>出てくればそれは罪です。

まず、「法的な意味合い」からは、たとえば職業的な責任などがなく、実質相手に損害を与えたという実証がない限りどちらも「罪」・・・にはならないと思います。いいこととはわたしも思いませんが、それは主観、感覚的なものであって「罪」「責任」というきちんとした土台では論じることが残念ながらできません。

そこで「倫理的」「社会的」にはどうか。質問者が謝った回答を信じて行動したり、人にそれを話して恥をかく場合など、質問者に回答者が損害を与えた場合はく「責任」が生じると思いますが、「罪」ではない。
どうしてかというと、ここは回答者が不特定多数であり、質問者はその情報の信頼性の限界を理解して利用する所だと思うからです。
そうとは言え、その信頼性にも一定の線をもうけたい、そのため管理側は回答者の回答の自信を「あり・なし」で記すようにしたのではないかと思います。

>そのあたりを自覚していれば、尊大な態度をとることは、
>かなり恥ずかしいことであるはずです。

お気持ちは理解できる気がします。たぶん、対面でお話する場面でしたら「よーく、わかりますよ」と相づちを打っていた所です。事実や、ネットコミュニケーションにおいての情報の信頼性についてのoni_ocさんの誠実さが非常に感じられて、好感を持ちました。
しかし、「あるはず」は主観です。恥かしくない人もいるかも知れません。

>では、なぜ、その人々は尊大な態度をもって、自信過剰気味に、
>知識をひけらかせるのでしょうか?

そこで、「態度」については、受け取る主観と、答える人の心づもりが必ずしも一致はしないというのは、すでにここでは解決されたと思います。ですから、まどろっこしいですが「本人の気持ちはさておき、尊大な態度をもって、自信過剰気味に見える人」に限って話を続けます。

・・・・・先のみなみなさまに同じ!きっと自分を大きく見せたいんでしょう。

「なぜこの人は自分の話ばかりするのか」(著者忘れました、すみません)など、書籍も日ごろ自分には参考になっています。また、 ここからは個人的な思いですが、別にいいじゃないか、などと思います。それが自分の利害に関係なければいや、別に・・・といった所なのですが、oni_ocさんはいかがですか?

この回答への補足

「罪」ということについてひとつ。
これは法的にの意味で使った言葉ではありません。
御理解頂けると思いますが、当然のごとく
そのような法的罰則などないのですから。
ただ、間違った発言はときとして、法的罰則に値する「罪」
を産み出すこともあります。
たとえば、某カルト宗教団体の教義などです。
仏教的には考えられないまちがいがそこには散見されます。
これは、大きな意味で「罪」と言えなくもないでしょうか?
僕はこういった視点を含めて「罪」という言葉を使ったことを御理解下さい。
つまり、これは僕なりの責任感の持ち方の話なんです。

>しかし、「あるはず」は主観です。恥かしくない人もいるかも知れません。
まぁ、そうなんですが、とすれば、その人は「自覚して」いるのでしょうか?
これも主観かもしれませんが、それでは、「自覚して」いないのではないかと
思うのです。

では、なぜ自覚できないのかとなるとこれも相当疑問です。その場合は、
「恥かしくない人」だからってことになるんでしょう。
しかし、こう、いくらでも論理が循環するようでは、
これでわかったって感じにはならないんですよね。

>・・・・・先のみなみなさまに同じ!きっと自分を大きく見せたいんでしょう。
そりゃそうだと、言わざるを得ませんが、
これっていうのは話が元に戻ってるような気がするんです。
だって「尊大」と「大きく見せたい」って同じ意味じゃないんでしょうか?

>それが自分の利害に関係なければいや、別に・・・
>といった所なのですが、oni_ocさんはいかがですか?
そうなんですけど、害があって困ってるとか相談してるんじゃなくって、
どんな精神構造からそういう発言が導きだされるんだろうとは思います。
単純に仕組みへの興味はあります。

補足日時:2001/02/20 16:37
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心の悩みがある人が知っておきたいこと。
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(やはり呼び方が違うだけでしょうか)

●一般的に心理カウンセラーと心理コンサルタント
ではどちらの言葉が浸透しているでしょうか?

是非、ご教授してください。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

詳細の定義は会派や立場で異なると思いますが、おおよそ下記の区別でよいと思います。

■心理カウンセラー
 心の病で苦しんでいる人に対して、心理的な介入を行い、症状を改善するための援助を行うことが心理カウンセリングであり、それを実践する人が心理カウンセラーです。

■心理コンサルタント
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 例えば、医師から「こういう患者の心理はどうか?」とか、教師から「こういう行動する児童の心理は何か?」などの要請に対し、医師や教師に対して支援することになります。

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ダメです。

Q「認定心理士」の資格だけではカウンセラーになれないのですか?

「認定心理士」の資格だけではカウンセラーになれないのですか?
現在通信大学で心理学の勉強をしています。
高校の教職の免許も取ります。(公民ですが)
卒業すると認定心理士の資格はもらえるのですが。
臨床心理士の資格がないと、絶対カウンセラーになれないのですか。
子育て中なので大学院受験はとてもハードルが高く
さらに夫が転勤族で2年に1回転勤があり…と。
臨床心理士になるには、大学院で勉強することが大前提なので
できれば、認定心理士だけの資格でカウンセラーになりたいんです。
電話相談受付とか、精神科の事務員とか(医療事務の資格があり職場経験有り)
何でもいいので、心理学をいかした仕事がしたいです。
誰か認定心理士の資格でカウンセラーの仕事を知っていたら教えてください。
お願いします。

Aベストアンサー

>「認定心理士」の資格だけではカウンセラーになれないのですか?

そんなことはありません。
そもそも認定心理士資格は大学で心理学を専攻したことを認定するだけもので,
カウンセラーになるための資格ではありませんが。

>臨床心理士の資格がないと、絶対カウンセラーになれないのですか。

そんなことはありません。
スクールカウンセラーや医療・福祉分野のカウンセラーなど,
公的部門では臨床心理士有資格者の比率が高くなっていることは事実ですが,
臨床心理士資格が必須というわけではありません。
一方,民間の開業カウンセラーや
カウンセリングサービス企業所属のカウンセラーの中には
大学院どころか大学レベルの心理学教育すら受けていない人がたくさんいます。
日本のカウンセラーは必ずしも心理学の専門家ではないということです。

ついでに言うと,
臨床心理士はカウンセリングができるだけでは務まりません。
むしろ心理アセスメント技術者,
すなわちテスターとしての役割のほうが重要ですし,
より高度なサイコセラピーの技術が要求される職場もあります。

>子育て中なので大学院受験はとてもハードルが高く

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通信教育で心理学を学んだだけの人にカウンセリングを受けたいですか?

>電話相談受付とか、精神科の事務員とか(医療事務の資格があり職場経験有り)
>何でもいいので、心理学をいかした仕事がしたいです。

受付とか事務員が心理学をいかした仕事ですか...
それならむしろ高校教員になったほうが
心理学の知識を活かせる機会が多いと思います。

>誰か認定心理士の資格でカウンセラーの仕事を知っていたら教えてください。

国家公務員I種(人間科学I)や地方公務員上級の採用試験に合格して
心理職として少年鑑別所だとか児童相談所だとかに配属されれば可能性はあります。
もっとも並みの大学院入試よりハードルは高く,
現場に出ればカウンセリングは業務の一部に過ぎませんが。

あとは産業カウンセラー,中災防の心理相談員,
キャリア・コンサルティング技能検定などの資格を取得した上で,
コネと運と努力で企業にもぐりこんで企業内カウンセラーを目指すとか。

■社団法人日本産業カウンセラー協会/産業カウンセラー試験
 http://www.counselor.or.jp/guest/examination.html

■中央労働災害防止協会/心理相談専門研修(心理相談員養成研修)
 http://www.jisha.or.jp/seminar/health/h3100_sp04.html

■キャリア・コンサルティング技能検定
 http://www.career-kentei.org/

民間のカウンセリングサービス企業に所属するとか,
思い切って個人開業するという手もありますが,
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>「認定心理士」の資格だけではカウンセラーになれないのですか?

そんなことはありません。
そもそも認定心理士資格は大学で心理学を専攻したことを認定するだけもので,
カウンセラーになるための資格ではありませんが。

>臨床心理士の資格がないと、絶対カウンセラーになれないのですか。

そんなことはありません。
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例えば、一つの質問を立てます。
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Q心理カウンセラーになるには?

先日、日本メンタルヘルス協会の体験講義に出席してきました。
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心理カウンセラーって、そう簡単になれるもんなんでしょうか?
どなたか、心理カウンセラーになる方法を知っていたら、ご教示ください。

Aベストアンサー

>心理カウンセラーって、そう簡単になれるもんなんでしょうか?
簡単になった心理カウンセラーには診てもらいたくないですね。
という話は置いといて・・・・
カウンセラーは現在、公的な資格はありませんので、自称カウンセラーでOKです。そんな人もいっぱいいます。ただすでに政府でも議論されてますので、近い将来公的資格ができると思われます。
で、現在比較的一般に認知されているカウンセラーの資格は

産業カウンセラー
http://www.counselor.or.jp/
認定心理士
http://www.psych.or.jp/pgist.html
臨床心理士
http://www4.ocn.ne.jp/~jcbcp/contents.html
http://collabo.s17.xrea.com:8080/phpBB202/

がありますが、一番権威があるのが、臨床心理士です。協会指定の大学院を出ないとなれません。また今後、国家資格となるのもこの臨床心理士に準拠される見通しが高いので、臨床心理士になりましょう。
ただ、今は希望者がとっても多いので狭き門です。頑張ってください。

>心理カウンセラーって、そう簡単になれるもんなんでしょうか?
簡単になった心理カウンセラーには診てもらいたくないですね。
という話は置いといて・・・・
カウンセラーは現在、公的な資格はありませんので、自称カウンセラーでOKです。そんな人もいっぱいいます。ただすでに政府でも議論されてますので、近い将来公的資格ができると思われます。
で、現在比較的一般に認知されているカウンセラーの資格は

産業カウンセラー
http://www.counselor.or.jp/
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http://www.psych.or.jp/pgist...続きを読む

Q人類の次の課題はオカルトの解明では?

科学的アプローチで解明されることは限られていて、どんどん狭い領域に深く入っていく印象があります。

翻って、オカルト現象解明はここ何十年も結局は何の発展もないのではないでしょうか。霊体験、共時性、既視感など、30年位何の発展もない様に思えます。

これらに真剣に取り組むことが、たとえば「核」を持つことに匹敵するような、科学的な人類のステップアッぷと言えないのでしょうか?結局は「人生」に対する「幸せ」に対する「運命」に対する科学的アプローチです。それが重要課題に思えます。

Aベストアンサー

長い目で見て、結果的には、おっしゃるとおりかと思います。ただ、現実的には、国や企業や大学などが、研究費を出さないことには、研究が進みません。

オカルト現象は、科学の対象とするには、まだ、非常に難しい段階ですから、はっきりした成果の見通しがない中で、国や企業が研究費を出すとは思えません。

そう考えると、もう少し現実的なところとしては、生命科学ではないかと思います。こちらは、今、既に、国や企業が研究費を積極的に投下して、成果もどんどん出ています。

御質問のオカルト解明は、生命現象の解明が、脳細胞や神経の働きの解明へつながり、その先で、人間の精神現象との関連性がより具体的に議論できる段階で、本格的に始まるのではないかと期待してます。

Q心理カウンセラー

カルチャースクールに
「心理カウンセラー資格養成講座」というものがあります。
一般的にカウンセラーは臨床心理士の資格を持っている人が多いそうですが、
この心理カウンセラー資格というのはいったい何に役に立つのでしょうか?
価格は21000円で、10回ほど授業があることしか書かれていません。

Aベストアンサー

こんにちわ。
心理カウンセラー自体は、特に資格が無くてもなれるようですね。
こちらのブログが参考になりますでしょうか?
「心理カウンセラー ~心理カウンセラーの資格を取ろう~」
http://kororonotomo29.seesaa.net/category/1331473-1.html
通信教育やスクールなどで講習を受け、技術を身につけたと認められたら
その団体から「認定証」がもらえる、とのこと。
さらに、あまり授業回数が少ないスクールは避けた方が良いとも。
臨床心理士などが大学で履修するのに対し、スクールは10回って・・・
どうなんでしょうね?私は少ない気がします。

Q神仏出現以前の人々は

三位一体のキリストと、仏教の始祖釈迦が現れる以前から、人は人生を一生懸命に生きて死んでいったと思います。神仏の現れる以前の人々は救われたのでしょうか。各宗教の教祖出現以前のことも知りたいのですが多数の宗教があるのでまずはキリスト教と仏教のことを教えて下さい。

Aベストアンサー

救うというより恐れていたんじゃないかと思います。
自然を神とみたてて。
自然の中に神を感じていたと言った方がいいかもしれません。
これは今尚外部とほとんど無い地域では自然を神として崇め敬ったり、自分の中に神を降臨させたりする儀式があるので、人間は太古の時代から自然とおりあいをつけて共に生きてきたんだと思います。
今尚かもしれませんが。


各宗教の教祖出現以前のキリスト教と仏教のことですか?

キリスト教の教祖がキリストなのかよくわかりません。
イエスの死後だいぶたってから、三位一体という考えができたようです。
(この三位一体は私の頭では理解できないのですが、信者の人に聞いてもわかるような答えをする人に会ったことがありません)
キリスト教はイエスが生前の頃はユダヤ教の一宗派でした。
死後だいぶたってから、彼を神の子と定めて新たにキリスト教を作ったんだったと思います。
だからイエスが生きていた頃にはキリスト教は存在しませんでした。


キリスト教の前身ユダヤ教の教祖はモーゼなのではないかと思います。
モーゼが神から十戒をもらい(法律の基礎のようなもの)これで集団を統率するようになり、価値観の統一化を図ったので一つの集団として区別できるようになったのではないかと思います。

聖書は宗教というより、生きていくうえでのマニュアル本のような感じだったと思います。
重さの定義とか、生活全般で暮らしのhow to ものも書いてあります。
歴史の本でもあり文学の本でもあり法律の本でもあり生きていく上での知恵の本でもある。
ユダヤ教が古代の中東の歴史に残っている最古の宗教なのかもしれません。
あそこらへんはメソポタミア文明発祥の地ですし。


各地に神話が残っており、それを宗教とするなら、もっと古い宗教があっただろうし、歴史に残っていなくても、人間が誕生したときから宗教はあったように思います。

仏教についてはキリスト教より古いとしか知らないので、他の方の解説を私も聞きたいです。

救うというより恐れていたんじゃないかと思います。
自然を神とみたてて。
自然の中に神を感じていたと言った方がいいかもしれません。
これは今尚外部とほとんど無い地域では自然を神として崇め敬ったり、自分の中に神を降臨させたりする儀式があるので、人間は太古の時代から自然とおりあいをつけて共に生きてきたんだと思います。
今尚かもしれませんが。


各宗教の教祖出現以前のキリスト教と仏教のことですか?

キリスト教の教祖がキリストなのかよくわかりません。
イエスの死後だいぶたってか...続きを読む

Q臨床心理士と心理カウンセラーの違いって?

心理学に興味がある、高校1年生です。
今、学校の総合的学習の中で、自分の興味のある学問について調べています。
その中で、心理学の専門職に、臨床心理士、心理カウンセラーがある事が分かりました。
でも、臨床心理士とはどんな職業なのか?心理カウンセラーとはどこが違うのかが分かりません。
教えてください!! お願いします。

Aベストアンサー

臨床心理士というのは資格認定協会により認定されたもので、心理に関する国家資格のない現在では最も権威のあるものといっていいでしょう。学歴は指定大学院の博士前期課程(修士)が必要で、そのうえで資格試験があります。
業務の内容は、どのような機関に勤務しているかによって異なると思いますが、カウンセリング(相談)、心理治療や心理テストの実施が主なものだろうと思います。
心理カウンセラーというのは、心理的な業務の総称として使われることが多いと思います。特別な資格を指すものではありません。世間的には通用しなくても、民間会社や団体が2~3日の研修で○○心理カウンセラーという認定証を出すことも可能ですし、自分で勝手に名乗ることもできるわけです。
しかし一般の方には、心理カウンセラーという名称の方がわかりやすいようで、臨床心理士で(心理カウンセラー)と名刺に書き込んでいる方もいます。

Q人々のモラルとバイオテクノロジーについて

今の現代バイテクノロジーは日々進化しています。
遺伝子操作を受けた野菜、食品類。遺伝子解析が進み、様様な動植物がクローンとして誕生していきます。
ではクローニングや遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。
一環してバイオテクノロジーの技術はモラルに反しているとは言えず、また肯定も出来ません。
皆さんはどのようにお考えでしょうか?。

Aベストアンサー

>ではクローニングや遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 クローンニングがモラル問題とされるように
なったのは1970年代以降のことです。
 それも宗教家まで巻き込み大論争に
なったのはここ10年くらいの話です。

 工業化が極端に進み、大気汚染が
世界的に問題になるなど、
科学技術に対する不信感の
高まりが、クローン技術の発展
時期とかさなったことが、クローン
のモラル問題へ人々を誘導してしまった
ということだと思います。
 試験管ベービーの誕生のとき
ですら、不妊対策に有効と、前向きな
評価が多かった。
 試験官ベービーの成功は、
動物の細胞を研究室で
保存、維持できる技術が確立した
ことを意味し、クローン人間
成功のための大きな一歩でした。

>遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 金儲けなど、人間に都合のいい動植物を
作っていた場合、それが自然環境を
破壊する可能性があり、どこまで
生命を操作していいのか基準が明確で
ない点が、問題であり、社会に不安を
与えています。

>クローニングは私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 これまでの宗教観と人間の精神、
社会性の常識が壊され可能性があり、それが
どう壊れてしまうのか、結論が
分からないため、いろいろな憶測が
とび、社会に不安を与えています。
1)宗教
 創造は神のみに許されることのはず。
人間が生命操作をするなど、神への
冒頭だ。
2)精神
 自分と全く同じ人間が存在しないと
いう事が、アイデンティティーへの
確立へ大きく影響しているはずだから、
クローン人間が常識化すれば、アイデンティティー
の崩壊へ繋がり、大規模な人間の精神崩壊への
引き金になるのではないか?
3)社会
 人間の権利は個人とその人間関係の
間で微妙なバランスで決まっている。
 財産分与だけ考えても、クローン人間は
自分の子供でもなく兄弟、親でも
ないため、死んだ人の財産をクローン人間に
どう分けていいか判断がつかない。
クローン人間の常識化は
社会構造を破壊するきっかけになる。

 以上のような問題に、人間のモラル、
つまり精神はどう対応し、どう変化して
行くべきか結論が出ていないため、
それが科学技術に対する不信感と
結びつき、社会不安へと繋がって
いるということだと思います。

>ではクローニングや遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 クローンニングがモラル問題とされるように
なったのは1970年代以降のことです。
 それも宗教家まで巻き込み大論争に
なったのはここ10年くらいの話です。

 工業化が極端に進み、大気汚染が
世界的に問題になるなど、
科学技術に対する不信感の
高まりが、クローン技術の発展
時期とかさなったことが、クローン
のモラル問題へ人々を誘導してしまった
ということだと思います。
 試験管ベービーの...続きを読む


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