プロが教えるわが家の防犯対策術!

真実を叫んだが、報われなかった人物をあげてもらえませんか?

具体的には地動説を叫びながら、それを認めようとしない愚者なたちによって弾圧されてしまったガリレオガリレイのような人物です。そんな不遇な人を教えてください

A 回答 (8件)

ソ連の軍人ミハイル・トゥハチェフスキーも



ソ連創設期の戦闘指導で、負けたことは一回だけでしたが、その一回の責任をレーニンはトハチェフスキーの責任とせず、彼の支援をしなかったスターリンにあるとし、スターリンは革命軍事会議議員を罷免となります。

スターリンが権力を握っても、トハチェフスキーの人気はすごかったので手が出せません。しかも実際に有能で「縦深戦術理論」という今の軍事ドクトリンの基本を編み出し、赤軍の機械化、空軍の強化を押し進め、参謀総長から元帥になります。当時最大の空軍と機械化された陸軍を手に、1935年のキエフ演習では、世界初の落下傘部隊の組織的運用にも成功し、世界中から来た武官、関係者を愕然とさせます。

ですが、1937年に逮捕され1か月で処刑されました。ナチスが有能なトハチェフスキーを取り除くため、彼が陰謀を企てている、という偽造文書にスターリンが引っかかったとも、本当にクーデターを計画していたともいわれますが、トハチェフスキーの派閥はほぼ全員が粛清され、1941年に大惨事となるのです。

蛇足ですが、彼の友人に作曲家のショスタコーヴィッチがいました。ショスタコーヴィッチも巻き添えで、尋問されたりしています。
    • good
    • 0

ニコライ・ ヴァヴィロフを挙げます。


1920~30年代にソ連を代表する植物学者となりましたが、政治色に染まったルイセンコの学説が政治的勢力を拡大したことでヴァヴィロフは排撃され、最後は「ブルジョア的エセ学者」というレッテルを貼られて投獄され、栄養失調で死亡しました。
    • good
    • 0

 六四天安門事件の「無名の反逆者」は違いますかね?汗。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E5%90%8D% …
    • good
    • 0

ガリレオガリレイそっくりの状態になって、最後は毒をあおって自殺せざるを得なくなった人物が古代ギリシャにいました。


ソクラテスです。
http://philos.fc2web.com/socrates/soccar.html

この回答への補足

そうか!ソクラテスがいましたね、彼の「無知の知」と言う言葉が少し変化して「無知は損」のように解釈されましたね。これはガリレオに並ぶ人物ですね

補足日時:2008/09/20 02:19
    • good
    • 0

1.コロンブスと同時代の、コロンブス以外の航海者。



コロンブスは、地球の大きさを実際より小さめに想定したため、西に向かえばアジアに着く、と結論。
コロンブス以外の大多数は、地球の大きさを正しく計算したため、
東に向かったほうがアジアにつくのは早い、と結論。
どう考えても、コロンブスの間違い。(当時、地球の大きさを正しく知るだけのデータはあった。)
もし、キューバにたどり着かなかったら、コロンブスは完全に忘れ去られていたところ、
運良くキューバがあって命拾い。
(アメリカ大陸が存在しない(未発見)という前提で航海した場合、当時の技術では西回りではアジアにたどり着けないと考えるのが妥当。)
そうしたら、あろうことか、後世の評価は、
・コロンブス以外は、地球は平板だと考えていて、西に向かっても行き止まりだと考え、誰も西に行かなかった。
当時の情報で判断する限り、東回りが正しいし、言ったはずの無いこと(地球は平板)まで押し付けられ、あまりにもひどい仕打......
※念のため。上記は後世の評価であり、当時は、インドに行くのに成功したガマの評価のほうが高かった。
※※2.以下をひきはなし、コレがぶっちぎりのトップと思います。

2.エジプトのネコ王(BC600頃)配下のフェニキア人航海者(名前不明)
ネコ王の命令で、アフリカを時計周りに1週した。そして、
「最も南にいったときは、太陽は北にあった」
と、本当のことを言ったばかりに、ヘロドトスをはじめ、皆からボロクソに扱われた。
※現在では評価は正反対で、太陽は北にあったという記述こそ、本当にアフリカを一周した証拠とされている。

3.ウェゲナー(大陸移動説)
説の提唱当時は、大陸が動く原動力の説明や、大陸が動くことでしか説明できない事象
(たとえば、地磁気の移動)がなかったため、今で言うトンデモ説扱いを受けた。
大陸移動の明確な証拠があがったのは、ウェゲナーの死後30年後。

4.ソビエト連邦のアスワンハイダム建設
アスワンハイダムは、作るメリットのほうがデメリットよりはるかに大きいのは確実なのですが、
援助したのはソ連なので、政治的には格好の餌食。
曰く、
・栄養分が地中海に入らなくなったから、漁獲高が減った。
(それ以上に、ナセル湖からの漁獲が増えた。)
・地面から塩が吹き上がり、農業ができなくなった。
(乾燥帯で灌漑農業を営む場合、暗渠排水を設けて塩を抜くのが常識。
 そうしろとお達しがあったにもかかわらず、それをサボった地点では、
 予想通り塩が吹いた。)
・栄養分がナセル湖に沈殿するため、化学肥料が大量に必要となった。
(そりゃまあ、新しく開墾される土地は痩せているから、化学肥料が必要でしょう。
 それにもまして、アスワンハイダムが無かった場合、水不足で農作物が育たず飢餓に陥ったはずの年が何回もあるけど、
 全く無視されてる。)

5.秦の始皇帝をはじめとする、万里長城の建設命令者
万里長城は、世界三大バカの1つとされます。
(残り2つは、ピラミッド、阿房宮、戦艦大和、新幹線。 数が合わないのは、人により数え方が違うため。)
時の為政者が延々と建設したのはダテじゃなくて、実際に効果があったから、なのだけど。
人は超えられても馬が超えられなければ、騎馬民族の脅威は何とかなるし、
馬が超えられるほど破壊された時とは、
中華王朝の力が弱まり、かつ、北方民族が統一されたとき。
に限られるから、費用対効果はペイしたはず。
    • good
    • 0

ナザレのイエスですかね。

憎しみあうより愛しあおうと叫びましたが、最後は十字架にかけられてしまいました。

#1さんもちらっと書いている大村益次郎もそうかなあ。馬鹿に面と向かって馬鹿っていっちゃって怨まれて斬り殺されちゃいました。

あとは、大陸移動説を唱えたヴェーゲナーとか。学説がらみだと「生きてる間は無視されたが、死んでから学説が正しいことがわかった」なんてことがしばしばありますね。
    • good
    • 0

一番有名なのは、ラオコーンだね。


トロイの神官だ。

この回答への補足

どういったことがあったのでしょうか?個人的な見解をお願いします

補足日時:2008/09/20 02:18
    • good
    • 0

小栗忠順を挙げます。


幕末の幕府側の人物ですが、恐ろしくアタマのいい人で、横須賀にドックを作ったり、近代製鉄所建築もおこない、フランス式陸軍創設、対外問題の数々を解決しました。官軍撃滅の実行可能な具体策もたてたのに、却下され下野してしまいます。もし彼の言い分が通ったら、大村益次郎曰く「首が飛んだのは自分たち」とのこと。大隈曰く「新政府のやっていることは小栗がやっていたことの模倣にすぎない」
新政府によって隠居していたところを捕縛され42歳で斬首。もったいない人でした。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%A0%97% …
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!