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地球って球って字が入ってるので多分丸いと分かってから付けられた名前だと思うのです。
その前日本ではなんと呼べられていたのかが気になります。

A 回答 (4件)

>地球が丸いと思われていなかった時代に


地球はなんと呼ばれていましたか?

この疑問の前段階として

「地球儀」を日本ではなんと呼んでいたか?

地球儀の歴史
http://www.tanken.com/globe.html

こちらのサイトによると
「明治天皇の即位式で使用された地球儀、つまり
嘉永5年(1852)に水戸藩主・徳川斉昭が孝明天皇に贈った
際の献上文には《「大地国形(おおちのくにがた)」》
と地球儀の事を表記していたようです。

また、そもそも「地球儀」がいつ日本に伝来したのか?

日本に地球儀が伝来した正確な年代は不明ですが、
天正8年(1580)には、すでに織田信長が地球儀を
所有していたことがルイス・フロイスの『日本史』
に書かれています。

と書かれているように、
南蛮への関心が強かった信長に対し
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0% …
の「南蛮への関心」の項に書かれているように

イエズス会の献上した地球儀、時計、地図などをよく
理解したと言われる(当時はこの世界が丸い物体である
ことを知る日本人はおらず、地球儀献上の際も家臣の
誰もがその説明を理解出来なかったが、
信長は「理にかなっている」と言い理解した)。

つまり、1580年頃は
「この世界が丸い物体であること」を認識認容しておらず
貿易&宗教上のつながりの最も強かった中国からの
情報の影響が大きいと思われます。
中国の地図史
http://atlas.cdx.jp/history/ancient.htm#CHUGOKUN …

によると
西洋地理学の影響
中国の地理学は独自に発達していたのですが、
17世紀になるとイエズス会の宣教師によって、
ヨーロッパの近代的な全世界図が伝えられました。
大地を平面とみなしていた中国地理学は通用しないことがわかり、
マテオ・リッチ(1552~1610)の協力で、
西洋地理学が取り入れられるようになりました。

とあり、やはりイエズス会の宣教師によるヨーロッパの
情報伝達時期がほぼ一致。

それでは、それ以前の中国は「地図」をどのように
読んでいたのかかが、鍵となるようです。

(4).元代の地図(1260~1368)

元(1260~1368)の時代には、科学的地図作製法を確立した
地図学者の朱思本(1273~1335)が『輿地図(よちず)』
を作製しています。ヨーロッパからアラブにまでおよぶ
広大な領土を支配したため、イスラムの地図の影響も受けていて、
中近東やヨーロッパまで描かれています。
明の時代1555年には、羅洪先(1504~1564)によって
分割され『広輿図』と題された48図からなる地図帳に
まとめられています。

とあるように、世界?地図の事を『輿地図(よちず)』
と呼び

更に遡って(3).唐代の地図(618~907)

唐(618~907)の時代になると、賈耽(かたん:730~805)
が『海内華夷図(かいだいかいず)』を作製しています。
9×10メートルの大きさで縮尺は約1/150万、朝鮮半島から
ベトナム北部までがたいへん緻密に描かれています。
経緯度の考え方がなかったため、距離と方位だけで
地点の位置を確定しているにもかかわらずかなり正確です。
現存はしていませんが、これをもとにして石碑に刻まれた
『禹跡図(うせきず)』が残っています

とあるように、世界?地図の事を
『海内華夷図(かいだいかいず)』と呼び

(2).漢代の地理学(202B.C.~220A.D.)
(1).古代中国で

ではサイトの方をご覧頂けたらと思いますが、

日本の貿易史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC% …

の(古代中国~)中国との国交史において、地理学が
如何に日本に輸入されていたのか、それに伴う世界の呼び名に値する
漢字上の表記が如何に記載されていたかが鍵となる
ようです。

上記全体を眺めれば、当時、日本より先進国であった中国でさえ
(17世紀にイエズス会の宣教師によって、
ヨーロッパの近代的な全世界図が伝えられるまでは)
「大地を平面とみなしていた」わけであって
仮に中国流の世界概念が日本に古来より輸入されていた
としたら『輿(よ)』(元代)、
『海内華夷(かいだいかい)』(唐代)、
このあたりが表記上近いような気が個人的には致します。
あくまで素人的推論で、学者のその種の書物にもしかしたら
正確な記載があるかもしれません。

詳しくは
地図の歴史
http://atlas.cdx.jp/history/history.htm

をご参照ください。
大地が平らではなく球体であると最初に唱えた
(地球の球体説の誕生)のは、
かの有名な数学者、ピタゴラス(570?B.C.~497?B.C.)
だとされているそうですね^^;
太陽や月が球体であることと、
ギリシア的な対称性を重んじる価値観から、
球こそが完璧な形であると考えたらしいです。
世界最古の地球儀は、
ギリシア時代の紀元前160年ころのソクラテス^^;

もしかしたら、中国ルートではなく、マニアックなルートで
古代日本の一部の地域で古代ギリシアの天文学思想(球体説)
が輸入され禁書扱いにされていたのかもしれませんよ^^;
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>>ANo.2


> これにはムーたー陸が書かれているというのですが...

これにはムー大陸が書かれているというのですが...

すみませんでした。
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そもそも、それほど昔には地球というものの概念自体存在しなかったので


不要だったのでは。
(当時の日本人にとっては日本の国土しか知らなかったわけだし)

因みに、聖徳太子の地球儀と呼ばれるオーパーツがあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E5%BE%B3% …

これにはムーたー陸が書かれているというのですがどうなんでしょう。

なお、中国語でも「地球」と記述するみたいです。

http://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83
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 想像で恐縮ですが、「地(つち)」と呼ばれていたのではないでしょうか。


 古代日本では、空と大地のことを天地(あめつち)と言っていたようですので。

 また、英語では地球のことを"earth"を言いますが、これも当に「大地」のことを意味していますよね。この点からも古代では地球のことを<大地>と理解していたのではないかと思われます。
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