人に聞けない痔の悩み、これでスッキリ >>

中世ヨーロッパの貴族同士の結婚では、
妻側が土地などの持参金を携えて夫の家に入ったと聞きました。

そのため、娘が多い家などでは、持参金貧乏になったり、
持参金の支払い能力がないために娘を修道院に入れたりすることがあったとか。

女性側にとって、すごく不利な結婚条件だと思います。
男性側は、妻が死んだら持参金を我が物にできたらしいので、不公平だと思うのですが・・・

ここで質問なのですが、
男性側は、持参金のお返しに、妻の実家に結納金のようなものを支払わなかったのでしょうか。
教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

中世に政略結婚で財を成していったと言えば「ハプスブルク家」が有名です。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97% …

ハプスブルクの花嫁たちについて書かれてあります。
http://members.aon.at/hwien/bgk/2004/tl2.html

>中世ヨーロッパ貴族の結婚→夫側から支払う結納金のようなものはあったのですか?

「結納金」は、たぶん夫になる人の方が身分が低かったりしたら、あったのではないでしょうか。
結納金がなくても、政略結婚で得るものは大きいと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E7%95%A5% …

例えば、ロシアのエカチェリーナ二世については、
「1742年9月、母ヨハンナは、ダイヤを散りばめた額に納められたロシア女帝の肖像画をロシアの書記官から手渡される。」
これが「結納」と言えるかも知れませんね。
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971219 …

>持参金の支払い能力がないために娘を修道院に入れたりすることがあったとか。

1517年の宗教改革以前でしたら、領主教皇も居ましたし、修道院も居心地が良かったのではないでしょうか。カトリックの教皇の中にも子供が居た人も居ましたし、貴族出身の金持ちの教皇に見初められたら、貴族に嫁ぐよりいい生活が出来たかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC% …(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
ご紹介くださったサイト、とても面白かったです。

お礼日時:2008/08/12 22:36

書き忘れましたが、婿養子なら、婿が持参金を持ってきますし、婿が妻の両親に自分が十分な資産を持っていることを示すこともよくあることです。

夫が金を払うと、人身売買そのものになってしまいますが、そういうこともありますね。近代の法整備が進むまで、女性にはなんら権利が認められず、家畜同様に家に付属する資産という立場でしたから、金銭や物品による交換はよくあることでした。結納のようなしきたりは、それぞれの地域の慣習によるので、さまざまです。
しかし持参金にお金でお返ししたら、意味ないよね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

詳しいご回答ありがとうございました。
勉強になりました。

お礼日時:2008/08/12 22:34

古今東西、持参金とは、そもそも娘の結婚後の幸せのために親が娘に与えるもので、持参金が多いことで妻としての地位があがり、もし結婚が何らかの理由で解消されるとかしたら持参金も戻されます。

つまり「嫁をいじめるなよ」という意味なんです。親心です。
妻が死んだら、持参金が夫にわたるかどうかは、婚前契約次第です。よほどの富豪になると、妻自身が財産を保持していることもすくなくありませんから、必ずしも夫の総取になると決まってるわけではなくて、事前にどうするか契約・取り決めをするのが普通です。ま、貧しい一般世帯ともなれば、すぐに持参金は使ってしまうので、悩む必要すらないわけですが。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qイギリス貴族の婿について

ヴィクトリア朝の貴族の結婚制度について調べています。
爵位のある家に女の子しか生まれなかった場合、爵位はその家の娘がつぐことができるのでしょうか?
また、婿をとるという制度はありましたか?
仮に婿をとる制度があったと仮定して、それは社会的、宗教的にどのような位置づけだったのでしょう。
どなたかご存知でしたら教えて下さい。よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

> 爵位はその家の娘がつぐことができるのでしょうか?

一部の例外を除き、継承することはできません。

英国の爵位の大多数は、王がLetters Patentという文書を発行する形式で授けられています。この文書には、誰に対して何という爵位を授けるかという文言と一緒に、その爵位が誰に継承されるかの指定(remainder)も記述されています。通常は、"heirs male of his body lawfully begotten"と書かれていて、継承できる要件は、(1)男子相続人であること(heirs male)、(2)最初に爵位をもらった人の直系子孫であること(of his body)、(3)嫡出である、すなわち正式な婚姻をした両親から生まれていること(lawfully begotten)の三つです。

したがって、娘は爵位の継承権を持ちません。

また、remainderでいう男子相続人(heirs male)というのは、本人が男子というだけの意味ではなく、息子の息子の……息子とたどってたどり着ける男子(男系男子)のことなので、娘の息子の出番もありません。

何代も続いてきた貴族の家で娘しか生まれなかった場合、爵位は弟や甥、従兄弟や再従兄弟など、remainderの要件を満たす男系の血族で最も近い男子が継承します。誰もいなければ死亡時に継承者不在によって爵位は消滅します。

例外的に娘やその子孫が継承できる爵位は、(1)古い時代のスコットランドで授けられた爵位や、(2)Letters Patentが定着する以前に授けられたイングランドの男爵位、(3)特別な継承規定(special remainder)が設定されている爵位などに限られます。

> また、婿をとるという制度はありましたか?

娘の夫が爵位を継承するしくみという意味でしたら、前述の通りなので存在しません。

また、例外的に娘が継承できる爵位の場合でも、ヴィクトリア朝期に夫が妻の爵位を名乗ることはありません。妻が公爵位を継承しても、夫が平民ならただのMrのままです。中世にはjure uxorisといって妻の称号(の男性形)を名乗り、妻に代わって領地を管理する制度があったのですが、近世以降の英国の爵位は土地とのつながりが切れた単なる称号なためか、この種のしくみはなくなっています。

> 爵位はその家の娘がつぐことができるのでしょうか?

一部の例外を除き、継承することはできません。

英国の爵位の大多数は、王がLetters Patentという文書を発行する形式で授けられています。この文書には、誰に対して何という爵位を授けるかという文言と一緒に、その爵位が誰に継承されるかの指定(remainder)も記述されています。通常は、"heirs male of his body lawfully begotten"と書かれていて、継承できる要件は、(1)男子相続人であること(heirs male)、(2)最初に爵位をもらった人の直系子孫であること...続きを読む

Q貴族の男女関係

中世ヨーロッパでの貴族の男女関係について教えてください。

昔は、家柄や爵位等で貴族同士の結婚が行われたと思うのですが、やはりキリスト教の教えにより、ヨーロッパでは女性に処女を求めていたと思います。
ですが、やはり貴族の独身男性が結婚するまで女性と関係を持たないことは無理だと思うので、独身貴族はどうしていたのでしょうか?
そういうお店にももちろん行ったと思うのですが、その他は、貴族の娘ではない庶民の娘に手を出していたのでしょうか?
また、貴族の娘はやはり処女ではなければいけないのでしょうか?結婚して、実は処女ではなかったということはなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

>やはりキリスト教の教えにより、ヨーロッパでは女性に処女を求めていたと思います。
初耳ですが、その根拠は何なのでしょうか?
中世ヨーロッパ貴族間の結婚で、処女が求められた事を聞いたことがありません。
むしろ、家柄や状況が重要だったはずです。

>やはり貴族の独身男性が結婚するまで女性と関係を持たないことは無理だと思うので、独身貴族はどうしていたのでしょうか?
下女などに手をつけていました。

>そういうお店にももちろん行ったと思うのですが
ありえません。

>貴族の娘はやはり処女ではなければいけないのでしょうか?
そういった事が求められたと聞いたことがありません。

>結婚して、実は処女ではなかったということはなかったのでしょうか?
夫を亡くした人との結婚は、当たり前に行われていました。
イギリスのヘンリー2世の妻エレアノールは、ヘンリー2世と結婚する前に、女の子2人の子持ちでした。
当時は、政略結婚であるため、相手に子供がいようが、関係ありませんでした。

Q中世ヨーロッパの貴族の生活や庶民の暮らしについて

最近中世ヨーロッパに興味を持ち始めた者です。
いくつかわからないことがあるのですが、
・貴族は普段どのような仕事をしていたのでしょうか?
・庶民や商人などは貴族の地位にはなれなかったのでしょうか?
・貴族は再婚や離婚はできたのでしょうか?

・中世ヨーロッパの庶民の暮らしや、
 建築・裁縫(当時の原料が載っていると嬉しいです)が
 書かれているホームページや本がありましたら教えてください。
・もっと勉強したいので、お勧めのホームページや本も教えていただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>「ノートルダムの背むし男」は「ノートルダムの鐘」でしょうか?

「ノートルダムの背むし男」はアンソニー・クイーン、ジーナ・ロロブリッジ主演の50年以上前のハリウッド映画です。
ディズニーの漫画映画のタイトルは「ノートルダムの鐘」です。

その他にも「ロビンフッド」や「ジャンヌダルク」『The Name of the Rose』の映画も中世ヨーロッパが舞台です。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Name_of_the_Rose_%28film%29

また、ヨーロッパの中世が終わる1517年にはルターの宗教改革がはじまった年でそれから、グーテンベルクの印刷技術により聖書がドイツ語で出版されるなどヨーロッパの歴史上たいへん大きな出来事がありました。
それまでカトリック教会はたいへん多くの献金や巡礼者のもたらすものでたいへん富んでいましたが、ルターの宗教改革により収入はほとんどなくなります。
それまで、カトリック教会は巡礼者を呼ぶために、立派な教会を建て、有名な彫刻家や画家に作品を作らせますが、宗教改革以降、宗教画など
資金不足によりずっと数を減らします。

ドイツでは初夏~秋にかけてあちらこちらの城で中世の生活を体験できる催し物が行なわれます。

参考URL:http://www.ritterturnier.de/

>「ノートルダムの背むし男」は「ノートルダムの鐘」でしょうか?

「ノートルダムの背むし男」はアンソニー・クイーン、ジーナ・ロロブリッジ主演の50年以上前のハリウッド映画です。
ディズニーの漫画映画のタイトルは「ノートルダムの鐘」です。

その他にも「ロビンフッド」や「ジャンヌダルク」『The Name of the Rose』の映画も中世ヨーロッパが舞台です。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Name_of_the_Rose_%28film%29

また、ヨーロッパの中世が終わる1517年にはルターの宗教改革がはじ...続きを読む

Q男爵領、伯爵領の規模って

西欧の貴族の男爵領、伯爵領等について。

男爵領や伯爵領等の貴族の領地の基準は何で決まるのでしょう?

ここまでが男爵領、これ以上が伯爵領、侯爵領というような基準を知っている方がおられたら教えていただきたいのですが。

Aベストアンサー

爵位と領地の広さは関係ありません。
男爵領を持つ領主を男爵と言い、伯爵領を所有する領主が伯爵となります。
そもそも男爵とは、昔からその地を収めていた豪族にあたります。
子爵は、上級領主から派遣された者がその地に根づいた者、伯爵は、国王や上級領主から叙勲された者をいいます。
ですから、昔から広大な所領をもっている土豪は、広大な領土を持つ男爵となります。
12世紀ごろ南フランスのカルカッソンヌ子爵は、カルカッソンヌ・ベジエ・アルビなど広大な領土を支配していました。
それは、フォア伯爵領の2倍にもなり、アンジュー伯爵領やブリターニュ公爵領にひってきする面積になりました。

Q中世ヨーロッパの貴族の娘で

中世ヨーロッパの時代に、身分の低い出自の女性が身分の高い男性の娘を産んだ場合は、その娘は一体どういったところに嫁ぐのが一般的だったのでしょうか? 母の身分の低さが気にされるのか、父の身分が気に掛けられるのか、どちらなのでしょうか? 回答よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

身分の高い男性と低い女性の間に子供が生まれる場合、2つのパターンが考えられます。
(1)正規の結婚をした
(2)結婚はせずに、子供だけが生まれた

(1)の場合、相手が貴族ではなくても商家などの女性ということであれば、比較的あった話でしょうし、その場合は、妻になった女性は肩身の狭い思いをしても、形式的には普通の妻の扱いを受けたと思います。となれば、子供も同じ扱いだったはずです。
ただ、それよりもさらに低い身分、農民や召使などの女性との結婚はかなり難しかったのではないかと思います。おそらく駆け落ちをするとか、男性の権利を制限されたりはく奪されたりして、その子供も当然爵位や財産を相続できなくされた可能性が高いかと思います。また、男性自身が一人っ子だったりした場合は、結婚自体が許されなかったかもしれません。

(2)の場合は、非嫡出子ということになります。
ヨーロッパはキリスト教の影響で一夫一婦ですから、非嫡出子には一切の権利は与えられなかったのではないかと思います。なので父親の元で養育される可能性は低く、母親が子供を連れて男性の元から去るとか、母親の実家や他家に預けられることが多かったのではないかと思います。
仮に男性側が多少権力を握っていて、その親子を手元に置いておけるとしても、所詮非嫡出子ですからまともな縁談は考えられないでしょう。よくて男性より明らかに身分の低い貴族に嫁ぐか、あとは修道院に入れられるかですね。

ちなみに近世まで、身分の高い女性で、結婚できない事情のある人は女子修道院に入れられるケースは多かったようです。

身分の高い男性と低い女性の間に子供が生まれる場合、2つのパターンが考えられます。
(1)正規の結婚をした
(2)結婚はせずに、子供だけが生まれた

(1)の場合、相手が貴族ではなくても商家などの女性ということであれば、比較的あった話でしょうし、その場合は、妻になった女性は肩身の狭い思いをしても、形式的には普通の妻の扱いを受けたと思います。となれば、子供も同じ扱いだったはずです。
ただ、それよりもさらに低い身分、農民や召使などの女性との結婚はかなり難しかったのではないかと思います。おそら...続きを読む

Q中世ヨーロッパで一夫多妻制だった国とは?

よく当ると評判の占い師さんにカウセリングしていただいたところ、
私の前世は、中世ヨーロッパの修道院でシスターをしている女性だったそうです。もともとは一般の女性で(すみません、貴族の出身だったそうです)、年の離れた婚約者がいたらしいのですが、自分のやりたいこと(仕事)を優先して結婚はしなかったそうです。占い師さん曰く、当時の結婚は家と家との結びつきという意味合いが大きく、貴族の間では一夫多妻制の習慣があり、彼には既に何人か奥さんがいた上での婚約だったらしいのです。仕事に生きる!と婚約破棄をしてみたものの、最終的には修道院に入りシスターになったそうです。
さて、前置きが長くなりましたが、中世のヨーロッパ(キリスト教圏)で貴族間の一夫多妻制が許されていた国ってどこですか?またいつ頃の時代(13世紀とか15世紀とか)でしょうか?占いや前世のお話は嫌いな方もいらっしゃると思いますが、そのあたりは触れないでいただけるとうれしいです。

Aベストアンサー

ヨーロッパのキリスト教国では、一夫多妻は許されません。
ただし、愛人のようなものは黙認でした。
フランスあたりでは、ポンパドール夫人のように、国王の愛人となり、国政に重要な影響力を持つ者もおり、国王や貴族の愛人は、庶民などの夢でもあった事は事実です。
また、恐妻家のフランツ1世も、妻マリアテレジアに隠した愛人と子供がいた事が知られています。

キリスト教国家でなければ、一夫多妻は可能でしたから、ヨーロッパであれば、15世紀以前のリトワニア、キプチャクハン国、トルコ、またはトルコ支配化のバルカン諸国では、ありえないとは言い切れません。

ただ、修道院に入ったという事は、カトリックの国かイギリスである可能性しか考えられません。
となりますと、15世紀以前のリトワニア(1501年リトワニアはカトリックに改宗しポーランドと合同国家となる)か、ハンガリー(1547年トルコがハンガリーの大半を占領)かと思われます。
(正教会では、女性の修道士はみられない)

Q中世・近世ヨーロッパのデート

中世ヨーロッパ的世界を舞台にしたファンタジー作品などで街を男女がデートするといったシーンが散見されますが、実際の中世・近世ヨーロッパでは街中は生ごみや人糞が散乱し腐乱死体がごろごろ転がっていたと聞きます。そんな中でデートもなにもあったものじゃないと思うのですが、当時の貴族や庶民は一体どのような所でどんなデートをしていたのでしょうか。
調べてもそういった資料は少なく困っております。
くだらない質問かもしれませんが、何卒宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

私が読んだのは小説なので(史実を元にしているし時代考証も行っていると思いますが、フィクション)そのまま信用するわけには行かないと思いますが、No.2さんのお答えの中にある、「庭園で逢引」は出てきましたよ。

イングランドの話ですが、王様が滞在する宮殿は敷地が広く、貴族たちの滞在する館がいくつも建っていて、庭は広いしテニスコートはあるし、抜け道・小道が数多あり、全てを知り尽くしている廷臣はいない、ぐらいの書き方でした。

No.1の方がおっしゃっている馬で遠乗りなのですが、貴族の娘は自由に行動することが出来ず、外出時には従者が必ず付きました。
遠出はもちろん、街を歩くときも。
なので恋人と勝手に逢引するのは難しかったでしょう。
(小説的には、その従者とデキてた話が出てきましたが・・・・)

フランスのほうがイングランドよりも宮廷的恋愛が盛んだったらしい。
ドイツ方面、スペインは厳格そうに描写されていましたが、実際にはどうだったのか・・・・
衣装については、国ごとに派手さ度合い・慎ましさ度合いが違ったようです。

女性の場合、結婚すると恋愛ゲームの仲間入り資格ができました。
結婚するまでは処女でないといけなかったんですね。
処女でなかった人もいるみたいですけど。
厳格な時代そうでいて、街には買春宿がちゃんとありまして、男子はそういうところに行く者もあったらしい。
男のほうが自由だったんですね。
しかし、恋愛結婚しづらく、決められた相手と縁組しなければならなかったのは男も同じです。

庶民の話はちょっとわかりませんが、「一緒にお散歩して何かを見物して、お茶して」みたいなのでなくて、やっぱり「親の目を盗んで密会」だったのだろうと思います。
田舎だと納屋とか畑とか(^^;

私が読んだのは小説なので(史実を元にしているし時代考証も行っていると思いますが、フィクション)そのまま信用するわけには行かないと思いますが、No.2さんのお答えの中にある、「庭園で逢引」は出てきましたよ。

イングランドの話ですが、王様が滞在する宮殿は敷地が広く、貴族たちの滞在する館がいくつも建っていて、庭は広いしテニスコートはあるし、抜け道・小道が数多あり、全てを知り尽くしている廷臣はいない、ぐらいの書き方でした。

No.1の方がおっしゃっている馬で遠乗りなのですが、貴族の娘...続きを読む

Q中世ヨーロッパにおける靴の素材

中世ヨーロッパにおける靴の素材

中世ヨーロッパの職業を調べているうち、
靴屋の数の多さに疑問を覚えました。
パン屋、仕立て屋などはわかるのですが、
靴を履きつぶすことも少ない現代人の感覚だと少し不思議だなと。
しかし、当時の人たちは現代人よりはるかによく歩き、
現代のように優れた靴もないので消耗品なのだろうと考えました。
間違っていたらご指摘ください。

さて、本題です。
中世ヨーロッパにおいて靴の素材は皮が主だったとされていますが、
実際はなんの皮だったのでしょう?
いわゆる毛皮は高級だろうし、牛は個体数が少なかっただろうし。
庶民が容易に手に入れられるものとなると、羊や山羊や豚あたりでしょうか?
豚の皮は日常的に使われていたのでしょうか?
日本ではなじみがないので判断できないのですが、
もし中世期から使われていたのなら
現代でもけっこうポピュラーだったりするのでしょうか?
ご存知の方がおられたらご教授くださいませ。

Aベストアンサー

神聖ローマ時代、ツンフやギルドが発達して、靴屋や皮のなめしやなどがツンフとしてヨーロッパでは発達したのだと思います。(なめしの文化はメソポタミア文化からあったはずです。)

皮ですが、豚や牛、いのしし、熊、狼、馬、鹿、羊、ヤギ、いたち、かわうそ、ミンク、ウサギ等考えられます。 
家畜でしたら、ツンフの肉屋、農家→皮の加工→靴加工という工程だったと思います。
普通、狩は貴族だけが出来ることで、農民は畑を荒らす小動物の退治程度に許されたことだったと思います。ただ、16世紀の農民戦争が激しくなる前までは、川や湖などで魚を釣るにも庶民には税金がかけられた時代背景ですので、小動物を狩っても税金を支払わなくてはいけなかったかもしれません。 

皮の加工について言えば、皮のなめしは馬の鞍や乗馬のためのブーツ、手袋にも必須でした。また、鍛冶屋などは、皮のエプロンや手袋が必要でした。 羊の皮はやわらかすぎますので靴には使えないと思います。

靴のほとんどは貴族と一部の市民の物で、下級兵士はローマ人のサンダル、修道士も皮製の簡単なサンダル、下級市民はオランダの木靴の様な物か、木のサンダルまたは麻布製またははだしだったろうと思われます。

ほとんどの農家が豚を家畜として飼っていて、クリスマス前になるとハムやソーセージなどに加工し、皮はなめし業者に回していたのだと思います。 豚は100%捨てるところが無く、血はソーセージ、油脂は皮を磨くのに適しています。現代では、豚の皮はゼラチンに加工されることが多いのではないでしょうか。

http://www.mittelalter.net/0200_gewandung_schuhwerk.html?gclid=CPW7jeDksqECFQUgZwodsVxN-w
http://de.wikipedia.org/w/index.php?title=Datei:Schnabelschuhe.jpg&filetimestamp=20041116074128
http://de.wikipedia.org/w/index.php?title=Datei:B%C3%A4renklauen_WK1890.jpg&filetimestamp=20041222173016
http://de.wikipedia.org/w/index.php?title=Datei:Jan_van_Eyck_004.jpg&filetimestamp=20050519102812
http://www.pitopia.de/scripts/pictures/detail.php?pid=4828&view=1

YouTubeで下を検索すると、4:30から若いお母さんがルターに「私も免罪符を買いました」…。の会話の後ろで市民が歩いているその足元をご覧ください。その場面は、1517年10月31日直前の話で、(10月下旬、ドイツでは晩秋で、そろそろ冬のコートが要る時期)です。
4 - MARTIN LUTHER - { GERMAN } - 4 / 11

質問外の話ですが、北海道やチリには鮭の靴と言うのがあるのをご存知ですか。普通の皮より6倍強いそうです。
http://www.welcome.city.sapporo.jp/pirka/cepkeri/index.html

神聖ローマ時代、ツンフやギルドが発達して、靴屋や皮のなめしやなどがツンフとしてヨーロッパでは発達したのだと思います。(なめしの文化はメソポタミア文化からあったはずです。)

皮ですが、豚や牛、いのしし、熊、狼、馬、鹿、羊、ヤギ、いたち、かわうそ、ミンク、ウサギ等考えられます。 
家畜でしたら、ツンフの肉屋、農家→皮の加工→靴加工という工程だったと思います。
普通、狩は貴族だけが出来ることで、農民は畑を荒らす小動物の退治程度に許されたことだったと思います。ただ、16世紀の農民...続きを読む

Q貴族や騎士・兵士は何人ぐらいが妥当でしょうか?

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件で、本当におおまかな数(“少なくとも○人は居て、○人以上だと多い”程度)で良いので妥当な数をお考え頂けないでしょうか。
ちなみに騎士はほぼ騎兵で、歩兵は傭兵を雇うのが一般的ということでお願いします。
■A国
絶対王政
国土面積:約2100万平方キロメートル(現在のロシアと中国の間くらいです)
人口:約5000万人
爵位:公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、士爵
10以上の国を併呑し、統一して誕生した大国。
貴族は文官と武官に別れ、文官は領地を持たず武官は領地を持っている。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる一代限りの爵位。
軍は国の軍(王の常備軍?)のみ。ただ、全員が王都にいるわけではなく、王族を守る近衛兵と、王都を守る兵、国境を守っている兵(全て騎士)に別れる。王都と国境以外の街は、領主が雇った警備兵(庶民)が常駐する。稀に警備兵から騎士に取り立てられる者がいる。戦時中のみ傭兵を雇う。
海洋貿易が盛んで、海軍がある。海軍は貿易航路と海岸沿いを守っている。
同程度の規模の敵国と国境(山と川)を接していて、現在は冷戦中。

■B国
絶対王政
国土面積:約100万平方キロメートル(現在のエジプトくらい)
人口:約255万人
爵位:公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵、名誉士爵
軍事的に強い国ではない。隣国の二国(東西の国)と三国軍事同盟を結んでいる。
あまり裕福ではなく、極端に貧乏でもない。海が無い。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる爵位。世襲制。名誉士爵は伯爵以上の位を持つ者が、何かしら国に貢献した者に与えられる一代限りの位。免税と、街に入る際の優先権が与えられる。
軍の形は海軍が無いこと以外はA国と同じ。
同盟のため東西の守りは薄く、南の国境を重点的に固めている。北は砂漠で、国が無い。

以上です。
そもそも上記の条件の時点で無理があるという場合は、そちらもご指摘いただけたらと思います。


それとタイトル外のことなのですが、上記の設定で色々考えた結果、全世界の人口が二億人ちょっと程度になってしまいました。
ちょっと人口が少なすぎるかなと思うのですが、いかがでしょうか……。もしわかるなら、合わせて答えていただけると嬉しいです。

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件...続きを読む

Aベストアンサー

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊は約35万人。
ロシア・・・・人口約1700万人。軍隊は約22万人。
プロイセン・人口約200万人。 軍隊は約3万9千人。
スペイン・・・人口約600万人。 軍隊は約3万人。

○なおヨーロッパの人口は1600年(16世紀)でも約1億人程度だったそうです。
ちなみにその頃のヨーロッパの人口の約四分の一は、ハプスブルク家の領地に住んでいたと推定されています。

○軍隊における兵士の数は、当然、その国のおかれた周辺の状況にもよってくるでしょう。
戦争状態にあったり、敵対国家が隣接していれば大きな軍が必要になりますし、周辺全てが友好国ならば、軍の大きさも抑え目になる場合もあるでしょう。
前述した1700年頃の人口と軍隊規模からは、人口の約0.5%~約2%程度が兵士であった事がわかります。
ただし、これも絶対というわけではなく色々なケースがあります。
特に傭兵を雇う場合、資金があればかなりの軍を維持できます。
16世紀、「北方の獅子」と呼ばれたスウェーデンのグスタフ2世王は、ドイツに進攻し軍事的成功をおさめ、15万人の軍隊を率いています。
しかし、そもそもこの頃のスウェーデンの人口は約100万人程度しかなく、15万人もの兵士のうちスウェーデン人はその約2割の3万人程度でしかなく、他は現地のドイツ人やイギリス人などの傭兵だったそうです。
ただ、傭兵を雇えばお金がかかります。
グスタフ2世王は現地ドイツの味方の貴族や都市から寄付金を募り、味方でないところの都市や、貴族からは、攻めない略奪しないと約束して、安全保障費を払わせ、軍を維持する資金を得ていたそうです。
ただし、傭兵を雇用し資金繰りに苦しみ失敗した例もあり、それがハプスブルク家です。
前述した16世紀におけるハプスブルク家の領地の人口は約2500万人ですが、この頃、ハプスブルク家の軍は、傭兵を主体に30万人を超えました。戦争も多く戦費も嵩みます。その結果、国の財政は殆ど破綻しています。

■そういうわけで、知恵を絞り、歴史に学び、工夫すれば、かなりの軍を作品内で動員する事が可能になるかと思います。
良い作品ができますようお祈りいたしております。

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊...続きを読む


人気Q&Aランキング