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35歳の女性です。今度友人(31歳女性)と五能線方面に旅行に行くことにしました。ネットや雑誌では海が真っ青ですごくきれいそうですがどこかおすすめポイントはありますか?また最近実家に行ってこの話しをしたら昔、祖父(他界)に抱っこされている自分の写真があると言われ見たら茶色い車両と茶色い貨車がつながったところで撮ったと思われる写真でした。貨車と乗客の車両がつながっている列車なんて見たこともないし本当なんでしょうか?写真裏に「秋田鉄道管理局勤務時代」と書かれておりました。今はリゾート白神号とかいう列車が走っているみたいなのですが昔とはずいぶんギャップがあるなあと思いました。あの貨車はお米や津軽産のりんごが入っていたのでしょうか?懐かしい祖父のことが思い出され涙してしまいました。私が記憶にあるのは山梨に住んでからですが一時は山梨から都心まで祖父は通っていたそうです。国鉄の人事って遠くでも構わず回されるものだったのでしょうか?

A 回答 (3件)

質問者さんと同世代の秋田県民、鉄道好きです。


地元なので本や報道で昔の五能線がたまに扱われますが、それらから刷り込まれた私の中での昔の五能線といえばまさに「客車と貨車がつながった蒸気機関車が引っ張る短い列車(混合列車)」です。沿線ではないので実物を見たことはないです。
かつてNHKの「新日本紀行」で1970年1月に「雪の日・ある港~青森県・深浦町~」という作品が放送されました。確かこの冒頭に海沿いを走る混合列車が映っています。NHKの各放送局のライブラリーで視聴できますし(参考URL)、今後テレビで再放送されるかもしれません。1971年の映画「男はつらいよ奮闘編」では寅さんの妹さくらが五能線車内(混合列車ではないかもしれません)で地元の人と会話するシーンがあったと思います。
Wikipediaによれば五能線が国鉄最後の混合列車の運行路線で1984年に廃止となっています。ネットでも昔の写真を公開している方がいますので、「五能線 混合列車」などで検索してみてください。

海がきれいに見えるということは海岸すれすれを走るわけで、特に冬期は強風や波による運休がよくあります。1972年暮れには波で路盤が流された所に蒸気機関車が突っ込み乗務員が殉職し、それがきっかけでディーゼル機関車化されています。夏とは対照的な冬の五能線はそんな厳しい一面もあるのです。
さらに昭和50年代に新型のディーゼルカーが導入され、塗装の変更や冷房取付、一部ワンマン列車化され、現在まで活躍しています。
なお、京都の梅小路機関車館に「8620型8630号機」という1914年製の蒸気機関車が動く状態で保存されていますが、これは五能線で活躍後、同館に移籍したものです。

「秋田鉄道管理局」は秋田市にあり、青森・山形の一部をも管轄していました。現在はJR東日本の秋田支社になり管轄エリアは狭くなりましたが、現在も五能線全線は管理下で、「リゾートしらかみ」を積極的に宣伝しているのはご承知の通りです。
県民としては、廃止されてもおかしくないローカル線が注目され、多くの観光客が来てくれるのは、驚きでありうれしいです。風景だけでなく、車内やイベントも楽しいので、ぜひ「リゾートしらかみ」の旅を楽しんでください。余裕があれば、各駅停車に乗って地元の乗客(行商のおばさんもいるかも)の方言を聞いたりお爺様が仕事をしたかもしれない土地を歩いてみると観光列車とは違う体験ができるでしょう。なお、当時と比べて、人口減少・高齢化も、合理化(駅の無人化、売店廃止)も進んでいるので、駅や街は昔はもう少しにぎやかだったはずです。列車本数の少なさはあまり変わらないと思います。
青森側(五所川原付近)でリンゴ園の中を走る区間があります。これからリンゴが色付く時期なのできれいですが、かつて混合列車でリンゴの積み出しが行なわれていたのを偲ばせる施設(広い駅構内、駅近くの倉庫など)もあると思います。

参考URL:http://www.nhk.or.jp/archives/shin-nihonkikou/li …
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五能線のようなローカル線では、路線を利用する旅客や貨物の量がそれほど多くないため、旅客列車と貨物列車を別々に走らせていたのでは経費がかかる割に収益が上がらないという状況になってしまいます。



そこで、昔は客車に貨車を連結した混合列車という列車を走らせていました。
これだと、一度にお客と貨物の両方を運べるし、機関車も少なくて済むので好都合なのですが、その反面途中の駅で切り離したり連結したりする貨車の入換をしなければならず、所要時間が結構かかってしまうという欠点があります。

しかし、当時は地方の道路はそれほど整備されていないうえに、トラックや自家用車も現在のように普及しておらず鉄道が輸送手段の主役だったので、そんなのんびりした速度と運行時間の列車でも十分にやっていけたのですよ。

その後、(いわゆる「道路特定財源」とかで)道路が整備されトラックの利用度が高まると、時間がかかる貨車での輸送はトラックに荷を取られて次第に減っていき、また、バスや自家用車の普及に対抗するため列車の速度を少しでも速くしたい国鉄としては、混合列車のような足の遅い列車はなるべくなくしたいこともあって、混合列車は1980年代を最後に消え去ってしまいました。

五能線の鰺ヶ沢から八森の間はずっと海のそばを走ります。
特に、追良瀬-驫木(とどろき)間は海岸のすぐそばを走りますし、広戸-深浦間は行合崎という五能線随一とも言われる景色の良い所を走ります。
十二湖や千畳敷等を巡る際に、五能線のそういうキレイな景色を眺めながら、亡きお爺さんに思いを馳せるのも良いかもしれませんよ。

人から聞いた話ですが…。
国鉄職員でも、地方で運転士や車掌、駅員等一般職として採用された職員は異動しても各鉄道管理局内(だいたい県レベル)での異動が大半だったみたいです。しかし、本社で幹部候補や専門職として採用された場合は広範囲な異動があるみたいです(JR東日本勤務の知人2人も、一人は東京-水戸-千葉、もう一人は東京-仙台、と異動してます)。
異動した場合、大抵は国鉄官舎住まいとなるのですが、官舎の都合(空き具合)等によっては遠距離通勤を余儀なくされることも結構あったようですね。
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>貨車と乗客の車両がつながっている列車なんて見たこともないし本当なんでしょうか?


五能線では、1984年2月1日まで、貨車と客車の混合列車が走ってました。貨車では、沿線のりんご園で収穫されるりんご等を輸送していたようです。
http://www.geocities.jp/tabinosyasoukara/cs/gono …
http://tentetu.blog.hobidas.com/archives/article …

それから、ノスタルジックビュートレインが出て
http://badgermy.hp.infoseek.co.jp/losts/kei35.htm
今のように、リゾートしらかみが出てきました。

五能線のおすすめは、いっぱいありますので、↓の駅名をかたっぱしからクリックしていってみてください。
http://www.jreast.co.jp/akita/shirakami/
不老ふ死温泉、千畳敷、十二湖、ミニ白神 などなど。
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