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 うちの祖母が年末近くなると「12月12日12時」と、半紙に書いて身内に配っています。祖母に何の意味があるの?と聞くと、縁起物だから・・・。これだけなんですね。
 なにか大きな意味が隠れていそうでとっても気になるのですが、ご存じの方がおりましたらご教授を是非、賜りたいと存じます。
 祖母も詳しい事は全く分からない様子。毎年の習慣で続けている模様なので手がかりらしいものは全くありません。
 居住地は北海道なので、入植によって他の地方の風習をそのまま伝えている可能性もあります。ちなみに祖母の年齢は93歳になります。
 ご存じの方、宜しくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

伊賀上野観光情報誌にも、こんな情報がありました。



五右衛門って、元忍者だったのかと、びっくりしました。

参考URL:http://www.iga.ne.jp/igaguri/igaguri1/den2.htm
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この回答へのお礼

なるほどそうだったんですか。意外なところがルーツだったんですね。それと、札を逆さに張らないと効き目がないんですね。由来が分からなかったものですから、うやうやしく神棚の隅に正向きに張っていました。(知らないって恐いです)。
 やっと疑問が解けました。どうもありがとうございました。年末年始に帰省した時に是非、祖母に報告したいと思います。

お礼日時:2002/12/09 08:01

十二月十二日に、石川五右衛門が釜茹でになったので、(本当かしら?)この日を書いて、窓に逆さに貼ると、泥棒よけになるそうです。



なんか、落語の解説に書いていたのを、読んだ記憶がある程度なので、どの地方の風習かはわかりません。
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回答ではないんですが・・・



私も気になってたんです。
実は、つい最近、引越しをしたんですが、新居の窓のサッシに漢数字で「十二月十二日」と書いた薄い紙が逆さに貼ってあるんです。
逆さっていうのがかなりひっかかってます。
その紙はトイレの窓のサッシに1つと、そのトイレの真上にあたる廊下の窓のサッシに1つ貼ってあるんです。
その2つの共通点と言えば、方角?なんて思ってた矢先の質問でした。

私は大阪在住です。
新居は古い日本家屋です。
旧住人はお年寄りだったそうです。

質問に便乗してしまってごめんなさい。
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この回答へのお礼

 逆さに張ってあるのですか?それってやっぱりなんか意味があるのですね。うちは知らずに正向きに張ってます。(これってまずいのかなー)。
 札を貼る方角も何か関係ありそうですね。
 それと、便乗質問大いに結構です。疑問が疑問を呼んでそれが答えを導く大きなヒントになるかもしれませんからね。

お礼日時:2002/12/09 08:07

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Q12月12日に「12月12日」と書いてさかさまに貼る

12月12日の日に「12月12日」と紙に書いて玄関や柱にさかさまに貼る風習が関西地域にありますが、その日は五右衛門が釜茹でにされた日らしく、それ故、そのような風習が残ったと聞いています。その際に必ずさかさまに入るのですが、なぜさかさまなのかと疑問に思い調べたところ、昔屋根から進入する泥棒に逆さまに命日を見せて大ドロの命日を思い出させるためだと知りました。ただ、どうしてさかさまなのか、日本には色々な風習があると思いますが、「さかさま」にすることが多いように思います。もちろん、それぞれに諸説あるとは思うのですが、どうしてなのでしょう。例えば「福」よく料理屋さんで見かけます。また箒をさかさまにしておいたり(お客さんが早く帰るように)、彼氏の悪口を書いてさかさまに貼っておけば、その彼からプロポーズされる。とか、家出していた娘が戻ってきて欲しければ、紙に「もう二度と帰ってくるな」と書いてさかさまに貼る。などなど
反対の気持ちを書いてさかさにすることでいったいどういう意味があるのでしょうか?ご存知のかたよろしくお願いします。

Aベストアンサー

おっしゃるとおり、
卑しくも技術職たる泥棒の古典的な入り方とは、
瓦をはずして天板をはずして天井からおいでになるというものです。
浄瑠璃歌舞伎のなかで「義賊」である五右衛門の命日、
天地の正しい方向に12月12日を貼ったって
泥棒は土間からあがってくるわけではなし、大泥棒の霊も戸板を開けて入ってくるわけではなし、
命日を忘れていませんよホラ見てくださいね!との気持ちが伝わらないではありませんか?
義賊を称賛する庶民の気持ちのあらわれでしょう。天板からいらっしゃいの歓迎でしょう。

日本人はたぶんもともと遊びが好きで、万葉歌の時代からいろいろな言葉遊びがありますが、
江戸のユーモアというのはシチュエーションも混ぜてひねりがありますね。
お染風邪が家に来ないように「久松るす」と貼るような。
諧謔の精神というのでしょうか、いやなものまで楽しく笑い飛ばせるところがありますね。
逆さにするのは洒落のひとつの手段で、質問者のようにまじめにとるようなことではないのでは、と思います。
紙を逆さにしたり文字を逆さにしたり、文句を回文にしたり、音を逆さにしたり、いろいろと工夫いたしますね。
逆さの縁起を逆さに背負って「ゲン(ギエン)かつぎ」などとするのとあまり変わらないかと。
栗にはかなわねど焼き芋に「八里半」、いや九里四里うまい「十三里」
するめは「あたりめ」、升升半升(ますますはんじょう)、升倍半升の「二升五合」など、
看板や張り紙にはさまざまなユーモアがあるようです。
まっすぐに物事を見たり言ったりするのは野暮、という、江戸と上方それぞれの粋のあらわれなのでしょう。

おっしゃるとおり、
卑しくも技術職たる泥棒の古典的な入り方とは、
瓦をはずして天板をはずして天井からおいでになるというものです。
浄瑠璃歌舞伎のなかで「義賊」である五右衛門の命日、
天地の正しい方向に12月12日を貼ったって
泥棒は土間からあがってくるわけではなし、大泥棒の霊も戸板を開けて入ってくるわけではなし、
命日を忘れていませんよホラ見てくださいね!との気持ちが伝わらないではありませんか?
義賊を称賛する庶民の気持ちのあらわれでしょう。天板からいらっしゃいの歓迎でしょう...続きを読む


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