NHK”その時歴史が動いた”のゲストには 歴史学者?(推理作家)の井沢元彦氏はいちども出たことが有りません
昨日のその時歴史が動いたの番組 吉宗vs宗春ですが、吉宗の経済政策については氏はいいことを著作の逆説日本史シリーズで書いているので出演するかと思いましたが出ませんでした
たぶん 氏はいつも歴史学の研究法が誤っている(文献偏重主義,怨霊信仰の無視,宗教的側面の軽視)と言って歴史学会をきびしく批判して、嫌われているのでNHKも気を使っているのだとおもいます。この番組には 歴史学者でなくても出た人はいるのに不思議です。

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A 回答 (6件)

>では なぜ 井沢元彦氏は ”その時歴史は動いた”に一度も出演していないのでしょうか



#2です。そうですね,たしかにご質問に答えていませんでした。失礼しました。私のミスです。

理由はおそらく,「その時歴史は動いた」という番組のコンセプトと合致しないからです。この番組は,歴史的事実・学界の通説だけれどあまり一般には知られていないこと,を拾い上げて,誰もが知っている事件の背景を解説していく,というコンセプトで作られていると思います。何しろNHKですから。

伊沢氏の主張のような,「科学的でない異説」を取り上げる番組では無いということです。逆に,そのような異説を好んで取り上げる放送局・番組だって(埋蔵金伝説みたいに)ありますよね。

断っておきますが,私は氏の説を馬鹿にしているわけではありません。素人目で見ると,その主張はそれなりに「なるほどなぁ」と思うところもあるし,面白いなぁとも思っています。前に書いたように私は氏の「逆説の日本史」を含めた小説のファンですから。

ただし,研究者として見るなら,証明が不十分・手法がいい加減で,学問の主張にはなり得ないだろうということも分かります。学問の主張として成立しないものは,議論の対象としての「新説」にはなり得ません。

そうした説を紹介する番組ではないから,登場しなかったというだけのことだと思います。J-POPを紹介する番組に,演歌歌手が登場しないからといって不思議ではないでしょう?
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NHKの記者やプロデューサやディレクターやアナウンサーの多くは左翼です。

「その時歴史・・」のスタッフには特に多くの左翼が集まっています。(「その時歴史・・」はNHK大阪局の制作)。彼らから見れば、井沢元彦氏は憎むべき右翼でしょうね。

もっとも、歴史学会や歴史家の95%が左翼ですけどね。宗教的側面を無視する姿勢はその現れです。

ところで、「その時歴史・・」のプロデューサとディレクターはつまみ食いが多いです。「吉宗vs宗春」は明らかに伊沢氏の逆説日本史シリーズから都合の良い部分だけを取って制作したものです。そして伊沢氏をゲストとして招かなかったのです。

この回答への補足

NHKという 一大組織にしては 良くない判断ですね。 次回以降井沢氏が出演されることを望みます

補足日時:2008/09/23 22:58
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E6%B2%A2% …

ウィキによると、井沢氏は「右派的な論調を敬遠されたためか、近年では東京でのテレビ出演は少なくなっている」と記載されていますね。

番組の内容に沿った見解を述べて欲しいNHKとしては井沢氏よりも他の専門家の方が無難なんでしょう。
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”その時歴史が動いた”の前にやっていた”歴史発見”では確かレギュラー出演していたと思います。


現在全然NHKにでられないとしたら、理由があるとすれば歴史学の研究方法の問題ではないかもしれないですね。
歴史発見の頃から「言霊」とかいってましたから。
もしかすると単純にスケジュール的なものかも知れませんし。
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>歴史学会をきびしく批判して、嫌われている



伊沢氏の小説については,「逆説の日本史」を含めてほとんどを面白く読んでいます。もちろん同意できるかどうかは別問題です。また,私は歴史は素人ですが,ある分野の研究者です。

NHKがどう思っているかは別にして,史学の学会は別に氏を嫌っていないと思います。研究者と小説家では歴史という対象に対するアタックの仕方が違うわけで,サッカー選手(歴史研究者)に対してバスケの選手(小説家)が,「手(想像力)を使えば簡単に得点が入る(解明できる)じゃないか」と批判しているようなものです。そう言われたって,サッカー(学問)にだってルールというものはあるので,苦笑するしかないでしょう。おなじ事です。

ただ,氏が研究方法の誤りとして批判している点は,事実ではありません。

あなたにしたところで,本当に日本史の研究者が「文献偏重主義,怨霊信仰の無視,宗教的側面の軽視」かどうかを,論文などを読んで確認していますか?
してないでしょう? 単に,伊沢氏がそう言っているから,「そうなんだ」と思い込んでいるだけでしょう(これも一種の文献偏重主義?)。実際には,氏が「逆説の日本史」を書く基礎資料になっているのは,怨霊信仰を含め,全て研究者の論文とそこから一般向けに書かれた歴史書です。

例えば氏は怨霊信仰について,「史学会は古代の怨霊信仰について認めていない」,等の批判をしていますが,ちょっと検索をかけただけで
・「日本書紀」と怨霊
・藤原広嗣の怨霊覚書
・平安時代初期、朝廷の怨霊認識についての一試論
等々いくらでも論文は出てきます。

最初に言ったように私は史学の研究者ではありませんから,内容までは分かりません。けれども,「日本書紀」(まだ長屋王が生きている時に完成)や「藤原博嗣」(聖武天皇の時代の人です)と怨霊を結びつけて考察する研究者がいることは,事実です。古代の歴史に関しても決して「怨霊信仰の無視」では無いことが分かるでしょう?

篤姫が「一方聞いて沙汰するな」とNHKで言っていますが,伊沢氏の批判だけを鵜呑みにするのは,どんなものでしょうね?

この回答への補足

では なぜ 井沢元彦氏は ”その時歴史は動いた”に一度も出演していないのでしょうか

補足日時:2008/09/20 12:10
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NHKには、井沢元彦氏は出さない、との不文律でもあるのでしょう。


逆に、エッ!と思うような人がよくでます。
NHK好みの進歩的文化人なのかなぁ・・と思います。

本件と話が別ですが、視聴者の質問にも絶対書面で回答するなとの、
不文律がありそうです。
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Qこんなリアルなイラスト、どうやって描くんですか?

添付しているジクソーパズルのイラストの描き方が気になります
(グラフィッカーのSHUさんのイラストです)


こんな立体的でリアルなイラストは
photoshopやsaiなどのソフトで描けるものなんですか!?
すごい特殊な機能とかを使ってるんでしょうか?


また、こういうリアルな描き方が載ってるサイトや文献がありましたら
教えて下さい><

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://shu-littlebit.com/

こちらで見られますね。

Q作家の井沢元彦氏の歴史学説は…。

 推理作家の井沢元彦氏が、ここ十数年の間、現在の歴史学の研究法が誤っている(文献偏重主義,怨霊信仰の無視,宗教的側面の軽視)として、さまざまな研究結果を発表しています。例えば
 ・天智天皇は天武天皇に暗殺された。
 ・天武天皇は天智天皇の弟ではなく、正当な後継者でもない。
 ・「仮名手本忠臣蔵」は将軍綱吉殺しを暗喩した芝居である。
 ・赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、浅野匠守の「乱心」を認められなかったための抗議である。
 等々です。これに対して、歴史学会からの反論をあまり聞かないのですが、どのようになっているのでしょうか。
 是非、専門家(でなくてもアマチュア歴史研究家でも)の方々から反論を伺いたいのですが。

Aベストアンサー

歴史の研究家でもなんでもなく、単なる歴史好きのアマチュアなのですが、
どちらかというと井沢元彦肯定派の人間です。

井沢氏の主張する全てを肯定するわけではないのですが、
氏の主張する「現在の歴史学の研究法の誤り」については、
共感する内容を覚えます。

井沢氏の著作はまだ一部しか読んでいないのですが、古代史について
の研究で画期的だと私が感じたのは「日本書紀の信憑性」について
メスを入れた点にあると思います。

聖徳太子怨霊説や天智天皇暗殺、天武天皇の正統性の疑問などの主張に
ついては、この「日本書紀の信憑性」を疑ったところから導き出された
結論かと思います。
正直いって、聖徳太子怨霊説や天智天皇暗殺説については、すべて井沢氏
の主張を受け入れているわけではないのですが、そういう見方もできる
という点については納得しています。

天武天皇の正統性の疑問については、ほぼ納得しています。
「日本書紀」という書物が、壬申の乱という内乱(クーデター)の勝者
である天武天皇の側が記した書物であり、壬申の乱前後の記述について
勝者の都合のよいように記述されたという井沢氏の主張については、
ほぼ同意しているからです。


一素人歴史ファンの意見ですが、井沢氏の著作を作家の「作品」として
読む分については、とても面白いし、興味深い内容が多くあります。
そういう意味では、「逆説の日本史」シリーズよりも「言霊」シリーズ
の方が、井沢氏の主張が出ていて面白い内容です。

「学問」としての評価については、残念ながら私の手に余りますので
こちらはプロの歴史研究家の評価を待ちたいところです。


#井沢氏の主張の是非はともかく、歴史作家の社会的影響はとても
#大きいと思います。
#私自身は、司馬遼太郎にハマッて歴史好きになった人間なのですが...

歴史の研究家でもなんでもなく、単なる歴史好きのアマチュアなのですが、
どちらかというと井沢元彦肯定派の人間です。

井沢氏の主張する全てを肯定するわけではないのですが、
氏の主張する「現在の歴史学の研究法の誤り」については、
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聖徳太子怨霊説や天智天皇暗殺、天武天皇の正統性の疑問などの主...続きを読む

Q言葉とイラストを使ったレクリエーションゲーム

今度、10歳前後の子供たちとレクリエーションをすることになりました。
テーマが「レクリエーションを通じて言葉を学ぶ」という内容なのですが、
ここで、言葉とイラストを使ったゲームをやろうと思ったのですが、
カルタくらいしか思いつきませんでした。

他に、言葉とイラストを使った遊びがありましたら、
参考文献・参考サイト・実際の遊び方等教えていただけないでしょうか。
もちろん、オリジナルのゲームでも構いません。

どうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。
この間、キンキキッズの歌番組?で見たのですが…。

黙ってしりとりをするんです。
黙って、イラストを描いて、次の人に渡す。
そのイラストを見て、それが何か推測して、自分もそれがしりとりになるように黙ってイラストを描く。
途中で違ってしまっても、ご愛嬌。
最後に、皆で答え合わせをします。
「黙って」というのは、「これは○○だよ~」なんて言わないってこと。
周りで見ている人は「何だこれ~」とか賑やかに騒いでいました。
なかなか盛り上がって面白そうでしたよ。

ちょっと皆が仲良くなるための前菜として、どうでしょうか?
あるいは息抜きで。
あまり長時間には向かないかもしれませんので。
ただ、移動のバスの中でされていると誰かおっしゃっていたので、長時間でも大丈夫なのかな?

Q渡部昇一・井沢元彦の歴史観は焚書に値するほど酷いものですか?

朝日新聞に代表される左翼というのは、言論の自由を謳うくせに、思想の合わない人に対しては言論を規制したがるという困った行動を取ります。
他人にするのはいいけれど、他人からされるのはイヤという、自己中心的な連中です。

漫画の神様と呼ばれた手塚治虫も、左翼運動に巻き込まれた可哀相な人です。
1955年頃に日教組・PTAや一部の"左翼市民団体"が積極的に進めていた悪書追放運動のやり玉に挙げられた。
手塚治虫のロボットやら惑星間航行やらが出てくるSF漫画は「荒唐無稽な漫画を描く」だの「子供にデタラメを吹き込む」だの言われて、「鉄腕アトム」などが焚書の憂き目にあいました。
しかし、手塚治虫は日本に漫画文化を根付かせるため、飽くなき努力を続け、漫画の神様と呼ばれるまでになりました。
今では左翼も手塚が悪人だとは言わないし、手塚の漫画を焚書してしまおうと主張する左翼も出てこなくなりました。

このように左翼の連中は、気に入らない書物を捨てたり燃やしたりします。

平成13年に起きた「船橋市西図書館蔵書破棄事件」でも、船橋市西図書館に勤務していた土橋悦子司書は左翼思想を持っており、「新しい教科書をつくる会」を嫌悪していました。
土橋悦子司書は市が定めた除籍基準を無視し、個人的な左翼思想の判断によって大量の図書館の蔵書を除籍し廃棄して船橋市の公有財産を不当に損壊しました。

焚書された書籍は以下の通り。               
     
     氏 名     蔵書数  除籍数
     西部 邁     45   44
     渡部昇一    79   37
     西尾幹二    24   12
     福田和也    38   13
     高橋史朗     3    1
     福田恆存    24    1
     小室直樹    26   11
     長谷川慶太郎 56   14
     岡崎久彦    19    5
     坂本多加雄    8    2
     日下公人   34   11
     谷沢永一  102   17
     つくる会    3    1
     藤岡信勝    4    3
     井沢元彦   54    4   

↑の人たちの書いた書籍は焚書に値するほど酷いものなんですか?
手塚治虫の件でもそうですが、なぜ左翼の連中はすぐに焚書するんですか?

朝日新聞に代表される左翼というのは、言論の自由を謳うくせに、思想の合わない人に対しては言論を規制したがるという困った行動を取ります。
他人にするのはいいけれど、他人からされるのはイヤという、自己中心的な連中です。

漫画の神様と呼ばれた手塚治虫も、左翼運動に巻き込まれた可哀相な人です。
1955年頃に日教組・PTAや一部の"左翼市民団体"が積極的に進めていた悪書追放運動のやり玉に挙げられた。
手塚治虫のロボットやら惑星間航行やらが出てくるSF漫画は「荒唐無稽な漫画を描く」だの「子供に...続きを読む

Aベストアンサー

「手塚治虫の件でもそうですが、なぜ左翼の連中はすぐに焚書するんですか?」

自分の考えと異なる考えを許容できないからでしょう。

そのような傾向はいわゆる「左翼」に強いですが、スターリンが原型を作った「社会主義国」では一層酷くなり、権力を独占する共産党 (国によって人民党と様々な名称となります) が「党の考えに合致しない」と考える書物は一切存在を許されず、共産党が「党の考えに合致しない」と考える人は強制収容所に送られて奴隷として死ぬまで使役されます。

幸い、社会主義国は、本家本元のソ連の崩壊と共にほとんどが消滅し、

中華人民共和国
北朝鮮
キューバ

以外はその桎梏から解放されました。

Q参考文献の書き方

(化学系)論文、レポートの参考文献の書き方について質問があります。

とある文献Aからデータや事実を得ているのですが、
そのデータは文献Bを元にしている場合、自分のレポートにはどちらを参照として記せばよいのでしょうか。
自分は文献Bは一度も開いていません。

言葉だと、伝わりにくいので、具体例を下記します。


(1)自分は文献Aを調べた。
(2)(文献Aの記述)「文献Bによれば、○○であると考えられている。」
          「文献Bによれば、××の融点は△℃である。」

(3)自分は、レポート中に参考としてどちらの文献を記せばよいのか。
文献Bが適当な気もしましたが、一度も開いていない文献を載せていいのでしょうか…

よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

意見がわれているようなので一言。

(化学系)論文、レポートの参考文献の場合ですので、

(1)文献Bを手にいれて「××の融点は△℃である。」と記述されている事を確認する。
(2)自分のレポートには、「文献Bによれば、××の融点は△℃である。」と記述する。

これが原則です。

古い論文だと手に入れにくい事もありますが、頑張ってください。

Q逆説の日本史(井沢元彦)の天武天皇・持統天皇のあたりについて

逆説の日本史を2巻古代怨霊編までよみました。
なかなかおもしろい説だと思うのですが、聖徳太子のあたりは引っ張った割りに説明不足で消化不良気味です。

それ以上に、どうしてもおかしいと気になるのが、天武天皇が本当は皇位を継げる身分ではなかったので、持統天皇が自分の子孫が皇位を継ぐことに固執した、という点です。

その説でいくのなら、大田皇女の大津皇子を草壁皇子のために陥れて、草壁も急死してしまっても、持統天皇と同じく天智天皇の娘である新田部皇女に舎人皇子と大江皇女に長皇子と弓削皇子がいるので、皇統を守るなら彼らでも良かったのではないでしょうか?
(ということは、持統天皇が自分の子孫に継がせたかっただけ?)

天智の娘が4人嫁いだという割りに、舎人皇子、長皇子、弓削皇子が無視されていて、天武の父が新羅人だったと言う説を信憑付けるためにあえて無視しているのだろうか?とも思ってしまいます。

この辺について、井沢氏のほかの本などで触れられているのでしょうか?
あるいは、大田皇女・持統天皇と新田部皇女・大江皇女の身分は明らかに違うなど、井沢氏が全く触れないにも自明のわけがなにかあるのでしょうか?

小説だと割り切ればいいのでしょうが、他の部分はけっこう詳しく検討しているに、この点が流されているのがとても気になります。

逆説の日本史を2巻古代怨霊編までよみました。
なかなかおもしろい説だと思うのですが、聖徳太子のあたりは引っ張った割りに説明不足で消化不良気味です。

それ以上に、どうしてもおかしいと気になるのが、天武天皇が本当は皇位を継げる身分ではなかったので、持統天皇が自分の子孫が皇位を継ぐことに固執した、という点です。

その説でいくのなら、大田皇女の大津皇子を草壁皇子のために陥れて、草壁も急死してしまっても、持統天皇と同じく天智天皇の娘である新田部皇女に舎人皇子と大江皇女に長皇子と弓...続きを読む

Aベストアンサー

補足ありがとうございました。

井沢氏の「天武が天智の異父兄で父は新羅人だった(皇極が舒明と結婚する前の子)」とする説は、『日本書紀』において、天武の生年が不明であることを一つの切り口にしているのだと思います。そして後世の記録である『一代要記』『本朝皇胤招運録』にしたがえば、天智より天武が年上とされているところから、異父兄としているのではないでしょうか?しかし『一代要記』などは、中世に成立したものなので、信憑性は非常に怪しいです。

また皇統意識という点では、すでに他の方から回答があったように、推測しがたい点です。あまり過大な評価はしたくはないのですが、ご指摘のように「持統天皇が自分の子孫に継がせたかっただけ」と考えるほうが案外自然なのかもしれません。皇統の維持というなら、確かに他の妃の所生の皇子でも何らの問題がないということになりますよね。
おそらく井沢氏は、大津皇子の排除などを行ってまでも、持統の子である草壁及びその子孫に皇位を継がせていることに注目して、立論された結果、他の諸皇子との関連などを視野に置かなかったのではないでしょうか。つまり天武と天智の子である持統天皇という狭い血統の話でしか考えなかったのではないかと。
日本古代史の学界では・・・こんな話は聞きませんね・・・正直(苦笑)

補足ありがとうございました。

井沢氏の「天武が天智の異父兄で父は新羅人だった(皇極が舒明と結婚する前の子)」とする説は、『日本書紀』において、天武の生年が不明であることを一つの切り口にしているのだと思います。そして後世の記録である『一代要記』『本朝皇胤招運録』にしたがえば、天智より天武が年上とされているところから、異父兄としているのではないでしょうか?しかし『一代要記』などは、中世に成立したものなので、信憑性は非常に怪しいです。

また皇統意識という点では、すでに他の方...続きを読む

Q引用文献と参考文献の両方に、一つの文献を書いても良い?

卒業論文を書くにあたって質問があります。
論文の最後に「参考文献」と「注」を書くのですが、そこで迷ったことがあります。
「注」の欄に引用した文献を記載して、さらに同じ文献を「参考文献」として記載してもよいのでしょうか?
つまり、ひとつの文献を、「注(引用文献)」と「参考文献」の両方に書いてもだいじょうぶでしょうか?
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

両方書いても大丈夫でしょう。

引用した箇所に注を施して末尾に書くのは基本的なルールですが、その引用した箇所以外にも、その文献をすべて読み、その内容を自分で咀嚼した上で、論文中に内容を反映させたとしたとすれば、むしろ、参考文献として必ず挙げておくべきではないかと思います。

参考にしたのが引用した一箇所だけとか、その引用自体も論文の主旨からいえば些末なことであるならば、わざわざ参考文献として列記する必要はないと思いますが、重要な参考文献であると思うのであれば、参考文献として挙げればよいと思います。

私が卒業論文を書いたのはもう随分前のことですし、文系、理系、その他、学科の違いで引用文献の扱いも違うのではと思うので、あくまで参考ということで。

Q関 裕二 と井沢元彦は、トンデモ系の人ですか??

歴史を勉強するのは好きですが、ロマンチック過ぎて嘘の多いような、きちんとした史料の裏づけのないような歴史本を読んでいる時間はありません(それはそれで面白いのはわかります)。
歴史学会で「正統」とされているものだけ、なるべくなら読みたいです。

本屋さんで歴史の棚に行くと、タイトルのお二人の本が数多く並べられていますが、タイトルが(かなり面白そうだけれども)ほんとかどうか疑わしい感じのものが多いのです(特に関氏)。
私は素人ですので、歴史学会でこの二人がどのような評価を受けているのかわかりません。
そもそも歴史は曖昧なものなのかもしれませんが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

お二人の評価については、ちょっと分からないので「正統説」を知る方法について回答してみたいとおもいます。

>歴史学会で「正統」とされているものだけ、なるべくなら読みたいです。

との事ですので、一つの方法として学会に入会してみてはいかがでしょうか?
中には、なんらかの資格(博士号とか修士号とか)が必要な学会もありますが、多くの学会は意外とオープンであり一般会員を受け付けているところも沢山あります。
日本史では、「日本歴史学会」と「歴史学会」が主流の二本柱であると言えるかと思います。


http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhs/link.html
http://www.yoshikawa-k.co.jp/nihonrekisi.htm
http://wwwsoc.nii.ac.jp/rekigaku/index.html


本屋の棚には玉石混合であり、なかなか素人では「トンデモ本」であるかどうかを見分けるのは難しいです。
ですが、定期的に学会が発行する冊子や論文集などはその学会での「正統説や有力説」とみて間違いないと思います。
また、「一冊の本」よりも「5本の論文」の方が学術界では資料価値は高いです。
なので、歴史本をよむより学会発行の雑誌論文のほうが有益かもしれません。

また、学会発行の雑誌は図書館に縮尺版や纏められたモノがありますので、過去の論文ならタダ(他館から取り寄せや印刷を頼んだ場合は、印刷代や郵送料がかかる場合がある)で読めます。
また、大学図書館の中には一般会員を募集してるところも出始めているようです。
公共図書館・大学図書館等を活用すれば、資料収集の幅が大きく広がりますよ。
また、CiNiiで論文を探して、近くの図書館や国立国会図書館で複写を依頼することも出来ます。
また国立国会図書館では、ネット申し込みと郵送サービスがありますので、活用してみてください。

http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp
http://www.ndl.go.jp/jp/information/guide.html

お二人の評価については、ちょっと分からないので「正統説」を知る方法について回答してみたいとおもいます。

>歴史学会で「正統」とされているものだけ、なるべくなら読みたいです。

との事ですので、一つの方法として学会に入会してみてはいかがでしょうか?
中には、なんらかの資格(博士号とか修士号とか)が必要な学会もありますが、多くの学会は意外とオープンであり一般会員を受け付けているところも沢山あります。
日本史では、「日本歴史学会」と「歴史学会」が主流の二本柱であると言えるかと思い...続きを読む

Q卒論の参考文献の付け方

江戸の銭湯について書いているのですが、参考文献をつけるさいに参考文献の中でも特に重要なやつ(浮世風呂など当時の貴重な文献)は他の文献と別枠でつけないさいといわれました。
その場合参考資料(重要)と参考文献(普通)に分けたらいいのでしょうか?

Aベストアンサー

 わたしも書き物をしますが、ことに重要な参考文献や引用文献の場合は、本文中で参考にしたり引用した部分には、たとえば(○○著江戸時代の風俗・○○書店)などと書き込んだり、その部分に(※注1)としておいて、文節の後に「注1:○○著江戸時代の風俗・○○書店」と入れたり、いっそのこと、本文の中に、「.....については、○○氏が書いた江戸時代の風俗(○○書店)という書籍に詳しく書かれている。」などと入れてしまうといった方法で特に記載しておくことがあります。
 そんな場合でも、やはり一応、一番最後に「引用文献・参考文献・資料提供」といった一覧を作って、そこにも記載しています。そういったご回答でいいのでしょうか........。

Q井沢元彦「逆説の日本史」はいつまで続く?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E8%AA%AC%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%B2
井沢元彦「逆説の日本史」は、週刊ポストにて連載されている
超長期連載作です。
独自の視点からの新解釈が大変面白いです。
1992年より邪馬台国の話から始まって、17年経った今でもまだ
江戸時代をやってます。
この連載はいったいいつまで続くんでしょうか?

1~3巻 古代
4~8巻 中世
9~11巻 戦国
12~15巻 近世(江戸時代) ←ここまでが既刊
16~17巻 江戸時代の文化史中心
18~19巻 幕末
20巻 日清・日露戦争
21巻 第一次世界大戦・日中戦争
22~23巻 太平洋戦争
24巻 昭和の戦後
25巻 平成

と、私の予想では、全25巻ぐらいだと思います。
だとすると、連載はあと10年は続くんじゃないでしょうか?
(その頃にはもう平成が終わってるかも…)

皆さんの予想・ご意見をお聞かせ願います。

Aベストアンサー

>連載はあと10年は続くんじゃないでしょうか?

人気ありますからね、ひょっとしたらもっと続くかも知れませんよ。江戸時代も松平定信まできて次は文化、文政かと思ったら時代逆戻りして今江戸時代初期、中期の諸藩をやってます。特に近代になれば資料が豊富ですからちょっとした日記や新聞記事などの解釈でいくらでも延ばせます。井沢氏が老人になっても続いているんじゃないかな?


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