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伊勢物語の六十三段で、老婆が在原業平に恋をするお話がありますが、その段の和歌で

百年に一年たらぬつくも髪我を恋ふらし面影に見ゆ
(現代語訳:百歳に一歳たりないほどの白髪の老女が私を恋しているらしい。その姿がありありと目に浮かぶ)

とありますが、どの日本語訳を見てもこの歌は四句切れになってます。
という事は、「恋ふらし」の助動詞「らし」は終止形ということになりますよね。
ですが、「らし」は、終止形も連体形も已然形も全て活用が「らし」の形なので、この歌中の「らし」が終止形であるという判別をつけることができません。
どのようにすれば、「らし」の終止形と連体形と已然形の区別がつけられるのでしょうか?

A 回答 (2件)

>伊勢物語の六十三段で、老婆が在原業平に恋をするお話がありますが、その段の和歌で



百年に一年たらぬつくも髪我を恋ふらし面影に見ゆ
(現代語訳:百歳に一歳たりないほどの白髪の老女が私を恋しているらしい。その姿がありありと目に浮かぶ)

とありますが、どの日本語訳を見てもこの歌は四句切れになってます。
という事は、「恋ふらし」の助動詞「らし」は終止形ということになりますよね。
ですが、「らし」は、終止形も連体形も已然形も全て活用が「らし」の形なので、この歌中の「らし」が終止形であるという判別をつけることができません。
どのようにすれば、「らし」の終止形と連体形と已然形の区別がつけられるのでしょうか?

*まず、「らし」は奈良時代の和歌を中心に使われ、「伊勢物語」の時点では、古語と扱われていたようです。また、和歌で「らし」を用いた場合、句切れになることが多いことが知られています。そのため、この和歌でも、途中に係り結びを作る係助詞がないため、4句末の「らし」で区切れ、「らし」は区切れですから終止形になります。
となると、終止形と連体形と已然形の区別ですが、途中に係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」があれば連体形。「こそ」があれば已然形。それ以外は終止形という係り結びの説明になります。
蛇足ですが、「らし」はご存知のように、「目の前の客観的事実、確実な根拠を基にして、未知の事柄を確信を持って推定する。」のが本来です。そして、文中に推定の根拠の客観的事実が示されているのが普通です。そのため、この和歌の構成は、

百年に一年たらぬつくも髪我を恋ふ=主観的な判断(推定)
らし
面影に見ゆ=客観的な事実(根拠)

となります。
つまり、「らし」までが主観的な推定であり、「面影」以下が根拠ですので、構成上も四句切れになります。

以上、参考まで。
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これは、意味から類推するしかないですね。



「我を恋い焦がれている面影」が見えるとするのか
「あの時の面影が見える」という解釈をするかの違いです。

あなたの挙げた現代語訳にあるように、「あの時の白髪頭がいまも思い出せるよ」という解釈をすると、四区切れとなるでしょう。

なお「連体形」である解釈は可能ですが、「已然形」となる可能性は皆無です。
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