中高生でもわかりやすく楽しい江戸時代初期の本はないでしょうか。
特に徳川家康について面白く読めるような本を探しています。
自分でも探してみたりしたのですが、徳川家康について書いてある本は多いのですが
どれがいいのか良くわかりません。
漫画ではなく単行本で、お勧めの本があったら教えてください。

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A 回答 (1件)

北斗の拳で有名な武論尊の「花のケイジ(漢字を忘れました)」


という本は江戸だったと思います。
単行本がありますから見て下さい。
でもこれは漫画です。

一番お薦めなのは図書館で情報検索をする事です。
必ず求めている本がありますから。
回答じゃなくてすみません。
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Q元号は現在、天皇陛下が代わられると元号を変える事ですが、江戸時代やそれ以前の時代では、どのタイミング

元号は現在、天皇陛下が代わられると元号を変える事ですが、江戸時代やそれ以前の時代では、どのタイミングで変わっていたのでしょうかか?

Aベストアンサー

今のように、天皇の代替わりのときにだけ元号を変える制度になったのは、明治からです。その結果、天皇と年号が1対1に対応するようになりました(ということと関係があると思いますが、明治以降の天皇は、明治天皇のように年号で呼ばれています)。
それ以前は、めでたい事があった、天変地異、疫病がはやったとか、いろいろの理由で年号を変えていました。

Q徳川家康の遺訓

徳川家康の遺訓のひとつに「不自由を常と思えば不足なし、心に望み起らば困窮したるときを思い出すべし」とあります。
前半の「不自由を常と思えば不足なし」というのはわかるのですが、後半の「心に望み起らば困窮したるときを思い出すべし」というところがいまいち理解できません。
どう解釈すればよいのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「心に望み起らば」→心に何か欲しいもの、やりたいことができたら

「困窮したるときを思い出すべし」→昔の「困ったとき」つまり、欲しいものが手に入らなかった、やりたいことができなかったときのことを思い出すのが良い

そうすれば、「あのとき我慢できたのだから今回も我慢できるな」と考えることができるでしょう、ということを言いたいのだと思います。

Q江戸時代の人は元号を言えたか

 
 以前どこかで前世療法というものの動画を見た際、前世にもどったひとに「年号は何年ですか」と質問すると、「安永○年」とか「天明○年」と、“前世”の人が答えていました。

 最近思い返してふと疑問に思ったのですが、江戸時代の人はその時々の元号を知っていたのですか?
 知っていたとすると、元号が変わったときはどのようにしてその情報が伝わったのでしょう?

 ちょっと不思議に思いました。
 ざっくりしていますがお答えいただければ幸いです。

Aベストアンサー

>江戸時代の人は元号を言えたか?
その人がどの階層(身分)に属して居たかで大きく変わりますが…99.99%の江戸時代の日本人は元号はおろか、何月と言う概念すらありませんでした。従って基本的には「江戸時代の人は元号を言え無かった」と言う答えでOKなはず。従ってその「前世に戻った人」はどこか遠い星の "EieDoo(我々に理解出来る言葉で発音すると「エド」と聞こえる)" と言う時代から来た異星人かと思われます。

P.S.
日本では明治5年の改暦詔書までは、一部の学者や政府高官以外には元号はおろか、何月何日と言う概念すらありませんでした。そもそも日本では中国由来の暦が数百年に渡って使われており。年号では無く「今年は甲子(きのえね)の年」と言った風に考えていました。いわゆる「干支暦」と呼ばれる暦です。

>Wikipediaによる解説:干支 - http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B2%E6%94%AF

江戸時代以前と明治以降の現代文明社会とでは時間の流れ方が全く違います。江戸時代では手紙を送って、その返事が来るのを1ヶ月以上も待って、それからまた返事を送って相互確認を取り、それで互いに了解して~と言った風に物事が運ぶ時間感覚です。厳密に何月何日の何時までに返信を!~みたいな感覚は一切ありません。また個人で時計を所有してる人も居ません。1日は朝昼晩で良かったし、1週間と言う区分も明治以降に西洋文明と共に入ってきた制度です。

江戸時代は主に住んでる地域の神社仏閣で月に行われる「お祭りの日付」を基準に月日を勘定するのが一般的な習慣でした。例えば今ならデートの約束を「明日、2月3日の15時に駅前で」みたいに行います。江戸時代なら「お稲荷さんの次のお祭りの前の日に六角地蔵の前で」みたいになります。現代人みたいに正確に何時何分と言う概念自体がありません。早く来過ぎたり、或いはのんびり出掛けて相手を何時間も待たせて、特に怒ったりはしません。だってそう言うものだからです(なので待ちぼうけやすれ違いも当たり前でした)。

>江戸時代の人は元号を言えたか?
その人がどの階層(身分)に属して居たかで大きく変わりますが…99.99%の江戸時代の日本人は元号はおろか、何月と言う概念すらありませんでした。従って基本的には「江戸時代の人は元号を言え無かった」と言う答えでOKなはず。従ってその「前世に戻った人」はどこか遠い星の "EieDoo(我々に理解出来る言葉で発音すると「エド」と聞こえる)" と言う時代から来た異星人かと思われます。

P.S.
日本では明治5年の改暦詔書までは、一部の学者や政府高官以外には元号はおろか、何月...続きを読む

Q上司に、よく言われます。 すぐにWebで調べないで本を読めって言われるのですが、本だと時

上司に、よく言われます。






すぐにWebで調べないで本を読めって言われるのですが、本だと時間がかかる上動かなくてはいけないという事もあります。
なにより、その本を探さなくてはいないため、検索すればいろいろなパターンが出てくるし、ブックマークでいつでも見ることができる、コピーやスクリーンショットで保存しておけるという点からみても、Webの方が何十倍もメリットがあると思います。

皆様のご意見をお聞かせください。

Aベストアンサー

「ネットが無ければ何もできない人」「本が無ければ何もできない人」・・・全く同じことではないでしょうか。問題の答えを知りたい場合に本を見ることはまさしく「答えだけを見るようなもの」です。本もネットも同じ「他人の用意してくれた情報」です。「読んだ人」が考え導き出したことなんかでは決してありません。
「考える」ということは「本を読めばいい」というようなそんな簡単なことではありません。もし「考える力を」等と言うのなら、本なんかに頼らず自分でゼロから調査・研究・考察して導き出すべきですが、「ネットではなく本を読んで考える力を」等と主張している人達にそんな大変で大層なことをしている人はただの1人もいないでしょうね。まぁ自分では出来ないから「本に頼る」訳ですが。

ある経験から「自分で考える力」を養えるかどうかは、その人次第であって、「情報の見つけ方」は関係ありません。
情報は「どう生かすか」であって、「どう見つけるか」かは決定打ではありません。道端の一本の草花を見てそれをきっかけに大きなことを成し遂げる人もいれば、そこから何も感じず考えず終わる人もいます。その「草花」を見つけるまでのプロセスが重要な訳ではありません。そのプロセス(経験)が「どう生かされる」も結局その本人次第で、「草花」と同じです。
要するに本やネットやテレビや口コミといった「ツール」は所詮誰もが使える「ツール」です。そのツールの及ぼす最低限の影響から一歩抜け出たところに初めて、人間の真の「知」があるのでは。

自分は「本を読まないと自分で考える力を失ってしまい、ネット環境が無ければ何もできない人になってしまう」等と言ってしまう人はそれこそ、考える力が何も無い人だと見なします。

あるNHKの教養番組で、ネットの「人類の知性」への悪影響を語る大学教授の説に触れられた際、立花隆が「スマホの向こうに何があるかが大事な問題。ネットを通してほとんど人類が持っている知識がある」という風に全否定して番組が進まなくなったといいますが、冷静な(言い方が冷静なのではなく、観点がフェアであるという意味です)「知識人・文化人」らしいもっともな判断だと思います。
参考:http://news.livedoor.com/article/detail/9571202/
立花さんの「ある本、ある文章を通してその人の脳を刺激する仕方ってものすごく違うわけですよ」は、自分が前に言った「草花」の例えと同じことだと自分は解釈します。

最も重要なことは、「ブックマークやコピーやスクリーンショットを使うこと」でもましてや「図書館に行って何百万冊もの本に埋もれてページをめくること」でもありません。
「知」に真っ直ぐ向き合っている創造性のある人は、そんなことに優劣を付けるなんて発想も無いと思います。それらは単なる「ツール(=使う者次第)」だってよくわかってますから。

「ネットが無ければ何もできない人」「本が無ければ何もできない人」・・・全く同じことではないでしょうか。問題の答えを知りたい場合に本を見ることはまさしく「答えだけを見るようなもの」です。本もネットも同じ「他人の用意してくれた情報」です。「読んだ人」が考え導き出したことなんかでは決してありません。
「考える」ということは「本を読めばいい」というようなそんな簡単なことではありません。もし「考える力を」等と言うのなら、本なんかに頼らず自分でゼロから調査・研究・考察して導き出すべきで...続きを読む

Q江戸時代の元号の文字 画像あり

添付は、私の先祖(たぶん江戸時代の後期)が、将来の子孫のために、その子孫が亡くなった際の戒名を付けるルールを予め寺と定めたものです。大金を支払い、戒名の文字数の確保や、戒名の下二文字のルールを決めたそうです。

その寺からの許容書の実際の画像です。
左には、元号が見えます。十二月の前は 何と云う元号でしょうか

八良衛門 は 私の先祖の名前です

また、他の文字も読めれば 教えてください

Aベストアンサー

rodste さん、こんばんわ。

たぶん、慶応二寅の年と書かれていると思います。

後半の部分ですが、「永世に○○○居士、大姉を許容せしむものなり。」でしょうか?

Q織田信長と豊臣秀吉の悪い点と徳川家康の良い点を教えてください!!

織田信長と豊臣秀吉の悪い点と徳川家康の良い点を教えてください!!

Aベストアンサー

信長の悪いところは過激過ぎたこと、と
部下の心根を理解しようとしなかったこと
です。
だから、暗殺されたのです。

秀吉は、せっかく手にした天下を長続き
させられなかったことです。
そういう体制を創れなかったこと。

家康は、忍耐強いこと、いざというときには
命がけになれることが、良い点です。

関ヶ原では、秀頼はとうとう戦場に来ません
でしたが、家康は身体を張って戦場に乗り込んで
殺されそうになっています。

Q江戸時代の大名家、官位・伺候席などの一覧

江戸時代の大名家の官位や伺候席、石高等が一覧できるサイトを以前見た事がありました

詳しく見られるサイトをご存知の方、お教えください

Aベストアンサー

参考URLの江戸三百藩HTML便覧のことではないでしょうか。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~me4k-skri/han/hantop.html

Q徳川治済、徳川斎昭について

どなたか、徳川治済、徳川斎昭の読み方を教えて頂けませんでしょうか?
徳川…。なんと読むのでしょうか?教えて下さい。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

徳川治済・・・とくがわ はるさだ。吉宗の孫
徳川斎昭・・・斎は齊ではないですか。その場合は とくがわ なりあき。慶喜の父。
  大日本人名辞書より。

Q【江戸時代?の京都の名所を3巻に纏めた書物の名前と観光名所一覧が見られるサイトを教えてください】お盆

【江戸時代?の京都の名所を3巻に纏めた書物の名前と観光名所一覧が見られるサイトを教えてください】お盆に順番に回って行きたいです。

1番最初は京都御所で、2番目が確か兄が弟を殺して、恨みや祟りで平城京を平安京に都を移す際に最初に建てて弟の祟りから逃れたとされるお寺です。3番目はどこか忘れましたが京都の名所が3巻に纏められていた気がします。

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都名所図会(みやこめいしょずえ)

Q私は大きくなって今でも数字の桁がすぐに読めません、例えば458465を読めって言われてもすぐに読めま

私は大きくなって今でも数字の桁がすぐに読めません、例えば458465を読めって言われてもすぐに読めません。親はすぐに読めないのはおかしいって言われます。やはり私がおかしいんですよね

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日本の数え方では4桁で単位が変わる事を理解すれば、何て事ない。万、億、兆‥


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