ちくのう症(蓄膿症)は「菌」が原因!?

皆さんこんにちは。

私は宗教、哲学にまったくの素人で、また無宗教でも
ありますが、神の存在は信じています。

しかし、私の思っている神というのは、私を護って
くれるだけの近くて、小さい、守護霊的な存在なのです。

宇宙規模のすべての創造主の神の事とは違うのですが、
その創造主の神について、教えていただければ幸いです。

神は自分(神)の存在を人類に知らせたいのでしょうか?
それとも隠したいのでしょうか?

キリスト教などの信者の方が、神の存在を皆に説いている
はずなので、前者だと思うのですが、それなら神はなぜ、
自ら地球上のすべての人類に姿を見せるとか、声を聞かせる
とかして、自分の存在をアピールしないのでしょうか?

何卒よろしくお願い致します。

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A 回答 (34件中11~20件)

「神」の存在は分かりにくいものです。

ですが確かに居ます。それも一人一人のすべての人に居ます。神という言葉よりも、もっとわかりやすい言葉でいえば『もう一つの意識』と云った方が分かり易いかも知れません。

それは誰であっても同じことなのですが、人間が「何も考えていない時に思いつく事、或いは自我意識が関与していない所での、閃き或いは考え、アイデア」と言えば分りやすいかも知れません。

別の見方も出来ます。それは人間は感情を抱きます例えば「怖い、好き、嫌い、楽しい」他にも沢山の感情が有りますが、これらの感情を沸かせているものが在ります。これは人間の自我意識ではありません。

ほかの言い方も有ります。それは、人間が「自我意識の無い時の事です。「人間は」自我意識で生きていて、そうして自我意識だけで生きていると思っています。これは『大いなる誤り』と云えます。

『人間は誰でも自分の中に二つの考えが在ります。』その事を別に変だとは思っていません。ですが昔からの「人類の記録を見た時に」是は、はっきりと記録されています。この記録とは「宗教」という形で記録されています。健常者と言われている人たちは、今言った「二つの人格」は気がつきにくい人たちと言えます。

「宗教家」という人たちの多くが若い頃に「非常に不安に駆られ易い人達だったと言う事を知る事が出来ます。不安の解決というものに対して「人類は」特別の努力を払って来たと云えます。それが各種の『宗教文化の発展という形で』今も世界中に様々な形となって残っています。

お釈迦様の言った「一切皆苦」という言葉は明らかに「精神疾患」と云えます。健常者なら、「冬の後には春が来る、或いはトンネルの向こうには出口が在る、或いは、明けない夜は無い」という言い方になります。

精神疾患の特徴は「全てに否定的になる事」と云えます。精神疾患の完治した姿とは「全てに肯定的になる事」と云えます。お釈迦様の完治したあとの言葉は「涅槃」と云う事です。是は「限りない心の静寂」「心がお互いに言い争いをしなくて本当に静かな、穏やかな心になる」と云う事になります。

人間には「心が二つ在って」その事が「精神疾患」のもとになる場合が有る、と云う事を書きました。それは不安になり易い人達、と云いました。今の時代にも不安になり易い人達が大勢います。その不安が「精神疾患」お起こしています。

精神疾患の元を正すならば、それは「心が二つある事」を知らない事によると言っても良いかと思います。一つは「自我意識」と呼ばれているものです。これは「左脳に存在する一つの人格です」是は言葉をもっていて、分別する事を専門にしています。

もう一つの意識と云うものが在ります。これはお釈迦さまが「仏性」という名で呼んだものです。これは「右脳に存在する自我とは全く違う人格です。」是は言葉を持って居ないようです。言葉にならないことを専門にしています。

長くなりそうですので、掻い摘んで簡単に述べてみます。精神疾患における「不安」と云うものは自我意識が感じていますが、不安は「仏性が」起こさせているものです。感情を沸かせるのは「仏性」の仕事です。「漠然とした不安」等は良い例と云えます。

どこから来るのか判らない漠然とした不安。これは自我意識がもう一つの意識を「無視」した生き方をしている事に因ります。無視された人格が自我意識を助けたい事から「仏性」としてのアピールをしていることです。

心の動きで説明するならば。辛い想いで自我意識がいます。「一念は楽しい事、前向きな事を提案します」ですが自我意識は「二念でそれらの提案を悉く全て否定してしまいます」この事で「仏性」は肯定的になる事を提案し続けます。これが「漠然とした得体のしれない圧迫感」と云えます。

精神疾患とは「左脳の自我意識だけを認めて、右脳の人格である仏性の提案を悉く否定しつくして、困っている状態」と云えます。

神経症などもその例に漏れないのですが、「自我意識のカラに閉じこもってしまい」もう一つの能力を使えなくなってしまう事です。その能力とは仏性の最も仏性らしい事なのですが、「無意識」の力を使えなくなってしまう事です。不眠症にしても、書頸にしても、吃音、対人恐怖、上がり症、その他にも色々と在りますが。これらの事も、全て「無意識」と云うものが関係してきます。

精神疾患と云うものは自我意識がもう一つの意識と云うものを無視していて、もう一つの意識の特徴である「肯定的な考えを」無視してしまう事と、もう一つの意識と対立を起こしているために「無意識」に入り難くなってしまう事と云えます。

精神疾患の解消と云う事は自我意識が仏性と出会うという事になります。「キリスト教的には」神と和解するという事になります。

精神疾患と宗教は関係ないと考えている人たちが大勢居ると思いますが、是は誤りと云えます。人間の頭の半分は「宗教で出来ています」精神疾患に悩ませられている人たちは「本当は自分の神、仏に」悩ませられていると云えます。そうして「神や仏」を知るという事が「精神疾患」の完治のときと云えます。

お釈迦の教え、禅の教えとは「本当は究極の心の癒しの心理学」と云えます。お釈迦の弟子も精神科医も本来の仕事が「人間の心の癒しが仕事」と云えます。ですがこんな話はあまり聞く事は在りません。私は素人です禅などは知りません。精神科医と云う人達には友達さえ居ません。専門の人たちに本来の仕事をしっかりとやって頂きたいと思うばかりです。
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この回答へのお礼

こんにちはー

>お釈迦の教え、禅の教えとは「本当は究極の心の癒しの心理学」

これは私も思います。
私自身も自分の神を信じているため心の癒される
場合があり、精神的に楽になっています。

もしかすれば、それを熱心にすれば、もっと
心が癒されるかもしれませんが、その場合は
宇宙規模の神というのを信じないと、信仰は
難しく、それがネックになって質問させて
いただいた次第です。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/09/01 12:58

>自ら地球上のすべての人類に姿を見せるとか、声を聞かせる


>とかして、自分の存在をアピールしないのでしょうか?

これ以上はあり得ないほど強烈に姿を現し、声を聞かせ、アピールしています。
この隠れんぼを楽しんでいるのは、人間であって神ではないでしょうね。
このとてつもない世界に神がお隠れになる場所はありません。
悠久の彼方より既に実体化した神の中にあり。そして、これからも・・
ここは、創造主たる神の上位に位置する神の中です。
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この回答へのお礼

こんにちはー

少しニュアンスが違うかもしれませんが、
宇宙そのものが神という感じですか。
いや、宇宙というよりも、すべてという
感じでしょうかね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/08/30 09:56

あああっ、この俺を差し置いて、


なんて素敵な質疑を・・・
実体化した神の姿、見てみたいです。

実体化した神は、肉体的に炭素性なのか珪素性なのか
実体化した神は、身長と体重はいくつなのか
実体化した神は、イケメンなのか
実体化した神は、どんな髪型なのかいやさヅラなのか
実体化した神は、どんな柄のパンツをはいているのか
実体化した神は、暇なとき何をしているのか
実体化した神は、メル友になってくれるのか
実体化した神は、どんな体位が好みなのか
実体化した神は、うんこするのか
実体化した神は、鼻くそをほじるのか
実体化した神は、・・・
実体化した神は、・・・
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この回答へのお礼

こんにちはー

先日テレビで、死んだ父からメールが届いた、という
のがありました。ショコタンだったかな。。

霊界からメールが送られた、という事になるのですが、
神は別にし、霊界からの送受信はできるかもしれませんよ。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/08/30 09:42

No.6です。



>実にそのとおり、それも疑問なのです。

失礼、本書ではエイズではなくて癌などと書いてありました。

で、作者は、そう書いた時点で、読者に問いかけ、読者に答えを導かせているので、その詳細は書いてない。
書かなくてもいいので、書いてないわけです。


神という偶像の裏で、人民を操っている神の正体。


オズの魔法使いって物語があるんですね。
オズは人民から畏怖されていた。
なんでもできる偉大なる魔法使いオズに、願いをかなえてもらおうとドロシーはしたんです。


ですがドロシーの方がオズより知的だったようで、ドロシーはオズの正体を見破ったんです。

恐ろしい力を持つとされる魔法使いオズ。
その正体は、、、、、

     人    間


職業は、、、、、、
 
     詐  欺  師


騙される方も悪い。
騙される人がいなければ、詐欺師は存在しえない。



先ほど、デビ夫人とギボアイコさんの動画を見ました。
デビ夫人は全くそういう世界を信じていない。
で、つっこんでいってギボさんに真実を吐かせた。
ギボさんは直接は詐欺ですとは言っていない。


「何故神は癌を治癒しないのか」
   ↑
<これは疑問の言葉じゃあない>とわかる人なら、2人の対話を見て、ギボさんが真実を吐露してしまったことがわかる。


私は信仰自体は否定しません。
プラシーボ効果の存在を認めており、その効果でいい方に向かえば、それはそれでいいと思っている。
で、ギボさんもプラシーボ効果を利用している。
そのことはデビ夫人とのバトルの時に言った内容でわかる。
人の心を軽くすることで、悩みを小さくするってわけですね。
それはそれで いい効果が現れるのなら使っていい。


ただ、それを悪に使う宗教団体は許しがたいものだと思います。

例えば、原罪という概念の基礎を作ったアウグスティヌス。
ひどいことしました。

プラシーボ効果を逆に使った。
とんでもない奴です。

それに続けと、人々の恐怖心を利用して稼ぎまくって御殿を作った宗教団体。
プラシーボ効果を悪用して稼ぎまくる詐欺師達。

そういう詐欺師に騙されないようにするだけの知恵は持たないと。
知恵が無いゆえに騙されて、災いを撒き散らすことに加担するって、、、、ねぇ。



医学って科学ですよね。
人々は時には熱を出すこともある。
で、熱が下がらないと脱水起こして死ぬ場合もある。
だから、医者にかかり、ウイルスが原因だが、ピークをすぎれば大丈夫だが、その前に脳をやられるとマズいと思ったら、注射打つなりして解熱しますよね。

医者がそれやってくれないなら、誰も病院行きません。
逆に普段 病院にかからない人も、高熱出せば、医者にすがる。
熱下がれば病院によりつきもしない。

医者は病気が治った人に信仰が足らない とうらんで地獄に落とすか?
神は治さないが医者は治す。
神は熱心に信仰しなくなった信者に罰を与えるとされるが、医者はそんなことしない。

信者によりついてもらわないと困るのは神ですか?
それとも神は存在すると言い張って、御殿に住んで信者の寄付金で生活している者ですか?

これで、あの文章は疑問として本に書かれたのではないことはおわかりですよね。

筆者は幼いころはプチ信仰者だったので、確かに最初は疑問に思ったかもしれない。
でも、本にその言葉を書いた時点では、読者に聞いているのではない。
もはや 悟ったことを読者と共有したくて書いている。

疑問系にすることで、より強く訴える効果があるってことあるじゃないですか。

私もこの方法たまに使います。
それに返信する人は、みなさん 疑問として書かれたとして、その答えを返すなんてことはしなかったです。
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この回答へのお礼

こんにちはー

そうなのです。私も自分の神を信じているので、
心の負担が少なくなっています。

しかし、私の神は家庭内なのですが、宇宙規模の神を
信じられている人の理由が知りたかったのですね。
また、信じている理由は人によって違うということも
わかり、いろいろ参考になりました。

それと、おっしゃってるように、人の弱みに付け込んで
お金を取り上げる宗教もあるようです。
○○宗教にだまされた。とか、よく耳にしますが、
そういう宗教はバチが当たらないものなのでしょうか。
何を持って悪というのかはわかりませんが、悪がのさばる
時代も場所もあるのでしょうね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/08/30 09:35

 No.4&14です。



 ★ 神は自分(神)の存在を人類に知らせたいのでしょうか? / それとも隠したいのでしょうか?
 ☆ わたしは この問いに答えていませんでした。半ば故意にですが ここでは 少し水を差すようなことを述べます。
 ★ 神の存在
 ☆ は いいとして
 ★ 創造主としての神
 ☆ これは 全面的に 《たとえ》です。人間の言葉で表象し得ない何ものかを それを聞くと何かを表象してしまわざるを得ない人間の言葉で 説明するというとき いっそのこと 擬人化して たとえとして 表現したという意味です。
 神を あたかも人間であるかのように 《父なる神》と言ったり あるいは この世の自然現象を超えているということで 《創造およびその主体》という概念を与えて 表現しているという意味です。
 《ことば・知恵・真理・愛・はかりごと・義》など いろんな表現で たとえています。わかりやすいからです。

 《創造》の初めがあるというふうに説明表現をおこなったなら 《終末》という事態についても 書くことになります。前後の文章を端折りますが たとえば こうです。

    〔被造物の世界の〕すべてが御子(子なる神キリスト・イエ
   ス)に服従するとき、
    御子自身も、すべてを御自分に服従させてくださった方(父な
   る神)に服従されます。
    神がすべてにおいてすべてとなられるためです。
     ( コリント前書 15:28 )

 これは いま この現在の時空間での出来事と解釈してください。いわゆる《永遠の現在》だと思ってください。
 そこで そうすると 少し表現をいじくって 
 ▲ 神がすべてにおいてすべてである。
 ☆ ということが ひとつの謎であり 命題になると考えられます。さらに 言いかえると
 ▲ 真理が すべてにおいて 真理として すべてである。
 ☆ という事態 このこととして 捉えることができるかも知れません。もし この仮定で進みますと けっきょく
 ★ 神はなぜ、 / 自ら地球上のすべての人類に姿を見せるとか、声を聞かせる / とかして、自分の存在をアピールしないのでしょうか?
 ☆ という問いは いま上に触れた《真理》が 人の眼にも心にも まだ 見えていないという状態を言っています。
 という問題であり そういう現在の情況なのだと考えます。

 さらに余計なひとこと:《まだ 見えていない》と言いましたが 《永遠の現在》という見方からすれば こうつけ足す必要があります。
 もし神が みづからの存在をアピールしないとすれば それは 神が 人間に対して これからは きみたちみづからの自由意志で 生きていけと言っているのだと考えますが rin00077さんや みなさんは どう思われますか?
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この回答へのお礼

こんにちはー

度々のご回答ありがとうございます。

>これからは きみたちみづからの自由意志で 生きていけ
と言っているのだと考えますが rin00077さんや みなさんは
 どう思われますか?

なるほど。
例えば先進国の誰かが、アフリカかどこかの発展途上国の
原住民に作物の作り方を教えれば、教えた先進国の人は
もう、そこにいる必要はなくなりますよね。
後は自分で考え、工夫し努力をし自分らでやってくれと。
例えは悪くても、そういった感じですかね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/08/29 12:30

ANo.12 私は創造ということでの信仰、精進者ですが、神が居ないというご見解や、悪魔は現れているとか、悪魔が造っているということにも私は共通的認識を持ち、自然そのもだ、ということにも同感します。


 神は宇宙のどこかの玉座に鎮座していなく、万物に内在し超越している。そのものである。有意識以下の無意識でなく、有意識を克服した釈尊という、無意識は無意識でしょう。その無なる意識は悪魔の世界の有なる意識には、そこに存在しているのに意識できないのでしょうね。
 有意識を克服した釈尊という、無意識は無意識はその為す世界がそこにいても、有なるは克服してしまっていて、自分にとっても無になり、有にとっても無になっている。
 そういう状態の極点が質問者の神でしょう。
 悪魔の階級の質問が出ていますが、それはそれでいいのですが、最たる悪魔は実は創造の意識たる、神でしょう。
 創造、継続、そして破壊。これは一つの、創造の神をどっちから見るかの見方に過ぎないのでしょう。
 その唯一の意識の創造から破壊への展開の諸相が多神でしょう。
 そういうことはあまり問題に為らないのではないかと存じます。
 ご質問者が本当に分かりたいというなら、もう皆さんのご回答で十分ご回答が出ているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

こんにちはー

視野を広くお持ちの方ですね。
なるほど、なんとなくですけど、おっしゃられて
いることが、わかるような気がします。

私も皆さんのご協力で今までわからない事が、
薄々わかってきたようにも思えますので、早めに
締め切らせていただきたく思います。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/08/29 11:58

No.17です。



「偏見」と云う用語は誤りですね。「誤解」と云うべきでしょう。
また、御自分の疑問を多くの人が持っている、と云うのは過言だと思います。
因みに私はキリスト教徒ではありません。

私が回答に於いて困惑したのは、あなたが信じる「神」が如何なるものか、判らなかったからです。無宗教の方が信じる神とは?、と詰まったからです。

別に私はあなたの質問内容がよく分からなかったから補足を求めました。その返答が「絶対的な答えは存在しない」だの「多くの人に満足させられる答えが求められる」だの「それが出来るのはキリスト教」だのと、全く初めの質問内容と別の次元に移ってしまっています。
私は論戦をする気も有りませんし、此処はその場ではありません。

どこか教会なり何処かなりで、神父か牧師に論戦を挑んで下さい。
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この回答へのお礼

専門家の人が、神父さんに聞け。と丸投げされるのですか?

実際に私の疑問に答えてくださっている、回答者の
方々も多いですよ。

私のとって、なるほどと納得させられる回答をして
いただいている回答者のかたも、いらっしゃいますし。

お礼日時:2008/08/29 11:44

僕はキリスト教です。

神が自ら地上に姿を現さない理由は僕達には分かりません。知る必要もないのです。確かにどうしてこんな時にこうしてくれないのか、という疑問はあります。しかし神には神の考えがあるのです。神からしてみれば私達は大変小さな存在です。そして被造物です。神は全くの完全であり、私達は全くの不完全です。神の考えははっきり言って不完全である人間に理解するのは無理でしょう。なので神の考えは受け入れるだけで、知る必要はないのです。
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この回答へのお礼

こんにちはー

キリスト教のかたですね。
私のような疑問は最初からもたれませんでしたか?
信仰するのには必要がないというのもわかります。
が、知ってみたいとも思わないですか?

何卒よろしくお願いいたします。

お礼日時:2008/08/29 18:19

キリスト教を批判したいだけの質問に感じられますが。



宗教によっては神が視覚化されています。
日本も63年前までは、天皇は現人神でしたからね。

ところで、あなたが神が存在する、と云う根拠を教えて下されば、更に明確な回答も寄せられると思います。何故なら、無宗教の有神論者であるあなたの思考が判らなければ、答えようが無いからです。

この回答への補足

>キリスト教を批判したいだけの質問に感じられますが。

それは偏見です。
世の中の無宗教の人達には、私のように疑問を持つ者が
多く、その中でも質問文の内容の疑問は誰でも持って
いると思います。

キリスト教の信者のかたですか?
人の思考がわからないと回答ができない。
と、いうようなことでは、うーん。。少し残念です。

この質問に対して万人を納得させる説明が出来る人がいる
とは、まさか誰も思っていませんよ。

でも、少しでも多くの人を納得させる説明が出来る人が、
やはりその道ではすぐれた人であり、またそれがキリスト
教の教えではないのですか?

補足日時:2008/08/29 10:05
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神は人間に干渉はしません。

ですので、喜怒哀楽を与えません。
逆に悪魔は与えます。この世は何で在るのかは言うまでもありません。
我々は地獄界にいます。
地獄界だからこそ喜怒哀楽があります。
では神がいる世界とは何でしょう?
それが無い世界です。仏教聖典では「無意識界」と言います。
そこに神が居ます。しかし存在ではありません。実体が無いからです。
ですので、その「無意識界」を完成できれば誰でも神の意識界へ、極楽浄土へ行けます。
行くも行かないも、魂そのもの次第です。
誰でも釈迦と同じように悟りを開く、神になれる権利があります。
しかし、この世は地獄界ですので悪魔(肉体、存在があります)が作用して、人間をあらゆる方面から麻痺させ、この地獄界が普通の世界だと錯覚させます。このインターネットも悪魔の産物で、人間を麻痺されるものです。同じく性、金、タバコ、酒、肥満もです。
全てに厳格な神というものであれば、この世には現れないです。
厳格ではない神は、悪魔が見せかけた悪魔でしかありません(七福神など)。
ですので神は無干渉です。
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この回答へのお礼

こんにちはー

>我々は地獄界にいます。
地獄界だからこそ喜怒哀楽があります。

うなずけるところがあります。

>全てに厳格な神というものであれば、この世には現れないです。

そういわれれば、完成者は見たことないですね。
誰でもかならず、どこかには欠点があります。
つまり神(完成者)は現れない。と、いうことですね。

例えは悪いのですが、大麻を吸って煙が蔓延している
空気の悪い部屋には、人格者や常識人はいきませんよね。
いこうとも思わないし、いく必要もないですしね。
そういった感じなのでしょうか。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/08/29 14:10

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Q創造主の神は存在するのか?

 人間のつくる美しい芸術作品には、当たり前ですが作者がいます。その作品は偶然にできたのではなく、作者が意思をもってつくりあげたものです。ですが自然の美しさは偶然にできたものなのでしょうか?
 人間が猿から進化したことは事実だと思います。だがその進化は偶然と言えるでしょうか?人間がつくったパソコンも進化しましたが偶然に進化したのではなく、人間という作者がいるからパソコンも進化してきているのです。
 そう考えると自然の美しさや人間へと進化したのは偶然ではなく、神の意思が働いているからではないでしょうか?

Aベストアンサー

初めまして!

実は私も以前、「神」の存在について問うた事がございます。

以降は、私の個人的な考え方です。

・キリスト教で「神」と呼ばれる存在。人間と契約したり人間を創造したのは「地球外知的生命体」であると思っております。人類は、元々地球に存在していた猿に近い生物に地球外生命体が何らかの手を加えて誕生させたものと思っております。キリスト教の絵画には普通にUFOが描かれておりますし、イエスを一人で妊娠したマリア様も現代医学では不思議ではありません。

・人間は自然に猿から進化していないと思います。人類よりも遥かに長期間地球の支配者であった恐竜は知的生命体へ進化しないのに、人類だけが物凄いスピードで進化しているのが不思議です。上述の通り、何らかの知的生命体が関与していると思っております。

・万物の法則を作った存在はいるかもしれないと思いますが、我々の脳や感覚では捕らえる事の出来ない存在だと思います。「宇宙の外は何か?」という質問に答えられないように、「その存在」も人間には多分理解も感じる事も出来ないと思います。
なお、何故そのような存在がいるのかというと、これは一例ですが、先日の皆既日食、これは奇跡的な確率でしか起こり得ない現象とのことで、私は「偶然」の一言では片付けられないと思うのです。
また、私は魂の存在や死後の世界を信じており、その世界を統べる存在がもしかしたら「万物の創造主」かもしれないと思っております。

なお、仏教の教えで「色即是空 空即是色」という言葉があります。
私は「万物全てが変化する」と解釈しております。別の言い方をすると、「永遠に不滅な存在は無い」微妙に違うかもしれませんが。
人間も宇宙人も地球、太陽、銀河系、そして宇宙までもが、永遠に在り続けることは出来ないです。しかし、それで終わりではありません。
再び再生し、またいずれは消滅、これを繰り返しているのだと思います。
「では、その始まりはどうなのか?」という質問には、「宇宙の外側は何か?」同様にして、分かりません。
もしも、それを解明出来たらノーベル賞は確実?

なお、とりあえず、今の所は地球は人類に都合良く出来ているように思います(創造主のお陰?)。その人類が自らの手で地球を破壊することの無いように願います。

初めまして!

実は私も以前、「神」の存在について問うた事がございます。

以降は、私の個人的な考え方です。

・キリスト教で「神」と呼ばれる存在。人間と契約したり人間を創造したのは「地球外知的生命体」であると思っております。人類は、元々地球に存在していた猿に近い生物に地球外生命体が何らかの手を加えて誕生させたものと思っております。キリスト教の絵画には普通にUFOが描かれておりますし、イエスを一人で妊娠したマリア様も現代医学では不思議ではありません。

・人間は自然に猿か...続きを読む

Qなぜ神様を誰も見たことないのに信じるのでしょうか?

なぜ神様を誰も見たことないのに
信じるのでしょうか?

私は神様を信じでいません。
ですが神は要ると言う人はいますね。

誰も見たことなくて神が居ることを証明できない=「いない」
なのに
なぜそれが「いる」と決めつけられるのか不思議です。

度言う言う心理なのかわかる方
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私論ですが、いなくても居ると思えばきっといるんです。
存在しなくても心に想像すればとりあえずは心の中には存在しているということになりますよね。

そうやってどうしようもなく救われない物事を
実際は存在せずとも理解してくれるよりどころになってくれる
そういった自分に必要な『支え』を求めているから信じている人がいるのではないでしょうか。

私は別に宗教などをしているわけではないですが
もしも神様が目の見えないところに居てくれたなら
自分が誰にも気付かれず苦しんでいたとしても
神様は何もしてくれないけどただ、その苦しみは理解して見てくれてるんじゃないかな
など想像します。


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