元、WGP500ccチャンピオンの、エディーローソンは、
グランプリ引退後今、何をしているのでしょうか?
ご存知の方、出来る限り、詳しく教えてください.

A 回答 (4件)

現在は、ウェイン・レイニーのお父さんのサンディー・レイニーをメカニックに、YAMAHA・TZ250のエンジンを積んだレーシングカートをやっているそうです。


その辺の記事が、バイクブロスの2002年6月号に載ってました。
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4~5年前にインディライツに出ていたが、IRLとカート(CART)にインディカーが分裂後はIRLに出場していました。

インディライツの頃はジェフ・ワードも出場していましたよ。
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90年の引退後、92年の8耐に出場して、2位になったと思います。


その後は、良くわかりませんが、興味あるので、御存知のかた、あとは、よろしく!
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数年前にインディーカートシリーズ(今のチャンプカー)に出ていました。

最近は...
すいませんそこから先はどうしているのか?
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Qフレディ・スペンサーはなぜ勝てなくなったのでしょう?

フレディ・スペンサーはなぜ勝てなくなったのでしょう?

最近「RACERS」など、昔のライダーやマシンを深く掘り下げた本が出ていてよく読むのですが、読めば読むほど歴代のチャンピオンの中でもスペンサーが異能の天才だった事がわかります。

才能だけ取ればシュワンツもロッシも足元にも及ばない天才だったと思います。
スペンサーを相手に真っ向戦ったケニーにしてみたら宇宙人と戦っていたような気持ちだったんじゃないでしょうか?

それほどの天才が例の腱鞘炎から引退、完治後の89年のマルボロヤマハでの復活。
マシン的には申し分ないはずの環境においてさえほとんど話にならないような成績しか残せずにまた引退してしまいました。

ブランクがあったり、アーブ金本のような有能なエンジニアに恵まれなかったとしても「もうちょっと上位にいてもおかしくないだろ?」というようなていたらくだった事が不思議で仕方ありません。

記憶が定かではないのですが、確か89年当時の日本GPの順位は平忠彦より下だったのではなかったですか(リタイヤでしたっけ)?

個人的にはさすがに復帰後すぐに表彰台の常連に、とまでは期待しませんでしたが何度か表彰台に上ることくらいは難しくないんじゃないかな?と考えていましたのであのメタメタぶりがどうにも不自然に見えました。

以前からスペンサーは「感性で走るライダー」だといわれていましたが、いくら感性が優れていてもテクニックが全く無ければ早く走ることなどは出来ませんし、スペンサーにはそのテクニックがあったと思うのですが。
レースをボイコットしたりと「わがままフレディ」とも呼ばれましたが、きちんと仕事をしてチャンピオンを取っていた実績だってあったわけです。「むらっ気がある」と言われ、ついにチャンピオンになれなかったランディ・マモラ辺りとは違うライダーなわけです。

何が原因だったのでしょう?

フレディ・スペンサーはなぜ勝てなくなったのでしょう?

最近「RACERS」など、昔のライダーやマシンを深く掘り下げた本が出ていてよく読むのですが、読めば読むほど歴代のチャンピオンの中でもスペンサーが異能の天才だった事がわかります。

才能だけ取ればシュワンツもロッシも足元にも及ばない天才だったと思います。
スペンサーを相手に真っ向戦ったケニーにしてみたら宇宙人と戦っていたような気持ちだったんじゃないでしょうか?

それほどの天才が例の腱鞘炎から引退、完治後の89年のマルボロヤマ...続きを読む

Aベストアンサー

No.5 です。以下続きです。

●精神面の脆弱性

ケニー・ロバーツは件の著書で以下のように書いています。

『スペンサーは強敵だった。勝つことしか考えず、才能に恵まれていた。
だが自分が最高だと信じる事が脆さとなった。』

スペンサーというのは「常に全力を尽くす」完璧主義タイプのライダーで、
極端にいえば「一位が取れなければ、二位もリタイヤも同じ」と考えていたようです。

例えば、勝つことよりも常にポイント獲得を優先するローソンの場合には、
「今日は調子が良くないから出来るだけポイントを取れればいいだろう」と考え
結果的に三位だったりすると、「三位なんてラッキー!表彰台なんて望外の結果だ!」と
前向きに受け止められるので、次のレースにも良い精神状態で臨めます。

しかし希代の天才ライダーであるスペンサーにとっては「勝つ事こそがすべて」であり、
たとえ二位に入ったとしても「今日も全力で走った。それなのに・・・二位だった」
といった具合に後ろ向きに考えてしまう。

有り余る才能を如何なく発揮して勝ち続けている時は良いのですが、
一旦自信が揺らいでしまうと立ち直りに時間がかかり、最悪自滅してしまう・・・
ロバーツはこの事を示唆しているように思います。


●YZRやメカニックとの相性

'80年代後半のYZR500は「(NSRと比べ)素直で自由度の高いハンドリング」
「中低速域から扱いやすい出力特性」「ただし最高出力はNSRに比べてやや劣る」
というのがもっぱらの評価であったと記憶します。

一方でスペンサーの好むマシンというのは
「なによりもまず絶対的な最高出力と高回転の伸びを求め、
中低速域のパワーや扱い易さは必要としない(中低速域は全く使わない)」
「マシンに安定性は求めない、それよりも倒れやすくクイックな操安性を好む」
と伝えられていました。

YZRの特性というのは、マシンなりにライディングする多くのライダーには扱いやすく
戦闘力を発揮しやすいマシンのイメージがありますが、
スペンサーの求めるマシンとは方向性が異なるように思います。

また、スペンサーは自分の閃きやフィーリングで走る典型的な天才ライダーであったゆえに、
マシンの状況をメカニックに上手く伝えるのは苦手であったといわれています。
(上手く伝えられないうえに、どんな状態のマシンでもそこそこ速く走らせる事ができる為、
セッティングが進まない)

セッティングの出ていないマシンで勝てるほどGPは甘くなく、
ヤマハから参戦していた時は肝心のメカニックとの意志疎通が上手くいかず、
セットアップが思うように進められなかったのではないかと推測します。

一方で'92年にRVFで八耐に参戦した時は好成績が残せましたが、
この時はスペンサーと古くからの付き合いがあり信頼を寄せる名メカニック、
マイク・ベラスコがチームに参加していたことが功を奏したように思います。


●アープ金本の偉大さ

「伝説の名チューナー」「チャンピオンメーカー(世界チャンピオン輩出者)」と呼ばれ、
日系人ならではの繊細さと緻密さでライダーの要求に完璧に答えるマシンセッティングを
施すといわれるアーブ金本は、スペンサーにとって単なるメカニックにとどまらず、
チームのテクニカルブレーンであり、また人間として一番信頼のおける存在であったようです。

アーブ金本の場合、スペンサーの微妙なニュアンスから
セッティングが上手くいっているのかいないのかを嗅ぎ分けるという能力に長けていたようで、
例えば、スペンサーの走行後のヘルメット内装をチェックして
汗の量(緊張しているのか、リラックスしているのか)でセッティングの良否を
判断していたのは有名な話でした。

なお、ご存じかもしれませんが、1992年9月の南アフリカ・キャラミサーキットにおいて、
スペンサーはアープ金本が用意したNSR500でテスト走行を行っています。

当日は砂嵐で路面に砂が浮いているという悪条件の中、
3年振りに500に乗ったスペンサーですが、アープ金本のセットアップしたNSRを駆り
記録したタイムは「1分40秒18」でした。

これは同年第13戦・南アフリカGPでドゥーハンが記録した予選タイムと同タイムであり、
最速男シュワンツや、この年も世界チャンピオンとなったレイニーの予選タイムを
上回るという興味深い結果でした。

少なくともこの時のテストでは、世界最速ライダー達と互角
(悪条件を考慮すれば、それ以上)のタイムを叩き出していたわけで、
仮に翌1993年のWGP復帰時にYZRではなく、NSRでアーブ金本と組んで参戦していたら
また別の結果となっていたのでは?と思います。

No.5 です。以下続きです。

●精神面の脆弱性

ケニー・ロバーツは件の著書で以下のように書いています。

『スペンサーは強敵だった。勝つことしか考えず、才能に恵まれていた。
だが自分が最高だと信じる事が脆さとなった。』

スペンサーというのは「常に全力を尽くす」完璧主義タイプのライダーで、
極端にいえば「一位が取れなければ、二位もリタイヤも同じ」と考えていたようです。

例えば、勝つことよりも常にポイント獲得を優先するローソンの場合には、
「今日は調子が良くないから出来るだけポイントを...続きを読む


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