おかしな質問ですみません。
40年前に別の場所から持ってきたふるい納屋があるのですが、もともとはいつの時代に建てられたものか調べています。
外壁や屋根は補修してあるのですが、中は時代を感じます。
話に聞くとどうやら、合掌造りのようです。

合掌造りといえば茅葺のかなり急な角度のついた白川郷を思い出しますが、納屋はごく普通です。屋根もなだらかです。

合掌造りが一般的に使われていた時代を知ることで、もともと建てられた年代を推測したいのです。

素人ゆえ、言葉の使い方に誤りがあるかと思いますが、専門の方、どうぞよろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

合掌造り? ステキな納屋ですね~


納屋という事は、小さめの建物でしょうね!
屋根勾配が8~10寸程度ない合掌造りは、めずらしいですよ。
合掌造りでは、小屋束がありません。このような構造の納屋は、蚕小屋として、江戸時代後期頃(約200年前)から、農家で造られる様に成ったんですよ!
蚕は、蚕棚で生育させますから、蚕棚の段数を増やしていくと、どうしても屋根の勾配がキツくなり、且つ、柱(小屋束)が無い構造に成ったと聞いてます。……受け売りです。そのまでの歳では無いので……?
でも、大戦後、化学繊維は主流になると急速に養蚕農家は姿を消して行きました。
この事実を考慮すると、最低でも60~70年前、もしかしたら100年以上前の建物かもしれませんネ!

こういう話しは、楽しいですね!
合掌造りとは離れますが、日本にはいろんな形態の小屋組があるんですヨ! 総称して『和小屋』と言うんですがネ
和小屋の中に
 ■対づか二重小屋…2段梁(2重梁)+小屋梁構造のもの(梁間:2~3間程度) 
 ■投掛け梁小屋……2段梁(2重梁)+投掛け梁構造のもの(梁間:3~4間程度)
 ■与次郎小屋………登り梁+天秤梁(中引き梁)構造のもの(梁間:4間程度)
 ■垂木構造………母屋、束、小屋梁が無く、棟木から軒桁までを垂木のみで掛けた構造(梁間:2~3間程度)
 ■昇り梁構造……垂木構造と同様で、垂木の代わりに昇り梁を使う構造(梁間:3~4間程度)
いろんな構造の建物が昔から日本にありました。
昔の大工さんは、卓越した建築構造エンジニアだったんですヨ!

こういう話しは、つい長くなってしまいますネ!
あなたの納屋、大切にしてやって下さいね。 お願いしますよ!
では、この辺で失礼します。
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普通のなだらかな屋根は合掌作りではなく


「切り妻」といいます。
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白川郷にあるのは古いのは300~400年前くらいだったと思います。


で普通の納屋で屋根もなだらかでどうして「合掌造り」といっているのですか?
普通の小屋組みの古い家じゃないんですか・・・?
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