プロが教えるわが家の防犯対策術!

ナポレオンは、フランス人でしょうか、イタリア人でしょうか。

「コルシカの生まれだから、どっちとも言える」と思っていたんですが、最近、ナポレオンの伝記を読んだところ、「フランス人から見ると、異邦人」「イタリア人」で通っているようなんですが。
母国語もイタリア語、名前も「イタリア式からフランス式に変更した」と書いてあります。

フランスの英雄がイタリア人では、ヘンな感じがしますが?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (6件)

国籍という点なら、簡単です。

ナポレオンには完全なフランス国籍があります。兄のジョセフは微妙な年数なんですが、それが問題になったことはほとんどありませんね。というのも、当時はあまり国籍による規制があまりなかったからです。またイタリアなる国家は存在しませんでした。フランスはブルボン王朝のころから、覇権国家としてならしてましたし、共和制移行後は国際国家として、来るものを拒まず、去るものは追わずというのが基本的な方針だったといえます。ちょうど、今のアメリカがさまざまな出身者の集まりであるように、フランスもまたさまざまな出自のひとが集まった国家で、彼らはフランス語を話すフランス人として、いわゆる人種のルツボとなっていたのです。ま、アメリカがそうであるように、ルツボは完全な同化ではなく、雑多な混在状態が現実なんですが。
またナポレオンの父親カルロは、ちょっと書類をごまかして、フランス王に自分の家系を貴族として承認を得ました。コルシカには実際には貴族制がなかったのですが、王による承認があったということで経緯がどうあれ、公式なものとなり、ボナパルト一家はフランス王に仕えるコルシカの貴族という明確な立場を得て、ナポレオンが士官学校への公費入学ができたのもこのためです。
ボナパルト家は、もともとはフィレンツェとサルツァーナの血統貴族が出自で、これは要するに中部イタリア出身ということなんですが、彼のクランもトスカーナ言語を主に話していました。その一族がジェノバの傭兵隊長となって、ジェノバ領コルシカに来たのがコルシカのボナパルト家の始まりで、ナポレオンの母方のラモリーノ家の方が、コルシカに根ざした古い家ですが、古くさかのぼるとナポリなどの南部イタリア系の家が混ざっています。ま、コルシカというところは、外部からやってきた人々が順々に沿岸に住み着いて土着化したところで、中心部にしか原住民がいませんし、多産で家同士の結びつきは複雑で、もちろん混血が進んだんで、もうどれがナニ人だなんていうばかげたことを言ってられないわけです。クラン支配が島全体をおおって分断された社会だったので、コルシカは島としての団結に欠き、コルシカ人なるものの意識が島民に薄かったことも特徴的です。(コルシカ人である前に、所属クランへの忠誠がものをいった)
またついですが、コルシカ島では島の一部ではトスカーナ語が話し言葉で、書き言葉はラテン語というところがあり、それでナポレオンもイタリア語で話していたわけですが、ナポレオンは学校にコルシカ貴族として入学したので、イタリア語表記で名前を書くように学校で指導されていたわけです。しかし厳密にいうとコルシカ表記はイタリア語(トスカーナ)の表記法とは違うため、関係ないといえば関係ないのですが、ナポレオン自身が若い頃はコルシカ独立を夢見ていたので、この表記法で名前も書いていたわけです。しかし革命後にパオリ派と対立して島を追われたので、それを機にコルシカに戻らない覚悟で、フランス人として再出発したというわけで、別にイタリア人だったというわけではなくて、(いまだに存在しない)コルシカ人として自尊心だったというわけです。

ちなみにですが、ナポレオンは同時に、イタリア王でもありました。
実際に統一国家にはしませんでしたが、イタリアの統一が可能であることを身をもって示した最初の人物がナポレオンであって、サルディニア島以外のすべての領土はナポレオンの支配化にあり、衛星国家にで分割されていました。だから英雄の定義はおいておいくとしても、フランスだけでなく、イタリアの英雄であるともいえます。簡単にいって、両国(というか両地方)の国家元首、諸国民の王でしたから。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

ナポレオンは、自分が貴族だということを、誇りにしていたようです。

たいへんよくわかりました。

お礼日時:2008/08/27 13:26

>フランスの英雄がイタリア人では、ヘンな感じがしますが?



ヨーロッパではよくあることです。

ドイツ第三帝国の皇帝、アドルフ・ヒトラーは、ドイツ人ではなくオーストリア人です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

そうだったんですか。

お礼日時:2008/08/27 13:29

ナポレオンは コルシカ人(びと)



フランス人とかイタリア人とかそういった概念は市民革命を通じて作られたものです。
初っぱなとしてはフランス大革命となります。
フランス大革命を通じてフランス人が作られてきたということです。
前哨戦というか、概念的には百科全書派が18世紀半ば頃に「フランス語」で知識の記述をしたことから始まります。フランス語が分かることがフランス人の条件とも言われているのは、これが背景にあります。
しかし、文字に親しまない一般の人間的には、フランス革命を通じて、非フランス勢力と戦ったという体験が、その人間をフランス人にしていきました。この意味で、ナポレオンは「フランス人を作った」人間でもあります。
ちなみに人種的には(体型などの意味で)、現在の北フランスはアルプス人種、フランス南部やイタリアはアルプス人種と地中海人種の混交とも言われています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB% …
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%AD% …
    • good
    • 2
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

島国の日本では、考えられないですね。

お礼日時:2008/08/27 13:28

フランス語版Wikiを参照しました。


1768年にコルシカ島はベルサイユ条約によりフランスに割譲、従って、1769年、フランス領になったコルシカ島で生まれたナポレオンはフランス国民です。イタリア人の血を引いているのでしばしば「イタリア人」と揶揄されることはあったようですが、法的にはフランス人で間違いないと思います。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Napol%C3%A9on_Ier
今のフランスでもイタリア語が母国語のイタリア系フランス人がたくさんいます。フランス国籍を持っていればフランス人です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2008/08/27 13:23

どっちとも言えるからこそ、フランス本土の人から見るとちょっと別モノだったのではないでしょうか。


法的にはフランス人だが、フランス本土の人から見たら文化の違うコルシカ人だったのでは。

出身は問わないと言っても、あの人はどこそこの出身だから、というのはあるんじゃないでしょうか。
未だに一つの国の中でも、地方同士で「あの地方の奴らはああだこうだ」と言っている人々がいます。
(日本もそこまでではないけれど、薩摩藩なのに!とかあったのでは、、、)

そういう近隣の違いに敏感な一方で、親同士の出身地が違って祖父母も他民族の血を引いている「何系何々人」というのも多いし、王家もあちこちと姻戚関係を結んだりして、そこらじゅう親戚みたいな感じでもあります。
また、1つの国でも言語が複数あったり(現代でもある程度そうです)、元々の歴史は別路線を歩んでいたり、あっちに併合されたりこっちに組み入れられたり、というのが多いです。
地中海の島々もそうです。

イタリアと名の付く国家が出来たのは19世紀でしたっけ?
だから現代のような「イタリア人」という意識は、当時は無かったのでは。
フランスの前はジェノヴァが持っていたそうです。
ええと、ナポレオンが1769年生まれ、1768年にジェノヴァからフランスへコルシカ島の統治権が譲渡されたそうなので、フランスとしての歴史が浅かったのですね・・・・。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

日本人にはわかりにくいですね。

お礼日時:2008/08/27 13:22

日本から見たら、結果的にはフランス人だし


フランスからみたら「イタリア系フランス人」。
イタリアからみたら「フランス野郎共の皇帝」でしょう。

現在のフランス大統領も、ハンガリー系移民です。
これに限らず、ヨーロッパの各国の王家は必ずしもその国の出身では
ないことが多々ありました。
ヨーロッパには、日本人には感覚的に理解しづらい考え方が
あるのでしょうね。
「自分が現在、どの社会に属しているか」を明確に言えるのならば
出身は問わない」という考え方が。

北京オリンピックでも欧米各国にケニヤ等アフリカやジャマイカ出身
の選手が多く代表として出ていました。
先のワールドカップでも三都主の代表選手入りには、さほど違和感が
なかったですから、ナポレオンを見るフランス人目線もそれに近かった
のでしょう。

ナポレオンはイタリア遠征の際、現地で略奪を黙認したのは
兵士たちに「俺はイタリア人ではない」事の静かなアピールだったの
かもしれません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに、ロシアの女帝エカチェリーナ2世は、ドイツ人ですし。

何人かこだわるのは、日本的な発想なんでしょうね。

お礼日時:2008/08/27 13:20

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qナポレオンが英雄と呼ばれるのは何故?

ナポレオンが英雄と呼ばれるのは何故?

世界史が好きですし、得意です。しかし、一つわからないことがあります。ナポレオンは英雄、英雄と呼ばれていますが、それは果たして何故ですか?ベートーヴェンも彼が皇帝になったことから失望したというし、ナポレオンがスペイン侵略したためにゴヤが「1808年5月3日」を描いて批判しているし、ウィーン会議だってナポレオンが侵略しまくったから、それを元に戻すために行われた会議だし、ナポレオンは英雄というよりはむしろ、悪者のように世界史的には登場するのに、どうして英雄なんでしょうか?フランス人から見て。ってことですか?でも、それを言ったらヒトラーだってドイツの英雄だったんだし、スターリンだってソ連の英雄だったじゃないですか。でも、ヒトラーやスターリンはただの独裁者としてしか論じられず、だけどナポレオンは英雄、英雄と称えられている。この理由がいまいちわかりません。誰か教えて下さい。

Aベストアンサー

英雄たるゆえんは、
(1)思想的に中立
(2)悲劇的な終わり方をしている
(3)人種差別的大量虐殺してない
(4)軍人として現場で実績を積んできた
だからでしょうね。

(1)は、基本的に領土拡大という観点のみで、たとえば民主主義だ共産主義だなどという今でも論争の的になるような主義主張で戦っていないということ。
(2)は、物語になれるということ。
(3)は、(1)に関連しますが、現代の常識での倫理的な批判をされないということ。
(4)は、ようは分かりやすく軍事的に優れていて英雄の階段を上れたということと。スターリンやヒトラーは、分かりやすい実績というようりも政治的な活動で上り詰めていますので、陰湿さがつきまといます。
軍人のように分かりやすく上り詰めると、英雄になれます。

Qイタリアで日本人は差別されてますか?

先日北イタリアへ行ったのですが、個人旅行であったせいかいろいろ不愉快な思いをしました。
・なにしろ見る目が厳しい。
観光地じゃなかったのでアジア系が目立つのか、それともスカートだったのがいけないのか・・・どこでも怪訝な目でみられました。
町にスカートの人は店員以外では見かけませんでしたが、何か意味があるんでしょうか。パンツスタイルにしたら少し変わりました。
・電車で嫌がられた。
一等車にしたのですが、途中乗って来たカップル(女性)にあからさまに嫌がられ、男性にどうにかしてと頼んでいたようですが結局彼等は次の駅で出て行きました。。。
その他にもカフェで他の客にどかされた等イタリアのイメージが崩れました。何しろ怪訝な目で見られるのが厳しくて・・・。
ミラノのような大きいところではそうでもなかったのですが、もしかしてイタリアって日本人(もしくはアジア系)嫌ってますか?
イタリア語の勉強も始めたのにこれですっかり気が萎えてしまいました。参考に教えていただけると幸いです。

Aベストアンサー

ヨーロッパ人の基準からすると、日本人女性の服装は、売春婦に見えることが多いのです。日本にいる時と同じ感覚で、おしゃれをしていたのではないでしょうか。パンツに変更したのは、正解だと思います。

イタリア人が日本人に差別感情を持っているという話は、聞いたことがありません。遠い国の話ですし、直接的交流は少ないですからね。

わたしも世界各地を旅行して、好奇心の目で見られるのは慣れています。そこらじゅうで、ジャポネとかヒネーゼ(中国人)とかキタイ(契丹人)とか呼ばれますが、気にしません。そこらじゅうの国を回りましたが、「よそ者が何しに来やがった」という悪意の目つきは、ウズベキスタンのフェルガナ地域でしか、出くわしたことがありません。外国人を見たら興味を抱くのは、大都市以外ではどこの国でも一緒です。日本でも、例えば田舎の田んぼのあぜを黒人が歩いていたら、じいさんばあさんがぎょっとした目で見たり、村中の人が集まってきたりするでしょう。小沢一郎の一人区まわりと同じで、村人がワサワサ出てきても、まったく不思議ではないと思います。

イタリア人の差別感情は、主としてアルバニア人に向けられます。イタリアは第2次大戦中の一時期、海を越えた向かいのアルバニアを支配していました。戦後、アルバニアは、ホジャ大統領の下、独自の共産主義閉鎖国家を作り、弊害も多かったものの、結果として、ユーゴスラビアに併合されてぐちゃぐちゃな内戦に巻き込まれることを避けることができました。アルバニアはユーゴスラビアともソ連とも中国とも仲たがいして、鎖国状態にあったのですが、実際には市民はイタリアのテレビを見て、世界情勢を知っていました。ホジャ大統領の死後、共産主義が崩壊し、資本主義の導入も失敗、ねずみ講への投資を国家が推奨するということを資本主義を理解していない国民に推奨したため、ねずみ講の崩壊と共に、政局は混乱、政権が吹っ飛んだのです。この時、多数のアルバニア人がぼろい船でイタリアに渡って不法入国した事情があり、アルバニア人に対する感情は、きわめて悪いものと推定されます。

ヨーロッパ人の基準からすると、日本人女性の服装は、売春婦に見えることが多いのです。日本にいる時と同じ感覚で、おしゃれをしていたのではないでしょうか。パンツに変更したのは、正解だと思います。

イタリア人が日本人に差別感情を持っているという話は、聞いたことがありません。遠い国の話ですし、直接的交流は少ないですからね。

わたしも世界各地を旅行して、好奇心の目で見られるのは慣れています。そこらじゅうで、ジャポネとかヒネーゼ(中国人)とかキタイ(契丹人)とか呼ばれますが、気にしま...続きを読む

Q白人どうしは国籍の違いを分かるの?

愚問で恐縮です。

私たちから見て街を歩いている韓国人や中国人は、服装・髪型、それとか歩き方とか立居振舞で、ある程度は 「多分、あの人は○○人だろう」 と、想像がつきますよね。

勿論、ハッキリと分かる人ばかりじゃなくて、どう見ても中国人だと思ったのに、れっきとした日本人だというケースもありますが、「ある程度」 は想像がつくように思います。

これって、同じ東洋人だから想像がつくわけなんですが、白人となるとまるでお手上げです。

例えばスウェーデン人とデンマーク人、とオランダ人とドイツ人、白人と言えるかどうか分かりませんが、イタリア人とスペイン人とかポルトガル人 ・・ この辺の違いは彼らどうしの間では、顔形や外見などで 「ある程度」 は分かるのでしょうか?

私から見れば、どれも同じに見えます。 

白人以外でも、例えばサウジアラビア人とクエート人、インド人とパキスタン人、もっと難しいのが黒人系です。

モロッコ人とチュニジア人、ガーナ人とギニア人、ケニア人とタンザニア人 ・・・ 「顔形で判断せよ」 と言われたら絶望的になります。

彼ら自身は彼らどうしの間では、「アッ、この人は多分、○○人に違いない」 と分かるものなんでしょうか?

あと、アメリカにいる黒人とアフリカの黒人を、パッと見て区別出来ているのでしょうか?

まさか私たちのように 「何だか、みんな同じ黒人に見えるよ」 とは、なっていないように思います。

愚問で恐縮です。

私たちから見て街を歩いている韓国人や中国人は、服装・髪型、それとか歩き方とか立居振舞で、ある程度は 「多分、あの人は○○人だろう」 と、想像がつきますよね。

勿論、ハッキリと分かる人ばかりじゃなくて、どう見ても中国人だと思ったのに、れっきとした日本人だというケースもありますが、「ある程度」 は想像がつくように思います。

これって、同じ東洋人だから想像がつくわけなんですが、白人となるとまるでお手上げです。

例えばスウェーデン人とデンマーク人、とオランダ人...続きを読む

Aベストアンサー

初めまして。アメリカ人(アイルランド系とイギリス系まじり)の白人と
結婚して18年の主婦です。

アメリカでは白人の場合、外見で国籍というより民族は大体予想出来ます。
北欧系の人の薄い色や長身痩せ型体型、アイルランド系の態度と骨太体型
(爆笑)、イギリス系のほっぺの赤さと低身長、華奢な体型。ドイツ系の
鼻と頬骨、ラテン系の色あい。等等。
肌、髪、目の色と風貌でなんとなく分かります。
勿論、ラストネームで「何処系」ってのは直ぐに分かります。

同じ白人でもアメリカ人か他のヨーロッパ人か?
これは、直ぐに分かります。話さなくても分かります。
立っているだけで分かるんですよ。どうしてか?
う~ん、私達日本人が他のアジア人を見分ける、あの「感覚」と
同じだと思います。

勿論、話しをすればアメリカ人か否かは分かりますし、
同じアメリカ人でも話しをすれば出身地もおおかた分かりますね。
日本人同士でも同じでしょ?

アメリカ人の黒人とアフリカの黒人は、基本的に外見で分かります。
それは「色の濃さ」ではありません。理由はアメリカ人の黒人の
ほぼ100%が白人の血が混じっているのと、同じ黒人同士でも
民族の違う者同士の混血が繰り返された結果だと思います。
純血なアフリカ人とは基本的に外見が違うんです。
何処がどう違うか、、は応えにくいですが。

私はカリフォルニア在住です。土地柄、地元の人はアジア系の人を
見慣れています。で、多くの人が同じアジア系でもちゃんと、
日本、韓国、中国、ベトナム、フィリピン。。等、一目見て
外見で違いが分かりますよ。

私は100%日本人ではなく、少し白人が混じっているので
よく地元のインディアンに間違えられますが。。
まっ、これもご愛嬌です。

少しでも、ご参考になったら幸いです。
失礼致しました。

初めまして。アメリカ人(アイルランド系とイギリス系まじり)の白人と
結婚して18年の主婦です。

アメリカでは白人の場合、外見で国籍というより民族は大体予想出来ます。
北欧系の人の薄い色や長身痩せ型体型、アイルランド系の態度と骨太体型
(爆笑)、イギリス系のほっぺの赤さと低身長、華奢な体型。ドイツ系の
鼻と頬骨、ラテン系の色あい。等等。
肌、髪、目の色と風貌でなんとなく分かります。
勿論、ラストネームで「何処系」ってのは直ぐに分かります。

同じ白人でもアメリカ人か他のヨ...続きを読む

Qラテン系ってどこの国の人のことですか?

よく、明るくて陽気なタイプの人のことをラテン系とかラテン気質とか言いますよね。
私は「ラテン系」ってずっと何となく中南米(ブラジルとか?)とイタリア人のことだと思っていたのですが、
先日ここでフランス人もラテン系に入ることを知り、
ラテン系っていったいどこの国の人を指すのだろうと不思議になりました。
(フランス人はステレオタイプのラテン系というイメージではないので……)

はてなのキーワードでは
『イタリア・スペイン・フランスなどの南欧州の文化や人種を指す。
昔、スペインやポルトガルの植民地だった地域も含めて、ラテン系と称されることが多い。』
とあったのですが、具体的な国名はどこになりますか?

ご存知の方、どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

正確ではないかもしれませんが、ラテン系言語を主に使用している国かな、と個人的に思いました。

ヨーロッパは基本的にゲルマン系、スラブ系、ラテン系の3つの言語で大雑把に分けることができます。(いずれにせよ、もともとはラテン語からの派生だと思いますけど。)
で、その内ラテン系に入るのが、フランス、スペイン、イタリア、ポルトガル、ルーマニアetc・・・になります。

これらの国、特にスペイン、ポルトガルは新大陸(アメリカ)への植民も盛んだったので、言語も含めた文化が、今でも中南米でしっかりと根付いてることから、これらの地域も「ラテン系」と言われているのでしょうね。
(ブラジルはポルトガル語が公用語、またその他の中南米のほとんどの国ではスペイン語が公用語です。)

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む

Q人間の3大欲とはなに?

この質問は このジャンルでふさわしいのかどうかちょっと迷ったのですが・・・。

人間の 3大欲といわれるものがありましたよね。
あれは 食欲と 後はなんでしたでしょう?

また その「人間の3大欲」という言葉は
誰が 言い出したのでしょうか?

Aベストアンサー

人間の三大欲望は
食欲 睡眠欲 性欲 です。
食欲は,物を食べ,エネルギーにする事。
睡眠欲は,睡眠をとり,脳を休ませること。
性欲は,トイレで用をたしたり,エッチをしたり,する事
この3つはある程度は我慢が出来ますが,人間が生きていくためには必ず必要なことです。欲望というより,必要不可欠なことです。
でも、このことを言った人はわかりません。昔からの言い伝えではないでしょうか?

似たような語で,「衣・食・住」これは、生活の上のことです。

Qユダヤ人はなぜ白人なのか

いま世界中でユダヤ人が活躍しています
しかしユダヤ人と言えば、本当はアラブ風(セム語系 ?)の人種ではありませんか
昔トルコの王様がキリスト教かイスラム教に改宗を迫られて、それでユダヤ教に改宗したのが白系ユダヤ人のはじまりだと読んだことがありますが、どなたか詳しく書いてある本か、説明してくださる方はいらっしゃいませんでしょうか
よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

 
  まず、ユダヤ人も含め、アラブ人やイラン人やインド人は、人種的には「白人」に入ります。彼等は「黒人」ではありませんし、「黄色人」でもありません。アラブ人だとかイスラム人だとか、インド人などという「人種」はありません。西欧の白人でも、北欧人やゲルマン人などは、碧眼金髪で肌が白い、またはピンク色の人が多いですが、南欧のギリシア、イタリア、スペイン人になると、目や髪が茶色か黒く、肌も、そんなに白くありません。どこかというと浅黒い感じです。
 
  北欧人やゲルマン人、フランス人などを「白人」だと考えていると、アラブ族や、パレスティナのユダヤ人や、イラン人やインド人は「白人でない」と思えるでしょうが、人種上は彼等も白人です。白人でなければ何人種でしょうか?
 
  次に、東欧系ユダヤ人と、イスラエルが強引に建国した時、パレスティナにアラブ族と一緒に住んでいたユダヤ人は、どうも少し民族系統が違うようです。東欧系ユダヤ人を「アシュケナジ」と言いますが、アシュケナジは、東欧の普通の人や、イギリス・ドイツ・フランスの人たちと比べて、そんなに違った姿をしていません。肌も白いです。他方、アシュケナジでない、パレスティナに古くから住んでいたユダヤ人は、アラブ族のように日焼けしたような肌の色で、目や髪も黒ぽいです。他方。アシュケナジは、白い肌で、青い目の人や、金髪の人もいます。
 
  どうもアシュケナジは、単に、ユダヤから分散した人々というより、少しか、かなり民族が違うのではないかということは、昔から言われていました。「ユダヤ人」の定義というのが複雑で、主に、民族的・血統的なものと、宗教的なものの二つで決まりますが、アシュケナジは、ずっと昔に宗教がユダヤ教だったので、ユダヤ人とされた、別の民族が祖先ではないかと言われています。
 
  イスラエルに関しては、次の用語集を見てください:
  http://www.zion-jpn.or.jp/p0404.htm
 
  また、アシュケナジの起源については、「ハザール王国」という国が、7世紀か8世紀に、カスピ海及び黒海のあたりにあり、遊牧民族のハザール人がいて、彼等が、国をあげてユダヤ教に改宗した後、その子孫がロシアに入り、更に東欧に入って、アシュケナジの祖先になったという説があります。
 
  つまり、アシュケナジは、パレスティナにいた肌がかなり浅黒いユダヤ人とは別の民族だということです。どうも、そう考えると、上でも述べた、西欧・東欧のユダヤ人が、ヨーロッパ現地の人々と事実上区別がつかない理由も説明も付くということです。以下のURLに、「プリェートニェヴァ 『ハザール謎の帝国』新潮社」という本の読書感想が載っています。この本が、東欧ユダヤ人(アシュケナジ)=ハザール人子孫説を紹介しています。
  http://www.horagai.com/www/book/read/read97b.htm
 

参考URL:http://www.horagai.com/www/book/read/read97b.htm

 
  まず、ユダヤ人も含め、アラブ人やイラン人やインド人は、人種的には「白人」に入ります。彼等は「黒人」ではありませんし、「黄色人」でもありません。アラブ人だとかイスラム人だとか、インド人などという「人種」はありません。西欧の白人でも、北欧人やゲルマン人などは、碧眼金髪で肌が白い、またはピンク色の人が多いですが、南欧のギリシア、イタリア、スペイン人になると、目や髪が茶色か黒く、肌も、そんなに白くありません。どこかというと浅黒い感じです。
 
  北欧人やゲルマン人、フラ...続きを読む

Qオージーの意味って

オーストラリアの方に対して「オージー」と呼びますが、その本当の意味や由来は・・・。大体、何の略なのですか?教えてください。気になって眠れません。

Aベストアンサー

Aussieだよん。「オーストラリアの・・・何とかかんとか」という意味。

また、俗語でAussieを「OZ(オーズィー)」とも言うんだよ。

そこから「オージー」となったんでしょうね。

Q大学院の修士課程と博士課程の違いは?

大学院の修士課程と博士課程の違いは?
博士はドクターと言うことですが
修士は?
勉強の内容が違うんですか?
そもそも大学院は何を勉強するところですか?
分かりやすく教えてください
よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

過去の回答を見て、
私の時とはひょっとして
いろいろ制度が変わったのかしら?
と首をかしげているのですが

文科系の学科では、修士課程は2年、博士課程は3年が
一般的だったと思います。
ただし、それは大学によっても違いますし、
私大と国立によっても違います。
たとえば修士課程を、博士課程前期と言い換えて、
いきなり博士課程5年にするところもあります。

決して何年でも在籍できるわけではなく、
大学によって全4年なり全8年なり、
限度はあります。

学生(学士過程)では
授業(講義)を受けることにより
研究作業の訓練を習得しますが、
大学院では訓練で習得したことを生かして
主体的な研究作業をします。

つまり、学士では一般常識と同時に、
大なり小なり教授や助教授の方法論や
研究成果やを学びますが、

大学院では、より主体的なテーマを設定して、
研究を発展させていきます。
(大学によってはチームで研究することもありので
あくまで、個人的研究ではなく、主体的研究です。)

ただ修士の場合は、一方で、
学士と同じように講義を受けなければなりませんので、
(学士と一緒に受ける場合もあるし、修士のみの授業もある)
大学院でも初等的な訓練もしなければならないということでしょうか。

博士になると講義そのものはありませんが、
大学によっては出させてくれるところもあるようです。
また、教授や助教授の研究のお手伝いをしたり、
講義のお手伝いをしたり、
愛犬の散歩をしたりします(笑)

実質的な違いは、はやり名声とお金という
殺伐とした話になります。

たとえば大学の役職は教授職、助教授職、講師、助手などがありますが、
たとえば教授職になるための条件の一つとして、
博士号を修めていることなどがあります。
助手や、まれに講師職でしたら修士程度でも
雇ってくれるところはあります。

またたとえば、同じ助教授職でも、
雇用契約書によっては博士と修士の間に
給与の面で差をつけるところなどもあります。

就職難の今日では大学院へ行く人が多いようですが、
大学院に在籍しているからといって、
就職できないわけではありません。

たとえば、修士課程を受けながら、
ほかの県の予備校などで高校生相手に
受験勉強を教えている方など
いっぱいおられます。
中には昼は大学院で、夜は建設業(ドカタと言ったほうがいいかも)の方もおられます。

終戦で勉強したくてもできなかった
おじいちゃんやおばあちゃんがいる大学院も
中にはあるんじゃないでしょうか?

いずれにせよ、大学院過程は
大学によって違うし、
文科系、理科系によってもちがうし、
国立、公立、私立などの違いもあるでしょうから、

一番よいのは、志望する大学に問い合わせて
(たいていの大学院はパンフレットを発行していて
そこに研究方針やしくみなど詳しく書かれてあります)

場合によっては、教授や助教授を
直接たずねられてみてはいかがでしょうか。

最後にこの情報は何年も以前のうろ覚えですので、
今現在はこれが性格かどうかは責任もてませんが・・・

がんばってね。

過去の回答を見て、
私の時とはひょっとして
いろいろ制度が変わったのかしら?
と首をかしげているのですが

文科系の学科では、修士課程は2年、博士課程は3年が
一般的だったと思います。
ただし、それは大学によっても違いますし、
私大と国立によっても違います。
たとえば修士課程を、博士課程前期と言い換えて、
いきなり博士課程5年にするところもあります。

決して何年でも在籍できるわけではなく、
大学によって全4年なり全8年なり、
限度はあります。

学生(学士過程)では
授...続きを読む

Q欧米の白人は、何故体が大きい人が多いのでしょうか?

アジア人より、欧米の白人の方が平均的に体が大きいと思いますが、何故なのでしょうか?(アフリカの黒人もアジア人より平均的に体が大きいのですか?)

太古の昔からアジア人より、ヨーロッパの白人は体が大きかったのでしょうか?

あと、オランダ人の男性は平均身長が190センチで世界一背が高いと聞いた事がある気がしますが、
何故世界一、背の高い人間が多い国になれたのでしょうか?

分かる範囲で良いのでお願いします。<(_ _)>

Aベストアンサー

 まず、確かなことを1つ。栄養的な違いです。
 人(にかぎらず哺乳類)は、成長期に必要な栄養を十分とると、成人時の身長は大きくなります。欧米では栄養価の高い肉食中心の食生活をしているので、当然、身長は高くなります。日本でも、食生活が欧米化してきて、身長がのびたり体格が良くなったりしているということは、よく言われています。細かい統計は見たことありませんが、摂取カロリー量(あるいは成長に必要な栄養素の量)と身長の間には確かな相関があるはずで、これは生物学的な事実です。(ちなみに、これは憶測ですが、オランダは酪農が盛んでしたよね。カルシウムが多い乳製品をたくさん接種してるから身長が長いのかも。他の酪農国家の国民の平均身長はどうなんでしょうね?)

 それともう1つ。人種による遺伝的な違いです。つまり、もともと白人は背の高い遺伝子を持っていたということです。食べ物の差はあれ、明らかに平均身長は白人の方が大きいので、遺伝的な違いもありそうです。
 では、なぜ白人は背の高い遺伝子を持っているのか?あるいは、白人では背の高い遺伝子を持っている人が生き残ってきたのか?これは、もう、空想の域をでないです。大昔のことである上、長い年月を通して起こったことですから、証明しようがありません。いろんな学者が、いろんな仮説を立てています。ヨーロッパでは狩猟が中心で、背が高くガタイがいい人が獲物をたくさんとれて生き残り、また女性にもてて子孫を残しやすかったとか。現在の黄色人種は、モンゴルの寒冷地域から広がった人種なので、凍傷になりにくいずんぐりした手足の人が生き残ったとか(ちなみに、東南アジアの人も、最近モンゴルから下って来た人らしいですので、モンゴル人の特徴を色濃く持っています)。ほんとなんだか、嘘なんだかの仮説がいっぱい。あなたも、説得力のある仮説を出したら、一躍考古学のスターになれるかも?
 ちなみに現在のモンゴロイドの移動経路を示したサイトがありましたのではっておきます↓

参考URL:http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/WAJIN/114.html

 まず、確かなことを1つ。栄養的な違いです。
 人(にかぎらず哺乳類)は、成長期に必要な栄養を十分とると、成人時の身長は大きくなります。欧米では栄養価の高い肉食中心の食生活をしているので、当然、身長は高くなります。日本でも、食生活が欧米化してきて、身長がのびたり体格が良くなったりしているということは、よく言われています。細かい統計は見たことありませんが、摂取カロリー量(あるいは成長に必要な栄養素の量)と身長の間には確かな相関があるはずで、これは生物学的な事実です。(ちなみ...続きを読む


人気Q&Aランキング